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276 ある男の魂が砕ける時/神なる河のほとりの村

はっきり言って千弦は狂っています。

でも、狂わなきゃ、成し遂げられないこともあるのでしょう。

・・・たぶん。

 南雲 千弦 


 かろうじてサン・ジェルマンを倒し、その魔石を確保することに成功したが、何としても破壊することができない。


 物理的な破壊はもはや不可能であることは分かっているが、どうやったらこれ、破壊できるんだろうか?


 吉備津彦さんの渾身の力で振り下ろした、それもオリハルコン製の刃が負けるって・・・どうしたらいいんだろう?


 あの速度だと、たぶん音速どころじゃないはず。

 刃の先端の瞬間圧力は二百数十GPa(ギガパスカル)に達していたはずだ。

 完全にダイヤモンドのユゴニオ弾性限界を突破しているんじゃないか?


 となると超高熱か、あるいは化学反応か、いっそ超高圧か?

 たしか、停止空間魔法も効かないって言ってたよな?


 じゃあ、ロケットでも作って宇宙にでも捨てるか?

 いや、戻ってきそうな気がする・・・。

 むしろ、憑依を解除する方法を考えるか?


 部屋の中に転がっている青銅のインゴットを立体造形術式でいじり回し、何枚もの銅鏡を作り、あーでもない、こーでもないと考える。


 う〜ん。金属内に直接術式回路を組むのは初めてだけど、積層できるからかなり複雑に作れるな?


「チヅラ様。そろそろお休みの時間ではないですか?」


 オズィーロの声に気付けば、とんでもない量の銅鏡が積み上がっていた。

 んげっ?

 うわ・・・これなんか仄香が上野の博物館で見たっていう銅鏡と同じデザインだよ。


「ん~。そうなんだけど・・・そうなんだけどさ・・・。」


 悩みまくった挙句、とうとう停止空間魔法(コールドスリープ)の時間が来てしまった。


 特に、今回からは長く眠らなくてはならない時期になっている。

 ・・・そう、この世界に来てからそろそろ主観時間で50日になるのだ。


 現代に帰還したとき、ぴったり9月7日に琴音たちに合流すると私だけ50日分、よけいに歳をとってしまう。

 だから、合流時期を遅らせることにより、年齢差をなくそうという作戦なのだが・・・。


 (おさむ)君と一緒に学校に通うためには、二学期中に戻らなければならない。


 っていうか、もうすぐ11月に入っちゃう計算になるよ!?

 いや・・・学校は三学期もあるんだけど、そのころにはほとんど授業もなくて完全に大学入試モードになってしまっているのだ。


 サン・ジェルマンの魔石に停滞空間魔法をかけようとしたが、何としても魔法が効かない。

 ラジエルの偽書で調べてみたが、原初の石板は記述すらない。


 ・・・なんなのよ、これ?


「仕方がない。完全睡眠ではなく、幽体活動モードで時間を稼ぐしかないか・・・。」


 気を取り直し、コールドスリープルームで高圧縮魔力結晶の残量を確認すると、そろそろ6割を切り始めていることがわかる。


 ・・・そんなに使ったのか。

 まあ、短時間とはいえ吉備津彦さんを召喚したり、都市の建築や整備をしたりでかなり魔法を使ったけど・・・やっぱり世界に魔力がないとこうなるのか。


 気を取り直し、サン・ジェルマンの魔石の取り扱いだけ決めて聖棺(アーク)モドキに入ることにした。


「じゃ、その魔石の管理をよろしくね。何か異常があったら必ず私を呼んでね。たたき起こしても構わないから。」


「はい。昼夜問わず、複数人が常時監視する体制を確保してあります。安心してお休みください。」


 それが盛大なフラグにならないことを祈りながら私はゆっくりと目を閉じ、停滞空間魔法を発動させた。


 ◇  ◇  ◇


 紀元前4863年 春


 今回で何度目かな?

 う~ん、私は仄香(ほのか)みたいに何年たったかを数える能力はあまり高くないのかな?


