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257 エルの帰郷/民意の暴走

 南雲 琴音


 南ウラル山脈、山腹部


 8月29日(金)


 仄香(ほのか)の魔力を封じた術札をエルが使い、長距離跳躍魔法(ル〇ラ)で降り立った場所は・・・現実世界とは思えないほど美しい世界だった。


「なにこれ・・・光の玉が宙を泳いでる・・・蛍?・・・いや、虫じゃない。体をすり抜けていく・・・。」


 隣で姉さんがその光の玉を捕まえようと躍起になっている。

 遥香はそんな姉さんを追いかけて二人でカメラを振り回している。


「うわぁ・・・おとぎの国みたい。ねえ、千弦ちゃん!こっち向いて!」


 エルはそんな二人を見ながら笑っているけど、エルと一緒にいる宗一郎伯父さんやオリビアさんは驚きのあまり、あんぐりと口を開いたままになっている。


 今、この町・・・エルリンドールを訪れているのは私と姉さん、仄香(ほのか)(inジェーン・ドゥ(バイオレット))、遥香。


 そしてエルと宗一郎伯父さん、ガドガン先生とオリビアさん。


 総勢7名が柔らかな絨毯のように草や花で舗装された道を、町の入り口に向かって歩いていた。


仄香(ほのか)。ここはもう僕が張った結界の中だ。今後はくれぐれも結界を通過するときの手順を間違えないでくれよ?君なら結界に阻まれることもないだろうけど、結界の強度が持つ自信がない。」


「ええ、エルリック。わかっているわ。手順はもう覚えた。それにしても・・・森林・山岳複合型の魔力回路溜まり(ダンジョン)の出力をその境界面で循環させて結界にするとは・・・考えたものね。」


 仄香(ほのか)の言う通り、ここ、南ウラルのハイエルフの里を取り巻く大規模な結界は、世界樹(アイナルダ)から出力する魔力を用いて構築されているようで、恐ろしく緻密で、かつ強力かつ大規模な多重結界をなしている。


 仄香(ほのか)でさえ、この結界を素通りすることはできず、無理に通ろうとすれば大ダメージを受けてしまうらしい。

 ・・・突破自体はできるらしいけどさ。


「ねえ!このフヨフヨしてる光の玉って人体に害とかないの?それとも何かの役に立たない?」


 姉さんが興奮気味に騒いでいる。

 いや、その気になればラジエルの偽書で調べられるよね?


「千弦さん。この光の玉は概念精霊(スピリット)そのものです。青い光は水の概念精霊(スピリット)、緑の光は風の概念精霊(スピリット)。そして黄色い光は土の概念精霊(スピリット)です。」


「うわぁ・・・・まさか、概念精霊(スピリット)そのものを見ることができるとは・・・。あれ?火の概念精霊(スピリット)は?それに、元素精霊(エレメント)根源精霊(オリジン)は?」


「火の概念精霊(スピリット)(かまど)のある所に行けば会えますよ。元素精霊(エレメント)は普段から見えているはずなんですけど、あまり気にしたことはないから気付かなかったのかしら。根源精霊(オリジン)を見るのは・・・電子顕微鏡でも無理ですね。」


 ・・・仄香(ほのか)・・・まさか鉄の塊を見せて「これが第二十六の元素精霊(エレメント)です」とか言わないよね?


「え、ええぇ~。全く気付かなかったよ。それにしても・・・すごい魔力圧だね。妙に活力が湧いてくるような気がするよ。」


「ん。この感覚。ひさしぶり。エアレッセは今日も元気。」


 そういえば、この里はエルの故郷なんだっけ。

 だとすると、彼女を一万ルーブルで教会に叩き売った両親がいるはずで・・・。


 町の中を進むと、エルによく似た美形の男女が私たちを見て一瞬ぎょっとするような顔をするけど、先頭を歩くガドガン先生に気づくと安心したような顔になって会釈している。


 そのまま一行は町の一番奥、ひときわ大きな木・・・なんじゃこら?

