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283 女魔族と魔法の薬

 南雲 千弦


 あれからレオ君の計らいでデュオネーラ(第二公爵)家の当主であるメルダ・デュオネーラさんと、クインセイラ(第五公爵)家の当主代行のアズ・クインセイラさんに紹介してもらうことができた。


 メルダさんは少し仄香(ほのか)に似ている雰囲気がある「お母さん」って感じの女性で、アズさんは頼れる大人の男性という感じの人だった。


 二人に、私の生い立ちや目的などについて説明したところ、協力をしてくれるということになったんだけど・・・。


「まさかウチにチヅラ様がいらっしゃるとはね。これも何かの縁なのかしら?」


「いや、まったくだ。ナギル・チヅラの発掘調査で行き詰ってどうしようかと悩んでいたところだよ。・・・で、早速だが、発掘調査にご協力いただけないだろうか?」


 さて・・・どうしたものか。

 はっきり言って協力するのは簡単だ。

 実際、ナギル・チヅラの遺物はすべて私の知識によって作られたものだからね。


 しかし・・・紀元前3桁くらいの時代で下手な知識を残すと、歴史が派手に捻じ曲がる可能性があるんだよなぁ・・・。


 ま、仕方がないか。


「発掘そのものについてはいくらでも協力できますが・・・ナギル文明は世界を狂わせる恐れがあって私自ら滅ぼした文明です。知識を伝えることはできません。遺物を解析してご自身で会得していただくことまでは止めませんが。」


「・・・なるほど。やはり、あの洪水伝説は真実であったか。メルダ。チヅラ様を怒らせると、レギウム・ノクティスが滅ぶかもな。」


「こわっ!?チヅラ様ってやっぱり破壊神なの?この国、水没しちゃう!?」


「・・・いくら何でも砂漠のど真ん中で洪水は起こせませんよ?まあ、知り合いにそれができる魔法使いならいますけど・・・。」


 とにかくナギル・チヅラの技術は教えないでおこう。


 あ、ついでにこの国のお金をください。

 代わりにナギル・チヅラの通貨をあげますんで。


 げへへ、これなんて純度99.999パーセント以上の純金ですよ?

 ・・・え?アルミニウムのほうがいい?

 そこらへんの赤土(ボーキサイト)からいくらでも作れるよ?


 ◇  ◇  ◇


 メルダさんとアズさんとナギル文明の発掘調査について一通りの話を済ませ、かつてのナギル・チヅラと衛星都市があった場所を伝えていく。


 メルダさんによれば、私がコールドスリープしていた場所は私の墓所という扱いになるのでこれ以上の発掘は行わないことにしてくれたようだ。

 本人がいるんだからそれ以上は必要ないとも言っていたっけな。


 せっかく新しい身体を手に入れたので早速レギウム・ノクティスの町の中を歩いてみることにした。


「う~ん。すごい再現性ね。飲み食いもできるし、五感すべてが人間と変わらないわ。おなかもすくし、トイレにも行きたくなるし。」


「まあね。詳しくはクインセイラ(第五公爵)家の秘密技術だから教えてもらえないけど、生物の設計図の通りに組み立てられた身体らしいからね。妊娠、出産以外ならすべてできるらしいよ?」


「へー。・・・妊娠ができないのはなぜ?」


 それに、妊娠はできないけどセックスはできるのか?


「その機能を乗せると老化まで再現しなきゃならないだってさ。だから省略(オミット)したらしいけど・・・もしかして子供でも作りたいのかい?」


 にやり、とレオ君が笑いながら私の顔を覗く。

 まさかこの子・・・見た目通りの年齢じゃない?