 聖棺(アーク)モドキから起き上がって周りの様子を見ると、それまでの粘土板に代わって羊皮紙で書かれた報告書が机の上にファイルされていることに気付く。


 山のように積まれていた銅鏡は、誰かが片付けてくれたらしい。

 ほとんど完成していたんだけど、処分されてしまったのか。


 ま、通常の人間にはまったくもって無害なただの鏡だし、この時代の人間どころか21世紀の人間にでさえ再現できなさそうなものだから放置でいいか。


「・・・随分と発展したものね。ええと、都市の電化は完了した、と。それから、新しい都市の建築が完了した、と。都市の名前は・・・『ナギル・チヅラ』!?・・・うそ、じゃあ、これって・・・。」


 いや、もう結構前から気付いていたのかもしれない。


 だって、みんなが私のことを千弦と呼ばずに、「チヅラ様」と呼ぶのだから。

 でも、目を背け続けていた。


 そして、この地方に黒髪の人間は一人もいない。

 親しい人は私のことをチヅラと呼ぶけど、それ以外の人は「黒髪の女神」とか「黒髪の女」と呼ぶ。


 そう、黒髪の女とは私のことだったのだ。

 じゃあ、私がするべきことは・・・。


「失礼します。チヅラ様の身の回りのお世話をさせていただくメイド長のセイムと申します。」


 入り口の扉をノックし、丁寧な言葉づかいで女性が声をかけてきた。


「・・・どうぞ。」


 私の声を待っていたのだろう、音もなく扉を開け、赤髪の女性がゆっくりと部屋の中に入ってくる。

 その顔に、一瞬だが既視感を覚える。


「・・・セイムさん、だっけ?もしかしてあなた、赤い髪の子供・・・それも男の子がいるんじゃない?」


「・・・さすがは女神様。何もかもお見通しですか。ですがまだ名前は授けていません。路頭に迷っていたところをこの町に拾われてから息子も十分な食事をとることができるようになりました。感謝に堪えません。」


「・・・そう。捨てる神あれば拾う神ありって言うじゃない?それで、あなたの息子さんに名前を付けるのはいつになりそう?」


「・・・拾う神・・・命名の儀は来週です。神官長が名前を授けてくださるとのことで、家族そろって緊張しております。」


 神官長ね。

 じゃあ、女神自ら名を与えるのは問題ないか?


「じゃあ、あなたの息子にはナギリという名前はどうかしら。私の名前・・・南雲千弦の名前の一部よ。どう?」


「よろしいのですか!それは、何と恐れ多い・・・!」


 ・・・というか、いつの間に私は女神になったんだ?

 さっきから話していて結構疲れるんだけど?


「どうせ神官長とも会うでしょうし、私のほうで伝えておいてあげる。あ・・・それと、女神さまはやめて。チヅラでもチヅルでもいいから、名前で呼んでくれると助かるわ。」


「はい、御心のままに。」


 ・・・う~ん。

 まあ、慣れるしかないか。


 やたらと豪華なシルクのローブを纏い、ラジエルの偽書を取り出し、現在の正確な日付を確認する。


 紀元前4863年、3月4日。

 帰還するべき現代から、6888年前。


 ・・・ん?ちょっと待て。


 ええと、紫雨(しぐれ)君から確認してあったんだけど、仄香(ほのか)が石板に触れて人生が変わったのが6874年前で、その時仄香は15歳くらいで・・・。


 うわ、この世界に、仄香(ほのか)が・・・いるかもしれない!


 初めて私の顔見知りが・・・いや、もう一人の母親ともいえる人が存在するかもしれないという事実に、私の胸はひときわ大きな鼓動をもって反応する。


「では、今回のご起床のご予定ですが・・・神官長がご挨拶に参りますので、まずは朝食会、その後はナギル・チヅラに移動していただき、悪魔の石の監視報告を・・・。」


「パス。そんなことより、大事な用事ができたわ。ええと、フライングオールは・・・あった!それから、通訳が必要ね。あなた、神なる河のほとりの村の言葉は分かるかしら?」


「え、ええ。片言ですが・・・あの村は閉鎖的ですから、私以外では言葉がわかるものはいないと思いますが。」


「ま、いいでしょう!じゃあ、行きましょうか!」


「え?今からですか?」


 あ、いきなり行くんじゃあ、失礼かもしれないな。

 せめて手土産を・・・あ、例の浄水器のサンプルが届いてる。

 運搬可能で川の水を飲み水レベルにまで浄化してから水の硬度を制御できるやつ。

 かなりかさばるけどこれでいいや!


