27 授業再開(リモート)
真田さんは、言ってないらしいです。ただ、鱗滝さんの声も似合っていると思いませんか。
ぜひ、あの声でこのセリフを聞きたいものです。
9月25日(水)
南雲 琴音
今日はお昼過ぎに姉さんと一緒に遥香がお見舞いに来てくれる約束だ。
入院の時に借りたお泊りセットの回収と、私の着替えセットを持ってきてくれるらしい。
姉さんは何か必要になったときには、いつも必ずと言っていいほど何かしらの準備ができている。
そんなとき、姉さんは決まって「こんなこともあろうかと」と言うんだけど、姉さん曰く、技術長兼副長の真田さんは本当はそんなこと言っていないそうだ。
工作班長の真田さんなら知ってるけど、誰のことだろう?
味気ない病院食を食べ終わり、食後の薬を看護師さんの指示のとおり飲み終わった。
そういえば、いつの間にか担当の看護師さんが変更されていたんだけど、黒川という名前の看護師はいないんだって。
金髪ピアスの目立つ人だったから、たとえ名前を間違えていたとしてもすぐに分かるはずなんだけど、和香先生に聞いたら、そんな不真面目な格好をした看護師はこの病院にいないんだそうな。
「琴音~入るよ~。」
「お邪魔します。お加減いかがですか?」
お、遥香と姉さんが来てくれたようだ。
「遥香~。おはよう~。」
「おはようございます。琴音さん。もうすっかり元気ですね。」
「おーい琴音。私もいるぞー。無視するなー。」
私に黙って遥香の家にお泊りをした姉さんなんか知らない。
「千弦さんと琴音さん、何か喧嘩でもしたんですか?」
「さあ?何も覚えはないなぁ。」
姉さん、抜け駆けした自覚がないのか。
「姉さん、一人で勝手に遥香の家にお泊りしたでしょ?」
「ああ、ごめんごめん。えーと・・・」
「琴音さんが入院して、お母様と叔父様がその日は帰宅されないと伺ったので私の家で夕食に招待したのですがご迷惑でしたでしょうか?」
姉さんが言いよどんでいると、遥香が助け舟を出した。
うーん。ここで迷惑でしたなんて言えないんだよね。
「むう。退院したら私も泊まりに行きたい。」
なぜか、姉さんと遥香が目を丸くしている。
「はい、喜んで。何もない家ですがぜひお越しください。」
よし、言質はとったぞ。
「琴音、昨日の昼過ぎくらいに高校の連絡掲示板の更新があって、10月4日までは休校だって。」
「まじ?やったー。これで授業の遅れとか気にせずゆっくり休めるじゃん!」
和香先生が夏休みパート2とか言ってたけど、私だけ休んでるんじゃなくてみんな休んでるなら、気兼ねなく休めるものだ。
姉さんがゴソゴソとカバンをまさぐっている。
「それでね、明日からしばらくはリモートで授業するんだってさ。」
姉さんのカバンの中から出てきたのは、高校から貸与されているマレーシア製の安物のノートパソコンだった。
「ええぇぇー。信じられない。休校なんじゃないのぉ?」
「休校だよ。学校はね。でも授業は休みじゃないんだってさ。」
姉さんがノートパソコンに外付けの拡張ディスプレイを取り付け、コンセントを入れて起動した。
「よし。あとは学籍番号とパスワードの設定だけだね。ええと、あったあった、このプリントに琴音の初期パスワードが書いてあるから、今日中の暇なときにでも入力しておいて。」
何たることだ。
脇腹に風穴あけられた女の子に、ベッドの上から授業に参加しろというのか。
「ああ、そうそう。小場先生から琴音はリモート授業に参加しなくてもいいって言われたけど、数学の成績がやばいから本人が希望してますって言っておいたよ。」
余計なお世話だよ!
「琴音さん、明日から私もここに来て一緒にリモート授業を受けますから、頑張りましょう?」
なんだってぇぇぇ!
