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282 脳筋ドラゴンと暴走回復治癒魔法

 南雲 琴音


 都内某所 どこかの解体業者のヤード内


 全身を浅黒いうろこに覆われ、二本の角と蝙蝠のような羽、トカゲのような尾をもった大男・・・ドラゴンをそのまま人間にしたかのようなデザインの男がジワリ、ジワリと寄ってくる。


「ちょ、ちょっとぉ!?く、くそ!いや、来るな、来ないで!」


 こ、殺される!

 いや、犯される!?


 反射的に目をつぶり、全身をこわばらせたとき、パキン、と何か軽いものが砕けるような音が響く。


「・・・ん?あれ・・・?」


 気付けば、大男・・・穂村の手は私の両手を拘束するヒスイ製の腕輪を握り、そのまま砕いていた。


「・・・くっ!?」


 慌ててその場を飛びのき、両手についたヒスイの破片を払いのける。

 ・・・魔力検知・・・できる!

 スカートの裏地についている高機動術式・・・発動できる!


「・・・あんた、どういうつもり?」


「あ?俺は言ったよな?『いざ、尋常に勝負』ってよぉ。最後のドラゴニュートが女相手に手枷をしたままどうこうするなんてカッコ悪いだろう?・・・ほれ、お前の武器だ。好きに使え。」


 そう言うと、穂村はコンビニのレジ袋に入った私の装備をひょいと投げてくる。


「・・・装備するまでは待ってくれるのかしら?」


「ああ。当然だ。なんならお前の姉さん・・・千弦とかいうやつを呼んでもいいぜ?」


 へぇ・・・今までに見た教会の使徒とはずいぶん違うんだな?

 オリビアさんに近いのか?


「姉さんはいないわ。7000年前にお出かけ中よ。」


 フレキシブルソードをホルスターのまま腰の後ろに装着し、熾天の白杖を展開する。

 ありゃ・・・念話のイヤーカフがない。

 もしかして紫雨(しぐれ)君の家に忘れてきた?


「・・・そうか。じゃあ、お互い、弔い合戦というわけだ。いいぜ!準備はできたか!」


 あ、いや、別に姉さんは死んだわけじゃないんだけどな?

 なんて言い返す暇もなく。


 穂村は両足を広げ、まるで力士が四股を踏むかの如く。

 建物の床をたたき割った。


 ・・・いきなりかい!?

 まあ、大事な人間を失う気持ちはわかる。

 それが同族全てとなればなおさらだ。

 だから付き合ってあげるけどさ!


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 すぐさま身体強化魔法と防御魔法を詠唱し、熾天の白杖を振りかざす。


 私の身体強化魔法と防御魔法はオリビアさんの神聖魔法と違って完全な術理魔法だ。


 魔力の消費は極めて少ないが、同時にすべての制御を自分で行う必要がある。

 だからかどうかは知らないけど、強化率に難があるのよ!


「すう・・・はあぁぁあ!」


「っ!?----(突風!つむじ風!)」


 うわっ!?いきなり火を吐きやがった!

 高速詠唱で慌てて風の防壁を作ったけれど、輻射熱だけで肌が焦げる!?


 ゾワリ、と嫌な感覚が首筋をなでる。


「ひぃっ!?」


 本当に、反射的にしゃがんだだけだった。

 とにかく、なぜしゃがんだのかわからない。


 だけど・・・ゴウッと何か重いものが頭の上を通過していったとき、今、私は死にかけたんだ、ということが分かった。


「すげぇな!ドラゴンブレスの中を突っ切って首を薙いだのに、避けられるなんてどういう勘をしてやがるんだ!?」


「く・・・自動(Automatic)詠唱(Chanting)()()(1対象)()()(無差別)実行(Run)!続けて()()(1対象)()(特大)(無差別)実行(Run)!」