 私ははやる気持ちを抑えながらフライングオールに浄水器を括り付け、セイムの手を引いて外に踊りだす。


 うーん。

 町の中に電信柱があるよ。

 電球の量産にも成功したね。

 炭素アーク灯は街灯だけで、各家庭の灯りは白熱電球だ。


 しかも、フィラメントは竹じゃない。

 マンガン重石と鉄重石、トリアナイトとトール石が大量に手に入ったからね。

 なんとまさかのトリウムータングステンフィラメントだ!


 車は走っていないけど、遠くで聞こえるのは・・・蒸気タービンの音か?

 蒸気機関は問題なく動いているね。


 ふふふ、順調に発展していますね、われらの町は。

 じゃあそろそろ、真空管を投入して無線通信を始めようか。

 真空管さえあれば、20世紀の電子工学の全ての扉が開く!

 ラジオだって誘導兵器だってレーダーだって、はたまたブラウン管テレビだってできる!


 私は寝起きのハイテンションのまま、悲鳴を上げるセイムを跨らせ、フライングオールはどんどんと高度を上げていった。


 ◇  ◇  ◇


 前回コールドスリープに入る前にカスタムをしておいたおかげか、第二次大戦中の艦載機程度の速度が出るようになったフライングオールで空をかけていく。


 途中、体が冷えたのか二人そろってお花摘みをしたくなったので休憩をはさんだが、2時間ほどで神なる河のほとりの村・・・現代のプリピャチの上空に差し掛かった。


 見下ろすと、まだ雪が残る畑の中に数件の竪穴式住居があり、その中央に小さな煙が上がる焚火があることに気付く。


「あそこに降りるわよ。・・・よし、屋外には誰もいないわね。」


 雪の上にふわりと降り立ち、誰かが屋外に顔を出すのを待っていると、原始的な貫頭衣にたたいた藁を巻いただけのようないでたちの男女が竪穴式住居から顔を出す。


「・・・◇〇×%$※@?」


 うわ、何言ってるかさっぱりわからない。


「セイム。なんて言ってる?」


「『誰だ、お前たちどこから来た』と言っています。川下から来たと答えますね。ほかには何か伝えますか?」


「あ、じゃあ、きれいな水が出る不思議な壺を持ってきたって言って。」


「はい。『※※%¥#/〇▽×・・・』」


 ・・・・・・。


 その後、かなりの時間がかかってしまったが、セイムの助けもあって無事、この村・・・神なる河のほとりの村の住人と打ち解けることができた。


 浄水器の使い方をセイムの通訳を頼りに身振り手振りで伝えていき、川から汲んできた泥水でもすぐに透明な飲み水になること、特に出産のときには必ず浄水器で作った水を産湯に使うことなどを教えていく。