 ・・・さすがにそんなことはないか。


「ん~。試してみる?じゃあ、今夜あたりどう?」


 まあ、自分の身体じゃなきゃどうでもいいか。

 (おさむ)君にたてた操には影響しないでしょう。


「あ・・・いや、あっちの屋台の串焼きがうまいんだ。砂ウサギの肉を使ってるんだけど、クセがなくてサッパリしててさ。」


 私の視線に気づいたのか、レオ君は少し顔を赤くしながら屋台に走っていく。

 ・・・なんだ、やっぱりお子ちゃまじゃない。


 建国百年祭で盛り上がる街中を堪能し、デュオネーラ(第二公爵)家に戻ろうとしたとき、小さな店の前でちょっとした騒ぎになっている場に出くわす。


「お願いです!マザリオマティス(母子間魔石拒絶症)の治療薬を譲ってください!」


 見た目は20歳を少し超えたくらいだろうか。

 若い女性が薬局のような店の前で店主らしき人に縋り付いている。


「だめだ!マザレクタール(治療薬)は許可なしじゃ売れないんだ!ちゃんと厚生局の許可証を持ってきてもらわないと!」


「そんな!もう申請はしたんですよ!でも申請から2か月たっても許可が下りなくて!」


 縋り付く女性の顔を見て、思わず息をのむ。

 眼が・・・瞳孔が猫のように縦に長い。

 もしかして彼女って・・・魔族?


「あのな、姉ちゃんよ。魔族が婚姻するときには事前に申請をするのが常識なんだよ。できちまってから申請したって遅いんだって。・・・あ~、くそ!せっかくのもうけ話だってのに!でも営業許可を取り消されるのだけはごめんなんだよ!」


 マザリオマティス(母子間魔石拒絶症)

 どこかで聞いたような気がする。


 首をかしげていると、レオ君が説明してくれる。


「・・・あの女性は魔族だね。魔族の女性が妊娠したとき、相手が全く魔力を持たない男性であった場合は問題ないけど・・・同族だったら確実に、魔力持ちだと高確率で胎内で母親の魔石の魔力と子供の魔石の魔力が拒絶反応を起こすんだ。それで、ほとんどの場合は流産してしまうんだ。」


 ああ、仄香(ほのか)の幻灯術式のかぐや姫の物語の中で饕良(とうら)が言ってたっけ。


「でも・・・それって、そのうち魔族が滅びたりしないの?」


「魔族は混血を作らないんだ。どちらか片親が魔族なら生まれてくる子供は必ず魔族になる。」


「そういえばそうだっけ。・・・ナギル文明時代には魔族なんていなかったからなぁ・・・。」


「魔族は男性側に有利にできていてね。夫が魔族の場合、妻側の種族にかかわらず問題なく子供が生まれてくるんだ。でも妻側が魔族の場合は・・・。」


 なるほどね。

 だから「魔族」なんて名前がついたのか。

 彼らを一族の中に迎え入れたら婚姻のたびにその種族が彼らの種族へと変わっていく。

 さらに女性をほかの種族に嫁がせても、魔力持ちは子供を産ませることができない。

 それでは侵略的婚姻を行う種族と認識されても仕方がない。


「しかも、厄介なことがもう一つあって・・・一度でも魔族と関係を持った女性は二度と魔族以外の子供を妊娠できなくなる。これも、彼らが魔族と呼ばれる原因かもしれないね。」


 目の前では薬局を追い出された女性がトボトボと宿屋街に向かって歩いていくところだった。

 店の前にできていた人だかりは、彼女に手を貸すものもなく、散り散りに消えていく。


 かわいそうだな、とは思う。

 だけど私に何かできるわけではない。

 後ろ髪をひかれるような気分のまま、レオ君とデュオネーラ(第二公爵)邸に戻ることにした。


 ◇  ◇  ◇


 夜が明け、ホムンクルスの身体で朝食をとったあと、メルダさんの案内で私の身体を安置する予定の場所に顔を出す。


 赤道直下、かつサハラ砂漠のど真ん中のはずなのに風が冷たくて気持ちいいのはなぜだろうか。

 よく見れば町のいたるところに噴水があり、その近くは特に涼しいようだけど。


「チヅラ様。こちらです。位置的には第二、第三城壁の間にある恩賜公園の地下になりますね。」


「うわ・・・涼しい。それに広い!助かるけど・・・こんなに広い空間、私が使っていいの?」


「ええ。この空間は、本来は初代皇帝の墓所になるはずの空間だったんです。・・・ですが・・・ノクト皇帝って・・・肉体乗り換えの時には使い切った身体を母方の墓所に入れたがるものですから・・・結局一度も使わなかったんですよね。」