 私はとにかく穂村と間合いを取るため、とにかく高火力の魔法を・・・雷の雨を降らせ、暴風で周囲の廃材を巻き上げ、着火し、最後に自分と穂村との間に分厚い土の壁を作る。


「ぬっ!?ぐ、うおぉぉぉ!」


 土の壁の向こうに太さが10mを超えるような雷が轟音とともに光の柱を作り、巻き上がった炎が空を紅蓮に染め上げる。


 だが、それでも。


「・・・はっはぁ・・・!やるじゃねぇか!人間の女にしておくのが持ったいねぇ!・・・いや、新種の幻想種だっけか?」


「うっさい!私はただの人間だ!----(空気圧縮、解放!)」


 足元の空気を圧縮し、瞬時に開放する。

 ドン、という音が響き、私の身体はそのまま宙に舞う。


 刹那、土壁をたたき割り、今さっきまで私がいた場所に大剣が振り下ろされる。


自動(Automatic)詠唱(Chanting)()()(1対象)()()(無差別)実行(Run)!」


 穂村の頭上からその眼を灼くほどの光をたたきつけ、続けて空中に作り出した米俵ほどの氷塊を高速で叩きつける。


「せいやぁ!ふ、はははは!俺のうろこの防御力をなめるな!」

 

 くそ!高速詠唱でも間に合わない!

 自動詠唱機構のコマンド入力すら遅く感じる!

 さらに言えば威力がまるで足りない!


 穂村のうろこが、私の放った氷を、炎を、雷をはじき散らかしていく!

 何か、何かダメージを与えられる方法は!


「かかったな!これで・・・おわりだ!」


 穂村が目前に迫る。

 反射的にフレキシブルソードを抜き放ち、リングシールドに魔力を流し込む。


「・・・!しまった!」


 く、私としたことが両方に魔力を流すなんて!

 いや、姉さんならこんなミスはしないに決まっているのに!


 穂村の突き出した大剣がリングシールドの中途半端な障壁をたたき割る。

 そして、フレキシブルソードの魔力不足な刀身を大きくしならせ、ついには弾き飛ばす。


「もう・・・だめ!」


 一直線に胸に吸い込まれていく大剣の切っ先に二度目の死を感じた瞬間。

 全身の魔力回路(サーキット)がきしむ音を立てて動作する。


「超・・・加速!」


 ただ、そう唱えた。

 詠唱でもなんでもなく。

 全身の8割以上の魔力回路(サーキット)の演算能力を全開にして。

 私は、加速空間魔法を自分自身に解き放った。


 ◇  ◇  ◇


 ・・・あれ?世界が、遅い。

 今、私は何をした?


 そうか、加速空間魔法。

 これも、詠唱無しでも動作する術理魔法だっけ。


 目の前に迫る大剣の切っ先が止まっている。

 いや・・・じりじりとカタツムリのような速度で迫ってきている。


(かわ)さないと・・・くっ!?身体が・・・重い!まさかこれ、空気抵抗!?」


 まるで空気がタールになったかのような抵抗を感じながら、身体をひねり続ける。

 恐ろしく緩慢な動き。


 迫る切っ先はその刃こぼれの一つ一つまで見えるというのに、1分で数センチしか動かないような速度なのに、身体をひねることが精いっぱいで・・・!


 フレキシブルソードの柄を使い、何とか切っ先を押し返しながら、身体をひねり、何とかその射線から身体をそらし切ったところで、加速空間魔法が解除される。


「・・・!?おいおい、これも(かわ)すのかよ・・・!どういう眼と勘をしてやがるんだ!?」


「ふう、ふう・・・ま、マジで死ぬかと思った・・・。」


 加速空間魔法を使うのにかなりの時間をかけてしまった。

 それに残りの魔力量が少なくなっても、高圧縮魔力結晶がないから回復ができない。


 ・・・あれ?

 魔力が、ほとんど消耗していない?


「・・・真っ向から剣の技で戦っても、勝ち目がないとか・・・とんでもない嬢ちゃんだな!?ならば・・・力押しで行くしか・・・ないよなぁ!?」


 穂村が腰を落とし、大剣を水平に構える。


 ・・・そうか、加速空間魔法は・・・。

 客観時間で魔力消費が決まるのか!

 ならば!


