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278 過去からのメッセージ/史上二番目に孤独な旅路

 南雲 弦弥


 東京都西東京市 南雲家


 現代 9月28日(日)朝


 久しぶりに帰国し、自分のベッドで朝までゆっくり眠ることができた。

 美琴が欠かさず整えていてくれたベッドで目を覚まし、起き上がる。


「あら、あなた。おはよう。千弦!琴音!お父さんが起きたから朝ごはんにしましょう!」


 寝室の扉からおいしそうなポタージュスープの匂いが流れ込み、鼻孔を心地よく刺激している。


 部屋着に着替えて食卓に着くと、そこにはすでに千弦と琴音が座っていた。

 ・・・ん?

 この二人、こんなに区別・・・ついたっけ?

 自立した意思を持った大人になったということなのだろうか。


「あ、おはよう、お父さん。昨日は夜遅くに突然帰ってきたからびっくりしたよ。ウクライナの発掘で何かあったの?オデッサだっけ?」


「オデーサな。・・・ええと、ちょっと変なものが発掘されてな。発掘は一時中断して今後の対応を検討しているところなんだ。・・・ところで、学校のほうはどうだ?」


「中間試験もうまくいったし、大学入試のほうも頑張ってるよ。どしたの?」


 ・・・やはり違和感がある。

 さっきから琴音しかしゃべっていない。

 千弦は、前を向いたまま黙々と食べ続けている。


「いや、順調ならそれでいい。・・・ところで・・・千弦。魔術師としてのお前の力を借りたい。遺跡から出土したものについてなんだが・・・内容もさることながら、術式のようなものまで組まれていてな。この後少し時間があるか?」


「・・・うん。今日は特に用事がないから構わないけど・・・古すぎる術式はわからないかもしれないよ?それでもいいなら・・・。」


「じゃあ、後で僕の書斎まで来てくれ。ああ、琴音も一緒にな。」


「・・・別にいいけど・・・なんだろね?姉さん。」


 僕が慌てて日本に帰ってきた理由が真実であれば、身の回りに思いもよらない何かが起きている可能性がある。


 はやる気持ちを抑え、残りのパンとサラダをポタージュスープで流し込んだ。


 ◇  ◇  ◇


 朝食の片付けを美琴と二号君に任せ、千弦と琴音を伴って書斎に入る。

 帰宅したときに机の上に置いたままのカバンから、一枚の金属板を取り出し、二人の前に置く。


「これは、オデーサの地下ピラミッド、通称『黒髪の女神の神殿』から出土したメッセージプレートだ。素材は・・・わからん。おそらくはプラチナ族の金属だと思われるが、蛍光X線分析機は反応しないし、比重を計測しようとすると、時間によって重さが30%程度の幅で不規則に変化する。さらには硬度が高すぎて試料をとることもできない。」


「なにそれ。破壊できなくて重さが変わる?・・・え?なに・・・これ・・・?」


 琴音が手に取り、その表面に刻まれた文字を見て絶句する。


「そう、素材も異常だが、刻まれた内容も異常だ。というより、現代日本人じゃなきゃ分からない内容だ。」


 ・・・そう、このプレートに刻まれた文字は・・・日本語だ。

 それも、現代の日本語だ。


『・・・このプレートを見つけた方へ。日本、東京、西東京市の○○町○-○-○にある南雲家に届けてください。私は、黒髪の女と呼ばれる者。はるか未来からこの時代を訪れ、元居た時代へと帰還を望む者。』


「なに、これ・・・。なんで、この住所が・・・それに、なんで日本語?」


 琴音が絶句しているが、問題はもっと大きいのだ。


「裏返してみろ。そっちのほうが問題だ。おそらく術式が刻まれているはずだ。」


「あ、うん。ええと・・・『親愛なる家族へ。もしあなたたちの手元にこのプレートが届いたのであれば、今こそ伝えたい言葉があります。プレートに触れ、私の名前を呼んでください。そうすれば、私の言葉を聞くことができるでしょう。』・・・黒髪の女の名前?・・・はるか未来からこの時代を訪れた・・・って!まさか!」


 琴音は一瞬考えた後、何かに思い当たったようだ。

 だが、親愛なる家族・・・?


