233 魔法帝国の家臣たち/桃と地獄の番犬
南雲 琴音
羽田空港第三ターミナル
7月29日(火)
エルの結婚式への出席とハワイ旅行が終わり、私たちは日本に帰ってきた。
帰りのルートは、仄香が用意してくれたファーストクラスを使ったよ。
・・・仄香と姉さん、そして嫌がりながらも無理やり連れていかれた二号さん以外は。
まあ、グレッグさんからせしめたモノが、空港で引っかかるからとか言ってたけど。
まさか姉さん、銃器の密輸とかしてないよね!?
それに、鉄パイプと布だけでできた座席で外もまともに見えないのに何が楽しいのかわからない。
仄香はグレッグさんのことがあるからか、姉さんと一緒の便に乗って帰ったよ。
そうそう、ナーシャだけは福岡行きの便に乗っていった。
当然、ファーストクラスで。
羽田空港に到着し、手続を終えてターミナルを出ると、懐かしい日本の匂いがする。
遥香やお母さんやお父さんも、大量に買ったお土産を持ってぞろぞろと歩いている。
「は~。帰ってきた~。」
咲間さんが背中を伸ばし、思いっきり深呼吸をしている。
今回の旅行でナーシャと咲間さんはすっかり仲良しになった。
二三君もみんなと連絡先を交換していたみたいだし。
友達の輪が広がっていくのはとてもうれしい。
ナーシャはちょっと遠くに住んでいるけど、夏休み中はちょくちょく遊びに行く予定だ。
「あ。姉さんからだ。・・・もう家に着いたって。さすが軍用機だと早いね。あ、それとも厚木基地から長距離跳躍魔法を使ったのかな?」
「へぇ~。あたしも長距離跳躍魔法を使えるようになりたいな。電車代が浮くのと、時間が節約できるのが何よりうらやましい。」
「宗一郎伯父さんじゃないけど、長距離跳躍魔法を使えること自体がトラブルの原因になりかねないって。・・・さすがに電磁熱光学迷彩術式と認識阻害術式を並列で作動させるだけの魔力制御は難しいからね。」
「あはは。言ってみただけ。それに、誰かに知られたら、都合よく足代わりに使おうとする連中が群がるだけだね。・・・それともどこぞの諜報機関にさらわれて・・・あ。」
そこまで言った瞬間、咲間さんは慌てて口を押える。
「気にしてないよ。それに、姉さんがさらわれたのは長距離跳躍魔法が原因じゃないし。ほら、早く帰ろ?」
私は家族と一緒に咲間さんを連れて、タクシー乗り場に歩いて行った。
タクシー乗り場の行列に並んでいると、咲間さんがぼそりとつぶやく。
「帰って・・・来たねぇ・・・。」
「そうだね・・・そうそう、明日から忙しくなるよ?今朝、九さんが育ててる桃の木にとうとう実がなったんだって。今日中に加速空間魔法を解除して収穫するらしいよ。」
「え?もう?あれから一週間しか経ってないけど?」
「うん、150倍速でぶっ飛ばしたって。それに、旅行の間はお店で二号さんを使えなかったじゃない?だから早く咲間さんのお母さんとお兄さんを楽させてあげたいし。」
九さんのメールによれば、オオカムヅミの外見は普通の桃より若干赤みが強い以外は、あまり変わらないそうだ。
ただ、収穫前からものすごい芳醇な香りがたまらないらしい。
絶対に美味しいことを保証する、とのことだ。
数分待ち、順番が回ってきたので咲間さんを先に乗せ、見送る。
手を振りながら、ふと気づく。
「あれ?一 二三君が男だって話したっけ?・・・まあいいか。もともと知り合いだったみたいだし。いくらなんでも気づいてるでしょ。」
すぐに来た次のタクシーに乗り、家に向かって高速道路上を揺られていく。
流れる夜景と通り過ぎる車列の光に、いつしかゆっくりと瞼が重くなっていった。
◇ ◇ ◇
十一
7月30日(水)
長崎県 佐世保市
ハナミズキの家
翅女の襲撃・・・いや、ほとんど俺が壊したんだが・・・から数日が過ぎ、現場検証も終わって、壁や天井の修理の手配を済ませ、ハナミズキの家もやっと日常に戻り始めた。
「今日、ナーシャ、帰ってくるますか?」