「もう一度・・・超加速!」


「いざ・・・参る!」


 ドン、という地響きが大地を揺らし、穂村は一つの弾丸のように私に迫りくる。

 だが、私はそれをゆっくりと眺め、呪文の詠唱を組み立てる。


発動遅延(ディレイ)----((いかづち)()天降(あまくだ)()()()()()()()()()()()()!)----(繰り返し(リピート))!----(繰り返し(リピート))!----(繰り返し(リピート))!・・・」


 あくびが出るほど遅い穂村の突進に対し、加速空間で引き延ばされた空間で数十、いや、数百発の轟雷魔法を高速詠唱で組み立てる。


 穂村の大剣の切っ先が私の胸を貫く寸前、わずか3cmのところまで迫った瞬間、加速空間魔法のかかった世界で、高らかに宣言する。


(フル)・・・解放(リリース)!」


 莫大な魔力の反動で加速空間魔法が解除され、言葉にできないほどの轟音と、まるで世界そのものを裂くような雷の刃がその大剣に直撃し、穂村の身体を通って地面に流れていく。


「・・・!!!?」


 あまりの電圧、電流でその大剣が半ばから蒸発したからか、それとも空気が過熱されて一瞬で膨張したからか。

 もう、どちらかなんて確認できない。


 全身を硬直させた穂村は、両腕を黒い何かに変えながらそのままバウンドもせずに後ろに吹っ飛んでいった。


 ・・・そして、同じように私も後ろ向きに吹っ飛んだよ。


 ・・・。

 ・・・う。

 ・・・とりあえず、私、生きてる?


 廃品回収業者のヤードでプラスチックごみの山に頭から突っ込み、何とか身体を起こすが・・・。


「い、痛っ・・・左手が・・・。鼓膜も・・・破れてる・・・。」


 身体をかばうかのように左側から突っ込んだせいか、左腕が肘関節のところで変な方に曲がっている。


 ・・・いや、それだけじゃなくて、左側の肋骨が何本か折れているようで、さらには左肺からゴポゴポと変な感触までする。

 耳が聞こえたなら、きっと変な音がしているんだろうな・・・。

 ってか、完全に自滅技じゃない!


「・・・折れた肋骨が、肺を圧迫しているのかしら・・・。とにかく、ここから移動しないと。」


 そういえば、今回は業魔の杖が来なかったっけ。

 戦闘時間が短すぎたのか、他に理由があるのか。


「穂村は・・・さすがに倒したと思うけど・・・。」


 何とか足を引きずり、打ち捨てられた牛乳ケースのようなものに腰を下ろす。


 ・・・せっかく、紫雨(しぐれ)君と二人で幸せな気分にひたれたのに。

 紫雨(しぐれ)君の使っているシャンプーやボディソープで同じ香りに包まれていたのに。


「・・・すごい臭い・・・もう一度、シャワーを浴びなきゃ・・・いや、その前に、回復治癒を・・・。」


 とにかくこの場を離れなければならない。

 そう思って長距離跳躍魔法(ル〇ラ)の詠唱にかかろうとした瞬間。


「ぐぶっ・・・?・・・な゛に゛・・・?」


 私の腹から、見覚えのある角のようなものが・・・赤い何かと一緒に生えていた。


 ◇  ◇  ◇


 30分ほど前


 水無月 紫雨(しぐれ)


 丸一日かけて琴音さんとデートを楽しんだ後、自分の部屋に連れ帰ってさらに会話を楽しみ、さらには抱いてしまった。


 部屋の中に残る彼女の風呂上がりの香りと、自分の身体に残る彼女の柔らかい余韻が冷めやらぬ間に、頭を振りながらベッドからシーツをはがし、洗濯機に放り込む。


「・・・はあ。南雲教授になんて言えば認めてくれるかな。なんだかんだ言っても僕の戸籍は仮だし、何より1700年前の亡霊みたいなものだからなぁ・・・あれ?琴音さん、忘れ物してる。」


 洗濯機横の洗面台の上に大粒のスターサファイアがあしらわれた金色のイヤーカフが置かれている。

 そういえば、シャワーを浴びるときに外していたっけ。


 スマホという僕たちの時代にはなかった文明の利器がある時代だから、それほど困ることはないと思うけど・・・追いかけて渡した方がいいだろうな。


 そう思い、琴音さんのスマホの現在位置を彼女に教えてもらった方法で調べてみると・・・。


「あれ?なんでこんなところに?随分と家から離れているみたいだけど・・・誰かと会う用事でもあったのかな?」


 まっすぐ帰宅すると言った琴音さんが寄り道していることに一抹の不安を覚えながらも、素早く家を出る準備を整える。


 もし誘拐なら・・・いや、よく誘拐される姉妹だな?