 ツリーハウス?

 いや、木が家の形に育ったみたいな・・・それでいて妙に先進的なデザインの屋敷の前に立った。

 門構えといい、屋敷の大きさといい、この町で最も大きな屋敷だ。


「おーい。僕だ。エルリックだ。エルヴァリオン。セレディーネ。・・・あれ?留守かな?まあ、連絡方法もなかったから仕方がないか。」


 不思議な質感の扉を叩くも返事がなく、かといってこの町には宿屋らしきものもなく、途方に暮れていると、家の門の前から声変わりしていないかのような男の声が響いた。


「Eä? Elriconya? Itilya tenna lúmessë? Manen? Ná i tanomë túlë úvë andavë... Nai, engwë ná mi varma?(あれ?エルリックさん?こんなに早くにどうしたんだ?調整の予定はまだずいぶん先のはずだけど・・・まさか、結界に問題でも?)」


 声のしたほうに振り向くと、エルによく似た顔つきの二十代くらいの青年が矢筒を片手にこちらを覗いている。

 今なんて言ったんだ?

 ロシア語ですらないよね?


 私のすぐ隣で仄香(ほのか)がイヤーカフをトントンと叩いている。

 どうやら翻訳してくれるようだ。

 ありがたいね。


「ああ、フィラエルか。いや、結界とは別の用があってな。エルヴァリオンもセレディーネも不在のようで困っていたんだよ。二人がどこに行ったか知らないか?」


「ああ、伯父さんたちなら、今日も世界樹(アイナルダ)の祭壇でチェスでもやってるんじゃないかな?伯母さんも一緒だと思うよ。・・・それより、その娘・・・ルィンヘン(ハイエルフ)氏族・・・ですよね。初めて見た。まさか、里の外に?」


 フィラエルと呼ばれた青年はエルに近づくと、まじまじとその全身を見る。


「あ・・・う・・・わ、私・・・。」


 ただでさえ口数が少ないエルが、フィラエルの無遠慮な視線に固まってしまっていると、宗一郎伯父さんが一歩前に出て彼女をかばう。


「・・・ん?誰だ?・・・人間?人間が何の用だ。」


 ふっ、と姉さんの右手が動く。

 だが、その右手には何も握られていない。


 ちょ、待て。

 今いきなり銃を抜こうとしなかった!?

 それとも、もう()()()()


 そんなことにも気づかず、宗一郎伯父さんはエルの前に立って彼女をかばう。


「俺の妻に失礼な視線を向けないでもらおうか。・・・ったく、ついてきて正解だったよ。」


「・・・ん。宗一郎。私は大丈夫。ええと、この人は私の夫。」


 一触即発になりかけたフィラエルと宗一郎伯父さんに、小さいながらもしっかりした声でエルがとりなしている。


 そう・・・今回、南ウラルに来るにあたって、ガドガン先生の助力があることが分かった時点でエルを連れてくる必要はなかったのだ。


 仄香(ほのか)によれば、フェアラス(コモンエルフ)氏族よりも排他性が少ないはずだったので、結界を張り、維持管理を行っているガドガン先生がいれば全く問題はないと判断したんだけど・・・。


 それにエル本人が行きたいと言って聞かなかったんだよね。


「まあまあ。フィラエル。里の外の同胞が珍しいのはわかるが、僕の顔に免じて。それより、君のご両親は?」


「ああ、悪かった。そんなつもりじゃなかったんだ。・・・父さんと母さんは里の外に買い出しに行ってるよ。夜には戻ると思う。それにしても・・・あの娘・・・伯父さんと同じ気配がしたんだけど・・・。」


