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240 普通の肝試し/ホラー前のお約束

 仄香(ほのか)


 昼食が終わり、おさんどんに通ってくれるグローリエルを宗一郎殿との新居に送り届けて帰ってくると・・・。


 マヨヒガ本館のモニタールームで琴音はキレ散らかしてているわ、千弦は土下座しているわ、マヨヒガ(人型(アバター))は白目をむいてひっくり返っているわ・・・。


 惨憺(さんたん)たる様相を呈していた。


「こ、これは・・・何があったんですか?」


 グローリエルを送り届けた後、グローリエル自作のケーキと、宗一郎殿が手に入れた美味しいコーヒーをご馳走になっていたんだが・・・僅か一時間程度の間に何があったんだ?


「姉さんがマヨヒガさんの別館を全壊させたのよ!せっかく時間をかけて作った肝試し会場がパアだわ!しかも、建物の中で光撃魔法だの空間浸食魔法だの、轟雷魔法だのを遠慮なく何十発もぶっ放すって、頭のネジが何本外れてるのよ!?」


 おいおい・・・。


 見たところ千弦の魔力回路(サーキット)に異常は出てないし、それほど魔力を使った形跡はないみたいだが・・・。


「轟雷魔法はともかく、光撃魔法や空間浸食魔法を使ったんですか?それも、何十発も?身体に異常はないですか!?」


「う、うん・・・。魔導(Enchant)付与(ment)術式( Formula)を込めた術弾・・・人工魔石弾を使ったから自分の魔力も魔力回路(サーキット)も使ってないし、一応、手加減はしたつもりなんだけど・・・。」


「手加減!?はぁ!?マヨヒガさんの別館を、2階から上全部消し飛ばしておいて手加減!?じゃあ、加減しなかったらどうなるのよ!」


「・・・ごめんなさい、轟炎魔法もストックしてました。最大で130発くらい・・・。」


「うひゅっ!?」


「・・・!」


 琴音だけでなく、私も思わず絶句してしまう。

 130発の轟炎魔法だと?


 それ、重巡洋艦、いや、正規空母くらいなら簡単に沈むぞ?


 下手すりゃ超弩級戦艦でも大破炎上くらいまでは持っていけるかもしれん・・・。


 人間が、それも自分の魔力回路(サーキット)に全く負担をかけずに、いくら反撃ができないとはいえ、私の眷属のほぼすべてを消し飛ばし、マヨヒガの魔力障壁をものともせずに全壊させ、あまつさえ余力を残しているだと!?


「と、とりあえず、事情を聴きましょう。それと、眷属は再召喚すればいいだけです。そもそも肉体はないので痛覚もありません。それと・・・マヨヒガ。舞台装置はすべて記憶していますね。落ち着いてからでいいので再現をお願いします。」


 何とか復活したマヨヒガが千弦のそばを通るときにビクッとしているのが何とも物悲しい。


「ご、ごめんなさい・・・。」


 まあ、琴音が千弦に黙って計画を進めたことにも非があるんじゃないかとも思うわけで・・・。


 借りてきた猫みたいになった千弦と、なぜか同じように小さくなった(おさむ)殿から事情を聴き、肝試しのやり方を根っこから改めることにしたよ。


 ◇  ◇  ◇


 三日目のサバイバルゲームを終え、時岡殿や下級生たちがゾロゾロとマヨヒガ本館に戻ってくる。


「なあ、今日って日中に花火か何か鳴ってなかったか?何かが爆発するような音が何度も聞こえたんだけど・・・?」


「ほら、日中は茅野どんばんとかいうお祭りがあっただろ?何人か遊びに行ったみたいだぜ?」


「え~。こんな条件のいいフィールドでサバゲできる機会なんてめったにないのに。だってフィールド内の障害物だけじゃなく、塹壕の位置まで一晩で変更されていたんだぜ?埋め戻した形跡すらなく。どういう構造になってるのか、俺、今でもわかんねぇ。」