ナーシャさんが夏季休暇と有給休暇を使って友人の結婚式に行ってから、今日で7日目になる。
実際には、25日から29日の日程だったのだが、戸田先生の言いつけで、旅行の準備と帰国した後の荷解き・休息のために、前後に1日ずつ休ませることにしたんだよな。
まあ、ナーシャさんは働きすぎだし、有給休暇もほとんど消化していないから休んでもらって当然なんだが・・・。
ノクト皇帝の復活について、早く確かめたい。
あの紫雨君が皇帝陛下なのであれば、俺たちの悲願が成就するのだが・・・当の本人がいなくなってるんじゃどうしようもない。
「それにしても、壊れたわね~。まったく、廊下で機関銃でもぶっ放したのかしら。ねえ、十さん、知ってる?」
戸田園長先生が、ブルーシートをかけられた北階段前廊下の壁と天井を見上げながら、じろりと俺をにらむ。
「も、申し訳ない・・・手加減をしている暇がありませんでした・・・。」
「相手の特徴から、例の国際テロリストだと思うけど・・・なんだってこんなところを襲ったのかしら。・・・九重財閥からの見舞金がなければ、十さんのボーナスが退職するまで全部飛ぶところでしたよ。宗一郎さんにお礼を言っておいてくださいね。」
戸田先生には俺の能力がバレているんだが・・・こうして隠してくれているから何とか助かっている。
子供たちに北階段を使わないように言いつけ、立入禁止のテープを張って事務所に戻る。
さて、九重財閥からの見舞金は寄付金扱いで、寄付金の用途は指定されていて、修繕費の計算は・・・積算資料はどこだ?各社の見積書から・・・。
「すみません!おそくなりました!・・・ケガ人は!大ケガした人はいませんか!?」
相見積もりの依頼をしようと文書を作成していると、事務所にナーシャさんが血相を変えて飛び込んできた。
・・・今日は休みのはずなんだが?
まあ、こういうところがナーシャさんらしいというか・・・。
「ケガ人はいないよ。俺が撃退した。・・・ん?そちらの人は?」
ナーシャさんの後を追って二人の男女が入ってきた。
一人は以前、ハナミズキの家に手伝いに来てくれたナーシャさんの友達・・・琴音さんだっけ?
もう一人は・・・サングラスをかけた、白髪、いや、銀髪の青年。
20代になったばかりくらいの・・・ちょうど、紫雨君を大人にしたような・・・。
「あ、どうも。ご無沙汰しております。水無月紫雨です、じゃなかった、ええと、この姿で会うのは初めてか?間違えた・・・。紫雨の兄です。」
「皇帝陛下!?」
思わず叫んでしまう。
紫雨と名乗った青年は驚いたのか、サングラスがずり落ちて紅い眼が露わになっていた。
・・・間違いない!
1700年にわたって言い伝えられた通りの姿で、俺の前に立っている!
「・・・ねえ、紫雨君。皇帝陛下って、もしかしてリビアにあった?」
「うん。・・・ええと、まさかと思うけど十さんって・・・十大公爵家第十位のデキュラス公爵家の?」
「・・・はい。末裔です。まさか、すでにご復活されておられるとは。」
「あ~。そのかしこまった口調はやめてもらえると助かる。すでに帝国はない。再興する気もない。僕はただの水無月紫雨だ。」
「しかし!・・・いえ、では、話し方をなおしましょう。紫雨殿。これでよろしいか?」
そうか、今のところは帝国を再興する意思はないのか。
だが、魔女事変によって起こった世界の混乱は、絶好のチャンスなのだが・・・。
「『殿』よりも『君』のほうがいいことは置いておくとして、ナーシャさんの職場が心配で、場合によっては回復治癒が必要かと思ってきたんだけど・・・無事撃退できたようで何よりだ。廊下の様子を見る限りでは、その能力は失われていないようだね。」
やはり本物か。
一目見ただけで俺の力を振るったことがわかるとは。
「ねえ、紫雨君。仄香が言ってたナンバーズとかデケムなんとかって、よく分からないんだけど・・・つまり、十さんは九さんの仲間ってことでいいの?」
いちじく・・・九か!