 ぶつぶつと何かをつぶやきながらフィラエルは屋敷の扉を開き、矢筒と弓を玄関先に置き、奥へと歩いていく。


 カギやスイッチを使うこともなく扉は開き、屋敷の中に明かりがともっていく。

 ・・・これは、術式・・・いや、魔法か。

 家電製品並みの感覚で術理魔法を使っているのか。


「とりあえず、寝泊まりするのはいつもの客室でいいかな?少し人数が多いみたいだからもう一部屋用意するだろうけど、先に伯父さんたちを呼んでくるよ。応接室で(くつろ)いでて。」


 床から直接生えたようなソファーに座ると、布では考えられないほどふんわりとした感触が腰を包む。


 う~ん。

 こりゃあ・・・眠気を誘うな。

 姉さんは・・・ああ、いつもの室内チェックか。

 そっちは任せておけばいいや。


 ・・・姉さんの室内チェックが終わり、やっとソファーに座ったところで、この屋敷の主人と思われる男性とその妻と思われる女性が帰宅した。


 ・・・どうやらフィラエルは一緒ではないようだが・・・。


「やあ、お邪魔してるよ。エルヴァリオン、セレディーネ。紹介しよう。彼女が僕の師匠にして当代の魔女。『ジェーン・ドゥ』の名は知らぬ者はいないだろう。・・・まあ、便宜上、僕は『仄香(ほのか)』と呼んでいるけどね。」


「おお!貴女がお噂の!お会いできて光栄です。そして、こちらの方々は?・・・っ!?」


「ああ、順に紹介しよう。右からオリビア・フォンテーヌ。彼女は僕の護衛ということになっている。詳しいことは後で説明するけどね。そして南雲千弦、琴音の姉妹そして久神遥香。彼女たちは僕の教え子だ。それから・・・あれ?エルヴァリオン。セレディーネ。どうかしたのか?」


「・・・まさか、この娘は・・・グローリエル。グローリエルでは・・・ないか?」


「うそ。グローリエルが・・・生きて・・・。」


 エルヴァリオンとセレディーネと呼ばれた夫妻はグローリエルを見ると同時に凍り付いたようにその視線を貼り付け、全身を震わせている。


「ええと・・・知り合いだったのか?一応、紹介の続きを。彼女は、グローリエル・R・九重。それと、そちらにいる男性が九重宗一郎殿。二人は夫婦で、仄香(ほのか)の弟子と友人だ。」


 そう、ガドガン先生が言ったのとほぼ同時だった。


「グローリエル!会いたかった!47年も前に死んだものと!」


「私のグローリエル!確かにあなたの遺体を見たの!あの日、世界樹(アイナルダ)の元に埋葬したの!でも、まさか、生きてるなんて!ああ、精霊(エアレッセ)のお導きだわ!」


 はて?

 どういうことだろうか?


 たしか、エルは結婚式でも話した通り、「1000万ルーブルで売られた」んじゃなかったっけ?

 それも、実の両親に。


 目を丸くするエルと、何が何だか分からないといった顔をした仄香(ほのか)と宗一郎伯父さん。


「く、くるしい・・・。」


 両親に抱きしめられて苦しそうなエルを、なぜかオリビアさんだけが「うんうん」という顔をして立っていたよ。


 ◇  ◇  ◇


 小一時間抱きしめられて、すっかり顔が青くなってからエルはやっと解放された。


 何とか自由になったエルは、先ほどから宗一郎伯父さんにべったりと・・・いや、ダッコちゃん人形のように張り付いている。

 ・・・ちょっと古すぎる例えだったか。


「それにしても・・・まさかグローリエルが生きているとは・・・。」


 先ほどからエルヴァリオンさんはそればかり繰り返している。


 奥さんのセレディーネさんから詳しく話を聞いたところによると、エルは今からおよそ50年間、世界樹(アイナルダ)の枝が落雷で折れたときに、その下敷きになって亡くなった・・・と思われていたそうだ。


 年若いハイエルフが事故で亡くなることなど二百年以上なかったらしく、完全に放心状態になった夫妻に代わり、弟夫婦であるリュシエルとアウリエナ夫妻が葬儀を取り仕切ったそうだ。


