28 中間テスト終了 そして修学旅行へ
やっと中間試験が終わりました。様々な作品で描かれるカンニングについてですが、実際にやろうとすると、かなりハードルが高いのではないかと思います。
ようは、出題された問題の答えがわかればいいのですが、暗記科目ならともかく、数学のような、暗記できるものが公式くらいしかない科目や、解答者のセンスが問われる論文のような科目は、替え玉以外は思いつきません。
替え玉ですよ。か、え、だ、ま。
10月11日(金)
南雲 琴音
「やっとテスト終わったー。」
五日間の長きにわたる中間テストが、やっと終了した。
正直、今回は結構自信がある。というのも、遥香が毎日病室に来てくれて、リモート授業を一緒に受けてくれたおかげだ。彼女の説明は分かりやすかったし、何より、付きっきりで勉強を見てくれるのが心強かった。
ただ、気になることが一つだけある。
姉さんが、なぜかテスト中に眼鏡をかけていたのだ。
・・・いや、待てよ? あれって、カンニング術式付きの眼鏡じゃないか?
まあ、どうせ私か遥香の回答を覗いていたんだろう。
クラスが違うからカンニングの疑いがかかることはないし、昔からよくやっていたことだ。
今さら何も言うつもりはない。
ただ、そのせいで先生たちにまで「双子の見分けがつかない」と苦情を言われたのは納得いかない。
双子だから顔が似ているのは当然としても、そこまで文句を言うものだろうか?
髪色で染めているかどうかを指摘する先生はいても、顔の区別がつかないとクレームをつける教師なんて聞いたことがない。
そして極めつけがこれだ。
「コトネ」
なんと、私の頬に油性マジックで名前を書かれた。
完全に人権蹂躙である。
テスト終了後、姉さんから渡された得体の知れないクレンジングオイルで必死に顔を洗っていたら、遥香がぽつりと言った。
「ハンドクリームで油性インクは落ちますよ。」
・・・もっと早く言ってよ。
姉さんの教室に怒鳴り込むのを我慢してホームルームを受けていると、小場先生が突然信じられないことを言い出した。
「みなさん、半島の情勢が危なくなってきましたので、修学旅行の日程が少し変更されます。」
またか。と思いつつ、配布されたプリントを眺めると、オンライン新聞の記事をプリントしたものだった。
そこには、例の特徴的な文字で「半島有事か!」の文字が躍っている。
今から75年ほど前に勃発した朝鮮戦争で日本は一時期特需となったのは歴史の授業で習った。
たしか、そのあと仁川上陸作戦時に原因不明の部隊消失が相次いだせいで、ソウルの奪還に失敗し、アメリカ側の損耗があまりにもひどくなり、極東の防衛に大きな穴が開いてしまうことを恐れた連合国により、日本の再軍備が急がれた、だったか。
作戦を指揮したマッカーサー元帥は、失敗の責任を取らされて更迭された。
そして当時、敗北を恐れたアメリカは、世界大戦から続く戦乱に疲れ果てた国内世論に耐え切れず、ソ連と中国の支援を受けていた朝鮮人民軍の本拠地や、物資集積地に連日の空爆を行った。
厳密には、福岡空港から飛び立ったB29による集中的な空襲だっけかな?とにかく、それによって朝鮮半島はいたるところが戦火に沈み、すべての地域に甚大な被害をもたらした。
今では、南と西、そして北に別れ、それぞれの国家を形成しているが、その境界線上での戦闘は絶えず、50年ほど前には、第二次朝鮮戦争が発生している。
授業とは別に、健治郎叔父さんから聞いたんだけど、公式には史上初めて魔法使いや魔術師が参加しない戦争が行われたらしい。
基本的に秘密にされている魔法や魔術が、進んだ情報網にさらされるのを恐れた魔法使いや魔術師が、東西問わず団結して国家というものに反旗を翻し、その独立を勝ち取った戦争だって言ってた。
まあ、それはさておき。
また、その境界線を挟んで中国軍、ソ連軍、アメリカと日本の同盟軍が三竦み状態でにらみ合いを続けており、今では「東洋の火薬庫」なんて不名誉な呼び名で呼ばれている。
現在でも散発的な戦闘は起きており、西日本、特に今回の修学旅行先である台湾近海や東シナ海全域には、時々所属国不明の航空機や潜水艦が出没しているのはよく知られている。
「オバセンー。日程が変わるって、短くなっちゃうの~?」
ガヤガヤとうるさい教室の中で、後ろの席の咲間さんが大きな声で小場先生に質問した。
「はーい、みんな静かにして!修学旅行の日程なんですが、当初は10月18日から22日を予定していましたが、移動に一日余分にかかることになり、18日から23日になります。」
日数が伸びただと?そんなことってあるんか?
