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259 戦争の作法/主義という名の精神汚染

 南雲 千弦


 8月29日(金) 


「ええい!ちょこまかと!それと急所くらい隠しなさいよ!死にたいの!?」


 そう叫びながらショットガンをぶっ放す。

 銃口から放たれた非致死性(ビーンバッグ)弾は、射程内にいた一人のハイエルフの腹に当たり、その身体をくの字に曲げさせながら吹き飛ばす。


 さっきからほかの連中もショットガンの射程に何度も入るんだけど、非致死性(ビーンバッグ)弾でも当たったら普通に大ケガするからね?

 顔面とか狙えないからね!


 彼が吹き飛んでいる間にも、他のハイエルフたちから矢が放たれるんだけど・・・。

 とんでもなく上手いな!?

 全ての矢が直撃コースだよ!?

 これ、射撃管制術式なしじゃ対応しきれないよ!?


 曲がりながら飛来する矢の全てをショットガンで撃ち落としながら、射程内に捉えたハイエルフの急所以外に非致死性(ビーンバッグ)弾を撃ち込んでいく。


 装弾を撃ち尽くす前にクアッドロード、そして撃つ。

 右目の射撃管制術式と、それに付随して手足を制御する術式は、飛来する矢も、視界の隅でその身を晒した愚か者も、一発たりとも外しはしない。

 後はその繰り返しだ。


「くっ!この化け物め!我らの矢を空中で撃ち落とすだと!魔法だ!魔法で仕留めろ!」


 ハイエルフのおっちゃんが叫び、続けて複数の若い女性が叫んだ声が遠隔聴取(クレアオーディエンス)に感応する。


()()()()()()()()()()()()()()()()穿()()()()!」


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 くそ!?

 同時に三発も攻撃魔法を撃ち込んできた!?

 しかも一つは系統が分からない。

 葉?刃?なんだよそれ!?


 だがあまい!

 こっちには新兵器がある!


「リングシールド全開!(Semi)自動(automatic)詠唱(chanting)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 こいつは仄香(ほのか)に渡した全自動(フルオート)詠唱機構(チャンター)のように術者の思念を詠唱に変換する機構ではなく、「私が概念精霊(スピリット)に語り掛けたい内容」を、その場で素早く最適な詠唱に変換して代理詠唱する「半自動(セミオート)詠唱機構(チャンター)」だ。


 試運転もせず実戦投入したソレは、思いのほか少ない魔力消費で、一瞬で最適な魔法をピンポイントで展開する。


「なんだと!?コイツ、本当に人間か!?同時に複数の魔法を発動しやがった!」


 ハイエルフのおっちゃんが驚いている通り、木の葉の刃の魔法にはそれを吹き散らす突風を、風の鎌を振るう魔法には分厚い土の防塁を、そして雷の槍の魔法にはそれを絡めとる水の鞭を、半自動(セミオート)詠唱機構(チャンター)は迷うことなく一瞬で構築した。


「あははは!ぶっつけ本番だけどうまくいったわ!ってわけでアンタらは寝てなさい!」


 最後に、私の魔法に驚いたハイエルフのおっちゃん、そして三人の女性の左わき腹に非致死性(ビーンバッグ)弾を一発ずつ撃ち込み、さらに弓を構えた青年が登っている木を、腰から抜き放った術式振動(オリハルコン)ブレードで叩き切る。


 何の手応えもなく切断・・・いや破砕された直径が50cmを超える木は一瞬で崩れ落ち、樹上にいた彼を振るい落とす。


「うわあぁぁぁ!」


 轟音と土煙、そしてへし折れた弓を持っているハイエルフ。


「・・・えい。」


 落ちてくるその青年の尻に向かって発砲。

 

