267 ある妖精の悲願/眼前に垂らされた毒蜘蛛の糸
南雲 千弦
東京都西東京市
9月5日(金)未明
あの後、羽女を担いで健治郎叔父さんの家に来たんだけど、完全に無人のようだった。
羽女を陸情二部に持ち込むつもりだったけど、あっちはそれどころではないのか。
宏介君は三鷹の叔母さんの家に預けられたままになっているし、健治郎叔父さんは本職のほうが忙しくてほとんど家に帰れないようだ。
あずかっていた合鍵を使って家に入り、周囲を見渡す。
非常事態には自由にこの家を使ってもいいとの許可は貰ってある。
ずいぶんと前だけど。
「・・・電気もガスも来てる。水道も止まってない。ということは、ししょーはすぐに帰ってくるつもりなのかな?まあ、家の近くでほんとに助かったよ。」
昔は、自称負け組公務員がなんでこんな立派な家に住めるんだろうかと不思議に思ったが、現職の陸軍情報本部の大佐で、さらに表向きの職業の給料までもらっていたなら納得できる。
それにしても・・・不思議な造りの家だ。
居住部分よりパニックルームのほうがデカいって、それってもうヤルことが決まってるじゃない。
「私を、どうするつもり・・・?」
足元で羽女がうめいている。
その眼は、どこかで見たことがある眼だ。
まるで、人生に希望がないかのような・・・鏡の中の私を見ているような。
「・・・拷問に決まってるでしょう?死にたくなければ知っていることをすべて話しなさい。・・・それと。協力的ならすべて終わった後で五体満足にして解放してあげる。どう?私って優しいでしょう?」
「ぐ・・・く、くそ・・・一族の悲願も、ここで終わり、か・・・。」
一族の悲願?
羽女の個人的な欲とかではなく?
まあいい。
交渉材料が一つ増えた。
「一族の悲願、ね。それも含めて話してもらおうかしら。それに・・・その悲願、まだ終わってないかもよ?全部聞いて、納得したら協力してあげるかも。」
あくまでも「かも」だ。
断言はしない。
というより、生半可な理由で納得するわけがないんだけど。
「何ですって!?あんたたちが・・・協力!?・・・いや、この気配・・・店であんたたち双子を見た時から変だとは思ってたけど・・・まさか新種の幻想種!?」
失礼な。
私はれっきとした人間だ。
仄香じゃないんだから「私は生まれも育ちもホモサピエンスだ」などと毎回言ってられるかっての。
・・・あれ?そういえば、紫雨君に何か言われてたような気が・・・。
幻想種化し始めてるとか言われてなかったっけ?
そうそう、犬歯が長くなったせいで時々、頬の内側を噛むんだよな・・・。
「私は人間よ。・・・一応、人間扱いはされてる。自信はないけどね。で?話すの?話さないの?」
私のことを幻想種、と呼んだその瞬間から、どういうわけか羽女・・・薙沢菫は大人しくなり、教会のこと、そして自分の身の上をゆっくりと話し始めた。
◇ ◇ ◇
結果は拷問、いや、尋問すら必要なかった。
薙沢はまるで友人に話すかのように話し続けた。
半日ほど経ったころ、ふと喉が渇いたことに気付く。
そういえば師匠の部屋には冷蔵庫があったっけ。
「ええと・・・何か飲み物はあるかな?最悪水でもいいんだけど・・・あ、三ツ矢サイダーのペットボトルがある。あとはコーラと、瓶のオレンジジュースか。薙沢。あんたも飲む?」
「じゃあ、オレンジジュースを。炭酸は入ってない?」
「ん?果汁百%じゃないけど・・・炭酸は入ってないっぽいね?炭酸は嫌い?」
瓶にはよくわからない言語で書かれてるけど、オレンジの絵がついてるから大丈夫でしょう。
「飛翔高度を上げた時に腹の中で炭酸が膨らむのよ。嫌いではないんだけど、ゲップとオナラで大変なことになるから・・・あ、ついでに開けてくれない?瓶のキャップを開けるのは結構苦手なのよ。」
「ほいよ。そりゃ、生身で空を飛んでりゃそうなるか。」
なぜか完全に縄を解き、回復治癒の術札で傷をふさいでやった状態で、彼女とは普通に話している。
まあ、膝下も欠損したままだし、背中の翅は全損したままだし、移動力は完全に殺したままになってるから逃げることはできないんだけどね。
それに・・・逃走防止用の術式はすでに刻んでいる。
まあ、本人が同意したのは一番びっくりしたけどさ。
「はあ・・・何日ぶりの水分かしら。生き返るわ。・・・それにしても変な味ね?あ、そこのポテチ、食べていい?」
はて?
