237 色と恋と夏合宿/怪しげな企み
次回「238 楽しい合宿と不穏な影(笑)」
7月7日 6時10分 公開予定
南雲 千弦
8月7日(木)昼前
新宿駅 9番線ホーム
咲間さんのお母さんとお兄さん、幸恵さんと幸夫さんは、吉備津桃が順調に売れているおかげで、二泊三日の旅行ができる程度の休みをとれたようだ。
咲間さん自身も二人と一緒に、親子水入らずの旅行に行ってしまった。
行先は群馬のみなかみ温泉らしい。
日ごろから大変な仕事だから、これを機にしっかりと骨休めをしてほしい。
私はといえば、琴音と仄香、そして遥香と一緒に遥香のお母さん・・・香織さんの実家がある長野に泊まりに行くことにしたのだ。
・・・いや、実際には吉備津桃の収穫やらなんやらで何度も往復してるんだけどね。
それに、今回は紫雨君と星羅さん、理君、そして戦技研のメンバーも一緒だ。
時岡君の妹さんも仄香に会いたいとかで同行している。
仄香は・・・ジェーン・ドゥの身体で堂々と参加してるよ。
当然、カラーコンタクトはつけているようだけど。
「はい、旅行のしおり。仄香さんと一緒に作っておいたんだ。」
遥香が全員に結構な厚さのパンフレットを配っている。
何気なく開いて斜め読みしてみる。
写真やイラスト、地図などがたくさん載っている、手書きのコピーパンフレットだ。
・・・遥香ってすごく字がきれいなのよね。
まるで活字みたいに。
「すげぇ!久神さん、こんなに調べたんだ!これ、そのまま観光案内に使えるんじゃないか!?」
時岡君がすごくびっくりしてる。
戦技研の菊池君も高橋君も、新しく入部した中学生たちも一斉に驚いているよ。
「今回は久神さんのご実家の山をご厚意でお借りするから、ちゃんとお礼を言うように!それから、配布したバイオBB弾以外の使用は厳禁だ!持参したセミバイオBB弾やプラスチックBB弾があれば今回収する!」
理君の声に何人かが顔を見合わせるものの、土に還らないBB弾を使っている部員はいないようだ。
普段からうるさく言ってるようだしね。
「全員整列!これより乗車する!各自、割り振られた指定席に着席後、昼食を配布する!・・・千弦、弁当は俺が持つよ。」
「大丈夫だよ。半分は時岡君の妹さんが持ってくれてるし。」
妹さん・・・美穂さんについては琴音と仄香から聞いたんだけど、一時は完全なアンデッドだったらしい。
正確には「リッチ」という種類なんだそうだが、見た感じ、それほど金持ちには見えないが・・・まあ、ちょっとした魔法なら簡単に使えそうな魔力がある以外は、ただの人間だな。
妙に力が強いのも少し気になるところだけど。
新宿発の特急あずさは、遥香のお母さんの実家がある茅野市に向けて軽やかに走り出す。
よし、荷物を片付けて遥香が作ったしおりでも読むか。
・・・と思ったら。
新宿駅のホームに、走り出した列車に向かってデジカメを構えている遥香の姿が。
「ちょっとぉ!?遥香!何やってんのぉ!?」
「千弦ちゃん!?私がどうかした?」
私の声に真横から反応が。
・・・くっ。
ホームにいたのは二号さんか・・・。紛らわしいのよ!?
全員に弁当を配布し終わり、今回の宿泊先や合宿における注意事項の説明が終わると、各自一斉に弁当のふたを開ける。
昨日のうちに遥香とエルが作っておいてくれたものを、停滞空間魔法で保存しておいたのだ。
だから、まるで作り立てのような味を楽しめるのだ。
「うめぇ!なんだこれ!?こんな弁当食ったことねぇ!?」
そうだろう、そうだろう。
エルの料理は冗談抜きにして美味いからね。
・・・さて、私も食べようか。
車窓の景色がゆっくりと変わっていく。
四泊五日の予定で、中三日はサバゲ三昧、そして夜は地元の夏祭りと温泉、お祭り!花火!
さあ、たのしい合宿の始まりだ!
◇ ◇ ◇
茅野駅で全員下車し、戦技研の部員は徒歩・・・駆け足で、それ以外はタクシーに分乗して香織さんの実家に向かう。
・・・私?