 ・・・下級生たちはあのフィールドまでマヨヒガの一部だとは思っていないだろうが・・・。


 マヨヒガが旅館を含め、自分の身体の制御を失わなくて本当によかったよ。


 もしそうなってたら今頃、本館も含めてすべて更地になっていたところだった。


 何とか息を吹き返したマヨヒガが、グローリエルの助けを借りて夕食の準備をしたが・・・。

 なんとかなったようだな。

 食堂で部員一同が食事を楽しんでいる。


 全員が食べ始め、各自のすき焼き鍋の固形燃料が半分になったあたりで紫雨(しぐれ)と琴音が壇上に上がり、マイクを握る。


「え~。戦技研(サバゲ同好会)のみなさん。合宿もいよいよ三日目が終わります。ガッツリ楽しんでいるでしょうか!?」


 琴音の問いかけに、すき焼き鍋をつついている部員から一斉に歓声が上がっている。

 どうやら、マヨヒガが作ったサバゲのフィールドは好評のようだ。


「連日暑い中、塹壕や訓練施設で汗を流している皆さんに、こちらにいる紫雨(しぐれ)君と民宿マヨヒガさん、その他有志一同から涼しいお届け物があります。その火照った身体を芯まで冷やすような、夏の風物詩をご堪能ください!」


 琴音がそういうと、遥香がパンフレットを配り始める。


 手書きのコピーで作られたパンフレットには、「納涼!スーパーリアル肝試し!君の肝はどれだけ図太いか!?事前にトイレに行っておくことを推奨します!」と書かれていた。


 ・・・「事前にトイレ」って・・・。


「へぇ~?肝試し?面白そうじゃん!もしかしてどこかの社にお札を取りに行くとか?」


「え、ええぇ・・・私、そういうの、苦手なんだけど・・・。」


「はいは~い!銃の持ち込みはOKですか!?」


 下級生たちの中には幽霊が苦手なものもいるようだが・・・。


 紫雨(しぐれ)がどこからともなく用意したプロジェクターでプロモーションビデオを流し、彼の勤める会社のアトラクションのモニターとして実行すると紹介したら、ほとんどの部員が参加を希望した。


 っていうか、肝試しってドッキリでやる内容じゃないよな?


「それでは、食事がすんだ人から4人一組になってください。各チームの組み分けは、男子3人、女子1人を目安にお願いします。」


 紫雨(しぐれ)の言葉に、わらわらと仲の良い者同士がチームを作り始めるが・・・案の定、男子が9名ほど余ってしまった。


「はーい、今、まだチーム分けがすんでない人!こっちへ来てくださ~い!」


 チーム分けにあぶれた男子生徒が微妙な顔をしながら、琴音の声掛けに集まっていく。


「じゃあ、こっちの3人は美穂ちゃんと。この3人は遥香と。最後の3人は・・・エルとでいいかな?」


 厨房からヒョイと顔を出した遥香と、エプロンをつけたままのグローリエルが顔を出し、あぶれた男子部員のチームに入ることを告げると・・・。


「う、うおおぉぉぉぉ!俺、陰キャでよかった!神様!ありがとぉぉぅ!」


「え、エルフ!?ま、マジで!?っていうか、俺たちのチームと一緒なの!?」


 まあ、エルフは珍しいからな。

 人妻だけど。


「な!なんで久神先輩が!おれ、俺も陰キャでいたかった!」


「檜山!私と同じチームなのになんか文句でもあるわけ!?」


 ・・・うん、肝試しの前から阿鼻叫喚の地獄絵図になっていたよ。


 ◇  ◇  ◇


 何とか修復したマヨヒガが別館を三つほど転写し、眷属の密度を少し減らした状態で複数のチームを同時に出発させていく。


 ・・・事前告知型の肝試しにしたせいで琴音が不平不満を述べていたが、千弦みたいなやつがいないとは限らない。


 事故になったらどうするんだよ。

 まあ、人を驚かすのが面白いのは認めるけどさ。


 代案として、今までノーマルとハードモードしかなかったが、新たにスーパーハードとナイトメアモードを用意してやった。


 ・・・美穂が嬉々として他の三人を連れてナイトメアモードに飛び込んでいったのを見て、時岡殿はため息をついていたよ。


「さて、みんなが楽しんでいる間に私は少し休もうかしら。眷属を大量に召喚したせいで、けっこう疲れたわ。まあ、ゴースト系の眷属の召喚コストはかなり安いんだけど・・・。」


