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288 女神と魔女/万物魔力還元

 セヴェリヌス・モルタリエ


 イルシャ・ナギトゥの霊的基質が大きすぎてが霊子偽脳が焼けてしまったが・・・。

 まずは起動ワードの設定だけは成功した。


 きわめて単純なワードで、彼女の名前を呼ぶだけで簡単に呼び出すことができる。


「それにしても・・・法理精霊(オルテア)は素晴らしい。この手でアチラ側にまるで触れるかのようだ。この女の魂を使ってどこまで操れるか。腕の見せどころじゃな。」


 ・・・外が騒がしいな。

 ああ、アンデッドにして吊るしておいたガキに愚民が石を投げているのか。


「フン。下らぬ。石を投げておけば自分たちは奪う側になれるとでも思ったか。・・・んん?妙に強い魔力の反応があるな?」


 目の前の霊子偽脳が映し出した幻灯に、ひときわ大きな魔力の火が灯る。


「民衆の中に魔法使いが一人おるな。それも、かなり強力な奴が。・・・魔族ではない。だが、人間にしてはこの魔力はあり得ない。・・・さて、どうするか。」


 交換した霊子偽脳に灯るイルシャ・ナギトゥの出力を見て、頭の中にふとした考えがよぎる。


 コレはありとあらゆるものを魔力に還元する能力がある。

 ならば、発動中の魔法は?

 魔力の塊なら、優先的に魔力に還元しようとするのではないか?


 うまくすれば、対魔法使い用の切り札になるのではないか?


「やはり手に入れたモノの力は確認しておくべきだな。・・・よし、けしかけてみるか。」


 礼拝堂の二階まで上がり、木窓を細く開け、石を投げている愚民どもの姿を覗き見る。

 すると、あのガキからやや離れたところに、石を投げていない娘が一人、人形のように無表情のまま立っていた。


「・・・あれは・・・この前、初夜税を滞納した男に利息分として差し出させた娘か。鳴き声が癇に障るだけのメスガキだったが・・・そんなことよりも魔法使いだ。どこにいる?」


 その娘に興味を失い、少し木窓を開き、魔法使いを探そうと礼拝堂前を眺めた瞬間だった。

 小鳥がさえずるような澄んだ声が、愚民どもの喧騒を貫くように響き渡る。


「・・・どきなさい。()()()()()()()()()()()()。」


 娘の歌声がその場に落ちていた石礫を躍らせ、豪雨のように愚民に襲い掛かる。

 礫は愚民どもの腕を砕き、足を挫き、さらには礼拝堂の壁に突き刺さる。


「なんと!あれほどの魔法をあんな娘が!だが、なぜ見落とした!?」


 屈強な魔族の男たちに組み伏せられ、母娘そろって慰み物にされていたことを思い出すが、あの娘は泣き叫ぶだけで反撃らしい反撃をしなかった。


 年頃の娘が己の純潔を奪われ、二度と人間の子供を孕むことができないと宣告されても、ただ泣き叫び、なすがままに魔族の精を放たれるままになっていたというのに、なぜ今更!?


 だが、コレを試すのには最適な相手だ。

 あの程度ならばコレが敗れるはずもない。


「・・・よし、行け。我が新しき力、イルシャ・ナギトゥよ!」


 私がその名を口にした瞬間、霊子偽脳に縛られ、揺らめいていた女の霊は覚醒する。

 瞬きの間に魔力は収束し、礼拝堂の前に顕現し、周囲を魔力に還元し始める。


「くくく、くははは!素晴らしい。なんと神々しい姿だ!これぞ女神!我が教会は神意を得たり!はははははは!」


 ◇  ◇  ◇


 数分前 礼拝堂前


 ユリアナ(魔女)


 私は再び礼拝堂の前に立ち、マティアスの遺体を見上げる。


 無責任な野次馬たちが、いまだに動き続ける彼の遺体に石を投げている。

 ユリアナの記憶がチクリと反応する。


「魔族に感化された人間・・・腐り切ってる。何人かは、ユリアナと彼の関係を知っているでしょうに。」


 礼拝堂の前には、マティアスと並んで歩いている時に二人をからかった男や、マティアスが重い荷物を運んであげた老婆、そして二人に庭先の雑草を抜かせていた腰の悪い女などがいる。


