250 不思議の町と鈍色の刺客/遥香の策略
仄香
低高度衛星軌道上
現地時間 8月18日(火)19時
暗く、複数のモニターが光る部屋の中で眷属たちの声が複数響く。
「モロッコ、西サハラ、モーリタニア、セネガル、ガンビア、ギニアビサウ、設置が完了しました。」
「マリ、ブルキナファソ、ガーボベルデ、術式の起動を確認。すべて異常なし。」
「リベリア、シエラレオネはすでに稼働中。稼働率は予備を含めず100%を達成。」
ガボン・赤道ギニア国境付近の上空2000kmを周回中のプシュパカ・ビマナの中で、術式管制のために召喚した眷属たちが進行状況を報告する。
「いやぁ・・・何とか間に合いそうだね。ギリギリ間に合ってよかったよ。」
一段高くなったところでコンソールパネルを覗き込んでいた紫雨が、腰を伸ばしながらつぶやく。
「そうね。事前に配布した西側諸国の術式はすべて稼働させたし、日本とアメリカ、オーストラリアとイギリスの人工魔力結晶抽出妨害術式は最優先で稼働させたわ。あとは東側諸国なんだけど・・・。」
「エカテリンブルク条約機構だか戦災復興国家群だか知らないけど、見捨てるわけにはいかないのかな。どうせ敵でしょ?一度は皆殺しにしかけたんだしさ。」
「・・・千弦さんが生きていてくれた以上、報復は無意味よ。だからと言って教会に与した挙句、彼女の国に対して軍を動かした国は、今でも許すつもりはないけどね。」
人間とはしつこい生き物で、あそこまで国土を蹂躙したというのに、まだ生き残りがいるというのだから驚きだ。
同時に、私は滅ぼした国、殺した者たちに思うところは欠片もない。
例え、それが赤子でも。
国家として戦争を始めるとはそういう事だ。
国家の意思たる政府が私や千弦、そして千弦の国に対して軍を動かすということは、すなわち赤子の一人、妊婦の腹の中の胎児までの全てが、現在及び未来において私の敵として動員されたことに他ならない。
そこを間違おうものなら、生き延びた敵に寝首を掻かれるだけだ。
つまり、善意で逃した敵の赤子が、いつしか兵士となって私の子孫の首を切る。
ゆえに、根切りにする。
それが嫌なら戦争など私に吹っかけるべきではない。
だが、滅ぼす大義名分がなくなった以上、わざわざ殺して回るほどの手間もかけたくない。
まあ、少しは懲りたのではないかと信じたい。
・・・誰に宣言するつもりもないけどな。
【紫雨。彼らを助けるのが目的ではありません。教会、ひいてはあのバカ男にこれ以上の戦力を与えないための処置です。・・・東側諸国には無断で仕掛けてしまいましょう。どうせ人間には人工魔力結晶抽出妨害術式を破壊することはできませんから。】
まさに星羅の言う通りだと思い、各地で展開中の眷属に作業終了後、東側諸国に飛ぶように指令を出す。
あのバカ男のせいで夏休みの後半がパアだよ、と愚痴をこぼしつつ、稼働中の術式の監視に移る。
「はあ・・・グローリエルの淹れてくれたコーヒーが欲しい。まったく、宗一郎殿は三国一の果報者だわ。」
三国一の・・・と言いながら、三国ってずいぶん狭い世界観だよな、などとくだらないことをぼやきながら、コーヒーのカップをデスクの上に置いた瞬間だった。
「マスター!異常事態です!ヨハネスブルクに配置中の人工魔力結晶抽出妨害術式が信号途絶!何者かに破壊・・・いえ、分解された模様!」
「そんな馬鹿な!破壊されたならいざ知らず、分解されただって!?暗号化は流動性暗号術式で行っているんだぞ!?」
眷属の言葉に紫雨が驚きの声で答える。
その言葉通り、設置中の術式に施された暗号は一ミリ秒ごとに自動生成した数式をもとに暗号を上書きしていくシロモノだ。
ハッキリ言って地球上に存在するすべてのコンピューターを使っても、解読できるようなものではない。
一節の解読にビスマス209の半減期より長くかかるような暗号を、一秒間に千回も上書きしてるんだぞ!?
ハッキリ言って私でさえ暗号鍵がなければ投げ出すレベルだ。
それを、分解した、だと!?