「ええと、行ったことがない場所だし・・・まあ、これでいいか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()(あつら)()()()()。」


 アパートの裏手で周囲に誰もいないことを確認した後、魔法の船を作り出し、空に浮き上がる。


 これ自体はかなり古い魔法だが、最近は母さんや千弦さんのおかげで「ステルス性」を追求することができているのは大助かりだ。


 スマホと念話のイヤーカフを握りしめ、ストーカー男とか思われたりしないかな、と若干の後ろめたさを覚えつつ、すでにすっかり暗くなった空を走っていった。


 ・・・・・・。


 20分弱飛んだだろうか。

 スマホの反応が近くなってきたころ、琴音さんがいるはずの場所に雷が落ち、あるいは火炎旋風が立ち上がる。


「まさか!戦っている!?くそ、急がなきゃ!」


 僕は慌てて廃品業者のヤードのような場所に向かって魔法の船を走らせるが・・・。


 青白い閃光が水平に打ち出され、落雷の轟音と何かが衝突するような音が聞こえたのを最後に、一切の音がやんでしまう。


「琴音さん!琴音さん!・・・くそ!返事がない!どこだ、どこにいる!?」


 ヤード内に降り立ち、所々で火事が発生し、煙がくすぶっている中をかき分けて探すと・・・。


「・・・折れた肋骨が、肺を圧迫しているのかしら・・・。とにかく、ここから移動しないと。・・・穂村は・・・さすがに倒したと思うけど・・・。」


 煙の向こうからゴポゴポという異音が混ざりながらも、聞きなれた声が聞こえた。


「琴音さん!」


 思わず声を張り上げるも、彼女からは返事がない。

 聞こえていないのか?

 とにかくケガをしているようだから、助けなくては。


 そう思い、彼女のもとに駆け寄った瞬間。


「ぐぶっ・・・?・・・な゛に゛・・・?」


 返事の代わりに聞こえてきたのは、困惑するような言葉。


 廃材が燃える光に照らされた彼女は、傷がないところがないほど血まみれで。


 そして先ほどまで僕が抱いていた、ほど良く引き締まった腹からは・・・。


 浅黒い、角のようなものが・・・。

 彼女の小腸を巻き付けた状態で、飛び出していた。


 ◇  ◇  ◇


 彼女は、自分の腹から突き出た何かを見た瞬間、一瞬で力を失い、そのまま前に倒れこむ。


「琴音さん!琴音さ・・・貴様、彼女に、何をした!」


 彼女の後ろからむくりと身体を起こしたのは、浅黒くうろこのある肌、翼膜が裂けて飛べなくなった一対の羽、片方が根元からへし折れ、もう一方に肉片がついたままの角。


 満身創痍の竜人(ドラゴニュート)がその顔を上げる。

 くそ・・・この戦闘種族(バトルジャンキー)め!

 やり過ぎた挙句、自分で勝手に滅んだんじゃなかったのか!


「・・・正々堂々の勝負だ。無理には連れてきたが、何も卑怯なことはしちゃいねえ。始める前に武器の準備もさせてやったし、何より、よーいドンで始めた勝負だ。」


 こいつ、何を言ってるんだ?

 そもそも、戦わないって選択肢を琴音さんから奪ったんじゃないのか!?


 僕は慌てて琴音さんに駆け寄ろうとするも、一瞬で竜人(ドラゴニュート)はその行く手を阻む。


「・・・尋常な勝負の結果だ。野暮介め。邪魔すんじゃねぇよ。」


「何が、尋常な勝負だ!よくも琴音さんを!!」


 腹から腸が飛び出している!

 いや、おびただしい量の血が出続けている!

