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280 魔女と息子と文明と/折れる企み

ごめんなさい、筆者は線文字Aが一切分かりません。

一生懸命文献を調べましたが、解読に至りませんでした。

なので、ミノス文明のキャラクターには同時期の言語であるアッカド語で話してもらっています。

また、小説家になろうサイトの制限により、楔形文字が使えないので、ラテン語で音声を表記する形式になっています。

その他は、古代ギリシア語になってます。

 南雲 千弦


 ミノス迷宮内


 紀元前1975年 6月5日


 まったく、私は何をやっているんだか・・・。

 相手はあの仄香(ほのか)なんだよ?

 放っておいたって絶対死ぬはずなんてない、世界最強の魔女なんだよ?


 それを、なんだって貴重な時間まで使って・・・。

 これ、何もなかったらバカみたいじゃない。


 そんなことを考えながら、電磁熱光学迷彩(ステルス)術式をかけたまま、フライングオールに(またが)り、暗視装置をつけて迷宮の中を進む。


 帰り道が分からなくなると嫌なので、蓄光(アルミン酸)塗料(ストロンチウム)をたっぷりと含んだ毛糸を垂らしながら進んでいるんだが・・・。


 これ、ちょっと目立ちすぎるな?暗闇で煌々と光ってるじゃん。


 いや、最初はトリチウムかプロメチウムを使おうと思ったのよ。

 でも全然手に入らなくてさ。

 さすがにラジウムを使うのは怖かったし・・・。


 50mくらい先を仄香(ほのか)・・・いや、アリアの一団が進んでいる。

 もしかしたら気付かれてるかもしれないけど・・・まあ、魔力隠蔽術式は一応かけている。


「うーん、米軍の第四世代型のスターライトビジョンでも、迷宮の中はダメか・・・完全に光源がないからね。・・・ほんと、赤外線投光器があってよかったよ。」


 そういえばナギル・チヅラの守備隊に預けておいた第三世代型のスターライトビジョンを回収し損ねたよ。

 まあ、全部ハワイでグレッグさんから分捕(ぶんど)ったヤツだから私のフトコロは傷んでないんだけどさ。


 例の石板に潜入したとき、しっかりと照明がついていたから使わなかったんだけど、複数用意しておいて正解だったのかな?


「お・・・何か聞こえる。これは・・・魔力?へえ・・・怪異がいるのか。まさか、本物のミノタウロスなんてこと、あったりして・・・。」


 なんて緊張感のない独り言を言っていたら・・・


「illû! illû! rēmu! Minotauru! Aria! nēpel! mā taššunu?(出た!出たぞ!怪物だ!ミノタウロスだ!アリア!逃げろ!何やってんだ!)」


「lāppum ittebi! mimma ul amūru!(た、たいまつが消えたの!何も見えない!)」


 ・・・一瞬でフラグを回収することになったよ。


 叫び声の中にはっきりと「アリア」という言葉が入っていたので、そっちのほうは任せるとして・・・。


 こちらに逃げてくる一団にぶつからないようにフライングオールで素早く天井に張り付く。


「ḫazī! mimma napḫartu! annû… ṣibtu!? ṣibtu ina mê napḫarti muššukāte…(見て!何かが光ってる!これ・・・毛糸!?毛糸に光る水が塗られて・・・。)」


「ulūma ana pītu iškunnû! nēleq ina ṣibtim napḫartim!(出口につながってるかもしれない!光る毛糸に沿って進むぞ!)」


 はっきり言ってこの魔力溜まり(ダンジョン)は様子がおかしい。

 なんと言えばいいか・・・そう、まるで舞台装置のようだ。


 ミノス文明を上空から見ただけでは何とも断言できないのだが、まるで外敵に備えていないように見えた。

 その時点で気付くべきだったのかもしれないが、この国・・・やっぱり何かおかしい。


 ・・・と、思考の沼に沈んでいたのが悪かったのか、それとも自分の命さえ助かればいいという子供たちの無意識下の悪意に気付かなかった私が悪いのか。


 ・・・あいつら、蓄光塗料を染み込ませた毛糸を・・・。

 巻き取っていきやがった!?