 彼らによれば、グローリエルの遺体は損傷がひどく、とてもじゃないが夫妻に見せることはできない、とのことで、最後までその顔には白い布がかぶせられていたらしい。


「あやしいですね・・・。その弟夫妻・・・何か重大なことを知っているのではないでしょうか。」


 仄香(ほのか)がボソリという。

 ・・・私も同意見だ。


「なあ、仄香(ほのか)さん。さっき私たちを案内してくれた・・・ええと、ファイエルだっけ?彼、その弟夫妻の息子さん、つまり、エルさんの従兄弟ってことになるんだよね?」


「惜しい。フィラエルね。どうする?エルの従兄弟、叔父さん叔母さんなんだよね?大人しく話すと思う?私は今すぐにフィラエルを追って身柄を確保したほうがいいと思うけど。」


 姉さんはバイオリンケースを開き、サブマシンガンのようなモノの調整をしている。

 ・・・今回はやたらと重武装なんだよな。

 大型のキャリーバッグにライフルケース、そして・・・持ち切れない荷物はなぜか私まで背負わされている。

 だいたい、このショットガンなんて九重の家から持ち出したんだよな。


 姉さんの気持ちは分かるから何も言わないけどさ。


「そう、ですね。分かりました。先手を打ちます。ええと、エルヴァリオンさん。セレディーネさん。お二人のお話とグローリエルから聞いた話からすると、リュシエルさんとアウリエナさんが何か重要なことを知っている可能性が高いかと思われます。多少手荒なことをしますが、怪我はさせません。よろしいでしょうか?」


「あ、ああ・・・。分かった。俺達も真実を知りたい。今日までグローリエルが死んだものとばかり思っていた。もし、リュシエルたちが何かを知っているというのなら・・・。」


 だが、フィラエルは今、どこにいるのだろうか。

 自分の家に戻った?

 それとも「夜には戻る」という、里の外に買い出しに行った両親を迎えに行った?


 思わずハッとして仄香(ほのか)とオリビアさんの顔を見る。

 このままでは相手に先手を打たれるのではないか!?

 この二人に速攻で動いてもらった方がいいのではないか?


 だが、二人はにんまりと笑うとそろって姉さんに視線を向けた。

 ああ、この二人は姉さんの取り扱いに習熟し始めたのか。


「まかせて!こんなこともあろうかと!」


 ・・・姉さんがポケットから取り出したソレは・・・

 「対人強制跳躍召喚術式」・・・。


 そう、中二病っぽい模様のど真ん中に、かなりヤバめな文字が躍っていたよ。


 ◇  ◇  ◇


 九重 健治郎


 同日午後


 国防省 陸軍情報本部二部別室調査部


 高杉の報告を聞きながら、同時に手元にある資料をパラパラとめくっている。


 現在のソ連の戦力では、我が国に対して本格的な軍事行動を起こすにはまるで足りていない。

 魔女事変以前であればいざ知らず、今の東側諸国は完全に解体直前だ。


 ネズミ(スリーパー)騒ぎもほぼ収まったことだし、仄香(ほのか)さんが大規模な洗脳魔法や干渉術式を使ってくれたおかげか、業務量はほぼ日常レベルまで低下していた。


 だというのに、さっそくそれをひっくり返そうとする知らせが入ってきたのだ。


「戦争、ねぇ・・・本気なのかねぇ?」


「大佐。海軍作戦部より入電。ウラジオストックに艦隊が集結しつつあります。オホーツク艦隊、太平洋艦隊は補給を完了。ただ、北方艦隊はゼヴェロモルスクを出港しましたが北極海航路上で立ち往生しているようです。」


「そうか。今年は、北極海の流氷は解けていない、か。」


「はい。今年はかなり氷が厚いようです。」


 北極海航路は近年地球温暖化が進み、北極海の氷が夏の間だけ溶けることにより、例年8月から10月は北極海航路として開通するようになっていたが・・・2021年は冷夏の影響で開通しなかったのと同じように今年も開通しなかったのか。


 ・・・いや、おそらくは仄香(ほのか)さんが何かやったな?

