260 星の怪人・ツィツィミトル/比翼の猛禽と鋼の拳
仄香(inジェーン・ドゥ)
遥香の案を採用し、直ちに東京で一番高いところへと移動する。
「さて・・・こんなところでいいかしら。ちょっと足場は悪いけど、風が穏やかで助かったわ。」
今、私が立っているところは東京スカイツリーの最上部、アンテナが設置されたゲイン塔の上、制振機械室の屋根の上だ。
当然、そんなところへは通常の方法で立ち入ることなどはできない。
だから、飛翔魔法で下から飛んできたのだが・・・。
「高いわね・・・地上、634mだっけ?よくもまあ、こんなものを作れるわよ。人間ってここ百年二百年の間に一気に進歩したわよね。」
これほどの高さなのに世界第三位なんだっけ?
旧約聖書の創世記にあるバベルの塔は、5,433キュビトと手のひら2つと13スタディア(約1,500m)が完成予定の高さだけど、未完成時の高さがそれの3分の1だから、スカイツリーってそれをすでに超えてるのよね・・・。
今からやることは、対地攻撃衛星に「原因不明の不具合を起こす」ことだ。
実際、今残っている対地攻撃衛星は半世紀以上前の骨とう品ばかりだ。
それも他国に隠匿するため、命令がなければ自分からは状態や監視情報などの一切情報通信も出来ず、また、ほとんどメンテナンスなど行うこともできないまま、空の上をただ飛んでいるだけだ。
そう、そもそも、対地攻撃衛星がすべて問題なく作動する可能性のほうが低かったのだ。
ならば全て壊れていても、その原因を地上から確認することなど不可能だ。
気を取り直し、念動呪を使って自分の体をスカイツリーの先端に固定する。
続けて、杖を振るって召喚魔法を叫ぶ。
「始祖の母にして太陽を喰らいし者よ。髑髏の面、貝の裳を纏いし星の悪鬼よ!我は汝に新たな炎を捧げし女なり!なれば、その恐ろしき爪牙を振るい、我らの子らを守り給え!来たれ!ツィツィミトル!」
ドン、と空気をたたく振動。
真夏にもかかわらず、一瞬で息が白くなり、空中の水分がキラキラと輝きだすほどの冷気。
さらには、薄曇りの空を打ち抜くかのような、星の光。
6等星が1等星のように輝き、星々の光度が跳ね上がる。
気付けば、空を埋め尽くす耳障りな女の笑い声。
「相変わらず登場の仕方が派手ね。まるで大輪の花火がそこら中に打ちあがって・・・いや、落ちてきたようだわ。」
現れたのは、四柱のアステカ神話における闇の悪鬼。
別名、星の怪人「ツィツィミトル」。
いや、複数形だからツィツィミメか。
彼女たちは狂ったように笑いながら、私の周りをくるくると回っていた。
◇ ◇ ◇
「きひひひ!久しいな!魔女殿よ!」「わらわを喚び出すとはなんと酔狂な!」
「ぬははは!殺してほしい夫がいるのか!」「まずはわらわが去勢してくれようぞ!」
四体のツィツィミメは、狂ったように笑いながら私の周囲をくるくると回り続ける。
・・・出来たら一人ずつ、いや、代表して一人が話してほしいんだが・・・。
だが、その意見には大賛成だ。
「お久しぶりね。トラウィスカルパンテクトリ、シウテクトリ、イツパパロトル、エエカトル。」
彼女たちの名を順に呼ぶと、満足したかのように髑髏の面を振り、ケタケタと再び笑い出す。
・・・話が進まない。
無理にでも聞いてもらうしかないな。
「あなたたちを喚び出したのは、この星を回る小さな星を何とかしてほしいと思ったからなのよ。ほら、星ってあなたたちの専門じゃない?」
右手で上空を指さし、左手で幻灯術式を発動して対地攻撃衛星の一つを例示する。
「・・・うん?確かに似たものが多数、空の上を飛んでおるな。これは・・・驚いた!人が作った小さな月だと!?驚いた!驚いた!」
「きひ、きひひひ!魔女殿、なればその小さき月を落とせばよいのか。たやすいことじゃ!どこに落としてくれようか!」
最後まで聞けや、この狂人どもめ。
落とすだけなら私の方が早いわ。
「落としちゃダメ。今から私が言う対地攻撃衛星・・・小さな月を壊してほしいの。でも、絶対に落としちゃダメ。」
大事なことは二度言っておく。
「ぬは、ぬはは!なるほど、これらの小さき月は機巧か!溶かすか、曲げるか、凍らすか!石を噛ませるのも良いかものう!」