 一通りの説明を終え、腰を伸ばしながら村の中を探索する。


 この村はかなり原始的でやや大きめの竪穴を掘り、その上に丸太を組んで円錐状の屋根をかける形式の・・・ちょうど、登呂遺跡にあるような竪穴式住居で生活しているようだ。


 だが、ナギル・チヅラから農耕のノウハウが届いたのか、それとも小麦の種子が伝播したのかはわからないが、村の東西には小麦畑と思われる広いスペースが見て取れる。


 さて・・・のちの魔女、三の穴の上の娘はいるかな・・・と見まわしていると、ひとりの娘と目が合う。

 その娘は小さな子供を胸に抱いており、その子はくすんだ金髪の・・・スイス、ローザンヌで見た彼女の最初の身体をそのまま幼くしたような姿をしていた。


「・・・仄香(ほのか)・・・やっぱり仄香(ほのか)だ。そう、この世界は、間違いなく私たちの21世紀につながっていたんだ・・・。」


 望郷とも郷愁とも懐古ともつかない不思議な感動が全身を包み、思わずその彼女に駆け寄りそうになった時、もう一人の女性が男児を連れて現れる。


 仄香(ほのか)の母親・・・おそらくは三の穴の女と非常に親し気な彼女は、一の穴の女と呼ばれていた女か。

 そして、その足元にまとわりつく男児は・・・。


 ザワリ、と背筋が震える。

 何もしていないのに、全身の魔力回路(サーキット)が勝手に全開になる。

 複数の術式回路が作動し始め、両腕に虹色の幾何学模様が踊り始める。

 指先がこわばり、腰がほんの少し低くなる。


 魔力が、いや、魔力以外の何かまでもが身体からあふれ出る。

 風もないのに、自分の髪が逆立ち、ゆらめいているのがはっきりとわかる。


 あれは・・・。

 五の穴の男だ。

 三の穴の上の娘の夫になる男だ。

 紫雨(しぐれ)君の実の父親で、私たちに連なる魔女の娘、ユーラの父親・・・。

 漆黒の闇の中で、仄香(ほのか)をいたぶり、辱め、尊厳を踏みにじり、一時とはいえ我が子をあきらめさせた男だ。


 魔女に連なる娘を殺し、遺物(アーティファクト)にし、紫雨(しぐれ)君を1700年にわたって海の底に封じた男だ。


 そして、琴音が自殺する原因を作った男、私が生きたまま切り刻まれ、はらわたを掻き出される原因を作った男。

 そして、(おさむ)君の魂を奪った・・・すべての悪夢の根源。


 ・・・許さない。

 ・・・今、この場で殺してやろうか。

 いや、殺すなど生ぬるい。

 全力の停止空間魔法で金属の箱に閉じ込めて、太平洋の底に沈めるか、宇宙のかなたに追放するか、それとも魂の情報だけ残してその身をゆっくりと腐らせ、蛆に食わせてやろうか!


 私の頭の中で、ありとあらゆる怨嗟の言葉がこだまする。

 いや、もしかしたら実際に口からこぼれていたかもしれない。


「チヅラ様?一体どうしたというのです!?」


 ・・・くそっ。

 今殺すわけにはいかない。

 私たちの血は、くそったれなことに仄香(ほのか)とこのクソガキとの子供から始まっている。

 つまり、今この男を殺せば私も琴音も生まれない、というわけで・・・。


「何でもない。用事がすんだら行くよ。」


 目の前には、完全に腰を抜かした男児が泣くこともできずに宙に視線を彷徨わせている。

 足元には黄色い水たまりと、赤みがかかった汚れと異臭。


 ・・・恐怖で失禁するだけじゃなくて脱糞までしたのか。

 こんな情けない男に私たちは・・・!


 この世の何よりも憎たらしい顔を一瞥し、セイムと来た道を歩き出す。


 ・・・ナギル・チヅラは、魔女が娘を連れて助けを求める町。

 彼女たちを守り、育み、数千年の旅路へと送り出す最初のシェルター。


 きっと、石板の力を手にしたあの男・・・若かりしときの一の穴の男が襲撃に来るに違いない。

 ・・・ならば。


 やることは決まった。

 富国強兵。

 この私のすべての能力を使って、世界最強の城塞都市にしてやろうじゃないか!


 ◇  ◇  ◇


 たしか、原初の石板が落ちてくるのは「現代」からみて6874年前。

 ならば、紀元前4849年か。

 ・・・時間がない。


 あの後、私はすぐに身体をコールドスリープルームに戻し、幽体に切り替えた。


 何人もの技術者に声をかけ、場合によっては高速情報共有魔法で必要な知識を植え付ける。

 およその準備を、自分でも信じられない勢いで整えていく。


 すべての準備が整い、神官長と呼ばれる男を呼び出し、ナギル・チヅラを城塞都市にする旨を告げる。

 同時に、真空管の研究と製造を行うように命令する。


「世界最高の城塞都市でございまするか。それはそれは、女神様を擁する都市としてなんとふさわしい。では、町の中心には大きな神殿を・・・。」


「却下。星形城塞の城壁よりも高い建物を作ってどうするのよ。建設コストもかかるし、何よりいいマトじゃない。そんなことより都市区画よ。大通りの幅を大きくとって。町を囲む堀は、塹壕戦を挑まれても対応できるように深く。水堀にするなら、泳げないように水面下に有刺鉄線を。堀は二重にして、間には地雷原を。」


