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284 墓守の女魔族/魔法帝国と外敵たち

 南雲 千弦


 レギウム・ノクティス 恩師公園管理事務所


 西暦 25年 秋


 レギウム・ノクティスに来てからは一度も自分の身体を起こしていないけど、定期的にホムンクルスの身体を使って出歩けるようになったのは非常にありがたかった。


 あれから20年おきくらいにホムンクルスの身体で起床し、アシェルナやその娘さん、お孫さんに私の身体を管理してもらっているんだけど・・・。


 驚いたことに皇帝・・・紫雨(しぐれ)君にはいまだに秘密なんだよね。


 というより、私のことを知っているのはアシェルナの子孫たちとデュオネーラ(第二公爵)家、そしてクインセイラ(第五公爵)家の一部の人間だけというのだから・・・大丈夫なんだろうか、この国。


 それとなくデュオネーラ(第二公爵)家のその時の当主さんに話を聞いてみたら・・・。


「皇帝陛下からはそのくらいの裁量権はいただいております。だって皇帝陛下は玉座にいるとは限らないですし。」


 と言われてしまった。

 皇帝位がいつも空位の帝国ってのもどうかと思うよ?


 今の時期は二世が治めているらしいけど・・・要するに初代皇帝本人じゃん?

 まあ、私としては助かるだけだから何も言わないけどさ。


 ところで、いよいよ西暦が始まったようだ。

 世界のどこかにはイエス・キリストが生まれ、キリスト教につながっていく。

 そう思うと、私は歴史を生きているんだなぁとしみじみと思ってしまう。


「あ、チヅラ様。お目覚めでしたか?デュオネーラ(第二公爵)家の方がお見えです。なんでも、相談に乗っていただきたいことがあるとかで・・・。」


 アシェルナのお孫さんにあたるセラフィアさんが洗面器一杯のお湯とタオルを台車に乗せ、寝室に入ってくる。


 なんでもマザリオマティス(母子間魔石拒絶症)の影響で母親・娘・孫娘と女系で三世代続く魔族はほとんどいないらしく、かなりの魔力量を持っているのが見るだけでわかるよ。


 セラフィアさんのお父さんはハイエルフだっけ?


「ありがと、セラフィア。ええと、今の当主は・・・レインさんだっけ?」


 デュオネーラ(第二公爵)家に世話になってからもうすぐ700年経過する。

 その間に20代以上の世代交代をしてしまったらしく、今では私は生きている遺物扱いだ。


 またこの国は魔法帝国と呼ばれているが、実際には魔術の研究がとても盛んで、専門の学校や研究機関がそこら中にあり、国軍や騎士団にもそれを軍事に取り入れた部隊がある。


 私はそういった魔術について、質問があれば答えるアドバイザーのような役職を与えられているのだが・・・。


 ・・・実際、暇なのよ。

 だってこの国の魔術のレベルは低すぎて、まだ魔法を魔術化するレベルにまでしか到達していないからね。


 つまるところ、この時代の魔術は「魔法使いになれない人がその真似事をするための技術」でしかなくて、「感覚や才能で使っていた魔法を科学的で再現性のある一つの技術として確立する」レベルまで行っていないからね。


 まあ、ナギル文明で手痛い勉強をした私としては余計なことは言わないようにしているというわけだ。


 そんなことを考えていたら、恩賜公園管理事務所という名目の私の家にデュオネーラ(第二公爵)家の現当主であるレイン・デュオネーラ《第二公爵》さんが顔を出す。


「お目覚めでしたか。お久しぶりです。レインです。チヅラ様もお元気そうで。」


「この身体はホムンクルスだし、普段からメンテナンスやバージョンアップをしてくれてるからね。それで、今日はどうしたの?普段なら私から挨拶に行くのに。」


 レインは先代のデュオネーラ(第二公爵)家が男子に恵まれなかったため、女性当主となって他の公爵家から婿を取ったらしいが・・・前に会ったときは可愛いお嬢様だったのに、今ではやり手のオバサンになってしまっているのがとても悲しい。


「・・・チヅラ様。なにか失礼なこと、考えてません?」


「べ、別に・・・。」


「・・・本題に入ります。この大陸に東から上陸したと思われる幻想種が、帝都の南東約750スタディオンに砦を作り、軍備を増強しているようなのです。」


「ふーん。レギウム・ノクティスの対応は?殲滅?それとも投降を呼びかける?」


 ええと、1スタディオンが180から200メートルだから、約150kmってところか。


 ・・・微妙な距離だな?

