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242 諸悪の根源/ミレニアムストーカー

 久神 遥香


 仄香(ほのか)さんからの念話であわてて千弦ちゃんを追いかけ、マヨヒガ東館にある貸切露天風呂に駆け込むと・・・。


 そこは惨状が広がっていた。


「起きろ!琴音!もう!痛いだけで白目をむくほど気持ちよくなかったでしょ!」


 すっぽんぽんのまま、股を広げてカエルが仰向けになったみたいに倒れている琴音ちゃんの頬を、千弦ちゃんが何度もたたいている。


「うわぁぁ!遥香さんまで!いったい何があったのさ!」


「・・・紫雨(しぐれ)君!あんた、私の妹に何やってんのよ!?そこに直れ!切り取ってやる!」


《切り取るなアホ!琴音さん!起きてください!》


 仄香(ほのか)さんが念話でツッコミを入れてる。

 ・・・何を切り取るの?


 ・・・洗い場一面に立ち込めるにおい。

 白目をむいたままの琴音ちゃんの太ももの内側に垂れる、どろりとした白いもの。


「キャアァァァ!」


 それが何を意味しているかに気付き、反射的に悲鳴を上げてしまう。


「ちょ、ちょっとぉぉ!?遥香さん!魅了魔法が発動してる!抑えて、抑えて!」


 思わず顔を隠したまま、洗い場から飛び出す。

 後ろで紫雨(しぐれ)君が何かを叫んでいるけど、もう知らない!


 顔を隠したまま廊下を走り抜けて、玄関横の多目的スペースまで来たけど、まだドキドキが止まらない。


 うわ・・・琴音ちゃんって、紫雨(しぐれ)君とそんなことしてたんだ・・・。


 うわ、紫雨(しぐれ)君って、仄香(ほのか)さんの息子さんだよね。


 仄香(ほのか)さんは知ってたのかな。

 っていうか、もしかして千弦ちゃんと(おさむ)君も?


 多目的スペースのあるリクライニングチェアのクッションに頭を突っ込んだままで悶々としていると、真後ろから声がかかる。


 ええと、たしか肝試しで同じチームになった・・・菅野君だっけ?


「あれ?久神先輩じゃないですか。こんなところでどうしたんです?・・・久神先輩って、すごくきれいですよね。さっき付き合ってる人がいないって琴音先輩から聞いたんですけど・・・一回でいいから・・・俺と・・・。」


 あれ?もしかして魅了されてない?


「ちょっとぉぉ!?み、魅了魔法、止め方、ええと、どうするんだっけ!?」


 力が強い!

 お、押し倒される!


 あたふたしているうちに下級生の男の子の唇が迫ってくる。

 見た目に似合わない強い力で迫られて、あとちょっとというところで千弦ちゃんの声が響く。


解呪術式(デスペル)発動!はあ、はあっ・・・遥香まで何やってるのよ!いま、仄香(ほのか)が緊急事態なんだってば!」


「ご、ごめんなさい・・・。」


 正気に戻った下級生の男の子が、顔を真っ赤にして悶絶している。

 すごくおとなしい男の子だったんだけど・・・。


《遥香さん!スイスのローザンヌを覚えていますか!今すぐ紫雨(しぐれ)星羅(せいら)を連れて長距離跳躍魔法《ル〇ラ》で来てください!千弦さん!何があるか分かりません!同行してください!二人を置いたら遥香さんを連れてすぐに帰ってください!》