 ・・・・・・。


 完全に闇に閉ざされた迷宮内で、スターライトビジョンと赤外線投光器の光を頼りに周囲を見渡すも、完全に道を見失ってしまった。


「・・・あのクソガキども・・・私の帰り道の目印を・・・。」


 まあ、文句を言っても仕方がない。


 最悪の場合、フライングオールの原子振動崩壊術式で天井を吹き飛ばすか、魔導(Enchant)付与(ment)術式( Formula)で光撃魔法を込めた術弾で天井を焼き切るか・・・。


 どちらか迷っていると、暗がりから突然声が聞こえた。


「・・・もしかして、そこにいるのって・・・クロ?」


「げっ?・・・なんだ、ばれてたのか。それで、アリア。もしかしてあのクソガキどもに置いて行かれたの?・・・ったく。人の目印を使って逃げたくせに回収していきやがったよ。」


「うふふ。テセウスったら、きっとミノタウロスが追いかけてくると思ったんでしょう?それで・・・どうする?私と一緒に迷宮探検でもする?」


 周囲を魔力検知し、怪異などがいないことを確認した上で、フライングオールの前照灯をつける。


「そうするしかないみたいだね。で、アリアって帰り道が分ったりする?それとミノタウロスは?」


「いいえ?最初から別の出口を探していたしね。それに・・・牛の怪異ならもう倒したわ。」


 アリアの指さす方向を見ると、雷に打たれたかのように黒焦げになった・・・半人半牛の怪異が倒れていた。


 フライングオールから降り、その死体を調べてみる。

 雷撃魔法か。骨までこんがりと焼けているよ。

 懐かしいな。


「・・・お。魔石があった。ええと・・・これ、牛なのか人なのか?どっちがベースになっているんだ?」


 まあ、詳しいことは帰ってからラジエルの偽書で調べりゃいいか。


「・・・やっぱり驚かないのね。その空飛ぶ櫂といい、光る不思議な糸といい・・・あなた、何者なの?」


「さあ?まあ、少なくともアリアの敵ではないよ。詳しくは言えないけどね。」


 ミノタウロスはもうアリアが倒したし、こんなところに長くいたくはない。

 アリアをフライングオールの後ろに乗せ、とっとと迷宮を出ることにしたよ。

 ・・・天井に穴をあけて。


 外に出ると完全に真っ暗になっており、晴れ渡った空に星々が瞬いていた。


 原子振動崩壊術式のいいところは、壁や天井を破壊したときに大きな音も光も出ないところなんだけど・・・。


 迷宮はしっかり崩落したよ。

 ごめん、持ち主さん。

 損害賠償の提訴は東京地裁立川支部民事部書記官室へ。

 消滅時効に注意してね。


「アリア。どこまで送ればいい?」


「じゃあ、アテナイのポリスまで。」


「・・・ええと、アテナイ・・・ギリシアのアテネか。じゃあ、しっかり掴まってて。」


 直線距離で200kmくらいかな?

 フライングオールの対地速度は巡航でも600km/hは出るからな。

 20分もあればつくでしょう。


 ・・・・・・。


 アテナイのポリスの上空を旋回したあと、その郊外へゆっくりと着陸する。


「・・・船と陸路で丸一日かかるのに・・・もう着いちゃったの・・・?」


 おおぅ。

 あの仄香(ほのか)が驚いてるよ。


「まあね。でもアリアだって長距離跳躍魔法(ル〇ラ)とかで地球の裏側まで同じくらいの時間で行けたりするんでしょ?」


「長距離跳躍・・・?行けないわよ。私を何だと思ってるの?」


 ありゃ。

 まだこの時代の魔女はそこまで万能ではなかったのか。

 でも、地球が丸いことは否定しないのね。


「まあ、ここでお別れということで。じゃあ、私はちょっと野暮用があるから。元気でね。」


「あ!ちょっと待って!・・・また会えるかしら?」


「間違いなくね。保証するよ!」


 手を振りながらフライングオールで元来た方角へ飛び立つ。

 そろそろコールドスリープルームに戻らなければならないのだが、クレタ島に向けて一路、私は空を駆けていった。


 ◇  ◇  ◇


 空がうっすらと白み始めたころ、ミノス宮殿の上空へ到着する。

 私の勘が正しければ、このミノスの迷宮はおそらく・・・。


「labīrintu ušabbiru!? mīnum tappalû, wardīya ša lā qibītī!(迷宮が破壊されただと!?何をやってるんだ、貴様ら!)」