 火砲の射程範囲外だが、航空機目線だと至近距離じゃないか。


「まだ決まっておりませんが、十大公爵家(デケムナリウス)は国軍の派兵を決定しています。皇帝陛下からもご裁可を得てはいるのですが・・・。」


「・・・もしかして、新種の幻想種だったりする?」


「一見すると翼と角があるトカゲが二足歩行をしているように見えまして・・・鎧を着て武器を持っているところからすると、知性があるようなので幻想種ではないかと思われるのですが、怪異の可能性も捨てきれず・・・。もし正体をご存じでしたら教えていただきたいのですが。」


 レインはそういうと、そっと一枚の姿絵を出す。

 ・・・写真はないのか。

 まあ、ナギル・チヅラが異常だっただけだな。


 と余計なことを考えつつ、その姿絵を見る。

 そういえば、アシェルナの故郷を滅ぼしたのもトカゲじゃなかったっけ?


「うげ・・・これ、竜人(ドラゴニュート)じゃない。そりゃそうだ。この時代ならいてもおかしくはないわ。」


 姿絵には全身をウロコに包まれているのに、わざわざ鎧を着ているトカゲとゴリラと鬼を足して3で割ったような原始人が槍や棍棒を持っているものが描かれている。


 色とりどりのウロコがあるのは驚いたが、スイスのローザンヌで見た竜人(ドラゴニュート)にそっくりで・・・。


 角が邪魔なのに兜をかぶろうとしたり、鎧が前後反対だったり・・・。

 それなのに下着や下履きの類いをつけていないのは

 すべてが好戦的なアホの子のようだ。

 説得とかは無理そうだな。


「やはりご存じでしたか。彼らは幻想種ですか?それとも怪異ですか?」


「・・・一応は幻想種よ。人間と交配できないのは・・・サイズの問題らしいわ。」


 はっきり言って身体のどこのサイズなのかは言いたくない。

 ってか、外見がここまで違うんだからお互い性的に興奮できないでしょうに。


「幻想種、ですか・・・となると・・・殲滅はできませんね。我が国は他種族国家ですから特定の幻想種を滅ぼしたとなると、国是に反する恐れがありますし。」


 国是だか何だか知らないけど、害意をもってこちらを攻撃してくる相手に対して武力を使うのは正当な防衛権の行使でしょうに。


 結果、相手を殲滅してしまっても、最初に引き金を引いた相手に全責任があるだけの話よ。


 人道とかの綺麗事は国を守るどころか滅ぼす毒にすらなるんだから。


「とにかく、軍事においては相手の意思に備えるものじゃないわ。能力に備えるものよ。ええとね、竜人(ドラゴニュート)の能力ってのはね・・・。」


 仕方がない。

 乗り掛かった舟だ。

 何かあったら私が出陣してやるしかないか。


 レインに竜人(ドラゴニュート)の能力を説明していく。

 まあ、全部ラジエルの偽書の受け売りなんだけどね。


 ◇  ◇  ◇


 レインに一通りの説明を終え、解放されたのは昼過ぎになってからだった。


 ラジエルの偽書で調べてみた限りでは竜人(ドラゴニュート)はかなり面倒な種族で、まともな経済活動も行わずに狩猟と略奪を生業とするような種族らしい。


 どこぞの漫画に登場したゴブリンみたいな連中だな?


 ラジエルの偽書によれば、火を吐けるのが竜人(ドラゴニュート)、吐けないのが蜥蜴人(リザードマン)で、竜人(ドラゴニュート)は人間から、蜥蜴人(リザードマン)は爬虫類からの収斂進化らしい。


 セラフィアが用意してくれた昼食を食べながら、最近の社会情勢を確認する。

 竜人(ドラゴニュート)の件以外はほとんど問題らしき問題はないようだ。


 ・・・住民に占める魔族の割合がちょっと増えたくらいかな?