 僕の家族はここにそろっているし、母も父も存命だ。

 二号君も新しい家族ではあるが、黒海沿岸文明があった7000年前に、僕の家族がいたとは考えにくい。


「何かわかったなら試してみよう。思い当たる名前はあるか?」


「・・・父さん。ちょっとこのプレート、預かっていい?いろいろ試したいことがあるんだ。ねえ、琴音。私の部屋で調べてみない?」


 それまで黙っていた千弦が何かを思いついたように、そのプレートを琴音から受け取る。


「ああ。放射性炭素年代測定もすんでるし、直接触っても構わない。ただ・・・考古学上、極めて貴重な物だ。なにより、日本に持って帰る許可をウクライナ政府からもらうのがすごく大変だったんだ。絶対に壊したり無くしたりしないでくれよ?」


「・・・ええ。絶対に無くさないわ。」


 どうやら千弦は何か思い当たる節があるようだ。

 ならば、任せてみることにしようか。


 ◇  ◇  ◇


 仄香(ほのか)


 朝食のあと、弦弥から受け取ったメッセージプレートを手に琴音と二人、千弦の部屋に入る。


 以前は足の踏み場もないほど物にあふれていた部屋だが、私が来た時には不思議と整理されていたので琴音と二人、ベッドに腰を掛ける。


「ねえ、仄香(ほのか)。これ、もしかして・・・。」


「ええ。おそらくは、千弦さんの・・・とにかく、試してみましょう。」


 琴音と二人、息をのみながらメッセージプレートにふれ、もはや懐かしいほどになったその名を小さくつぶやく。」


「「・・南雲・・・千弦・・・。」」


 愛おしいその名を、あの日失ってしまったと思っていた彼女の名を、喉の奥から絞り出すと、メッセージプレートは一瞬の間をおいて、淡く輝き始めた。


 カーテンが閉められた6畳ほどの部屋の中に、等身大の千弦がうっすらと投影される。

 ・・・品の良いデザインの白いローブに、金銀の刺繍が施されている。


 時間遡行に巻き込まれた時の服装ではないところを見ると、いずれかの文明に流れ着いたということか。

 刺繡で何かの紋章のようなものが入っており、それは七芒星を二つずらして重ねたようなものに、櫂をあしらったようなデザインをしている。

 ・・・あれ?この紋章、どこかで見たような記憶が・・・。


『あ~。あれ?もう録画始まってる?おおう、・・・ゴホン。あー。琴音、仄香ほのか。それと遥香。オリビアさん。心配かけてごめん。私は元気だよ。・・・今、私がいるのはそっちから6800年ちょっと前の時代。場所はたぶん、ウクライナのオデーサかへルソンの辺りだと思う。』


「姉さん!姉さんだ!生きて、いたんだ・・・よかった。本当に良かった・・・。」


 琴音が驚きの声を上げ、続けて涙を流し始める。

 そんな琴音の声は届かず、千弦は言葉を続ける。


『今、私は現代に戻るために、そして(おさむ)君を助けるために奮闘中です。その方法は動画の最後の・・・ってユー○ューブかい!とにかく後で説明するので、安心して。』


 一人でノリツッコミしてるよ。

 相変わらず・・・感情を誤魔化すのが下手だな。

 さぞや心細いだろうに。


『予定ではコールドスリープを繰り返し、主観時間3か月から4か月くらいでそっちに帰還するから、年内には戻れると思う。・・・安心して?サン・ジェルマンの魔石はしっかり砕いたから。それと、琴音。私は確実に戻る。その証拠に、サン・ジェルマンに胸を刺されそうになった時、仮面の女に助けてもらったでしょう?・・・あれ、未来の私だから。つまり、もうそっちにいる・・・はずなの。』


仄香(ほのか)!姉さんが、帰ってくる!帰ってきてるんだって!そう、帰って・・・くるんだ。ぐすっ・・・。」


 そうか、じゃあ、千弦は帰って・・・あれ?