「遥香、ここで一緒に授業受けてくれるの?」
「はい。小場先生と九重先生の許可はとってあります。小場先生からは重傷者だから無理はさせないように、って伝言を預かってます。」
視界の片隅で姉さんが親指を立てている。
ほほう。姉さんの仕業か。
気が利くじゃないの。
よし、一人で勝手にお泊りしたのは許してあげよう。
一人でニヤニヤしていると、姉さんがカバンから手のひらに乗るくらいの箱を取り出した。
「あと、これ。ししょーから。」
受け取った箱を開けてみると、新しいリングシールドが入っている。
そういえば、あの時砕けちゃったんだよな。
健治郎叔父さんは相変わらず仕事が早いな。
「そういえば姉さん、10月4日までは休校って言ってたけど、中間試験の日程は変更とかないの?」
予定では中間試験は10月7日から11日までの5日間だったはずだ。リモート授業終了後いきなり試験では、みんな結構やりづらかろう。
「そっちの日程に変更はないってさ。まいっちゃうよ。友達と勉強会とかできないし、手品部の部室は文化祭の時のまま放置されてるし。」
そういえば、姉さんは文化祭の出し物してたっけ。
あれ?そういえば剣道部の部室はどうなったんだろう・・・。
「そうそう、言い忘れてたんだけど、運動部の部室棟が体育館の爆発事故で全部使えなくなってるから。登校できるようになっても、立入禁止だってさ。」
「立入禁止?えぇー。あそこにはネイルセットが置いてあるのに~。新作デザインのチップとか、デザインノートとかいろいろ置いてあったんだよ~。ねえ、姉さん。こっそり取りに行ってくれない?」
なぜか、姉さんと遥香が顔を見合わせている。
「あの、申し上げにくいことなんですが・・・。」
いつも無表情な遥香が珍しく神妙?な顔をしている。
「部室棟、体育館と一緒にふっとんじゃったってさ。っていうか、後ろの裏山までえぐれてるよ。」
なんだってー!
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
遥香と一緒に琴音の見舞いに行った帰りに、誘われて駅前のコーヒーショップに入ると、そこは落ち着いたレトロなイメージのコーヒーショップだった。
「こっちの趣味は落ち着いているんだね・・・。」
「こっちじゃない趣味は落ち着いていないって言いたいのか。」
遥香がそのきれいな形の鼻を膨らませて抗議する。
「落ち着いている人はフィギュア欲しさに干渉術式で他人のパソコンの処理を遅延させたりはしないわよね。」
「ぐ、何も言い返せない。」
「まあ、私が何か損害を被ったわけじゃないしね。大体、魔術で何やったって今の法律で取り締まれるとは思えないし。」
なぜそこでドヤ顔をしているんだ。
「で、誘ってくれたのはうれしいけど、何か用があったんじゃないの?」
メニューを見ながら聞いてみる。
・・・お、この店、ケーキの種類が多いな。
パフェまであるじゃない。
「ああ、とても大事な話だ。千弦、黒川との戦いで雷撃魔法を使った後、気を失っただろう?」
遥香の言葉にメニューをめくる手が止まる。
「そういえば、雷撃魔法、あの日二発しか撃ってないのに、ものすごい魔力の消費量が大きかった気がするんだけど、あれってそんなに高位の魔法なの?」
二発撃っただけで意識が飛ぶような魔法なんて使い物にならない。
継戦能力的に考えたら、実質的には一発しか撃てないじゃないか。
「いや、あれは最下級の攻撃魔法だ。最上級ともなれば山一つ、場合によっては国一つくらい消し飛ばせるものがある。」
「ええぇ・・・、もしかして私の魔力って最下級の攻撃魔法二発分しかないの・・・?」
魔法使いにとって、魔力総量の大小は死活問題だ。
たった最下級の攻撃魔法二発で枯渇する魔力なんて、
魔法使いを名乗るのもおこがましい。やっぱり私は魔術師にしかなれないんだ。
・・・でもちょっと待って。琴音より私のほうが魔力総量が大きいはずなんだけど・・・?
