241 過去との邂逅/逃れえぬ呪い
仄香inジェーン・ドゥ
エルリックを連れ、スイス南西部ヴォー州、州都ローザンヌの町中にある魔術結社の本部に降り立った時、中世の面影を残す歴史的な街並みのいたるところから火の手が上がり、人々が逃げまどっていた。
「エルリック様。我々はマスター・フィルを助けるため、敵を倒しに行きます。仄香様。エルリック様をお願いします。」
カトルズとカーンズと名乗ったホムンクルスの少女たちは短くそういうと、答えも聞かずに火の手が上がる市内に向かって駆け出した。
「う~ん。まあ、たしかに僕は仄香よりは弱いだろうけど、お願いされるほどかな?とにかく、フィル・・・フィリップスのところに急ごう。」
「ええ・・・それにしても驚いたわね。ホムンクルスが何の命令もなく自律的に行動するなんて。」
・・・千弦には言っていないが、ホムンクルスにされていたセレスが彼女を切り刻んだのは、実はセレスの意思ではない。
奴らの記録を全て確認したから知っているが、何のことはない、バシリウスがセレスの手足を使って千弦を切り刻んでいただけなのだが・・・。
リュシアだって千弦の心を折るために・・・いや、持ち上げて落とすために一見すると優しそうな言葉を吐いていただけだし・・・。
だが、明らかに今の動きは違った。
「・・・ああ、フィリップスは霊魂の合成に成功したんだよ。霊的基質はホムンクルスのモノだから魔力回路を刻むことはできないらしいけど、代わりに術式回路を組んで特定の魔術は使えるようにしてあるらしいよ。」
「霊魂を、合成した?・・・さすがはフィリップス。そこまでして娘を取り戻したかったのね。」
フィリップスは普仏戦争でストラスブールが砲撃にさらされたとき、自分の娘であるアンヌを失っている。
両手の爪のすべてを失ってまで瓦礫から引きずり出したアンヌは・・・上半身しか残っていなかったのだ。
あの年の9月の朝、あと少し早く私が現場についていれば、助けてやれたものを。
彼が縋り付いて泣くアンヌの身体には、人格情報も記憶情報も、完全に揮発して残っていなかった。
私の血を引いてはいたが、父親の目の前でアンヌの身体を乗っ取るわけにもいかず・・・。
結果、完全に見殺しにしてしまったのだ。
私にできたことは、せめて彼女の亡骸を完全な形に整えてやることだけだったが・・・。
私の人生は無力感にさいなまれることばかりだな。
「とりあえず、最深部の管制室を目指そう。戦闘状態であれば必ずそこにいるはずだ。」
私はエルリックの言葉に従い、ローザンヌの街並みを埋めるアンデッドを光撃魔法で焼きながら、使える出入口を探し、石畳の上を駆け抜けていった。
◇ ◇ ◇
血と硝煙のにおいが立ち込めるローザンヌを走り、かつて遥香やオリビアとともに入った入り口と、それを守りながら戦っているセプトとユイットを見つける。
「セプト!加勢するわ!千連唱!光よ。三界を染めし形なき波よ!集いて万象を穿つ粒となれ!」
千発分の光弾魔法を解き放ち、すべての光の粒をアンデッドの屍霊術の術式を焼き切るように叩きつける。
爆音を繰り返した後、大量にいたアンデッドたちは穴だらけになり、しばしの静寂が訪れる。
だが、遠くから再びうめき声が聞こえ始める。
「魔女殿。加勢に感謝します。ですが、ここは我らにお任せを。エレベーターでマスター・フィルの元へ行ってください。」
「多勢に無勢よ。貴方たちはどうするのかしら?」
「国軍が来るまではここを守ります。ご安心ください。魔女殿がエレベーターから降りたら、すぐにエレベーターシャフトを爆破し、硬化剤を充填します。」
「そういったことを言ってるんじゃないんだけどね。・・・まあいいわ。あなたたち二人じゃ大変だろうから増援を置いて行ってあげるわ。」
相手がアンデッドだからな。