 ああそうか、9月7日に帰還すると肉体年齢が琴音と一致しなくなるから・・・。


『それにしても・・お米食べたい。ラーメンは再現したんだけど、コシヒカリがない。シャインマスカットも、とちおとめもない。一応は文明を起こしたんだけど、やりすぎて滅ぼす羽目になったし・・・。』


 ・・・文明を滅ぼすって・・・何をやっているんだ?


『話したいことは山のようにあるけど、最後にお願いを一つ。・・・(おさむ)君をよろしくお願いします。・・・彼の魂は、私が必ず守る。取り返す。だから、彼の身体と、生活環境を守ってあげてください。・・・じゃあ、名残惜しいけど、そろそろ。』


 そして、なぜかテロップが流れ始める。

 キャスト名やスタッフ名、総監督はほとんどが千弦かチヅラの名義になっていたが、途中から環境協力や文明創造協力と称してたくさんの名前が流れていく。


 モンド、キクジ、オズィーロ、スィス、セイム、ナギリ、ライラ・・・初めのうちは知らない名前だったが、いつの間にか知っている名前が混じり始める。


 そして最後に、あの日、私が石板の前であの子を失った瞬間、そのはるか上空であの子をキャッチする・・・フライングオールに(またが)った千弦の姿が、カットインする。


「・・・そう、あの子があんなに上空に巻き上げられても無事だったのは・・・あなたが助けてくれていたからなのね。千弦・・・。」


『私は黒髪の女と呼ばれる者。最初に魔女から愛するものを奪い、そしてただ、悲劇を傍観し続けた女。』


 さいごにテロップが流れ、『ごめんなさい。』と一言で締めくくられる。


 あとは停止空間魔法を使ったコールドスリープの設計や、その装置の設計と運用、そして(おさむ)殿の人格情報をどのようにバックアップするのか、バックアップデータの見つけ方などが記録されていた。


 ・・・はははっ。

 絶対に千弦のせいなんかじゃない。

 まったく、いらない罪悪感を背負って・・・。

 これは、再会したらまずはその誤解を解かなくてはならないな。


 やっぱり、私の娘は最高じゃないか!

 まさか私の息子の命を守り、この旅路へと背中を押したのが千弦だったとは!


 千弦の計画が順調に進んでいるのであれば、今頃はどこかでコールドスリープをしているはず。

 帰ってくるのは二学期の終り頃になるだろうか。


 それまで彼女の生活と(おさむ)殿を守るために、私は一人、こぶしに力を入れた。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 千弦


 紀元前4820年


 あの後コールドスリープルームまで戻り、一の穴の男の襲撃状況やナギル・チヅラをはじめとする中核都市・衛星都市群の様子を術式で確認したんだけど・・・。


 よりにもよって、最南端の衛星都市の連中が弾薬類を無断で増産して南進し、侵略戦争を始めようと画策していたらしくて・・・。


 未来のボスポラス海峡にあたる渓谷上で大量の弾薬類の輸送をしていやがった。


 しかも、保管を禁止した高性能爆薬や燃料気化弾頭、さらには私が試作した常温常圧窒素酸化触媒(CONANTAP)術式弾頭まで隠してやがって・・・。


 都市の自爆装置の作動に巻き込まれて全部誘爆した結果、ボスポラス海峡・・・地峡が完全に崩壊し、マルマラ海やエーゲ海の海水が怒涛の如く黒海に流れ込んできやがった。


 そして一気に上がった水位に黒海沿岸の衛星都市群は押し流され、襲撃してきた一の穴の男のアンデッドもろとも、すべて海の底に消えていったよ。


 残ったのはナギル・チヅラの町の一部と私がいるコールドスリープ用のピラミッドのみ。

 ・・・そして、出港が間に合った方舟は一隻のみ。

 輪番で家畜や食料を積載ずみだった第七十二艇番だけだったようだ。


 七十二艇番(ナナジュウニテイバン)・・・乗り込んだ者たちがナビジュティとかテイバとか呼んでるけど、後世に名前が残ることはないだろうな。


「ふん。どいつもこいつもバカばっかし。・・・ま、いいや。メッセージプレートもできたし、そろそろ寝るか。しっかし・・・テンション高めで作るとわけのわからないメッセージになるのね。重ね書きもできない仕様だし、また気が向いたら作ろうっと。」