そうか、プラントマスターの血筋も生き残っていたか。
「え?母さんが・・・そうか、ノヴェラントはすでに母さんに接触していたのか。まったく、世間は広いようで狭いね。」
ケラケラと笑う皇帝陛下・・・紫雨君を見て首を傾げるナーシャさんと琴音さんは、お互いに顔を見合わせた後、くすくすと笑い始めた。
よし、こうしてはいられない。
四にも知らせてやらねば。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
ナーシャから慌てた声で電話がかかってきて、びっくりして長距離跳躍魔法で佐世保まで飛んできたけど・・・。
ケガ人がいなくてよかったよ。
聞けば、妖精みたいなのが入ってきて毒をまき散らそうとしたのを、ナーシャさんの同僚の十さんが撃退したらしいんだけど・・・。
十さんって魔法使いだったのね。
全く気付かなかった。
ケガ人がいないことを確認した後、紫雨君が廊下で術式を展開して壁と天井を直そうとしたら、あわてて十さんが止めていた。
業者にもう見積書を頼んじゃったから、今からそれをナシにはできないって。
私立じゃないから、たとえ節約できる方向だとしてもお金の使い方がものすごくうるさいんだそうだ。
紫雨君はせめて子供たちがケガしないようにと、崩落した壁や天井、床を固着してすべて安定させていたけど・・・。
まるでどこぞの国家錬金術師みたいだな?
ナーシャはまだ夏季休暇中だったらしく、園長先生に早く帰るように言われていた。
彼女は少し働きすぎだからね。
十さんのお昼休憩に合わせて、応接室で認識のすり合わせをしていく。
「紫雨殿。現在、俺が確認しているのはデキュラスつまり俺、そして四家、すなわちクァトリウスの家系だけだ。そして、残念ながらクインセイラとセクセリウスの血筋は失われたことを確認した。」
「そうか・・・あとはノヴェラント・・・九の血筋が生きていることは確認できたが、ほかの血筋がどうなっているか心配だな。」
「そうか・・・たった三つの血筋しか残らなかったのか。」
紫雨君たちは深刻そうな顔をしているけど・・・。
うーん。
1700年も前の家系が三割も残っていることの方が奇跡なんじゃないかな。
・・・ん?
「ねえ、十さん。さっきから家名が全部数字なんだけど、もしかして一とか三とかって、同じ系統?」
「え・・・ああ。確かに俺の家に代々伝わる伝承によれば、いくつかの家系の末裔は千年ほど前にこの国に流れ着いてはいるが・・・知り合いでそういった名前の家系があるのかい?」
「ええ。私の母方の祖母の旧姓が一よ。それから、姉さんのクラスの担任が三ね。」
でも、古代魔法帝国とかデケム何とかなんて聞いてないけどなぁ。
「それは本当かい!じゃあ、君は、目に見えないくらいの生物・・・バクテリアやウイルスを制御する能力が・・・いや、なさそうだね?」
失礼な。
・・・十さん?
そんなはっきりと落胆されても困るんですけど。
「私にはないけど、宗一郎伯父さんが『呪病』っていう、ナノマシンみたいなのを制御するタイプの魔法使いだよ。あ、あとハトコの一 二三君も似たようなことができてたっけ。」
「ええぇぇぇ!?・・・宗一郎さん、そんな特技があったのか。でも、じゃあ僕に何も言ってこないのは・・・なんでかな?」
「伝承だけ途絶えてるんじゃない?今度会ったら聞いてみたら?」
しばらく十さんは考え込み、近くにあったメモ用紙を取り出して情報を整理し始める。
「少なくともウナヴェリスの血筋は残っていることが確認できた。そして、うまくすればトレシリアの血筋も残っているかもしれない。そうすると・・・。」
十さんがメモ帳に書いた家名は、次の通りだ。
1 ウナヴェリス家、たぶん一の家。
2 デュオネーラ家、消息不明、日本に流れ着いている可能性あり。
3 トレシリア家、おそらくは三先生。
4 クァトリウス家、十さんの友人の四さん。
5 クインセイラ家、血統断絶。
6 セクセリウス家、血統断絶。
7 セプティモス家、消息不明。
8 オクトヴェイン家、消息不明。
9 ノヴェラント家、神香堂の九さん。
10 デキュラス家、目の前にいる十さん。
う~ん。
珍しい苗字だと思うんだけど、これだけじゃ分からないなぁ。
「とにかく、お二人とも四に会っていただきたい。今日の夕方以降でお時間をもらえないだろうか。」
「僕はいいけど・・・琴音さんは?」
「私も特に用事は入っていないよ。せっかくだから仄香と姉さんも呼ぼうよ。」
古代の話となれば、その時代に生きていた人間がいたほうが手っ取り早い。
