239 「本物」たちのお化け屋敷/チヅル・ザ・スペクター・スマッシャー
“When ghosts appear, she brings the boom. Chizuru, the Specter Smasher.”
「幽霊が出たら、あとは爆破あるのみ。千弦・・・幽霊粉砕屋。」
久神 遥香
8月9日(土)朝
マヨヒガ 別館
なんというか・・・琴音ちゃんも仄香さんもいい趣味をしてるよ。
目の前で震える三人の中学一年生を見ながら、思わずため息をついてしまう。
本格稼働前に人が入ってしまったのは失敗だったと思うけど、そのまま肝試しを強行するとか、ありえないから。
仄香さんに言われて慌てて別館に飛び込んだけど、まるで気分はガイドさんのようだよ。
ああ、こんな事ならサバゲの方が楽しかったよ。
「く、久神先輩!先輩のことはお、俺が守りますから!」
足をがたがた震わせながら前を歩くこの子は、栗田タケル君。
私より背が高い中学一年生の男の子だ。
「せ、先輩って、すごく美人でおっとりしてると思ってたけど、見かけによらず度胸もすごいんですね・・・。」
うん。去年の12月までは本物の幽霊だったからね。
私のワンピースの裾をつかんで離さないこの子は、秋山マコちゃん。
身長は私より低いのに、私より胸が・・・。
「マコ!久神先輩が歩きづらそうだろ?掴まるなら俺に掴まれよ!」
マコちゃんの気を引こうと一生懸命なのが山口タモツ君。
さっきからずっとこんな調子だ。
「とりあえず、奥に進もうか。ほら、あそこに何か落ちてるよ?」
「あ!カギです!それに荷札のようなものがついてる・・・亀の間のカギ?」
・・・カギに荷札を付けて、わざわざ目立つところに落としておくとか・・・。
普通はおかしいと思うんだけど・・・ま、まあ、琴音ちゃんが作ったストーリーだからね。
運営側の私としては、亀の間に入って日記を拾ったところでいきなり眷属さんたちに襲われるとか、撃退の仕方は日記の中のお札を使うとか・・・全部知ってるんだけど・・・。
リハーサルまでやったから、今さら怖がれっていうのもなぁ・・・。
「ここです!亀の甲羅みたいな印がある!開きました!あれ?特に何もないみたいだけど・・・?」
タケル君・・・ぐいぐい行くね?
あ・・・日記に気付いてないし。
「ほら、あそこに何か置いてあるよ?」
「・・・またどうせ古書みたいなミミズが這いずったような字ですよ。俺たちには読めませんから。」
タモツ君・・・スルーしないで!っていうか、書道三段の私としてはミミズとか言われると腹立つんですけど!?
いいよ、私が拾っちゃうから。
ええと、拾ってから3秒後に来るから息を吸い込んで・・・。
「キャアァァァ!・・・あれ?」
いけない!タイミングがずれた!
待機していた眷属さんが、私が拾ったせいで出るタイミングを見失った!?