「Šarru, lā tulēš! lā tadû! izuzzū ana šarrī: mārū ṭēmu napīšū tamūtū, bēltu kaspī u maḫru išû ana epēš. šumma nēšū yēdû ša kīma šumšu—nēšū lā šuttapû.(王よ、もうおやめください!幼い子供の命と引き換えに宝石を作っていると知られれば民衆が黙ってはおりませぬ!)」


 遠隔聴取(クレアオーディエンス)で盗聴していると、まだ早い時間だというのに宮殿の一角から若い男の怒鳴り声と、年配の男性の諫めるような声が聞こえてくる。


 ・・・まあ、この国の言葉なんて分からないけどね。


 電磁熱光学迷彩(ステルス)術式を発動し、ゆっくりと高度を下げ、宮殿内をのぞける角度にフライングオールを降下させたとき、再び男の声が響き渡る。


「Attunu! Anāku — tāmu ša šalāšû šanāti (3,000) — izzû ana libbiya! Aššatu ṣerû ša emûya! Šumma tukallū ša taššû, anāku aqtulkunū u ahārrukkunū.(貴様ら!俺の3000年の悲願を!真の妻を探す崇高な目的を!邪魔立てするというならば斬って捨ててやる!)」


 腰巻のようなスカートのようなものを穿()き、胸元をあらわにした王らしき男の手には見慣れた深紅の結晶が・・・そして、その胸元には二度と見たくないと思っていた黒く透き通った魔石があった。


 ・・・サン・ジェルマン!?

 くそ、確かに殺したはずなのに!


 あ、いや、あっち(現代)のサン・ジェルマンじゃなくて、クソガキ(過去)のほうのサン・ジェルマンか。


 いかんいかん、もう少しでミノス宮殿を中の人間ごと吹き飛ばすところだったよ。

 無意識のうちにフライングオールの原子振動崩壊術式の安全装置を解除しているとか、私って遺伝子レベルであいつのことを嫌っているんだな。


「Attunu! Mannum ša illū ina pirtu?(お前たち!そこに誰が立っている!?」


 お?

 こっちを向いて何か言っているし。

 もしかしてバレた?


「“Šamû! Pulḫu ša nēpešū, ezzû!Ištar bēltu, bānītu ša kurrû — taltu rēšû!Mušḫuššu nūrāšu, ḫubšû ša dannû ša āli — īpuq!Itti ṣērû ša bēlūti, ša ḫūrû ša libbīšu — dummuqū; u maqātu ana yarû!”(天よ!生ける息よ、怒りを帯びよ!女神イシュタルよ、威厳ある御方よ──木々を揺らすお方よ、その御頭を振るわせよ!ムシュフッシュ(輝蛇よ)、その牙を研ぎ、強き者に向けて噛ませよ!主の盟友と共に、心の奥に潜むものを打ち砕き、敵を噛み殺せ!)」


 おおう、魔法・・・なのか?


「・・・だるっ。(Semi)自動(automatic)詠唱(chanting)()()()()()()()()()()()()。」


 なんというか・・・魔力制御が甘い。

 それに、詠唱が無駄に長い。

 ・・・この程度なのか?


 おそらくは何らかの神格に力を借りたのであろう魔法を、半自動(セミオート)詠唱機構(チャンター)と自分の魔力制御だけで押し返す。


 そしてゆっくりと姿を現し、高みから見下ろしてやる。


「…attunu… la… ? ṣalmu ša ṣīru… kīma ina ṣehru…?(・・・きさま、まさか・・・黒髪の女・・・?)」


 だから、なんて言ってるのかわからないのよ。

 まあ、どうせこのクソガキがやろうとしていることなんてロクなもんじゃないでしょうけど。


「乗りかかった船ね。せっかくだから相手をして・・・あ、いや、嫌がらせをしてあげるわ。」


 フライングオールに(またが)ったまま、両腕の詠唱代替術式を起動。

 サン・ジェルマン(クソガキ)の頭の上から極大の過負荷重力子加速術式を解き放つ。


「ぐがっ!?ぐ、ああああぁぁぁ!?」


 お、つぶれたか?

