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289 少女たちと女神/眠る彼女を守る騎士

 南雲 千弦


 オルテアの指示した座標に従い長距離跳躍魔法(ル〇ラ)で降り立ったイスの街は、ファンタジー世界における教会というか、神殿のような建物がひしめく宗教都市のような街だった。


 フライングオールに(またが)ったまま上空から街の様子を眺める。


 街は3枚の城壁に囲まれ、一番内側には王城のようなものが、その次は聖堂や神殿のようなものが、さらにその外側には高級住宅街のような街区が置かれていた。

 いちばん外側の城壁の外には、スラム街のような街区が構成され、城壁外の南半分を占めている。


「へぇ・・・これがイスか。なかなか立派じゃない。でも、ナギル・チヅラにはだいぶ負けるわね。」


 簡単なことだ。

 まず、城壁が無駄に高いわりに基部が薄すぎる。

 あれなら投石器で簡単に砕けてしまう。


 次に、街区同士が近く、十分なクリアランスも水堀もない。

 だから、火をつけられたら一発だ。


 さらに、城の尖塔や宗教施設の鐘楼が城壁越しに丸見えだ。

 あれでは、三角測量で簡単に砲撃できてしまう。

 砲艦なんかを持ってきたらこの街は30分も持たないだろう。


 極めつけは、街を守る城壁自体が円形であり、しかもところどころに死角があるのだ。

 これでは、塹壕戦を挑まなくても城壁に取り付けてしまう。

 せめて周囲の木々を伐採するか、周りにあるスラム街を何とかしなければ。


 ついでに言ってしまえば、港湾施設と都市が切り離されておらず、海側には城壁どころか陣地すらない。

 ナギル・チヅラ所属の揚陸艦があれば、砲艦で耕してから完全制圧するまでに4時間というあたりか?


 まあ、私がコツコツと作った春風級強襲揚陸艦も今は海の藻屑だろうけど。


「これ、近現代戦どころか、砲撃戦を知らない人間が作ったんだろうな。この時代の攻城兵器ってそこまで貧弱なのか・・・。」


 イスの街はRPG的世界を楽しめるほど清潔でも安全でもないし、とっととオルテアの仕事を済ませてレギウム・ノクティスに戻ろうとフライングオールの高度を下げ始める。


 その瞬間・・・。


「・・・दिवि सूर्यरूपः, व्योमे विद्युत्-रूपः, भूमौ हवनाग्नेरूपः । जगति व्याप्यावस्थिताय अग्नये प्रणामः । तव दैवाग्निना तं दाहय ।.(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!汝()()()()()()()()()()()()()()()!)」


 聞き覚えのあるような、それでいて初めて聞くような小鳥がさえずるような声で誰かが詠唱している。

 儚く、それでいて遠くまで響き渡るその声は、懐かしい魔力を帯びていた。


仄香(ほのか)!って、ちょっとぉ!?もしかして、これって魔女対女神の一戦目!?」


 つまり、アレがユリアナで、アレが星羅(せいら)さんか。

 なんて上空で見ている暇もなく。


 星羅(せいら)さん、いや、女神が横向きに振り払った純魔力がユリアナの身体を真横に両断し、その後ろの建物を薙ぎ払っていく。


 魔女・・・ユリアナは相当高い火力の魔法を使っているだろうに、女神はほとんどダメージを受けておらず、完全に圧倒してるよ。


 あ。

 ユリアナが長距離跳躍魔法(ル〇ラ)を発動して逃げていく。

 しかも、切断された下半身を抱えた状態で。


 こりゃあ、確かに「()()うの(てい)」だね。


「あ~。オルテア。これは無理だわ。私じゃなんともならない。逃げていい?」


【そんなことないさ。君なら勝てる。】


「・・・根性論とか信頼の押しつけは嫌いなのよ。最低限の攻略情報くらいよこしなさい。さもなければこのまま帰るわよ?」


 そう、私は私の努力を知らない相手から「君ならできる」とか「あきらめるな」とか言われると、なんかムカつくタイプなのだ。

 お前ならできると言われても最後まで従ったのは、今のところは師匠だけなのだ。


【攻略情報・・・っていうか、女神の動きを見ていると自然とわかるんだけど、彼女の力はたった2種類しかないんだ。周囲の物質を魔力に還元する。得た魔力を線上または扇状の光線のように解き放つ。それだけさ。】


 ふむ・・・見るところ確かにその通りなのだが・・・周囲の土砂や水を高速で魔力に変換するだけならいざ知らず、魔女ユリアナの攻撃魔法で発生した火炎や雷、制御された土砂や水まで魔力に還元していたところを見ると、生半可な魔法じゃ効かないんじゃないか?