「ぐげえぇっ!?」


 その言葉を最後に、その場にいたハイエルフたちは沈黙した。


 ・・・・・・。


 あらかじめ用意しておいた樹脂製手錠(ハンドカフ)を使い、確保した全員を後ろ手に縛りあげ、口の中にゴムボールを突っ込んでダクトテープで猿轡をかます。


「千弦さん、苦戦してたみたいだね。・・・手加減しないで半殺しにしちゃえばよかったのに。」


 スタンナイフを片手にオリビアさんが歩いてきたが、その肩にはソ連兵らしき軍人が二人、乗っている。

 ・・・まるで、ぬいぐるみか何かを運ぶように。


 よく見れば、さらにロープでハイエルフを二人、ソ連兵を一人縛り上げて引きずっていたのか。

 相変わらず、馬鹿力と言うか・・・。

 スタンナイフ、渡して正解だったよ。


「まあね。でも、エルの立場が悪くなることを考えると死人を出したくはなかったのよ。それで、アウリエナは・・・ああ、いた。やっぱりソ連に内通していたのか。」


 その場に転がっているハイエルフたちの被り物(かぶりもの)を取り去ると、そのうちの一人が先ほど出ていったアウリエナだった。

 エルの存在を告げる前に行動を起こしたということは、彼女はエルだけではなく私たちの、そして仄香(ほのか)の敵であることは間違いない。


 さて、ハイエルフたちの誰から誰までが敵だろうか。

 そんなことを考えているとエルヴァリオンさんの家の玄関が開き、中から仄香(ほのか)、そして琴音が顔を出した。


「姉さん、もう終わったの?早かったね。さあて、治すわよ。・・・あれ?ケガ人が・・・いないわね。てっきり半分は致命傷かなと思ってたけど?」


「失礼な。エルの肉親かもしれないのにそんなことできるわけないでしょう。・・・で、仄香(ほのか)。また例のやつ、お願い。」


「はいはい。分かりましたよ。・・・千弦さん、私も可能な限り急ぎます。だから、あまり無理はしないように。」


 そうはいってもね。

 (おさむ)君のことを考えると、身体を動かさずにはいられないのよ。


 ◇  ◇  ◇


 小一時間が経過し、ハイエルフの里に入り込んだソ連の勢力とリュシエル・アウリエナ夫妻、そして教会の影響が徐々に明らかになり始めた。


「思ったより浸透が少なかったな。結界内に侵入しているソ連人はこの三人だけか。面倒なことに全員ハーフエルフだ。そんなことで結界の出入りの網をすり抜けていたのか。」


 ガドガン先生がソ連兵を調べ、そのすべてがやや短めの笹穂状の耳を持っていることを突き止める。


 すでに強制自白魔法と洗脳魔法で朦朧とした三人は、すべて金髪翠眼であり、南ウラルとは別系統のエルフ、すなわちフェアラス(コモンエルフ)氏族との混血であることを示している。


「それにしても・・・今までは教会の教義とやらにほとんど興味はなかったけど、こうしてみると・・・異様の一言ね。」


 ハイエルフたちの脳をさらい、どういった経緯で教会に(そそのか)されたのかを調べているうちに分かったことだが、どうやら捕縛したハイエルフのうちの二人が教会の教義に傾倒していたらしい。


「今から約七千年前、北の地に降り立った神の石板。そして神の力を盗んだ魔女、神の怒りにふれ死んだ悪魔。砕かれた石板を、身を以て人の世に残した女神。そして石板に選ばれ、その力を身に宿した男。・・・手前勝手に都合よく解釈して、本当に反吐が出るわね。」


 琴音が吐き捨てるかのように言う。


 教会の教義は、こう続く。

 神の石板の奇跡を体現する者は神の恩寵を得し者、神秘を伝えし者は神の智を探求する賢者なり、と。

 恩寵を得し者は愚者を導き、賢者はその道を作る、か。


 で、人間より魔力が高いハイエルフや、魔術を運用する素養に恵まれたハーフエルフが教会に傾いた、というわけか。


 石板の力を盗んだ魔女とはすなわち仄香(ほのか)のことだろう。


 では、神の怒りにふれ死んだ悪魔は?

 砕かれた石板を人の世に残した女神は?