 ユリアナがその場にいることに気付きながらも、みな嬉々として石を投げている。

 エレーナを助けることが優先だが、これはさすがに見るに堪えない。


「・・・どきなさい。()()()()()()()()()()()()。」


 石弾魔法を発動し、マティアスの足元に散らばる石礫をその場にいた全員に向かってたたきつける。


「うわ!なんだ!ぎゃぁっ!?あ、足が!」


「ひぃっ!?腕が、折れた!?」


 バラバラと派手な音を立てて降り注ぐ石礫に、手足が折れ、頭や顔から血を流しながら逃げ惑う人間たち。


 それを横目に、マティアスだったものに向き直る。


「・・・屍霊術(ネクロマンシー)か。最悪ね。人格情報と記憶情報を残したまま、人間を死体にするなんて。でも・・・両方とも完全に汚染されてる。今の私じゃあ、助けてあげられない。マティアス。死なせてあげることしかできないわ。」


「アー。ウー・・・。」


 ・・・ひどく脳を破壊されているようで、会話が成立しない。

 このままではあまりにも不憫だ。


 心を決め、マティアスにそっと手をかざす。

 痛みを感じないように、せめて一撃でユリアナのもとへ送ってやろう・・・。


 そう思い、魔力回路(サーキット)に魔力を込め始めた瞬間。

 真後ろから今までにない違和感を感じた。


 突然、雨が降り続いていた空が瞬時に晴れ渡り、昼間だというのに星の光が降り注ぐ。

 周囲は魔力に満ち満ちて、肉眼で目視できるほどの輝く魔力粒子があたりを埋め尽くす。まるで光の粒が吹雪のように舞い上がる。


「何、これ?周囲の魔力が、集約していく!それだけじゃないっ!何が起きているの!?」


 女の声のようでいて、あるいは金属をかきむしるかのような、頭が割れるような音が空全体に響き渡り、足元に散らばった石礫が勝手に砕け始める。


 そして礼拝堂の前の水たまりが至る所で霧になり、やがて息まで白くなる。

 季節外れの雪、いや、(ヒョウ)が降り、あたりを白く染め始めた。


 一連の現象が終わると、日の光がさしたかのように明るくなった空間の一部にひびが入り、光り輝く裸の女がそのひび割れから()い出してこようとしていた。


「敵!?・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 マティアスにかざしていた手のひらを女のようなものに向け、水槍魔法と雷撃魔法を叩き込む。

 並みの人間なら一瞬で身体の中まで丸焦げになるような雷だ。


 ・・・だが。

 水も、雷も、一瞬で魔力に分解される。


「ガ、ガ、グ・・・ゴアァァァァ!!」


 ソレは息を吸うかのような動作をした後、爆風を伴う雄叫びを解き放つ。


「く、きゃあぁぁぁ!?」


 一瞬で身体が宙に浮き、マティアスが吊るされた柱に叩きつけられる。

 肺がつぶれ、胸の中の空気が一瞬で空になる。


 ・・・詠唱が、できない!

 肺が、いや、全身が潰れる!?

 こんな攻撃を受けるのは初めてだ!


「ガアアァァァァァアァァ!!」


 キラリ、と何かが光る。

 大地が裏返り、石畳が一瞬で蒸発する!

 反射的に身体を丸めるが、轟音と衝撃に吹き飛ばされ、天地が分からなくなる。


 今のは魔法?

 いや、詠唱はなかった。

 それに、魔力を消費するのではなく、周囲からかき集めるかのような流れが!

 何とか目を開き、その女のような何かと目が合った時、全身を貫く寒気に身体が硬直する。


 大地にたたきつけられ、慌てて肺に空気を送り込みながら次の魔法を詠唱する。

 周囲にあるのは大量の雨水。

 ならば、水圧で押しつぶしてやる!


「“सलिलस्थ महोदधिस्वर्गाधिपते! आदिस्वरूप धर्मसंधिधृग् वरुण! स्वमहाबाहुभ्यां मम शत्रुं निर्दलय!”(水面(みなも)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()水天(ヴァルナ)よ!()()()()()()(かいな)()()()()()()()()()()()()!)」


 四方から殺到する大量の雨水が、女のような何かを包み、押しつぶそうとする。

 だが・・・。


「ガバァァァァアァァ!?グ、グ、ゴオォォォ!」


 女を包んでいた水は一瞬で力を失い、光の粒子へと姿を変える。

 おいおい・・・一瞬でこれだけの量の水を魔力還元しただと!


 いったいどうやって!?

 いや、そもそもコレは何だ!?

 霊体でもない、召喚されたものでもない!

 それどころか、魔力の流れが・・・逆だと!?


 どうする・・・?

 マティアスを助ける・・・いや、殺してやるのは出来なくもない。

 だが、あの女が放つ力場上で正しく魔法が発動するのか、はっきり言って謎だ。


 それどころか、このままではエレーナと腹の子を助け出すこともできない。

 いったん退くしかないか!?