それに、仄香なら消息不明の家系を探せるかもしれないし。
「では、俺の仕事が終わったあと、車を出す。どこかで待ち合わせをしよう。六時に佐世保駅前でよろしいか?」
「ああ。では六時に。」
うん、結構面白そうなことになってきた。
うまくいけば、この時代で一人ぼっちの紫雨君に友達・・・いや、家臣?とにかく、人のつながりができる。
ホクホクしながら席を立った時、思い出したかのように十さんが聞いてきた。
「そういえば・・・お二人のご関係は?」
「恋人です!」
ふふん。
驚いてる驚いてる。
言ってみたかったのよね、このセリフ。
◇ ◇ ◇
午後六時まであと数分というところで、佐世保駅前のロータリーに一台の自家用車が入ってきた。
十さんが言っていた通りの、黄色いフォルクスワーゲン車・・・一番新しい型のビートルだ。
・・・いい趣味してるな。
姉さんたちとは長距離跳躍魔法で合流しておいたが、なぜか仄香は遥香の体を使っているようだ。
《ねえ、千弦ちゃん。佐世保には軍港もあるけど温泉もあるんだよ!後で寄って行こうよ!》
「いや、十さんの車で佐賀まで移動するらしいから時間的に無理でしょ。ところでジェーン・ドゥの身体はどうしたの?」
「メンテナンス中です。度重なる酷使の結果、何か所もガタが出まして。やはりバイオレットの身体は培養されたものですからね。一度大破してますし、そう長くはもたないかもしれません。」
「へ~。でも私の身体を使ったときはガタなんて来なかったみたいだけど?」
「琴音さんの身体の性能は異常なんですよ。同時に三柱も神格を降ろした上で十数種類、数十体の眷属を召喚し、かつ剣霊を喚んで魔力全開で戦闘して・・・不具合どころか反動すら出ないなんて・・・普通じゃありえません。」
「ぐ・・・琴音に負けた・・・。」
いや、姉さん?
何を対抗しようとしているのよ!?
双子なんだから性能に差なんてないでしょう?
紫雨君が助手席に、仄香と私、姉さんが後部座席に乗り込むと、十さんは佐賀の・・・四さんがいる神社に向けて車を走らせる。
十さんが私と姉さんを見て一瞬ぎょっとしていたけど、そういえば二人そろって十さんと会ったことはなかったっけ。
◇ ◇ ◇
紫雨君と十さんが話している間に、仄香と私、姉さんの三人で情報の共有をすることにした。
《そういえば、仄香は九さんのことを聞いて「ナンバーズ」って呼んでたけど、それって何なの?》
《私も古代魔法帝国に行ったのは帝国が滅んだあとですから人伝にしか聞いていないんですが、かの帝国には公爵家、つまり、紫雨の血を引いた貴族の家系が十個ありまして。それぞれ、独自に築き上げた魔法とも魔術とも言えない力を伝承しているんです。》
《へ~。じゃあ、九さんのことをプラントマスターと呼んだのもそれ?》
《そうですね。「ナンバー・テン」、すなわち十さんの力は、おそらくですが流体制御・・・つまり、液体に対する絶対的な支配・制御の能力だと思います。》
《ふ~ん。どういう理屈で動いてるのか、気になるわね。じゃあ、今から会う四さんは?》
《わかりません。すべてが伝わっているわけではないので。ただ、本当にナンバーズであるなら、敵になることはありません。すべて紫雨に連なる血族ですから。》
《あ、そうそう。宗一郎伯父さんがね、ナンバーズの1番の血筋かもしれないんだ。ほら、エルの結婚式に一 二三君っていたじゃない?私たちの母方のおばあちゃんの旧姓が一なのよ!》
《なるほど・・・宗一郎さんの能力は・・・微生物制御・・・確かにあれは魔法でも魔術でもありませんでした。それなら納得ですね。》
すでに教会の戦力は激減している上、世界各国が教会の存在を認めていないが、戦力となる仲間はいくらいたって構わない。
それに、紫雨君の子孫が生きていた。
ただそれでもうれしかった。
《ビートルって、後部座席が狭いのね。紫雨君だけ先行してもらって、あとで迎えに来てもらったほうがよかったかしらね。》
・・・姉さん。いつも現実的だよね。
◇ ◇ ◇
九五郎
東京都 町田市
同時刻
超促成栽培を行った意富加牟豆美の最後の桃を収穫し、仄香さんから受け取った停滞空間魔法の術式がかけられた段ボール箱に入れていく。
今夜、全員そろって味見をする予定だったのだが、急用ができたらしく、明日以降に延期になってしまった。
「うーん。出来はほんまに上等や。せやけどなぁ・・・これ、いくらで売る気や?十万以下やったら、正直ワシ、手ぇ引かしてもらうで?」
芳醇な桃の香りだけでよだれが止まらない。
こんなものを店頭に並べたら、他の桃・・・いや、甘味がすべて売れなくなるぞ?