 ・・・紫雨(しぐれ)君と星羅(せいら)さんだろう。


 石板に選ばれ、その力を身に宿した男。

 これがあいつらの教祖。

 サン・ジェルマンだ。


 私たちは、知っている。

 いや、知ってしまった。

 お前が仄香(ほのか)に何をしたのかを。


 そして考えたくもない。

 今、私の恋人に何をしようとしているのか。


「姉さん、唇・・・血が出てる。」


 そっと琴音が私の唇に手のひらを当て、温かい力を流し込む。


 ・・・琴音。

 あなたはやっぱり私の大事な妹だ。

 まだ汚れていない半身、そして私の良心だ。

 だから、一刻も早く終わらせる。

 琴音を危険にさらす前に。


 沸騰しかけた心がゆっくりと落ち着いていくのを感じながら、私は仄香(ほのか)や宗一郎おじさんの手伝いをするため、エルヴァリオンさんの家に戻っていった。


 ◇  ◇  ◇


 咲間 恵


 8月29日(金)夕方


 神奈川県川崎市中原区

 コンビニエンスストア店内


「ふいぃ~。いや、困った困った。」


 一人のお客さんがレジのカウンターでスマホを必死になって操作している。

 なんでも、キャッシュレス決済のアプリが正常に動作しないらしい。


「お待ちのお客様のうち、現金決済の方はこちらのレジへどうぞ!」


 もう一人の夕勤さんが隣のレジを開けてくれたけど、キャッシュレス決済が一般的になってからかなり経ったからか、余分な現金を持ち歩いている人はまばらなようだ。


「あ~、もう!せっかく吉備津桃を買えると思ったのに!なんでスマホが動かないのよ!」


 アラサーのOL女性が叫んでいる。

 ・・・そう、先ほどから複数の決済アプリが一斉に使用不能になるという、大規模なエラーが発生しているのだ。


「これって店側の問題じゃないの!?なんとかしなさいよ!」


「え?いや、レジのシステムは正常に動いています。それに、まずはバーコードをご提示いただかなくてはエラーが起きているかを確かめることもできません。」


 ヒステリックになり始めた女性客が叫ぶも、レジの画面には何もエラーの表示などない。


「く、じゃあ、Suicaはどうだ!」


 男性客の一人が割込み、レジの読み取り機にパスケースを乗せると、ピロリンと音がして、決済が完了したメッセージが流れる。


「出来たじゃねぇーか!おい!交通系ならいけるぞ!」


 その言葉を皮切りに、スマホでの決済をあきらめた複数人が交通系の電子マネーで支払いを済ませていく。


 そうして残った数名を除き、レジ前の客ははけていったが、スマホのエラーはその後、回復することがなかった。


 夕勤が終わり、夜勤の兄さんと交代するためにレジ内現金の確認と、先ほどの電子マネー等の決済エラーについて伝える。


「ふう~ん。やっぱりウチの店でも起きてたか。いや、さっき起きた時にニュースで見たんだけどさ、スマホ決済の大部分が原因不明のエラーを起こしてるらしいよ。それと、クレジットカードの一部も使えなくなり始めてるらしい。」


 兄さんの言葉に、一瞬だが違和感を覚える。


「・・・電子マネーだけじゃなくてクレジットカードも?それなのに交通系電子マネーだけ大丈夫って?」


「あ、それがさ。交通系も国鉄系以外は使えなくなり始めてるらしいよ。私鉄系はほとんど壊滅的だって。それで、さっき駅前のATMが大行列だったよ。」


 どういうことだろう?


 レジを出てバックヤードに入りながら、スマホを起動すると、トップページ一杯にネットワークの不具合に関するニュースが踊り、なぜか同時に国会前や新宿駅前、海軍や空軍基地の前などで大規模なデモ行進が行われている写真が載っていた。


「なんだってこんなタイミングで?それに・・・デモの内容がばらばらだ。こっちは移民排斥だし、こっちは左派の軍拡反対だし。人権活動家と不法難民の対応を叫んでる連中が同じところでデモをやってるよ。・・・なにこれ?動画サイトは陰謀論系でいっぱいだし。」