 自分でもわかるほど、正気を失い始めている。

 こんなメッセージプレートを作ったところで、琴音や仄香(ほのか)に届くはずなんてないのに。


 もう、このコールドスリープルームに入ってくる人間はいない。

 いるとすれば盗掘者か、あるいは考古学者くらいだろう。


 どちらも現代に帰還するまでは立ち入らせるわけにはいかない。

 私はピラミッドの出入り口を厳重に閉め、しばらくの間、世界と決別する。


「・・・次の目覚めは・・・一気に千年近く飛ぶか。よし、セット、紀元前3975年。ああ、着替えとか大事な物にも停止空間魔法をかけておかなくちゃね。寝起きに服がないとか食べ物がないとかは嫌だし。」


 そして、私は聖棺(アーク)モドキの中で横になる。

 ゆっくりと、懐かしい夢を・・・みんなの顔を思い出しながら。


「琴音・・・今、帰るよ。(おさむ)君の誕生日・・・11月23日には・・・間に合わなかったかな?でも、きっと・・・。」


 ◇  ◇  ◇


 ポン、と音がして、聖棺(アーク)モドキのふたが開く。

 コールドスリープルームの天井に明かりが(とも)り、柔らかな光の下、何も変わっていないことを確認する。


「よし・・・何も変わってはいない。コールドスリープルーム内に異常はないようね。」


 軽い空腹を覚え、停止空間魔法を解除した冷蔵庫から、軽食を取り出す。


 ・・・あ、これ、ナギル・チヅラの大通りの屋台で買ったサンドイッチだ。


 それほど気にもしていなかったけど、もう・・・あのお店もないんだ。

 サンドイッチを片手にオレンジジュースを飲み、ラジエルの偽書を開く。


「・・・よし、紀元前3975年4月5日、午前8時ちょうど。誤差なし。施設内、すべて正常。」


 点検が終わり、次のコールドスリープに入る前に、周囲の様子を確認することにする。


 ゆっくりと重い扉を開き、外に出ると・・・そこは一面の森と、その向こうには海が広がっていた。


「あらら・・・すっかり自然に帰っちゃったわね。ええと、時期的には南メソポタミアでウルク文化が発展している頃かな?それと、あとは古代エジプトと黄河文明が始まってる頃ね。」


 さすがにフライングオールの速度でそこまで飛ぶのは無理だろう。

 それに、この時代に仄香(ほのか)がどこにいたかについては聞いていない。


 だから、物見遊山のつもりだけで外に出ることにしたよ。


 ◇  ◇  ◇


 私が眠っていた場所の周辺には人っ子一人いなかったので、本当に何気なく東に向かって3時間ほど・・・1500kmほどフライングオールを飛ばしていると、いつの間にかもう一つ大きな海のようなものが見えてくる。


 ・・・カスピ海のようだ。

 その中で湿地帯のような場所を進む一団の小隊のようなものがいたので、その近くに降りてみることにした。


 電磁熱光学迷彩(ステルス)術式を展開したまま、彼らの上空で遠隔聴取(クレアオーディエンス)を起動する。


 「・・・どうする?この苗を植えられる場所が・・・安全な場所がもう、ないかもしれない。」


「南に行った連中に株分けした苗が無事かどうか分からない以上は、俺たちが頑張るしかないんだ。くそ、移動しちまったら伝書鳩も使えない・・・。」


「ああ、こんな時に伝説のナギル・チヅラの無線とやらがあれば、お互いの無事がわかるのに・・・。」


 その一団が話している言葉はかなり訛ってしまっているが、ナギル・チヅラで教えていた日本語に近いような発音と文法だった。

 だが、一番驚いたのは・・・彼らの耳が、若干だが笹穂状に近い形をしていたのだ。


「・・・チヅラ様のご加護があらんことを・・・さあ、こんなところで立ち止まってはいられない。すぐに移動を開始するぞ!」


 苗木を背負い、声を上げた男の顔を見て思わず息をのむ。

 金髪碧眼。そして、ついこの間あったばかりのような・・・。

 ・・・エルヴァリオンさん!?