「・・・ア。オオォォォォァァァ!!」
慌てて出てきた半透明の・・・誰だっけ?とにかく眷属さんが、血塗れの着物の袖を振り回しながら半透明の腕を振りかざし、タケル君に突っ込んでくる。
「ギャアァァァァア!・・・・ヒュッ・・・。」
あ・・・タケル君、気絶しちゃったよ。
「キャアァァァ!来ないで、来ないで、ママ!パパ!ウワァァァァン!」
腰を抜かしたマコちゃんの、スカートの下から黄色い液体が・・・。
「く、く、くが、久神先輩・・・カクッ・・・。」
・・・結果。
男子生徒、2名失神。
女子生徒、1名失禁。
重なるようにひっくり返った男子生徒二人と、スカートをびちゃびちゃにした女子生徒が一人。
惨憺たる結果になってしまった。
私と眷属さんは思わずあっけにとられてしまっている。
・・・なんでこんなに見え見えの幽霊が怖いのかしら・・・。
とりあえず、お札を取り出して・・・。
「・・・えい。」
「・・・ギャー。・・・。」
眷属さんはものすごく気まずそうな顔をして、おざなりな悲鳴を上げて消えていったよ。
◇ ◇ ◇
シクシクと泣き続けるマコちゃんを何とかなだめて、部屋の中を探すふりをして眷属さん(幽霊)に持ってきてもらったバスタオルと浴衣を使って何とか着替えさせる。
汚れものを入れるビニール袋まで持ってきてもらっちゃったよ。
「うっ・・・ひくっ・・・久神先輩・・・強いんですね・・・ひくっ・・・。」
「う、うん、ええと、そう、日記にね、お札が挟まってたからね、それにお札に悪霊退散って書いてあったから・・・。」
先ほどから罪悪感が半端ない。
このお札っぽい落書きを描いたのは私だし、実は日記を書いたのも私だったりする。
・・・だから内容は読まずとも知っているのだけど・・・。
「う・・・な、なにが・・・あ!久神先輩!どこもお怪我はありませんか?さっきの奴は!」
「うん・・・日記の中に悪霊退散のお札があったから。これ、あと四回使えるらしいよ。」
何とか起き上がったタケル君に、日記とお札を差し出す。
このお札、眷属さんが触れるとカウントダウン表示するだけの術式が組まれているんだけど・・・「残弾数/四」って・・・いくら何でも・・・。
「う、・・・ゆ、幽霊!幽霊は!・・・あれ?マコ・・・着替えたのか?それに、この臭い・・・。」
最後に起き上がったタモツ君は、デリカシーのない最低なことを言いかけるし。
「ほら、移動しよう?タモツ君は日記を持って!タケル君はお札を構えて!懐中電灯は私が持つから!・・・さ、行こう?マコちゃん。」
「ぐすっ・・・はい・・・遥香お姉さま・・・。」
・・・ん?今、何か変な呼ばれ方をしたような・・・?
・・・それからしばらくマヨヒガ別館を歩き回り、日記を片手にカギを見つけたり、歪んだ結婚指輪を見つけたりと謎解きのようなことをやりながら進んでいく。
時々、怨霊に追っかけられたり、地縛霊が残したヒントからアイテムを見つけたり、浮遊霊が消えていった壁から隠し扉を見つけたり・・・。
琴音ちゃん・・・よくまあ、次から次へと思いつくね。
「これで、すべてのカギを見つけた!いよいよ最後の部屋だ!みんな、覚悟はいいか!」
「おう!久神先輩!俺の後ろに隠れていてください!」
「あ・・・うん。無理はしないでね・・・。」
悪霊退散のお札とか、破魔矢が装填できるボウガンとか、ダメージを肩代わりしてくれる数珠とか・・・アイテムが増えるとみんな気が大きくなるんだね。
最初の幽霊で気絶していたタケル君とタモツ君は、まるで私やマコちゃんに良いところを見せようと必死なんだけど・・・。
マコちゃんの目がさっきから怖い。
「どうしました?遥香お姉さま。お姉さまは私が守りますからね。うふふ・・・。」
・・・どうしてこうなった~!