「大日本航空の便数が大幅に減便されたことと、オセアニア航空が羽田、台北の空路を当分の間、運航を見合わせたことにより、直通便が使えなくなったため、日本空軍のエアカバーの元、チャーター機を飛ばすことになりました。」
なんだって。空軍のエスコート付きだって?
これは姉さんが大喜びするやつだ。間違いなく写真を撮りまくって、健治郎おじさんに送りつけるに違いない。
あの二人の趣味は本当についていけないよ。
「空軍機の航続距離の問題で、チャーター機は羽田を出発し、福岡を経由した後、那覇空港のホテルで一泊し、そのまま、台湾桃園国際空港の航路で台湾に向かいます。なお、空軍機のエアカバーは宮古島上空で終了し、台湾空軍が引き継ぐ予定です。帰路はその逆で高雄から宿泊なしの空路となります。」
沖縄で一泊か。
あそこは完全に基地の町となっているから、あまり面白いお土産はないんだよな。
姉さんあたりは喜びそうだけど。
「みなさん、警備が厳重になっているので、くれぐれも変なものは持ってこないように。特に琴音さん、千弦さんにはよく言って聞かせてくださいね!」
教室の全員の視線がこっちを向く。うわぁ。完全にとばっちりだよ。
「はーい。一応言っておきま~す。」
「台湾ですか、楽しみですね。」
遥香が無表情なままウキウキしている。
・・・この無表情さにも大体慣れてきたな。
「遥香、さっきから何してるの?」
先ほどから遥香がしきりにスマホを触っている。
普段からあまりスマホを触っていることが少ないので、気にしたことはなかったが、ほかのクラスの友人だろうか。
「この後、ちょっと約束がありまして。」
そういえば、遥香の下駄箱には毎日のように手紙が入っているし、このクラスだけでなく他のクラス、それどころか上級生や下級生までもが休み時間ごとに教室を覗きに来ている。
誰かと付き合うとか、そういった話はまだ聞いてないけど、どんな相手を選ぶのか非常に気になる。
中間テスト後のホームルームが終わり、帰りの支度をしていると、姉さんがものすごく大きな荷物を持って教室に入ってきた。
「遥香、おまたせ。」
「千弦さん、お忙しいところすみません。では、行きましょうか。」
・・・二人、待ち合わせしてたの?
私はつい、姉さんに尋ねた。
「姉さん、遥香とどこか行くの?」
今日は、咲間さんたちと中間テスト明けの打ち上げをする予定だったのに、遥香は「先約があるから」と不参加だった。
おかげで男子の参加者がかなり減ったのは・・・それは別にどうでもいいか。
その先約って、まさか姉さんとのこと?
「ん~。今回の中間テストはちょっと出来が悪かったからね。自己採点結果の見直しと反省会、かな。」
……は?
カンニング術式付きの眼鏡 を使ってたくせに、出来が悪かった?
私は思わずニヤリとした。
ふふん。これはいよいよ双子の差別化が始まったかな?
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
やっと中間テストが終わったというのに、また面倒ごとを遥香が持ってきた。
半島有事に備えて、修学旅行に空中戦闘用のフル装備を持って行きたい、だってさ。
・・・は?
言葉の意味は理解できるけど、状況がまるで理解できない。
・・・一体どうやって持ち込む気だ!?
そんなことを考えながら手品部の部室に入ると、そこにはすでに見慣れぬ物体が山積みになっていた。
新品の巨大な箒。
自転車のサドル。
鉄屑、プラごみ、足場材用のクランプ、銅線。
何から引っぺがしたのか分からない計器類。
さらには、ご丁寧に壁の四隅に何やら不気味な術札まで貼り付けられている。
テスト期間中は部室棟は立ち入り禁止だったから、今日職員室から鍵を受け取って初めて入ったはずなのに、いつの間に運び込んでおいたんだろう。
「遥香、コレ。頼まれていたもの。あと、炸裂術式封入前の術式榴弾ね。」
そう言って、担いでいたものを近くのカラーボックスの上に置く。あまりの重量にカラーボックスの横板がギシギシと嫌な音を立てている。
「すごいな。最近はこんなものまで売っているのか。」
「壊さないでよ。なんか、軽自動車くらいなら買える値段らしいよ。ししょーから借りるの、すごい大変だったんだから。」
師匠に頭を下げ、なんとか借りることができたが、もし壊したら・・・。
考えただけでゾッとする。
「大丈夫だ。魔法でスキャンして同じものを作らせてもらうだけだよ。」
そう言いながら床に青と赤の大きな円が二つ描かれ、その周りに複雑な数式が書かれたシーツのようなものを敷き、机の上に八角形の香炉と燭台を置いた。
「なにそれ?」
