281 言霊使いの少年/古代魔法帝国の街並み
南雲 千弦
あれからすぐに黒海のほとりに出て、ゴーレムに命令して小さな船を作り、ラジエルの偽書に表示された世界地図とにらめっこをしていたら・・・。
私のコールドスリープルームを盗掘してた連中の遺体とは違い、比較的しっかりとした服装の連中がそれなりにしっかりとした船に乗り、南へと出航するのが遠隔視で見えたのだ。
「よし、どこかきっと大きな町があるはず。ついて行ってみようか。」
だが、どうせ船旅だ。
何週間、いや何か月かかるか分かったものではない。
だから私は船の運航はゴーレムに任せて、手早くコールドスリープ装置の修理をすませ、適当なところで幽体になって後を追うことにしたよ。
◇ ◇ ◇
およそ4か月の道のりをかけてたどり着いたのは・・・まさかの古代魔法帝国、「レギウム・ノクティス」だった。
「うわあぁぁぁ・・・世の中広いようで狭いのね。っていうかどうしよう?紫雨君に会わないように気を付けるか、ミミックテイルを使いっぱなしにするか・・・。」
とにかく、主観時間がそろそろヤバいことになっている以上は、幽体での活動だけで何とかごまかしたいんだけど・・・。
それにしても、よりによって砂漠のど真ん中のオアシスの周りに国を作るとか・・・。
おかげで聖棺モドキに慌てて空調機能をつけなきゃならなかったじゃないか。
ゴーレムたちに私の身体を任せているけど、はっきり言って身体に戻った時に、熱中症でミイラになってました(笑)じゃたまらないんだよ!
私の身体が棒棒鶏みたいになってたんじゃあ、理君に何を言われるかわからない!
何より、彼を気持ちよくさせてあげられないとか最悪だし。
「別に棒で叩いて肉をほぐしたわけじゃないけどさ!せめて彼にはまともな身体で会いたいのよ!」
なんて中華料理の調理法をアホみたいにのたまわっていた時。
「ゴー。ゴー。ヒュゥゥゥン。」
「・・・あれ?ゴーレムが・・・壊れた?げ・・・マジか・・・直射日光で術式回路が焼き切れた?それとも機関部に砂でも入った?・・・どうすんのよ、これ・・・。」
まだ入国審査も終わってないのに、慌てて残りの3体のゴーレムで壊れたゴーレムを物陰に引きずり込む。
と、とにかく幽体のままじゃ何もできない!起きて、なんとかしなきゃ!
聖棺モドキの蓋を開け、砂漠特有の熱気を吸い込むことを我慢しながら外に出ると・・・。
「あれ?涼しい。なんで?それに、ここまで砂が来てない。」
それまでとはまるで違う気候に驚き、思わず声が出る。
・・・しかし・・・。
くそ、部品が足りないからすぐに直せないじゃん!
私は軽くなった聖棺モドキと荷物一式を2体のゴーレムと分担して持ち、残りの1体が故障したゴーレムを引きずりながら、どこか見覚えがあるレギウム・ノクティスの城門へと差し掛かった。
「Ita, proxime. …Negotiatio est, nōnne? Quot diēs hic manēbitis?(はい、次の方。・・・貿易ですね?何日くらい滞在されますか?)」
「Ad hunc locum veniant qui incolere volunt. Iuratōnem facite legibus Regīum Noctis observandīs, eiusque conservātiōnem et progressum adsequendīs.(移住希望の方はこちらへ。レギウム・ノクティスの法律を守り、その維持と発展に尽力すると宣誓を行ってください。)」
「Litterās legere potestis? Quī verba nōn intellegunt, interpretātiōnem accipient; vocem tollite!(文字は読めますか?言葉がわからない方は通訳を行いますのでお声がけを!)」
「Huc veniant qui studia forīs intendunt! Antequam ad fenestram veniatis, nomen academiae, cui intrare vultis, scribite.(留学の方はこちらへ!入学予定のアカデミーの名前を記載してから窓口に来てください!)」
仄香がくれたヘッドマウントディスプレイ上には魔女のライブラリに記録された言語情報があるんだけど・・・やっぱり字幕表示になるんだよなあ。
こっちの言いたいことってどうやって伝えようか・・・。
悩みぬいた末、声が出ないことにしてなんとか筆談でごまかすか、などと考えていた時。