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
マヨヒガ 本館
モニタールーム
肝試しツアー第一号のトリオはいよいよラスボスと対面する。
今回の肝試しは、拾うアイテムや進む順番でストーリーが分岐するようになっている。
「へえ・・・あの三人は将門公ルートに進んだのか。難易度ハードのルートだね。」
「三人とも最初は気絶したり失禁したりして、一時はどうしようかと思ったけど・・・まあ、アイテムも装備も整ってるし、何とかクリアできそうじゃない?」
紫雨君がマヨヒガ別館の中をモニターで確認しながら仄香の眷属に逐一指示を出していく。
三人が拾ったアイテムや装備を使うときのエフェクトを私が確認していると、星羅さんから声がかかる。
【次の組からは最初の遭遇部分について難易度を下げたほうがいいでしょうね。あるいは、遥香さんのようなガイドを一人つけるか・・・。】
「う~ん。遥香にずっとガイドをさせるとなると、結構大変なんじゃないかな。・・・あ、クリアしたよ。・・・さすが将門公。すばらしい演技をするね。」
本来はあり得ないレベルのキャスト。
素晴らしい舞台装置に効果音。
魔法はやっぱり最高だね。
三人は何とか協力して将門公を鎮め、本館裏手の通用門の前に転送され始めた。
・・・転送って言っても周囲の景色のほうを動かしてるだけなんだけどね。
「さ、ネタバラしをしようか。ついでに、口止めも。何とか遅いお昼ご飯には間に合ったね。」
満足そうに通用門に向かおうとする紫雨君の口元を見て思わず赤面する。
・・・さっき、仄香に「千弦さんが遠隔聴取と遠隔視で覗いてますよ」と言われて、慌ててごまかそうとキスしたけど・・・。
なかなか姉さんが覗きをやめようとしないから、ずいぶん長い間キスをすることに・・・。
紫雨君ったら私の腰に手を回すし、舌まで入れてくるし・・・。
思わず胸を押し付けて抱き着いちゃったけど・・・。
ちょっと気持ちよかった。
はしたないとか思われてないかな。
「どうしたの?琴音さん、顔が真っ赤だよ?」
「な、何でもないわよ!さ!早くネタバラししなきゃ!」
今度、姉さんに覗かれないようにするための方法を考えてもらわきゃ。
◇ ◇ ◇
本館裏手の通用門の前で、栗田君、山口君、秋山さんの三人にプラカードを持って接近する。
プラカードには、「肝試し大成功」と書いてあるんだけど・・・。
「すごかったですね!俺、生まれて初めて幽霊を見ました!みんなに自慢できますよコレ!」
「そうさ!俺たちには除霊の才能まであったんだな!」
「遥香お姉さま・・・お姉さま、お姉さま!マコはお慕い申し上げております!」
・・・誰もこっちを見てくれないよ。
「ええと、みんな。ほら、あれ、見てくれるかな。」
対応に困っていると、遥香が私たちのほうを指さしているように言ってくれる。
その白魚のような指先を追って、私たちが掲げているプラカードを見た瞬間、三人は硬直し、崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。
「ハアァァァァ!?マジかよ!・・・いや、そりゃないって!ほんとに生暖かい風が!」
「う、嘘だ!あんなリアルな幽霊が偽物なはずはない!そ、そうだ!肝試しは別に何かあって、俺たちが遭遇した幽霊は本物だったんだ!」
「遥香お姉さま!くんかくんか!ああ、花のような香りが・・・!」
・・・ちょっとショック強すぎたかもしれないね。
男子二人は、それぞれ方向性は違うけど、肝試しであることを認めたくないようだ。
秋山さんは・・・恐怖でおかしくなっちゃったかな?
ちょっとマズいかもしれない・・・。
何とか遥香からも説得してもらって、「紫雨君が務めている会社の新しいアミューズメントシステムのモニターを抜き打ちでやってもらっている。ほかの部員にはまだ内緒だよ。」と言い訳をした。
それと、秋山さんから汚れてしまった服を受け取り、マヨヒガさんに洗濯をお願いしておく。
・・・なんでだろう?
遥香が説明すると、みんな一言も文句を言わずにウットリしたような顔で首を縦に振り、食堂に向かっていったけど・・・。
「遥香さんのアレ・・・魅了魔法が発動してるね。それも、無茶苦茶強力なやつが。僕や琴音さんならともかく、相手次第では国が傾くような気がする。」
マジか~。
国、傾いちゃうか~。
でも秋山さんがおかしくなっているのは魅了のせいなら、魅了魔法を解除すれば問題ないでしょう。
お昼御飯が終わり、ぞろぞろとみんなが午後のサバゲに向かっていく。
元気いっぱいだね。
さて・・・次はだれをターゲットにしようかな。
今度は少し時間を圧縮するのと、最初に襲われるのは遥香の役回りってことにして・・・。
次の犠牲者を物色しているとき、耳元でピリっという感覚が・・・念話?