「状況知らせ!分解されたのはヨハネスブルクだけか!」
「確認しました!現在分解されたのはヨハネスブルクのみ!メインモニターに表示します!・・・いえ・・・妙です・・・。これは・・・街並みが、戻っている・・・?」
「どういう、こと・・・?」
プシュパカ・ビマナのメインモニターに、ヨハネスブルグの町並みが映し出される。
そこには・・・私がその全土を猛毒の泥濘に沈めたあの日以前の・・・ヒルブロウやアレクサンドラなどの町並み、そして崩れ落ちたはずの高層ビル群や舗装された町並みが、そのままの姿で映し出されていた。
・・・・・・。
急遽、術式の設置作業を中断し、プシュパカ・ビマナをヨハネスブルグ上空に停止させる。
最大光学望遠で拡大されたソウェト地区には、かつて、ネルソン・マンデラが暮らしていた家を改装した博物館、マンデラハウスが完全な状態で残っているのが見える。
それに、街を行きかう車の流れもあの日のままだ。
「マスター。南アフリカ放送協会の放送を受信しました。・・・サブモニターに回します。」
一体の眷属の言葉とともに映し出された映像は、何かのニュースを流しているようだが・・・画面に表示された日付を見て言葉に詰まる。
「6月19日・・・2ヵ月も前の、番組・・・?」
ハッキリ言って何が起きているのかわからない。
だが、現地まで行って調べるのは論外だ。
はっきり言って危険極まりない
「マスター。偵察用の眷属を数体、送り込むことを進言します。」
一人の眷属が声を上げる。
・・・自分が行けないから眷属を送り込む?
何が起きるか分からないのに、そんな真似、できるわけが・・・。
「母さん。僕のゴーレムを使ってみない?千弦さんと共同開発した新型があるんだけど、量産を目的に作ってるから失っても惜しくはないし、情報が漏れないように自爆機能もある。こういうときにはもってこいだと思うんだけど。」
悩んでいると紫雨がポケットからピンポン玉サイズの金色の球を二個取り出す。
【私も紫雨の意見に賛成です。・・・ところで紫雨。なぜ、金色の・・・玉なんです?それも二つ。いささか下品ではありませんか?】
・・・まじめな場面でネタをぶっこんで来やがったな!?
星羅ってこんなキャラだっけ?
緊迫していたプシュパカ・ビマナの中で、眷属がクスクス、ゲラゲラと笑い出す。
そうだ、私だけではなく、紫雨と星羅までそろっているのだ。
怖いものなどあるはずがなかったな。
◇ ◇ ◇
紫雨のゴーレムは別に二体だけというわけではなく、数十体のゴーレムが地上に向かって投下される。
「よし、自由落下モードから飛翔モードに変更。『らせん式空力偵察ゴーレム』、行動開始。」
紫雨の指示に従い、ゴーレムたちは一斉に変形し、らせん形の本体に八対の翅が生えた、蜻蛉が連なったような形状に切り替わる。
それぞれが見ている画面を映し出したモニターが、その加速の鋭さを物語る。
それにしても、らせん式空力偵察ゴーレム・・・名前が長いな?
Spiral Aerodynamic Reconnaissance Golem・・・S.A.R.G.(サーグ)とかでいいじゃないか?
「偵察ゴーレム、それぞれ西ケープ州、北ケープ州、東ケープ州、クワズール・ナタール州、フリーステイト州、北西州、ハウテン州、ムプマランガ州、リンポポ州上空に到達。」
「ハウテン州北西部、ツワネ市プレトリア、詳細情報、入ります。」
「西ケープ州、ケープタウン、詳細情報、入ります。」
「フリーステイト州モテオ郡、ブルームフォンテーンの詳細情報、入ります。」
眷属たちが次々と情報を処理し、整理していく。
ちなみに南アフリカ共和国の首都機能はちょっと独特で、行政府はプレトリア、立法府はケープタウン、司法府はブルームフォンテーンに分散されているのだ。
・・・めんどくさいな。
「・・・政府機関はすべてパニック状態ですね。いえ、完全に機能しているようですが、『いきなり2カ月も暦がズレた』と騒いでいます。各地区の市民にアンデッド反応なし。すべて生身です。人格情報、記憶情報にダミー特有の揺らぎはありません。・・・すべて、本物の人間です。」
確かに、その全土を泥濘に叩き込んだはずだが・・・。
泥濘が全く見当たらない。
それどころか、私の攻撃の跡すら残っていないとは・・・。
「紫雨。これ、どう思う?訳が分からないんだけど?」
「そうだね。・・・おっと、らせん式空力偵察ゴーレムの一体が国立加速器センターのウラン鉱石を発見したみたいだ。何かまずいモノでも作る気だったのかな?・・・あ、いや、ただの鉱物標本か。・・・ん?なんだ、これ?」
「どうしたの?何か変な鉱石でもあった?それとも濃縮でもされてた?」
「ニューメキシコ、フォーコーナーズのウラン鉱石・・・ウラン238の比率がおかしい。前に見せてもらった物と平均値が2カ月もズレている?どういうことだ?これ?それとも、宗一郎さんに教えてもらった理論に間違いでもあったのか?」
ウラン238の比率?