《琴音は!?》


《琴音さんは(おさむ)君に任せておけばいいですから!早く!》


「わかった!遥香!紫雨(しぐれ)君の準備を!私は星羅(せいら)さんを呼びに行く!」


「わかった!あ・・・私は逆のほうが・・・あ、もう・・・行っちゃったよ。」


 顔を真っ赤にしてのたうち回っている下級生の子を置いて、東の露天風呂に向かう。

 もう・・・どういう顔をして紫雨(しぐれ)君に会えばいいのよ。


 ・・・・・・。


 小走りに露天風呂に戻ると、紫雨(しぐれ)君が慌てて脱衣かごにあった服を着ている。


「ちょっと待って!ええと、装備、装備・・・!」


「持ってきました!はやく!」


 あ、マヨヒガさんの人型(アバター)・・・。


 紫雨(しぐれ)君の向こうには仰向けにひっくり返った琴音ちゃんがいるんだけど、(おさむ)君が濡れた身体をタオルで拭いている。


 あれ、後で問題にならないかな。

 汚れている場所が場所だし・・・。


 (おさむ)君も見たことないような形相をしているし。


 ・・・っていうか、琴音ちゃんと千弦ちゃんって双子だから、(おさむ)君が変な感情を持たないといいけど・・・。


「用意できた!マヨヒガさん!(おさむ)君!琴音さんをお願いします!」


「はい!千弦ちゃんと星羅(せいら)さんは玄関で待ってます!」


 迷っていても仕方がない。

 長距離跳躍魔法(ル〇ラ)でローザンヌに行けるのは私だけだ。


 早々に切り替えて、玄関に向かって走り出したよ。


 ◇  ◇  ◇


 記憶を頼りに長距離跳躍魔法(ル〇ラ)を使い、スイスのローザンヌに向かって跳躍する。


 あ。きれいな天の川。

 じゃあ、なくて。


 いくら長距離跳躍魔法(ル〇ラ)でも、日本の長野からスイスのローザンヌまで跳ぶとなると、距離にして9630km、第二宇宙速度の一歩手前の速度でも15分はかかってしまう。


《ぐ!?エルリック!キャトル()を連れて撤収しなさい!詠唱どころか魔力まで分解するなんて!千弦さん!遥香さん!今どこですか!》


《二号さんからデータを受信!エストニアからラトビア上空に入った!あと150で着地する!琴音のイヤーカフを紫雨(しぐれ)君に渡した!侵入経路は!》


《着地したタイミングで開けます!紫雨(しぐれ)星羅(せいら)以外は侵入せずに引き返してください!》


《了解!あと90!遥香!帰りの分の魔力は足りる!?》


《足りないかもしれない!こんな長距離を跳んだことがないから分からない!》


《簡潔な回答で結構!帰りは私が詠唱する!着地まであと20秒!二人の命綱の切断を用意!着地する!4、3、2、1、今!》


 ドカン、という音とともに、着地し、あたりを見回すと見覚えのある雑居ビルの前だった。

 あたり一面ガレキの山で、あちらこちらに遺体のようなものが転がっている。


「ひぃっ!?」


「遥香!目をつぶっていなさい!命綱の切り離し完了!すぐに引き返す!」


 千弦ちゃんは着地すると同時に、素早く銃を抜いて右手で構え、左手で妙な機械がついたナイフを引き抜いて二人の命綱を切断する。


「で、でも二人が・・・!」


「気持ちは分かる!でも時間がない!紫雨(しぐれ)君!星羅(せいら)さん!二人の武運を祈ります!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 手元も見ずに拳銃を腰のケースに戻し、流れるようにナイフを鞘にしまった千弦ちゃんは、まるで何度も訓練したかのような動きで私を抱き寄せ、一瞬で詠唱を終える。


「あ、あぁっ!」


 手を振る二人を残して、私たちは一瞬で空に舞い上がる。

 ・・・私、何も二人に言えなかったよ。


 ・・・・・・。


 帰りの空の上、千弦ちゃんの腕の中で思わずポツリとこぼしてしまう。


《千弦ちゃんって・・・強いよね。》


《・・・そんなことないわ。私の人生、結構負けっぱなしなのよ?数えたらきりがないんだから。それに、なんだかんだ言ってもししょー仕込みだからね!》


(へい)拙速(せっそく)(たっと)ぶ、だっけ?判断も無茶苦茶早い。》


《よく知ってるじゃない。でも、「()ず勝つ()からざるを()して、(もっ)て敵の勝つ()きを待つ」、これは苦手なのよね・・・。》


《う~ん?千弦ちゃんはいつも準備万端で弱点なんてないように見えるけどなぁ。あ~あ。千弦ちゃんが男の子だったらなぁ。絶対に私から告白するんだけどなぁ。》


《・・・ちょ、ちょっと・・・跳躍中に魅了魔法は使わないでよ?・・・使ってないよね!?》


《ふふ、つかってないよ~だ。》


 そんなことを話しながらも、もうすぐみんながいる民宿マヨヒガに到着する。


 あとは・・・さっき、こっそりと仄香(ほのか)さんから頼まれたこと。

 千弦ちゃんと琴音ちゃんをローザンヌに行かせないように監視しなくちゃ。


 ◇  ◇  ◇


 仄香(ほのか)


 私の最初の身体を使って作られたアンデッドは、あたり一面に呪詛をまき散らしながら私の魔法を次々に無力化している。


 ・・・名前が長いな!もうクソ女でいいか!