【大変です!別館に侵入者です!・・・これは・・・千弦さん?それと、石川君?千弦さんは・・・完全武装です!】
・・・うげっ!?
今、仄香はエルを送り届けているからこの場にいないのに!
《眷属さんは全員隠れて!大至急!》
【ダメです!M・Pグループが接触!えぇ!?一瞬で1、2ロスト!3、・・・今ロストしました!M・P4から9が非殺傷で交戦許可を求めています!】
《交戦は許可できない!今私が姉さんに事情を説明するから!・・・姉さん!姉さん!?》
くそ、返事がない!
姉さんは昔から楽しいことに集中するとこうなるんだよな!
っていうか交戦させても無駄なんじゃない!?
【50B・Sグループ、4、7、9、ロスト!1から3は現場を放棄して撤退せよ!5、6!応答せよ!ダメです!全て一瞬でロストしました!】
「W・M・Hグループは直ちに撤退!絶対に姉さんの視界に入らないで!全員退避!」
眷属さんたちに接続した念話から、轟音というか、爆音と悲鳴のようなものが響き渡っている。
【将門公、説得のために出撃しました!ああ!ダメです!一撃!?一撃で消し飛ばされました!】
一瞬だけ脳裏に映ったこれは・・・光撃魔法!?
《ちょっと!?姉さん!!なんて火力を使ってるのよ!!そこ、建物の中なのよ!?》
《ん?琴音?すごいよ!マヨヒガさんの宿の横に幽霊屋敷型魔力溜まりがあったんだよ!幽霊って魔法が効くんだね!今初めて知ったよ!》
《ちょ、それ、敵じゃない!敵じゃないから!》
こ、このままでは眷属さんが皆殺しにされてしまう!
それに、さっきから聞こえちゃいけないような轟音がマヨヒガ別館から聞こえてる!
たぶん、会場が崩れてる音だ!
もう!姉さんのトリガーハッピーめ!
普通にお化け屋敷を楽しみなさいよ!
◇ ◇ ◇
少し時間を巻き戻す。
南雲 千弦
同日 午前10時
長野県茅野市 民宿マヨヒガ 多目的スペース
昨日の夕食前に行方不明になった新入部員の三人は、今朝になっても戻ってこなかった。
完全に失踪したことに気付いたのが夜の8時を回っていたため、夜通し探索を続けるわけにもいかず、理君と私、紫雨君と琴音、そして星羅さんと仄香のペアに分かれて探索を行ったのだが・・・。
琴音はスマホを見てるし、紫雨君はあくびをかみ殺している。
星羅さんはポテトチップスを食べてるし、仄香は誰かとLINEをしている。
遥香は・・・うん、そのアイスクリーム、どこから出したのかな?
・・・みんな緊張感がないな!?