「ええと・・・それは、なんといえばよいか・・・。」


 あのマザコンめ。

 仄香(ほのか)の代わりを身体の方の母親に求めるとか・・・。

 まあ、数千年の孤独感を知った私としては理解できなくもないんだけどさ。


「ノクト皇帝からこの空間は自由に使ってよいといわれておりますので。それに地下空間なんて倉庫にする以外使い道はないんですけどね。」


 私は首都圏外郭放水路の天井を少し低くしたような空間を、聖棺(アーク)モドキを背負ったゴーレムと一緒に丸一日、探検して回っていたよ。


 ◇  ◇  ◇


 ホムンクルスの身体のまま半月ほど過ごし、ゴーレムを駆使してせっせと土木作業に精を出したおかげか、恩師公園の地下に大規模なシェルターのようなものが完成する。


 ・・・はて?

 そういえばノクト皇帝には一度も会ってなかったっけ。

 一度くらい挨拶したほうがいいのかな?


 なんて思いつつ、ほぼ完成したコールドスリープルームに自分の身体入りの聖棺(アーク)モドキを安置した上で停止空間魔法をかけ、デュオネーラ(第二公爵)家に戻ることにする。


 建国百年祭も間もなく終わるからだろうか、駆け込み需要のような形で出店に多くの客が並んでいる中、一人の女性が路地裏へと消えていくのが見えた。


「・・・あれ?あの人・・・かなり具合が悪かったみたいだけど・・・?」


 どうせ私には何もできないのに、なぜかものすごく気になってその後を追ってしまう。

 路地裏に入って一つ目の角を曲がったとき、ふいに私に向かって小石が投げられた。


「危なっ!いきなり石投げんじゃないわよ!・・・あ!?」


 目の前には頭から血を流しているのになぜかおなかを守る女性。

 そして石を投げ続けるガキども。


「魔族が増えたぞ!やっちゃえ!」


 ・・・この・・・クソガキども。

 魔族だからって、石を投げても構わないと?


「・・・()()()()()()()()()()()()。」


 ガキならばなおさら、少しは痛い目を見なけりゃわからないらしい。

 私は最低出力で石弾魔法を発動し、周囲にある石礫を巻き上げ、ガキどもに向かって解き放つ。


「うわぁぁあ!?魔法使いだ!痛い!痛いよ!」


「逃げろ!兄貴をよんで来い!」


 バラバラという音を辺り一面に響かせ、窓越しに見るだけで何もしなかった住人たちが慌てて雨戸を閉める。


 クソガキどもが蜘蛛の子を散らすように逃げ出したところで、うずくまったままの女性に手を貸し、何とか助け起こす。


「あ、ありがとう・・・ございます。」


「いえ、私にも石が当たったからやり返しただけよ。・・・あら?もしかしてあなた?」


 うわ、やっぱりそうだ。

 瞳孔が縦に割れて、胸元に橙色の首飾りのような魔石が輝いている。

 この人、薬局前にいた魔族の人だ。


「ご、ごめんなさい。私と一緒にいると、迷惑がかかると思うから・・・。」


 ・・・まあ、乗り掛かった舟というか・・・完全に出航しちゃったよ。

 今さら「じゃあ元気でね。」じゃあ、いくら何でも寝覚めが悪い。

 仕方がない、助けるか。


「とりあえず、移動しましょう。どこに泊まってるの?」


「・・・路銀が尽きて・・・今は、その路地裏のゴミ捨て場の横で・・・。」


 うん、そんなことだろうと思ったよ。


 ・・・・・・。


 魔族の女性の名前はアシェルナ・ダリオンというらしい。

 ダリオンが苗字なのかと聞いたら、彼女の父親の名前だそうだ。


 彼女曰く、竜人(ドラゴニュート)族に故郷を滅ぼされ、行く当てもなく恋人と二人で旅を続けているうちに妊娠が発覚し、やむなくマザリオマティス(母子間魔石拒絶症)の治療薬があると噂のレギウム・ノクティスに向かうことにしたという。