 玄関横の多目的スペースにあるリクライニングチェアに座り、グローリエルが用意して行ってくれた緑茶と茶菓子で一服する。


「はあ~。お茶が美味しい。・・・今日は、宗一郎殿は仕事で帰りが遅くなると言っていたけど・・・適当な時間で帰さなきゃね。」


 上質なリクライニングチェアが身体を包み、ゆっくりと眠気が襲ってくる。


 う~ん。平和だ。

 少しウトウトしようか。


 そんなことを考えているとき、不意に玄関がガラガラっと音を立てて開いた。


「ふう・・・やっと着いた。まさか仄香(ほのか)が市内のホテルに泊まっていないとは思わなかったよ。・・・やあ、仄香(ほのか)。ちょっと大事な話があってきたんだが・・・仄香(ほのか)?なんでそんなに怒ってるんだい?」


「エルリック・・・せっかく人が気持ちよくウトウトしようとしているのに・・・。」


 唐突に玄関を開けて現れたのは、二人の少女を連れた・・・ロマンスグレーの髪色に、アングロ・サクソン系のような顔つきで品のよさそうな笑顔の・・・180センチくらいの大柄な40代の男性だった。


 ◇  ◇  ◇


 エルリックは、多目的スペースに配置された自動販売機でアイスコーヒーを買って、私の近くの椅子にヒョイっと腰を下ろす。


 帯同している少女たちも同じように椅子を引き、私たちの近くに腰を掛ける。


 ・・・この二人は・・・ああ、フィリップスのところのホムンクルスか。


 よく見ると着ている服にカトルズ(14)カーンズ(15)と刺繍が入っている。


 二人とも背伸びをしたり、スカートのすそを直したりと、まるでその動きは人間のようだ。


「ちょっと厄介なものが見つかったんだ。シベリアの永久凍土の中からね。もう少しでサン・ジェルマンに奪われそうだったんだが、今はフィリップスが魔術結社で確保してる。」


 聞いてもないのにエルリックは話し始め、カバンの中から数枚の写真とファイルを取り出し、茶菓子の横に置く。


「もう・・・いきなり来ていきなり話し始めるとか、緊急の用じゃなかったら怒るわよ?・・・っ!?」


 私はそう言いつつ、ファイル、写真の順に目を通したあと、絶句する。


「・・・緊急・・・いや、そんな言葉では足りないかもしれない。非常事態だ。我々では対処しきれない。君の力が必要だ。いや、むしろ、君自身の問題だ。・・・どうする?仄香(ほのか)?・・・いや、『三つ目の穴で冬の朝生まれた女』と呼ぶべきか?」


 この写真・・・そして、このファイルに記されている情報・・・。


 冗談じゃない。

 もう、何年、いや、何千年前の話だと思っているんだ。

 まさか、もう一度この身体を目にすることがあるなんて。


「信じられない・・・。なんで、残っているのよ・・・?なんで、今更私を追ってくるのよ!?」


 その写真に写っている、見覚えのある装身具を身にまとった女の死体は・・・。


 ・・・私の最初の身体だった。


 ◇  ◇  ◇


 エルリックから受け取った写真に写る、かつての自分の顔は・・・おぞましかった。


 苦悶にゆがみ、倒れた後、シベリアの永久凍土に埋もれる前に獣にでも食われたのか、唇の一部分がなく、黄色い前歯がむき出しになっている。


 ・・・ああ、だんだんと思い出してきた。


 あの村から連れ出した娘が、他の村の若者との間に何人もの子を作り、それを見て安心した私は・・・娘をその若者に託してあの子、紫雨(しぐれ)を探してさらに東へと進んだんだっけ。