 あ、いや、耳の形がそんなに長くないから別人か・・・。

 とにかく私は人恋しさでいっぱいだったので、とりあえず話しかけることにしたよ。


 彼らの目線の高さより少し上で、ゆっくりと電磁熱光学迷彩(ステルス)術式を解除する。


 そしてそのままフライングオールを降下させ、私はひょいっと地面に足をつける。


「なんだ!何もない空間から人が!」


「おい、お前は誰だ!名を名乗れ!」


 うん、かろうじて通訳が必要なさそうなのは本当に助かるよ。

 でも、いきなり警戒心全開だよ。


「あ~。千弦です。みなさん、お困りのようで。何か力になれたらな、と思ってきたんですが・・・もしかしてお邪魔でした?」


「・・・黒髪の、女・・・櫂に(またが)り、空を飛び、光とともに現れ・・・。」


 一団の中で一番の年寄りが、ボソリとつぶやく。


「まさか・・・チヅラ様か・・・?いや、確かにあの黒髪、あの目つきの悪さ・・・。まさか、本当に!?」


 続けて、苗木を背負った若者がはっきりと聞こえる声で私の名前を呼ぶ。


「ちょっと待てい、誰の目つきが悪いって!?」


 思わず左手の詠唱代替術式を作動させ、虹色の光と雷がバチバチと漏れ出る。


「うわ!無詠唱!?ほ、本物のチヅラ様だ!お、お許しを!」


 ・・・はあ、ちょっと言葉でも傷つく人間はいるんだよ。

 まあ、悪気はないみたいだし、許してやるか。


 ・・・・・・。


 フライングオールのコンテナから取り出した水を飲ませ、安全な丘の上に腰を下ろしてから彼らの話を聞いてみる。


 苗木を担いでいた男は、エアレッセという名前だそうだ。

 ・・・どこかで聞いた名前だな?


 彼らはかつてナギル・チヅラで暮らしていた、私をあがめていた教団の末裔だそうだ。


 ・・・で、私がいなくなった後も大真面目に魔法を学び続けた結果、身体の一部・・・耳が変形しはじめ、結果として定住していた土地を追われる羽目になったとか。


 魔法は確かに面白い技術だけど・・・身体が変形するまでやるか?


「まさかチヅラ様にお助けいただけるとは。ありがたやありがたや。」


「・・・まだ助けるとは言っていないけどね。とりあえず、その苗木を植えるところを探してるんだっけ?・・・変な苗木ね?まるで・・・人工魔力結晶みたいな匂いがするわ。」


 彼らの話によれば私がいなくなった後、すっかり荒んでしまったナギル・チヅラから山奥に逃げ出し、結果としてあの町が壊滅した際に被害にあわずに済んだらしいが、私が作り出した技術が忘れられず、なんと魔法を使ってその技術を追いかけたらしい。


 結果として、電気工学や化学などの知識を受け継ぐことには失敗したらしいが、独自の魔法体系を編み出すことに成功した、と。

 ・・・くそ、天才じゃないか。


 ・・・で、この苗木。

 なんと周囲から魔力をかき集め、増幅して空気中に放ち、精霊や神格との交信を容易にする機能があるらしい。

 すげぇな!?


「この苗木はかろうじて二つだけ作ることに成功しましてな。アイナルダ、カララルダと名付けられ、星の息吹が強い地に植えるべく、われらは旅をしているわけです。」


「ふ~ん。で、目当ての場所はもう決まってるの?」


「・・・いえ、まったく目途もついておりません。チヅラ様。お導きいただけないでしょうか。」


 ・・・まじか~。

 ってか、そんな場所、私が知っているわけが・・・。


 ・・・あ。

 あそこか。

 そう、南ウラルの森・・・。


 そうだ!確か、世界樹の名前がアイナルダじゃなかったっけ!?