外国産のジュースだからオレンジの種類が違ったか?
それにお腹でも空いたのか?ひょいとポテチの袋をとって手渡す。
「味に文句をつけられる立場なの?・・・初めから協力的だったら食事くらい普通に取らせるわよ。で?さっき聞いた話は他の人間にはしなかったの?」
あのポテチ、辛子明太子味・・・?
私が食べるんじゃないからいいか。
「したわよ。そりゃあ、何度も何度も。誰一人としてまともに聞きゃあしなかったけどね。何度やってもトリカゴに入れられて見世物小屋に並べられただけよ。・・・で、聞いてくれたのは教会の魔族だけだったってわけ。」
はあ~・・・。
こいつ、人間不信が半端ないことになってるよ。
一応、私は人間だと説明したけど、コイツの中では新種の幻想種らしい。
「うふふ、最初のうちは自分が人間じゃないってなかなか認められないものよ」・・・じゃねえよ!
・・・もう溜息しか出ないよ。
薙沢によれば妖精種ってのはかなり少ない種らしく、幻想種の中でも希少種と呼ばれるらしい。
しかも、最悪なことに生きている男がずっと見つからない上、人間との交配もできないという。
主に、サイズの問題で。
ま、まあ?
私は理君とサイズが合えば他の男のことなんてどうでもいいし?
「あんたたちの種族って、もう滅びることが確定してるようなもんじゃん。なんだってまたそんな・・・無茶苦茶な。」
薙沢の話を全面的に信じられなかったわけじゃないけど、念のためラジエルの偽書で確認したんだけど・・・。
彼女の話が真実しか言ってないだけじゃなく、さらに最悪なことまで分かっちゃったよ。
現存する個体数が、女性4体しかいないとか・・・。
レッドリストどころか絶滅確定じゃない!
「はあ・・・翅はまた生えてくるからいいけど、足がないのは不便だわ・・・。」
ほっといても生えてくるんかい。
便利な羽だな?
「さっきも言ったけど、仄香か琴音に頼んで生やしてもらうから今は我慢してよ。それにしても・・・サン・ジェルマンのやつ、そんなことを考えていたとはね。」
「足って生えるもんなの・・・?非常識な話ね。」
薙沢の驚きは放っていて、彼女の話をだいたい要約するとこんな感じだ。
サン・ジェルマンは「あの頃」、すなわち「妻」を失う前に戻ることを画策している。
・・・時間遡行という大魔法を使って。
5tを超える大量の人工魔力結晶を使い、約6880年を遡行し、妻である「三番目の穴で冬の朝生まれた女」が消える前に戻り、やり直すつもりだったらしい。
そして、もし失敗したときは理君の身体を使って、遥香の身体の仄香と夫婦になるつもりだったと。
同じ人種なら仄香も気に入るかもしれないってか?
クソ粘着男め、とんでもない執念だな。
ストーカー男の勘違いに巻き込まれて理君は殺されたのか。
あきれ果てたクソ野郎だ。
まあ、私も人のことは言えないか。
で、薙沢はそれを手伝う代わりに、1000年前のところで途中下車させてもらうつもりだったそうだ。
そもそも妖精とは、幻想種の中で最も寿命が長く、同時に最も新しい種族だという。
まあ、寿命のほとんどを冬眠して過ごすらしいので、人間と主観時間はあまり変わらないらしいが。
彼女たちがこの世界に現れたのは今から1200年ほど前。
今のアイルランドの森林型魔力溜まりで発生したらしい。
で、最悪なことに、最初の数人が妖精として発生してから200年ほど後に、その森は戦争で焼き払われ、魔力溜まりの核となっていた魔力結晶も持ち去られ、消費されてしまったそうだ。
つまり、同種が発生する可能性は・・・もうない。
悪いことは続くもので、発生したばかりの妖精種は魔法や魔術も使えず、あっさりと人間につかまってしまった、と。
それ以降は完全にペット扱いだったそうだ。
そして最後の男性個体・・・彼女の父親の死亡が確認される。
それが、今から700年よりちょっと前らしい。
「まさかあんたの年齢が700歳を超えるなんて思いもしなかったわ。」
それでもタイミング的にはまだ第二世代か。
「妖精種は数百年の冬眠が可能だからね。それでも私は最後の男が死んでから生まれた、妖精種では一番若い個体なのよ。・・・人間でいうと20代後半、ってところかしら。」
数百年の冬眠って・・・ますます人間離れしてきたな。
ただでさえ頭数が少ないのに配偶者を見つけるタイミングを逃しやすくなるとか、生存戦略的にかなり間違えてるような気がするんだけど?