 あの直後、真冬のシベリアを歩いているうちに、空腹と寒さで死んだんだ。


 当時は、シベリアの厳しさも、死んだ後のことも知らなかったから・・・。


 迫りくる死への恐怖とあの子に二度と会えない絶望の中、凍って動かなくなった足をかじかんだ手で持ち上げ、何とか前に進もうとして・・・力尽きた。


 全身を包む無力感、消えていく意識を何とか保とうとした時の焦燥感、・・・そして、手足の指先が黒ずんで、ポロリと落ちた時の喪失感。


 まだ、魔法も大した力にならなかった。

 せいぜい、いつでも火種があるとか、切り傷が早く治って腐らないとか、泥水がきれいな水になる程度の力しかなかった。


 ・・・この死体は、娘が子供を産んだ時に贈ったのと同じデザインの装身具を全身にまとっているが・・・まるで似合っちゃいない。

 ・・・まあ、娘を連れて入り込んだ村ではこれで生計を得ていたからな。


仄香(ほのか)?大丈夫か?顔色が悪いぞ?」


 うっさいわ。

 せっかく気分よくウトウトしようとしていたところに、特大のクソを投げ込みやがって。

 ・・・とは言えないか。


「大丈夫。・・・大丈夫よ。続けてくれるかしら?」


「あ、ああ。・・・この遺体はその装身具が人類の美術史を覆すほどの発見だということで、ルーブル美術館に新設された特別展示棟で展示されていたんだが・・・先日、サン・ジェルマンが強奪しようとしたらしい。」


 しようとした、ということは阻止できたということか。

 あのクソ男(サン・ジェルマン)・・・別れた女の死体まで欲しがるなんて、見下げ果てたド外道だな。


「それで、この死体はどこにあるの?」


「・・・まあ、そう慌てないでくれ。サン・ジェルマンは、この遺体を何らかの方法で修復してアンデッド化し、ルーブル美術館の外まで連れ出したらしいんだが・・・そこを、フィリップスのホムンクルスが強奪し返したんだ。ドゥーズ(12)が犠牲になったけどな。」


 私の死体をアンデッド化した?

 クソ、気分が悪い。


「わかったわ。それだけ聞けば十分。それで、私の死体はフィリップスが保管しているのね。」


 写真とファイルを放り出し、リクライニングチェアから立ち上がる。


「ああ。それで、どうするんだい?かなりの昔に亡くなったとはいえ、君の本当の身体だ。保管するんだったら僕も手を貸すけど・・・?」


「保管する?冗談言わないで。アレは正真正銘、私の子孫にとって、いえ、人類にとって災厄以外の何物でもないわ。今すぐに焼き尽くすに決まってるでしょう?その上で燃やした灰を宇宙の彼方か太陽にでも捨てないと、おちおち眠ってもいられない。・・・くそ、まったく、野に腐れて虫に食いつくされてればいいものを!」


 アレがどんな呪いを内包してるか分かったもんじゃない。

 場合によっては、千弦のラジエルの偽書の力を借りる必要があるかもしれないのだ。


 ええと、今の時間は・・・午後9時か。

 スイスとの時差は・・・−7時間だっけ?


 立ち上がり、玄関に向かって歩き出すと、エルリックが慌てて私に追いすがる。

 ホムンクルスの二人も慌てて立ち上がり、その場に置かれた書類や写真を片付けている。


 制御者が近くにいないのに勝手に動いたり、まるで魂があるみたいな出来だな。

 フィリップスのヤツ、ほんとにいい趣味をしてるよ。


「ま、待ってくれ!行くんなら僕を連れていってくれ。僕なら聖釘(アンカー)の影響下でも魔法の威力は変わらないから!」


 う~ん?

 そういえばバシリウスが千弦に搭載した聖釘(アンカー)は何本だっけ?

 ええと、この身体に入った時点で、教会側に11本。


 去年の新宿御苑で千弦が回収したのが1本で、エドアルドから回収したのが4本で・・・。


 いや、あれは紫雨(しぐれ)の封印に使っていたものを再利用したようだから残りは10本のままで、サン・マーリーが1本持ってて、チヅルの翼・・・聖釘(アンカー)波動増幅装置に内蔵されていたのが4本で・・・。


 そうすると、教会側に残り5本か?

 破壊せず手元で保管してるのが10本だけど、役に立つ可能性は少ないし、そろそろ破壊したほうがいいよな?