 それでもたったの2%か。

 エルフやドワーフなんてそれぞれ10%を超えてるのに。


「下手に他の種族よりフィジカルが強いとこうも性格が捻じ曲がるものなのね・・・たかがドラゴンブレスモドキが吐けて空を飛べて、ついでにヒグマ程度の力があるだけじゃん。そんなんで世界最強の種族とか片腹痛いわ。」


 あとは弓も槍も効かないくらいか。


「・・・すでに十分最強のような気がしますが・・・。」


「さあね。最悪、私でも魔法と魔術だけでなんとかなりそうだわ。砦はそれほど大きくなさそうだし、原子振動崩壊術式で丸ごと粉みじんにするか、過負荷重力子加速術式で叩き潰してもよさそうだしね。」


 だからと言って脳筋相手に素手で戦う気はない。

 前近代と現代の間にある絶望的な戦力差を思い知らせてやろうじゃないの。

 さて、タングステンとプラチナの残りは何キロあったかな~。


「・・・さすがは5000年を生きた大魔導士ですね。もはや人間のなせる業ではありません。」


「・・・いや、魔女には負けるわよ?」


 そうそう、最近やっと魔女の話をちらほらと聞くようになり始めたのだ。


 曰く、大火力で山を吹き飛ばす。

 曰く、雷で大森林を灰にする。

 曰く、大波を起こして島の上のものを押し流す。


 うんうん、頑張ってるじゃないの。

 ・・・あなたの息子さんはここですよ、なぁんて言えたらいいんだけどね。


 ただ歴史が変わるだけじゃなくて、なぜか魔族を敵視しているみたいだからレギウム・ノクティスに来たら面倒なことになりそうなんだよね。


「チヅラ様って、魔女の話をするときは妙に楽しそうですよね?北方では恐怖の象徴のように言われていると思うんですが・・・もし魔女にこの国を攻められたらと思うと、私は生きた心地がしませんよ。」


「あはは。私は魔女と血がつながってるからね。っていうか、同じ部屋で寝たこともあるわよ。まあ、もし魔女が攻めてくるようなことがあったら私が説得するから安心しなさい。戦って勝てるとは思わないけどね。」


 私が魔女と親戚であることを聞いて驚いたのか、目を丸くしてセラフィアは驚いている。


 ふふ、この国の皇帝陛下なんて魔女の息子だよ?

 まあ、言わないけどさ。


 遅い昼食が終わり、私はホムンクルスの身体で街に出ることにした。

 何度かのバージョンアップを経て、この身体は黒髪かつ日本人的な姿に調整してもらっている。


 ・・・スマホに保存してあった古い写真を見せたら、そっくりにしてくれたんだよなぁ。

 ただ、困ったことにその写真、私の写真なのか琴音の写真なのか区別がつかなかったんだけどさ。


「さあて。今日は日の入りから劇場で新しい演目が始まるって言ってたわよね。セラフィア。一緒に食べ歩きをしてから見に行かない?」


「ええ、ぜひ。」


 私はセラフィアの選んだワンピースを着て、フライングオールを片手にウキウキと街に出かけることにしたよ。


 ははは。

 魔族と付き合うのって別に人間相手でも変わらないじゃない。


 ◇  ◇  ◇


 ノクト・プルビア二世(紫雨(しぐれ)


 レギウム・ノクティスの建国後100年ほどで僕は寿命で死んだけど、15年ほど前に子孫の男児が幼くして亡くなったことにより、その身体を使って再び皇位についているのだが・・・。


 驚くほど暇だな!?


 僕が不在の間はデケムナリウス(十大公爵家)が分担して国を治め、僕が舞い戻った時には叔母さん・・・イルシャ・ナギトゥが出現し、神託を下す形で僕がこうして皇位につくことになっている。


「これ、僕っていなくても変わらないんじゃないの?」


【あなたは帝国の象徴なんです。お飾りでもなんでもいいからそこに座っていればいいんです。】


 叔母さんの念話にかぶせるように、官庁街に終業の鐘が鳴り響く。


「あ。とうとうお飾りだってぶっちゃけちゃったよ。はぁ~。定時だからそろそろ上がるね。ええと、今日はどうしようかな。・・・お、セレネーア大劇場の演目が新しくなってる。ちょっと行ってきます。」


【あ、待ちなさい!せめて護衛くらいつけていきなさい・・・もう、あの子ったら・・・。】


 玉座の間で叔母さんが騒いでるけど、僕は必ず定時で帰る男だ。

 それに、いつまでも残っているとウナヴェリス(第一公爵)の爺さんにお見合いの話で捕まって帰れなくなってしまう。


 帝都の大劇場で催される演劇のチラシを右手に、僕は帝都の大通りを一人、走っていった。


 ・・・・・・。


 劇場に到着するころには太陽が空を真っ赤に染め上げていて、四季のないわが国でもほんの少しだけ秋を感じる。

 劇場はすでにごった返しており、平民用の入り口は大行列になっていた。


 僕は貴族・皇族用の受付に行き、チケットを買って劇場に入る。


 たまには一人で観劇をするのもいいかなと思いながら周囲を見回すと、貴族用の受付から見覚えのない女の子が白桃の香茶と薄餅の入った紙袋を手に入ってきた。


 あれ?