さすがに下級生に示しがつかないからね。
下級生には三人ほど女子生徒もいるし。
当然、走ったよ。
フル装備で。
全員、息も絶え絶えに到着すると、すでに遥香と琴音、仄香と美穂ちゃんがシャワーの準備をして待っていてくれた。
まるでマネージャーだな?
遥香の人気が無茶苦茶高いのは言うまでもない。
今回の合宿に遥香が参加することを知って、慌てて入部した新入生もいるらしい。
・・・うち二名が女子生徒だったりする。
彼女に汗で汚れたシャツを渡す中学一年生たちが、幼さの残る顔を真っ赤にしているのを見ると来年以降のことが心配になるが・・・。
琴音と仄香、そして美穂ちゃんの人気もすごいな。
それに引き換え・・・なんで私は人気がないんだろう?
「南雲~。なに難しい顔してるんだよ。・・・けけけっ。新入生も琴音さんとお前の違いがわかり始めたかな?・・・おおっと!」
時岡君の尻に向けて回し蹴りを放つも、ひょいっと躱されてしまう。
「うるさいわね!時岡君はフィールドのチェック!私は部屋割りを決めるから!」
制服姿だと私と琴音の区別もつかないくせに。
ゲラゲラと笑う理君の手を引いて、香織さんの実家の横に急増された宿泊施設・・・民宿「マヨヒガ」の部屋割りを確認に行った。
◇ ◇ ◇
夕食までの時間は戦技研の部員はフィールドの見学と注意点の確認、そして明日以降の装備の準備を行うことになった。
私はといえば、各自の装備で万が一不具合や不足が見つかった場合に備えて、長距離跳躍魔法でいつものガンショップに買いに行く準備をしている。
・・・つまり、暇なのだ。
「なあなあ、もしかして琴音さん?それとも千弦さんなん?」
美穂ちゃんが、汗で汚れた部員たちの洋服を洗濯籠に入れて洗濯室へと運ぶ途中、声をかけてきた。
「あら、美穂ちゃん。私は千弦よ。ごめんね、見分けがつかなくて。どうしたの?」
「なぁなぁ、この宿さ〜、なんか人間以外の気配せぇへん?もしかして、ウチみたいなん、おるんちゃう?・・・ひょっとして事故物件なん〜?ウチ、そゆん好きやねん!」
へ?事故物件って・・・マヨヒガが?
まあ、実際に幽霊がいても、元アンデッドの美穂ちゃんから見れば怖くないだろうけど・・・。
返答に困っていると、仄香がひょいと顔を出し、美穂ちゃんの問いに答える。
「その質問には私が答えましょう。美穂ちゃん、この民宿はね、『マヨヒガ』っていう召喚獣でできてるのよ。ほら、遠野物語で聞いたことない?家の形をした妖怪の一種なんだけど・・・。」
「えっ!?ほな、この民宿まるごとマヨヒガっちゅう妖怪なん!?うっわ〜・・・なんかテンション上がってきたわ!キャンプとかでめっちゃ役立ちそうやん!?・・・てか、ここまで立派やったら、もうキャンプちゃうやろコレ。・・・っていうかさ、コンセントもあるし、水道の蛇口もバッチリやし、ガスコンロまであったで!?なにこの構造、どうなっとんねん!?」
それは私も気になった。
眷属そのもののはずなのに、100ボルトの交流電源とか、都市ガス?それともプロパンガス?とにかくガスが使えて、水道まで通ってるとか。
それどころか、有線インターネットだけじゃなく、Wi-Fiすら飛んでるんだよね。
しかも、回線速度が無茶苦茶速いし。
「考えてみればなんででしょうね?水道は水系列の魔法、電気は雷系列の魔法だとして・・・ガスは・・・なんでかしら?教えはしたけど、いつの間にかできるようになってたし・・・。」
召喚主が知らんのかい。
むしろそっちのほうが完全にホラーじゃないか!
インターネットなんて、プロバイダ契約がどうなってるのか謎だよ!