「で、まだ確実に男が生きていた1000年前に行こうと。行って、男を助けて子供を作ろうと。・・・気が遠くなる話だわ。」
もしかしたら同一種の男性個体がまだ生存している可能性もあるんじゃないかと思ったが、ラジエルの偽書は残酷だった。
冷凍保存された男性個体や同種別系統の男性個体も調べたが、該当はなかった。
だが・・・薙沢のおかげで最高の情報を手に入れることができたのだ。
・・・時間遡行の技術は、確かに存在する。
いや、まだラジエルの偽書に乗っていないということは、これから開発されるということか。
少なくとも、サン・ジェルマンをはじめとした教会の残党は、本気で開発しているということだけは判明した。
ふと、全身を雷で撃たれたような錯覚を覚える。
・・・時間遡行?
・・・もし、私も便乗出来たら?
そして、あの直前のどこかで、「理君の人格情報」のバックアップに、成功したら?
これは・・・なんだ?
希望なのか?
私が、薙沢に仏心を抱いたから、そんな情報を得られたのか?
いや・・・それ以前にどうやって便乗する?
「なんか、初めからこっちについてればよかったとすら思うわ。っていうか、魔女って『私は生まれも育ちも人間だ』ってのが口癖らしいから勘違いしてたわよ。」
薙沢の軽口に慌てて意識を戻す。
「あ~。まあ、教会サイドについたのだけは間違いだとは思うけどね。とりあえず、琴音を説得するか・・・はあ・・・きびしいな。あいつ、納得するかしら。」
馴れ馴れしいから忘れそうになるが、コイツは咲間さんを理君と同じ状態にしようとしたのだ。
薙沢本人はあの術式の怖さを知らないようだったけど。
そのことだけは何があっても許さないだろう。
はあ・・・仄香に丸投げするつもりではいるけどさ。
友人の仇だし、もしかしたら理君の仇になっていたかもしれない相手だから生かしたまま帰すつもりはなかったんだけどなぁ・・・。
行動の目的が種の存続ともなると、なりふり構っていられないのはわかるような気がしちゃうんだよね・・・。
それに・・・兄弟姉妹を人間に見世物にされたり、剝製にされたりしたなんて話を聞けば、そりゃ人間という種を恨むのもわかるような気がする・・・・
さすがに妖精種を絶滅させるのは気が引けてしまうし・・・。
どうするんだ、これ?
納得どころか予想以上に重い話が出てきたぞ?
これからどうしようかと悩んでいると、耳元にピリっという感覚が来る。
《千弦か?今どこにいる?》
《ししょーの家。薙沢と一緒だよ。》
《もう殺したのか?私も聞きたいことがあったんだが・・・?》
おい。
誰が死体と一緒だといった。
適者生存が原則とはいえ、絶滅の片棒は担ぎたくはないぞ?