「・・・術式束(パッケージ)、41,847を発動。続けて術式束(パッケージ)5,913,157を発動。」


 新開発の術式束(パッケージ)を使い、一気に八個の術式を発動する。


 思考加速、身体強化、感覚鋭敏化、乱数回避。

 防御障壁、精神防御、物理防御、抗呪抗魔力。


「グ・・・?カ、カッ。」


 女は何かを感じたのか、それまで一歩も動かなかった場所からこちらに向かい、歩き始める。


「悪いけどあんたの相手なんてしてられないのよ!“Tarānis! Rotā marbā! Teineu blātos bregu! Agisāno, gūandāmiu, hūmānos īs tadā uertā! Tarānis, uerṇos nertā blade! Ruos dēbaton!”(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()人形(ヒトガタ)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)」


 ケルト神話における戦いと死と炎の雷神、タラニスの力を使い、輝く光球になるまで押し固められた雷の塊を、その女に向けて叩き落す。


 一瞬で雲が晴れ、雨水が蒸発し、大地が乾いていく。

 さらに続けて詠唱を重ねる。


「दिवि सूर्यरूपः, व्योमे विद्युत्-रूपः, भूमौ हवनाग्नेरूपः । जगति व्याप्यावस्थिताय अग्नये प्रणामः । तव दैवाग्निना तं दाहय ।.(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!汝()()()()()()()()()()()()()()()!)」


 聖典「リグ・ヴェーダ」おいて最初に称えられる、火のあらゆる属性の神格である火神アグニの力を借り、渾身の火炎をぶちまける。

 これが効かなければ、あとは・・・!


 白く輝くほどの熱量があたりを染め上げ、足元の石畳が蒸発していく。

 だが、女に焔が触れると同時に一瞬で魔力に分解されてしまう。

 ・・・いや、その防御力、いくらなんでもおかしいだろ!?


「グギャァァァアァ!」


 女の叫び声とともに、光の筋が真横に振りぬかれる。


「これも効いていない!?くそ!ここは一旦・・・!?」


 大きく後ろに飛びのいたつもりだった。

 だが、天と地が一瞬で逆さに・・・?


「ゴフッ・・・こ、これ、まさか・・・?」


 ユリアナの身体が臍のすぐ下あたりで真横に両断され、下半身を残したまま上半身が崩れ落ちていく!

 くっ!追撃が来る!


「ま、まずい・・・!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 恐ろしく緩慢な動きで下半身を手繰り寄せ、かろうじて動く肺と声帯を使い、ギリギリで使い慣れない長距離跳躍魔法を発動する。


 ギリギリで発動した魔法で、ズンっと全身に加わる上向きの加速度に体中の血液をまき散らしながら上空へと跳躍する。


「・・・この魔法を作るのは大変だったけど、苦労して作って正解だったわ・・・。」


 まさに満身創痍、這う這うの体だが、何とか女の化け物から逃げ出すことができた。

 行先はユリアナの記憶のままに設定したが・・・。

 ・・・エレーナを助けなければならないというのに!