 早くしないと、琴音さんが死んでしまう!


「・・・もう死んでるよ。だが、首だけはもらっていく。邪魔するんじゃねぇよ。優男。」


「させるか!自動(Automatic)詠唱(Chanting)(召喚)-12アーサー・ペンドラゴン-(無制限)実行(Run)!」


 千弦さんが作った自動詠唱機構(オートチャンター)は一瞬で僕の魔力を吸い上げ、アーサー王をフル装備で竜人(ドラゴニュート)の前に立たせる。


「ぬぅ!召喚魔法だと!この・・・優男が!てめぇの女くらいてめぇが守れ!」


 悪いが、お前みたいな脳筋トカゲなんて相手にしていられない!

 とにかく、僕は琴音さんの命を!


「行きがけの駄賃だ!"Evigila, umbra susurrans.Flore, flos murmurans.Canite, venti gar-rientes.In nomine regis noctis,mille vocibus carmen victoriae concinate!"(()()()()()()()()()()()口遊(くちずさ)()()()()()(さえず)()()()夜帳(とばり)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)」


 単独多重詠唱魔法を展開し、基本八種(地水火風雷氷光闇)概念精霊(スピリット)たちに全力での攻撃を命令する。


「ドラゴンですな!ですが女に刃を向けるドラゴンなど、余がドラゴンスレイヤーを名乗るにはクズ過ぎる!はぁぁぁぁ!」


 アーサー王はエクスカリバーを振りかざして一瞬で竜人(ドラゴニュート)の懐に入り、その首に向けて振り下ろす。


「く!よりによって聖剣(エクスカリバー)だと!だが!俺を殺したきゃ魔剣グラムか聖剣アスカロンでももってこい!ああ、ランスロットの剣(アロンダイト)でもいいかもなぁ!召喚獣の剣には相性ってもんがあるんだよ!」


 竜人(ドラゴニュート)は半ばから折れた大剣を振り回し、アーサー王の聖剣と打ち合い、払い落とす!


「く!我が剣が竜殺しの剣(アロンダイト)でなかろうが!余は正義の名において!悪しき竜を打ち倒さん!」


 そうアーサー王が叫び、聖剣を大上段に構えた瞬間。


「そ・・・れ・・・は、私の、獲物よ・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()生の鎖(テロメア)()()()()()()()()()!」


 琴音さんの声が高らかに響き渡る。

 その右手からは緑色の風がフワリとかけていき、満身創痍の竜人(ドラゴニュート)の身体を包み込む。


 これは!暴走回復治癒魔法か!


「まさか、生きていたのか!・・・ん?これは・・・回復治癒魔法・・・さては血迷ったか!?・・・ぐ、ゴブっ?ぐ、げ、がっ!?」


 一瞬で竜人(ドラゴニュート)の身体は回復し、傷がふさがったかと思うと・・・体は膨れ上がり、うろこは身体の表面を覆い隠すかのように巨大化し始める。


「う、ぐ、な、なにが・・・起きて・・・!?」


 身体の至る所が醜く膨れ上がり、手足の付け根からは新たな手足が生え始め、尾は半ばから枝分かれをし始める。


 さらにはその回復治癒にすべての栄養を奪われたか、あるいは寿命まで使われたか。

 見る見るうちに顔はやせ細り、髪は白髪と化し、さらには抜け落ちていく。


「さようなら、最後の竜人(ドラゴニュート)。・・・私に未来の旦那様の前で恥をかかせたことを、悔いるがいいわ。」


 琴音さんは身を起こし、腹を押さえ、血まみれになった顔でにやりと笑う。


 そして、すべてが終わった後には・・・。

 物言わぬ肉塊となった竜人(ドラゴニュート)が、ただひくひくと・・・生命活動を行っているだけだった。


 ◇  ◇  ◇


 仄香(ほのか)


 慌てた様子の紫雨(しぐれ)と息も絶え絶えな琴音からの念話を受け、慌てて玉山の隠れ家(セーフハウス)で合流することになったが・・・。


 いったい何があったんだ?