ま、一応、話は通じたみたいだ。
ただ・・・大気圏突入に耐えるタングステン性の弾体を溶かすとなると結構な熱量が必要になるだろうな。
「マスター。他にも形が違う小さな月がいくつも飛んでおるようじゃが?そちらは放っておいてもよいのかの?」
「ええ。この一覧にあるものだけを壊して。でも、絶対にこの星に落とさないよう、気を付けて。」
懐から、日本政府から受け取ったリストを取り出し、エエカトルに手渡す。
「承知した。ぬは、ぬはは!星空こそ我らが庭、我らが腕の内なり!御照覧、御笑覧。四半刻もかかりませぬ!ぬはははは!」
四体のツィツィミメは高らかに笑いながら空に上がっていく。
さて、対地攻撃衛星はこれでいいとして・・・あとはその他の対応か。
行ったり来たりを考えると、エルリンドールには戻れそうにないな。
あいつら、無理はしないといいけれど・・・。
まあ、宗一郎殿とエルリックがついているから大丈夫だろう。
・・・なんとも、面倒なことになったものだ。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
仄香が日本に戻ってから数時間が経過した。
出発前に受け取った情報からすると、ソ連も元中国も、その他エカテリンブルク条約機構の国々はまだまだあきらめてはいないようだ。
国家の体も成せなくなった連中が、何をするつもりなのか。
もはや合理性のかけらもない。
執念のようなものだろうか。
まるで国の亡霊みたいだ。
「姉さん、これからどうするの?」
「仄香が戻ってくるのを待ってはいられない。こっちはこっちで動くしかないわ。」
ネズミを倒してしまった以上、理君に人質としての価値は少ない。
実際、ドモヴォーイとかいう仄香の眷属が彼の代わりを務めているため、表立っては人質にすらなっていない。
せいぜい私たちの心を揺さぶるのが関の山だ。
「千弦。二三君からの提示連絡だが、理君に目立った外傷はない。一時はかなり衰弱していたようだが、今は栄養状態も健康状態にも問題はない。それと、近くに未作動の術式が一つあるだけで魔術的な洗脳や拷問を受けた形跡はない。」
宗一郎伯父さんが自分の呪病と二三君のナノゴーレムをリンクさせて確認をしてくれている。
何よりありがたい情報だが、同時にかなり嫌な予感が頭をよぎる。
・・・なぜ、何もしない?
もしかして、理君を何かに使うために温存している?
エルを、人工魔力結晶にしようとしたときみたいに?
いや、エルは莫大な魔力総量があるからわかるけど、理君は魔力もない、ただの高校生だ。
一抹の不安がよぎるも、この手を止めることはできない。
「伯父さん、ありがとう。じゃあ、これからの作戦について話し合おう。みんな、いい?」
その場にいる全員が首を縦に振る。
仄香の力をあてにすることができない以上、限られたカードで、まだその全貌が明らかではない相手と戦わなくてはならない。
私たちは、ハイエルフの里、いまだリュシエルによる確執が残る中で、理君奪還作戦に着手することになった。
◇ ◇ ◇
全員の戦力を確認し、実働部隊、補助部隊、拠点確保兼予備部隊に割り振っていく。
実働部隊は、直接相手の本拠地、理君が囚われているところに突入して彼を保護する役回りだ。
補助部隊は、相手の本拠地やその周辺を偵察し、陽動・攪乱、増援への対処を行う。
拠点確保兼予備部隊は、私たちが逃げ込むための場所、つまり、エルリンドールを確保し、同時に敵の追撃に対応する。
「実働部隊は、私、琴音、そして・・・オリビアさん。この三人でいいかしら?」
「うん、一番バランスが取れていると思うよ。オリビアさん、よろしくね。」
「ああ。理師匠を助けるためなら、この命、好きに使ってくれて構わないよ!」
前衛、オリビアさん。回復治癒、琴音。そして、魔法使い兼中距離物理攻撃が私。
・・・オリビアさん、頼りにしてます。
「補助部隊は、ガドガン先生、それと・・・。」
ここで思わず言葉が止まる。
宗一郎伯父さんは、可能であれば補助部隊に欲しい。
呪病は、戦場をかく乱し、味方を補助し、隅々まで索敵することができる。
いわば、戦場の霧を晴らすための切り札だ。