「ん?物質を魔力に還元?物質じゃなきゃいいわけ?」


【そうだね。あとは、還元速度を上回るほどの速度または密度で物質をたたきつけるというのも有効かもしれない。それと・・・おそらくなんだけど、雷については一応、防御しているらしい。アレの魔力の減少を一瞬だけ感じた。】


 なるほど・・・。

 なるほど、なるほど。

 雷は電子の流れだ。

 つまり、素粒子は、物質ではない?


 行ける、かもしれない。

 どうせアレを上回る魔力を作り出すのは無理だ。

 だが、私の攻撃魔術には素粒子を用いた物理攻撃が複数ある。


「まあ、やってみましょうかね。」


 私はこんなこともあろうかと用意しておいた仮面を懐からだし、そっと被る。

 まったく、おろしたての最新ボディでいきなり戦闘かよ。

 いきなり傷物にはしたくないんだけどなぁ・・・。


 いまだに眼下で暴れまわるソレに、フライングオールの先端を向け、私はゆっくりと全身の魔力回路(サーキット)の出力を引き上げていった。


 ◇  ◇  ◇


 セヴェリヌス・モルタリエ


 礼拝堂を飛び出し、女神「イルシャ・ナギトゥ」が戦闘を行っている現場を一目見ようと飛び出したとき、ユリアナとかいう少女は逃げ出した後だった。


「ふむ・・・生きていたら実験材料にしてやろうかとも思ったのだが。さて・・・そろそろ停止させるか。」


 法理精霊(オルテア)に触れさせるための大事な人柱である以上は、無事に収めなくてはならない。

 当然、停止用のパスコードも用意してある。

 私以外には教えていないが。


 両手を広げ、光り輝く女神に停止ワードを唱えようとした瞬間だった。

 視界の片隅に、棒状のモノに(またが)った何かが見える。


「なんだ?・・・黒髪の・・・子供?手足が・・・光って?」


 空を飛ぶ魔法?空中に制止することができる?


 場違いな好奇心が頭をよぎった次の瞬間。

 真上から恐ろしい重さの何かが轟音とともに女神のいる場所に振り下ろされる!


「なんっ・・・だっ!こ、これは・・・!」


 一撃で大地に大穴ができるほどのソレは、繰り返し繰り返し打ち付けられる。


 轟音、衝撃、そして止むことのない地揺れ。

 ドゴン、ズガンと、聞いたこともないような音が何度も繰り返す。


「グ・・・アアァァァァァ!!」


 だが、どんな攻撃だろうが、例え目に見えなかろうが、振り下ろされているものが存在するなら女神が魔力に分解できるはず!


 だというのに、なぜこの音はやまない!?

 女神は、なぜ地に伏している!?


「め、女神が、魔力に変換できない!?これは、目に見えないハンマーではないのか!」


「ふーん。過負荷重力子は物質扱いされないんだ。じゃあ、空間干渉系はどうかしら?」


 その黒髪の子供が左手をひらりとかざした瞬間、音もなく女神がいた場所が黒い何かに覆われる。


 ボッ。


 そんな音がしたような気がする。

 思わず目をつむり、再び開いた時には、女神が立っている場所は大地がまるで大きなスプーンで掬い取られたかのように切り取られていた。


「ありゃ?なんだ、空間消滅術式は全然効いてないや。・・・あ、でも魔力は完全に消滅させられたじゃん。よし、あとは繰り返しね。」


「グ、グ・・・ウ、アアアァァァァ!!」


 女神が渾身の力を込めて咆哮を上げるも、棒・・・いや、船の櫂のようなものに跨った黒髪の子供は、一切の詠唱を行うことなく不可視のハンマーを振り下ろし、かろうじて魔力を貯めた女神の魔力を黒い何かで奪い取る。


「あはは。こりゃあ、戦闘というよりも作業だね。光撃魔法で薙ぎ払えば一撃なんだろうけど、私はこの国と戦争してるわけでもないからなぁ・・・よし、一丁上がりっと。」


 黒髪の子供が見えないハンマーと見えないスプーンで叩き潰し、あるいは掬い取ることを数度繰り返したころ、女神はとうとう動かなくなる。


「な、なんだ・・・これは・・・一体何が起きている!?」


 気付けば、ゆっくりと女神の姿が薄れていく。

 上空を仰げば、そこには黒髪の・・・おそらくは少女が・・・。


 魔法を、詠唱なしで発動しただと!?