召喚するのは天使あたりでいいと思うが・・・ああ、そういえば少し前にムリエルを召喚した後、ハニエルのやつが「なんで自分も喚んでくれないんだ」って騒いでたっけ。
「エノクの昇天を導きし者よ。愛と美と女の守護者たる月と神秘の権天使よ。我は汝が調和を守りし戦士なり。降りて我に天の鍵を与え給え。来たれ!ハニエル!」
・・・あの問題児を喚ぶとは思っていなかったから、全自動詠唱機構に召喚魔法の詠唱データを入れてなかったんだよな。
まあ、戦闘能力は確かだし、こういう場合なら喚んでも問題ないだろう。
召喚魔法の詠唱が終わると同時に、どこからともなく鐘の音が響き、輝く光輪と白く大きな翼を持ち、白銀の衣を翻した・・・女児が現れる。
「マスター!おっそ~い!ムリエルが喚び出されたのって、もう半世紀くらい前だよ!?なんでもっと早く喚び出してくれなかったのさ!」
「あら、ごめんなさいね。ちょっと立て込んでたの。喚び出して早々で悪いんだけど、この二人の味方をして欲しいの。戦い方は忘れてないわよね?」
「ぶぅ。まあ、二人とも可愛いからいいけどさ。で?敵は何?」
「アンデッドよ。あとはお願いね!」
「・・・うげ。久しぶりに下界に降りたと思ったら・・・。」
心の底から嫌そうな顔をするハニエルにこの場を任せ、エルリックとともにエレベーターに飛び込む。
ゴン、という音とともに一瞬の浮遊感があった後、応接室型のエレベーターは下り始める。
しかし・・・なぜローザンヌがアンデッドの軍団に襲われている?
見たところ、手当たり次第に街を破壊しているように見えたが・・・。
考えている間にエレベーターは止まり、大扉が開く。
扉の向こうはまだ敵が来ていないのか、しんと静まり返っている。
「仄香!急ごう!」
エルリックは背中から杖を取り出し、手早く組み立てると、私の前を走りだす。
彼に続き、誰もいない人工魔力溜まりの中をしばらく駆け抜けると、庭園のような場所に出た。
「なんだ・・・アレは?」
エルリックが、かすれた声を出す。
そこには・・・。
かつて、アフガニスタン・・・イマーム・サーヒブ村の北、パンジ川の先で見た・・・。
装甲機動歩兵と同じものが、フィリップスのホムンクルスを襲っているところだった。
三体のホムンクルスに、五機の装甲機動歩兵が襲い掛かる。
ホムンクルス側はライフルや斧槍のようなものを持ち、駆け回りながら戦っている。
対する装甲機動歩兵側は、大口径のライフル砲やガトリングガン、戦槌または戦斧を振りかざし、ホムンクルスたちを襲っている。
「ヌフ!ディス!サンク姉さまを後方に!脚部に重大な損傷があります!」
「シス姉さま!一人では無理です!戦列を離れられません!」
よく見ると、膝から下を失ったホムンクルスが一人、這いずりながらライフルを撃っている。
対して装甲機動歩兵は、外装にいくつか大きな傷がついている程度で、大きな損傷はないようだ。
「五連唱!光よ、集え!そして撃ち抜け!」
先を行くエルリックを追い越し、装甲機動歩兵に向けて収束光撃魔法を叩き込む。
だが・・・五機の装甲機動歩兵の装甲に当たる直前、歪んだような空間が光撃魔法の力を減衰させた。
「えぇ!光撃魔法を減衰させた!?」
いや、減衰しただけだ。
実際、ほとんど直角に入った二体は一撃で沈黙している。
・・・だが・・・。
「仄香!こいつら様子がおかしい!ーーーー!魔力検知が通らない!?」
エルリックが短縮詠唱で発動させた石弾で追撃する。
ゴン!ガン!という、金ダライに石をぶつけたような音が響くも、残りの三機はこちらに向けてライフル砲を撃ち返してくる。
装甲が極めて頑丈なのだろうが・・・光撃魔法を減衰させたのは対光学防御兵器でも搭載しているのか?
おいおい、ビグ・〇ムのIフィード・ジェネレーターでもあるまいし!?