 スー〇ーマンだって手元にクリプ〇ナイトを保管しておいたりはしないだろうし。

 う~ん・・・。


「まあ、いいわ。ついてくるというなら連れていくけど、相手が相手よ?人類最古の呪い(クソ)が長い年月(下水)でどれほど煮詰まっているかなんて、私だってわからないんだから。」


 妙に必死なエルリックの手を取り、マヨヒガの玄関から外に出ると同時に、長距離跳躍魔法(ル〇ラ)の詠唱にかかる。


 向かうはスイス南西部ヴォー州、州都ローザンヌ。

 フィリップスの魔術結社本部、人工魔力溜まり(ダンジョン)


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 眼下に琴音たちが肝試しで楽しんでいるマヨヒガ別館を見下ろしながら、私は星が降る夜空を見上げ、飛び立った。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 千弦


 マヨヒガ本館 遊戯室


 う~ん。

 ちょっとやりすぎたかもしれない。

 ・・・いや、途中から何となく気付いていたんだよ。


 多分、あの場にいる幽霊・・・後で分かったけど眷属さんたちはこっちを襲ってくる気はないんじゃないだろうか、って。


 でもさ、命のやり取りにおいて、相手の意思に頼るバカっていなくない?


 備えるべきは相手の能力と装備であって、相手がどう思おうが生き死にの決定権をコチラが掴んでいれば、絶対に蹂躙されなくない?


 ましてや、今回は幽霊などという、言葉が通じるかどうかもわからない、前代未聞の人外だったんだよ?

 相手の意思はどうあれ、遭遇した時点で薙ぎ払う以外の選択肢ってあるの?


「おーい。千弦。みんなマヨヒガ別館に行っちゃったけど、俺たちはどうする?もう一回肝試しに行くか?」


 (おさむ)君がボーリング玉を持ち、自動的に並べられたピンに向けて放り投げる。

 ・・・ストライク。


「う~ん。ただネタバレしただけじゃなくて、運営側を半・・・全殺しにした私としては、肝試しに参加するのは気が引けるのよね。」


 私は並べ直されたピンに向け、ボーリング玉を投げる。

 ・・・スプリット。

 くそ、射撃管制術式を切ってるから・・・。


「・・・そうか?じゃあ完全に暇になっちゃったな。時岡が今日は美穂ちゃんの部屋に泊まりたいって言うから、今夜は俺一人なんだけど・・・ボーリングで疲れたらスマホで動画でも見て時間をつぶすか。」


「うん、そう、時岡君が・・・美穂ちゃんの部屋に・・・。ん?じゃあ、(おさむ)君、朝まで一人なの!?」


「いや、だからそういってるんだけど・・・。」


 そうと決まればこんなことなんてやってられるか!

 前回のデートは先月の16日だったから、あれから24日も経っているんだ!


 あの後、(おさむ)君の都合がなかなか合わなくて、何度指先と枕を濡らしたか!

 何度自分で慰めたか!


「ふんふ~ん。ボーリングのスコアはリセット。ボールは・・・あそこに返却すればいいわね。それから靴。ほら、早く早く!」


「え?あ、うん、別にボーリングくらい最後までやったって・・・。」


 うっさいわね。

 もう私の頭の中はピンク色なのよ!

 アレのことしかもう考えてないのよ!


 私は(おさむ)君の手を引き、ズンズンと彼の部屋に歩いていく。


「俺、まだ明日もサバゲで戦うんだけどなぁ・・・。」


「何言ってるのよ!いざヤり始めたら私が泣いても止めてくれないくせに!おかげで翌日までヒリヒリしてたのよ!さあ!リベンジよ!ヒイヒイ言わせてあげるから覚悟なさい!」


 ヒリヒリを治そうと回復治癒の術札を使ったら、膜まで復元してしまったのは黙っておこう。


 ぬふふ、朝まで・・・朝まで!

 さあ、腰が抜けるまでやるわよ!

 回復治癒術式だけはかけっぱなしにしてあげるから!


 (おさむ)君の泊っている部屋に入ると、ふわりと畳のにおいがする。


 そういえば私と琴音の部屋と違って、和室なんだっけ。


 ベッドも悪くないんだけど、布団のほうが旅行に来たって感じがするのよね。


(おさむ)君。内風呂、借りるわよ。それとも一緒に入る?」


「え・・・本気でするつもりなの?だれか来たらどうするのさ。」


「さっきこの部屋に入ったときに、扉にフルパワーで施錠術式をかけたわ。強制開錠魔法でも1時間くらいかかるやつをね。ほら、(おさむ)君もこっちに来て!」


 妙にじれったい(おさむ)君を風呂場に引きずり込む。

 ・・・なんだ、もう準備できてるじゃない。


 ぬははは!