 紫雨(しぐれ)の眷属であるアーサー王はうろこだらけの肉塊を抱えてるし、琴音はハラワタがはみ出るほどの重傷だし・・・。


 とにかく、回復治癒呪を使って琴音の腹と胸、折れた腕を修復する。


「はあ・・・死ぬかと思ったわ。よし、傷一つない。助かったわ仄香(ほのか)、ありがと。それと、紫雨(しぐれ)君。命拾いしたわ。」


 処置室で琴音を治療する傍ら、二人の話を聞くが・・・。


「なんで一人で戦おうとしたんですか!?助かったからよかったようなものの、相手が複数いたり、致命傷のまま意識を失ったりしたら!」


「あ~。ごめんって。・・・仄香(ほのか)に助けを求めるのを忘れていたわけじゃないのよ。ただ、ちょっと穂村の言葉を聞いたら・・・相手してやらなきゃな、って思って。」


「で、結果がこうなった、と。・・・琴音さん。あなた、小腸全部と大腸の一部、腎臓片方を新規で作って差し替える羽目になったんですよ!?・・・もう、危ないことはしないで下さい。千弦さんも、もうすぐ帰ってくるかもしれないのに。」


 思わず声を荒げてしまうと、琴音は借りてきた猫みたいに小さくなっている。

 それに、もし私の孫・・・いや、子孫を孕む可能性がある身体をこれ以上傷つけないでほしい。


 好戦的なのは千弦だけで十分だ。

 これ以上、何度も二人を失いかけるようなことはしてほしくない。


「ところで、マスター。魔女殿。これはどうしたらよろしいかな?余としては、早くとどめを刺してやった方が慈悲深いと思うが・・・。」


 アーサー王が抱える肉塊を見ると、かろうじてまだ生きているらしく、ぷひゅー、ぷひゅーという、間の抜けた呼吸音がしている。


 相変わらずおっそろしい魔法だな!?

 射程は目視できる範囲ならほぼ無制限らしいし。


 暴走回復治癒魔法って・・・防御障壁も光膜防御魔法も、その他各種防御魔法も全部貫通するんだよな。

 ・・・いや、普通は回復治癒魔法を防御する必要なんてないからね!?


 しかも、相手の身体の中にある栄養素とテロメアを使い尽くすか、術者が魔法を止めない限り、その効力が永続的に続くとか・・・。


 完全にマホ〇ミか閃華〇光拳じゃないか!

 これ、私でも全く思いつかなかったよ。


 生きてさえいる相手なら、ゴジ○どころかベヘモスでも倒せるかもしれない。


「とりあえず、蛹化術式で子供まで戻してから・・・強制自白魔法で情報を引き出しましょうか。生かしておくか殺すかはそれから考えましょう。」


 少なくとも遺伝情報は狂っていないはずだから蛹化術式では治せるけど・・・これ、蛹化術式以外じゃ治せないことを考えると完全に必殺技だな。


 などと思いつつ、悲しそうな目をする竜人(ドラゴニュート)の肉塊を何とか人間の形に戻すことにしたよ。


 ・・・・・・。


 琴音に家に国際電話をさせ、美琴に「今日は仄香(ほのか)と一緒に勉強するよ」と伝えさせる。


 美琴からは二つ返事で承諾が取れ、同時に「新しい身体に乗り換えたらぜひ遊びに来てほしい」との要望を受ける。


 ・・・新しい身体っていうか・・・エレオノールの身体はそれほど新しくもないんだが・・・。


 まあ、ジェーン・ドゥのもとになったアストリッドとミレーナの身体の母親だから、外見は非常に似通っているんだよな。


 千弦や琴音と同じ年齢にまで若返らせてもあるし。


 だが、千弦が帰還しないうちは会わせる顔がない。

 だから、「新しい身体が手に入ったらいずれ。」とだけ答えておいたよ。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 千弦(幽体)


 半透明なまま、レオ君の豪邸・・・デュオネーラ(第二公爵家)邸の客間のソファーにボケーっと座っている。


 目の前にはおいしそうなお茶とケーキがおかれているんだけど、幽体のままでは食べることもできない。


 レオ君のおかげで何とかレギウム・ノクティスに潜り込むことはできたんだけど・・・。

 これからどうしよう?