「ね~。別館なんてないよ~?姉さん、寝ぼけてたんじゃないの~?」
「そ、そうですよ。マヨヒガを召喚するときにそんな設定してませんから。」
琴音は妙によそよそしいし、仄香は普段と様子が違うし・・・。
美穂ちゃんは朝からサバゲに参加してるとかで見当たらないし。
「ねえ、警察を呼んだほうがいいんじゃないかな?一応は行方不明なわけだしさ。」
「ふぇ!?け、警察はちょっと・・・ここにマヨヒガが建ってることに何か言われたら結構マズいかと思うんだけど・・・。」
理君の言葉に琴音が慌てたように言うが、それについては私も同意見だ。
大体、あいつらに何ができるんだか。
そもそも、魔法も魔術もわからない連中に現場をかき回されてたまるか。
それに、戦後四大死刑冤罪事件を反省すらしていない。
・・・ああ、最近、五つになったっけ。
証拠を積み上げて理詰めで被疑者を追い詰めるのではなく、いまだに自白を偏重する連中だ。
だから、外国人の犯罪となれば、不起訴が連発する。
・・・だって日本語がわからなければ拷問しても意味がないからね。
大体、大ケガをした人や死人が出なきゃ、まともに動かない、仕事を選ぶ連中など願い下げだ。
「私も琴音の意見に賛成よ。警察なんて邪魔にしかならないものを呼ぶくらいなら、私たちだけで探したほうがよほど現実的で効率的だわ。」
「・・・千弦さん。ここは私たちに任せて、気分転換をしてきてはどうですか?ほら、『茅野どんばん』がもうすぐ始まりますよ?」
・・・仄香に任せておけば解決しない問題はないんだろうけど、何かが引っかかるのよね。
「ほら、千弦さんも夜通し調べ続けて大変だったじゃないか。ね、気分転換しておいでよ。あとは僕たちに任せてさ。」
紫雨君がそう言ってくれるのはありがたいのだが・・・。
昨日の夜なんて睡眠時間を確保するために、交代で仄香の加速空間魔法を使って8分で8時間の睡眠をとるありさまだったというのに・・・。
【大丈夫ですよ。せっかくの旅行です。理殿と高校生活最後の夏の思い出を楽しんできてください。・・・それに、琴音さんと紫雨もどこかで二人きりになりたいようですし。】
・・・ぬう。
何か引っかかるな。
まあ、一度現場から離れて頭を冷やしてみるか。
「理君。着替えて出よう。それと、三人のことはほかの部員には?」
「まだ言ってない。今日の合宿は時岡がうまいことやってくれるはずだよ。・・・しかし、どこに行ってしまったのか。」
・・・仕方がない、遠隔聴取のターゲットを琴音に設定して、出かけてみるか。
なぜか四人に押されるような感じでマヨヒガを後にし、茅野どんばんを開催するという茅野市の中心街に向かうことにした。
◇ ◇ ◇
茅野市の中心街に到着すると、ちょうどお昼時のオープニングセレモニーが行われているところだった。
市役所前通りは提灯や垂れ幕で飾られており、多くの人が行き交って賑わいを見せている。
ほとんどが観光客のようで、道端にはいくつもの屋台が出ており、夕方からの踊りに備えて準備している人たちがあちらこちらに屯しているのがうかがえる。
「・・・千弦。やっぱり心配だね。戻ろうか?」
「うん。でも、ちょっと待って。・・・おかしいわね。さっきから琴音が一言もしゃべってないのよね。」
さっきからずっと遠隔聴取が何も音を拾ってないんだよね。
遠隔視を起動するも、琴音は紫雨君と顔を見合わせているだけで・・・。
無言のまま、唇が・・・。
紫雨君が琴音の腰に手を回して、そのまま胸元にまで手を・・・。
「ちょっとおぉ!や、やばいって!」
慌てて遠隔視と遠隔聴取を解除する。
「ど、どうしたの!?いきなりすごい声を張り上げて。」
「あ、危ない。もうちょっとで見てはいけないものを見てしまうところだったわ。NTRってこんな感覚なのね。」
あの二人、日中から堂々と何をやってるのよ!
私と同じ顔だから自分がサレてるような感覚があるのよ!
脳破壊されるかと思ったわ!
ああ!悶々する!
・・・でも、あれ?
あんなことをしている余裕があるってことは・・・。
それに、仄香って普通に慌てたりするし。
そんな彼女が全く慌てていないということは・・・う~ん?
仄香が三人を見つけたということだろうか。
なんだろうな?
もやもやするな?
「そんなに気になるようなら帰ろうか。また来年もあるんだしさ。」
「・・・帰らない。意地でも帰らない。理君!せいぜい楽しんでから帰るわよ!ええと、この近くでホテル・・・よし、近藤さんも待機済み!行くわよ!」
何だか知らないが知ったことか!