 さあ!勝負なのよ!


 ◇  ◇  ◇


 ・・・やっぱり、負けた。

 なんでなのかしら。

 身体の相性の問題なのかしら?


「・・・ねぇ、千弦。そろそろ湯冷めするよ。流して湯船に戻ったら?それにしても、なんでまた血が出たんだ?」


 くそ、股間がヒリヒリする!

 しかも初めての時と同じでちょっと痛かったし!


「はーっ、はーっ、そ、そう、言うんなら、そ、そこの、タオル、取って、くれない、かしら・・・?」


 息が、なかなか、整わない!

 余韻が、ヤバイ、ことに、なってる!

 無茶苦茶、幸せ、なんだけど!


「ほら、息を整えて。それより・・・その・・・湯船にもどらないなら、せめて身体を洗ったら?」


「うっさいわね!まさかこの歳になって漏らすなんて思わなかったわよ!」


 くそ・・・。

 あんまり気持ちよすぎて何回か意識が飛んで・・・。

 気付いたらお風呂の洗い場がびちゃびちゃで・・・。


 下半身に力が入らない。

 っていうか、まだ何か入ってるような気がする。


 慌てて部屋に来たから近藤さん(コンドーム)を持ってくるタイミングがなかったけど、こんなに気持ちいいとは知らなかったよ。


「ねえ・・・その・・・今日は安全日だったんだよね?一応、外には出したけどさ。」


「・・・ああ、それなら心配しなくてもいいわ。術式で避妊してるから。近藤さん(コンドーム)はあくまで念のためよ。」


「ふ〜ん。そっか・・・。」


 実際のところ、術式でピルを再現しているから近藤さん(コンドーム)の出番はないんだけど・・・。

 まあ、この年齢で母親になれるはずもないからね。

 ・・・琴音にも術式を教えてあげなきゃ・・・いや、絶対に教えたくはないんだけど!


 ざっと身体を流して風呂場から出て、バスタオルで身体を拭く。

 (おさむ)君のほうをちらりと見ると・・・前かがみになっているけど、まだまだ元気のようだ。


 ・・・すごい精力だな。

 私、そのうちにハメ殺されるかも。


 ええと、その場合は女性側でも腹上死でいいのか?

 本人にとっては最高の死に方かもしれないけど、残された家族にとっては地獄だな。

 それに相手の名誉もエラいことになるから、まあ、ほどほどにしようか。


 裸のまま押し入れから布団を引っ張り出し、第二ラウンドのゴングを打ち鳴らしてからしばらくしたとき、右耳のイヤーカフでチリっという感覚が・・・。


《琴音さん、千弦さん。少し出かけてきます。行先はスイスのローザンヌです。明日の朝までには戻りますから心配しないでください。・・・千弦さん?息が荒いですね。何か運動でもしてるんですか?ちょっと待って。今五感の共有を・・・。》


 なんでこのタイミングで連絡してくるのよ!


《ちょっと!?五感の共有なんかしなくていい!ぁんっ、あっ!ちょ、ちょっと!話なら後で聞くから!んっ!》


 や、ヤバイ!

 よけいな念話のせいで、我慢してた感覚が津波のように!


《姉さん・・・何を・・・まさか!ギャアァァァ!私の姉さんになんてことするのよ!今どこにいるの!》


 ヒイっ!?

 おなかの奥でゴリって言った!

 琴音、頭の中で騒がないでよ!

 ショックで無茶苦茶深く入っちゃったじゃないの!


《んくっ!んっ!あ、あっ!ちょ、ちょっと!勝手に五感のっ・・・共有をっ!んっ!してるんじゃないわよっ!》


 いけない!

 視界のいたるところで星が飛んでる!


《私の姉さんがァァァ!(おさむ)君、GnRHアゴニスト(思春期ブロッカー)じゃ済まさないんだから!今から蛹化術式で去勢した上で、ボーリングピンを突っ込んでやるんだから!》


《シャレになってないから!んっ!やめ、やめてっ!ん、く、ひぁっ!・・・。》


 うわ!下半身に何かあったかいのが広がって・・・!

 全身がこわばって、心臓が跳ねる!