「三連唱!闇よ!翳りの穂先よ!転び出て敵を断て!」
ほんの少し強めに魔力を込めて、空間断裂魔法を叩き込む。
やはり、装甲の手前に歪んだような空間が展開するも、闇の刃はその空間ごと装甲機動歩兵を叩き切る。
鏡のような切断面を晒し、三機の装甲機動歩兵は沈黙する。
今の感触は・・・光膜防御魔法か・・・。
可能であれば後で分解して調べたいな。
私とエルリックはあたりを見回した後、ホムンクルスの元へ駆けつけた。
「おかげさまで助かりました。魔女殿。ガドガン卿。ディス。お二人をマスター・フィルのもとに案内してください。ヌフ。サンク姉さまを工房へ。それと、弾薬の補充と交代要員をよこしてください。」
シスと呼ばれたホムンクルスは私たちに礼をのべた後、素早く指示を下している。
装甲機動歩兵は破壊したが、すぐに敵の増援が来るだろう。
その前に体勢を立て直さなければならない。
手伝ってやりたい。
だが・・・コトがコトだけに、足を止めている暇はなさそうだ。
「・・・武運を祈るわ。ディスといったわね。案内をお願い。」
足元に転がる装甲機動歩兵の残骸と、コクピットからはみ出す人間の破片を横目にディスの後に続き、私は走り出した。
◇ ◇ ◇
ディスが開放する何枚もの隔壁を通り抜け、管制室と思われる空間に飛び込む。
「西第一層、第二障壁までの敵部隊の撤退を確認。北第一層、電圧硬化樹脂の充填を完了。電流を流します。」
「北第一層、敵部隊の完全拘束を確認。これより工兵部隊が接敵し、無力化を行います。」
「敵搭乗員の投降を確認。拿捕しますか?」
「拿捕しろ。どこの阿呆が攻めてきたのかを確かめねばならん。・・・ああ、魔女殿。吾輩の娘たちが大変世話になった。礼を言う。」
小さいながらも管制室となっている空間の、大きなモニターの前には三体のホムンクルスが座り、コンソールパネルを忙しく叩いている。
そして中央やや後ろ寄りの席に、かつての姿を取り戻したフィリップスが座り、戦闘の指示を飛ばしていた。
「礼には及ばないわ。ところで、これってエルリックを私のもとによこした件の、例の死体が原因かしらね?」
「さてな。それにしても、いきなりここを襲うとは・・・ずいぶんと思い切ったことをするものだよ。」
実際にその通りだ。
魔術結社の本拠地を襲うということは、全世界の魔術師を敵に回すことに等しい。
それこそ、私でもなければ思いつくことはないだろう。
「フィル。例の遺体を彼女に見せなければ。そのために呼んだんだろう?」
エルリックは周囲を見回し、何かがいないことを確認している。
おそらくは・・・アレだろう。
「そうであった。・・・キャトル。案内してやってくれ。ディス。キャトルの後を頼む。」
左端の席に座るホムンクルスが立ち上がり、私が入ってきたのとは別の扉を開けて案内する。
「どうぞ、こちらです。」
他に比べ、妙に人間的な表情のキャトルと呼ばれた少女型ホムンクルスの後に従い、廊下を歩いていく。
キャトル・・・妙だな?
この娘だけは、魔力回路の気配がある。
「ねえ、あなた、合成霊魂のホムンクルス・・・には見えないわね?」
「・・・仄香の言うとおりだ。この娘、魔力回路の気配がある。それに、霊的基質が人間のそれと区別できない。」
エルリックが同意するも、キャトルは何も答えず、俯いて歩き続けた。
「・・・ここです。カギはこちらに。」
彼女は監獄のような建物の前で立ち止まると、鍵束の中から一つだけ妙にゴツいカギを取り出し、扉を開く。
「・・・!?この気配・・・完全に呪われてるじゃない!」
キャトルがカギを開けると同時に、監獄のような建物から、青黒い霧が吹き出した。
開け放たれた扉の奥からは怨嗟の声が響き渡り、パチッ、パチッという音と、霧に混じって死臭と冷気が噴き出す。
「ぐぅっ!?こ、これは!」
エルリックが胸を押さえ、その場にうずくまる。
この冷気、一呼吸するだけで肺が腐りながら凍りそうだ!