庭を見れば、仄香さんがおいていった黒い犬が意富加牟豆美の木を守っている。
・・・頭が三つある犬を犬と呼ぶのならな。
まあ、話してみれば面白い奴・・・連中で、ポチもよく懐いてくれたからよかったものの・・・言葉が通じなかったり、ポチが吠えたりしたらどうしたもんかと思ったよ。
そんな彼らは、ポチ用に買っておいた犬ちゅ~るを舐め続けている。
ポチにあげようと出したら、目ざとく見つけられてしまったのだ。
「九殿!この犬ちゅ~るはなぜ10個入りなのだ!1個余ってしまう!」
「残った1個は俺のものだ!俺は真ん中だからな!」
「何を言うか!いつも左を下に寝るから俺が一番苦労をしているのだ!だから俺が食う!」
「俺たちは右利きじゃないか!だから、俺が一番働いている!だから俺が食うんだ!」
「おーい。まだあと二袋あるさかい、これでちょうど三十個や。三で割ったらピッタリやろ?な?ケンカせんとってや~頼むで、ホンマ。」
「なんと!ではあと七個も食えるのか!かたじけない!なあ、九殿。われらと契約しないか?犬ちゅ~るを一日十本で手を打とう。」
「ちょっと待て!マスターとの契約はどうするんだ!」
「そうだ!マスターに犬ちゅ~るを強請ればよいではないか!九殿の犬ちゅ~るは別腹だ!別口で強請ればよい!」
牛みたいにデカい身体でそんなにしっぽを振らないでくれよ。
庭の鉢植えに当たりそうでヒヤヒヤするんだよ!
それから、強請るではなく強請るの間違いだろ!
文字は一緒だけどさ!
すまんな、ポチ。また犬ちゅ~るを買ってきてやるから・・・ん?
それまで犬ちゅ~るのことしか考えていなかった彼らが、ぴたりと話すのをやめ、それぞれの頭を三方に向け、六つある耳をピンと立てる。
姿勢を低くし、左右の首は牙をむき出しにする。
「・・・九殿。屋敷の中へ。敵だ。」
「おいおい、この辺には警戒用にドライアド付きの木、ぎょうさん植えてあるっちゅうのに・・・。」
中央の頭が、耳を動かす。
「これは・・・龍人。忍ぶような足音、重心のずれた歩幅。武器は両手剣か。」
左の頭が、鼻を鳴らす。
「魔力の匂い。術式の気配。・・・教会の魔法使いか。」
右の頭が、目を細める。
「九殿を認識している殺意。だが我らには気づいていない。彼我の距離、約1.2km。」
姿勢を、まるで弓を引き絞るかのように低くする。
っていうか、1.2km先の敵に気付いたのか!?
「「「いざ、参る!!!」」」
ドンッ!という地響きとともに空高く舞い上がった巨大な獣は、一瞬で夜の闇に消えていく。
そして、彼らが去った後には・・・。
くそ、鉢植えが二つ、割れていたよ。
◇ ◇ ◇
炎龍 穂村・「ドレイク」・景康
どーでもいいが、教会がほとんど壊滅した。
いつか俺様がぶっ倒しでやろうと思っていた猛者が、みな倒されてしまった。
・・・燃えるじゃねぇか!
つまり、もっと強い連中がいるってことだろぉ!?
ガキの頃から俺は物足りなかった。
どいつもこいつも、ひと撫でするだけでコロッと逝きやがって。
親父もお袋も、俺たち龍人は一番強い種族だということを忘れてビクビクしやがって!
