275 先史文明の光/ある男が石片に帰るとき
紀元前4925年 初冬
この時代に来てから主観時間でおよそ40日が経過した。
客観時間では25年といったところだろうか。
可能な限り歳をとらずに現代に帰還するため、最近では幽体で活動することが多くなってしまった。
だから、肉体はピラミッド型コールドスリープ棟に安置してある。
すでに高校程度の大きさになった教育機関の校長室に当たる部屋で、ぼうっと外を眺める。
町は25年前に比べると、圧倒的な規模を誇っている。
町の中の道はすべて石畳で舗装され、荷車が行き交い、活発な商取引が行われている。
港には何隻もの帆船が停泊し、数日をかけて黒海を東西南北に回り、南方からは塩を、東方からは鉱石を運んでいる。
そうそう、ドニエプル川の上流のいくつかの村との交易路を作ることに成功したらしい。
それらの村からは、「川下の者」と呼ばれているそうだ。
・・・あー、雪だ。
幽体だからわからないけど、たぶん、部屋の中はあったかいんだろうな。
窓ガラス、作るの大変だったよなー。
最初は鋳造法で、すぐにクラウン法で、そしてなんとか円筒法にたどり着いた。
コルバーン法だのフロート法ができるのは当分先の話になるだろう。
暖炉を見て考える。
今は冬だからいいけど、そのうち網戸でも作るか。
いっそ、クーラーでも作るか?
「・・・チヅラ様?私の話を聞いてますか?」
「ん・・・ああ、オズィーロか。どしたの?」
目の前に座る女性は、私がこの時代に来てから生まれた子供だ。
確か、今年24歳になったんだっけ?
「市長からの提案の話です。・・・そろそろ土地が足りなくなってきました。それに、移民と市民の関係がきわどいところまで来ています。」
「あ~。そだね。じゃあ、予定通り新しい町でも作るか。・・・ところで、頼んでおいたことの進捗は?」
「はい。チヅラ様のおっしゃった『胸に石がある男』については、まだ見つかっていません。それと、お借りした探知機にも反応はありませんね。」
「そっか。・・・まあ、あれで死ぬようなタマじゃないとは思うけど。ま、いいや。反応があったら取り決め通りお願いね。」
そう、なんだかんだで忙しくて対応する暇がなかったけど、最大の懸案事項の一つ、サン・ジェルマンについては、発信術式を打ち込んだにもかかわらず、行方が分からなくなってしまっていたのだ。
発信術式の最大探知範囲から出たのか、あるいは発する魔力を絞っているのか。
もしかしたら、発信術式を解呪された?
いやいや、魔力を失ってどこかで転がってるなんて可能性も。
だってこの世界、今のところは魔力を回復する手段がないからね。
いや~。
紫雨君の高圧縮魔力結晶がなかったら即アウトだったよ。
「では、私はこれで。今回はいつまでお目覚めの予定ですか?」
「今回は幽体だけの活動だからね。最低でも一か月は起きてると思うよ。身体が起きるのは・・・十年後かな?」
「そうですか。じゃあ、新都市の建設予定地の視察はできそうですね。」
「ん。候補地の選定は任せるよ。・・・あ、出来たら水運が楽なほうがいいかな。」
オズィーロはペコリと頭を下げ、部屋を出ていく。
それを見ながら私は、ふわふわと起き上がり、町の工場を見に行くことにした。
・・・・・・。
製鉄所に入ると、そこでは大規模な高炉が高熱を放っており、鉄鉱石やコークス、石灰石を運搬し投入するための大規模なラインが稼働していた。
「お!チヅラ様じゃないか!どうしたんです?今日は半透明ですね。」
「あ・・・うん。今日は身体を持ってきてないんだよ。それにしても・・・みんな汗だくだね。それに、真っ黒だ。」
「ま、仕方ないっすね。終わったら一風呂浴びて、一杯やりますんで。じゃ、俺は仕事がありますんで。」
この高炉、そして隣にある鉄を鋼にする転炉はベッセマー転炉の一種であり、基本的な構造は底吹転炉と呼ばれるものだ。
幸い、このあたりで産出する鉄鉱石はリンが少ないからいいけれど、耐火煉瓦に酸性酸化物である珪石を使っているからリンの除去に問題があるかもしれない。