「二人とも下がって!建物ごと焼却するわ!百連唱!炎よ!火坑より出でし死火よ!猛りて寥廓たる天地を焼き尽くせ!」
百連唱した轟炎魔法を開け放たれた扉から叩き込むも、噴出する冷気に触れると同時に死火となるべき魔力が霧散していく!
呪詛の力だけで私の魔法を押し返した!?
「いやだ・・・私は、あの子に会うまで、死ねない・・・死んで、たまるか・・・死んで、たまるかぁぁぁぁ!」
部屋の中から聞きたくもない声が響き渡る。
まさか、これは私の記憶情報か!
数千年にわたってシベリアの永久凍土の中で煮詰められてきたのか!
「轟炎魔法が冷気に押し負けるなんて!?なんという呪詛、なんという執念!」
「い、いやだ、一人は、イヤ・・・だれか、一緒に、サガシテ・・・じゃま、しないで、か、神様、お願い、シマス、あの子に、会わせテ、あの子を、タスケテ!」
「・・・っ!神なんてものは5000年探してもいなかった!いるかどうかもわからないモノに縋るな!」
「そんなことはナイ!ソレジャアわたしのかわいい坊やは、ダレが助けてクレルの!まだあの子は生きてる!絶対に生きてルンダカラァァァ!!」
私の死に際の慟哭が、あたり一面を染めていく。
いつの間にか周囲は、しんしんと雪が降り積もる深い林の中になっている。
点々と続く赤黒いシミのついた足跡。
どこまでも続く、白く、暗い木々。
「仄香!これはなんだ!幻か!?」
「・・・信じられない。このクソ女・・・呪詛で現実を侵食しやがったわ。」
うろたえるエルリック、懐から銃を抜き、構えるキャトル。
そして、目の前にはあの日から何度も夢に見た光景と・・・両目に蒼白い光を宿したクソ女が立っていた。
◇ ◇ ◇
少し時間が戻る。
水無月 紫雨
琴音さんが企画し、僕と叔母・・・じゃなかった、星羅さん、マヨヒガさんが手伝った肝試しも、いよいよ最後のチームが謎解きを終えてゴールから出てきた。
「すげぇーな!まるで本物の幽霊みたいだった!立体映像ってやつなのか!?専用の眼鏡なしでも完全な立体じゃないか!」
「音源が回るんだよ!俺たち四人のど真ん中から子供の声が聞こえたときは鳥肌がったたぜ!」
・・・うん。
本物のゴースト系の眷属を喚んだからね。
「壁がいきなり変形したのよ!スライドしたとか立体映像だったとかじゃなくて!本当に人間の肌みたい動いたの!」
・・・うん。
マヨヒガさんが変形させたからね。
ごめんね、君が今立ってるところの床も同じ素材でできてるんだよ。
【大好評だったようですね。後片付けはマヨヒガさんがすべてやってくれるようです。琴音さんとゆっくりしてきたらどうですか?露天風呂を貸し切りにしておきましたよ。】
みんなの感想を聞いて少し得意げになっていると、星羅さんの声が頭の中に響く。
「ああ、そうだね。ぶっ通しでモニターし続けたから少し疲れたよ。・・・琴音さんは・・・ああ、いたいた。」
琴音さんは、肝試しが終わった部員のみんなに記念品を配っているところだった。
「うわぁぁ・・・俺、こんな顔してたんだ。カッコ悪いな。」
「まあまあ。女子をしっかり守って立派だったよ。はい、写真は額に入れておいたからね。デジタルデータは写真裏のQRコードで戦技研のホームページからダウンロードできるからね。」
「千弦先輩って付き合ってる彼氏とかいるんですか!?もしいなかったら俺と付き合ってください!」
「私は琴音のほうよ。ごめんね。もうかっこいい彼氏がいるのよ。姉さんもね。あ、でも遥香はまだ彼氏、いないって言ってたっけ。」
「マジですか!久神先輩!どこですか!」
・・・作り物とはいえ恐怖を感じたせいなのか、何人かの部員は箍が外れてるね。
まあ、琴音さんは僕のものだけどさ。