 いや、ここで殺しちゃうわけには・・・いかないんだよなぁ。

 でも、せっかくだから空間消滅術式もぶっ放しておこう。


 ミノス宮殿のめぼしい建物に片っ端から二つの攻撃魔術をぶち込み、ついでにミノス迷宮の方向に向けて原子振動崩壊術式を乱射していく。

 宮殿の屋根が音もなく吹き飛び、壁が真上から見えないハンマーに押しつぶされ、庭園が見えないスプーンで掬い取られたように消滅する。


「Yā! lā tadû! lā tadû! — kiristu ša ana-ia išū! Tāmuya ša 1000-šanātiya — tamû! Mīn? Enta mīn? Ṣalmu ḫamûru šu…? Utukku! Utukku, lā!(や、やめろ!やめてくれ!・・・俺の人工魔力結晶が!俺の1000年の計画が!何故だ!おまえは誰なんだ!黒髪の女め!この、悪魔がぁぁぁ!)」


 喚いてる喚いてる。

 なんて言ってるか分からないけど、ものすごく楽しい。

 機会があったら行く先々で邪魔してやろうっと。

 今夜はとても良い夢が見れそうだよ。


 ・・・・・・。


 残魔力が半分を下回るほど破壊活動を楽しんでから、長距離跳躍魔法(ル〇ラ)でコールドスリープルームに戻る。


 気持ちの良い倦怠感に顔を緩ませながら、備え付けのシャワーを浴び、コールドスリープに入る。


 さて・・・次はどの時代で目を覚まそうか。

 そろそろ主観時間も上限に達し始めたから・・・無駄遣いはできないんだよな。

 でも、定期的に起きないと、コールドスリープルームに何をされるか分からないし・・・。

 久しぶりに心地よい睡魔に、ゆっくりと私は身体をゆだねていった。


 ◇  ◇  ◇


 紀元前660年7月7日


 何か、ブザーのような・・・いや、サイレンのような音が聞こえる。

 これ、たしか多重安全装置の警報装置の音だったような・・・。


 げぇっ!?

 聖棺(アーク)モドキの魔力がカラになってるよ!


「ヤバい!寝過ごした!ラジエルの偽書は・・・あった!ええと、紀元前660年、7月7日・・・やっべ。315年も寝過ごしちゃったじゃん・・・。」


 もう少しで永遠に眠り続ける羽目になっていたかと思うと、背筋がぞっとする。

 一応、人口魔石の魔力は1400年~1500年で切れるようにはしてるけどさ。


 聖棺(アーク)モドキを開き、廊下に出て周囲を見回すと・・・。


「・・・ありゃ。侵入者がいたのか。参ったな。遺体が転がってるよ。」


 どうやらコールドスリープ中に盗掘者の侵入があったらしく、ツルハシやスコップのようなものを握った遺体がコールドスリープルームの前に散乱していた。


 そのすべてが数世紀は経過しているようなありさまで、はっきり言ってガイコツしか残っていないのだが・・・。


「停止空間魔法をかけておいたところはフライングオールも食料貯蔵庫も無事か。でも、外殻が完全に破壊されちゃったな。内殻は・・・一応は大丈夫だけど、これ・・・一部が水没してない?」


 寝過ごしたのが悪かったのか、それとも盗掘者がコールドスリープルームの設定をいじったのか。

 聖棺(アーク)モドキのコールドスリープ期間設定の反応がない。

 どうやら、盗掘者が聖棺(アーク)モドキを運び出そうとしたのか、コンソールパネルが壊れてしまったようなのだが・・・。


 とにかく、非常に面倒なことになってしまった。

 最悪、このコールドスリープルームは破棄しなければならないかもしれない。


 制御棟から外に出て地上を目指すも、いたるところに盗掘者の遺体が転がっている。


「いや、確かに盗掘を防ぐための仕掛けはしたけどさ・・・これ、いくら何でも死体が多すぎない?さすがに死体だらけのところでもう一度寝たいとは思わないよ?」


 転がっている遺体の様子からすると、仲間割れでも起こしたのか、それとも複数のグループがかちあったのか。


 外に出て新しい寝床を探すにしても、この時代についてはほとんど知らないのだ。

 っていうか、そろそろ一人で活動するのは限界なんじゃないか?