 ・・・なにか、ものすごく嫌な予感がする。


 そして、ふと思い当たる。

 そう、これはかつての中国共産党の誰かが論文にした、武力行使に限定しない戦争・・・。


 諜報戦、金融戦、ネットワーク戦、法律戦、心理戦、メディア戦・・・そういった、ありとあらゆる制約を取っ払った戦争の形。


 「超限戦」と呼ばれるものに酷似していることに。


 ◇  ◇  ◇


 九重 和彦


 首相官邸地下一階

 官邸危機管理センター


「エカテリンブルグ条約機構軍、通達のあった演習海域からの離脱、認められず。」


「旧中華人民共和国内、およびソ連領内の弾道ミサイル基地群、いまだ沈黙しています。」


「津軽海峡の海底ケーブルに発生した断線は他経路を経由し、1920(ひときゅうふたまる)時、回線復旧対応が完了しました。」


「沖縄のYUI海底ケーブルはどうだ?」


「残念ながら復旧の目途はたっていません。」


 危機管理センターでは、本日午後に起きた大規模な通信障害が人為的なものだと推定されたことから、各機関の担当者を招集し、直ちに対応を始めたのだが・・・。


 一つの問題が解決すると、次の問題が持ち上がる。

 そして、まるで定時連絡でもするかのように北からソ連軍機が接近する。

 いやらしく、領空ぎりぎりをかすめるかのように飛び、こちらのスクランブル能力を試すかのように。


「領空侵犯が北に集中していることはせめてもの救いでしたね。これで南も同じようにやられていたら、たまったものではありませんでしたよ。」


 傍らに立つ空軍の山梨大将がぼやく。


 実際、例の魔女事変のおかげで南西側の脅威は大きく減じられ、領空侵犯を繰り返していた中国軍やその武装民兵も壊滅状態になってはいるのだが・・・。


「ソ連の連中、なんだって演習を北太平洋なんかで行うことにしたんだか。条約機構軍の連中のほとんどがインド洋か大西洋に面した国だろうに。」


 傍らに座る浅尾副総理がぼやいている。

 ・・・まあ、答えはわかっているだろう。


 かつて、第二次世界大戦がはじまった瞬間・・・資源等を持つ国(連合国)の現状維持派と、持たざる国(枢軸国)の現状変革派が正面からぶつかった時と同じように、魔女事変によって持たざる国となった国々が、世界を変革せんと集い始めたのだ。


 体系立てて戦争論を学んだ者でなくてはわかるまい。

 戦争は、ナショナリズム、レイシズム、あるいは独裁者が起こすものではない。

 もっと大きな国際関係、あるいは国際経済が(いびつ)になった時、自然と起きるものだ。


 そして、それは魔女「美代(みよ)」様の力という、人知を超える抑止力があっても止まらないのだ。

 ・・・むしろ、相手方にも同じ抑止力があったら止まっていたかもしれないがな。


「空軍国防偵察局より緊急。・・・情報収集衛星『みずほ』が複数の衛星の軌道の変化を確認。・・・こ、これは・・・!?」


「どうした!報告を続けろ!」


 空軍の連中に大きなざわめきが走る。


「・・・迅雷(Xùn Léi)赤矛(Chì Máo)破城(Pò Chéng)が軌道を修正。さらに、ペルーン(Перун)マーロス(Мороз)グローザ(Гроза)セルプ(Серп)カラーチェリ(Каратель)が加速。すべて対地攻撃衛星です!」


「予想される進路は!攻撃対象になる都市はどこか!」


「最短で2から3時間後にはすべての対地攻撃衛星が我が国の上空を通過します!攻撃対象地点は不明!進路をメインモニターに回します!」


 オペレーターが素早く入力し、危機対策室のメインモニターに日本列島とその周囲の地図が表示される。


 そこには、日本列島を縦横に横切るいくつもの線が示されていた。


挿絵(By みてみん)


 ・・・実際にはその線上とその周囲の数十kmが攻撃対象となりえる。

 そして、確認しているだけでも8基の対地攻撃衛星が抱える対地攻撃兵器は、1基につき、38から64。

 概算で、400発を超える。


「おいおい、こりゃあ・・・全部じゃないか。やっこさんたち、マジで俺たち、いや、魔女さんに喧嘩を吹っ掛けるつもりなのか。」


 だが、これは弾道ミサイルとは違う。

 こちらが先に撃墜しようものなら、彼らは「ただ宇宙空間を通過させただけ」と言い、日本こそが先制攻撃をしたと非難するに決まっている。


「迎撃は可能か!」


「数十から百数発までなら!それ以上となるとPAC-3もSM-3も足りません!」


 山梨大将が怒鳴り、オペレーターが怒鳴り返す。

 地図上にはそれらを示す青、緑の三角が表示されているが、到底、足りるとは思えない。


「くそ!迎撃施設の増設を止めたのはどこの阿呆だ!」


 そして、誰かが机にこぶしを打ち付ける。


「なあ和さん。これ、魔女さんに何とかしてもらうしかないんじゃないか?背に腹は代えられねぇし、あとで俺も一緒に土下座すっからよ。」


 一郎の言葉に、ぐっと奥歯をかみしめるも、サブモニターや手元のモニターには、今、自分たちの足元、そして頭の上で起きている戦争にも気付かず、綺麗事を吐き、無意味な連帯感に酔っている、デモ集団が警察と乱闘している様子が映っていた。