 かろうじて呪詛による空間の侵食は押し返したけど、コイツの呪詛はハッキリ言って最悪だ。


 同質の呪詛を持つ私では、分解するどころか火に油を注ぎかねない。

 ならば、星羅(せいら)紫雨(しぐれ)の力を借りたほうが早い!


「くそ!まるで聖釘(アンカー)の塊を相手にしてるようだわ!それにエルリックの魔法は通ったけど、まるで威力が足りてない!」


 キャトル()にエルリックを任せ、霊的汚染防御術式でクソ女を抑え込み、散発的に魔法を打ち込んでいく。


 くそ、いっそのこと収束熱核魔法でも叩き込んでやりたい気分だ!

 魔術結社本部が崩れるからできないけどさ!


 数分が経過したころ、キャトル()がいくつかの装備を持って戻ってきた。


「エルリック様は地上の敵戦力に対応しています!戦線に復帰します!」


キャトル()!あなたの魔法でも威力が足りてない!危ないから下がっていなさい!・・・っ!来た!」


「母さん!遅くなってすまない!それで・・・あれが?」


 私の右に紫雨(しぐれ)が、左に星羅(せいら)が並び立つ。


 前方ではキャトル()が剣を振るい、呪詛を散らしている。

 だが、あと一歩のところで届かないようだ。


「お願い!私のカワイイ坊やをカエして!なんでもする!ナンでもスルカラァァァ!」


 人数が増えたことが原因か、クソ女から噴き出す呪詛がさらに濃くなる。


【・・・まさか、本当に姉さんの身体が残っているとは・・・しかし、妙ですね。あの身体に残っているのは少量の・・・ごく少量の残存思念です。呪詛をまき散らしなら暴れるほどの力があるはずはないんですが・・・?】


 星羅(せいら)の言葉にハッとする。


 確かに、何度も身体を乗り換えながら自分の人格情報や記憶情報を転写し、二人目の私を作ろうと試みてきたが、同時に私が二人存在することはできなかった。


 ・・・どういうことだ?


「ねえ、母さん。あの母さんの身体は息子である僕に会いたいって言っているんだよね?じゃあ、僕が行くよ。多分、すぐに収まると思うんだ。」


【理屈ではそうなりますね。ですが、あなたのことを息子であるとすぐに認識できるかどうか・・・あ、ちょっと、最後まで話を・・・。】


 紫雨(しぐれ)はゆっくりと、いまだに呪詛をまき散らしながらキャトル()と戦っているクソ女に近づいていく。


「母さん。僕だよ。石板の前で別れてから6874年。長かったけど、母さんに会うため、僕は頑張って生き延びてきたよ。」


 それほど大きくはないが、透き通った声。

 曇天の雲間からさす光のような声を聞き、クソ女はそれまで噴き出していた青黒い霧を噴き出すのをやめる。


「あ、あぁぁ・・・私の、かわいい、坊や・・・一目、会えれば、もう、思い残すことは・・・。」


【・・・何とかなりそうですね。あとは屍霊術(ネクロマンシー)の核を破壊するだけですか・・・ん?何か来ます!】


 クソ女が鎮まったかと思ったその時、監獄のような建物の上、シェルター構造の天井が橙色に染まり、石が水に落ちたような音を響かせながら砕け散る。


「母さん!下がって!」


 紫雨(しぐれ)の声に、私は反射的に後ずさる。

 みれば、クソ女は紫雨(しぐれ)の前に立ち、両手を広げてかばっている。


 ・・・ちっ。

 肉の塊が母親気取りか!