確か、その半減期が地球の年齢とほぼ同じだから、地球ができてから大体45.4±0.5億年と推測される理由になるほど正確なものなんだが・・・。
それが、2カ月ズレた、だと?
・・・っていうか、すごい精度だな?
「敵襲です!偵察ゴーレム、アルファ3、4、ダウン!緊急自爆信号を確認!続けて6、7、自爆!8が目標補足!敵データ、受信しました!」
「・・・よし!大体のことは分かった!すべてのゴーレムに起爆信号を送信!足跡を残すな!」
「了解しました!・・・すべてのゴーレムの自爆を確認!」
突然の攻撃に驚きつつも、紫雨は冷静に関与の証拠を消していく。
だが・・・なぜ、南アフリカ共和国が復活したのか判然としないまま、私たちはその場を後にすることになった。
あと、ゴーレムの名前が長すぎて眷属たちも普通に省略してたよ。
◇ ◇ ◇
十二使徒第七席・ネズミ
同時刻
南アフリカ共和国、地方都市ボロクワネで、ストロベリーブロンドの髪をいじりながら、高層建築物など一つもない、広い空に向かって一人つぶやく。
「教皇猊下。遡行を確認しました。・・・ですが、すでに崩壊が始まっています。」
『そうか。実験の第一段階は成功だ。崩壊する前に離脱して第二段階に移行しろ。・・・ところで先ほどの敵襲とやらはどうした?』
「はい。すべて自爆しました。おそらくは極小のゴーレムのようなものかと。何者かが長距離偵察を行っていた模様です。」
『彼女のゴーレムか?』
「いえ、魔力の波長が異なります。どちらかといえば、人工魔石で駆動しているような波長でした。」
・・・使い捨てのゴーレムのくせに、金属脆化対策まで施していやがった。
アルミニウムあたりなら即、脆化して術式構造を分析できたものを。
おかげでせっかくの分体が全部無駄になってしまった。
・・・まあ、私は脆化侵入以外、戦闘もできないからあてにはしていなかったが。
『鹵獲はできなかったのか。・・・彼女のモノではない?人工魔石・・・米軍か?』
「申し訳ありません。特定には至っておりません。」
『責めているわけではない。気にするな。それより、観測装置を置いて離脱しろ。その後は通常任務に復帰してよろしい。・・・以上だ。』
「は。では失礼いたします。」
胸のあたりでブツリ、という音が聞こえる。
・・・無線が切れた音だ。
「便利な世の中になったものだ。念話を使えない私が、魔力も使わずその真似事ができるとは。」
胸の中に収納した無線機を、錬金術で生み出された液体金属の腕で撫でまわしてみる。
そういえば、生み出されてからしばらくは、攻撃を受けるたびにやせ細るだけの年月だったが、人間どもが私と同じ組成の合金を作り出してくれるとは思わなかった。
ガリウム68.5%、インジウム21.5%、錫10%。
私は、今ではガリンスタン合金と呼ばれる常温で完全に液状の金属であり、かつ沸点が1300℃と水銀のそれを大きく上回るこの身体は、かつてサン・エドアルドが吸収した一人の魔族の錬金術師により作られた傑作ともいえる流体ゴーレムだ。
体をブルリと振るい、人通りのない道へと入っていく。
歩きながら、ゆっくりとその形状を変える。
魔法も魔術も使えないこの身体ではあるが、その代わりに完全な擬態と、ありとあらゆる金属を浸潤し、様々な機械やコンピューターに侵入することができる。
人知れずニヤリとその表情をゆがめてみると、まるで己が人間に、いっぱしの魔法使いになったかのように感じることが、何よりも気持ちよかった。
「さて・・・通常任務、潜入工作か。魔女の近親者に成り代わるのは難しいからな。誰か適当な人間を探すか。」
頭の中に放り込んでおいたスマホを起動し、その中から適当な人間を選択する。
「南雲千弦、琴音、弦弥、美琴・・・どいつもこいつも魔法使いに魔術師か。これは成り代われんな。となると・・・咲間恵・・・いや、フィロメリアがこいつに憑依したあと消息を絶ったからな。対策されているとみて間違いないだろう。」
魔女がどの程度魔力を検知する能力があるかは知らんが、もともと魔力がない人間に、魔力がない私が成り代わるのだ。
そこまで神経を使わなくてもいいか?