《姉さん!くそ!私たちの部屋じゃない!じゃあ(おさむ)君の部屋ね!切り取ってやるんだから!》


 頭が真っ白になって、(おさむ)君の力強い腕の中で意識がカクンと落ちる。


「千弦・・・。千弦?ねえ、大丈夫!?うわ、痙攣してる!しっかり!」


 ・・・く、は、早く起きないと・・・。

 それに、(おさむ)君が・・・イくと同時に私の意識が飛んじゃったよ。

 第二ラウンドも負けたのに、琴音のせいで第三ラウンドはお預けか・・・。

 ガクッ。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 琴音


 仄香(ほのか)との念話も早々に切り上げて(おさむ)君の部屋に駆け付けると、とんでもない量の術式で部屋の扉が封印されていた。


 全力で強制開錠魔法を使ってみるが、開錠の処理に恐ろしく時間がかかってる。


「なんでこんなに開錠に時間がかかるのよ!・・・ええい!開いた!姉さん!?姉さんは!」


 10分ほどかかって開いた扉の向こうには、適当に着たような浴衣に、乱れたままの髪の、姉さんと(おさむ)君の二人がドタバタと布団を片付けていた。


 ふわりとかおる、酸っぱいにおい。

 しかも、はだけた浴衣から見える、姉さんの太ももについた白いもの。


「・・・このにおい・・・姉さん・・・ヤッてたわね・・・?」


「犬みたいに嗅ぐな!っていうか、(おさむ)君は私の彼氏なのよ!運命の人なのよ!ヤッて何が悪いのよ!」


「きいぃぃぃ!姉さんは私の、私だけのモノなのに!ちょ、ちょん切ってやる!」


 部屋にあった姉さんの荷物から持ってきた、妙にゴツいナイフを抜き放つ。


「ちょ、ちょっと!こんなところで術式振動ブレードを振り回さないで!っていうか、新型のオリハルコンブレードじゃない!ちょ!マジで危ないから!」


 (おさむ)君との間に姉さんが割り込んできたので、慌てて後ろに刃先をそらす。

 くそ!パンツくらい履きなさいよ!

 生臭いものを垂らしてんじゃないわよ!


 ぶわん・・・。

 そんな音がしたと思う。

 何かに当たったような感触は・・・なかったんだけど・・・。


 ゴトッ・・・って。

 何か重いものが、落ちたような?


「・・・え?う、うわああぁぁぁ!」


 音がしたほうを見ると、据え置かれた32型の液晶テレビが・・・何の抵抗もなく真っ二つになっていた。


「な、なにこれ!て、テレビが真っ二つに!」


「いいから魔力を送るのをやめなさい!そ、それをゆっくりと、鞘に戻して・・・。」


「い、いま、手応え、手応えがなかった!」


 慌てて魔力をカットし、鞘に戻すも手の震えが止まらない。


「・・・ふ、ふう・・・全身運動の次は、琴音の暴走を止めなきゃならないだなんて。その術式振動ブレードは、戦車の装甲だってチーズみたいに切れるのよ。使い方もわからないのに、勝手に使ってるんじゃないわよ。」


 鞘に戻したナイフを、姉さんがそっと奪い取り、私の頭に手をそっと乗せる。


「姉さんが(おさむ)君にとられた。・・・私の姉さんなのに。」


「・・・私たちは双子だけど、同じ人間じゃない。いつかそれぞれ別の道を歩くの。それこそ、ジェーン・ドゥの身体のように一つにでもならない限りは。」


「分かってはいる、分かってはいるんだけど・・・。」


 一瞬、それもいいかもと思ってしまう。


 ・・・そうか、姉さんが死んだと思って自殺したとき、遥香のペンダントを通じて魂が同化してたから・・・。

 これは依存症だ。

 何とか克服しなきゃいけないものなんだろう。


「ほら、琴音には紫雨(しぐれ)君がいるでしょ。私は今日、そっちには戻らないから。ゆっくりと楽しんで。・・・あ、近藤さん(コンドーム)なら私のカバンに入ってるから。」