「ま、ええわ!マヨヒガっちゅうのが何かは知らんけど、危ないことないんやろ?ほんなら、安心してぐっすり寝れるやんか〜。」
美穂ちゃんは疑問が解決したかのように笑い、洗濯籠を持って走って行ってしまった。
・・・後でマヨヒガさんに聞いてみよう。
宗一郎伯父さんから預かった建築関係の本も渡さなきゃいけないし。
各自の装備で不足があったものをまとめたメモを受け取り、長距離跳躍魔法で行きつけの店に向かう。
先に電話で在庫を確認し、取り置きをしておいてもらったから、お金を渡してモノを受け取るだけだ。
・・・まるでイケナイ物の運び屋の気分だよ。
っていうか、ゴーグルを忘れたとか・・・ガスが足りないとか・・・準備しとけよ!
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
マヨヒガ 個室内
今年の夏休みの旅行は、前半と後半に一回ずつの予定だ。
前半は高校生最後ということもあり、高校の親しいみんなと。
後半は久しぶりにそろう、家族で。
早速、その前半が始まり、マネージャーの真似事をしながら楽しくやっている。
・・・真似事、というのは、洗濯とか料理はマヨヒガさんが全部やってくれるからなんだけどね。
そんな私の横で、姉さん以外の魔法を使える面々が、テーブルの上で何枚もの術札を完成させ、魔力を込めている。
「ねえ、琴音さん。これ、本当にやるつもり?」
「うん。夏と言ったらこれでしょ。それに、マヨヒガさんがせっかく肝試し専用の別館まで作ってくれたんだし。」
「・・・いや、まさかゴースト系の眷属を肝試しのために召喚することになるとは思わなかったな。」
【私は面白いと思いますよ。それに、完全に管理されたゴーストであれば危険性はありませんしね。】
「・・・おば・・・星羅さんがそういうんなら・・・はい、母さん。書けたよ。次は?」
「・・・紫雨。私のことも名前で呼んでくれるとありがたいのだけど・・・。さすがにみんなの前で『母さん』と呼ばれるとギョっとする人もいるから・・・。」
机の上には順調に幽霊役・・・じゃなかった、幽霊の召喚符が山になっていく。
「ところで、これって最後の二日間で使うんじゃないの?なんで今から?」
「ふふん。紫雨君。まだまだ甘いよ。人間はね、肝試し、って言われて幽霊を見るよりも、何も言わずに幽霊を見たほうが怖がるんだよ!」
何しろあと三回も夜があるのだ。
ゆっくりと私の作った恐怖の物語にはまっていくといい!
これをやりたくて戦技研の合宿に参加したのだから!
「いい趣味してるよ。まったく。とりあえず僕の眷属分はこれで終わりかな。かあさ・・・仄香さんは?」
「私のほうも今終わりました。琴音さんの舞台装置の術式は終わりそうですか?」
「ん~?今書いてるので最後。さすがに姉さんみたいにはうまくいかないわね。・・・よし、あとは星羅さんのデスボイスで盛り上げてもらえれば完璧だね!」
ふふん。
姉さんには知らせないでおくのだ。
日頃の感謝を込めて、理君に活躍してもらうのだ!
そして、二人の仲が深まれば。
【デスボイス・・・?よくわかりませんが、恐慌状態に陥らせればいいんですよね?】
「細工は流々、仕上げを御覧じろってね!さあ、作戦開始よ!」
・・・あ。そうだ。マヨヒガさんが本館の東に露天風呂を併設してくれたんだ。
始める前に貸し切りにして紫雨君と入りに行こうっと。
◇ ◇ ◇
石川 理
合宿初日が終わり、各自、装備の準備や翌日からの作戦に余念がない。
この部・・・戦技研を作った時には、高校在学中にこれほど本格的な合宿ができるとは思わなかった。
夕方、フィールドの確認に行ってみたが、野外フィールドといい、半屋内フィールドといい、見事なものだった。
野外フィールドに至っては向かい合った塹壕まで併設されている。
大いに満足し、民宿に戻ると、ものすごく豪勢な料理が用意されていた。