 黒髪の方の女の子って・・・。

 あの人によく似ているような記憶が・・・。


「ねえ、今日の演目って『リュキアの花嫁』だっけ?」


「ええ。月女神に恋した青年が花嫁を幻術で作り出してしまい、現実と幻の境界を見失うという話ですね。」


 黒髪の女の子と魔族らしい女の子は親しそうに僕の近くの席に着き、開演を待っているけど、待っている間も楽しそうだ。


 どこかで会ったのか、妙な懐かしさが気になるところではあるけど、観劇の邪魔をするのもいけないと思い、僕は貴族・皇族用の席に深く座りなおした。


 ・・・・・・。

 およそ2時間後。


 ウワサ通り、見ごたえのある演技と様々な幻術を駆使した舞台効果、そして引き込まれる脚本のおかげで一人も席を立つこともなく劇は終わり、会場には万雷の拍手が鳴り響いていた。


 幻術で作り出された恋人が自我を持ち、いくつもの試練を果たした結果、月女神の力で現身を手に入れたにもかかわらず、地上に残った男は恋人が月女神のもとに召されたと勘違いし、彼女が空から戻る前に、他の女性との間に子供を作ってしまうという悲しい結末だった。


 僕は久しぶりに気持ちの良い気怠さと軽い空腹を覚え、席を立つ。


 さすがに平日の夕方ということもあって官公庁で働く貴族や官僚はいないのか、貴族用の座席は僕と二人の女の子だけしか使っていなかったようだ。


 ふと、叔母さんが言っていたことを思い出す。


【たまには女の子に声をかけてみなさい。貴方の容姿はそれなりに整っているのだから、身だしなみと話し方さえ気を付ければ、恋人の一人くらいできるでしょうに。】


 確かに、ここ1000年くらいはお見合い以外での結婚はしていなかったっけ。

 そう思い、ほんのちょっとの勇気を振り絞って、席を立った二人の少女に声をかける。


「ねえ、もしよかったらこの後、今の演目の感想とか聞きたいんだけど。おいしい夕食をおごるからさ。」


 少し、いやかなり怪しげな声のかけ方をしてしまったけど、大丈夫だろうか。


 魔族のほうの女の子は少し困ったような顔をしているし、もう一人の少女はびっくりしたような顔を・・・。


 ・・・っ?

 この子、まさか・・・ホムンクルス!?


「・・・うわ、世の中広いようで狭いとは言うけどさ。こんなところで会うとは思わなかったわ。これ、浮気になるのかしら。それとも・・・まあいいわ。それで、美味しいものを食べに連れて行ってくれるんでしょう?期待してるわ。皇帝陛下。」


 何を言ってるのかは分からないけど、これほど流暢に会話ができるホムンクルスなんて聞いてないぞ!

 クインセイラ(第五公爵)家のやつら、僕が知らないうちに!


 それに、この少女の姿はまるで、僕が物心ついたかも分からない頃に別れた、あの人のようで・・・!


 記憶の中にあるのと同じ黒い髪、白い肌、やや平たい顔、そして少し吊り目のダークブラウンの瞳が僕を不思議そうに眺めている。

 というか、僕が皇帝だとなぜ分かったんだ?


「・・・皇帝陛下?お忍びなら、なんとお呼びしたらいいかしら?」


「・・・あ、じゃあ、ノクト、と。」


 僕は自分で声をかけておきながら、驚きのあまりそれ以上はうまくしゃべれなかったよ。


 ◇  ◇  ◇


 声をかけた女の子は、自分のことをアルカム(arcum)フィナム(filum)(弓の弦)と名乗った。

 ・・・偽名だそうだ。

 魔族のほうの娘はセラフィアさんといい、恩賜公園の管理人のような仕事をしているらしい。


 僕は普段からお忍びで使うことがある高級料理店に二人を連れていき、劇の感想を聞きながら遅めの夕食をとることにしていた。


「アルカムさんはさっきの劇を見てどう思った?」


「うーん。遠く離れているときに二人がお互いを思ってやったことがあんなにすれ違って悲劇を生むなんて・・・スマホ、じゃなかった電話、あいや、遠く離れていても会話ができるような道具が欲しくなったわね。」


 ・・・さすがはホムンクルス。

 目の付け所がちがうな?