 とにかく、現状把握をしなければならない。

 土をかぶって開かなくなったハッチを魔法で無理やりこじ開け、何とか外に出た私を待っていたのは・・・。


 一面の大草原。

 そして、馬に(またが)って走り回る、中東系の顔立ちの男たち。


「うげっ!?人がいる!ヤバい、目が合った!」


 最悪中の最悪。

 このコールドスリープルームの存在が、一般人にバレてしまうとは!


 コールドスリープに必要な聖棺(アーク)モドキも、制御装置も、何もかも。

 この時代の人間から見れば、金やらプラチナやら、貴金属のオンパレードだ!


 絶対に略奪されるにきまってる!

 そうしたら、また一からコールドスリープ装置を作るのに何年かかる?


 それに現代に近づいてきた以上、下手に技術を伝えることも文明を滅ぼすこともできない!

 モンドたちのように高速情報共有魔法で日本語を教えるわけにはいかないんだよ!


 だが、彼らはこちらへ近寄ってくる。


「Ἐγὼ… τί ἐστίν; γυνή τις;(おい、あれ・・・なんだ?女か?/古代ギリシア語)」


「Ἀλλ᾽ ὦ! Γυνὴ ἐκ γῆς ἀνατέλλει; Κάτω τι ἐστίν;(ああ。土の中から女が出てきた?下に何かあるのか?)」


「・・・ええい!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()夜帷(とばり)()()()()()(かいな)()()()()()()()()()()()()()()!」


 慌てて発動した強制睡眠魔法は、見渡す限りの人間と馬、そしてその他の動物を寝かせていく。


 ・・・そういえばタルタロスだのニュクスだのと言った神格はギリシア神話がもとになっているから、この時代だともう普通に使えるのよね。


「いや、寝かせてどうするのよ。だからと言って殺すのはマジで勘弁願いたいわ・・・。」


 そこら中に倒れ伏した人間と馬を前に私は一人、頭を抱えてしまった。


 ・・・・・・。


 なけなしの魔力を使って4体のゴーレムを作り、コールドスリープルームから必要なものを運び出させる。


「うわ・・・高圧縮魔力結晶が4割しか残ってない・・・。いや、そうじゃなくて、よく6割の消費ですんだと考えるべきなのかしら。それに・・・まさか着替えのタンスが壊されているとは思わなかったわ・・・。」


 困ったことに、着替えを収めていたタンスの停止空間魔法が破壊されていたのだ。

 千年以上の月日は簡単にシルクや綿の服を侵食し、土塊のように変えてしまっていたよ。


 ・・・まあ、もっと重要な収納は無事だったから良しとするべきなのだろうが・・・。


 いつまでもパジャマ姿というわけにはいかない。

 とりあえずフライングオールのコンテナを開け、中に入っていた制服一式を取り出し、着替える。


「紀元前にセーラー服って、どうなのかしらね。・・・ああ、もう。大事にとっておいたのに。」


 久しぶりにそでを通すセーラー服は、まるでコスプレのような気分で・・・。

 ゴーレムに命令して、コールドスリープルームすべてに土砂を流し込ませる。


 ・・・はあ。

 広い浴槽とか、くつろげるリビングとか・・・。

 結構気に入ってたんだけどな。

 それに、持ちきれない荷物は置いていくしかない。

 メッセージプレートとか、たまりまくった粘土板とか、使い切れなかった金貨とか。


 一通りの作業を終えてから、私はゴーレムたちを引き連れ、西へ向かって歩き出す。


「どーすんのよ、まったく。どこか、かくまってくれるところを探す?それとも・・・隠れ家でも作る?」


 4000年ぶりの当てもない旅路にうんざりしながら、こっそりと男たちに解呪(デスペル)をかけたのであった。


 ◇  ◇  ◇


 ノクス・プルビア一世(後の紫雨(しぐれ)


 古代魔法帝国(レギウム・ノクティス)