 ◇  ◇  ◇


 南雲 千弦


 ドラゴパレストの上空を旋回し、眼下に何一つ動くものがないことを確認する。


竜人(ドラゴニュート)も空中戦ができるものと警戒していたけど・・・大したことはなかったわね。」


 それにしても、我ながら暴れたものだ。

 まるで東京大空襲の後のような景色を見てひとりため息をつく。


「私がパクリウス(バシリウス)にさらわれた時、仄香(ほのか)は報復に世界の四分の一を焼いたというけど・・・。本当に血は争えないわ。似たようなことをしてる。」


 あの時、生きて帰れた後、仄香(ほのか)が私のためにしたことを聞いて恐ろしくなって泣き崩れてしまったんだっけ。


 遥香にだけは泣いているところを見られてしまったけど、あの時は失われた命の多さに戦慄して全身の怖気が止まらなかったんだ。

 だけど・・・。


 今、私は考え方が変わってしまった。

 確かに、私にとって人の命の重さに違いはあるのだ。

 そして命だけは絶対に譲ることができない以上、その重さを客観的に考えるなどということはあり得ないのだ。


 私の家族や恋人、友人の命と、ニュースの向こう側の赤の他人の命が同じ重さのはずがない。

 ましてや、大事なものを奪おうとしてくる敵や敵国の人間の命を同じ天秤に乗せるだなんてありえない。

 そんなことをいう人間がいたら、偽善を通り越して害悪以外の何物でもない。

 私はためらわず、引き金を引くだろう。


「私は、未来の家族のもとへ、恋人のもとへ帰る。今の友人も、未来の友人も見捨てない。私の大事な人の命は、一万の赤の他人の命にも、数億の敵の命にも勝るのよ!」


 誰もいない空の上、フライングオールに(またが)ったまま叫ぶ。


「・・・じゃあ、なぜ、この涙は止まらないの?友達を、家族を守るために戦うことは悪いことなの?二度と攻められないように敵を倒すことは、悪いことなの?」


 答えが出ないまま、私はレギウム・ノクティスに向けて飛翔する。

 だが、その時。


【・・・千弦。聞こえるかい?僕だ。オルテアだ。】


「・・・!オルテア!?まさか、起きているときに話しかけてくるなんて!」


 あの夢は、夢じゃなかったのか!

 そんなことより、大量虐殺しているところを見られた!?

 軽蔑されるくらいですめばいいけど・・・。


【戦っているところすまないが、僕の管轄でちょっとした問題が発生した。だが、その問題の原因があるのが・・・そちら側なんだ。助けてくれないか?】


 私の心配などよそに、オルテアはマイペースに頼みごとを始める。


「私にできることなら別に構わないけど・・・あんた、この状況を見ても私のことを責めないの?」


【・・・?ケガもしていないようだし、完勝しているように見えるけど、何か問題があったのかい?】


「・・・私が何をしたのか見てないの?」


 思わず言葉に詰まる。

 そう、私の手は汚れている。

 琴音と違って、返り血で真っ赤に染まっている。

 ・・・そうだ、簡単に開き直れてたまるものか!


【・・・?なにか問題があるのかい?君の世界に存在する生命で、何も殺さず、何からも糧を奪わず生きる生命なんてあり得るのかい?】


 オルテアは本心から疑問を感じたかのように私に問いかける。

 というか、もしかしてコイツ、人の命とその他の生き物の命が完全に等価なのか?

 食肉用の牛や豚と、竜人(ドラゴニュート)の命がそう変わらないのか?


「・・・ほとんど神の視座ね。それで、私にどうして欲しいの?」


【そこから北北西、その星を十分の一周したくらいの距離のところで、僕の世界の住人であるべき女性が君の世界に無理やり出ようとしている。それを止めてほしいんだ。】


 オルテアの世界の住人?

 ええと、4000キロくらいか?

 それって・・・?


「もしかして幽霊とか?私に除霊の才能なんてないよ?」


 まあ、いつぞやの夏合宿の時に、幽霊のようなモノに光撃魔法や空間浸食魔法をぶち込んだら効果はあったけど。


【止めるだけでいいんだ。これ以上仕事が増えるのは勘弁願いたくてね。まったく。自分の身体を作るために世界を魔力に還元するとか、正気なのかね?・・・誰かに都合つけてもらうとかは・・・無理なんだろうな。まあいいや、今情報を送るよ。検討してみてくれ。】


 オルテアは言葉を切ると、私の脳裏にその「問題」とやらの情報を一方的に流し込んでくる。

 一応は対応策も一緒に送ってきてくれたみたいだけど・・・


「頼みごとをするときに情報を丸ごと渡せるなんて、ホント便利なものね。ええと・・・げぇっ!?もうそんな時代なの!?・・・さすがにこれはヤバいわね。でも、アレを相手に戦って無事ですむかどうか怪しいわね?」


 まさか、星羅(せいら)さんと戦うことにあるとは思わなかったなぁ・・・。

 フランスのブルターニュ地方・・・古代都市、イスか。


 ここから何時間、いや何日かかると思ってるのよ。


【承諾してくれたなら座標も送るよ。君の・・・長距離跳躍魔法で移動できるだろう?】


「至れり尽くせりね。教会の女神・・・か。分かったわ。送ってちょうだい。でもヤバくなったら逃げるわよ?」


【当然だ。生き物は自分と自分の子供の命を優先するべきだ。じゃあ、座標は・・・。】


「準備ができたら聞くわ。じゃあ、あとでね。」


 はあ・・・ただ寝ているわけにもいかないのね。


 仕方がない。

 クインセイラ(第五公爵)家に寄って発注した身体ができているかだけ確認して行こうっと。


 っていうか、どうやったら女神なんかに勝てるのかしらね。


 ◇  ◇  ◇


 長距離跳躍魔法(ル〇ラ)クインセイラ(第五公爵)家に直接行き、依頼しておいたホムンクルスについて確認する。


「あ、チヅラ様。ちょうどいいところに。新型のホムンクルス・・・アルクス・ミッレ・コルダが完成しましたよ。・・・どうです?ご希望通りに高圧縮魔力結晶搭載モデルです。いやあ・・・ノクティス紅貨8枚分の高圧縮魔力結晶搭載モデルなんで無茶苦茶値が張りましたよ。」