《ねえ、そこの君。外国の人だよね?旅行?それとも貿易?・・・もしかして、移住希望かな?》
唐突に頭の中に少年の声が響き渡る。
「まさか念話!?誰!?」
《僕だよ。レオ・デュオネーラ。君の目の前にいるじゃないか。》
「・・・もしかして、あなたが?それに、なんで日本語がわかるのよ?」
《ふふん。それこそが第二公爵家の力なのさ。》
そこに立っていたのは10歳くらいの・・・濃い目のプラチナブロンドに涼しげなアイスブルーの瞳が特徴的な、可愛らしい少年だった。
・・・・・・。
なぜか入国管理の行列から抜け出し、その少年・・・レオ君に連れられて閑静な住宅街を歩いていく。
舗装された道はバスがすれ違えるほど広く、石造りの門が金属製の柵や手入れされた植え込みとともに並び、ちょっとしたハイファンタジーの貴族街を見ているかのようだ。
「どこに連れて行こうというのよ・・・。」
《いやだなぁ。そんなに警戒しないでよ、チヅラさん。・・・ほら、見えてきた。あそこが僕の家だよ。》
彼の指さす先には、一帯でもひときわ大きな屋敷があった。
っていうか、チヅルってそんなに発音しづらいのかしらね?
恭しく頭を下げる門番たちを横目に門を抜ければ、そこには手入れされたバラ園のようなものや、池や噴水を備えた庭園、そして白亜の豪邸がそびえたっている。
「・・・なんというデカさ。もしかして、レオ君って・・・貴族?」
《うん。僕は序列二位の公爵家、デュオネーラ家の嫡男だからね。それに、皇祖ノクト一世の孫でもある。・・・まあ、そう固くならないでよ。》
「外国の上級貴族相手に固くなるなって言われてならない人間がどこにいるのよ。・・・まあ、私の爺さんも内閣総理大臣だったから要人との付き合いは慣れてるけどさ。」
彼に手を引かれ、ゴーレムと聖棺モドキは庭の片隅に置かせてもらって屋敷に入ると、想定していた以上の豪華な内装に驚く。
・・・今、紀元前660年だったはずだけど・・・。
すごい繁栄っぷりだな?もしかして起きる時代を1000年くらい間違えたか?
そして通された客間も立派で、なんというか・・・ファンタジー世界の一幕を見ているような気分だったよ。
・・・・・・。
その後、メイドさんが持ってきてくれたお茶を飲みながら、レオ君の説明を受ける。
この国は建国百年祭が始まったばかりで、お祭り騒ぎがこれから30日は続くだろうということだった。
今、国中では遠い国から様々な人間が訪れ、様々な交易品や知識、人材が集まっているのだという。
そして、市井の人々はそれらを買いあさったり、あるいは工房などが優秀な人間を雇い入れたりと、まるで争奪戦のような様相を呈しているんだそうだ。
そんな中、1体破損したとはいえ4体のゴーレムを使役し、金色に光る箱や宙に浮く櫂を携えて歩く私は良いカモだったようで、すでに何人かの商人から声を掛けられていたというのだが・・・。
言葉がわからないし、仄香のヘッドマウントディスプレイは相手の顔にフォーカスしないと字幕表示しないし。
いや、気付かないって。
でもまあ、有力そうな貴族の子息と知り合えたのは幸いだ。
彼らが管理する人気のない場所を教えてもらえれば、そこにコールドスリープルームを作らせてもらえるかもしれない。
《で、チヅラさん。どこから来たの?》
「う~ん。黒海の北というべきか、遥か東の島国というべきか・・・返答に迷うわね。」
《ふーん。出身地じゃなくて、ついこの前までいた町でもいいんだけど。》
「あ、それなら答えられるわね。私がこの前までいたのはナギル・チヅラの町。その郊外よ。」
そう答えた瞬間。
レオ君は勢いよく椅子から飛び上がった。
《城塞都市国家群、中核都市、ナギル・チヅラ・・・超古代文明・・・黒髪の女神!まさか、チヅラさんは・・・その、生き残り?》
「生き残りっていうか・・・作ったのも私だし、滅ぼしたのも私だし・・・。別に残ったわけじゃないわね?」
《・・・ま、まさか、ね。とにかく、この町にいる間は僕の家を自分の家と思っていいから。くつろいでいってね。》
「あ、ちょっと待って!・・・・もう、ご両親に頼んでコールドスリープができる場所を見つけられるかと思ったのに。」
レオ君は何かが引っかかるのか、ぎこちない笑みをして客間からそそくさと出ていく。
ああ、もう。
うまくいかないものだね。
◇ ◇ ◇
ノクト・プルビア一世
王宮内 皇帝執務室
掌の上で例のガラス細工・・・文献によれば真空管というらしいが・・・それを転がし、物思いにふける。
伝説によれば、このガラス細工は「超高速で何かを計算する装置」の一部らしいが・・・。
魔法も魔術も使わず、魂すらないガラス細工が数字を解する?