「3Dスキャナー兼プリンターみたいな魔法陣と簡易祭壇だよ。これからソレを取り入れた魔改造品を作るのさ。」
遥香はドヤ顔で説明しつつ、荷物を持ち上げようとした・・・が、そのまま動かなくなった。
「・・・何キロあるんだ、これは?」
「たしか、20キロくらいだったかな?持ってあげるから。で、どこに置くの?」
どうやら、重すぎて持ち上げられないらしい。
「身体強化術式、使えばいいじゃん。」
そう言いながら、遥香の指示通りに青い円の中に置く。
「複雑な魔法陣内で他の術式を使うと、魔法陣の効果に影響が出るからな。使わないんじゃなくて使えないんだよ。」
ふーん、そうなんだ、と思いつつ、はっと気づく。
「それってさ、魔法陣のトラップがあったときとか、術式で防御できるってこと?」
遥香がシーツの赤い円のほうに、鉄屑やらプラごみやら木材を積んでいく。
「そうだな。基本的にその場にいなければ使えない魔法陣をトラップに使おうという魔法使いはいないと思うが、理論上はそうなるな。」
遥香の指示に従い、不要になった小型冷蔵庫を赤い円の中に入れたあたりで、遥香からストップがかかった。
「よし。必要な元素と質量的にはこんなもんで十分だろう・・・。ん?少量のリチウム、それからアルミニウムが12グラム不足だと・・・?」
「遥香、まだ足りないの?」
「ええと、リチウムは・・・。」
遥香が部室内を見渡し、そこに置かれた古いモバイルバッテリーを手に取った。
「このモバイルバッテリーは誰のものだ?」
「ああそれ、私のだけど分別ごみに出すのが面倒で放置していたんだよね。」
遥香は即座に赤い魔法陣の上に放り投げる。
「あと、アルミニウム。千弦、一円玉、何枚持ってる?」
「おいおい、それ貨幣損傷罪だぞ。」
遥香は真顔で首をかしげた。
・・・おいおい。本気で硬貨を鋳潰すつもりだったのかよ。
「ちょっと待ちなさいって。外のごみ箱から空き缶もってきてあげるからお金を壊そうとしないの。」
あわててアルミ缶を持ってくると、遥香は満足そうにそれを魔法陣の赤い円の上に並べた。
「さて、準備はできた。始めるか。」
遥香は首をぽきぽきと鳴らしながら、祭壇の香炉に火を入れた。
「行くぞ。発動鍵言LSEM6N1UV7、実体模写及び実体構成魔法陣、起動!」
遥香がそう唱えると同時に、魔法陣に描かれた文字や数式、図形が一斉に金色に光り輝き始めた。
「きれい・・・。」
「もしかして魔法陣による魔法を見るのは初めてか?」
「初めても何も、ほとんどロストテクノロジーって聞いてる。」
遥香がまた薄い胸を得意げに反らす。
・・・この顔、無表情で分かりづらかったけど、ドヤ顔なんだろうな。
「まあ、術式ってのは魔法陣を簡素化した上で誰でも使えるようにしたものだし、ロストテクノロジーになった理由は術式でほとんど代用できるからなんだけどな。」
遥香は、鼻歌を歌いながら魔法陣を眺めている。
やがて、光が収まり、見覚えのある形が現れた。
師匠から借りてきたのとほぼ同じ形のそれでいて大量の術式が刻まれた汎用機関銃、そして大量の術式が刻まれた奇妙な装置の数々・・・。
時代遅れなデザインのレーダー、計器類、自転車のサドルとペダルに似た鐙。
そして、魔法陣の赤い円の中に鎮座していたのは冗談みたいなデザインの魔女の箒だった。
「ふふん。対地対空戦闘用電磁光学迷彩術式付与・魔導砲搭載型魔法の箒、完成だ。」
・・・おい。
私は、目の前の謎の戦闘兵器を見つめ、ひとことだけ呟いた。
「・・・私の感動を返せ。」
この世界の魔法使いや魔術師は、どちらかというと資本主義よりの考え方をします。
血統を重んじる魔法使いは家族など近親者のためにのみ、その力をふるおうとしますし、知識の集積を目的とする魔術師は、誰かを助けることよりも真理を追究するために時間を使うことを第一とします。
会ったことも話したこともない、伝聞やニュースでしか聞かないような「恵まれない人々」には基本的に興味を持ちません。もちろん、一応は人間なので目の前にいる困った人くらいは助けるでしょうが。
魔法使いにとっての魔力、魔術師にとっての時間は有限なので、理由なく人を助けるのは、それぞれの目的を果たすことに対する害悪とすら考える者が大多数です。
独自の基準で真理を追いかけ、同時に複数の神格から力を借りるので、一神教の教義とも合いません。
なので、共産主義や一神教の宗教とはきわめて相性が悪いです。
ですので、この世界では、魔法使いも魔術師も、共産主義国家や宗教国家を敵と考えます。
ソ連や中国、イスラム諸国など、独裁政権側からすれば喉から手が出るほど欲しい戦力なのですが、協力させるのは難しいようです。