 しかも、魔力は先ほどの娘よりも圧倒的に少ないにもかかわらず、我々では倒すことどころか触れることすらできない女神をこれほど一方的に・・・!


「さて、そろそろ帰ろっか。・・・え?もう一仕事?面倒だなぁ・・・仕方がない。乗りかかった船ね。いやがらせにもなるし。」


 く、黒髪の悪魔が降りてくる!

 私は、反射的に身をひねり、物影に身を隠す。


 あんな化け物と戦ってたまるか!

 そ、そうだ!

 人工魔力結晶の抽出装置を隠さなければ!


 礼拝堂の地下に駆け込み、地上部分との通路を慌ててふさぐ。


 その直後、礼拝堂の地上部分が吹き飛ぶ音が響き渡る。


「ん?あれ?この人、どこかで見た記憶がある。はて?まあ、一応助けておくか。えーと、変な術式はかかってないかな?」


 黒髪の悪魔がエレーナを見つけたのか!


 だが妊婦の一人なんてどうでもいい。

 悪魔の攻撃で死のうが連れ去られようが、大した損失じゃない!

 だが吹き飛ばされた地上部分は!


 教皇(サン・ジェルマン)猊下が戻ってくるまでに何とか対策をしなければ、私の命が危ういだろう。

 背後から繰り返し聞こえる、この世の終わりを告げるかのような轟音に、私はただ震えて頭を抱えていた。


 ◇  ◇  ◇


 マティアス


 混濁した意識が、ゆっくりと浮かび上がってくる。

 ・・・誰の声だろう?


「ねえ、オルテア。これで大丈夫なのかしら?それにしても・・・アンデッドって本当に便利ね。こんなに簡単に手足が接合できるなんて・」


【ああ。屍霊術(ネクロマンシー)による人格情報や記憶情報の汚染はすべて除染したよ。ただ、肉体の修復については僕の管轄ではないから何とも言えないね。】


「とりあえず蘇生はできたんでしょう?それなら魔女が何とかするからいいわ。」


 女の子の声?それと、男女どちらか分からない子供の声?


「あ、目が覚めたみたい。ごめんね。一応、アンデッドになっているうちに肉体を修復したから、手足は元通りつながってるけど・・・違和感があったら仄香(ほのか)・・・じゃなかった、ユリアナにでも診てもらって。」


 白い仮面をつけたままの黒髪の少女が俺の覗き込んでくる。


「き、きみは・・・誰?」


「あー。何と名乗ったらよいものか。クロ、といえばユリアナにも通じるかな?とりあえず家に帰る?」


 セヴェリヌスに直訴してこうなってしまった以上は、もう家に帰ることはできない。

 僕が生きていることが分かれば、家族は確実に巻き添えになる。

 それ以前に母さん、父さんが無事だと良いのだけど・・・。


「家には・・・帰れない。このまま街を出るよ。」


「そう。じゃあ、この人と一緒に東に向かいなさい。小高い丘があると思うから、そのあたりで羊飼いの村があるって。ユリアナもそこに逃げていると思うから。彼女によろしくね。」


 クロと名乗った少女の視線を追うと、そこには崩れた石材の上に寝かされたエレーナさん・・・ユリアナのお母さんが横たわっていた。

 なぜ彼女が?俺と同じように奴らに捕らわれていたのか?