「・・・何と戦うおつもりですかな?それと、これはいったい・・・?」


「敵は、世界最悪の悪魔よ。あらゆる能力で我々を上回ると想定しなさい。それと、これは銃ね。重機関銃、と言ってもわからないでしょうけど。」


 鍛冶屋や細工師に設計図面を渡し、ハーバー・ボッシュプラントで作った有り余る窒素化合物を使い、冶金技術と化学知識をぶち込みまくって作ったそれらが、私の前に鎮座していた。


M2ブローニング(重機関銃)M249MINIMI(分隊支援火器)AK47(アサルトライフル)M1911(拳銃)M26(破片手榴弾)M82A1(対物狙撃銃)。外にはL16(81mm)迫撃砲や84mm無反動砲(カールグスタフ)もあるわ。・・・すべて量産可能よ。」


「我々にはそれが何であるか分からないのですが・・・?」


「説明はあとでしてあげるわ。私ひとりじゃ使いきれないからね。」


 火縄銃どころか火薬すらない時代に、金属薬莢を利用した自動小銃やらベルトリンク給弾機構をもった機関銃やら、しまいには火砲までそろえようとするのだから我ながらイカレている。


 すでに、専用の銃職人(ガンスミス)の育成を開始した。

 設計図と現物、そして完全な材料があるのだ。

 できないはずがない。

 町では120mm迫撃砲RTのクローンの試作まで行っている。


「あとは、内燃機関の小型化と無限軌道と旋回砲塔による戦車・・・うん、これはノウハウが足りないからオリジナル設計をするしかないわね。でもまあ、古い時代の戦車なら電子回路を搭載していないから何とかなる。」


 相手は魔法使い。


 何をしてくるかわからない以上、陸戦兵器の開発は急務だ。

 そして、かなうことなら戦艦と揚陸艦が欲しい。


「燃料気化爆弾・・・いえ、常温常圧窒素酸化触媒(CONANTAP)術式兵器が欲しいわね。タングステンとプラチナ・・・よし、量産は無理だけど作ってみるか。」


 ラジエルの偽書と設計図をひっくり返して調べる私に、神官長の男は恐る恐る声をかける。


「敵は、それほどまでに強大なのですか・・・?」


「いいえ。まだ歩き始めたばかりの3歳の男のガキよ。でも、こちらから攻め入るわけにはいかない。・・・よし、武器は何とかなる。一番重要なのは兵站ね。それと、無線通信。」


 いよいよ真空管を作る。

 っていうか、ラジエルの偽書がなければ完全にお手上げだったな。


 ◇  ◇  ◇


 紀元前4849年 初冬


 大河の河口の北にあり、水堀や空堀が複雑に入り組み、巨大な防塁に包まれていて、外からはその内側を見ることはできないが、完全に伐採された平原にあり、威容を誇る町が完成した。


 城塞都市国家群、中核都市ナギル・チヅラ。


 港には常時旋回砲塔をもった軍艦が停泊し、町に続く道にはベルトがついた異形の鉄の箱・・・戦車が周囲を警戒する。


 きわめて厳重な関所を設け、すべての住民に対して発行された身分証明書がなければ、その街に入ることすらできない。


 だが、それほどの厳戒態勢を敷いている町だというのに、住民には不思議な活気がある町だった。


「う~ん・・・やりすぎた・・・かもしれない。」


 フライングオールに乗って空からナギル・チヅラの町を見て、私は一人ため息をつく。


 カルカッソンヌやネルトリンゲン、平遥古城など比べ物にならないレベルでやばいものを作ってしまった。


 常備兵は少ないけど、その全員が自動小銃などで武装しており、近現代戦の訓練を施してある。

 夜襲に備えて暗視装置を開発しようとしたが、さすがに間に合わなくて手持ちのスターライトビジョンを提供したよ。


 駐屯地には自走砲や自走迫撃砲が並んでおり、機械化された歩兵が素早く行動できる。

 ・・・これ、航空戦力がなければ絶対に陥落しないよ?