 そのまま永遠に氷に閉ざされていてくれるとありがたいよ。


「だが、砕氷艦の支援で進攻してくる可能性もある。海軍と連絡を密にしろ。ソ連地上軍の様子はどうだ?」


「ハバロフスクの極東軍管区にはまだ大きな動きはありませんが、ソ連領内を移動する複数の戦車大隊を確認しました。・・・他、正体不明の一群も。」


 そういいつつ、高杉はそっと数枚の写真を差し出す。


 そこには巨大な人型ロボットの一団が整然と行進をしている様子が映し出されていた。


 画角からすると、これは現地に潜伏中の工作員がパレード中のそれを望遠か何かで撮影したものだろう。


 こんなものを大量に行進させていれば、民衆はさぞや自国が強大国と錯覚したことだろう。

 実際、こいつらは恐ろしい性能を持っている。

 まあ、仄香(ほのか)さん相手だと16機で30秒しか持たなかったらしいがな。


「・・・装甲機動歩兵。それも新型か。面白くもないモノを馬鹿の一つ覚えみたいに作りやがって。で?コレについてわかっていることは?」


「は。別表にまとめましたのでこちらを。」


 差し出されたレポートに目を通し、以前、仄香(ほのか)さんが話してくれた装甲機動歩兵・・・アメリカでは魔導装甲歩兵か。

 それらの性能を確認していく。


 踏破性能はそれほど変わっていないか。


 時速にして170km以上、垂直跳躍10メートル、水平跳躍30メートル。

 ・・・変わっていないとは言え、はっきり言って脅威以外の何物でもない。


 だが、こういった兵器は、汎用性は高いが局地性能に欠けることが多く、我が国でも開発するかどうか、議題に上がったことが何度かあるが、毎回見送られている。


 防弾性能はかなり向上しているようで、装甲車両に若干劣る程度の装甲を有する。

 また、対魔法・魔術系統の防御を備え、一般的な魔法使いや魔術師の魔法はその装甲を貫通することができない。


 大きく変わった点は、制御の大部分を術式ではなくコンピューターに頼ったところか。

 これにより、以前はパイロットを使いつぶすような設計だったが、それがなくなり、長時間の作戦行動が可能となった。


 同時に、火器管制装置を同じコンピューターで行うことができるため、C4Iによく似た指揮統制システムを搭載している、か。


「例のローザンヌで鹵獲(ろかく)された機体を入手できたのは幸いでした。切り刻まれていたとはいえ、すべての部品がそろったのは仄香(ほのか)さんのおかげですね。」


 デスクから立ち上がり、技術班が組み立てを行っている現場に向かう。


 8月中旬に仄香(ほのか)さんから受領した装甲機動歩兵は、魔術結社を急襲した連中が運用していたものだったが、それを聞きつけた国防総省(ペンタゴン)の連中が彼女に機体の鹵獲(ろかく)を依頼したのだという。


 スイス領内で発生した事件であるからには、永世中立国相手に鹵獲(ろかく)品の提供はおろか、その情報を提供するように言うことはほぼ不可能かと思われたが・・・。


 なんと気を利かせて日本の分まで持ってきてくれたんだよな。

 いや、本当にありがたい。


 受け取るときに仄香(ほのか)さんが「色気のない贈り物で恥ずかしい限りですが」と言っていたが・・・。

 まさか、仄香(ほのか)さんに求婚されるなんてなぁ・・・。


「九重大佐。どうかされましたか?」


「あ、いや、何でもない。話は変わるが、例の少年はどうなっている?」


「石川(おさむ)君ですね。KGB(国家保安委員会)GRU(参謀本部情報総局)の内通者を通じてその身柄の保全を行わせております。教会の連中がソ連の上層部に食い込んでいたことが逆に助けになるとは思いもしませんでした。」