ま、まあ、殺さないでよかったよ。
《薙沢なら、となりでポテチ食べながらオレンジジュース飲んでるよ。瓶のフタが硬くて開けられないとか、マジで笑えるんだけど。》
《何をやってるんだ、お前ら・・・?まあいい。そちらに向かう。何か必要なものはあるか?》
《特に必要なものは・・・あ、肉。ええと、身長50cmだから、身長150cmに比べると3の3乗分の一か?足2本だから・・・何キロになるんだろう?あと羽。》
《薙沢が五体満足ではないことはわかった。くれぐれも逃がすなよ?》
仄香がそこまで言うと、念話が切れる。
「これから仄香が来るってさ。良かったね、両足とも生やしてもらえそうだよ?あと羽も。」
「・・・もし1000年前に戻れたら最初に魔女を探すわ。はあ・・・なんか、必死になってたのがバカみたいだわ。」
同意していいのかどうか迷うことを言うなよ。
まあ、時間遡行の魔法自体がサン・ジェルマンのところにしかないんだけどね。
◇ ◇ ◇
仄香
咲間さんの店もすぐに業者が入り、元通りに営業できることになった。
そして営業を再開したことを祝して吉備津桃の特売を行い、お店のほうは大盛況だったそうだが・・・。
なぜか慌てたような声で咲間さんから念話が来た時には私のほうがびっくりしてしまった。
例の包みを冷蔵庫に入れたから少し疑問に感じていたのだが・・・羊羹か何かと勘違いしていたらしい。
吉備津桃の特売フェアの成功を祝ってお茶うけにしようと包みを開いたら、食べられるものではなかったのでびっくりした、と。
・・・いや、どこの世界に人の店を潰しておいて羊羹一つですませる大人がいるんだよ?
咲間さんが「こんなにもらえない、いくら何でも多すぎる」と騒いでいたが、働きづめの幸恵さんと幸夫殿を海外旅行にでも連れていけと言ったら納得してくれたよ。
まあ、二人が不在の間はシェイプシフターや主天使どもにでも店番をさせておけばいい。
さて・・・問題は教会が何をしたいのか、だが・・・。
幸い、薙沢は生かしてあるらしい。
千弦のことだ。
私が強制自白魔法を使うために生かしておいてくれたのだろう。
まあ、最悪の場合は残存思念感応術式でも構わなかったんだがな。
蛹化術式用の材料となる肉や野菜、各種ミネラル分となる材料を購入し、健治郎殿の家の前に立つ。
ドアチャイムを押すと、「は~い」という聞きなれた声とともに千弦がカギを開け、顔を出す。
「千弦。頼まれていたものはこちらに。どうせ何度も繰り返すだろうと思ってかなり多めに買ってきたぞ。・・・ずいぶんやつれたな。眠れてないのか?」
「仄香・・・。心配かけてごめん。でも、少し光が見えてきたんだ。だから大丈夫だよ。」
眼の下の大きなクマ、ボサボサで手入れされていない髪。
ひび割れた指先、カサカサの唇。
一目で琴音との区別がつくほどに豹変したその顔を見て、胸が痛くなる。
だが、その瞳には生気が戻っている。
・・・少し澱んではいるが。
だが、光が見えた・・・何のことだろう?
誰か、千弦を癒してくれる男性でも見つかったのだろうか?
靴を脱いで玄関を上がり、健治郎殿の研究室兼自室に足を踏み入れると、そこには思っていたのとは違う景色が広がっていた。
「ども~。ハジメマシテ。薙沢です。薙沢・ルーナ・菫です。今後ともよろしくぅ。・・・うぃっく・・・。」
・・・スナック菓子片手に、短くなった足を器用に組んでオレンジジュースを飲んでいる妖精種が一人、顔を赤くしてくつろいでいた。
「何をやってるんだ・・・これ、酒じゃないか!」
まるで小学生が一升瓶を抱えるような姿勢で薙沢が抱いているそれは、よく見るとポルトガル語で「カシャッサ」とはっきり記載されている。
・・・アルコール度数が25%だと!?
「ん~?お酒ぇ・・・?あ。これ、お酒なのぉ・・・ヒック。」
味でわかるだろうが!
350ml程度しかない瓶の半分も飲んでいないくせに、完全に酩酊している。
・・・まさか体重が軽すぎるからか?
こいつ、体重何キロなんだ!?
「え・・・それ、お酒なの?ヤバい。とっておきだったかも。・・・ししょーに怒られる。」
やっぱり千弦が飲ませたのか!?
「そういう問題じゃない!急性アルコール中毒だ!水もってこい!解毒!ホルムアルデヒド分解!アルコール除去!」
こ、こいつら・・・。
殺す気なのか、死ぬ気なのか!?
数kgしか体重がない幼児が酒を飲んだのと同じなんだぞ!?