だが、エルと別行動をさせるわけには・・・。
「グローリエルは私たちに任せてください。宗一郎殿は心置きなく。」
エルヴァリオンさんが弓を手に力強く言い、セレディーネさんが杖を構える。
「ええ、あなた。何かあれば娘とその友達のために、私たちも戦うわ。47年もお世話になっていたみたいだしね。」
あ、いや、お世話をしたのは仄香であって私たちではないんだけど。
まあ、ご厚意はありがたく受け取っておこう。
「では、補助部隊はガドガン先生と宗一郎伯父さん。ガドガン先生は、作戦開始と同時に陽動をお願いします。宗一郎伯父さんは私たちの誘導と全体の管制を。」
「陽動、ね。僕のような老兵が活躍できるかな?」
ガドガン先生は凶悪な顔でにやりと笑う。
「最後に、エルとエルヴァリオンさん、セレディーネさんは、この里で私たちの帰還を待っていてください。・・・万が一の場合は、宗一郎伯父さんだけでも里に戻って、エルの長距離跳躍魔法の術札で日本に戻ってください。」
「俺に、姪であるお前たちを見殺しにしろと言っているのか?」
「・・・宗一郎伯父さん。自分が守るべきものを間違えないで。第一にエル。第二に、エルを守れる伯父さん自身。それで、余裕があったら私たち。いい?これだけは絶対に譲らないわ。」
「・・・そう、だな。理解した。だが、帰るときは必ず全員一緒だ。」
いかんせん、戦力が足りないのは理解している。
せめて、もう一人魔法使いか魔術師がいたら・・・。
チーム分けを済ませ、伯父さんと二三君の呪病・ナノゴーレムから得た情報を整理していく。
予想される監禁場所の間取り、敵戦力。
・・・よし、大体のことは決まった。
私は、ゆっくりと立ち上がり、手元のショットガンの重さを確かめる。
「・・・行くよ。各自、準備はいい?」
全員が黙ったままうなずく。
いよいよ作戦開始だ。
◇ ◇ ◇
エルリンドールの結界を徒歩で抜け、すぐ近くの幹線道路・・・とはいっても舗装されていない道路のわきにある小屋から、エルヴァリオンさんの車を拝借する。
ガドガン先生の運転でエカテリンブルグに潜入し、夜の闇を走っていく。
人口150万を抱えるソ連全体で第四の都市というだけあって、高層建築物はほとんどないけど、とても発展している町のようだ。
レーニン大通りの街灯に照らされた街路樹が、夏の夜風に撫でられて涼しげな音を立てていた。
途中、古びた刑務所のような場所の近くで私たち実働部隊を下ろし、そのまま車はエカテリンブルグの中央に向かって走り去った。
イヴァノヴォ刑務所?古い砦みたいにも見えるな。
5分ほどが経過したころ、チリっという感覚とともに補助部隊二人の念話が聞こえる。
《こちら、ガドガン。位置についた。いつでも陽動を開始できる。》
《こちら宗一郎。呪病の散布を完了した。ターゲットをポイントAに確認。侵入経路と目的地をマップ上に表示する。》
さすがは宗一郎伯父さん。
目の前のこれは、ソ連がまだロシア帝国だったころの砦を改築して作った刑務所か。
地上二階、地下三階。
・・・理君は、地下二階の西の奥、牢屋のようなところに・・・。
ざわり、と背中を何かが走る。
気づかないうちに、全身の毛が逆立つ。
よくも、私の理君を。
こんな薄暗くて汚い場所に、押し込めたな。
・・・許さない。
ソ連の連中も、どいつも、こいつも。
皆殺しに・・・!
「ね、姉さん・・・!」
思わず漏れた殺気に、琴音が反応した瞬間だった。
「そこの君。何をしている?・・・まさか、日本人か!?」
不意に小さく響く、理君によく似た声。
反射的に振り返りながらナイフを抜いたそこには、どこかで・・・いや、よく見た目が、驚きの形でこちらを見つめていた。
◇ ◇ ◇
「石川・・・蒼生さん?それって、理君の従兄弟の・・・?」
琴音の言葉に黙ってうなずく。
そう、目の前にいるのは石川蒼生さん。
秋葉原のシューティングレンジを経営する、男だか女だかわからない顔をした、彼の従兄弟だ。
「蒼生さん・・・なんでこんなところにいるんですか?」
「それはこっちのセリフだ。ったく、九重大佐め。こんなことは聞いてないぞ?」
九重大佐?なぜ、健治郎叔父さんの階級を知っているんだ?