「なぜ、君はユリアナの行き先を?」


「あ~・・・。説明がめんどいな。長距離跳躍魔法(ル〇ラ)の同行者機能で行き先が分かったなんて言っても理解できないだろうし・・・。ま、信じるも信じないも自由ってことで。じゃ。」


 黒髪の少女はそう言うと、櫂のようなものに(またが)り、手を振りながら空の彼方に消えていく。

 後に残されたのは、エレーナさんと瓦礫の山と抉れた大地のみ。


 俺はしばらくあっけにとられていたが、エレーナさんの目が覚めるのを待って、少し違和感のある身体とボロボロになった服を引きずりながら、街を出て東に向かうことにした。


 ・・・・・・。


 丸二日ほど歩いたころ、エレーナさんの手を引きながら、やっとその丘らしきところに着く。

 何人もの村人や旅人に道を尋ね、大きな羊飼いの村にたどり着いた時だった。


「お母さん!マティアス!二人とも無事だったの!?手足が・・・眼も・・・一体、どうして・・・。」


「・・・ユリアナ。君も無事でよかった。もう・・・身体は何ともないのかい?」


 あの日、あの窓辺で別れたとき、あれほどやつれていたはずの彼女は、すっかりと元気になっている。

 彼女は何とか立ち直れたのだろうか。


「・・・アラン?無事だったの?男たちにあんなに殴られていたのに・・・。」


「エレーナ!よかった、君が助け出してくれたのか!?マティアス君!感謝する、君は妻の命の恩人だ!」


「いえ、俺は磔にされていただけですから。助けてくれたのは白い仮面をつけた黒髪の女の子で・・・。」


 ・・・そう、確かに俺は磔にされた。

 セヴェリヌスに直訴した後、両手両足を切り落とされて、さらには怪しげな術までかけられて・・・。


 なぜ、俺は生きているんだろう?

 なぜ、手足があるんだろう?


「お母さん。ちょっとマティアスと広場まで行ってくる。すぐに戻るから心配しないで。」


「ええ。アラン、私はお義兄さんにご挨拶を・・・。」


 あまりにも理解できないことに首をかしげていると、ユリアナは俺の手を引き、外套のようなものを手に家を飛び出す。

 彼女はこんなに積極的だったか?


 何が・・・起きているのだろうか。

 

 ◇  ◇  ◇


 ユリアナ(魔女)


 セヴェリヌスに殺され、アンデッドにされたはずのマティアスが生きてユリアナを訪ねてきた。

 それどころかエレーナまで助けて・・・。


 ・・・ありえない。

 屍霊術(ネクロマンシー)で完全に魂を汚染されていたというのに。

 

 それにエレーナを助けたのは誰だ?

 教会(肥溜め)の魔法使いに勝てるような人間があの町にいたのか?

 いや、あの女の霊には見つからずにすんだのか?


 少し考えにくい。

 ならば彼は本物のマティアスではなく、教会(肥溜め)の追手か?

 いや、先ほど彼は「白い仮面をつけた黒髪の少女」と言った。


「ねえ、マティアス。あなた、礼拝堂の前で・・・。」


「ああ。殺されて、磔にされた。・・・いや、意識はずっと残ってたんだけど・・・何が起きてるんだ?」


 殺されたという認識はあるのか。

 念のために身体を調べておくとするか。


「本当に心配したんだよ。ねえ、どこも何ともない?」


 私はそう言いながら、ズタズタになった彼の上着を脱がせる。


 ・・・確かに、手足には切断された跡が残っている。

 これは・・・修復され再利用されたアンデッドの縫合跡に近いような・・・。

 だが、全身に流れている血液は正常だし、何よりアンデッド特有の汚染がない。


「なあ・・・あの日、何があったんだ?俺も、全部話すからさ。ユリアナも全部話してくれないか?俺、どうにも・・・自分に起きていることが信じられなくて・・・俺、ホントに生きてるのかな?」


 ・・・魔力的な罠は施されていないようだ。

 周囲に教会(肥溜め)の気配もないし、追跡系の術式も・・・見当たらない。


 ならば、ゆっくりと情報を聞き出していくしかないか。

 そう決意し、私はユリアナの記憶情報をもとに、あの日何があったのか、そして彼の身に起きたことをお互いに話し合うことにした。


 ・・・・・・。


 昼過ぎから話し始めて、いつしか空が赤くなり始めたことに気付いた私は、マティアスの手を引いて両親の待つ家に戻ることにした。

 かわいそうに、彼はここ何日かまともなものを食べていないという。


 それにしても・・・。

 彼とエレーナを助けたのは、白い仮面をかぶった黒髪の少女だという。

 それも名前は「クロ」だと?


 最後に会ったのはアリアの身体の時で、クレタ島からアテナイに送ってもらった時のことだから・・・二千年以上前の話か?