「ふう~ん。うん、すごいじゃない。疑似魔力回路(ダミーサーキット)も搭載されてるし、疑似術式束(ダミーパッケージ)も搭載されてる。それから・・・よしよし。両手足に詠唱代替術式も予備(スペア)半自動(セミオート)詠唱機構(チャンター)も搭載されてるわ。大したものね。」


 ついでに言ってしまえば、ホムンクルスボディの外見は私が中学に合格したころの年齢で作成してもらっている。

 ・・・もしかしたら琴音の姿かもしれないけど。

 いや、区別つかないって。


「しかし・・・なんでまたこんな子供の姿にしたんです?オリジナルのボディの姿にすればよかったのでは?というか、こんな重武装で高火力なホムンクルスなんて初めて作りましたよ。」


 ま、そりゃそうだろな。

 レギウム・ノクティスではホムンクルスといえば、中に魂を込めることができないから、もっぱら単純作業用か愛玩用に限られているからな。

 ・・・愛玩用って?みなまで言わせないでよ。

 特殊な性癖の人はいつの時代にもいるってことよ。


「私としては被弾面積を少しでも減らしたいのと、小さければ小さいだけ回避時の運動エネルギーや加速度に強くなるから小さくしたかっただけなんだけど・・・?」


「はあ・・・。まあ、要望のあったとおり、妊娠出産機能は省略(オミット)していませんので。その分老化もしますから注意してくださいね。」


「りょーかい。じゃあ、もらってくわね。支払いのほうは?」


デュオネーラ(第二公爵)家からすでにもらっています。ピーキーな身体なのでくれぐれも取り扱いに注意してくださいね!」


 フライングオールの補助席に座らせて縛り付け、恩賜公園の管理事務所に飛ぶ。

到着次第、すぐさま古いホムンクルスボディを予備コールドスリープボックスに放り込み、新型のボディに憑依する。


「ふふん、我ながら慣れたものね。まあ、オリジナルのボディが死ねば死んじゃうのは仄香(ほのか)の憑依とは大きく異なるけど。半憑依(セミポゼッション)とでもいえばいいのかしら?」


 我ながら人間離れしてきたな、なんて今さらながらに思いながら、新しいホムンクルスボディに意識を馴染ませていく。


 疑似魔力回路(ダミーサーキット)、よし。疑似術式束(ダミーパッケージ)、よし。高圧縮魔力結晶、出力よし。


 ・・・ヤバ。

 このボディ、とんでもなく高性能だ。


 物は試しに攻撃魔術を発動寸前でストックする。

 四連唱・・・十六連唱・・・六十四連唱。


 まだまだ余裕がある。

 二百五十六連唱までチャージしても、まったく制御に揺らぎが出ない。


 それどころか、未来で紫雨(しぐれ)君にもらった高圧縮魔力結晶が残り三割も残っていなかったからちょっと慌ててたけど、元の高圧縮魔力結晶の八倍以上の魔力容量があるなんて!


「ぬふふふ・・・これ、もしかして根源精霊(パーティクル)魔法(マジック)も発動できちゃったりして?ぬふふふ・・・。」


 おおっと。

 私の人格情報や記憶情報に何か問題が発生しても誰も助けてはくれないのだ。

 無理、絶対ダメ。


「さて。じゃあ、いよいよ行きましょうかね。あ~。行先はどこかしら?」


 恩賜公園管理事務所の外に出て、オルテアに語り掛ける。


【お。随分とかわいらしい身体に着替えたね。うん、それは妹さんの若い時の姿をかたどったものだね。そうそう、行先の座標は北緯48.217458,西経4.809357だよ。町の名前は・・・イス。その南街の礼拝堂前だね。】


 スマホの写真はやっぱり琴音だったのか。

 そりゃそうだ、私のスマホなんだから琴音しか写せないよね。


「げ・・・マジか。よりによって古代都市イスの街中なのね。まあ、生身で行くんじゃないからいいでしょう。フライングオールよし、各種装備よし、アルクス・ミッレ・・・ええい、『義体』よし!・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 万が一、女神「イルシャ・ナギトゥ」に負けてもこの「義体(ホムンクルス)」を失うだけだ。

 あ、古い方の義体はどうしようか。


 医療廃棄物?