 お前は氷の下で寝ていただけだろうが!


 頭ではわかっているのに、心の底から毒づいてしまう。


 衝撃でキャトル()が吹き飛ぶ!

 破片で頭を打ったのか、完全に気を失っているようだ。


 そんな私たちの前に、ゆっくりと一人の老人・・・いや、鍛え上げられた体躯に、白い法衣を(まと)い、特大のルビーをあしらった黄金との王笏を持ち、白い髪をオールバックになでつけ、宝冠をかぶった・・・尊大な笑みを浮かべた男が降り立った。


「・・・それでは困るのだ。貴様などにはやれん。それは俺の女だ。」


 一瞬で紫雨(しぐれ)の前に立つクソ女の手を取り、自分の元に引き寄せる。

 クソ女は一瞬戸惑ったものの、まるで自分の飼い主の元に戻った犬のように大人しくなる。


 見覚えのある、気配。

 聞き覚えのある、イントネーション。

 そして、セリフの語尾で口角を上げる独特の表情。

 なにより、その身にまとった独特のうすら寒い気配。


 まさか、目の前に本人が直々に登場するとは。

 だがなんという僥倖。

 愚か者め。

 ミレニアムストーカーが私の前に堂々と出るとは!


「・・・全リミッター、オフ。全セーフティをカット。・・・かけまくもかしこきあまてらすおほみかみ、うぶすなおおかみらのおおまへを・・・・かしこみかしこみももうさく・・・・。」


 こいつとの間に、言葉などいらない。

 ただ、害虫を駆除するかのように、殺し、封じ、滅する。


 あの日、紫雨(しぐれ)を、あの子を失ったときから、貴様の声に耳を貸すべきではなかった!

 私を止めたその場で、(くび)り殺すべきだった!


 一日、いや、一秒でも早く彼を探しに行きたかったのに、両手両足を拘束され、あの洞窟に閉じ込められた!


 毎日、腐りかけた生肉を口に押し込まれ、食事の途中だろうが眠っていようが犯された!


 ヤスリのような岩の上で、洞窟の暗闇の中で、蝙蝠の糞の横で、妹の死臭の中で!

 貴様は、私を犯し続けた!


 泣き叫んでも、どんなに許しを乞うても!

 臨月間近でもやめずに、娘が生まれた直後も犯され続けた!


 おまえのせいで、私は母まで失った!


 ・・・その間、この男は息子を助けに行くことも、生まれた娘を育てることもなく!

 それらを誰かに頼むことすらせず!


 それだけじゃない。

 千弦も、琴音も、遥香も、貴様が余計なことさえしなければ、少女として普通の青春を送っていたに違いないのだ!

 今もなお、恋する普通の少女でいられたのだ!


 クソ男(サン・ジェルマン)元夫(忌むべき男)

 そして、怨敵にして諸悪の根源。


「よお。何年ぶりだ?我が恋人よ。そして、いとしい妻よ。ずいぶんと長い外泊だったようだが、そろそろ我らの家に戻ろうじゃないか。・・・なに、ほんのちょっとのお仕置きで済ませてやるからな。」


 口を開くな。

 その口から臭い(こえ)をまき散らすな!


「・・・うん?そういえば例の身体ではないのか。・・・遥香とかいう娘の身体は美しかったな。ぜひその身体を使ったお前を抱いてみたいが・・・今から一緒に取りに行くか?ははは!三人分も身体があるだなんて豪勢じゃないか!」


【・・・こいつ・・・私たちのことは眼中にないようですね。姉さん、どうしますか?】


 すでに神格は降ろしている。

 逃がしはしない、許しもしない!


 私の目を見た星羅(せいら)紫雨(しぐれ)は、即座に戦闘態勢に入る。


「・・・夫が言葉をかけているのに、なんだその態度は。ああ。そうか。懐かしくて声が出ないんだな。どれ。俺の口づけでお前の口の緊張を解いてやろうか。さあ。」


「・・・死ね。」


 いまだに口から(こえ)を巻き続けるクソ男(サン・ジェルマン)に対し、天照大御神を降ろしたままの状態で光撃魔法を解き放つ。


 通常の光撃魔法よりもはるかに強力な光が、一瞬で視界のほとんどを薙ぎ払う。


「ほう!?身代わりも使わずに単独で無詠唱!?さすがは魔女!やるじゃないか!」


 クソ男(サン・ジェルマン)は一瞬で数十枚の防御障壁を展開している。


 無詠唱、いや、今の杖は・・・マジックアイテム?あの赤い石は人工魔力結晶か!