それに、その装備。
まるで、日本陸軍の非正規戦部隊のような・・・。
「・・・まさか、別調の?」
「今更隠しても仕方がない。俺は君たちの叔父さん、九重健治郎大佐の所属する陸情二部の隊員だ。別室調査部ではないがな。・・・で、君たちはなぜここにいる?総理大臣の孫が出国したなんて話は聞いてないぞ?」
「当然、理君を助けるためよ。蒼生さんも同じなんでしょ?」
「・・・はあ、そういうことかよ。俺はKGBの連中と定時連絡に来ただけだ。まいったな、もう少しで面倒なことになるところだった、ということか。」
日本の陸情二部がKGBと通じてる?どういうことだ?
「なんで自分の従兄弟が監禁されてるのに、救出しないんですか?まさか、見殺しにするつもり!?」
琴音が私の言葉を代弁する。
「そうじゃない。そもそもKGBは、教会とソ連共産党とのつながりをよく思っていないんだ。俺がここにいるのは、KGBの手引きなんだよ。つまり・・・理の身柄の安全はKGBが保証していたってわけで・・・。」
ソ連の中も一枚板ではない、ということか。
「じゃあ、放っておいても理君は帰ってきたってこと?そんな・・・。」
琴音は不満そうに言うが、私は心底胸をなでおろす。
そうか、理君は無事だったんだ。
命の危険が迫り続けていたわけじゃなかったんだ。
「ほれ、密出国は黙っててやるからとっとと日本に帰れ。あとは大人に任せておけばいいって。簡単に日本に帰れる魔法があるんだろう?」
蒼生さんは声を低くしたまま、私たちを近くの路地に押し込もうとする。
あれ?でもなんでこんな時間に?
そんな装備で?それに、周囲にあるこの気配は?
あ、そういうことか。
「・・・で、その状況が変わった、と。そういうことなんでしょ?蒼生さん。それと・・・お仲間さんたち。」
私の言葉に、蒼生さんと周囲の気配が緊張する。
「・・・勘の鋭い娘だ。あいつの嫁にはもったいない。むしろ俺が欲しいくらいだ。」
その言葉を皮切りに、市内のどこかで轟音が響き渡る。
《こちらガドガン!陽動は開始してない!なんだこれは!正規軍!?まさかソ連地上軍か!》
《こちら宗一郎!北から2両のBMP-1の接近を確認!いや・・・おいおい、T-90?T-14?最新鋭の主力戦車じゃねえか!急げ千弦!そっちに向かって進行中だ!あと10分もしないうちにそこが戦場になるぞ!》
《了解!作戦を開始して・・・!?》
宗一郎伯父さんの声に反応しようとしたとき、目の前に金属音とともに降り立ったのは・・・。
赤い単眼、ダークグリーンに塗装された装甲、まるでただ、大きくしただけのようなライフル。
西洋鎧のようでいて、アニメのロボットのような・・・。
それでいて、記憶の中にあるモノよりずっとスマートで・・・圧倒的に暴力的な・・・。
二体の、装甲機動歩兵・・・その、新型だった。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
全高6mを上回るような巨体を翻し、信じられないような速度でこちらに迫る二体の巨人。
それが装甲機動歩兵だと気づいた時には、自分の体が勝手に動いていた。
「自動詠唱!4−3−0!3−3−0!。実行!続けて1−2−2!3−4−0!実行!猛き風よ!我が身に集いて敵を討つ力となれ!」
全力で業魔の杖を振るい、相手の足元をかき回す。
続けてコクピットの中を蒸し焼きにするべく、火炎旋風で二体の装甲機動歩兵を覆いつくす。
当然、自分の肉体を強化することも忘れない。
「蒼生さん!ここは私たちが!早く理君を!」
姉さんの叫び声に応えるかのように、蒼生さんは建物の中に飛び込んでいく。
そのあとに数人が続くが、身なりからすると仲間のようだ。
「まさか生身でロボットと殴り合うとは思わなかったよ。強さ、勝利、暴力、鼓舞!ステュクスとパラースの子らよ!鍛冶神とともに勇者を磔にせし神々よ!我が腕、我が拳に宿りて神敵を滅する力を授けたまえ!」
輻射熱だけで近くの木が燃え上がるような温度をものともせずに、オリビアさんが片方の装甲機動歩兵に殴り掛かる。
まるでバスやトラックが衝突したかのような、重く硬いものが砕けたような音を立てて、一体の装甲機動歩兵ともつれ合い、近くの建物を更地にしていく。