 同時刻


 帝都は建国百年祭に沸いている。

 この地を訪れ、オアシスを中心とした小さな国を作ったのが、ちょうど百年前。


 僕は今から4000年以上前に、はるか東の国で生まれ、物心ついたときは開拓団の夫婦に養われていた。


 その夫婦は自分たちのことを父母とは呼ばせなかった。

 なんでも、僕は偉大な女性からの預かりモノらしく、厳しい開拓団の中にあっても大切に育てられた。


 そして物心ついたころ、僕にはもう一人の家族ができた。

 透き通った彼女は自分を僕の叔母と名乗ったが、名前はないと言った。


 だから、開拓団の夫婦が彼女に「イルシャ」と名付け、僕は記憶の片隅に残る名前を・・・大事な人のファミリーネームであるナギトゥと名付けることにした。


【ノクス。何を考えているんです?】


「ん、ああ。ちょっと昔のことをね。・・・ねえ、叔母さん。僕は何のために生きてるんだろう?」


【いきなり何を言うかと思えば。生きることに意味も目的も必要ないでしょう?ただあり続けようとする。それが生命です。・・・もし目的を決めたいんなら、まだ見ぬ恋人に会うためとでも思っておきなさい。】


 恋人、ね・・・。

 遠い昔、姉のように慕っていた女性を思い出し、頭を振る。

 彼女の名は、たしか、チスラ・ナギトゥ・・・だったか。


 さすがに、4000年も前の話だ。

 僕のように身体を乗り換えるか、あるいは叔母さんのように初めから幽体でもない限りは、もう生きていることはありえないだろう。


「とにかく、僕はまだ仕事があるから。政務は第一公爵家(ウナヴェリス)にでも任せておけばいいよ。」


 この国を建国してからは、いくつかの部族を吸収し、大きくなっていったのだが・・・。

 部族の習わしなのか、血縁を結ぶためなのか。

 それぞれの部族から生娘の少女を供物として捧げられ続けた。


 彼らの意図を正しく汲んだ僕は、当然のように彼女たちと契りを交わすことになったのだが・・・。

 はっきり言って10人もの妃を毎晩交互に相手にするのは拷問以外の何物でもなかったよ。


 各部族の長にはハッキリと役割を与えてから娶ったし、妃以外の女性を十大公爵家間で婚姻させまくったから権力闘争は限界まで抑えられたけど・・・。


 ああ、思い出すだけで胃に穴が開きそうだ。

 おかげで完全に女性不信だ。


 侍女を呼び、持ってこさせた水を飲んで一息つくと、居室の扉がノックされる。


第五公爵家(クインセイラ)第七公爵家(セプティモス)の方がお見えです。お通ししてよろしいでしょうか?」


「アズとイルか。通せ。・・・それで、何かわかったか?」


「いえ、何も。・・・もはや理屈すらわからないということが分かった、ということですな。」


 アズは申し訳なさそうに首を垂れるが・・・。

 僕だってあんなもの、何に使うかさっぱりわからない。


 金属とガラスの筒に、三本の金属の棒がついていて、中には針金の複雑な構造体があり・・・そして筒から空気が抜かれているくらいのことしかわからなかった。


「そうか・・・だが、かの文明はその技術だけではなく政治経済その他あらゆる分野において参考とするべきところが多い。もうしばらく研究を続けてくれ。」


「は。かしこまりました。」


 アズ・クインセイラ(第五公爵)とイル・セプティモス(第七公爵)にはナギル文明の遺物の管理とその研究を命じてあるのだが・・・。

 はっきり言って何もわかっていないというのが現状だ。


 4000年も前に突如として現れた謎の文明。

 周囲の村が石斧や石槍、土器などを用いて狩猟採集文化からかろうじて農耕文化に移ろうとしている時代。


 ・・・強力な金属器・・・それも青銅器や鉄器などではない、羽のように軽い金属や石を砕くように硬い金属を街の隅々まで普及させ、あるいは透き通ったガラス玉に太陽を宿したかのように、かつ熱を帯びない明かりを街のいたるところに掲げさせたという。


 さらに、雷のような音と共にはるか離れた敵を倒す武器や風もないのに進む船、地平線の遥か彼方の人間と話ができる箱など、その伝説には枚挙にいとまがない。


 しかもその遺物からは一切、魔法や魔術にかかわる痕跡がないというのだから理解ができない。


「我が君。もう一つの件なのですが・・・。」


「ああ、例の『始原の姫の髪飾り』か。そっちの進捗状況は?」


「台座から石は外されましたが・・・台座は何の変哲もない木工細工でした。問題は石でして。六角形のどの角度から叩いてもヒビ一つ入りません。おそらく、ダイヤモンドよりも堅牢かと思われます。」