開き直って楽しんでやるのよ!
私はそう思いなおし、理君の手を引いて屋台に向かって歩き出した。
◇ ◇ ◇
三時間くらい屋台や仕事体験、郷土芸能などを楽しみ、本格的な踊りは夜になってからということを聞いて、いったん宿に戻ろうかということになる。
くそ、どこのホテルも満室だし、近藤さんの出番はまた次の機会か。
毎晩、泣きながら指先を濡らすのはもう嫌なのに!
そういえば三人はそろそろ見つかったかな・・・。
琴音も仄香も全然慌ててなかったし、騒ぐほどのことじゃないかな。
「ねえ、千弦。そういえばいなくなった三人って、魔法で探せたりしないのかな?」
理君の言葉にハッとする。
そうだよ、仄香なら尋ね人の魔法で探せるはずじゃん。
いや、私でもできるんじゃない?
・・・もしかして秋山さんを栗田君と山口君で取り合いになってるとか?
それで、どっちか、あるいは両方が振られて恥ずかしくなって出てこれなくなったとか?
「なるほど、なるほど。そうだね。魔法で調べりゃいいんじゃん。ええと・・・ちょっと魔力消費が激しいから準備するね。」
尋ね人の魔法は結構魔力消費が激しいから、バッグから高圧縮魔力結晶のケースを取り出し、新型の魔力貯蔵装置に直結する。
私の体に新たに刻まれた十二個の魔力回路を身体の末端から活性化する。
両手、両足に二個ずつ。計八個。胸に一つ、下腹部に一つ、背中に一つ。最後に、額に一つ。
淀みなく、魔力が全身に行き渡っていく。
・・・なるほど。
琴音が入院している時に、仄香に刻んでもらった右手の魔力回路はその場しのぎだったと言っていたけど、これが性能の差か。
魔力制御の安定さが段違いだ。
すばらしい。
これなら元素精霊魔法も使えそうだよ。
熱核魔法は無理だけどさ。
「・・・銀砂の海原に揺蕩う者よ。幽明の澱みに浮かぶ影よ。我は祈念の言霊を以て汝が心魂と交わりを紡ぐものなり。その慈悲深き御手により、我を彼の者の住処へと導き給え。」
難なく尋ね人の魔法を発動し、行方不明になった三人のうち、秋山マコちゃんを探す。
「・・・あれ?三人とも遥香と一緒だ。」
・・・何のことはない、マヨヒガ本館の裏手の通用門の前に、ほかの二人だけでなく遥香と一緒にいる情景が脳裏に浮かんだ。
「千弦。三人とも遥香さんと一緒なのかい?じゃあ、行方不明になったわけじゃなくて、旅館の中に隠れていただけだったんだね。今、三人はどこにいるんだい?」
「う~ん?マヨヒガの裏手の通用門の前なんだけど・・・あれ?この建物・・・やっぱり別館が、ある?」
仄香はあんなことを言ってたけど、しっかり別館があるじゃないか!
・・・どういうことだ?それとも、これは別館ではなくて、もともと建っていた建築物?
でも・・・マヨヒガのどの部屋の窓からも見えない角度に?
意匠もずいぶん違うし、なにか、感覚に幕がかかるような・・・変な感じがする。
むくむくと疑問がわいてくる。
「千弦・・・?目が笑ってないよ?」
「理君。ちょっと面倒なことになりそうだよ?今から急いで旅館に戻るよ!」
何者かの攻撃か?琴音も仄香も、気付いてない?
教会ではないようだけど・・・?
天然の魔力溜まりでもあったのか?
仄香が気付いていないわけ、ないよね?
まあいい。
こんなこともあろうかと!普段からフル装備、持って歩いてるのよ!