それも、人間をはるかに上回る速度で計算する?
その速度たるや地に落ちる星の欠片に石礫を当てるためにどれだけの力で、どの角度、どの方位に向けて投げれば必ず当たるなどといったことを一瞬で計算してしまうほどだったとまで言われているらしい。
「はあ・・・世界は広いな。僕ももっと魔術を極めなきゃ。無理に魔法を使って魔力を使い尽くして死ぬ人間がいなくなったとはいえ、まだまだ魔術は魔法には届かない。・・・計算速度だ。計算速度が足りないんだ。」
誰か、この真空管とやらの理論を教えてくれないだろうか。
・・・魔術の運用には必ず術式回路というものが必要になる。
ならばこの真空管とやらの理論は、きわめて大きなブレイクスルーになるだろう。
もし教えてくれるなら、代わりにありとあらゆる富を与えるだろうに。
そんなことをぼんやりと考えていると、不意に扉がノックされる。
「メルダ・デュオネーラ。アルス・オクトヴェイン。お召しにより参上仕りました。入室の許可を願います。」
「どうぞ。・・・疲れているところすまないね。それで、例の武器・・・文献によれば『銃』と呼ばれるものについてなんだけど・・・。」
真空管だけではない。
世界の軍事をひっくり返すようなモノが発見されたんだっけ。
・・・これだ。
執務室のテーブルの上に置かれた大小さまざまな「銃」について、いくつか調べて分かったことがあったが、結論として「今の技術では作れない」ということだけは間違いないようだ。
「本体の構造もさることながら、この『カートリッジ』と呼ばれる部分がまるでわかりません。なぜ筒の中央を叩いただけで爆発するのか。燃える水というものは聞いたことがありますが、爆発する粉などというものは聞いたことがありません。」
「それに、この金属もです。金のようであって、金ではない。軽く、やわらかく、青銅とも違う。これなんて木なのか石なのか、はたまた動物の革か骨なのかすらわかりません。」
そう言って二人は『カートリッジ』や『グリップ』などと呼ばれる部品を撫でまわしている。
「そうだね。それに・・・『銃身』と呼ばれる筒の内側を見たかい?らせん状に溝が彫ってあるんだよ。これほど細い筒の内側に、これほど正しくらせんを彫る技術なんて・・・この世にあるんだろうかね?」
それに、まったく同じデザインの「銃」が出土しているが、部品を外して他の「銃」に装着してみたところ、まったくの誤差なく嵌めることができたのだ。
ただ、不思議なことに出土後、箱や袋から取り出したとたんに劣化が始まったという報告もあるが・・・。
・・・まあとにかく、これは寸分たがわぬ大きさと構造で相当数作られたということを示している。
「ナギル文明はこれを兵士全員に配備していたのでしょうか。魔法でも魔術でもない、こんな武器があれば世界の戦いが変わります。」
「・・・そうだね。だからナギル文明の遺物は可能な限り収集して。絶対にほかの国に渡さないように。それと・・・実用化ができるなら、実用化したい。引き続きよろしく頼むよ。」
まあ、僕は身体を乗り換えることができるから、その完成を見る機会もあるだろうけどさ。
最悪の場合、これらの遺物をほかの国に渡さないようにするだけでも構わない。
とにかく、僕は国力を挙げてナギル文明の遺物の収集を命じたのであった。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
現代 10月11日(土)
あのあと、メッセージプレートについては仄香と相談して、お父さんには「何も分からなかった」と口裏を合わせた。
さらに姉さんからのメッセージは魔女のライブラリにデータを保管して、他の誰にも気付かれないように強力な解呪で消去してしまった。