・・・そのうち塩基性耐火煉瓦を使ったトーマス転炉を作りたいものだ。
製鉄所を出て、高等研究院と呼ばれるところに顔を出す。
そこでは、かねてより試作させていた蒸気機関の耐久試験と実用一歩手前になった発電機がうなりを上げていた。
「うわ!・・・なんだ、チヅラ様じゃないですか。今日は半透明なんですね。」
「人を見て幽霊を見たように驚かないでよ。で、研究のほうはどう?」
「・・・幽霊そのものなんじゃないですか?まあ、研究は順調ですね。黒海の北東、アゾフ海の北で大量の石炭が採掘されましたから、今のところ燃料に不安はありません。発電機のほうも順調です。試験稼働時間は5000時間を超えましたが、壊れる気配どころか、摩耗もほとんど起きていませんね。」
うーん。
やはりベアリングを優先的に作らせたのが正しかったか、あるいは潤滑油を石炭液化で無理やり作ったのが功を奏したか・・・。
「ところで・・・この蒸気機関はわかりますが、発電機のほうは何に使うんですかね?研究コストが蒸気機関の比ではないですよ?」
「うーん。なんといえばいいか・・・私が使ってる魔力の簡易版をみんなが使えるって言ったらいいのかな?冷蔵庫とか言ってもわからないだろうし・・・。」
「・・・マジ、ですか?この、発電機って・・・そんなにヤバいシロモノだったんですか?」
あ、ヤバ。
研究員の目の色が変わった。
そういえば、前回来た時に冷蔵庫の話をしてあったんだっけ。
まるで禁断の神の領域に足を踏み入れた科学者みたいな顔になってるよ。
その後、目の色を変えて質問攻めを始めた研究員をその場に残して、私は高等研究院から逃げ出したよ。
自分が幽体だったことに安堵しつつ、町の中を回る。
これで液体燃料が手に入ればもっと発展するだろうにな、なんて考えつつ、市場に向かうと、そこはセールの真っただ中だった。
ふふん、通貨経済万歳だね。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!北方産の小麦が安いよ!そこのお姉さん!今なら小麦粉が1kgたったの300円だよ!」
・・・小麦粉がこの値段で手に入るようにするのは結構大変だったんだぞ。
周囲の村に農耕を教えるための手引きを作らせたり、良質な小麦の種を取り寄せて比較したり・・・。
「今朝とれたばかりの卵だ!どれも味が濃くておいしいよ!」
原種の鶏を捕まえて品種改良するのはかなり大変だったんだよ。
「提携工場で殺菌した安心安全の牛乳だよ!1リットルで1400円!そこのお姉さん!明日の朝食は贅沢してみないかい!?」
牛は・・・まあ、私が遠征して捕まえてきたんだよ。
ものすごく大変だったけどね。
小麦粉、鶏卵、牛乳。
そして豚肉や鶏肉を扱っている店もある。
っていうか、単位が今の日本のまんまだって?
そりゃそうだ、一番使いやすかったんだもん。
あ、元になったモノは、コンテナボックスにあった500mlのペットボトルと、財布の中の1円玉。
そして、私の身長だよ。
紙幣を作るのは無理だったけどね。
・・・よし、早く電力網を作って冷蔵庫をつくろうかな。
冷凍庫ができればアイスクリームも作れるかもな。
プラスチックや合成ゴムは石炭液化で無理やり作り出したよ。
あ、あっちの建物は研究中のハーバー・ボッシュプラントか。
これで窒素化合物がジャブジャブ手に入るぜ。
窒素肥料に、硝酸に、冷媒に・・・なんでもござれだ。
高速情報共有魔法万歳。
ラジエルの偽書万歳。
あらかた町を見て満足し、自分の身体に戻ろうとしたとき、血相を変えて走ってくるオズィーロが息を切らせながら私の名を呼ぶ。
「はぁはぁ、ぜぇぜぇ・・・ち、チヅラ様・・・探索隊が、何者かに、襲われて、死者が、出ました。大至急、警備隊詰め所に、お越しくださいとの、ことです。ぜぇ、ぜぇ・・・。」
「探索隊に死者が出た?ケガ人は!死者は、死亡から何時間経過した!?」
「・・・遺体を抱えて、大河から帰還したとのことで・・・最低でも死後数日は経過しているかと。」
くそ!まさか、あの装備の探索隊を倒せる敵がいるなんて!