理君の手を引いて、私は迷うことなく民宿マヨヒガに向かって走り出した。
◇ ◇ ◇
肩で息をする理君の隣で、先ほど見た景色のあったところを確認する。
「う~ん・・・何もないわね。確かにここに別館・・・かどうかわからないけど建物があったはずなんだけど・・・?」
大正浪漫があふれるデザインの洋館があったはずなんだが、見たところ、ただのこんもりとした丘が広がっている。
やはり、別館じゃあなくて何か他の・・・?
「・・・もしかして入り口と出口は別なんじゃないか?ほら、三人はマヨヒガ内でいなくなったって言ってただろ?」
「・・・よし、三人がいなくなる前に見たという、玄関の水墨画のあったところに戻ろうか。」
・・・どうせ水墨画の仕掛けは跡形もなく片付けてあるだろうけど・・・。
こんなこともあろうかと・・・いや、予測はしなかったけどさ。
でも、私の右目は特別製なのよ!
玄関先にまわり、水墨画を確認するも、なにもおかしなところはない。
理君が念のため、額から外して確認するが、本命はそれじゃない。
「・・・あった!ふ、ふふふ・・・見つけたわよ!」
なるほど、これは・・・術式の痕跡か。
何かをカウントダウンするような・・・?
「何かあった?俺には何も見えないけど?」
「うん、ちょっと魔力の痕跡がね。魔力隠蔽はしてるけど、魔力密度可視化術式までは誤魔化せなかったようね。ええと、うん。あんなところに仕掛けがあるわ。」
そこは何の変哲もない、消火栓の前。
いや、消火栓の前に置かれたチョウセンアサガオ・・・いや、ダチュラの鉢植え。
花言葉は、幻惑。
「さすが、誰だか知らないけど、いい趣味してるじゃないの。ええと、この消火栓自体が幻か・・・うん。これは扉ね。」
目に見えないはずの取っ手を、右目の透視を使って詳らかに認識する。
取っ手を握り、力いっぱい引くと、そこには大正浪漫があふれたデザインの渡り廊下が隠れていた。
◇ ◇ ◇
別館・・・と呼んでいいのだろうか。
渡り廊下の先は、それはそれは見事な洋館が広がっていた。
「うわあ・・・これはすごいね。千弦。これって、やっぱりマヨヒガさんの?」
「さあ、何とも言えないわ。・・・でも・・・動体反応は二つ、いえ、三つ。まだまだいるわね。質量反応は・・・あら?ないわ?これは・・・なんだろう?ま、いいや。人間じゃないなら。」
仄香が知っているなら見知った眷属が出てくるだろうし、そうでないなら撃てばいいだけの話だ。
それに、二号さんじゃないけど、眷属は間違って撃ち殺しても再召喚すればいいと言ってたし。
先手必勝!見敵必殺!
ウェストポシェットから、使い慣れたSTYER L9A2を抜き、ここしばらく作り溜めた人工魔石弾を装填する。
手持ちの術弾は、実に300発。
一発一発の威力を考えれば、普段と比べてもかなり戦力だ。
「ふふふ・・・魔導付与術式。術式装填、セット・ワン。闇よ。暗きより這い寄りて影を食め。」
「千弦?それは何?」
「ふふふ、これはね、魔導付与術式といって、魔法をエアガンからぶっ放す術式よ。・・・術式装填、セット・ツー。光よ、集え。そして薙ぎ払え。」
く、くふふふ・・・。
初の、光撃魔法。
新開発の魔導付与術式は、一瞬で最大五種類から選択して弾種を切り替えることができ、かつ私の身体に一切の負担がかからない優れものだ。
まだ実戦で使ったことはないけど、我ながら結構ヤバいシロモノだろう。
ちょっとした興奮とともに、曲がり角を曲がった瞬間・・・廊下の先にいたのは、半透明で足がない、明らかに人外、いや、はっきりと幽霊とわかる・・・何かだった。
「よっしゃぁ!セット・ツー!ファイア!」
右目に込められた射撃管制術式、照準補正術式が気温、湿度、気圧、風速、緯度、方位、重力加速度、・・・一切の情報を一瞬で処理し、相手の未来位置を完全に予測する。
そして、右目に連動した両手、両足が完全な制御下で姿勢を保ち、完璧なタイミングで引き金を引き絞る。
銃口を出た人工魔石弾は、一瞬でその術式を開放。
瞬時に光撃魔法を形成し、目を焼かんばかりの光の奔流が、視界のすべてを薙ぎ払う!