 ◇  ◇  ◇


 仄香(ほのか)(inジェーン・ドゥ(バイオレット)


 その場に転がっているすべてのハイエルフ、ハーフエルフ(ソ連兵)から強制的に自白を引き出した後、やや強めの洗脳魔法と強制忘却魔法で脳を洗っていると、チリっという感覚の後に念話が届いた。


美代(みよ)様。大至急、お力をお借りしたいことがございます。今どちらにいらっしゃいますか?》


 ・・・和彦か。

 わざわざ緊急的に渡しておいた護符を通して念話をよこし、しかも大至急とは、かなりの事態のようだ。


《今、エカテリンブルグの近くよ。何があったのかしら?》


 こちらとしては、(おさむ)殿を一刻も早く助け出すためにも、今夜中にエルリンドールの問題を解決し、翌朝には(おさむ)殿が囚われているところを襲撃したいのだが・・・。


《8基の対地攻撃衛星の急激な進路変更を確認しました。他、通信ケーブルの切断、扇動者不明の左派的なデモ、真偽不明な災害の予測情報、通報者不明の消防通報など、明らかな攪乱を受けています。》


 ・・・なるほど、ソ連、いや、エカテリンブルグ条約機構諸国は限定的ながらも戦争の作法に則った戦争を始めるつもり、ということか。


 そもそも、この世界の戦争は少しおかしいのだ。


 本来であれば、国際関係に歪みが溜まりきったところで、市民活動やメディア、移民問題や教育環境など、ありとあらゆる情報が敵味方の制御を受け、戦争の下準備が整っていく。


 すべての戦争は、世界という大きな枠組みに発生する歪みが「上から降りてくる」ことにより、抑止力としての軍隊の需要が増したり、国民全体が外への不満を溜めたり、あるいは不安を感じたりするのが前兆となる。


 その後、シーレーンを封鎖されたり、経済制裁を発動されたり、関税を上げたりといった形で、真綿で首を締めるかのように戦争が始まる。


 そう、その時点で戦争は始まっているのだ。

 けっして一人の為政者、あるいは一部の扇動者が引き金を引いた瞬間から始まるのではない。


 1914年6月28日に、サラエボで起きたオーストリア=ハンガリー帝国皇太子夫妻の暗殺はその顕在化に過ぎない。

 あの時、すでに戦争は始まっていたのだ。


 そして、次の段階。

 敵国内のインフラ、人心、社会規律を攪乱し、その能力を十全に発揮できないところまで追いやったところで、誰かが武力を行使する。

 あるいは、武力を行使させる。


 そして、戦争の最後のピースがハマる。


 これが当たり前なのだが、世界中の国々が、それをできなくなったのはなぜか。

 ・・・そう、私のせいだ。


 戦争の下準備が整い始めた時点で、私がどこにいるか、そして誰と親しいかで、その下準備がすべて吹き飛ぶ。

 ゆえに、各国ともに搦め手が使えなくなったのだ。


 話を戻そう。


《対地攻撃衛星を先に撃破することはできる?あるいは、各国に対して報復攻撃を匂わせることは?》


《難しいですな。対地攻撃衛星の進路変更は、あくまでもただの進路変更です。それに、その他の工作もまだどの国が首謀かは分かりません。》


《つまり、対地攻撃衛星が作動するその瞬間までは、こちらからの攻撃はできない、ってわけね。》


 和彦の即答ぶりを聞く限りでは、そんなことはすでに検討済み、だからこその私か。

 私が対地攻撃衛星を破壊する分には、各国とも日本に文句を言うことはできないからな。


 仕方がない。

 千弦には申し訳ないが、これも千弦と琴音、そして(おさむ)殿が暮らす国を守るためのこと。

 さて、地球人口は何人減ることやら。


《分かったわ。和彦。今からそちらに向かう。対処は私に任せなさい。ただ、国内のデモや海底ケーブルなどの破壊活動は自力で何とかしなさいね。》


《感謝します。では。》


 さて・・・衛星軌道上、それも多方面から接近する相手を、宇宙空間のようなだだっ広いところで針の穴を通すような攻撃を実行するには・・・。


 誰を召喚する?