 そして恋人というのは魔族の男性で、マザリオマティス(母子間魔石拒絶症)が発生するのは確実らしい。


 だが道中で恋人は追手の手にかかって亡くなってしまったらしく、彼の忘れ形見である子供だけは、なんとしても産んで育てたいということだ。


「・・・妊娠が発覚したのはいつ頃?」


「ええと、この国に来る1週間前ですから・・・一か月ほど前かと思います。」


マザリオマティス(母子間魔石拒絶症)の治療薬は手に入りそうなの?」


「・・・いいえ、許可申請にあんなにお金がかかるとは思わなくて。申請だけで手持ちのお金をすべて使いつくしてしまって。許可証だけはここにあるんですが・・・。」


 彼女はそういいながら懐から汚れた紙を一枚出す。

 ・・・確かに、レギウム・ノクティスの厚生局らしきハンコが押されている。


 私は腰の雑嚢を前に回し、中から財布を取り出す。

 財布の中には各種貨幣がジャラジャラと入っている。


 レオ君に頼んでナギル・チヅラの金属資源・・・アルミニウムの最低額貨幣(一円玉)をこの国の通貨に両替してもらっておいたんだ。


 まさかアルミニウムが喜ばれるとは思わなかったんだよなぁ・・・。

 そんなもん元素精霊魔法でそこら辺の赤土(ボーキサイト)からいくらでも作れるんだけど・・・。


 それに、この五百円玉サイズのノクティス紅貨って何なのよ。

 完全に高圧縮魔力結晶じゃないの。

 そんな危険なシロモノを通貨にしないでほしいわよ。


「たしか、これ一枚で白金貨100枚相当だって言ってたし、なんとか足りるでしょう。とにかくこんなところにはいられないわ。私についてきて。」


 私はアシェルナの手を引き、宿屋街に向かって歩き出す。

 ・・・レオ君、ごめん。

 今日はちょっと帰れそうにないや。


 ・・・・・・。


 街で一番まともそうな宿に入り、飛び入りでも泊まれる部屋を探したのだが・・・。

 カウンターにいきなりノクティス紅貨をたたきつけたら、悲鳴をあげられてしまったよ。


 なんでも、ノクティス紅貨の価値は一枚で豪邸が領地付きで買えるような値段なんだそうだ。

 ・・・うん、防犯上よろしくないし、次回から気を付けようか。


 まあ、レオ君が白金貨や金貨を入れておいてくれたから良かったけどさ。

 それにしても、アシェルナの格好を見て眉をしかめた連中がノクティス紅貨を見た瞬間、目の色が変わるのが面白かったな。


「さて・・・明日は朝一番で薬局に行く。だから、今日は早く寝なさい。もう心配いらないから。」


「何から何までありがとうございます。本当に・・・。」


 アシェルナはよほど疲れていたのだろう。

 もらったお湯で身体を拭き、髪を洗ったら、そのままウトウトとし始めてしまった。


 さて・・・私は寝ずの番かな。

 魔族を嫌っている連中は多いようだしさ。

 私は使い慣れたSteyr l9a2(ステアー)を握ったまま、部屋の中央に置かれた椅子に座り、朝を待つことにした。


 ◇  ◇  ◇


 カーテンの外がゆっくりと明るくなる。

 心配していた襲撃はなかったようで、一応は安心しながら朝食を食べに一階の食堂に下りる。


「あれ?荷物は全部持っていくんですか?」


「ええ。もう同じ部屋には戻らないわ。部屋を不在にしている間に何かされるのも嫌だしね。・・・それと、アシェルナの服も買わなきゃね。」


 彼女は見るからに旅をしてきたように見えるが、擦り切れた旅装はみすぼらしすぎる。

 これでは、店によっては門前払いをされてしまうだろう。


 この時代にしては豪勢な朝食を食べた後、すぐさまチェックアウトをする。


 そして近くの古着屋に行き、店の人のアドバイスに従って全身を適当にコーディネートしてもらい、そのまま薬局に向かうことにした。


 開店直後の薬局に入って店主に許可証を見せ、マザリオマティス(母子間魔石拒絶症)の治療薬を売ってくれるように頼むと・・・。


「まあ、許可証があるんなら売りますけどね。・・・金貨10枚。即金で用意してもらいましょうか?」


 ・・・くそ野郎。

 足元を見やがって。


「・・・この国の一般的な賃金は月に銀貨数十枚から金貨1枚って聞いたけど・・・本当にその金額で間違いない?」


「文句があるなら買わなくていいですぜ。どうせ金なんて持ってないんだろう?」


 ・・・そうそう、アシェルナに確認したんだけど、銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨1枚。

 そして、白金貨100枚で紅貨1枚だそうだ。

 とんでもない高額貨幣だな!?