一拍遅れて轟音!
下腹を叩く、未経験だと絶対に気づけない、甘美な快感!
幽霊ならば手加減無用!
仄香の眷属で同じモノは見たことないし、元々死んでるんだから殺しても死なない、つまり殺してもヨシ!
「ふ、・・・くぅぅぅ!最高!気持ちいい!これは!病みつきになるわ!」
・・・いかん、興奮しすぎて乳首が立ってるよ。
ちょっと、濡れたかもしれない。
「う、うわぁぁ・・・。建物の、壁が・・・天井と床まで消し飛んでるよ・・・。しかも、コンクリートがガラス化してる・・・。」
あはは!理君が後ろでドン引きしてるよ!
一度撃てばこの快感が理解できるんだろうけど・・・。
・・・ごめんね、これ、私以外だとタダのエアガンになっちゃうのよね。
◇ ◇ ◇
ものの数分の間に、洋館の中をズンズンと歩き回る。
昔、こんな洋館で幽霊をカメラで撮影して倒すゲームがあったけど・・・同じくらい楽しい!!
「セット・ワン!ファイア!・・・あはは!空間浸食魔法って幽霊にも効くのね!光撃魔法よりも好きかもしれない!どっちも効くみたいだけど!」
「千弦?残弾は大丈夫?」
「心配ないわ!理君!まだワンマガジンも撃ち切ってないわ!建物も崩れてるし、弾切れになる前に長距離跳躍魔法で脱出するだけよ!」
「そ、そうなの・・・。じゃあ、まあ、いいけどさ・・・。俺、絶対に尻に敷かれそう・・・。」
理君が何か言ってるが気にしない!
だって私は理君にゾッコンなんだもん!
あ、ちょっと古い言い回しだった!
「ねえねえ!理君!私はお尻だけじゃなくてオッパイもあなたのものよ!おおっと!自動詠唱!2−2−3!実行!・・・なんだ、轟雷魔法も効くじゃない!」
後方を突いたつもりだがそうはいかない!
私の右目は真後ろだって見えるのよ!
はっきり言って死角はないわ!
《・・・姉さん!姉さん!?》
極太の雷撃に貫かれて、落ち武者っぽい人が消し飛んでいく。
ゴースト系の魔力溜まりだ。
お宝はあるかしら!
なくても気持ちいいから、良い!
ん?いま、私、何か言った?
《ちょっと!?姉さん!!なんて火力を使ってるのよ!!そこ、建物の中なのよ!?》
ああ、琴音の声だったか。
声質が同じだから一瞬自分の興奮した声と聴き間違えたよ。
《ん?琴音?すごいよ!マヨヒガさんの宿の横に幽霊屋敷型魔力溜まりがあったんだよ!幽霊って魔法が効くんだね!今日初めて知ったよ!》
まだ人工魔石弾は一割も使ってないのよ!
ほら、私って結構強いんじゃない!?
今ならパクリウスが来ても余裕で負けないんじゃない!?
《ちょ、それ、敵じゃない!敵じゃないから!》
「え?・・・敵じゃない?」
琴音の言葉に一瞬、引き金を引く手を緩める。
ほんの一瞬、静寂がその場を包んだ後・・・がれきの山から差し出されたのは・・・物干し竿の先にシーツを巻き付けただけの・・・白旗だった。
次回「240 普通の肝試し/ホラー前のお約束」
7月10日 6時10分公開予定