 それとも、私自身が魔法を使う?

 とにかく移動しなければ始まらない。

 二人にこの場を任せてから急ぐとするか。


 ・・・・・・。


 和彦との念話を終え、ショットガンの手入れを行っていた千弦と、軽傷者の治療を行っていた琴音を呼び出す。


 ・・・う~ん。

 一から十まで説明している時間がないな。


仄香(ほのか)。どうしたの?何かあったの?」


 琴音が私の顔を覗き込む。

 どうしたものか。この二人になら、使っても構わないか。


「いえ、日本で少し問題が発生しましたので、この場をお二人にお任せします。宗一郎さんとエルリックへの伝言を願いします。それと、遥香さんは念のため連れていきます。」


 これが陽動で、私と遥香を分断したうえでその身体を遺物(アーティファクト)にするための敵襲の可能性もある以上は、戦闘ができない遥香を置いていくのは適当ではない。


「うん、そうだね。遥香、気を付けてね。」


「遥香、仄香(ほのか)の近くを離れないでね。・・・で、仄香(ほのか)。事情の説明・・・というか、情報の伝達は?その分だと時間はないみたいだし、口頭ではなくて、何か術式を使うのかな?」


 さすがは千弦。

 説明が要らないことのなんとありがたいことか。


「ええ。お二人ともこちらに。地の王(エンキ)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()(つづ)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」


 両手で抱きかかえるように二人の頭を抱え、高速情報共有魔法を行使する。


「わ!・・・すごい・・・。ふふ、心配しないで。姉さんと私がいれば何とでもなるよ。」


「なるほど・・・こりゃ、厄介だ。あとは琴音と私に任せておいて。」


 一瞬ですべての情報が伝わり、二人は大きくうなずく。


 ・・・この魔法、結構制御が難しくて、こちらの感情や体調といったものまで相手に流れ込むことがあるから、よほど信頼した相手じゃないと使えないのだが・・・。

 いらぬ心配だったな。


 ◇  ◇  ◇


 長距離跳躍魔法(ル〇ラ)で首相官邸に着地すると、すでに私たちの到着を待っていたSPがその周囲を取り囲み、素早く官邸内に招き入れる。


「うわ、こんな風になってるんだ・・・すごい、秘密基地みたい。」


 地上部分とは異なり、一般に公開されていない通路を通って地下へと進んでいく。


 いたるところにSPや警察官が立ち、私といえどもその全貌を知られないよう、進路を制限している。


 そんな中、遥香は無邪気に興奮しているが・・・まあ、私の依り代と伝えてあるからいいだろう。


 ちなみに、先ほどからSPの顔が妙ににやけっぱなしのは、遥香が魅了魔法を使っているからではない。

 純粋に遥香の反応を楽しんでいるようだ。


「お待たせ。状況は?」


 危機管理室に入室するなり、こちらに気付いてデスクを立った和彦と浅尾一郎に声をかける。


「おお、よくぞお越しくださいました。・・・状況は(かんば)しくありませんな。敵衛星の進路は変わらずです。また、あの後、海底の通信ケーブルがさらに二か所切断されました。他にも、主要な携帯電話のキャリアがいくつか、原因不明の輻輳(ふくそう)(通信過多)を起こしています。」


「北海道各地の空軍基地じゃ、ゲート前や滑走路上で大規模なデモが行われてるな。択捉の天寧基地じゃ警ら隊に死人も出てる。ったく、左翼の連中、自分が肉の盾にされてることに気付かないのかね?」


 和彦と浅尾一郎がそれぞれ端的に現況を説明する。


「敵の海軍や空軍の動きは?」


「そちらは私が説明をいたします。空軍参謀総長の山梨と申します。こちらをご覧ください。」


 山梨と名乗った、おそらくは空軍の大将と思われる男はタブレット型端末を差し出す。


 そこには、北太平洋で演習中のエカテリンブルグ条約機構軍、そして、演習に参加する名目でマラッカ海峡出口に差し掛かる雑多な艦隊、さらにはそれらの艦隊と並走する、いわば肉の盾となっている日本やアメリカの民間船が多数、映し出されていた。