「友人は多いほうが良い、ということだな。特にKGB(国家保安委員会)のほうは党の上層部を見限っているからな。せっかくモスクワの氷が溶けたというのに、また氷漬けにされたくはないんだろうよ。・・・ああ、次は焦土になる可能性もあるのか。」


 実際、現場を見ない上層部やイデオロギーに凝り固まった共産主義者どもは、今や国家を亡国へと導く道路の舗装をしているに等しい。

 いや、強い祖国を信じる国民こそが戦争を後押ししているともいえるのだが。


 それに気付いたからこそ、水面下で我々に接触してきたのだろう。


 さて、問題はGRU(参謀本部情報総局)だ。

 ドルゴロフから正式に命令が下った場合、「国家の威信にかけて」軍を動かすことになるのだろうな。


 教会だか何だか知らないが、これ以上人間サマの世界にオカルトを持ち込まないでほしいものだ。

 ・・・俺が言うことではなかったな。


 鹵獲(ろかく)された装甲機動歩兵の前に立ち、技術士官から説明を受ける。


「・・・基本は完全にロボットですね。動力炉と電磁筋にあたる部分、それとエネルギーパスと制御ユニットの一部が既存の科学では説明ができない構造になっていますが・・・これが魔術というシロモノですか?」


「おそらくな。ご苦労だった。ここから先は魔術師の領分だ。あとは任せろ。」


「残念ですよ。我々技術者では手が出せない領域が目の前に広がっていると思うと・・・。ゆくゆくは科学と魔術の合一を果たしてみたいものです。」


「ああ、そのうちな。俺たちの子か、孫の代か。そのころには実現しているだろうよ。」


「魔術が生まれてから約二千年。ずっと夢物語だったことがそんなに早く実現しますかねぇ?」


 妙に乗り気な技術士官と、妙に懐疑的な事務官にあとは任せて術式の刻まれたボードを手に取り、解析を試みる。


 キリル文字・・・ベース言語はロシア語か。

 数式は・・・馬鹿正直に16進法。

 ここまでは魔術師でなくとも解読できる。


 問題はここからだ。

 なぜか時々混ざるルーン文字。

 そして、正体不明の文字、または記号。


 術式による暗号化は・・・おそらくは神話の曲解式。


 スラブ神話における雷神(ペルーン)豊穣神(ヴォーロス)風神(ストリボーグ)太陽神(ダジボーグ)、母なる女性労働の守護神(モコシ)七頭神(セマルグル)を、ゲルマン神話にある雷神(トール)豊穣神(フレイヤ)などになぞらえて術式を構築したのか。


 暗号化したやつ、ずいぶんとセンスが悪いな。


 ええと、風神(ストリボーグ)に該当する神格はゲルマン神話には風の神がいないから・・・とりあえず飛ばして、太陽神(ソル)は分かる。


 母なる女性労働の守護神(モコシ)は・・・結婚と家庭の守護神(フリッグ)あたりか。

 それより七頭神(セマルグル)に該当する神って誰だよ!?


「大佐。何か分かりましたか?」


「いや、分からないということが分かった。これは少なくとも今回の案件が終わるまでに解析しきれるようなシロモノではないな。一応レポートを書いておく。技研に回してくれ。」


 いっそ千弦に頼んでラジエルの偽書でも借りるか。

 あいつ、絶対にいい顔はしないと思うけどさ。


 そんなことを考えながら、腰を伸ばして組み立てなおされた装甲機動歩兵を眺めているとき、ふいに館内放送が大きな音を立てて流れ始めた。


「レニングラード、タシュケント、ノヴォシビルスクにおいて大規模なデモが発生した模様。全ソ労働組合中央評議会が主導するものと思われる。目的は西側諸国との経済格差の是正と確認。手段は武力の行使と推定。繰り返す・・・。」