 う~ん。

 何か、うまく言い含められたような気が・・・。

 あ。


「・・・サイズが少し小さいのよ。(おさむ)君、少し小さいんじゃない?」


「なんですってぇ!?ふ、太さは知らないけど(おさむ)君のは長さがすごいんだから!持続力も!」


「千弦!?ちょっと!他人と比べたことなんてないよね?ねえ、ないよね!?」


 あはは。修羅場だ。

 はいはい。

 私が悪うございましたよ。


 ◇  ◇  ◇


 いつまでも(おさむ)君の部屋にいても悪いし、切断されたテレビを泣きながら回収に来たマヨヒガさんに謝って、すごすごと肝試しのモニタールームに戻る。


「あ、琴音さん。千弦さんは大丈夫だった?さっき、突然『姉さんが大変!』って叫んだからびっくりしたよ。僕も行ったほうがよかったかな?」


 ・・・う~ん。

 紫雨(しぐれ)君が姉さんにとられることはないと思うけど・・・。


「ねえ、紫雨(しぐれ)君。姉さんと私で、なんで私のほうを選んだの?両方とも同じ顔だし、姉さんのほうがしっかりしてるし、強いし、天才だし。」


「・・・突然何を言うかと思えば・・・う~ん。僕には二人がそれほど似てるとは思えないんだけどなぁ。顔だけじゃなくて性格も違うし。」


 そう、紫雨(しぐれ)君は私たちの顔の区別がつくのだ。

 それに、後ろ姿だけでも識別できるんだよね。


「僕としては、千弦さんは戦友になることはあっても、恋人や妻にするのは難しいかな。だって気が休まらないからね。」


「休まらない?どうして?」


「彼女は走り続けているんだ。目標が何かは知らないけど、理想だったり、倒すべき敵だったり、あるいは守るべき妹だったり。だから彼女は視界にないもの、例えば忘れ去られた者を振り返ってみるために立ち止まるのは苦手なんじゃないかな。」


「そう、なのかな。」


「でも、琴音さんは違うでしょ?・・・何もかもを失ってこの時代に流れ着いた僕を立ち止まって見てくれたよね?頼ってもくれた。だから、僕を信じて弱いところを見せてくれるような、そんな琴音さんが僕は好きなんだよ。」


「そうなんだ・・・ちょっと嬉しいかもしれない。」


 真正面から私の目を見て、紫雨(しぐれ)君は「好き」と言ってくれる。

 うん。

 私はこの人と生きていこう。

 じわり、と胸の中があったかくなっていくのを感じていた。


 ◇  ◇  ◇


 フィリップス・ド・オベール


 スイス南西部ヴォー州、州都ローザンヌ


 現地時刻 午後2時


 魔術結社本部 地下管制室


「・・・警告。第三隔壁損傷。施設内に侵入者です。西第一層、居住エリア。数6体。・・・さらなる増援を確認、合計12体。」


「新たな敵を確認。北第一層。遊技場エリア。数、13体。監視カメラで捕捉。・・・敵影、メインスクリーンに投影します。」


 エルリックが魔女殿を呼びに行ってから何日か経ってしまっている。

 ・・・我らも長距離跳躍魔法が使えればもっとすばやく移動できるものを。


「・・・マスター・フィル。対象を魔導装甲歩兵、または装甲機動歩兵と識別しました。おそらくは新型です。」


「うむ。カビの生えた前世紀の骨董品で吾輩の庭を汚したことを後悔させてやろう。娘たち(Filles)は直ちに戦闘配置につけ。全火器の(Armes)使用を許可する( Libres)!」


了解(À vos )しました(ordres)。」


 娘たちはいっせいに動き出し、それぞれの担当部署へ走り、あるいはすばやく装備を整え、各所に散っていく。


「・・・呼んでいる・・・あの人が・・・あの穴に・・・帰らなきゃ・・・。」


 アンデッド・・・いや、何者かが冒涜的によみがえらせた魔女殿の身体は、ゆっくりと席から立ち上がり、歩き始める。

 その身から、青黒い闇を吹き出しながら。


「・・・キャトル()。彼女を部屋に連れていけ。わかっているな?」


「ええ。お父様。キャトル()にお任せを。」


 わが娘たち(Filles)の中で最も感情が豊かな彼女は、ほんの少しの緊張を隠しながら、魔女殿の身体を連れて地下管制室から監獄棟のほうに向かい、歩き出した。


次回「241 過去との邂逅/逃れえぬ呪い」

7月11日 6時10分 公開予定。

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