「ふん・・・肉の盾が私に通用するとでも思ったのかしら。それとも、臨検とかいって海峡を封鎖するつもりかしらね。・・・で、どうしようかしら。まずは・・・これ、よね。」


 タブレットから目を上げ、メインモニターに映し出された対地攻撃衛星を見る。


 結構な高度を回っているのか、それとも地球の自転と合わせてタイミングを合わせるためか、それぞれが同時に日本の上空に差し掛かるまでにあと1時間以上かかるようだが・・・。


 すべてぶち落とせば一番手っ取り早いんだが、それで難癖をつけてくるのは決まっているんだよな。


 それに万が一、私に何かあれば、東側諸国はこぞって日本をたたきに来るだろうし・・・。


 力技で解決しないことの、なんと歯がゆいことか。

 千弦や琴音のためにも、これ以上地球人類を減らしたくないんだよな。


 考え込む私を見かねたのか、思いもよらないところから声がかかった。


「ねえ、仄香(ほのか)さん。この対地攻撃衛星って、どのくらいの高度を飛んでいるの?」


「え?ええと、700kmくらいかしらね。大体100分くらいで地球を一周するわ。」


 正確にはもう少し短い時間で一周する物もあるのだが、重要なのはそこじゃないだろう。


「すごい速度だね。・・・でも、宇宙空間で姿勢を制御しながら飛ぶのって大変だよね?ほら、スペースデブ・・・だっけ?それに当たったり、そうじゃなくても姿勢制御の計算が狂ってたり・・・しても、地上からは簡単に確認取れないよね?」


 遥香、それを言うならスペースデブリだ、スペースデブじゃない。

 どんだけのデブだよと思わずツッコみそうになったが、彼女の言葉にハッとする。


「なる・・・ほど。そう、対地攻撃衛星は隠蔽性が高すぎて、それを打ち上げた国でさえ、地上からはその詳細を知ることが難しい。それに、これらの衛星は常温常圧窒素酸化触媒(CONANTAP)術式弾頭弾が出来てから新しく飛ばされたものはない。・・・さらに、メンテナンスだって大っぴらにはできない。」


 遥香の言葉に、対地攻撃衛星の打ち上げられた時代を合わせて考える。


「確かに、一番新しいものでも、1970年代半ばのシロモノですな。それ以降、メンテナンスをした国があるとは聞いておりません。」


 山梨大将が私の言葉に同意する。


「じゃあさ、それだけ長い間、スペースデブとか、直射日光にさらされ続けた機械って、壊れたりしないの?」


 頭の中で、点と点がつながる感覚。

 そして、私でなければできない、かつ、それがなされたことを私以外が確認することもできない方法を思いつく。


「お手柄です。遥香さん。ここにあなたを連れてきてよかった。・・・山梨大将。大至急、東京上空を飛ぶ航空機を退避させてください。これから、ちょっと派手な魔法を使います。」


「何をされるおつもりで?」


「ええ。特大の花火を打ち上げます。そう、飛び切り派手なやつをね。」


 そうと決まれば時間はない。

 手早く近くのSPを引き連れ、官邸危機管理室を飛び出す。


 ふふ、やっぱり私の娘たちは最高だ!


 ◇  ◇  ◇


 南雲 琴音


 仄香(ほのか)から情報を受け取り、現場を引き継いでから所定の作業を行う。

 とはいえ、すでに教会やソ連に内通した者はすべて取り押さえているんだけど。


「琴音君。何かわかったかね?」


 先ほどまで結界のメンテナンスに行っていたガドガン先生が、ヒョイと顔を出す。


「あ、先生。とりあえず状況を整理してみました。・・・本当に権力欲って厄介ですね。」


 仄香(ほのか)が自白させた内容をもとに、彼らの活動内容をすべて整理していく。

 事の発端はリュシエルが族長の権力を欲したことだ。


 そして、ソ連政府はリュシエル・アウリエナ夫妻がハイエルフの族長になるタイミングを狙って、エルリンドールの結界を解除させ、この町を連邦の施政下に編入させるつもりだったらしい。