「ん?こいつは・・・南雲千弦のクラスメイトか。どうやらかなり親しいと見える。ならば使えるな。・・・石川理、か。くふふふ・・・魔女にどこまで近づけるか。さながらチキンレースだな。」
さて、そうと決まれば善は急げだ。
この近くだとマカド空軍基地か。
配備している戦闘機はJAS39か?
貧弱極まりない空軍だが、動く機体の一つや二つ、あるだろう。
◇ ◇ ◇
久神 遥香
東京都西東京市 南雲家前
8月19日(火)昼下がり
今日から千弦ちゃんたちは、三泊四日で家族旅行だそうだ。
・・・行先は聞いてない。
聞いたらついて行ってしまいそうで。
「わざわざ家まで見送りに来なくてもよかったのに。どうせ家から車で出発するんだし。」
車に乗りこむ琴音ちゃんが苦笑いをしている。
たしかに見送りをするためだけのためにここまで来たのはやりすぎだったかな。
「ううん。・・・ほら、しばらく仄香さんが忙しいじゃない?だからちょっとだけ心配になって。ほら、オリビアさんも一緒だから心配しないで。」
「遥香さんのことは私に任せて。大丈夫、今なら戦車砲からでも守れるさ。」
私の横で、オリビアさんが胸を張っている。
その右手には、抗魔力増幅機構とリングシールドがキラリと光っている。
・・・魔法無しで物理的にこの人を倒せる人って、日本にいるのだろうか?
荷物を積み終わり、いよいよ車に乗って出かける時が来た。
七人乗りのワンボックスカーの、運転席には二人のお父さん、助手席にはお母さん。
そして中央の列に千弦ちゃんと琴音ちゃん。
後ろの列に二号さん。
・・・二号さんがうらやましい。
私と同じ顔で千弦ちゃんと旅行に行くなんて。
きっと一緒にお風呂に入ったりするんだろうな。
私の姿で。
「遥香は心配性だなぁ・・・。でも、温泉旅館でゆっくりするだけだし、何もないと思うよ。あ、お土産、どうしようか。」
千弦ちゃんが少し困ったような顔をしている。
私のためのお土産で悩んでくれていると聞くだけで、胸の鼓動が跳ね上がる。
「温泉旅館でお土産って、結構難しいと思うよ。そんなことよりケガとかしないように気を付けて。それに湯冷めして夏風邪をひいたりすると大変なんだから。」
「うん、ありがと。気を付けるね。遥香の家にはエルとオリビアさんが泊まってくれるんだって?でも、もし何かあったら連絡して。すぐに飛んでいくから。」
千弦ちゃんはそう言いながら念話のイヤーカフをトントンと叩く。
・・・旅行中なのに私の身を案じてくれるなんて。
思わず抱き着きそうになるのを、頑張って抑える。
「じゃあ、行ってらっしゃい!」
「「行ってきます!!」」
二人の声が完全にそろうのを聞き、何とも言えない幸せに包まれる。
千弦ちゃんの声は少し透明感があって、琴音ちゃんの声は少し甘い響きがあるんだよね。
・・・あれ?
もしかして私、今完全に千弦ちゃんと琴音ちゃんの区別がついていた!?
走り出す車にて手を振る私に、オリビアさんがボソリと言う。
「本当に区別がつかないね。あれほどそっくりな双子は見たことがないよ。」
ふふん。
もしかして私、すごいんじゃないの?