 このままでは安心してコールドスリープをすることができない。 

 っていうかゴーレムは庭に放置したままだし、聖棺(アーク)モドキは客間に鎮座したままだし。


 しかも、中には私の身体が半裸で眠ったままだし!


 メイドさんたちの無言に耐えかねて部屋から出ようとしたとき、ガチャっという音ともに客間の扉が開く。


《ああ、チヅラさん。待たせてすまない。ちょっとクインセイラ(第五公爵)に頼んでおいたものが届いてさ。・・・これ、使ってみてくれないか?》


 レオ君はそういうと、一つの首飾りと、人間が一人収まりそうな箱をメイドさんたちに命じて客間の中に運ばせる。


「なにこれ・・・魔法?いや、魔術とも違う・・・。」


《いや、魔法だよ。ただ、使うのが装着した人ではなくて首飾り自体なんだけどね。》


「ふう~ん?で、こっちは?」


 私がその箱に近づくと、メイドさんが箱の蓋をそっと開ける。

 ・・・人間?10歳くらいの少女?

 どこかで見たような顔をしているけど・・・?


《ホムンクルスさ。残念ながら、僕たちはまだ人間の霊魂の合成に成功していないからね。作ってはみたけれど、輸血にも臓器移植にも使えないし、計画が中断したままになってたんだ。・・・もしかしたら動かせるんじゃないかと思ってさ。》


 ホムンクルス・・・ねぇ・・・。

 ふとパクリウス(バシリウス)が使っていた二人のホムンクルスを思い出す。


「あまりいい思い出はないんだけどね。まあ、使ってみようかな・・・・っと?」


 レオ君の目の前に寝かされたホムンクルスに手を触れた瞬間、身体、いや幽体が一瞬で中に引き込まれる。


 これ、抜けられなくなったらどうするのよ!

 ・・・あ、いや、抜けるのは比較的自由にできるのか。


「・・・あー。あー。マイクテス、マイクテス。本日は晴天なり。・・・ちょっと視界がおかしいけど、一応は動くわね。」


《あとはこれ。つけてみてくれるかい?》


 レオ君が差し出す首飾りは、金の縁取りにガラスの筒が連なっているんだけど・・・。

 筒の中にあるのって、まるで何かの細胞みたいで・・・。


「呪われたりしないでしょうね?何か起きたら即解呪(デスペル)するわよ?」


《あはは。呪う気ならそのホムンクルスに入った瞬間にやってるよ。・・・どう?似合ってるじゃん。》


 サイバーパンクっぽいネックレスを身に着け、鏡の前にホムンクルスの体で立ってみる。


 ・・・呪いの類いは一切ないんだけど・・・このネックレス、勝手に私の魔力を使っているような?


「ねえ、何なの?このネックレス?」


「うん。成功だね。僕の言ってることもわかるかな?」


 ・・・なにが成功したって・・・。

 ・・・え?今、なんて言った?


 一瞬の違和感に戸惑いを覚えていると、メイドさんたちが空になった箱をたたみ、部屋から出ていく。


「レオ様。私たちはこれで。・・・チヅラ様。心ゆくまでおくつろぎください。夕食と湯あみの準備はできておりますので、どちらでもお申し付けを。」


「あ、はい。ありがとう・・・ございます?」


 ・・・。

 ・・・あれ?


「言葉が・・・通じた!?」


「ふふふ・・・これぞ、僕が作った自動通訳装置!この星に存在するすべての言語をリアルタイムで通訳し、装着した者に母語で話しているかのように認識させるという、魔法技術の傑作さ!」


 ・・・なんだってぇ!?

 そんな、ポケ〇ークみたいな機能を・・・紀元前に作っただと!?


「それと、その首飾りにはデュオネーラ(第二公爵)家の紋章が入っているから、街の中で何か困ったことがあったら近くの人にそれを見せるといい。きっと便宜を図ってくれるよ。」


 唖然とする私に、レオ君はえんえんと自動通訳装置の仕様や開発で大変だった点などを説明し続けたよ。



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