「マジかよ。魔女事変以前から上のほうが暴走してたってのに、今度は下のほうから暴走かよ。」


「民衆は見たいものしか見ませんからね。例の装甲機動歩兵。民衆の目にはさぞや力強く映ったでしょう。」


「誘導兵器が発達した今では、こんなモノは対地攻撃ヘリのいい的なんだがな。それに、魔法使いでないにしても魔力持ちじゃなきゃ使えないって・・・汎用性がなさすぎだろう?」


 業務端末に送られてきた、色とりどりのプラカードを掲げる民衆は、口々に西側諸国による搾取や資本主義の害悪を訴え、「団結せよ」だの、「革命」だのと言ったあほらしい美辞麗句が並んでいた。


 ◇  ◇  ◇


 同日夜


 サン・ジェルマン


 エカテリンブルグ郊外


 幾分か長い昼が終わり、はるか西に見える薄い山に夕日が落ちていく。


 そばに控えるクリスティーナに、現状をまとめさせたものをレポートにして提出させる。


「例の少年・・・石川(おさむ)ですが、現在は落ち着いているようです。三食とまではいきませんが、こちらが提供する食事を口に運び始めた、との報告を受けています。」


「そうか。万が一、餓死するようなことでもあれば牢番も道連れだと脅した効果があったようだな。」


「そろそろ食事に人格抑制剤を混入しますか?それとも忘魂香を焚きますか?あるいは、『老いの血』を注射しましょうか?」


「・・・お前、あの少年に恨みでもあるのか?人格消去の術式はすでに刻んであるのだし、あの少年に魔力がない以上は、即座に人格をトバせるだろう?」


 魂の情報を希釈する忘魂香にしても、霊的基質を不可逆的に損傷し、老化を促進する「老いの血」にしても、不可逆的に魂の情報を損傷するという点では全く同じなのだが・・・。


「さようですか。ではせめて準備だけでも。」


 いや、「老いの血」いくら何でもマズかろう。

 余命が数年しかないような身体など何の役に立つのか。


 彼女(魔女)やその娘たちに対するカードは少ない。

 貴重なその一枚を失うわけにはいかない。


 それに、万が一にでも俺が使う可能性のある身体にそんなものを仕掛けられてたまるか。


「今ある術式だけで十分だ。それより、ドルゴロフはよくやっているようだな。」


 ここ、エカテリンブルグではほとんど騒ぎはないが、ソ連領内の大都市のいくつかでは、魔女事変によって職を、食料を、あるいは家族を失った者たちの怨嗟がゆっくりと渦巻き始めた。


「ええ。自然な形で効率よく扇動をしています。魔女事変の直後は厭戦ムードが極端に強かったようですが、民衆はもう忘れてしまったようですね。」


「民衆というモノはいつも考えないモノだ。魔女事変の原因を作ったのは中国、ソ連、そして愚かな小国たちだ。お前らの代表者がそそのかされ、考えもしないで戦争の引き金を引いたというのに。」


 テレビに映る民衆は、「驕り高ぶったアメリカに鉄槌を!」だの、「労働者に真の自由を!」だの、「全世界同時革命!」だのと言った字面だけは力強い、だが中身が何もない文字が書かれたプラカードを掲げて行進している。


 しまいには「沈黙は敵への加担行為だ!」とまで書かれたプラカードがある。

 

「・・・人間は下らぬな。・・・薙沢。例の術式の進捗は?」


「は。現在94%となっております。予定より2%早く進捗しておりますが・・・さらに早めましょうか?」


「いや、いい。進捗率が95%に達した時点で最後の作戦を始める。準備はできているか?」


「はい。ぬかりなく。教皇(サン・ジェルマン)猊下のご指示があれば今すぐにでも全軍が行動を開始します。」


「そうか。ならばよい。」


 作戦名はトワイライト・フォールか。


 ふむ。なかなか気取っているではないか。

 あの日、夕暮れの中、お前を探した手はまだその手をつかんでいない。

 必ずお前の手を、あの黄昏を越えて取り戻して見せる。



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