「それにしても、なんだってハイエルフがソ連の施政下に入るのを良しとしたんだろうね?共産主義とは相性が良くないと思うけど?」


 姉さんが首をかしげているが、その点については私も同意見だ。


「ん?・・・ああ、そもそもハイエルフは財産の共有性がそもそも高いからね。互いにどれだけ働いているか可視化されているから、不正や怠けを防ぎやすいんだ。それに・・・自給自足的で外部との繋がりが薄かったから、利益最大化より、『全員が生存する』ことを優先しやすかったんだろうね。」


「あ、そうか。伝統的共同体意識と余剰生産物の貯蓄の難しさか。ああ、確かにコレは原始共産制だね。」


 ガドガン先生の言葉に、姉さんが納得する。

 そう、歴史の授業でやったっけ。

 でも、やはり疑問が浮かぶ。


「じゃあ、ハイエルフは富を仲間と分割するのに抵抗はなかったんだね。でも・・・あれ?だからと言ってソ連の施政下に入る気になるかな?自分の町から富が流出するだけにならない?」


「そう。原始共産制は規模が大きくなると監視できないからね。それに、外部との交渉が必要になると管理者階級が必要になるし、必ずいざこざが起きるから戦士階級が必要になる。すると、平等原則が崩れてしまう。それでもなぜ、彼らがエルリンドールをソ連の施政下に入れようとしたか。それは・・・これだ。」


 ガドガン先生は私の問いに答えながら、意識の戻っていない一人の首から、ペンダントのようなものを引きずり出す。


「・・・教会のシンボル!?ああ、そうか、宗教か。」


 逆三角形に逆さYの字のシンボルを見て、納得する。

 なるほど、共産主義が聞いてあきれる。

 いや、この主義だからこそか。


「え?いや、どういうこと?確か共産主義って、宗教のことをアヘンとかと同じだって言ってなかったっけ?」


 姉さんが戸惑ったような声をあげるが、その疑問は当然だ。


「ええ、確かにそうね。共産主義国家は無神論が国是だし、併合した国に宗教があれば無理やりにでも『迷信を克服』させるわ。でもね、実際には収穫祭を『大地の精霊に感謝』から『労働者に感謝』に捻じ曲げたり、成人式を『青年共産同盟への入団式』にして維持したり、しまいには祖霊崇拝を『偉大な先祖の労働精神を受け継ぐ社会的行事』とか言って残したりしてるのよ。」


 そういえば姉さんって、そっち方面にほとんど興味がなかったみたいだしね。

 ま、短期的に生き延びるのには不要な知識だとは思うけど。


「さすがは琴音君。よく勉強しているな。実際そうなのだよ。宗教的共産主義というものも存在するし、共産主義においては宗教的権威者が指導者を兼ねることが多いのだ。・・・まったく、ここまで矛盾した主義というものは見たことがない。」


 ガドガン先生は私を褒めながらも、心底この主義についてあきれているようだ。


 共産主義の大原則は「平等」、そして前提は「現実」だ。

 だが、人は怠惰であるがゆえに、強権的な指導者がいなくてはこの主義は成立しない。

 そして当然、指導者と労働者は平等ではなく、この主義は現実には成立し得ない。


 たった三行で矛盾する主義ってどうなのよ?と考えてしまうが、まさかそっち(宗教)方面も矛盾の塊だったとはね。


「ごめん、まだよくわからない。」


「つまり、宗教も共産主義も、矛盾だらけの精神汚染だってこと。はあぁ・・・。ハイエルフってもっと賢いと思ってたわ。」


 ・・・料理が好きで、理知的で、優しくて、ほとんどわがままを言わないエルを見て、勝手にハイエルフという存在を曲解していたよ。


「と、とにかく、教会に(そそのか)されていた連中はふん縛ったし、(おさむ)君がいそうな場所も分かったし、仄香(ほのか)が帰って来たら、エカテリンブルグに殴り込むんでしょ?やることは単純よ!」


 姉さん、言葉には出さないけど、(おさむ)君のことで頭がいっぱいなんだろうな。

 普段よりIQが40くらい下がっているような気がするよ。


 ・・・でも大丈夫。

 次こそは私が姉さんを守る。

 そう決めて、そっとこぶしを握り締めた。


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