「いや、そうじゃない。下級と上級の違いっていうのは魔力の変換効率の違いであって、高位の魔法ほど変換効率が高いというだけなんだ。だから、初歩も初歩の最下級の攻撃魔法で中級上位の威力を出してるお前が異常なんだ。」
「どういうこと?」
よくわからないけど、それって逆に才能ある、みたいな?
「一番最初に魔力制御を教えなかった私が悪いんだよ。普通の魔法使いは呪文の詠唱で出力制御しているんだが、私が使う魔法は、詠唱はほとんど発動用キーワードで、魔力回路側で出力制御をしているんだ。」
ふんふん。魔力回路で出力制御ね。それってどうやってやるんだろ。
「お前の右手に刻んだ魔力回路だけだと魔力制御ができないから、魔力制御用の回路もこれから刻んでやろうと思ってな。」
「やだ。」
思わず右手を引っ込める。
「えぇ・・・。なぜ嫌がるんだ?」
「熱湯コマーシャル並みの熱さを嫌がらない女子高生なんていないと思うんだけど?」
「熱湯コマーシャルって・・・。またずいぶん古い例えを持ってきたな。大丈夫だ、今度は熱くしないから。」
せっかくの魔法がまともに使えないのはやっぱりもったいないと思う。
仕方なく右手を差し出すと、遥香にガシッとつかまれた。
「一応、消音術式を展開しておくな。術式束533発動。」
そういえば師匠も内緒話をするときに消音術式をよく展開している。
師匠の術式展開はものすごくスムーズで、本家の飯森さんが驚いていたという話をしていたけど、遥香の術式はそれを上回り、いつ術式が発動したか、それどころかどこに術式が刻まれているのかも分からなかった。
・・・ん?いま身体強化術式も発動しなかった?
「ん、痛い・・・。痛い痛い痛い痛い!」
「暴れるな!失敗すると面倒なことになるから!」
あまりの痛みに右手を振りたくるが、遥香の手は万力のように私の右手を固定していて、放してくれない。
「よし、きれいに刻めたぞ。」
やっと遥香が手を放してくれた時には、右手の肘から先がマヒして感覚がなくなっていた。
「痛くしないって言ったよね!」
「いや、今度は熱くしないとは言ったが・・・。」
くそ、確かに遥香は熱くしないとは言ったが、痛くしないとは言ってなかった。
ひどいことをする。
「その魔法、すごく役に立つんだぞ。攻撃に使えることはもちろんだけど、しっかり制御できればスマホやタブレットのバッテリー残量も気にしなくてよくなるんだ。」
それは素晴らしい。でも、何か納得いかない。
「おごって。ここの会計分、おごって。」
だいたい、私が魔法を必要としたのは魔女と間違われたせいだ。これくらい要求してもいいだろう。
「はあ、仕方がないか。いいよ。おごってやる。」
よし。言質はとった。
「すいませーん。あ、遥香、消音術式、解除解除。」
「まったく、現金なやつめ。姉妹揃ってそっくりだよ。」
店員さんが注文を取りに来たので、メニューをバサッと広げて見せた。
「ここからここまでのケーキ、全部一つずつと、コーヒはホットのブレンドで。あ、それと次のページのプリンアラモードとホットケーキとサンドイッチ、あと食べ終わったころにチョコレートジャンボパフェとフルーツジャンボパフェ一つずつ。お願いします。」
「まあ、蓄えはあるから痛くも痒くもないが・・・。お前、太るぞ・・・。」
食べ終わってから動けなくなってタクシーを呼んだせいで、完全に赤字になったことは伏せておく。
今日の別腹は、明日の脇腹。
誰の言葉でしたっけ。
千弦が琴音と同じ体型を維持し続けられるのは、何か秘密があるようです。