鋼の槍や剣に板バネのボウガン、セラミックプレートと鎖帷子で構成した鎧に透明な樹脂盾、繊維強化プラスチックのヘルメットまで装備させてあったんだぞ!?
それも、現代人じゃなく、栄養が行き届いた原始人の体力で、栄養失調の原始人相手に負けただと!?
とにかく幽体のままでは回復治癒もままならない。
私は慌てて自分の身体に戻り、停滞空間魔法を解除してコールドスリープから跳ね起きた。
・・・・・・。
寝起きの身体を奮い立たせて警備隊詰め所に駆け込むと、二人の青年の顔に白い布がかけられていた。
そのほかの探索隊のほとんども大ケガをしており、足や手から骨折した骨が飛び出している者までいる。
琴音と違って私は回復治癒魔法が使えない。
だが、外傷だけなら科学と術式でなんとかなる!
「どいて!死亡した二人は、ここに来る前から亡くなっていたの?」
「いいえ、スィスは数分前に息を引き取ったばかりです。ヴォーロは三日ほど前に亡くなったと聞いていますが・・・。」
私の声に驚きながら、看護師の女性が答える。
ボディアーマーのような鎧を脱がされた青年の肌に触ると、まだほんの少し暖かい。
・・・私は、回復治癒魔法はあまり得意ではないのだが・・・。
持ってきた荷物から回復治癒の術札を取り出し、彼の傷に押し付け、高圧縮魔力結晶から引き出した魔力を流し込む。
ついでに雷撃魔法で電気ショックだ!
すでに鼓動を止めた心臓がエンジンストールを起こしたレシプロ機のような音を立て、ガクガクと体が動き出す。
すぐ近くにいた看護師の女性に、人工呼吸をお願いする。
・・・この世界に医師法なんてないからね。
そもそも、医師免許もないしさ。
「・・・よし、循環器は何とかなる。失血性のショックか。そこのあなた!スィスの認識票を!」
遺品扱いになりかけていた認識票をひったくり、血液型を確認する。
・・・AB型、RH+!
「各自、認識票を確認!AB型、RH+の人はいる!?」
「あ・・・私がAB型RH+ですが・・・。」
「こっちへ来て!ドクター!輸血の準備!心拍が戻った!脳波は・・・くそ、私が安定させるから輸血を!」
うわ、輸血可能なのはドクターだけかよ。
輸血しながら手当って、難易度ハードじゃないか。
「は、はい!」
本来なら生体間の輸血は感染症の危険性から絶対に避けるべきなのだが、死ぬよりはマシということでスィスには我慢してもらうことにしよう。
トリアージの原則を完全に無視して施した処置が功を奏したのか、スィスの口から規則正しい呼吸が始まり、顔に赤みが差し始める。
「・・・ふう、琴音じゃなくても見様見真似でもなんとかなるものね。じゃあ、残りの探索隊のケガ人は大ケガ順に並びなさい。ドクター。軽傷者は・・・輸血が終わった後に処置してあげて。」
残念だが、ヴォーロは助けることができなかった。
重傷者についてはアルコールで消毒したあと、回復治癒の術札で骨を整復し、血管をつなぎ、傷口を癒着させる。
幸い内臓を損傷したり、脳にダメージを負ったりした者がいなかったのは幸いだったか。
琴音ならもっとうまくやるんだろうな、と思いつつ、それぞれの肌に残った大きな傷跡を見て、私は大きくため息を吐いたよ。
◇ ◇ ◇
期せずして起きてしまったため停滞空間魔法の設定を変えなきゃな・・・なんて思いつつ、もはや自室となったピラミッドのコールドスリープルームに戻ると、久しぶりにモンドが来ていたようだ。