 どちらかというと、恋人同士がお互いに相手をどれだけ想えるかという話なんじゃなかったのか?


 そんな技術は幻の古代文明のナギル・チヅラの伝説に登場するくらいで、どうやっても実現不可能なんだけどさ。


「そ、そうだね。手紙でも数か月はかかるからね。やはり恋人同士は普段から近くにいないと破局するのが運命なのかなぁ?」


「そんなことは絶対にない!・・・たとえ、彼が光で一秒以上かかる月にいても、七千年先の未来にいても、私は彼を絶対に見つける!彼のもとに飛んでいく!他の女にだなんて渡さない!」


 それまでは便利な道具の話をしていたかと思ったら、アルカムさんは突然声を張り上げる。


 なにか、僕は言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか。

 そもそも、ホムンクルスにも恋人がいるのだろうか?


「大丈夫ですから。チヅ・・アルカム様はきっと帰れます、必ず彼にも会えます。私がついていますから。」


 なぜか目じりに涙を浮かべるセラフィアさんが、アルカムさんの背中を一生懸命撫でて落ち着かせようとしている。


 食事を終え支払いを済ませて店を出る。

 僕はアルカムさんの気分を損ねてしまったなぁと気まずくなっていたら、彼女はその口をゆっくりと開いた。


「ノクト・・・陛下。転生し続けて千年後よりもずっと後、あなたはあなたを正しく理解する女性と恋に落ちると思う。でも、離れ離れになったくらいで破局するなんて不誠実なことを言っていたら・・・私が許さないからね。」


「も、もちろんだよ・・・って!転生って!なぜそんなことを!?」


 僕が憑依による転生を繰り返していることはデケムナリウス(十大公爵家)までの秘密になっているはず!


 彼女の言葉に驚き、その真意を問いただそうとしたときには・・・もうその姿はなかった。


 人気のまばらな高級飲食街の前の道は暗く、だけどよく晴れて月の光は道を照らしていて。

 なのに、彼女たちは一瞬でその姿を消していた。


 アルカム(arcum)フィナム(filum)・・・弓の弦・・・まるで月の女神のような、黒髪の美しい少女のことは当分忘れないだろう。


 ◇  ◇  ◇


 サン・ジェルマン


 同時期 フランス・ブルターニュ地方


 先端部分に大きな湾と平坦な島を持つ町に、ひときわ大きな聖堂が建築されている。


 西に向かって開けた海に面した、喫水の深い船でも楽に入れる天然の良港を備えたこの町は、東に水はけのよい広大な農地を持ち、一年を通して温暖で嵐も少なく、良質なブドウなどから質の良いワインが作れることもあり、ここ300年の間に大きく発展をしていた。


 俺は港を見下ろす丘の上で建築中の聖堂の土台に腰を下ろし、近くに控える三人の男女に声をかける。


「ふむ。地中海の島国では迷宮などという手間のかかる仕掛けをしていた割に、備えが足りなかったからな。今度は十分な戦力を整え、効率の良い抽出を行う準備ができたといえよう。・・・マーリー。エドアルド。ワレンシュタイン。それぞれの進捗はどうか?」