「これは・・・ねえ、千弦。ここまでの料理が出てくるとか、結構宿代が高いんじゃないの?みんなから徴収した合宿費じゃ足りなんじゃない?」
すでに食べ始めていた千弦に、恐る恐る聞いてみる。
「え゛っ?・・・ああ、そういえば言ってなかったっけ。今回の合宿は仄香が召喚魔法で民宿とかを用意してくれたから、一日三食分の材料費しかかかってないんだよ。つまり・・・これ以外は全部タダだね。」
「すごいな!?でも、せめてお礼だけでも言っておかないと。俺たちのために魔法を使わせちゃってるってことだろ?」
「まあね。終わってからでもいいと思うよ。さて!ご飯を食べたら露天風呂に入りに行こう!さっき民宿の管理をしてるマヨヒガさんに貸し切りにするようにお願いをしておいたのよ!」
露天風呂まであるとか・・・もう完全な旅館じゃないか。
フロントに当たる部分がないだけで、玄関はものすごく大きいし、各部屋に風呂とトイレはついてるし・・・。
材料費しか払ってないのに本格的な日本料理を堪能した後、東の離れにある露天風呂に向かうことにした。
・・・なんというか、ほんとうに申し訳ない。
◇ ◇ ◇
部屋に備え付けられたバスタオルと浴衣を持ち、露天風呂に向かう。
露天風呂の入口に「貸切中」と書かれた札が下がっていることを確認し、中に入ると・・・いきなり脱衣所だった。
「あれ?男湯と女湯の区別は?」
入口を見るも、女湯が別にあるという様子はない。
首をかしげながら脱衣所に入ると、のれんをくぐって銀髪の男性が入ってきた。
「あ、どうも。・・・石川理です。」
「ああ、琴音さんから聞いてるよ。僕は水無月紫雨。・・・そうか、貸し切りっていうのはこういうことだったのかな?」
紫雨さんは妙に納得した顔をして洋服を脱ぎ始める。
・・・そうか、今は男子の時間なのか。
横に並んで脱衣かごに来て着た服を入れ、身体を洗うためのタオルを持って浴室に入る。
浴室は屋内の洗い場と露天風呂に分かれていて、洗い場は目線より下は曇りガラスだが上半分が透明なガラスで覆われていた。
「うわ!これはすごい!星が降るようだ!すごいね!日本の露店風呂というのを初めて体験するけど、これはローマのテルマエにも負けず劣らずだ!」
・・・水無月紫雨、なんて名前だから日本人かと思ったけど、そうでもないのかな?
「ローマのテルマエって、前に映画でやってましたよね。原作は漫画なんですよ。」
「へぇ~。それは面白そうだ。ぜひ読んでみたいね。持ってるのかい?」
「ええ。もしよろしければ今度、お持ちしますよ。」
ちょっと変わった人だと思ったけど、とても話しやすそうな人だ。
安心して身体を洗い、露天風呂につながる曇りガラスを開けて岩風呂につかる。
はぁ~、しみわたる。
そんな感じでリラックスをし始めたとき、洗い場につながる曇りガラスがガラガラっと大きな音を立てて開かれた。
「紫雨君!来たよ!ってキャアアァァ!なんで理君が入ってるのよ!」
・・・千弦!?
いや、琴音さん!?
続けてもう一度、悲鳴が起こる。
「理君!来たよ!ってキャアアァァ!なんで紫雨君が入ってるのよ!」
・・・なんで二人ともそんなに堂々と入ってきてるんだ!
慌てた二人が、前を隠すのも忘れてお互いに言い合いを始めている。
っていうか、もろに全部見てしまった!
いや、あの日、隅々まで見てるんだけどさ!
「なんで姉さんがここにいるのよ!この時間は貸し切りにしたでしょ!」
「だから私がマヨヒガさんに貸し切りにしてもらったのよ!琴音こそ何でここにいるのよ!」
「二人とも!とりあえずタオル巻いて!見えてる!見えてるから!」
紫雨さんが慌てて目を隠している。
それにつられて俺も目を隠そうとするんだけど・・・二人の裸体から目を離せない。
「ちょっと!理君、どこ見てるのよ!?」
「琴音を見ないで私だけ見なさいよ!」
んな無茶な。
裸になっても区別がつかないなんて思わなかったんだよ!
・・・ん?