豆腐みたいにもろい連中相手に、なんでわざわざ牙と角を、翼を隠して生きていかなきゃならない!
持ち前の飛翔力で目標となる家に向けて空を翔ける。
そろそろか?
九とかいうふざけた男の家の手前、1kmちょっとで暗くなった国道に降りる。
ふん。
人通りはほとんどないか。
町田は東京というがじっさいは田舎だな。
プラントマスターだか何だか知らねぇが、俺様の炎の吐息で全部灰にしてやろう。
九が住むという家に向かって夜道を進もうとした瞬間、視力が人並外れているはずの目に、おかしなものが映る。
「なんだ、ありゃあ・・・?」
ほとんど脊髄反射に近い反応で大地を蹴る。
「ゴアァァァア!!」
寸前まで俺様が立っていた国道の一部は、頭が三つあるバカみてぇにデカい犬に、信号やらガードレールごとかみ砕かれて木っ端みじんになっていた。
◇ ◇ ◇
「「グルルルル・・・!」」
牛並みにデカい黒い犬は、その中央の頭が電信柱の破片を咥え、左右の頭が牙をむき出しにしてうなり声をあげている。
「ははっ!ケルベロス!マジもんかよ!すぅー!」
眼下に光る六つの眼に向かい、胸いっぱいに吸い込んだ息を、炎を混ぜて叩き出す!
ゴゥ!という爆風のような音とともに、暗い国道が赤く照らし出される。
龍の吐息だ!
アスファルトが一瞬で赤熱し、誰かよくわからない政治家のポスターが一瞬で灰になる。
「ははっ!よけやがった!やるじゃねぇか!」
背中の大剣を引き抜き、刀身に軽く炎の吐息を吹きかける。
即席の炎の剣の出来上がりだ。
翼をたたみ、重力を利用して落ちながら犬の頭に振りかぶる。
「三つ頭があるんならよぉ!二つまでなら切り落としても構わねぇよなぁ!」
真ん中の頭を狙うも、ケルベロスは一瞬で後ろに飛びのく。
でけえ割に大した反応速度じゃねぇか。
「グルルルル・・・貴様、よくも俺たちの憩いのひと時を・・・!」
「そうだ!俺だけ犬ちゅ~るが一つ少ないんだぞ!」
「そうだ!まだ半分しか食ってなかったのだ!とっとと噛み殺して犬ちゅ~るの続きを楽しむのだ!」
犬ちゅ~る?
何言ってんだコイツら?
・・・ふん、邪魔する奴はすべて殺す。
「犬っころが!ぶった切って三枚に下してやんよ!」
炎をまとわせた大剣を振り下ろすも、犬っころは避ける、避ける!
前足の爪は鋭く、大剣で受けるだけで目に見えて刃が毀れる!
三つの頭が次々と迫り、左手の手甲が砕けて飛んでいく!
「やるじゃねぇか!犬っころ!」
「グルルルル!ガァァァ!」
一瞬、間合いが開いた瞬間、左右の頭が同時に吠える!
なんだ・・・!?
眩暈が・・・!?
一瞬の隙を突くかのように、中央の頭が迫る!
「く!せいやぁ!」
俺様は構わず大剣を上段から振り下ろす!
「く!?俺様の大剣を受け止めただと!」
気付けば犬っころは中央の頭がその牙で大剣を受け止め、左右の頭がほぼ同時に俺の左右の手をかみ砕こうと迫る!
「く!?こん畜生がぁ!」
大剣から手を放し、左回りに身体を回転させながら右の手甲でその横面を殴り飛ばして飛びのく。
く、右の拳がイカレた!?
なんて硬さだ!
直後、バリン!と金属が砕けるような音が夜の国道に響き渡る。
「グルルルル・・・!」
俺様の炎の吐息で燃え盛る大剣を、まるでクラッカーでも噛み割るかのようにへし折り、吐き捨てる。
「くそが!俺の剣を・・・!お、覚えていやがれ!」
翼を広げ、大地を蹴る。
犬っころは大きく跳躍し、その牙が目前に迫るも、ぎりぎり届かない。
くそが!
その面、覚えたぞ!次は確実に殺してやるからな!
次回「234 継承された思い/切り札となる女」
7月2日 6時10分公開予定。