 それほどまでに格差がすごい国家なのか、それとも経済活動がそれほど盛んなのか。


 そして、アルミニウムの最低額貨幣(一円玉)がとんでもない金額になったね!?

 まあ、電気精錬以外ではほとんど作れないからね。


「・・・この店にある在庫、全部持ってきなさい。これで、足りるかしら。それとももっと必要?」


 じゃら、とわざとらしく音を立てて白金貨を10枚ほどカウンターに出す。

 ふふん。

 白金貨ならあと10枚、ノクティス紅貨ならあと12枚持ってるぜ。


「な!?は、白金貨だと!なんでこんなガキが!おまえ、いったい何者だ!」


「売るの?売らないの?それとも私たちには売れないのかしら?」


 カウンターに寄りかかり、挑戦的に店主をやや下から見上げる。

 これで売らないなら、レオ君にでも相談しようか。

 一応は公爵家だし、法律関係の仕事をしている人もいるだろうし。


「ぐ・・・くそ、お前みたいなどこの馬の骨・・・えぇ?!そ、それは・・・。」


 赤い顔をして手が上がりかけた店主が、私の胸元を見て一瞬で青ざめる。

 あ・・・そういえばこの首飾り、デュオネーラ(第二公爵)家の紋章が入ってたっけ。


「・・・で、売るの?ひとつ金貨10枚で。」


「い、いえ・・・金貨1枚の・・・間違いです。・・・ど、どうぞ。」


 おい、随分安くなったな?

 それでも普通の労働者がひと月働いてやっと一本かよ。


 店主は店の奥から木の箱を持ち出し、許可証と同じレギウム・ノクティスの厚生局のハンコが押された封印を開け、中から瓶を取り出す。

 瓶は・・・全部で40本か。


 ・・・まあいい。

 アシェルナに聞いたところ、この薬は出産が終わるまで何度も服用しなければならないらしく、最低でも10回以上は必要らしい。


 私はその箱ごと買い上げ、しっかりと釣銭を受け取り、その店を後にする。

 ・・・在庫を全部出せとは言ったが、これだけあれば足りるだろう。


「アシェルナ。とりあえず薬は手に入った。服用の仕方はわかる?」


「は、はい!ひと月に1本あれば大丈夫です。でも、こんなにしていただいて・・・なんとお礼を言えばいいか・・・。ありがとうございます、この恩は必ずお返しします。私にできることなら何でもします。」


「・・・あ~。そうね。ええと・・・考えてなかったわ。とりあえず、落ち着けるところに行こうか。」


 さすがに薬だけ渡してハイさよなら、ってわけにはいかないよなぁ。

 仕方がない。

 やっぱりレオ君に相談するか。


 ◇  ◇  ◇


「・・・どこに行ったかと思えば・・・まさか魔族の女性を連れてくるとは思わなかったなぁ・・・。」


 レオ君が私とアシェルナの顔を見てため息をついている。

 そして、アシェルナは元々小さな身体をさらに小さくして縮こまっている。


「レオ君。もしかして、この国は魔族だと何か権利が制限されたりするの?」


「そんなことはないよ。皇室やデケムナリウス(十大公爵家)に魔族がいないだけで、侯爵に叙された魔族もいるし、何ならエルフの伯爵やドワーフの子爵もいるくらいだし。・・・最近定住し始めた、いわゆる人間の新市民の連中が騒いでるだけだよ。」


 なんだよ、新市民って。

 要するに移民じゃないか。

 よその国に来て、もともとそこに住んでいた他種族を見下すとか・・・将来のためには今のうちに排除したほうがいいんじゃないか?