「半自動詠唱!六連!雷よ!打ち砕け! 三連!岩よ!打ち抜け!七連!音よ!叩き割れ!」
姉さんが聞いたこともない詠唱を用いて三種十六発の魔法を発動する。
もう一体の装甲機動歩兵に二人の魔法が襲い掛かり、石弾は赤熱した敵の装甲を削り、雷がその装甲にまとわりつき、甲高い振動が強化ガラスの部品を砕いていく。
だが、装甲機動歩兵の表面で魔法が散らされて、まったく決定打にならない。
「ええい!硬いわね!うおっとおぅ!!?」
それでもなお、装甲機動歩兵はタックルするかのように姉さんのいる場所に突っ込み、大砲のようなライフルを撃ち放つ。
薙ぎ払うように二発、三発と。
「キャアア!?戦車砲かっつうの!ぐ、鼓膜が!」
リングシールドで遮断しきれなかった衝撃波で、キーンという音と、耐えがたい耳の痛みが頭を襲い、鼓膜が裂けたことを思い知らされる。
慌てて自分の鼓膜を術理回復魔法で治し、姉さんの顔を見る。
その耳から真っ赤な血が流れ、両肩を赤く汚している。
右目からも滝のような血の涙が流れて・・・早く治療しないと!
「っぐ、あ゛あ゛あ゛!射撃管制術式が壊れた!魔導付与術式!四連! 闇よ!暗きより這い寄りて影を食め!琴音!撃って!あなたならできる!」
あのケガでは私が何を言っても聞こえないだろうし、下手をしたらまともに見えてすらいないかもしれない。
姉さんが放り投げた拳銃を、魔法で強化された目と腕で、空中で受け取る。
左手には業魔の杖を、右手には姉さんの拳銃を。
そう・・・そういえば仄香は二重詠唱という魔法を使っていた。
ジェーン・ドゥの身体が双子だから使えるようになった魔法。
そして、私たちも双子。
・・・ならば!
「業魔の杖よ!お願い!力を貸して!光よ!集え!そして薙ぎ払え!」
業魔の杖が光り、全身に恐ろしいまでの力がみなぎる。
いまだに炎に包まれ、棍棒のように大砲を振り回す装甲機動歩兵に、強化された肉体で一瞬のうちに肉薄する。
渾身の魔力を込め、引き金を引き絞った瞬間。
銃口から飛び出した何かが、瞬時に四発の空間浸食魔法を発動し、業魔の杖から迸る光撃魔法を絡めとる。
赤熱した装甲に突き立つ、黄金と漆黒の螺旋、そして細かな赤い火花。
耳をつんざく轟音と、まき散らされる部品、そして機械油。
瞬き一つしない世界の中で、装甲機動歩兵は、その半身を完全に失い、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。
◇ ◇ ◇
オリビア・フォンテーヌ
フルパワーの身体強化魔法をかけ、仄香さんに教えてもらった防御魔法を発動する。
「ヘパイトスが鍛えし円環よ!アキレウスを守りし万象の盾よ!我は汝が調和を守りし祝祭の担い手なり!なれば、ヘクトールが刃を払いしその力、今ひと時、我に貸し与え給え!」
詠唱が終わると同時に、私の身体を包むかのように五層九枚の光の盾が現れる。
「・・・いいね。これなら何でもできそうだ。」
先ほどは素手で殴りつけるも、あまりにも早い反撃で力が入りきらなかったが、同じミスはしない。
目の前には赤熱した装甲をそのままに、大口径のライフル砲をこちらに向け、無表情な赤い単眼でこちらを睥睨する鎧人形が立っている。
「来な。ガラクタ人形。お姉さんがバラバラにして遊んでやるからさ。」
まるでそれが合図になったかのように、鎧人形はこちらに右手のライフル砲を向けて発砲する。
ドドドン・・・と三点射。
一瞬で身体を翻し、一足飛びにライフル砲の外側、つまり鎧人形の右側面に回り込む。
近くのアスファルトが跳ね上がり、駐車していたトラックが爆発炎上し、商店が消し飛んでいく。
破片がアキレウスの盾に当たるも、威勢の良い音を立てるだけで、ヒビ一つ入らない。
当然、爆風も破片も抜けてこない。
・・・だが。
「なるほどね。これは私専用の防御魔法、ってことか。」
砲撃で発生した衝撃だけは、ドカンっと身体を抜けていく。
歯を食いしばり、両足を踏ん張る。
そう、この魔法を習ったとき、千弦さんや琴音さんも使えればいいんじゃないかと思って仄香さんに進言したけど、「これはオリビアじゃないとあまり意味がないのよね。」と苦笑いをしていたが・・・。
要するに、熱も破片も来ないけど、運動エネルギーだけは自力で耐え抜けってか。
ほんと、私向けだね!