「うえぇ・・・うぷっ・・・。」
「バケツ!洗面器!ゴミ箱しかない!ああ、またか!」
「う、げろろろろろろ・・・・。」
辺りに広がるオレンジと、辛子明太子と、そして胃酸の混ざった臭い。
ゴミ箱の中が・・・えらいことに・・・。
「ゴミ箱が空で助かったけど・・・また私が片付けるのか・・・。」
「なんか・・・ごめん・・・。」
おそらくは薙沢に酒を飲ませた張本人であろう千弦は、水の入ったコップを片手に小さくなっていたよ。
◇ ◇ ◇
薙沢からアルコールを抜き、その上で蛹化術式にかける。
質量が小さいせいか、5分ほどで再生が完了する。
「ぷはあぁぁ・・・生き返った気がする。・・・うん。翅も元通り。鱗粉は・・・迷惑だから発生させないでおくわ。」
なんというか・・・。
絹色の繭から翅が生えた女が出てくるのって・・・。
人外感が半端ないな!?
「駅前のしまむらで子供服を買っておいてあげたから着替えたら?」
千弦が紙袋をひょいっと差し出す。
ちょっと買い物へ、なんて言ってたから何を買ってくると思えば、そんなものを買いに行ってたのか。
「あ、気が利くわね。ありがと。・・・ってこれ、本当に子供服ね。う~ん。まあ、背中が開いてるからいいか。」
薙沢はやたらとフリルがついた女児服にそでを通し、何とか体裁を整える。
「で、一応は確認なんだけど・・・教会から抜けて私たちにつく、ということで間違いないんですよね?」
「ええ。私は教皇・・・サン・ジェルマンから『魔女は人外を排斥している』って聞いてきたわ。でもそうじゃないことが分かった以上は、特に敵対する理由はないからね。・・・まさか、教会でも有名な双子が新種の幻想種とは思いもしなかったわ。」
「新種の幻想種って・・・魔石が身体の中にあるわけじゃないんだけど?」
「幻想種だからって必ず魔石があるわけじゃないわ。私だって魔石はないし。それで、さっきの話の続きだけど・・・。」
それにしてもコイツ、やたらと話好きだな?
どうやって聞き出そうとか、強制自白魔法をどのタイミングでかけようとか、完全にどうでもよくなってきたよ。
・・・・・・。
健治郎殿の研究部屋兼自室で車座になり、薙沢の話をまとめていく。
あの男、薙沢に結構秘密を話していたらしい。
「やっぱり十二使徒があと二人ともなるとペラペラとしゃべるのよね。サン・ジェルマンってもしかして寂しかったのかしら?」
「そう・・・ですね。オリビアはほとんど情報を知りませんでしたし、自分の腹心が残りわずかとなると思わず話してしまうのかもしれません。」
「あ、いや、オリビアのことだから単に覚えていないだけの可能性もあるかと・・・。」
薙沢、それは言い過ぎだ。
だってオリビアのやつ、防御魔法の詠唱を一回で覚えたんだぞ?
それとも・・・そもそも興味がないことは覚えられないのか?
「とにかく、だいたいのことはわかりました。しかし・・・これほどの大魔法ともなるといったいどこで・・・。」
そう言いかけてはっと気づく。
そうだ。
あれはそのための施設だったんじゃないか?
わざわざ人が踏み入らないような場所を選び、触りたくもない施設を解体して術式を刻んでいく。
そう、チェルノブイリ先進技術実証発電所跡地。
あの、巨大な石板こそが時間遡行術式そのものだったんじゃ・・・。
「術式の稼働はいつごろまでに可能になるか分かりますか?」
「ええと、8月31日時点で2週間延長、って言ってたから、最短でも9月13日までは大丈夫だと思うけど・・・一応、私も途中まで乗せてもらえる約束だったし、何日か前に術式起動の時には連絡をもらえることになってるよ。」
「じゃあ、そのタイミングで襲えば!」
「ええ。術式の制御を奪うことができれば、彼女だけを過去に送ることが可能です。」
千弦は私の言葉に一瞬ポカンという顔をするが、すぐにうなずいた。
薙沢も異存はないようで、あとはその日に向けて準備をするだけだ。
「そうだね。じゃあ、連絡が来るまではここでゴロゴロしてればいいかな?」
・・・コイツ、完全になじんでやがる。
ついさっきまではこちらを殺す気で来たくせに。
っていうか、琴音や咲間さんに会わせたら修羅場だな。
あ。
そういえば・・・・フィロメリア・・・セレスのこと、千弦に話すのを忘れてたよ。
千弦のやつ、許しては・・・くれないだろうなぁ。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
同日午後
授業が終わり、咲間さんと遥香、そして二号さんと三号さんと一緒に校門を出る。
「千弦?道路側だと危ないぞ?歩道側で手をつながないか?《暑苦しい。いつまでまとわりついてるんだ。》」
「大丈夫ヨ。ここはガードレールがある歩道だヨ。《・・・マスターの指示が無きゃボクがお前なんかト腕を組んだリしまセンヨ。》」
あの二人・・・いや、二体?二柱?それとも・・・二匹?