 そうすると、もう一方のカララルダはカフカスの森の方か・・・。


「二か所だけ、思い当たるところがあるわ。ところで、その苗木は・・・アイナルダ?それともカララルダ?」


「アイナルダにございます。」


 そうか、そうすると・・・彼らはエルの先祖に当たるのか。

 じゃあ、見捨てるわけにもいかないな。


「じゃあ、北東に向かいなさい。およそ1400km・・・どうせ分からないだろうから目印をつけておいてあげるわ。・・・夜と朝の間、そして、夕と夜の間。太陽が昇るときと、沈むときのほんの一瞬だけ、その場所に光の柱が立つわ。迷うことがないよう、そして、他の者に気付かれないよう、あなたたちだけに見える光の柱が。」


「おお!さすがはチヅラ様!感謝いたします。」


 ・・・さて、これで・・・。

 ちくしょう。

 大仕事が舞い込んでくる羽目になったよ。


 ◇  ◇  ◇


 未来のルィンヘン(ハイエルフ)氏族と別れ、フライングオールに(またが)ったままラジエルの偽書を片手にハイエルフの里があった場所を探す。


 ええと、イセチ川の源流の近く、現代のエカテリンブルグの北西・・・うげ、ずいぶんと範囲が大きいな。

 そもそもウラル山脈がないなんてことは・・・ああ、石炭紀からある世界最古の山脈だから大丈夫か。


 半日ほど飛んだだろうか。

 夕暮れ前にかろうじてその場所を見つけ、原生林の中に着地する。


「・・・これ、人が住めなさそうな環境なんだけど。大丈夫かなぁ・・・。」


 まあ、乗り掛かった舟だ。

 一応整地と治水、地盤改良だけはやっておくか。


 原子振動崩壊術式を使って丘を吹き飛ばし、ゴーレムを使って地面を踏み固めさせ、元素精霊魔法や過負荷重力子加速術式を使って地盤改良を行った結果、一昼夜かかったものの、何とか人間が住めるレベルまでになる。


 そういえば、ナギル・チヅラの町を作るときに邪魔な岩山があって、似たような方法で吹き飛ばしたっけな。


「さて、あとは・・・発信術式を展開。台地から湧き上がる魔力の一部を使って、一日に二回だけ光の柱が空に伸びるように、と。・・・こんなもんかな。」


 ほんと、我ながら働き者だね。

 そんな独り言を言いながら、私は長距離跳躍魔法(ル○ラ)で寝床に戻ることにしたよ。


 ◇  ◇  ◇


 紀元前3475年 春先


 再び、コールドスリープルームで目を覚ます。

 ただし、前回起きた時から500年しかたっていないから、今回は幽体で活動することにしてある。


 幽体だと、フライングオールなしでも移動できるから結構便利なのよね。

 何も飲み食いできないし、一部の魔法が使えるだけで魔術は全く使えないし。


 適当に自分の姿を形作り、コールドスリープルームから外に顔を出す。


 ・・・辺りは、500年前と全く変わってない。

 まあ、そうだろうな。


 異常がないことを確認した後、そういえば南ウラルの森はどうなったかな、と覗きに行くことにしたよ。


 ・・・・・・。


 長距離跳躍魔法(ル○ラ)で降り立った南ウラルの森はすっかり様変わりしており、何人もの村人たちが畑を耕し、ヤギを飼い、あるいは獲物を狩る、立派な集落になっていた。


「たった500年でこんなに大きくなるとは・・・あの苗木、マジで世界樹の苗だったの・・・。」


 半透明の身体のまま、村の中をふよふよと歩いていると・・・。


「きゃあぁぁぁ!幽霊よ!幽霊が出たわ!」


 すぐ近くで女性の悲鳴が聞こえる。


「え!幽霊!どこ!本物!?」


 思わず反応してしまうが・・・どういうわけか、みんな私から逃げていく。

 ・・・なんだ?