そんな中、仄香の勧めで今日は久しぶりに紫雨君とデートをすることになった。
姉さんが返ってくる可能性が出たことで、やっと落ち着いて彼と会うことができたのだ。
・・・待ち合わせ場所は吉祥寺の駅前。
私以外のみんなが仄香や遥香のことを忘れてしまったときに、ただ一人、彼だけが覚えていて私を迎えに来てくれた場所で、再び彼と再会する。
「やあ、待ったかい?今日も黒髪が美しいね。」
陽光に輝く銀髪に怪しげなサングラスという、いつも通りのいでたちの彼が、私の黒髪をほめたことに思わず苦笑する。
「遥香の髪にそれを言うならわかるけど、私の髪なんて誰とでも一緒でしょう?」
「あ~。いや、なぜかは知らないんだけど、君の髪の黒さとその表情にはすごく落ち着くんだよね。・・・なんでだろう?」
彼の微妙な誉め言葉に首をかしげながら、その手を取って井の頭公園に向かって歩き出す。
彼は先週までお父さんと一緒にウクライナのオデーサにいて、少し遅れて帰ってきたらしい。
「それで、お父さんの発掘作業に同行したんだよね?どうだった?」
「ああ、ナギル文明の発掘調査だったよね。・・・なんというか、翻訳作業が必要なくてさ。給料泥棒みたいになってたよ。」
「あ、そういえば私もお父さんから聞いたんだけど、ナギル文明って日本語表記なのね。でも、今から・・・何千年前の文明なんだっけ?」
ただ、お父さんから見せてもらった文献や記録では、日本語をかなり崩した・・・漢字もない文字だったから、ナギル文字=日本語というのはまだ認められていないらしいけど。
「紀元前5000年から4800年くらいに発展した文明だね。僕もナギル文字は崩したり訛ったりしたものしか読んだことがなかったから、今回は初めてその原文を読んで驚いたよ。・・・っていうか、アレ、千弦さんだったんだよね。」
「そうね。でも、紫雨君が日本語にすぐに慣れたのは、もしかしたらナギル文字を知っていたからかもしれないね。」
そして井の頭公園の中をぶらつきながら、プリピャチでの戦闘や姉さんからのメッセージ、そして帰還の可能性について彼と話をする。
「っていうか、21世紀の技術を持ち込まれたらね。いや、わからないはずだ。まさか、レギウム・ノクティスが滅亡してから1700年経ってから謎が解けるとは思わなかったなぁ・・・。」
紫雨君の話によれば、ナギル文明の遺物を見ていち早く危機感を抱いたレギウム・ノクティスの家臣たちと紫雨君自身が、その遺物を徹底的に収集して管理したというのだから驚きだ。
姉さんたら、機関銃やら迫撃砲だけではなく、真空管を使った無線通信やコンピューターまで作っていたというのだから、もう少し自重というものを覚えてほしいものだ。
むしろ、歴史が狂わなかったことのほうが驚きだよ。
「でさ。ナギル文明を滅ぼしたのって千弦さんなのかな?僕はそうは思わないんだけど・・・。」
「え?姉さん自身が滅ぼしたって言ってたと思うけど・・・?」
「レギウム・ノクティスの研究者が導き出した推測なんだけどさ。ナギル文明が終わるときに、地中海全域に大洪水が起きているんだ。それも、一晩のうちに水位が100mも上がるほどの洪水がさ。」
「あ~。お父さんも言ってたね。黒海洪水説だっけ。ノアの箱舟伝説の原型にもなったってやつ。ボスポラス海峡が閉塞されてて、ある日突然決壊したとかいう・・・でも、それって本当にあったの?」
「僕がレギウム・ノクティスを建国したころは常識だったからね。ナギル・チヅラの方舟のひとつ、『ナピシュティーバ』が黒海南端・・・今のトルコの東の端あたりに漂着したというのは結構有名だったんだ。」
え?ええと、ノアの箱舟伝説の原型は、たしか、ギルガメッシュ叙事詩に登場するウトナピシュティムの伝承とか・・・って、ナピシュティ?