マヨヒガの多目的スペースにあった自動販売機で買った缶コーヒーを持って、琴音さんにそっと近づく。
「はい、お疲れさまでした。最初はちょっといろいろあったけど、まあ上手くいったんじゃない?」
「あ、ありがと。・・・姉さんが暴れたせいで一時はどうなることかと思ったけど、大成功って言ってよさそうだね。」
二人で同時に缶コーヒーのタブを開き、こつんとぶつけてから口をつける。
「はーい、もうかなり遅いから、各自部屋に戻って早く寝ようね~。お風呂に入ってない人は、まだ大浴場が使えるから急いで~。」
遥香さんのお風呂、という言葉を聞いて思わず琴音さんと目が合う。
すると、おずおずといった感じで琴音さんは缶コーヒーから口を放した。
「・・・さっき星羅さんがマヨヒガさんに頼んで露天風呂を貸し切りにしておいてくれたって。今度はちゃんと私と紫雨君のために貸し切りにしてくれたみたいだよ。」
琴音さんは、顔を真っ赤にしながら僕の顔を覗き込んでいる。
「う、うん。じゃあ・・・行こうか。」
まだ興奮冷めやらぬ戦技研の部員たちをその場に残し、僕たちはいそいそと貸切露天風呂へと歩いて行った。
◇ ◇ ◇
露天風呂は、千弦さんや理君が入ってきた時と同じように、貸切の札が立っていた。
マヨヒガさんによれば、今は僕たち以外はここにたどり着けないようになっているという。
脱衣所が一つしかないから、二人で背を向けあって服を脱ぎ、脱衣かごに入れていく。
・・・ああ、さすがはマヨヒガさん。
着替えはちゃんと用意してくれてあるんだ。
「・・・準備、できたよ。」
琴音さんの声に思わず振り向くと、身体を洗うための小さなタオルで前を隠して、恥ずかしそうな顔をした彼女がそこに立っていた。
「そ、そうだね。じゃあ、入ろうか。」
洗い場の曇りガラスを開け、中に入ると、なぜかエア式のプールサイドベッドが展開されている。
・・・ご丁寧によくわからないローションまであるよ。
「あ、あははは・・・マヨヒガさんって・・・気が利いてるのね。と、とりあえず、身体を洗わない?結構暑くて汗をいっぱいかいたし。」
「・・・あ、そうだね。じゃあ、僕はあっちで洗うよ。」
再び背を向けあって身体を洗い、お湯で流す。
でもそのうち、ちらり、ちらりと振り向くと、いつの間にか目線が合う。
「背中、流そっか。」
「う、うん。じゃあ、おねがいするよ。」
お互い、背中を流しあう。
琴音さんの肌は白く、日本人特有のしっとりとした滑らかな肌触りだ。
後ろからでもわかる形のいい胸のラインと、引き締まった腰のくびれに、肩より少し下まである綺麗な髪から流れるお湯が伝っていく。
「琴音さん・・・。」
「うん。いいよ。来て。」
プールサイドベッドに彼女を誘い、あおむけに寝かせてゆっくりと覆いかぶさる。
海の底で1700年もの間、この身に刻まれた孤独が癒されていく。
乱暴で、女の扱いなど遥かな昔に忘れた僕の荒々しい動きも、彼女はしっかりと受け入れてくれる。
何度、果てたか分からない。
だけど、彼女は何度でも僕を受け入れて、愛してくれた。
◇ ◇ ◇
「くしゅんっ!・・・少し冷えたね。湯船に入ろっか。」
あまりの多幸感に呆けていた僕は、琴音さんの声でハッとする。
気付けば、彼女とつながったまま、頭が真っ白になっていた。
いや、僕の髪はもともと白・・・いや白銀だけどさ。
「あ、ああ、ごめん。あまりにも幸せでぼうっとしてた。風邪をひかせたら大変だ。急いで温まろう。」
「大丈夫よ。私は回復治癒系の魔法使いだから、風邪くらいなら簡単に治せるわ。あ、痛ててて・・・。」
「だ、大丈夫?もしかしてもう頭が痛くなってるとか?」
時計がないからどれくらい呆けていたのか分からない。
琴音さんの身体はまだ火照っているものの、髪から落ちる雫は冷たくなっている。