 人工魔力結晶を盾に、無詠唱による精神汚染を防いでいるのか!


 ということは、ソ連の人工魔力結晶に人格が残っていたのは偶然でも失敗でもないということか!


 今もなお信仰を集める太陽の化身、天照大御神の御力を借りた光撃魔法は、クソ男(サン・ジェルマン)の障壁を次々と蒸発させ、あるいは砕き溶かしていくが・・・


 四十数枚を砕いたころ、光の奔流はゆっくりと減衰する。


 構わずに光撃魔法を追うように空間浸食魔法を発動するも、防御障壁を砕くと同時に障壁の内側からどす黒い波動が噴き出し、余剰空間を無効化していく!


「"Evigila, umbra susurrans.Flore, flos murmurans.Canite, venti garrientes.In nomine regis noctis,mille vocibus carmen victoriae concinate!"(目覚めよ、囁く影。咲き誇れ、口遊(くちずさ)む花。奏でよ、(さえず)りの風。夜帳(とばり)の王の名の元に、万の声をもって勝利の歌を合唱せよ!)」


 紫雨(しぐれ)が単独多重詠唱魔法を展開し、複数の(ささやき)声や(さえず)りが多数の魔法を一斉に発動する。


 轟雷の槍が宙を舞い、灼熱の溶岩の槌が振り下ろされるも、多数の障壁を打ち砕くにとどまり、クソ男(サン・ジェルマン)に到達しない!


【開け!常世の門!招け!在りし日の影!】


 星羅(せいら)が短く念を発し、空間そのものがギシリ、と悲鳴を上げる。

 クソ男(サン・ジェルマン)の周囲の空間が、赤黒い何かとなって折りたたまれていく!


「このクソアマ!大人しくしてりゃあお前もかわいがってやるのによぉ!ああ、まだ突っ込んでやったことはなかったっけ?」


 クソ男(サン・ジェルマン)は、折りたたまれる空間を器用に回避していく。

 しかし、それぞれの魔法、魔術、そして魔力の奔流が、クソ男(サン・ジェルマン)を傷つけていく!


 おそらくは、この世界でほぼ最強の魔法使いがここに集っている。


 その総力ともいえる攻撃を受けて、クソ男(サン・ジェルマン)は初めてその顔を苦痛にゆがませる。


「10kgの人工賢者の石(高圧縮魔力結晶)が持たないだと!?クソが!俺と妻の数千年ぶりの逢瀬を邪魔しやがって!お前など最初(生まれたとき)()()するべきだったのだ!」


 いま、何と言った?

 自分の息子を、どうするって?

 生まれたときにあんなに喜んだのは、すべて嘘だったというのか!


 それに、10kgの、人工魔力結晶、だと?

 私だって人のことを言えやしないのは分かってる!


 だが誰かを殺すにしても、10kgもの人工魔力結晶にするためだけに、何人の人間を、何人の子供を殺してきたというのだ!?

 死してなお、何人の子供があの中で苦しんでいるというのだ!?


 クソ男(サン・ジェルマン)が口を半笑いの形に歪ませながら詠唱する。

 平文?暗号化もせずに!?


「・・・星霜の果てに降りし原初の石板(モノリス)よ。永遠(とわ)と無限の試練を与えし無貌の者よ!我は汝が唯一のしもべなり!なれば、今こそ対価を求めん!我らが魂を糧に、わが怨敵を討ち滅ぼせ!」


 そこに現れたのは、あまりに小さな漆黒の刃。

 いや、一本の鋭い牙?それとも爪?


 ・・・!?

 なんだこの詠唱は!

 何から力を引き出した!?


 概念精霊(スピリット)でもない、元素精霊(エレメント)でもない。

 ましてや根源精霊(オリジン)でもない。


 神聖魔法でも、黒魔法でもない!