見れば頭は白髪だらけで少し腰も曲がっている。
「随分と歳をとったみたいね。今年で何歳かしら?」
「そろそろ60歳を超えるころかな。こんなに長生きするとは思わなかった。チヅラ様は変わらないな。」
「私にとってはまだ一か月と一週間くらいだからね。それで、わざわざ来てくれた理由は?まさか、私のことが恋しくなった?」
「はは。確かにアンタはいい女だ。だが俺にはキクジという恋女房がいるからな。それより探索隊を襲った男について、重要な目撃情報がある。・・・その男、胸に黒く半透明な石をつけていたらしい。」
「なんですって?・・・それは、いつ頃の情報?詳細を聞かせてもらえる?」
・・・ついに、ついに見つけた。
理君の仇。
仄香の仇敵。
琴音を自殺に追いやり、私の身体を刻まれる原因を作った男。
そして、私が今、ここにいる原因となった男。
「探索隊が襲撃されたのは、三日前。大河の河口付近。・・・そう、新都市の建設予定地あたりだ。歳のころは、20から30くらい。こげ茶の髪に、日焼けして浅黒くなった肌。身長はスィスと同じか、少し高いくらい。武器は、二枚の板に黒曜石を挟み、縛って作った棍棒だそうだ。」
そうか、だから探索隊の男たちの傷口がぐちゃぐちゃだったのか。
だけど、発信術式の検知距離のかなり内側だ。
こんなことなら、銃器を作っておくべきだった。
反乱や暴走が怖くて作らなかったけど、もう遠慮するつもりはない。
だけど、今はそんなことを言っている暇はない。
部屋の片隅に置かれたフライングオールに目をやり、魔力を送るとふわりと私の手元に移動する。
「私が対処するわ。それと・・・応援はいらない。というより、私の予想が確かなら、この町の人間じゃあアイツには勝てないわ。まずは町の防衛を固めて・・・。」
私が最後まで言い終わるよりも前に。
町の北西側の入り口あたりからズンっという爆発音が聞こえた。
「・・・そっちからおいでなすったか。いい度胸してるじゃないの。」
唐突に始まったサン・ジェルマンとの第二ラウンドに、私はフライングオールに跨り、夕闇迫る空に飛びあがった。
◇ ◇ ◇
空中に躍り上がり、もう一度発信術式の場所を検知するも、やはり反応がない。
だが、発信術式ではなく魔力の検知に切り替えた瞬間、背筋が凍りつくような反応が火の手が上がる北西入り口付近に感じられた。
「なにこれ・・・魔力が、反転してる?いや、この感覚・・・まさか!?」
間違いない。
あの時、時間遡行術式のある部屋で、琴音の胸を刺し抜こうとした黒い刃から感じたものと同じ波動が、あそこから立ち上っている。
魔力・・・ではない。
もっと違う何か。
この世の裏側から流れ込むような、凍えるような、汚らわしいような、あるいは酸や猛毒のような何か。
電磁熱光学迷彩術式を展開し、上空を旋回すると・・・。
「いた。・・・あれは、何をしているの?通行人を、襲って・・・?」
逃げ惑う住民を襲い、その首をつかみ、そしてその場に打ち捨てる。
襲われた住民は微動だにしないが、その男が纏う闇が、その都度深くなっていく。
「あれは・・・一体・・・とにかく、制空権は私が持っている。ならば、攻撃あるのみ。」
フライングオールの先端をその男に向け、射撃管制装置を起動。
高圧縮魔力結晶から魔力を供給し、姿勢制御を行いながら念ずる。
・・・行け!