テイバーっていうのもヘブライ語で箱を意味するものじゃなかったっけ?
そのまんまじゃない!?
「ほかにも面白い事件があったっけな。とある冒険者・・・まあ盗掘者だね。彼らが、黒海の沿岸のどこかで金色に光る棺を発見したらしいんだよ。きっとお宝が大量に入ってるんだろう、ってその棺をあけたら、一瞬で全身が砂になって崩れ落ちたんだって。それで、慌てて仲間たちが逃げまどって、とうとう『神の怒りだ!』って大騒ぎになった挙句、殺しあった、なんて事もあったっけな。」
・・・何やってんのよ、姉さん・・・レ〇ダース「失われた〇ーク」じゃないんだから・・・。
「ま、とにかくだ。あの辺の文明はいろいろと逸話に事欠かないから、千弦さんがナギル文明を滅ぼしたってわけじゃないかもしれない。それこそ、一人でノアの箱舟伝説の洪水を起こせるわけでもないだろうしさ。」
・・・姉さんならやりかねないから怖いのよ。
とは言えず。
井の頭公園近くの洋食屋でお昼を食べて、国立市の紫雨君のアパートについて行くことにしたよ。
・・・・・・。
夕食までごちそうになって、シャワーまで借りてから、紫雨君の家を出て、家路を急ぐ。
姉さんが現代に向かって歩いていることが分かって安心したからか、それとも人肌恋しかったからか。
星羅さんが出かけていることもあり、私はまた紫雨君に抱かれてしまった。
力強い腕、厚い胸板。
優しい口付け、甘い吐息。
まだ下腹に甘い疼きが残っている。
彼には黙って回復治癒魔法と避妊薬を使っているが、彼ったら「南雲教授にご挨拶をしなくちゃ」なんて真面目な顔で言うから、思わず吹き出してしまった。
「う~ん・・・なんというか、あとからものすごい罪悪感が湧いてくるわね。」
必死になって現代に戻ろうとしている姉さんにを差し置いて、自分だけ恋人と肌を重ねているなんて・・・。
おかげでものすごく興奮しちゃったけどさ!
ま、まあ、私だって結構ストレスがたまってたのよ。
待つだけってのもかなりツラいんだから。
そう、自分に言い聞かせ、吉祥寺駅の南口からバスに乗ろうとしたときだった。
ドン、という鈍い音とともに、身体が横に吹き飛ぶ。
「えっ。」
路上にたたらを踏もうとした瞬間、カクンっと足の力が抜ける。
交通事故?
車にはねられた?
いや、ここは歩道だ。
じゃあ、この、全身を駆け巡る痛みは・・・?
「よお。教皇猊下の最後はどうだったよ?おまえらのせいで特別列車に乗りそびれたよ。おかげで竜人族は絶滅確定だ。恨むぜ?」
野太い声がした方を見ると、私のことを大きなハンマーを持った男が見下ろしている。
「だ、誰・・・?」
「誰だっていいだろう?・・・で?どっちだ?姉か、それとも妹か?」
目の前にいる男は・・・浅黒い肌にウロコのようなタトゥー。
そして、天を突くような身長に、ボディビルダーのように鍛え上げられた肉体。
「そうね、どっちだって・・・私が姉でも、妹でもあんたには関係ない。・・・。でも、あんたが末代なのは醜男だからでしょう?」
・・・頭を、打った?
それとも、何か、魔法で・・・いや、私の抗魔力を上回る精神操作系の魔法を?