 私の後ろに誰かいるのか?


 振り向いてみるも、誰もいない。

 いや、ちょっと怖いって。


 そんなことを考えつつ、一番大きそうな屋敷のドアをノックする。


「ごめんくださーい。ちょっとお聞きしたいことがあるんですがー。」


「・・・はーい。どちら様ー?・・・きゃあああ!幽霊!幽霊よ!」


 ・・・幽霊って、私のことかい。


 ◇  ◇  ◇


 なんとか私が幽霊ではなく、いわゆる黒髪の女であることを納得してもらって、やっと話を聞けるようになった。

 っていうか、だんだんと日本語を話せる人間が減っているのは気のせいだろうか。


「500年ぶり、ですかな。先々代からお話は聞いていましたが、まさかこうしてお会いできるとは思いませんでした。」


 族長らしき人と応接室のような部屋で向き合い、この里の昔話を聞く。

 あの後、光の柱に導かれ、その中心に苗木を植えたところ、無事に根付き、育ち始めたそうだ。


 それは、村の創世神話のように言い伝えられていて、この世のものとは思えないほど美しい黒髪の女神のお告げに導かれて約束の場所へ定住した・・・ような話になっているらしい。


「・・・エアレッセのやつ、私のことを目つきが悪いとか言ったくせに。」


「ま、まあ、とにかく、どうかごゆっくりくつろいでいってください。」


 族長はそういうけど、最近は幽体のままでいると・・・なんといえばいいのか、身体に戻った時にその操縦がおぼつかなくなるのよね。


「今回は適当にして次回は生身で来るわ。・・・そうね、500年くらいしたらね。」


 とりあえず、村の中をぐるっと一周しただけで寝床に帰ることにしたよ。


 ◇  ◇  ◇


 再び、コールドスリープルームで目を覚ます。

 今回は、しっかりと身体ごと起き上がる。


「ええと、紀元前2975年、4月5日。時間遡行術式に巻き込まれてからちょうど2000年か。ずいぶん経ったわね。」


 順調に、現代に向かって進んでいる。


 あの日、琴音と二人で遊んだ公園が、一緒に見た合格発表が、そして、(おさむ)君との出会い、咲間さん(サクまん)や遥香、そして仄香(ほのか)との出会いがゆっくりと、でも確実に近づいてきている。


 だが、同時に言いようがない孤独感が襲ってくる。

 確かに私は現代に戻りたい。

 でも、2000年も前に残してきた、あの町の人たちの顔が、追いかけてくる。


 ・・・大丈夫。

 まだ、私は歩ける。

 あなた達を残しても、私は一人であの日に帰る。


 でも、もし、この先の未来にみんながいなかったら?

 あの現代につながっていなかったら?


「う・・・くっ・・・痛い・・・なんで、どこも悪くないのに胸がこんなに痛いのよ・・・。」


 すでに、この身体の主観時間は90日近くになっている。

 でも、言い換えればたった3か月だ。


 たった3か月、いや、幽体での活動時間を含めれば3年くらいにはなっているけど、たったそれだけでダメになってしまうほど私は弱かったのか。


「そうだ・・・ハイエルフの里に行ってみよう。それと、久しぶりに何か、食べなきゃ・・・。」


 はっきり言って何を食べても最近は味がしない。

 サンドイッチはスポンジに粘土を挟んだみたいな味だし、塩も砂糖も砂を噛んでいるような味しかしなかった。


 私はオスミウムの塊のようになった身体を引きずり、エルフの里に向かうことにした。


 ◇  ◇  ◇


 約束通りの年に来たからだろうか。


 村の中にはつたない日本語で「歓迎、チヅラ様!」と書かれた看板がちらほらと立っているが、今年のいつ来るか分からなかったのだろう、村人は普通に暮らしており、祭りをしている様子はない。