 とっておいて仄香(ほのか)にあげる?

 自分の顔で他人とセックスされるのは琴音だけで十分だわ。


 今までで一番気が楽な戦いだな、なんて顔には出さないが思いつつ、私は夕闇迫る空を伝説の古代都市に向かって駆けていった。


 ◇  ◇  ◇


 同時刻


 セラフィア


 ポンタス侯の邸宅から一路デュオネーラ(第二公爵)家に向かって速足で戻っていると、後方から鎧を着た騎兵が私を追い抜き、すぐ目の前で立ち止まった。


「・・・そこの魔族の女。先ほど手紙を持ってきた女だな?今すぐポンタス侯の屋敷まで戻ってもらおうか。」


「・・・カリーナお嬢様に会わせていただけるのですか?」


「ああ。カリーナお嬢様にお前の訪問をお知らせしたところ、体調がすぐれないが是非会いたいと仰せだ。ついてこい。」


 馬上の騎兵は下馬せずに、そのまま私の少し前を歩きだす。


 ・・・確か、この騎兵は私と顔見知りのはずだ。

 それに、何度かチヅラ様に作り方を教えてもらったカップケーキを差し入れたこともある仲だ。

 様子が・・・おかしい。


「馬の脚だと歩調を合わせるのは大変でしょうから先に戻っていてください。私もすぐに追いかけますので。」


「む・・・そうか。なら俺は先に戻っている。カリーナお嬢様はあまり長く起きてはいられない。急ぐように。」


 騎兵はそう言い残すと、そのままポンタス侯の屋敷に向かって駆けていく。


「カリーナお嬢様に何かあった?それとも、ポンタス侯爵家に何かあった?とにかく、準備だけはしておかないと。」


 私は意を決し、駆け足で恩賜公園に戻り、チヅラ様から貸し与えられた装備を身に着けていくことにした。


 恩賜公園事務所に戻り、コールドスリープルームをのぞき込むと・・・どうやらチヅラ様は戻っていないようだ。

 だが・・・これは?


 チヅラ様が聖棺(アーク)モドキと呼ぶコールドスリープ装置が並び、本体が眠るその横でチヅラ様が普段使っているホムンクルスボディが眠っている。

 ・・・なんというか、少し不用心ではないか?


 本来は管理事務所の地下に玄室があるのに、いちいち地上に出るのが面倒だからって・・・。


「ええと、確か下に車輪がついていたはずよね。よし、留め金が外れた。ホムンクルスボディはともかく、本体のほうは地下に隠しておかなきゃ。」


 幸い、この部屋の奥には階段があり、そこにもカギがかかるようになっているのだが・・・。


 まるで物置のようになっている。

 今回のことがすんだら掃除しなくてはならない。


 本体の収まった聖棺(アーク)モドキを地下の玄室の隅に安置し、その上に布をかけ、ぱっと見はわからないようにしておく。


 チヅラ様本人なら、念話とやらで自分の身体の場所はすぐ分かるらしいから、メモを残しておく必要はないだろう。


 手早く一通りの準備を終え、、私は急ぎポンタス侯爵家に向かうことにした。


 ・・・・・・。


 ポンタス侯爵家に到着すると、なぜか物々しい雰囲気に包まれていた。

 いつも通り使用人の勝手口から入り、身の回りの武器などをすべてメイドに預け、カリーナお嬢様のいる二階に上がっていく。


「カリーナお嬢様。セラフィアなる者がお見舞いに来たそうです。」


 メイドの一人がカチャリ、と扉を開ける。

 ・・・今、部屋の中から返事はあったか?

 私には聞こえなかったが・・・?


 一瞬だけ頭をかすめた疑問に、私の眼はすぐにその答えを捉えた。


「なんだ。魔族の女か。・・・年増ではないか。」


 そう、縦に割れた赤い瞳を持った半裸の長身痩躯の魔族が、カリーナお嬢様のベッドの上で吐き捨てる。

 部屋の中は暗く、周囲には何本もの剣が浮遊している。


 カリーナお嬢様が好んで集めた陶磁器の破片が足元に散らばり、チヅラ様に習って私が作って差し上げたぬいぐるみが破け、中の綿がこぼれている。


 砕けた鏡台の前には、私が送った手紙が開封もされずに放り出されていた。


「うっ・・・うっ・・・セラフィア・・・助けて・・・。」


 乱れたシーツの中で、一糸まとわぬカリーナお嬢様が嗚咽をあげている。


 お嬢様と魔族とは、抽挿を繰り返す白く汚れた肉の棒でつながったままの状態になっている。

 天蓋付きベッドのカーテンやレースは破れ、ところどころに赤茶けた汚れが付着して・・・。


「カリーナお嬢様!・・・あなた、何をしてるの!?」


 真後ろにはメイドがいるが何も狼狽していないところを見ると・・・この男の仲間ということか。


「我はワレンシュタイン。教会の三聖者筆頭、千剣のワレンシュタインなり。・・・見たところ、随分と良い魔力を持っているようだ。だが、惜しいかな。あと200年、いや120年若ければな。使えぬ腹に興味はない。・・・エドアルド。お前の好きにしろ。」


 エドアルド・・・?