 それどころか、ナギル・チヅラの町を中核都市として、黒海沿岸に衛星都市群が急ピッチで建築されてるし・・・。


 各都市が持っている軍艦はすべてが砲艦と揚陸艦で、どの都市が急襲されても援軍を送り込むことが可能だし、都市間の連絡は無線通信で確保されてるし。

 まあ、最後まで真空管の理論を理解した人間は現れなかったけど。


「うん・・・やりすぎた。」


 ・・・ま、まあ、備えあって憂いなし、っていうじゃん?

 別に、原始人が相手だからって必ず石斧を使わなきゃいけないなんてルールはないんだしさ。


 これだけやっておけばクソガキのほうのサン・ジェルマンが多少の魔法を使おうが余裕をもって跳ね返せるだろう。


 気を取り直し、ナギル・チヅラの町の西にある守備隊の基地の空き地に降りる。


 これから行うのは、クソガキの方ではなく、石ころの方のサン・ジェルマンの対応だ。


「チヅラ様!こちらにおいででしたか。まもなくお時間です。準備は、よろしいですか?」


「ええ。長い間、世話をかけたわね。でもこれで・・・決着がつくかもしれない。」


・・・そう、おそらくは近日中・・・いや、どの時点からかはわからないが、この世界に魔力が満ちる瞬間がまもなく訪れるのだ。


 新たに作られた建物に入ると、そこはさながら作戦会議室と指揮所を一つにしたような構造の部屋だった。

 隣の部屋では水冷機関がうなりをあげながら大量の真空管を冷やし続けている。


 小さいものは指先から、大きなものは手のひらサイズまで。

 およそ25000本の真空管が巨大な回路を構成し、人間には到底真似できない計算速度で演算を行っている。


 名付けて、「MANIAC(Massive Armament Networked Integrated Assault Calculator)」・・・つまりは巨大兵装統合攻撃計算機・・・なんと狂気的(マニアック)な響き。


 消費電力はおよそ250kw。

 配線・論理設計は論理最適化アルゴリズム、パイプライン化などにより高度に最適化。

 メモリは高速フリップフロップや高速キャッシュ風構造に。

 現代の知識をフル活用して真空管の動作特性や消費電力の限界を計算に入れつつ、パイプラインや分岐予測、並列計算などの高速化を組み込んである!


 ふふん。

 何としてもコンピューターが欲しかったからね。


 1秒間に加算なら10万~50万回、乗算なら1万~5万回。

 複雑な隕石の三次元軌道計算も数ミリ秒~数百ミリ秒で完了する。


 1945年製のENIAC(Electronic Numerical Integrator and Computer)よりもずっと高性能だよ!

 しかもみんなには秘密だけど、一回限りのフルパワー計算機として使い捨てだ!


 ま、まあ、私が持ち込んだスマホのほうが100万倍くらい高性能だから、回路のど真ん中にこっそりとつないであるけどさ。 


「チェルニヒウ観測所より定時連絡。電探及び魔力計に異常なし。」


「キーウ観測所より定時連絡。電探及び魔力計に異常なし。」


「ホメリ観測所から定時連絡。魔力計に異常なし・・・電探(レーダー)に感あり。北西の空に光球を確認!繰り返します!ホメリ観測所にて北西の空に光球を確認!魔力計は変化ありません!」


 うそ、もう来た!?

 ギリギリじゃん!?


「総員!魔力計から目を離すな!対空戦闘用意!第1から第3高射連隊は第二種戦闘配置!歩兵連隊はすべて第三種戦闘配置!」


「チヅラ様!悪魔の石の活性化は認められず!」


 あれからいろいろ考えたのだが、サン・ジェルマンの魔石は何としても破壊できなかった。

 奴の言葉を信じるならば、これは原初の石板の破片・・・つまり、これから降ってくる石板の破片ということだ。


「地球大気との摩擦、弾丸の飛翔、重力偏差の解析データ、送ります!」


「目標の形状及び質量を確認!『原初の石板』と完全一致!」


「マスドライバ発射角度、加速電流、弾丸質量・初速、諸元よし!」


 恐ろしく硬度が高く、測定してみたところ、HEL(ユゴニオ弾性限界)は260GPa(ギガパスカル)を突破していた。

 ・・・ナノ多結晶ダイヤモンドでさえ208GPa(ギガパスカル)だぞ?