私はちょっとだけ有頂天になって鼻歌を歌いながら、オリビアさんと近くの駅まで歩きだした。
・・・・・・。
二人の家の最寄り駅である東伏見駅から、西武新宿線の準急列車に乗る。
ちらり、ちらりと私を見る視線を感じる。
近くにある大学のキャンパスから、体育会系の大学生が何人も乗ってきたみたいだ。
「なあ、あの子、芸能人かな?アイドルかな?」
「バカ言え。アイドルが電車なんかで移動するかよ。・・・それにしても可愛いな。お前、気になるんならちょっと声かけて来いよ。」
「いや、一緒にいるあの背の高い女、護衛か何かじゃないか?いや、そっちも美人なんだけど・・・。」
「なんていうか、すごい圧力で・・・ちょっと怖えぇよ。」
ひそひそ声・・・じゃないね。
聞こえてるよ。
まあ、オリビアさんに勝てる男の子なんているんだろうか。
「遥香さん、魅了魔法も使ってないのにすごいね・・・。っていうか、本気でアイドルとか目指したらいいのに。私がいるときにも何度かスカウトされてたじゃないか。」
オリビアさんまでそんなことを言う。
ママも一時期は子役とかアイドルとかを勧めてくる時期があったっけな。
「私は舞台に上がって踊る体力もないし、歌もそれほど上手じゃないし・・・何よりそんな度胸なんてないよ。それに、私を見てほしいのは一人だけなんだ。」
「へぇ?・・・遥香さんにも好きな相手がいるんだ。どんな男だろう?遥香さんにふさわしい男って・・・一度会ってみたいね。私が見極めてあげようか?」
一度、というか、もう何度も会ってるんですけど・・・。
あ、そうだ。
千弦ちゃんってオリビアさんにどう思われているんだろう?
「ねえ、オリビアさんの理想の男の人って、どんな人?」
まずは探りを入れてみる。
「う~ん。いきなり難しいことを聞くね。・・・私に勝てる男・・・なら大歓迎なんだけど、なかなかね・・・まあ、性格というか生き様という点では、仄香さんか千弦さんみたいな男がいたら一発でコロッと行くだろうね。」
・・・仄香さんは分かるけど、なんで千弦ちゃん?
「・・・理由を聞いてもいい?」
「ん?女子トークだね?いいねいいね。・・・そうだなぁ・・・仄香さんは言葉にしきれないね。あそこまで色々なものを背負って、かつ一つの目的のために命、いや、魂をかけられる人は見たことがないよ。それに、あれほど強い存在を見たことがない。」
「ふう~ん。仄香さんについては分かったけど、もう一人はなぜ千弦ちゃんなの?」
「うん。彼女ほど徹底的に壊されて、それでも家族のために立ち上がる人間というのを見たことがない。それに、千弦さんはまだ18歳だというのに、理性と訓練、それから執念で生き延びてる。仄香さんに聞いたけど、相当なトラウマサバイバーだ。・・・そうそう、7歳か8歳の時に、琴音さんを守るためにテロリスト相手に命のやり取りをして、妹を守り切った挙句に、警察の拷問にも耐えたって?ハッキリ言って私がそのくらいの頃は鼻水垂らして絵本を読んでたよ。」
そこまで評価するということは、かなり細かい話を聞いているんだろうか。
それに、仄香さんのことよりも解像度が高いね?
「オリビアさんから見てもすごいの?」
「ああ。彼女は一見すると、感情表現は普通の女子高生みたいに見えるけど、行動そのものが愛情の強烈な発露になってるんだよ。多分、大事な人に対して『愛してる』というより先に、害する存在を『殺して』からそれを『守った』って言うタイプだね。しかも、感情を理性で押し殺すなんてレベルじゃない。理性のために感情すら利用する。そして、その理性はすべて愛情の手段に過ぎない。」
・・・オリビアさんも千弦ちゃんのことをそんなにしっかり見てるんだ。
ますます好きになってきた。
「・・・もし、千弦ちゃんが男の子だったら?」
「絶対に私のモノにする。あんな上玉、千年に一人だっていやしない。・・・ま、一万年に一人の仄香さんには勝てないかもだけどさ。それに私にはそっちの気はないしさ。」
オリビアさんレベルの人が認めるって、千弦ちゃん、ほんとにすごいんだ。
っていうか、オリビアさんが恋敵になるのはちょっと怖い。
「もし、オリビアさんが千弦ちゃんと戦うことになったら、勝てる?」