「あ、いや、ちょっと大きすぎて。大丈夫よ。お風呂から上がったら、回復治癒魔法で治しておくし。・・・でも膜まで復元しちゃうとは思わなかったのよね。それに・・・近藤さんのXLサイズでも入らなかったし・・・。」
顔を真っ赤にしながらブツブツとつぶやく彼女を抱き寄せ、一緒に露天風呂を楽しむ。
はあ・・・なんと幸せなのだろう。
あの石棺から出た先に、こんな世界が広がっているとは思わなかった。
幼くして失ったはずの母がいて、教会に奪われたはずの叔母がいて、そして何より、美しく優しい恋人がいる。
教会は残っており、世界はいまだに戦乱に包まれてはいるけれど、まだまだ石棺に封じられる前の世界ほどではない。
心の底から世界が平和であることをかみしめていると、湯船の中で琴音さんがそっと寄り添ってきた。
「ふふ。湯船の中で回復治癒魔法、つかっちゃった。もう一回しない?」
前言に追加。
優しく美しく、最高の恋人だ。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
湯船で暖まり、第二ラウンドを開始してしばらくたったころ、右耳にある念話のイヤーカフからピリッとした感覚が来る。
《琴音さん!千弦さん!近くに紫雨か星羅はいますか!?くっ!エルリック!前に出ないで!キャトル!術式を維持して!》
《ん~?いや、私は理君の部屋で電動ガンをバラしてるところだけど・・・琴音のところにいない?・・・もしかして寝てる?》
ヤバい。
まさかこのタイミングで仄香から念話が来るとか・・・!
《琴音さん!今すぐ起きてください!紫雨か星羅を呼んで!遥香さんと合流させて!》
ちょ、ちょっ、紫雨君、今動かないで!
下腹が、パンパンに・・・!
《う、うん、いま、紫雨君と、一緒、だよ。ど、どうし、たの!?》
《・・・琴音?もしかして酔ってない?今、五感を共有するから・・・。》
《共有せんでよろしい!!ぐ、あっ!?そん、なに、深く!?》
うわ!自分の下腹が紫雨君の形に膨らんでる!
う、うごかないで、苦しいから!
裂ける!壊れちゃう!
息ができない!
《う、うわああぁぁぁ!?琴音!あんた何やってるの!とりあえずやめなさいって!》
《琴音さん!緊急事態なんです!・・・千弦!構わんからマヨヒガ東館の露天風呂に突入しろ!》
《と、突入しな、いでっ!いま、すぐっ!でるっ!からっ!》
《あんたが突入されてるでしょうが!何が出るんだ!白いヤツか!?言ってみろって!う・・・ヤバい思念波をまき散らしてんじゃないわよ!ってか、あんた、気持ちいいを通り越して痛がってるじゃない!紫雨君のアレ、削ぎ取るわよ!?》
《どうでもいいから早くしろ!今は一分一秒でも時間が惜しいんだ!くそ!四連術式!20,151,121発動!再発動!20,151,121発動!霊的汚染妨害術式だけじゃ足りない!》
《~~~~!!!》
う!おなかの中にいっぱい・・・。
そ、そんなに入りきらないよ!
「琴音!ここかぁ!」
「千弦!ちょっとまずいって!うわ!見てない、見てませんから!」
下腹を満たしている紫雨君のアレに意識が飛びかけていると、露天風呂の曇りガラスを割れるような勢いで開け放ち、姉さんとそれを止めながら理君が乱入してきた。
「うわぁぁあ!千弦さん!?理君まで!?なんでここに!」
紫雨君の声が遠くに聞こえる。
つ、疲れた・・・。
回復治癒魔法を使いっぱなしでヤると、彼がすごく気持ちよさそうだからそうしてたけど・・・今度から普通にしようか。
っていうか、避妊・・・し忘れた。
あ、アフターピルを・・・。
ガクッ。
次回「242 諸悪の根源/ミレニアムストーカー」
7月12日 12時10分 公開予定。