 しまった!もう一人いたのか!?


「うん、何か知っていそうだ。すべて吐かせようか。そのあと俺が美味しくいただくよ。」


 反射的にメイドを押しのけ、廊下に押し出す。

 部屋の暗がりから青髪の若い男が現れ、一瞬で私の前に立つ。


 先ほど短剣や杖は預けてしまったが!

 チヅラ様から借り受けたものは一切預けていない!


「ふふ、丸腰でどうしようというのさ。話の前に両足から美味しくいただいてあげよう。次は両手、その次は・・・先に顔かなぁ?あはははは!」


 もはや異形と変じた若者が私を追う。

 仕掛けがあって、本当に助かった。


「カリーナお嬢様!今お助けします!起動ワード!『()()()()()()()()()()()()()()!』圧縮術式展開!第一術式、スタンバースト!」


 言葉が終わると同時に部屋の中から閃光がほとばしり、直後に耳をつんざく轟音が響き渡る。


「ぎゃあっ!?貴様、何を!」


 私の肩に手をかけていた青髪・・・エドアルドとやらの身体が持ち上がり、直線的に壁にたたきつけられる。


「第二術式!対象、この場の男すべて!テンタクル・バインド!」


 飛び散った手紙の破片が一斉に赤黒いタコの触手のように変じ、その場にいた男すべてに絡みつき、締め上げていく。

 赤目の魔族が汚らしいものを勃たせたまま、カリーナお嬢様から引き剥がされる!


「ぐ、うおおぉぉぉ!う、動けぬ!」


 本来は遠距離で使うはずの術式封入封筒を至近距離で使ったのだ。

 加えて、私は女系3代目、かつハイエルフ氏族の男の魔力を継ぐ生粋の魔族だ。

 帝国外の野良魔族になど魔力で負けてたまるものか!


「カリーナお嬢様!こちらへ!第三術式!対象!私とカリーナお嬢様以外すべての空間!デブリフロー・プリズン!」


 部屋の中でいきなり発生した土石流は、即座に固まりながらその体積を増やし続ける。


「逃がすな!くそ!剣が!土砂が邪魔で動かん!エドアルド!」


「あは、あははは!こりゃダメだ!身動きなんて取れないよ!人形たち!その二人を逃がすな!」


 シーツの切れ端だけを身に巻いたカリーナお嬢様の手を取り、勝手口に向かって廊下を駆け抜ける。


 だが、侯爵家の使用人たちが・・・。


「と、とま・・りなさ・・・い。」


 プリンやホットケーキを一緒に作ったメイドや、仕事が忙しい時に代わりに子守をしてあげた庭師が包丁や庭具を手にその場に立ちふさがる。

 見れば、手足の関節はまるで人形のようで・・・。


 すべて顔見知りだ。

 私は腰からチヅラ様から借り受けた拳銃を抜き放つも、引き金を引くことができない。


「セラフィア!みんな人形にされてしまったの!魔石も傷つけられた!もう助けられない!だからお願い、撃って!」


 カリーナお嬢様が震える声で叫ぶ。

 そういえば、チヅラ様から拳銃を借り受けたとき、射撃の練習には孫娘のエリシエルとカリーナお嬢様も見学に来ていたっけ。


 だが・・・人形?

 もう人じゃないのか?