「難しいことを聞くね・・・まあ、条件次第かな。私が完全に不意を打てば、多分勝てる。でも、敵対した、ということを千弦さんが知った時点で・・・私の勝率は一割以下だね。・・・もしかして、遥香さんの好きな人って千弦さん?」
う・・・そ、そんなことは・・・。
思わずピンク色の波動が出そうになる。
仄香さんが出かける前に置いて行ってくれた「解呪」の術札をポケットの中で握りしめる。
・・・万が一、魅了魔法を暴走させたときに、それを打ち消すためのモノだ。
「や、やだなあ。千弦ちゃんは女の子だよ?私は普通のかっこいい男の子のほうが好みだよ。あは、あはははは。」
もやり、と胸の中で沸き立つ黒いものを押し殺し、ごまかすように笑う。
ちょうどその時、車内アナウンスが高田馬場駅に着いたことを知らせる。
もっと他のことを・・・。
「・・・さて、乗り換えようか。あ、そうそう。夏休み中にアマリナさんが日本に来るんだってさ。秋葉原を案内する予定なんだ。遥香さんも一緒にどう?」
「あ、面白そう。またイベントとかないかな。売り子さんもやってみたいし。」
列車から降りながら、会話をそらしてくれたオリビアさんに感謝しつつ、夏の太陽の日差しに眼を細くした。
◇ ◇ ◇
山手線に乗り換え、外回りで西日暮里駅へと向かう。
日暮里・舎人ライナーに乗り換えようと西日暮里駅の改札を出たとき、向こうから見知った顔が歩いてくることに気付いた。
「お、久神さんじゃん。もしかして部活動?いや、私服だからどこかに遊びに行った帰り?」
時岡君とその妹さんの美穂ちゃん、それから・・・石川理君だ。
「ちょっと友達のところに遊びに行った帰りなの。時岡君たちは戦技研の部活動?」
「ああ。エアガンのカスタムパーツを組みつけてほしいって言われてさ。夏合宿のおかげで新入部員がかなり残ってくれたんだ。来年以降も同じレベルの合宿ができると思われてるのがちょっと問題なんだけどな。」
「ふ~ん。・・・そういえば千弦ちゃんが大学に合格したらサバゲのサークルを探すって言ってたっけ。大学と合同で夏合宿ができないか交渉してみたら?新しい部長の腕の見せ所だと思うけど。」
新入部員がたくさん入って上機嫌の時岡君と、そんな彼を見てニコニコしている美穂ちゃんを見ながらちらりと理君の顔を見る。
・・・細いけどしっかりと鍛えているせいなのか、なんとなく健治郎さんに似ている雰囲気があるような気がする。
理君は千弦ちゃんのどこが好きになったんだろう?
この人はちゃんと千弦ちゃんのことを見てるのかな?
表面だけ見て、わかったような気になっていないかな?
ちょっと後ろに立ってスマホを見ている理君に近付き、少しかがんでその顔をしたから覗き込むような姿勢をとる。
「な、何?久神さん、どうしたの・・・?」
理君の顔が少しだけ赤くなる。
千弦ちゃんの彼氏にふさわしい男の子なのかな?
見定めるとか偉そうなことは言いたくない。
でも、知りたくなったら止まらない。
「ねえ、理君、この後、空いてるかな?」
「ぅえぇ?俺?・・・いや、まあ、空いてるけど・・・どうしたの?なにか・・・相談したいことでもあるのか?」
「うん、ちょっとね。ね、オリビアさん。先に帰っててもらえるかな?」
ちらり、とみるとオリビアさんは目を丸くした後、ニヤリと笑った。
「千弦さんは大変な相手を恋敵にしたね。はははっ。いいよ、先に帰ってる。でも、帰りは飛んで帰ってくるんだよ?歩きは駄目だからね?」
・・・そうだった。
仄香さんの言葉によれば、私の身体は丸ごと聖釘などの遺物の材料になるから、絶対に教会の手に落ちちゃいけないんだっけ。
「飛」んで、ということだから長距離跳躍魔法で帰ってこいということなんだろう。
一応、スカートには電磁熱光学迷彩術式も刻まれているし、帰りの分だけなら十分に魔力も足りるはずだ。
っていうか、私が恋敵になったのは理君であって千弦ちゃんではないんだけど・・・。
「うん、わかった。二階のベランダの竿を片付けておいて。それと、帰る直前に電話するから、カギもお願い。」
時岡君だけが何を言っているんだろうという顔をする中で、私は理君の手を取って歩き出した。
・・・なるべく魅了魔法を発動しないよう、細心の注意を払いながら。
夏季休暇で書き溜めたモノが尽きていたので、更新の頻度が減っていました。
これから徐々にペースを戻します。