 となれば、まったく同じ素材にぶち当てて破壊するくらいしか思いつかない。

 だが幸い、この時代のある瞬間だけは、同じ素材が手に入るタイミングがある。

 それに一度砕けた素材は、砕けていない素材よりHEL(ユゴニオ弾性限界)が著しく下がるからな。


「キーウ観測所、レーダーで対象を完全捕捉!射撃管制を開始します!」


「衛星都市群からの送電開始を確認!マスドライバ、コンデンサ圧力最大!チャンバー内、クリア!悪魔の石、いつでも発射できます!」


「飛翔体、まもなく高度2000kmを通過!墜落地点はナギル・チヅラ近郊!まっすぐ突っ込んできます!」


 ・・・そう、この世界に魔力が満ちる瞬間、サン・ジェルマンの魔石は復活する。

 そうなれば、もはや私だけで対処することは不可能だ。

 だが、奴が復活し、仄香(ほのか)を襲うことだけは絶対に許さない。


 魔力が満ちると同時に、原初の石板が存在するということ、そして、原初の石板なら、割れてない分サン・ジェルマンの魔石よりもHEL(ユゴニオ弾性限界)が大きい!


 つまり、世界に魔力が満ちる寸前に原初の石板にサン・ジェルマンの魔石を超高速でぶち当ててしまえば砕けるかもしれないのだ!


 はっきり言って我ながら狂気としか言いようがない計画だ。

 だからこそサン・ジェルマンは思いつくはずがない!


「職員全員の屋内退避完了を確認!」


 まだ、世界に魔力は満ちていない。

 今なら、まだ・・・!


「マスドライバ、最終安全装置の解除を確認。以降は全自動で射撃を開始します。・・・チヅラ様。よろしいですか。」


「ええ。撃ち方始め!」


「カウント、スタート!10、9、8・・・」


 まだ、魔力は満ちない。


「5、4、3・・・。」


 まだ・・・満ちない!


「・・・1、今!」


 マスドライバ・・・つまるところ、超ロングバレルのレールガンに一瞬で莫大な電力が叩き込まれ、ついでに施した轟雷魔法や慣性制御の術式が発動し、わずか30mの間に悪魔の(サン・ジェルマン)(魔石)は一瞬で秒速51km以上まで加速される。


 銃口回りの空気の壁を一瞬で叩き割り、間近に落雷したような轟音を伴いながら一条の光が北西へと消えていく。


 ・・・今!魔力が満ちた!?

 だが!

 クソミレニアムストーカーめ!

 私の勝ちだ!


 一瞬の間をおいて、北西の空にひときわ大きな閃光が現れる!