 精神世界(アストラルサイド)に反応がない!

 ・・・もっと具体的な、何かだ!


 防御障壁術式を素通りする!?

 魔法が!?ヒスイでもないのに!?

 だめだ!紫雨(しぐれ)が狙われている!


 光撃魔法でも空間衝撃魔法でも撃ち落とせない!


【これは!?紫雨(しぐれ)!次元隔離魔法をアレに集中展開しなさい!早く!】


「ああ!"O dea momenti,Verdandi invisibilis!Ego vitam meam prehendo crinem tuum.Appareas, precor!"(()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()(あらわ)()()()!)」


「クソガキが!俺の妻を奪ったお前を許すと思ったか!原初の刃よ!貫けぇ!」


 次元隔離魔法の障壁を叩き割りながら紫雨(しぐれ)に迫る!

 直感的に、アレは受け止めても払い落としてもいけないものだと分かる!


「冗談じゃない!お前みたいなクソ男(ストーカー)紫雨(しぐれ)を奪われてたまるか!」


 ここまで来て!

 数千年の時を経て!

 我が子を、息子を永遠に失うのか!


 それも、実の父親が息子を殺すのか!


 反射的に紫雨(しぐれ)に覆いかぶさり、全力でその身を守ろうとする。


 しかし・・・。


 ギャリリリリィ・・・ン・・・

 という、恐ろしく高速で何かがかき鳴らされるような音が鳴り響いた後、痛みも、衝撃も・・・何も私たちを襲ってはこなかった。


「き、貴様、何をした!・・・バシリウスのモルモットか・・・!」


「・・・来て正解だったようね。仄香ほのか。こりゃ、一つ貸しね。ああ、琴音にもね。」


「姉さん。紫雨(しぐれ)君を助けてくれてありがと。でも、(おさむ)君に私の裸を拭かせたのは忘れてないからね。」


 目の前には、金色に光り、刃が高速で振動する大振りなナイフを持った千弦と、業魔の杖を持った琴音が、クソ男(サン・ジェルマン)に正面から相対していた。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 千弦


 遥香を連れ帰り、琴音を叩き起こした時点でどうしても気になって、右目を使ってラジエルの偽書にアクセスしてみたんだけど・・・。


 うん、アクセスして正解だったよ。


 目の前にいるコイツは、すべての元凶にして私たちの本当の敵。

 教会(肥溜め)教皇(特大のクソ)、サン・ジェルマン。


 ・・・隣にいる女は例のやつか。

 コイツの相手だって、ラジエルの偽書に対処法を教えてもらわなきゃ絶対に準備できなかったよ。


 とにかく、速攻で遥香を眠らせて駆けつけることができた。

 遥香ったら魅了魔法を使ってまで私たちを引き留めようとするから、琴音が止めてくれきゃもう少しで百合の花が咲くところだったよ。


 マジで危なかった。

 アレ、耐えられる男なんて存在するんだろうか?