「このアマ・・・竜人族も妖精族も人間と交配できない理由ってのはサイズの問題なんだが・・・裂けてもいいならお前で試してやろうか?・・・まあ、俺の方が勃たなきゃ意味がねえんだけどよ。」
ふん、なら突っ込んでみなさいよ。
紫雨君に比べたらあんたなんてフニャ〇ンに決まってるんだから。
ゲラゲラと笑う品のない笑いを聞きながら、私の意識はプツンと途切れた。
◇ ◇ ◇
・・・。
・・・。
またなの・・・?
同じようなことが去年あったばかりじゃない。
いや、今回さらわれたのは私だけか。
だが、以前と違って今回は私一人だ。
どうにでもなるだろう。
そう思い、顔を上げる。
あたりを見回し、どこかの解体業者のヤードの中であることを確認し、天井があることにため息をつく。
「いきなり長距離跳躍魔法で逃げるわけにはいかないか。じゃあ・・・。」
ガドガン先生からもらった魔力検知能力を使おうとしたところで、妙な違和感に気付いた。
「あれ?周囲の魔力が・・・見えない?なんで!?」
ふと目を下げると、両腕を拘束している手錠の素材が鉄ではないことに気付く。
「これって・・・ヒスイ?魔力が・・・集中しない?まさか!」
両腕にはめられているのは香港映画に出てきそうなヒスイ製のバングルを、詰め物をして腕から外れないようにした上でひもで連結しただけのものだが・・・。
暴れても外れそうにないな?
「お。目が覚めたか。ふーん。お前、妹の方だな?・・・知ってるか?極端に魔力が高い魔法使いの背中をヒスイ製のトンカチで叩くと、一瞬だが魔力回路のタイミングがズレて気を失うことがあるのさ。」
「そ、そんなこと聞いたことないわ!?それに、一瞬でここまで連れてきたっていうの!?」
「あ、いや・・・普通はものの数分で目を覚ますんだが、複数の魔力回路があると、タイミングズレがなかなか治らないらしくてな。・・・お前、一体いくつ魔力回路を持ってるんだ?」
あ~。
多すぎる魔力回路が仇になったのか。
っていうか、仄香がヒスイ製のトンカチで殴られたらどうなるのかしらね?
姉さんが帰ってきたら試してみようかしら。
「さあね?多すぎて把握してないわよ。・・・で?すぐに殺すつもりはないみたいだけど、これからどうするつもり?」
自動詠唱機構もフレキシブルソードも、リングシールドも魔力貯蔵装置も奪われてしまったらしい。
高圧縮魔力結晶を持って歩いていなかったのは幸いだったのか。
ってか、せっかく紫雨君の余韻が残っているのにレイプされるのは嫌だなぁ。
「・・・どうしたらいいと思う?」
「はあ!?誘拐犯がそれを聞くわけ!?」
何を考えているのだ、このバカ男は。
っていうか、こいつ、誰だっけ?
「う~ん・・・参ったなぁ・・・そもそも人気がない公園かどこかで戦えればよかったんだが・・・。それにまさか幻想種とは思わなかったんだよなぁ・・・。それも、かなりの希少種じゃないか。ってか、こんな幻想種、見たことないぞ?」
・・・またなの?
薙沢にも新種の幻想種よばわりされたし、そんなに引っ張らなくってもいいじゃない!
まあ、それはさておき。
「ええと、家族が心配するからそろそろ帰して欲しいんだけど・・・そもそも、あなた誰?」
私がそう聞くと、きょとんとした顔をして大男は私を見る。
「・・・自己紹介、したことなかったか?確か、ローザンヌでも会ってると思うんだが・・・ま、いい。俺は穂村景康。十二使徒第九席、「炎龍」こと穂村「ドレイク」景康だ。ま、つまるところ・・・お前の敵だなぁ。」
ボッという音ともに、穂村の全身を青白い炎が舐めていく。
・・・幻術!?いや、本当に肉体構造を切り替えてる!
「さあ、竜人族が滅んだかたき討ちをさせてもらおうか?いざ、尋常に、勝負!」
げ・・・。
魔法も、魔術も使えない!
やばい、殺される!