「そうか。極端に硬いということは知っていたが、それほどとは。まあ、気長にやるしかないな。そっちは適当にして第一公爵家(ウナヴェリス)に戻しておいてくれ。


「は。かしこまりました。」


 部屋から退出する二人を見送りながら軽くため息をつく。


 どちらも我が国の新しい技術体系である魔術を発展させるのに役に立つはずだと思ったが、当てが外れたのか、あるいは技術差がありすぎて届かないだけか。


「はあ・・・あとは遺跡調査に行った第二公爵家(デュオネーラ)の報告待ちだな。」


 靴を脱いで裸足になり、ソファーの上に足を投げ出す。


【こら。ノクス。皇帝ともあろうものがはしたない。・・・眠るならベッドに行きなさい。】


 適当に叔母さんの言葉に相槌を打ちながら、僕は昔の夢を見つつ、眠りに落ちる。


 そう、あれはどこかの孤児院。

 長い黒髪で、ちょっと釣り目の優しい女性。

 「ねーたん」と呼ぶと、花が咲いたかのような笑顔を見せてくれた・・・。


 僕が無意識のうちに南方を目指し、建国したのは・・・。

 もしかしたら黒髪に惹かれていたからかもしれない。

 残念ながら、髪の色は同じでも顔立ちや肌の色は大きく異なったけど。


 ◇  ◇  ◇


 翌日。

 建国祭の本番ということもあり、僕は王宮のテラスから国民を見下ろし、あらかじめ用意された演説を行った後、町の視察を行うことになった。


 レギウム・ノクティスはそれなりの規模ではあるが、元々の人口がそれほど多くないがために「帝国」と名乗りながらも大国ではない。

 視察はあっという間に終わり、あとは入国管理を行っている城壁近くまで歩いてきてしまった。


「お、第二公爵家(デュオネーラ)調査団の方がご帰国されたようですぞ。今年はナギル遺跡の発掘でまた何か発見したのでしょうかね?」


「ああ。なんでも黒髪の女神の神殿の場所に目星がついたらしいんだけど・・・調査団が襲われたらしくてね。まあ、ケガ人がなくてよかったよ。」


 はるばると海を渡り、細い海峡をいくつも越えて帰国したのだから、しばらくはゆっくりしてほしいと思いつつ、彼らに声をかけることにした。


「お疲れ様。メルダ・デュオネーラ(第二公爵)。大変だったね。ケガ人がなくてよかったよ。」


 調査団の先頭に立つ日焼けして浅黒くなった肌の女性に声をかける。


「ああ、皇帝陛下じゃないですか。まったく情けない限りです。現地で雇った警備兵が何者かに寝かされていまして・・・もう朝までぐっすりですよ。」


「寝かされた?それは・・・もしかして盗掘者か何かの魔法かい?」


「・・・おそらくは。ですが、盗掘者というより、遺跡から何者かが出てきたのではないかと。埋め戻された遺跡を掘り直しましたが、すべての通路、部屋を隙間なく埋めるなんて遺跡の持ち主でもない限りできないでしょう。」


「・・・遺跡が・・・生きていたと?」


「ええ。これを。玄室ではない、控室のようなところで見つかった魔法の杖のようです。」


 そう言ってメルダは黒い金属の筒に木製の持ち手が付いたかのような不思議な道具を差し出す。


「なんだ・・・これ・・・重いな。それに・・・この穴は?」


 手のひらにすっぽり収まるその持ち手を握ると、不思議と穴が相手側に向かうのだけど・・・これは、武器か?

 だが、既存の武器や道具で例えられるものがない。


 ちょうど人差し指がかかるところにそのまま引けるかのような構造がある。

 引きながら何かを唱えるんだろうか、などと軽く考え、それを引き絞ったとき。


 ダァン!


 ・・・とまるで何かが爆ぜたような音がしたかと思った瞬間。

 目の前にあった花瓶が砕け散り、壁に穴が開く。


「な!なんだ!魔法、いや、魔術か!」


「魔力の流れがありません!これは一体!」


 そして足元でチリン、チリンと軽やかな音を立てる金色の小さな筒。

 まごうことなきナギル文明の遺物の力に、僕やメルダは恐れおののいていたよ。




古代魔法帝国の公用語は古ラテン語です。

ただ、千弦と話す場面がなかったので、そのまま日本語表記になっています。

なお、少年の名前はテセウス、魔女の名前がアリア・ドネとなっています。

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