 それどころか、まるでお通夜みたいな雰囲気が漂っている。

 とりあえず、村人に声をかけるか。


「ねえ、そこのお兄さん。村長さんか族長さんに、約束通り南雲千弦が来たって伝えてもらえないかしら?」


「Ah? … er, edregol iaur lamb hen. Nagumo… man pedich?(あ?・・・ええと、ずいぶんと古い言語だな。ナグモ・・・なんだって?)」


「ええと、日本語が通じないのかしらね。『ナグモ・チヅル』が来たって伝えて。」


「...Chidzuru... estannen i ess hen someplace... mae, daro. Si, bo i dôr, naegra sell dangen na angren gwannad, a beleg úgerthad. Le, naeth, no estenor?(・・・チヅル・・・どこかで聞いた覚えが・・・まあいいや。今、村の中は奇病で倒れた娘がいて大変なことになってるんだ。あんた、もしかして医者か?)」


 お。もしかして通じたか?

 まあ、他の誰かに引き継いでもらえば、日本語が通じる人間くらいいるだろうし。


「Hailo! Law naeth estenor tôl! Echuio, lamb Nagil hen? An i ú-chebin úan, i daeradar sui, pedith. Mae… togo den.(おーい。たぶん医者が来たぞ!しっかし、ナギル語か?今時そんな古い言葉がわかるのなんて長老くらいしかいないだろうに。まあ、連れて行けばいいか。)」


 私は首をかしげる青年に連れられ、ひときわ大きな屋敷の・・・なぜか裏口から中に通された。


 ・・・・・・。


 連れていかれたのは応接室でも客までもなく、なぜか寝室のようなところだった。


 部屋の中央の天蓋付きのベッドには、幼い娘が寝かされており、その額には玉のような汗を浮かべている。


「Ada… Nana… Ia-da… baur! naeg… aiya!(パパ、ママ、おじいちゃん・・・熱いよ、痛いよ・・・!)」


「Rivlin… athrad na-na, estenor tôl lín. Athrad nedh, boe bertha. …Menelion! Estenor ú-tôl aníron?(リブリン・・・もうすぐお医者様が来てくれるから。もうすぐの辛抱よ。・・・メネリオン!お医者様はまだなの?)」


「I bess hen na- sui estenor. Dan, i lamb i pedith hi sui Lamb Nagil…(この女性が医者のようです、ただ、話している言葉がナギル語らしくて・・・。)」


「Ma i Lamb Nagil, ni a Ada pedithon!(ナギル語なら私と父が話せます!)」


 うーん。

 いきなり修羅場のような気がしてきたんだけど・・・。


「あー。南雲千弦です。何かあったんですか?」


「・・・あなた、お医者様?とにかく、この子の熱がもう半年も下がらないの。とうとう、スープも飲めなくなって・・・薬草も、回復魔法も聞かないんです。お願いします。グローリブリンを助けてください。」


 母親らしき女性が深々と頭を下げる。

 っていうか、いつ私が医者になったんだ?


 まあ・・・医者の真似事は2000年くらい前にやったことがあるし、一応診察ぐらいはしてもいいかな。


 ・・・・・・。


 フライングオールのコンテナを開き、野外緊急手術セットを取り出す。

 ってか、これ、琴音から預かったままで返してなかったんだよな。


 まあ、バシトラシンとかコリスチン硫酸塩とか、クロラムフェニコールとかわけがわからないよ。

 ・・・抗生物質なら適当に傷口にぶち込んどけばよくない?


 ・・・うわ、外傷じゃないの?

 陸軍の訓練の時に教わったのは怪我の手当てと心肺蘇生くらいだよ!

 あとは、師匠の術式のコピーだよ!


 ええと、解熱剤!

 あったあった、アセトアミノフェンとイブプロフェン・・・どっちを使えばいいんだ?


「Uuuu… naeg… gath! Baur! Baur…!(うううぅぅうう!痛い、苦しい!熱いよ!熱いよ・・・!)」


 どうするんだよ、これ!

 こ、琴音・・・助けて!

 私じゃあもう、どうにもならないよ!


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