 なんといえばよいのか分からないが、長い時を渡り歩く私としては同じ時を歩く者がいると知るだけで喜びがこみあげてくる。

 クロには別れ際にまた会えるかと聞いたが、間違いなく会えると保証してくれた。


 そうか、また会えるのか。


「どうしたの、ユリアナ?マティアス君と会えたのがそんなに嬉しいの?」


「あ、・・・うん。また会えるなんて思ってなくて。無事でよかった。」


「あらあら。この村に戻ってくるなり、一人でどこかに旅立とうとしたりしてずっと落ち着かない様子だったのに。でも、よかったわ。・・・いっそ、ここで二人で夫婦になっちゃいなさいよ。」


 げぇっ!?

 これからクロを探しに行こうと思ってたのに!

 っていうか、旅立とうとしたのは例の女の霊の事が気になったのと、片付いたらあの子を探しに行こうと思ってたからなんだが!?


「そう、だな。マティアス君さえよければ、ユリアナのことをもらってほしい。おそらく、子供を作ることは・・・難しいと思うが・・・。」


 アランまで!?

 いや、子宮も卵巣も治したから子供はできるけどさ!?


「はい。今度こそユリアナを守ります。この命に代えても!」


 マティアスまで・・・。

 はあ、仕方がない。

 あの女の霊の事だけ何とかして、あの子のことはまた数十年、お預けか。


 そんな婚約式のような夕食が終わり、食器洗いを手伝ってから就寝することに・・・。


 ちょっと待て。

 マティアスの寝るところは?

 私と同じ寝床で!?

 いや、まずいだろう!?


 ・・・案の定というか、何というか。

 その夜のうちに・・・ヤることはヤられてしまったよ。

 マティアス・・・気持ちは分かるが、そんなにがっつくなよ。

 こら!

 新品にしたから痛いんだって。

 そこ、敏感なところだから噛むな、馬鹿!


 ・・・・・・。


 翌朝、日の出からしばらくして目を覚ます。

 そして裏手にある井戸まで行き、桶で水をくみ上げる。


「イテテテ・・・せっかく新品にしたばかりだっていうのに、すごいニオイね・・・出し過ぎよ、まったく。妊娠しないと思ってるんでしょうけど・・・。」


 マティアスのやつ、長旅で疲れてるんじゃなかったのか。

 明け方近くまで頑張りやがった。

 腹の中がタプタプするような気さえするよ。

 この分だと半年もしないうちにデキるな。


 まあいいか。

 魔族に犯された女でも人間の子を妊娠した例はあるしな。

 南の方から輸入された秘薬を使った場合に限るけどさ。


「あ・・・おはよう。その・・・身体のほうは大丈夫?」


「誰かさんが明け方近くまで放してくれなかったら、すごく眠いわ。それに・・・今から水浴びをするから、あっちに行っててくれるとありがたいんだけど・・・。」


 マティアスは慌てて家に戻っていく。

 これだから男ってやつは・・・。


 まあいい。

 ・・・っと。

 そういえばモリガンを召喚したままだっけ。


《モリガン。その後はどうだ?なにか変わったことはないか?》


《あ。マスター。召喚したまま忘れられていたのかと思いましたよ。それに、新しい身体がいきなり真っ二つになっていたから心配しました。》


《すまない。ちょっといろいろあってな。で、今どこにいる?あの女の霊を何とかしなけりゃならんのだが・・・。》


《イスの上空です。マスターが長距離跳躍魔法で退避した後の事ですが・・・女の霊なら無事に倒されましたよ。》


《なんだと?それほどの手練れの魔法使いが何人もいたということか?それは、教会(肥溜め)の戦力か?》


 アレを倒せるような魔法使いがこの世に存在するのか!?

 いや、一体どれだけの犠牲を払ったんだ?


《いえ、船の櫂のようなものに(またが)って空を飛ぶ、一人の魔法使いが倒しました。白い仮面をつけていたので表情までは分かりませんでしたが・・・黒髪の少女ですね。あっという間でした。まるで単純作業のようでしたよ。》


 ・・・!

 一人でアレを、倒しただと?

 それも、作業のように、だと?