ドン、と鈍い衝撃の後に、不可視の弾丸がその男の頭上に迫る。
ほとんど全開状態の原子振動崩壊術式は、間違いなくその男の全身をとらえたはず・・・だった。
だが超高速で全身の原子を振動させられ、一瞬で赤いチリに帰るはずだった男の前で、魔力は一瞬で散逸した。
・・・いや、男に・・・吸収された。
「ぎゃは、ぎゃははは!やはり!やはりキサマだったか!こんなふざけた町を作っていたのは!」
「・・・魔力を、食った?」
赤い炎と黒い煙に包まれて、その男は私の顔を見る。
電磁熱光学迷彩術式がかかっているにもかかわらず。
「ぎゃはは!そらよ!お返しだ!“Samael! fulgur cadat et inimicos percutiat!” (サマエルよ!稲光を落とし、敵を撃て!)」
バチン、という、暗色の雷に私は包まれる。
ぐ?くそ!?
フライングオールのオートバランサーが焼き切れた!?
とにかく、着陸を!
いや、墜落する!
「風よ!無垢なる白き翼よ!汝が限りなき慈悲を以て我を守り給え!」
迫りくる地面に激突する寸前に、風の魔法でぎりぎりブレーキをかける。
だが、詠唱が遅すぎたのか、それとも魔力の制御が不十分だったのか。
私は石畳に激突し、バウンドして近くの家の植え込みに突っ込んだ。
・・・
・・・。
・・・しまった!?
何秒意識を失っていた!?
慌てて跳ね起き、あたりを見回す。
サン・ジェルマンとの位置関係は変わっていない。
だが、その前に何人もの男たちが・・・さっき助けたばかりの探索隊の男たちが立ちはだかり、次々と倒されていく。
「チヅラ様を守れ!俺たちが時間を稼ぐ!今のうちに早く!」
「に、逃げなさい!あなたたちじゃ相手にならない!」
私は墜落したフライングオールのコンテナから装備を取り出し、身に着ける。
くそ、攻撃魔術が効かないだなんて!?
じゃあ、攻撃魔法は?術弾は?術式榴弾は?
「実践あるのみ!半自動詠唱!石弾よ!敵を穿て!」
轟音とともに石礫はサン・ジェルマンに迫るも、薄く光る何かを超えた瞬間失速し、ポトリと地面に落ちる。
「く、魔力だけでなく運動エネルギーを・・・いや、石弾の制御に介入された!?」
私は走り回りながら左手の詠唱代替術式を起動し、過負荷重力子加速術式をサン・ジェルマンの頭上から叩き落す!
だが・・・!
「キャンセルされた!?ぐ、げぅ!?」
あろうことかキャンセルされただけではなく、過負荷重力子のハンマーが水平に戻ってきた!?
そんな・・・馬鹿な!?
これじゃあ、まるっきりマホ〇ンタじゃないの!
一度、魔法や魔術で発生した物理現象が、そっくりそのまま反射されるわけ・・・ないでしょうが!
「ふ、ふ、ぎゃははは!そら、どうした!使ってみろよ!魔法を、魔術を、どうした!?」
・・・私の攻撃手段は、そのほとんどが魔法か魔術によるものだ。
はじき返されることが分かっていて大火力の攻撃なんかできるかっつうの!
空間消滅術式や連唱の魔法なんて使って跳ね返されたら死ぬって・・・。
「種明かしをしてほしいか!?ぎゃはははは!教えてはやらねぇよ!」
衝撃で脳を揺さぶられ、視界がゆがむ。
ふと、ポシェットの中の拳銃に、こつんと手が当たる。
おそらくは、術弾もはじき返されるだろう。
・・・あ、これ、Steyr l9a2じゃなかった。
理君から預かってた、CZの新型を間違えて入れてきたのか。
なぜか、わからない。
どうせ、入っているのはただのBB弾だ。
術式回路も組んでないし、正真正銘、CO2のガスガンだ。
それが分かっているのに、なぜか私はその銃を引き抜く。
・・・アザくらいにはなるだろう?
理君の銃で、嫌がらせをしてやる。
正常な判断ができてないな、と思いつつ。
引き金を引き絞った。
CO2の圧力で飛び出した白いBB弾。
小気味いい、ブローバックの感触。
飛んで行ったBB弾は、サン・ジェルマンの防壁をするりと越え、パシン、とその目に当たる。
「ぐ!?おのれ!この死にぞこないが!」
だけど、不思議なことに。
術弾を撃ったわけでもなのに。
その声と同時に、まるで術弾が飛来して、私の肩に当たり、はじけるようなエフェクトが・・・発生した。
◇ ◇ ◇
・・・?