 それに魔石を傷つけられたら命に係わる。

 肉体側が万全でも治るまでに数か月はかかってしまう。


「カリーナお嬢様!目を閉じて!魔導(Enchant)付与(ment)術式( Formula)()()()()()()!!」


 チヅラ様に習った通り、輪胴型(リボルバー)弾倉(シリンダー)に込められた6発の人工魔石に全神経を集中し、習った通りの言葉を唱え、撃鉄(ハンマー)を起こし、照門(リアサイト)照星(フロントサイト)を目標に合わせ、引き絞るように引き金(トリガー)を引く。


 パン、と乾いた音。

 銃口を出た弾丸が相手の胴体に着弾し、術弾に込められた魔法・・・雷撃魔法を解き放つ。

 青白い雷撃がその身体を舐め、彼らは糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。


「カリーナお嬢様!勝手口から外へ!急いでください!」


 私は発砲しながら後ずさり、勝手口から転がるように外に飛び出す。

 弾倉(シリンダー)を開き、素早く薬莢(カートリッジ)を捨て、弾丸装填補助具(スピードローダー)で術弾を装填する。


「ダメ!外にもいる!」


「大丈夫です!私につかまって!」


 カリーナお嬢様の身体を強く引き寄せ、拳銃をホルスターにしまいながら胸元の羽を模したペンダントを握りしめる。


定点間高速飛翔(ファストトラベル)術式!発動!」


 一回限りの使い捨てだが、この羽飾りのペンダントはかの「長距離跳躍魔法」とやらを模した高速飛翔を行ってくれるという、チヅラ様が下さった奇跡の首飾りだ!


 行先はどうしても恩賜公園管理事務所になってしまうけど、デュオネーラ(第二公爵)はそこから歩いて5分もない。


 両足が大地から離れた瞬間、建物から飛び出してきた中年の魔族女性が黒い短杖を振りかざし、何かの魔法を詠唱する。


「逃がしません!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 瞬時に発動し、私の身体に黒い何かが巻き付こうとした瞬間、考えることもなく女銃口を向け、発砲する。

 だが・・・。


 放たれた2発の弾丸は、1発が女の持つ短杖に、もう1発は襲い来る毒蛇の頭を撃ち抜き、弾が尽きる。


「ぐぅ!?く、きゃあああ!?」


 蠍状の尾が左ふくらはぎをかすめ、裂かれ焼かれたような痛みが駆け巡る!


 と、とにかく、恩賜公園の管理事務所へ・・・あそこに戻れば、チヅラ様が・・・。


 おそらくは数秒程度の飛翔だったと思うが、そのわずかな間に、着地したか、それとも地面に倒れ伏したか。

 私の意識はすぐに暗転した。


 ◇  ◇  ◇


 サン・マーリー(初代)


 我ら三聖者が仮の(ねぐら)に決めた屋敷で、ワレンシュタインに辱められていた娘・・・カリーナが何者かにさらわれてしまいました。

 その身なりから、いずれかの貴族家に仕える女中のようでしたが・・・。


 あの火を噴く、短杖とも何とも言えない武器はいったい・・・?


「マーリー!俺の女はどこに行った!くそ、くそ!殺してやる、あのくそアマ!」


「・・・ワレンシュタイン。下履きくらい着て来なさい。」


 その怒張を隠すこともなく、ワレンシュタインは猛り狂っています。

 私がもう少し若ければ、この下種は私も襲ったかもしれませんね。


「いやぁ・・・見事な腕前だったね。あれが魔術?詠唱なしでいきなり魔法が発動したよ。それも、3種類もさ。すごいすごい。」


「エドアルド。感心している暇があったら追いなさい。私の蠍毒魔法もそろそろ切れる頃です。」


「・・・へえ?即死しなかったんだ?」


 エドアルドの言葉に返事はせず、砕けた短杖の先端を触りながら、あの女・・・妙に魔力が高い魔族の女について考えます。

 あの女が使っていた武器はいったい何だったのでしょうか?

 一瞬で私のムシュフシュの頭を叩き割ったように見えましたが?


 爆ぜるような音とともに、先端の穴を向けられたものが砕ける?

 いや、砕けるというよりも、着弾すると同時に何かの魔法が発動したような気配がありました。


 あれが魔術?

 だとしたら、我らの魔法でどの程度太刀打ちできるか・・・?


「・・・ぬ?エドアルド。マーリー。こちらに何者かが大挙してやってくるようだ。おそらく、登城したポンタス侯が人形であることがバレたのかもしれぬ。ここを引き払うぞ。」


 ワレンシュタインは屋敷に駆け戻り、エドアルドは身体から何体かの灰色の男を生み出します。


「じゃあ、俺は逃げた女を追わせよう。ふふふ・・・なかなか面白そうな魔族だったよ。あの女は美味しくいただこうっと。」


 犯したり食べたり・・・どうもこの二人にはついていけませんが、私もまだまだ楽しみたいものです。


「だめですよ、エドアルド。私がたっぷり痛めつけてからです。では、第二城壁の裏で落ち合いましょう。」


 私は身をひるがえし、ポンタス侯爵家の裏手に広がるきれいに植樹された林に向かい、走り出しました。


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