 白いローブを着た中年の女・・・サン・マーリーが恭しく答える。


「は。聖堂の建築は予定より早く進んでおります。人工魔力結晶抽出機構はまだ実験段階ですが、複数の子供の肉体と魂から一つの大きな塊を作ることに成功しました。」


 続けてサン・エドアルドが青い髪をかき上げながら、薄い笑みを浮かべて言葉を続ける。


「この町が俺たち魔族の街になるんだろう?今までは人間にまぎれこんで生きなきゃならなかったから肩身が狭くてさ。やっと羽を伸ばせるよ。」


 サン・ワレンシュタインが仏頂面を隠しもせず、つまらなそうに答える。


「ふん。エドアルド、貴様にそんな殊勝なところがあったとはな。我としては、女を抱き、剣をふるえるならどこでも構わん。」


 三人の瞳孔は例外なく、まるでネコ科の動物のように縦に割れている。


 ・・・この胸の魔石・・・原初の石板の破片を俺が飲み込んだ時から、どんな女を孕ませても、まともな子供は生まれなくなった。


 すべて、俺の魔石を模したかのような橙色の石を胸に抱いて生まれてきて、しかも女はまともに子供を作ることすらできない。


 どいつもこいつも出来損ないめ。

 だが、俺は優しいからな。

 俺の役に立つ限りは何も言わないでいてやろう。


「クレタでは苦心して作った人工魔力結晶抽出機構を完膚なきまでに破壊された。千年かけてかき集めた人工魔力結晶が、すべて瓦礫の下になり、掘り出すだけで500年の歳月を要した。・・・だが、あれから二千年だ。黒髪の女といえども、もはや生きてはいまい。いよいよ我らの邪魔をする者はいなくなった。」


 立ち上がり、こぶしを握り締める。

 妻は着々と力を蓄えているだろう。

 ならば、俺も十分な力を得てから彼女を組み伏せなければならない。


「今度こそ、だれにも邪魔はさせぬ。俺は、必ずあいつを・・・妻を見つける。その心を俺のものにするために。たとえ力でねじ伏せても我が子を孕ませるために。決して手段は選ばない。・・・二度とどこの馬の骨とも知れぬ息子など生ませるものか。」


 気を取り直し、そこらの酒場で女でも探そうかと歩き出したが・・・息を切らせながら俺を呼び止めるものがいた。


 その男は胸に逆三角形と逆さYの字をあしらったような飾りを下げている。

 なんだ、マーリーたちが作った怪しげな団体の信徒か。


教皇(サン・ジェルマン)猊下!南方大陸で強力な魔力反応を持つ帝国が!人間の魔法使いや魔術師を大量に抱えている帝国が見つかりました!」


「・・・大量の、魔法使い?魔術師?・・・どういうことだ。そもそも人間の魔法使いや魔術師の数などたかが知れているだろう・・・?」


「報告を続けます!・・・レギウム・ノクティスと呼ばれるその国は、すでに建国700年を超え、国内の様々なことに魔法や魔術が駆使されているとのこと、そしてノクト・プルビアと名乗る皇帝は、転生を繰り返す、ただ一人の男が務めているとのことです。」


 建国してから700年だと?

 ここまで話が聞こえてこないとは、ずいぶんと閉鎖的な国家だったのか?


「なぜ、700年もの間、見つからなかったのだ。」


「彼の帝国との間には死の砂漠が横たわっておりまして・・・海を越えるだけでも難しく、ましてや砂漠を超えて行き来した者がいなかったようでして・・・。」


 ・・・そうか、あの死の砂漠は徒歩では超えられぬからな。

 西の大洋か、東の大陸か、どちらかを越えてうわさが届くまでにかなりの年月が必要だったということか。


「まあいい。それで転生を・・・繰り返す?つまりは魔族ということか?自分の魔石を子孫の男に挿し込んで生を永らえているということか?」


 出来損ないの子供たちが作った国家ならば、俺が活用してやってもいいが・・・何か引っかかる。

 そもそも魔石をやり取りする場合、若いほうの者には何も旨味がないからな。


「い、いえ・・・ノクト・プルビア皇帝の胸に魔石は確認されていません。それに、彼の血を引くデケムナリウス(十大公爵家)のすべてに、魔石を胸に持つ者はいないとのことです。・・・また、貴族家にはハイエルフ、ドワーフなどもおり、魔族の侯爵家すらあるような多種族国家のようでして・・・。」


 ・・・魔族を従える者が魔族ではない?

 あるいは、魔石が露出していないだけで何らかの幻想種ということか?


「・・・気に入らんな。」


「は、はあ?」


「気に入らんといったのだ。俺を差し置いて魔族を含む多種族国家を作っただと?それも、たかが人間風情が。さらに、俺の妻でもないのに転生法で生き永らえるだと?・・・マーリー。ワレンシュタイン。エドアルド。今すぐその国家を調べろ。」


「は。かしこまりました。乗っ取りますか?それとも滅ぼしますか?」


「調査の結果次第だ。だがおそらくは滅ぼすだろうな。・・・俺が攻め入るまで感づかれるなよ?」


「は。では行ってまいります。」


 三人の「自称・三聖者」たちが立ち上がり、それぞれが歩き出す。

 さて・・・この町を完成させ、妻を迎え入れるのが先か、その帝国とやらを滅ぼすのが先か・・・。


 退屈がまぎれそうだ。



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