「着弾を確認!光球の軌道変化を確認しました!悪魔の石、目標に衝突!保持弾体を含めてレーダーから完全消滅!成功です!」


「光球は神なる河のほとりの村の付近への墜落を確認!破壊は認められず!」


「衝撃波、来ます!あと20秒!」


 世界に、魔力が満ちていく。

 ゆっくりと、自分の魔力が回復していくのがわかる。

 高圧縮魔力結晶に依存し続けた魔力が、今、よみがえっていく。


 そして、腹の底をたたくような、目に見えない波が駆け抜ける。


「・・・衛星都市群、通信網に異常なし。電力、回復します。」


「・・・射撃管制コンピューターに異常発生。完全にブラックアウト。回復は・・・絶望的です。」


「送電網に異常発生。変圧器が焼ききれました。火災が発生してる模様です。・・・おい!消火を急げ!」


「マスドライバ、オーバーヒート。・・・ありゃ、砲身が溶けてる。こりゃあ、もう使えませんね。」


 管制室内の技官たちは胸をなでおろしながらも、失った設備の大きさに驚いているだろう。

 ・・・この国の国家予算の5年分をぶち込んだんだ。

 私が女神と呼ばれていなければ絶対に不可能だ。


「ふう・・・いいわ。もう全部役目を立派に果たしたから。ちょっと廃棄の手間が大きいけど、再利用できないものは処分しちゃいましょう。」


「廃棄・・・ですか?いえ、確かにナギル・チヅラは救われましたが・・・。」


 着弾の瞬間、おそらくは数ミリ秒前に魔力が回復したが、その程度の時間ではサン・ジェルマンといえども何もできなかったようだ。

 まあ、魔石しかない状態じゃあ魔法の詠唱もできないだろうしな。


 っていうか、秒速51kmって・・・マッハ150だぞ!?

 今回の衝突時の圧力は概算で8.7TPa(テラパスカル)、ナノ多結晶ダイヤモンドのHEL(ユゴニオ弾性限界)の40倍以上だ。


 はっきり言って衝撃時の圧力だけでどんな物質でも蒸発するような速度だよ?

 しかも、相手は原初の石板そのものだ。

 壊れないはずがない。


 さて・・・やっと・・・終わったか。

 かなうことなら奴を無間地獄にたたき落としてやりたかったが、私の力ではこれが精いっぱいだ。


 でも、これで安心して仄香(ほのか)を迎え入れることができる。

 (おさむ)君も、きっと助けることができる。

 そして、安心して現代に戻れる。


 気づけば私の両目から、温かいものが流れ続けていた。


 ◇  ◇  ◇


 数分前


 サン・ジェルマン(魔石)


 魔力が枯渇し、雀の涙ほども残っていないせいで、一切の感覚がない。

 あわせて外界に魔力がないせいで、魔力検知も行えない。

 そんな状況を何年、いや、何十年過ごしたろうか。


 次第にあのメスガキへの憎しみが積み重なっていく。


「・・・絶対に許さん。必ず、必ず復讐してやる。魔力が満ちたら、ありとあらゆる方法で、その尊厳を地に堕としてくれよう。魔獣の苗床にして、生まれた子供を目の前で引き裂いてやろう。」


 そう、心に決める。


 さらに短くない時が流れたとき、ふいに周囲に少量の魔力が漂うのを感じる。


「来たか!魔力が世界に満ちたか!・・・いや、これは・・・あのメスガキが近くで魔法を使っている?それに、なんだ?この気配は。雷撃・・・魔法?いや、何かの計算を行うかのような・・・?」


 しばらくの間、その魔力を検知したかと思うとふいにその魔力源が遠ざかる。


「なんだ?高速で移動していった?いや、それにしてはあまりにも速い・・・?」


 ・・・なんだ?

 いや、俺が高速で移動している?

 これは・・・?


 考える間もなく、一瞬で巨大な魔力に包まれる。

 ・・・来た!

 世界に、魔力が満ちる瞬間が!

 俺こそが全知全能!

 いよいよ妻を、世界を我がものに!

 そう、歓喜の声を上げた次の瞬間。


 まるで、頭を強打されたような・・・いや、身体がバラバラになるような激痛と衝撃が駆け巡る。


「そんなばかな!俺には、まだ身体がないというのに!」


 ・・・記憶情報が、人格情報が・・・俺の魂の情報が散逸していく!

 まさか!魔石を、砕かれた!?


 この世に、この魔石・・・原初の石板の破片に並ぶ硬度の物質など存在するはずがないのに!


 く、俺は、7000年の時を生きた、男だぞ!

 妻も、いや、俺はそもそも・・・妻?

 俺は・・・誰・・・だ?


 とにかく・・・身体を・・・男の、身体を・・・。


 頭をよぎるのは千弦とかいう少女の・・・さげすむような眼。

 ・・・!おまえは黒髪の女!

 く、そ・・・すべて・・・きさまの・・・手のひらの・・・上か・・・。


 混濁する意識の中、俺は何もかも分からず、喪失感と孤独感でいっぱいになっていった。



かなり強靭な精神力を誇る千弦ですが、この時点で躁うつ病を発症しています。

それもかなり、重篤な。

ですが、ゆっくりと正気に戻り始めます。

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