 いや、まて。

 黒髪の少女・・・。

 櫂に(またが)って・・・。


《その少女は、どこに行った?教会(肥溜め)と合流したか?》


《いいえ、好き放題に街を破壊した後、南の空へ消えました。・・・おそらくは長距離跳躍魔法で。》


《そうか。ご苦労だった。引き続きイスの警戒監視を頼む。また何か異常があったら知らせてくれ。》


 モリガンとの念話を終わらせ、冷たい水で体を洗いながら考える。


 ・・・長距離跳躍魔法を使った?

 ということは、黒髪の少女は魔族ではない。

 徹底して魔族には使えないよう、構築しているからな。


 まあ、長距離跳躍魔法自体、ふとしたことで魔法の技術を教えてしまった相手がいるんだが。

 ・・・まあ、あの魔法はちょっと特殊だから・・・。


 そして、マティアスがクロと名乗る黒髪の白い仮面を被った少女に助けられているといった以上、あの女の霊を倒したのは間違いなく彼女だ。


「ふ、ふふ・・・そう、クロが・・・すごい魔法使いだと思ってたけどそんなに強いなんて。魔力量以外では勝てないかもしれないわね。」


 街を好き放題に壊して、ということは教会(肥溜め)とも敵対しているということか。

 なら、イスは彼女に任せておいてもいいかもな。


 じゃあ、私はどうするか。

 いつも通り奪ってしまった身体の・・・ユリアナの代わりに生きてみるか。

 彼女には恨まれるに決まっているけどね。


 ◇  ◇  ◇


 同時刻


 セラフィア


 恩賜公園管理事務所


「う・・・ここは・・・。」


 使い慣れた仮眠用のベッドで目を覚まし、重い身体を引きおこす。

 全身に軽い痺れが残っているが・・・少なくとも五体は満足のようだ。


「セラフィア!目が覚めた?あれからもう2日も経っているわ。どこか痛い所とかない?」


 平民の平服に着替えたカリーナお嬢様が、心配そうに絞った手ぬぐいを手に、問いかける。


「カリーナお嬢様・・・私は大丈夫です。あれからどうなりましたか?」


 どうやら、あの中年の女魔族の魔法で毒でも撃ち込まれていたのか、かなり危なかったようだ。

 事務所の中は洗面器や手ぬぐい、丸めたシーツなどが散乱しており、カリーナお嬢様が悪戦苦闘した様子が見て取れる。


「帝都内は戒厳令が敷かれたみたい。不要不急の外出は避けるようにって。商店や市場はどこもやっていないわ。」


「ポンタス侯爵家は・・・。」


「分からない。公園横の薬屋のおじいさんからパンを分けてもらった時に、オクトヴェイン(第八公爵)家の私兵とケイン・デキュラス(第十公爵)様が率いる魔導騎士団が乗り込んでいったって聞いたけど・・・。」


 オクトヴェイン(第八公爵)家の私兵団といえば、ちょっと危ない魔法使いの面々だ。

 そして、魔導騎士団が動いたとなれば、あの場にいた魔族程度なら制圧できるだろうが・・・。

 あれ?

 そういえば・・・?


「チヅラ様はまだお戻りになっていないのですか?」


「ええ。まだお戻りになっていないわ。でも、チヅラ様なら時々いなくなることもあったし・・・。」


 たしかに、気紛れなあの方のことだ。

 今までもいなくなることはあったが、2日もいなくなることなんてほとんどなかったのに。


 何かが心をざわつかせる。

 そんな感覚に襲われた瞬間だった。

 ズン、と腹の底に響く音が管理事務所を大きく揺らす。


「ふむ・・・ここか?我の女を奪った者が潜んでいる場所は。」


「公園?いいえ、これは墓所?随分と手入れされていますね。誰の墓でしょうか?」


「どうでもいいじゃん。それにしても・・・便利だねぇ。蠍の尾毒に追跡機能があったなんて。」


 この声は!

 よりにもよって、こんな場所に来るなんて!

 地下の聖棺(アーク)モドキの中には、チヅラ様の玉体が!