あ、もしかして。
「ね、ねえ、千弦。もしかして、マヨヒガさん・・・二人の区別、ついてないんじゃない?」
実際、さっきから言い合いをしている二人のどちらが千弦でどちらが琴音さんか俺にも区別がつかない。
言われてやっと気付いたのか、二人はハッとした顔をして、言い合いをやめる。
「姉さん、もしかして、貸し切りにしてもらうとき、南雲って名乗った?」
「・・・ええ、もしかして琴音も?」
案の定というか、なんというか。
でもまあ、とにかく俺たちはとっとと上がるか。
前を隠しながら立ち上がろうとすると、紫雨さんも一緒に立ち上がる。
「と、とにかく僕らは上がろうか。あとは二人だけでごゆっくり。」
「あ!待って!・・・もう!せっかくだったのに!」
千弦と琴音さん、どっちがそう言ったのかは知らないが、この場は早く切り抜けるに限る。
なんというか・・・初めて琴音さんの裸を見てしまったけど・・・本当にこの二人、区別がつかないな。
っていうか右わき腹にあるホクロも同じなのか。
まるでコピーみたいじゃないか。
健康的に鍛えられた身体、形のいい胸、引き締まった手足と腰・・・。
そして、強い意志の宿った瞳。
久神さんも美人だとは思うけど、俺は千弦のほうが好みだな。
いや、そうすると琴音さんも同じなのか?
思わず前かがみになりながらその場を後にしたけど・・・。
そのうち二人を呼ぶときに間違えて呼んで、千弦を怒らせる未来が見えたような気がする。
自室に戻った後、備え付けられた風呂に入りなおせばいいや。
・・・う~ん?
あとから入ってきたのか千弦だとして・・・もしかして一緒に入るつもりだったのか!?
・・・なんともったいないことを。
横浜のホテルに二人で泊まった日から、デートらしいことをしていなかったっけ。
こりゃあ、愛想をつかされる可能性もあるかもしれないぞ・・・。
部屋に戻り、頭をバスタオルで拭いていると、同室になった時岡が冷やかしてきた。
「なあ、おれ邪魔だろ?ちょっと散歩に行ってこようか?何なら明日の朝までだって構わないぜ?」
・・・初日から何を考えているんだ。
それに、もし万が一、後輩にでも見られたら何と言い訳をするつもりだ?
「余計なこと言ってないで寝るぞ。明日は朝から野外フィールドで半日はゲームだ。体力を残しておけよ。」
馬鹿話も適当に布団に潜り込む。
・・・この布団、まるで新品みたいに気持ちがいいな。
千弦に謝罪のLINEをしておかないと。
・・・おおっと、すぐに返信が来た。
そっか、気にしてないか。
でも何かで埋め合わせをしなきゃ。
・・・そうだ、8月9日は茅野市のお祭りだ。
たしか、茅野どんばんとか言ったっけ。
へえ?屋台が出たり踊りながら練り歩いたりするのか。
翌日の夜は白樺湖夏祭り花火大会もある。
・・・え?どっちも行きたいって?
お祭り用の浴衣も持ってきてるって?
困ったな。合宿の予定が狂っちゃうな。
時岡には早く寝ろと言いながら、布団の中でスマホを操作し続ける。
それから一時間くらいだろうか
ほどよく空調が効き、寝心地のいい布団で、ゆっくりと深い眠りに落ちていった。
◇ ◇ ◇
・・・深夜。
ひたり、ひたりと廊下で足音がする。
各部屋はしっかりと施錠されているにもかかわらず、足音は時々部屋の中にも入ってくる。
誰かが、布団の中をのぞいているような気配。
霊感・・・というか、勘の鋭い部員や感受性の高い女子はその気配に思わず布団をかぶる。
だが、そんな中にあって一人だけ、彼らを興味深く見つめる少女がいた。
「なんや〜、仄香さんはあんなこと言うてたけど、めっちゃおるやん、人間ちゃうもんが。でも、なんかヘンやな?・・・うーん、どない言うたらええんやろ・・・。まるで仕事してるみたいやな、その動き。どーなってんのやろな、これ?」
闇の中、布団の上に座る少女・・・元アンデッドの時岡美穂は、自分の周囲を歩き回る半透明の何者かにぺこりと頭を下げる。
すると、思わずつられたのか、そのうちの一体がぺこりと頭を下げ、他の半透明の者に慌てて止められる。
「なんや、仄香さんの使い魔なんか。ま、どうせ肝試しの演出とかなんやろし、ウチが口出さんほうがええんやろな。・・・ま、別にやることもないし、寝るわ。ほな、おやすみ〜。」
バレてしまった原因となった一体を他の数名が責めているようにも見える中で、美穂は気にもせずに布団に入り、ウトウトし始めた。