今、何が起きた?
ダメージは・・・なかったけど・・・。
・・・サマエル・・・そもそも、この時代にはいないはずの悪魔から力を借りることができるはずが・・・。
それに、なぜあの男は私に近寄らない?
私が転がっている間に、止めを刺しにくればいいものを。
・・・まさか・・・今までのって・・・!?
「くそが!気づきやがったか!・・・天の律を紡ぎし者よ!理を司る法理精霊よ!我が声を聞き、欺瞞なる術を解きたまえ!形は無に、力は源に!その滴りを我が杯に注ぎたまえ!」
あの男は詠唱とともに魔力の質を切り替える!
・・・幻術!?それとも、魅了!?いや、術式か魔力回路に侵入されてた!?あるいは、そのすべてか!?
じゃあ、どうする?
原因がわかっても、攻撃魔法や攻撃魔術では倒せない!?
くそ、私にもオリビアさんみたいに拳で戦える力があれば!いや、吉備津彦さんのように、刀で戦える力があれば!
・・・吉備津彦・・・さん?
もしかして・・・でも・・・。
「ふ、ふ・・・お前の魔法も、魔術も、魔力に分解して俺の力にしてやる。く、ははは。お前の魂を完全に吹き飛ばし、その身体は再利用してやろう。・・・俺の勝ちだ!」
「い、いや・・・来るな!私は、現代に戻るんだ!絶対に理君ともう一度学校に通うんだ!来るな、来ないで!!」
「ふ、ふ、ぎゃははは!間抜けめ。お前のおかげで魔力を十分にチャージできたぞ。現世の陰に潜みし法理精霊よ。集いて彼の者の魂を断つ剣となれ!
サン・ジェルマンは、汚らしい笑みを浮かべ、闇色の剣を手に一歩、また一歩とにじり寄ってくる。
もう、私にはこれしか思いつかない!
「・・・真金吹く吉備を平らぐ若人よ!桃より出でて温羅を斃せし者よ!我は犬飼健命・楽々森彦命・留玉臣命の名を借りて共に歩を刻むものなり!出でよ。吉備津彦命!」
そうだ、吉備津彦さんから召喚契約認証をもらっていたのだ!
お願い!来て!
桃太郎の伝説から5000年近く前だけど、どうか、お願い!
そう、心の底から願った瞬間だった。
ぐにゃり、と空間がゆがむ。
バチン、バチンと大仰な音を立て、ほんの少しの隙間が空間にできた瞬間。
そこからぬぅっと白銀の刃が突き出し・・・そのまま縦に引き裂いた。
「ぅ・・うおぉぉぉぉ!」
気づけばそこには古風な大鎧に太刀を佩き、白い鉢巻を巻いた15歳くらいの少年が姿を現し、気勢を発している。
その全身に青黒い闘気を漂わせ、目は真っ赤に染まっている。
だが、まるで電波が弱い映像通信を見ているかのように、ザザ、ザザ、とその姿が揺れている。
「吉備津彦さん!」
「・・・サン・ジェルマン。一度は苦渋を舐めさせられたが、今度はそうは行かない。お前はすべての子供の敵だ。そして、千弦さんの・・・敵だ!」
「・・・!魔力もなく、神格も悪魔もいない時代に・・・遥か未来の英霊を無理やり召喚した、だと!・・・この・・・キチ〇イ女が!」
サン・ジェルマンの驚きの声を合図に、一瞬で吉備津彦さんの姿が掻き消える。
金属をかき鳴らす音、いや、叩き折り、あるいは引き千切るような音が何度もこだまする。
もはや太刀の軌道が見えない。
いや、10m近く離れているのに斬撃の巻き起こす風が、私の後ろの瓦礫を吹き飛ばしていく!