隣のクラスの西園寺さんに聞いた話では、見ていて暑苦しくなるほどいつも一緒にいるみたいなんだけど・・・。
大丈夫か?さっきから念話で火花が散ってるぞ?
遥香と咲間さんもその様子をハラハラしながら見てるけど・・・
何とか今日も無事、山手線の上り下りで別れることができた。
「千弦~!また明日な~!《明日は本物の千弦さんを連れて来いよ。》」
「理クン、また明日~!《ア~ア。いっそセリドウェンに代わってもらいタイデス。》」
《あんな悪食女、絶対呼ぶんじゃないぞ!千弦さんのイメージが崩れるだろうが!》
《じゃあ、千弦サン役は琴音サンと変わってもらいマショウカ。オマエもその方がいいんじゃナイデスカ?ボクはそれでも一向に構わナインデスヨ?》
《ぐ!・・・俺が人間に触られたくないのを知っているくせに!》
《勝手に決めないの。ほら、帰るよ。》
私の知らないところで勝手に決めようとする二人の念話に割り込み、ケンカを終わらせる。
人間に触られると何かあるのか?
それに・・・姉さんってなぜか人外に人気があるよな。
・・・オリビアさんとか。
「ブゥ。・・・琴音サン。千弦サンは・・・大丈夫デショウカ・・・。」
「分からないわよ、そんなこと。だって・・・理君って、たぶん姉さんの初恋の相手なんだよ。それがあんな終わり方するなんて・・・あれ?・・・姉さんから念話だ。」
ピリ、という感覚の後に念話で姉さんの声が響く。
《琴音?今話していられる?》
《大丈夫。山手線に乗ったところ。姉さんはもう・・・大丈夫なの?》
《琴音まで気にする必要ないってば。・・・もう・・・終わったことだから。それより今日、帰りに師匠の家に寄ってくれない?大事な相談があるの。》
うん?
なにか、今、ものすごい違和感があったんだけど?
・・・終わったこと?
理君のことが?それとも他の何か?
自殺防止の術式は・・・ちゃんと作動してる。
仄香と私の二人がかりでかけた術式だ。
そう簡単に外れることはないと思うけど・・・。
《分かった。急いで向かうね。・・・仄香はそこにいる?》
《ええ。健治郎さんの家で一緒に待ってますよ。気を付けて帰ってきてください。》
ほぼ同時に返事があったし、お互い近くにいるような反応があった。
ということは・・・自分の人生を終わらせるつもりではないようだ。
私は一抹の不安を覚えながらも、いつも通り自宅の最寄り駅に向かい、高田馬場駅で乗り換えた。
東伏見駅に着き、ウチの近くの健治郎叔父さんの家まで歩く。
二号さんと二人、叔父さんの家のドアの前に立った瞬間、ガドガン先生からもらった魔力検知能力が覚えのある魔力波長を捕らえた。
「・・・羽虫の波長。まだ殺してないのか。まあ、姉さんはともかく仄香がいるんだから幻惑されてということはないと思うけど・・・。」
「こんにチハ~。マスター。千弦サン。来マシタヨ~。」
ドアを開け、そのまま健治郎叔父さんの研究部屋兼自室に向かうと、そこには真夏だというのにすき焼き鍋を囲む仄香、姉さん・・・そして羽虫が・・・仲良く鍋を突っついていた。