「だってさ。堂々としてていいってさ、アシェルナさん。・・・ところで・・・ちょっと面白いことを考え付いたんだけど。魔族って寿命が長いんだよね?」


「え、ええ。人間の8倍から10倍くらいですが・・・。」


「チヅラさん。何を考えているのさ?」


「ん~。ちょっと墓守をね。お願いしようかなと思ってさ。」


 そう。

 ナギル・チヅラのコールドスリープルームでは管理者が毎回変わって結構面倒だったのだが・・・。

 人間の8倍の寿命を誇る魔族なら、100年経っても人間でいうところの12年半くらいにしかならない。


 つまり、寝た時と起きた時に同じ人間に会うことができるということだ。


「・・・ええと、チヅラさん?完全に目覚めるのは何年後の未来になるんだっけ?」


「予定では今から2685年後ね。いや~。4315年は長かったわ。でも折り返し地点はもう過ぎたのよ。あともうちょっとね!」


 ふふん。

 これで私の身体は安泰だね。


 ・・・あれ?

 レギウム・ノクティスって・・・いつごろ滅びたんだっけ?


 ◇  ◇  ◇


 南雲 琴音


 10月14日(火)放課後


 私立開明高校3年1組


 穂村とかいう竜人(ドラゴニュート)に誘拐された挙句、尋常ではない勝負を挑まれて大けがをしてしまったものの、何とか日常に戻ることができた。


 今では中間テストも終わり、教室内は完全に大学受験モードになっている。


「ねえ、コトねん。千弦っちからの連絡はその後どう?」


「メッセージプレートが一枚見つかったきりであれからは梨の礫(なしのつぶて)ね。無事なのかしら。例の黒髪の女っていうのが姉さんだっていうのは間違いなさそうなんだけど・・・。」


 仄香(ほのか)の言うところによれば、姉さんは7000年をコールドスリープで乗り越えてくるにあたりずっと眠りっぱなしというわけにはいかないだろうということで、時々起きて機材のメンテナンスや警備上の対応くらいはしているだろうということだった。


 つまり、時々起きている部分の日数が過ぎてから現代に帰還するということで・・・。


 (おさむ)君と一緒に登校したいだろうから二学期には戻ってくるだろうということだったんだけど、もう10月の半ばになってしまっているんだよね。


「ねえ?咲間(サクまん)。千弦ちゃんって、コールドスリープしなかった期間分、私たちとの合流を遅らせるつもりなんだよね?」


 志望している大学の赤本とにらめっこしていた遥香がひょいと顔をあげる。


仄香(ほのか)の推測だと、そうだけど・・・。」


「う~ん。千弦ちゃんなら気付いているんじゃないかなぁ。琴音ちゃんより歳上になっちゃったら、その分は合流してからでも取り返せると思うんだけど。」


 あ。

 そうか。

 蛹化術式で若返ってもいいし、1日を24時間にしないで4時間ずつコールドスリープを繰り返すとかで調整してもいいんだ。


 それに、年齢差が気になるなら、私の主観時間を進めるのもアリなんだ。


「でも、こっちからそれを伝える方法は・・・ないんだよねぇ・・・。」


「とにかく、千弦っちの大学入試は仄香(ほのか)さんが代わりにやるんだろうからいいけど・・・。あたしとしては卒業旅行には一緒に行きたいんだよね。」


 姉さんも一緒に卒業旅行に連れていきたい。

 それ以前に無事、(おさむ)君に会わせてあげたいし、何よりみんなに嘘をつき続けるのがこんなにツラいとは思わなかった。


「そうだね。せっかくアマリナさんからもエルちゃんからもお誘いがあったんだし。あー。私、まだ第一志望の大学の合格判定、C判定なんだよなぁ・・・。」


「・・・いや、この前E判定だったよね!?・・・それってすごいんじゃない?」


 まあ、約束では仄香(ほのか)が代わりに大学受験をするから、合否判定なんて関係ないんだけどさ。

 ってか、政府の高官は遥香が魔女の依り代だって気付いているんだから極端な話、国家公務員だろうが会社の社長だろうが何にでもなれるんじゃないだろうか?


「ってか、遥香っちはアイドルとか女優とか・・・もっとお金を稼げそうな仕事ができそうなんだけどね。あ、なんならあたしのバンドに入る?」


 うーん。

 それだとバンドの魅力を全部遥香に食われちゃうんじゃないかな?


 帰り支度をして校門の前で待っている仄香(ほのか)・・・姉さんの姿をした彼女と合流し、駅に向かって歩き始める。


 姉さんがいないだけで、まるで片手片足を失ったかのような空虚感を感じながら、咲間さん(サクまん)や遥香に気付かれないように笑い、山手線に乗っていった。



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