 遥香に百合の沼に引きずり込まれかけている間に、二号さんに無理を言って持ってきてもらった例のモノが後ろのポーチに入っている。


 はあ、私がコレを使うときが来るとは思わなかったな。


 ・・・右目が悲鳴を上げている。

 そりゃそうだ。

 琴音と私の、二人分の高圧縮魔力結晶を直結してラジエルの偽書から情報を抜き続けているからね。


「・・・なぜそんなナマクラで俺の魔法を止められた?たかが人間風情が!」


 ふふふ。

 ナマクラ、ね。

 何も知らないと見える。


 それに、「たかが人間」・・・ときたか。

 じゃあお前は人間じゃないから、コレは殺人ではなくて害虫駆除になるね。


 この術式振動ブレードの刃の部分は、仄香(ほのか)がありったけの魔力を込めて作ったオリハルコン、すなわち、この世界で最も硬く、かつ最も濃度の高い魔力の塊だ。


 ストーカー男の魔法なんかじゃ絶対に砕けない。

 それに、この世にはエネルギーと質量と魔力の三つしか存在しないんだから、純粋に濃度の勝負になるのは当たり前だろうに。


 ・・・教えてやる筋合いなんかないんだけど。

 ふふ、少し煽っておくか。


「あんた、今何歳よ。魔力の正体も知らずに腐れた魔力を振り回して楽しかった?自分の手にあるものが何でできてるのか、考えたことなんてなかったでしょう?」


 魔力とは、すなわちエネルギーであり、質量だ。

 エネルギーと質量に等価性があるように、魔力はそれぞれと完全に等価である。

 だが・・・魔力は等価であると同時に同質であるのだ。


「・・・?何を言っている。たかだか20年も生きていない小娘に、この世の真理の何が分か・・・ぐあっ!?」


 バカみたい返答しようとした瞬間、空間機動術式を使って一気に間合いを詰める。


 今回の新兵器はこれだ!

 パクリウスじゃないけど、バイオレットの槍をパクってやったぜ!


 二振り目の深緑色の刀身のナイフを、左手で男のへその下あたりに叩き込む。

 ナイフは魔力に頼らず超高速で振動し、ほとんど手ごたえもなく鍔元まで刺し込まれる。


 はは!ひっかかってやんの!

 馬鹿みたいに喋ってるやつをいきなり攻撃することのなんと楽しいことか!


 抗魔力増幅機構(A.I.A.S)を一瞬だけ過剰展開すると、お前らみたいに魔力に頼ってる馬鹿はこっちの姿が捉えられなくなるんだよね!!


「千弦さん!?今、クソ男(サン・ジェルマン)の防壁を素通りした!?」


「種明かしは帰ってから!フンっ!せいやぁ!」


 刺し込まれたナイフをそのまま真下に振り下ろす!


 高速で振動する()()()の刃は、その腹の脂肪やら内臓やらをグチャグチャに巻き込みながら、叩き砕いていく!


 行きがけの駄賃だ!

 一番下でもう一回ひねりを加えて!

 さらに蹴り飛ばす!


「グギャァァァ!・・・く、クソガキが!よくも、よくも俺のイチモツを!」


 お・・・殺したかと思ったけど、さすがに魔族だけあって大した生命力だ。

 それに内臓よりもソッチのほうが大事なのね。


 股間から鮮血や肉片をばらまきながらでも、アンデッド女を杖代わりに倒れようとしないのは、みっともないを通り越してもはや滑稽ですらある。


 高速で振動するブレードの類いは、人体のような柔らかいものに対しては、切断するというよりも砕き散らかすって感じの切れ方をするからな。


 ま、楽しんでるわけにもいかない。

 右目の視界の端もだんだん赤くなり始めたし、頭痛もえらいことになっている。


 早くカタをつけてしまおうか。

 でもまあ、クソ男に聞かれたくはないから念話で話そうか。


《琴音。紫雨(しぐれ)君のサポートをしながら抗魔力でそっちの女アンデッドの呪詛を抑制して。仄香(ほのか)。あいつの攻撃は『原初の石板』の破片から力を引き出してる。だから、こっちの魔法を防御するときに、その『理屈』に干渉してかき消してるの。》


 仄香(ほのか)が複数の魔法を発動し、それをクソ男は大きく後ろに跳んで躱す。

 防御障壁を展開する余力がないのか?


《ちょっと待ってください!?原初の石板!?そんなものからどうやって?》


《さあね。詳しくは知らないけど、あいつの胸にある魔石・・・あの魔石だけは、魔石じゃない。原初の石板の破片だって。ラジエルの偽書がそう言ってる。》


 ラジエルの偽書によれば、アレは仄香(ほのか)に魔力と知識を与え、この世界に魔法をもたらした、原初の石板と呼ばれるものの破片だ。


《・・・原初の石板・・・わかりました。対抗策がないわけではありません。大火力の魔法で反撃の機会を与えず撃ち込み続ければ・・・。》


《じゃあ、そっちは仄香(ほのか)星羅(せいら)さんに任せた。私はアンデッド女を何とかする。紫雨(しぐれ)君!琴音!手伝って!》


《了解!》


 いつの間にか私が戦いを指揮するような形になったけど・・・大丈夫かな?


次回「243 原初の男と最後の使徒たち」

7月14日 6時10分 公開予定

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