「くそ!法理精霊の守りが!もう、持たない!?」
「貴様はマスターの・・・子供たちの敵!ここで絶対に打ち倒す!うおぉぉぉ!!」
重く、巨大なものが砕ける音。
サン・ジェルマンの周囲を纏っていた、透明な何かがガラスのように砕け散る。
だが、吉備津彦さんの大太刀もまた、根本からへし折れる。
「ぎゃはははは!たかが人型の召喚獣風情が!信仰もない世界で俺に勝てるものかよ!これで、おわりだ!」
「くっ!?まだまだぁ!」
吉備津彦さんは腰から守り刀を抜き放ち、折れた大太刀を放り出す。
だが、一瞬で守り刀は刃が毀れ始める!
「吉備津彦さん!これを!」
私は腰から一本のショートソードを抜き、放り投げる。
仄香が作った謎金属・・・限界を超えて圧縮されたオリハルコンを・・・咲間さんに渡された分ももらって打ち直した術式振動ブレードを、彼の手に向かって投げ渡す。
「・・・これは!?まさかヒヒイロカネか!ありがたい!」
まるでタンクローリーが横転したか、あるいは列車事故でも起きたかのような音を奏で、吉備津彦さんはショートソードで切り結ぶ!
「なっ!?法理精霊の剣が・・・もう、ぐ!!!?」
銅鑼を鳴らすかのような轟音。
宙を舞う、砕けた闇色の刃。
仄香のありったけの魔力を込めたソレで作られたショートソードは、一切の刃毀れもなく、大上段から振り下ろされ、そしてサン・ジェルマンの左肩から右わき腹にかけて振り下ろされていた。
「あの世で子供たちに詫び続けろ。刃も持たぬ、そして仇の子でもない者を殺したお前は、未来永劫呪われるがいい。」
吉備津彦さんの言葉終わると同時に、ずるりと上半身が落ち、続いて下半身が倒れ伏す。
何度か口をパクパクと動かした後、サン・ジェルマンは、ゆっくりと目を閉じた。
・・・その目に、いやらしい笑みを浮かべながら。
◇ ◇ ◇
サン・ジェルマン
大したものだ。
俺の 法理精霊の剣を叩き切るような剣を作るとは。
・・・あの才能を我が物にしたい。
妻を手に入れた後であの女も手に入れる方法はないだろうか。
チヅラ・・・いや、千弦が俺の身体に近寄ってくる。
魔石を砕くつもりか、あるいは封じるつもりか。
・・・どうせこの魔石は砕けぬよ。
どこに捨てようが、あるいは封じようが、いつかはこの世界に魔力が満ちる。
魔力さえあれば、俺はどこからでも戻って来れる。
ならばその時を待とう。
メスガキの手で、血の気が失せて使い物にならなくなった若者の身体から穿り出される感触を感じながらも、珍しく他人の手に握られる感触を不快とは思わない自分に驚きを感じる。
「ねえ、吉備津彦さん。その剣でこの魔石、砕いてみてくれない?」
「喜んで。・・・せいやぁ!!」
振り下ろされる黄金色の刃。
硬質のガラスを叩くような音色が、辺りに響き渡る。
「・・・信じられない。なんで砕けないのよ!?」
「・・・この魔石はこの世の物質ではないようです。・・・申し訳ありません。お借りした剣が・・・。」
「げっ!?刃毀れした?この剣、ダイヤモンドがチーズみたいに切れるのよ!?・・・これ、どうやって壊せばいいのよ・・・。」
くふふふふ・・・まあ、せいぜい頑張るがいい。
俺の魔石は、原初の石板の破片そのものだ。
同じ原初の石板があれば砕けるかもしれぬが、ソレはまだこの世界に現れておらぬからなぁ・・・。
それに、原初の石板が現れれば、この世界は魔力が満ち溢れるだろう。
ならば、それまで勝負はお預けだ。
この女が俺の魔石をどう封じるかは知らぬが、世界が魔力に充ち溢れたら、すぐに復活してやろう。
なに、どこへでも飛んでいけるし、どんな封印でも俺の前では紙切れに等しいからな。
魔力が尽き、混濁し始めた意識でそう考えるも、ゆっくりと意識が闇に引き込まれていくのを俺は久しぶりに感じていた。