「ふんぬぁ!」
発生した衝撃を、身体を回転させながら右こぶしに乗せ、鎧人形の胸に叩き込む!
バカでかいタライを落としたかのような音が響き渡り、鎧人形はたたらを踏む。
「ふうん。なかなか硬いじゃないか。でも・・・効いてるようだね!」
冷め始めた装甲が、こぶしの形にへこんでいる。
構わず接近し、その顔面、兜の面頬に当たる部分を蹴り飛ばす。
バキン、と派手な音がし、顔面の装甲が吹き飛び、中から各種センサーがあらわになる。
メインカメラでも壊れたのか、慌てたかのような動きで鎧人形は左手の盾を使い、シールドバッシュのような形で突っ込んでくる。
「いい度胸だ!受けて立つ!」
私は近くに転がっていたダンプトラックの荷台をつかみ、渾身の力を込めて引きずり起こす。
その勢いのまま、鎧人形の盾にたたきつける。
轟音、そして爆発。
タンクから漏れたガソリンに引火したか、一瞬で辺りは火に包まれるも、アキレウスの盾に刻まれたオケアノスの水流が、それらの熱を払っていく。
追撃をしようとした刹那、鎧人形はライフル砲を私の目の前に一瞬で突き出し、そのまま発砲する。
「いい判断だ!相手が私じゃなきゃね!」
轟音、閃光。
鍛えぬいた動体視力が、砲身から飛び出す砲弾を、スローモーションのように捉える。
榴弾か!
左手で砲弾を叩き落す。
大した口径だ。
75mm?いや、88mmか!
一瞬で信管が作動し、ゼロ距離で爆発する。
腹に来る衝撃を、唇を噛んで耐え、右手を突き出し、鎧人形の装甲を掴む。
「っせぇいや!」
まるで加熱されたチーズに突っ込んだようになった手は、装甲をそのまま引き剥がし、周囲に様々な部品を散乱させる。
ガランと派手な音を立て、鎧人形の胸部装甲が転がっていく。
「ひ、ひぃぃ!?化け物!」
もはやガラクタとなった鎧人形のコクピットに当たる場所で頭を抱えていたのは・・・理師匠よりも少し幼い、少年兵だった。
いや、女性に向かって化け物って・・・自覚はあるけど、ヒドくないか?
「・・・なんだ、ガキか。いや、ここは戦場だ。化け物の前に立つ覚悟くらいあるだろう?」
とはいえ、こんな子供を殺すのはちょっとね・・・。
どうやって軽くひねって気絶させるか、いっそ千弦さんからスタンナイフを借りてくればよかったかな、なんて思いつつ周囲を警戒し、ゆっくりと近づく。
だが、驚くほど滑らかな動きでその少年兵は拳銃を抜き、私の眉間に一発、続けて心臓、腹の順で発砲した。
アキレウスの盾が、それらの弾丸を空中で弾き飛ばす。
・・・まあ、レべデフの9mmなんざ、素でも効きゃしないけどさ。
「き、効かない!?」
「・・・あたりまえだよ。この馬鹿。目の前で戦車砲を叩き落されたのを見てなかったとは言わせないよ。・・・ちぇっ。せっかくどうやって生かすか考えてたのに。」
身体強化魔法、防御魔法を展開したまま、ゆっくりとその頬に手を伸ばす。
「ひ、ひぃぃ!?」
深いため息、そして一度の瞬き。
そのまま、内側に向かって軽く力を入れる。
ポキン。
手元でしたのははそんな音だった。
そしてゴトリ、と地面に落ちる音がする。
「白旗を立てる瞬間くらい自分で考えておきなさい。バカ。」
アスファルトの上からうつろな目で見る彼の首に、もはや届かない言葉をかけ、私は千弦さんと琴音さんのもとに戻ることにした。