 カリーナお嬢様の手を引き、地下に続く階段の扉を開ける。


「カリーナお嬢様。申し訳ありませんが、こちらの部屋から決して出ないようお願いします。たとえ、私に何があっても。・・・それからエリシエルを、私の孫娘をよろしくお願いいたします。」


「まさか、あなた一人で戦うつもり!?そんなの絶対に無理よ!」


 私はロッカーからライフル・・・(ブローニング)(オートマチック)(ライフル)を取り出し、マガジンを叩きこむ。

 チヅラ様には歴史が狂うから余程のことがない限り銃という存在を秘匿するように言われているが、彼女の玉体を守るためには、もはやこれしか方法がない。

 

 止めようとするカリーナお嬢様の手を振り払い、予備マガジンを入れたポーチを肩から掛け、ボルトを後退させる。


「カリーナお嬢様。ここにはチヅラ様の本当の身体が安置されています。それを、万が一にでも彼らに傷付けられては我ら一族の面目が立ちません。我ら一族はチヅラ様のおかげで生きているのです。お願いします。決して、彼らに気取られぬよう、隠れていてください。」


「う・・・うん。死なないで。私を一人にしないで。」


 それは難しいな、なんて思いつつ、ゆっくりと扉を開け、彼らの前に姿を現す。


 私が姿を現すと、やや遅れて三人の魔族の中で一番背の高い男がこちらに気付く。

 その男の周りには数本の剣が宙に舞っている。


「ん?さっきの女か。随分と不格好な魔法の杖だな。そのような不細工な魔法の杖で我が剣に歯向かうとは・・・。」


 剣士らしい男が何かの口上を述べているが、構わず(ブローニング)(オートマチック)(ライフル)を振り上げ、引き金を引き絞る。


 ドン、ドン、ドンと腹に来る発砲音。

 バギン、バリンという、一撃で金属が砕け散る音。

 弾丸が掠るだけで剣は砕け、三人の魔族は慌てて散開する。


 これもチヅラ様の教えだ。

 獲物を前にした猛獣は問答などしない。


「ぐうぅぅ!?なんだ!何が起きている!」


「なんだこれ!この女、熟練の魔法使いか!」


「詠唱に割り込みます!・・・魔力の流れが・・・ない!?」


 拳銃などとは比べ物にならない威力、そして速射性。

 銃本体だけで25libra(リーブラ)(8,175g)を超える重量があるにもかかわらず、反動で私の身体が真後ろに動くほどの衝撃。


 見れば襲撃してきた魔族たちは物陰に隠れ、顔を出すこともできない。


「これが、魔法帝国の魔法!?見えない矢を撃ちだしている!?一発でも当たれば身体がちぎれます!エドアルド!ワレンシュタイン!物陰からの攻撃を!」


 ・・・甘い。

 この公園にある低木や柵、ベンチなどではこの弾丸が止まらないことは確認済みだ。

 素早くマガジンを差し替え、青髪の少年が隠れた看板に向けて引き金を引き絞る。


 雷鳴のような爆音、そして砕け散る木片。

 看板の向こうに広がる真っ赤な血煙。


「エドアルド!・・・くそ、エドアルドが一撃だと!マーリー!退け!この場は我に任せろ!」


 マーリーと呼ばれた女魔族が青髪の魔族の身体を拾いげ、その身に似合わぬ動きで走り出す。


「逃がさない!く!これは!?」


「やはり飛び道具の一種か!面妖な!追わせはせぬ!せいやぁ!」


 長身の男は、まだ折れていない数本の剣を操り、あるいは投げつける。

 直線的な銃撃とは異なり、四方から私の身体に殺到する。


 地面を転がりながら避け、あるいは銃床(ストック)で受け流し、再び発砲する。


「く・・・歳はとりたく、ないものね。でも・・・お前なんかに、負けてなるものですか!」


 そう声をひねり出し、引き金を引き絞る。

 お前は、私の孫娘の友人を泣かせた。

 そして、ここにはチヅラ様の玉体が眠っている。


 ドン、ドンと轟音をあげ、ワレンシュタインとやらが操る剣を叩き落し、あるいは身を守る剣を打ち砕く。


 ・・・だが。

 その剣も残すところあと三本になったとき。

 カチン、という情けない音が、銃から響く。


 ・・・しまった、残弾のカウントを怠った!


「ぬっ!矢が切れたか!間抜けめ!」


 一瞬で目前に迫る複数の刃。

 ズ、と抵抗感なく、刺し入る感触。


 気付けば私の胸からは、赤く塗れた銀色の剣先が・・・。

 そして、趣味の悪い柄頭が・・・。

 突き立っていた。

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