232 古い血の記憶/ハワイ旅行
十一
7月27日(日)
長崎県 佐世保市
「なー。アーリャ姉ちゃん。ナーシャ姉ちゃんは今どの辺にいるんだ?」
「ええと、ハワイ?オアフ島?友達の結婚式、出る、いいました。」
「え~。いいなぁ。ハワイで結婚式?あこがれるなぁ。」
「笑理はまず相手を探すところからだろ。蓮なんかどうだ?」
「え~。蓮君はあたしのだから笑理ちゃんにはあげな~い。」
普段、よく働いてくれているナーシャさんがご友人の結婚式に出席するため、早めに夏季休暇を使って海外に行ってしまったのだが・・・。
彼女が普段からどれほどの仕事をしてくれていたのか、身をもって思い知らされてる。
彼女の従姉妹であるアリョーナさんが手伝いに来てくれてはいるが・・・。
まだ日本語が怪しいから子供の相手くらいしかしてもらえないんだよな。
「イレブン~!大翔がふざけて金魚バチをひっくり返した~!」
「イレブン~!絵本読んで~!」
「笑理ちゃんが~!大翔とケンカはじめた~!」
・・・さっきから休む間もない。
というか、事前にナーシャさんが俺の分の事務仕事を片付けてくれたから手は空いてるはずなのに!
とにかく、金魚、金魚・・・よし、まだ生きてる!
とりあえず残った水と一緒にバケツにでも移して、金魚鉢はプラスチック製だが、ヒビは・・・大丈夫そうだ。
「雑巾、雑巾はどこだ。あ、これか?」
「イレブン~。ここに置いといたママのハンカチ知らない~?」
・・・っと!危ない、雑巾だと思って使うところだった。
母親の形見のハンカチだったら肌身離さず持って・・・いや、干していたのか。
嵐のような午後が過ぎ、やっと夕食の時間になる。
・・・よし、この後は夜勤さんたちが来るから、何とか・・・。
どうにか一日の激務を終え、やっとのことでハナミズキの家を出ようと荷物をまとめていると、園長の戸田先生が事務所の扉を開けて声をかけてきた。
「十さん、お客さんですよ。ええと、四さん、とおっしゃったかしら?」
「四?それは、もしかして若い女性ですか?」
あいつ、前は約束をすっぽかしたくせに、今さら何の用だ?
「ええ。お知り合いかと思ったんだけど。先にご用件だけ聞いてきたほうがいいかしら?」
「いえ、若い女性で四なら俺の知り合い、というか古い友人です。ちょっと応接室をお借りしても?」
園長の戸田先生の許可を得て、正面玄関に向かう。
そこには、どこかの神社からそのまま来たかのような巫女服を着た女性が一人、薄い笑みを浮かべて立っていた。
・・・四四葉。
俺と同じ、十大公爵家を継ぐものだが・・・。
「来るなら来ると先に言っておいてくれ。俺は早く帰って寝たいんだよ。」
「十。子供たちと過ごすのは楽しいですか?」
「頼むからそのマイペースはやめてくれ。それに、二か月前に訪ねてくるといって来なかったのはなぜだ。何かあったのか?」
「・・・だから、来たではないですか。」
こいつ、何を言っているんだ。
・・・まさか。
「もしかして、この二か月の間、ずっと迷っていたのか?」
「・・・迷ってなどいません。道が遠かったのです。」
この超ド級方向オンチめ!
地図もスマホもあるのに、なんで迷うんだよ!
電車もバスもあるだろう?
っていうかお前の家は佐賀だろう?
隣の県じゃねぇか!
「とにかく、ここじゃあなんだ。どこかファミレスにでも行こうか。」
ポケットから車のカギを取り出し、駐車場に向かう。
なぜか、四は目を輝かせながらついてくる。
「もしかして、おまえ・・・金は?」
「電車とバスで路銀は使い尽くしました。もう三日も何も食べていません。・・・乗るたびに見知らぬ所へ連れていかれ・・・。」
電車とバスを、使った?
まさか、行先を見ないで乗ったのか?
「はあ・・・仕方がない。今日は奢ってやる。それと、用が済んだらお前の家まで送ってやるから、次回は誰かと一緒に来い。」
くそ、仕事明けに佐賀の山奥までドライブかよ。
ってか、明日も仕事があるっつうのに・・・。
◇ ◇ ◇
国道沿いのファミレスに連れて行くと、メニューの端から順に注文端末に入力し始める。
「お、おい・・・二つ三つ頼んで、腹の具合を見ながらにしろよ。食べ残し分まで奢るとなると結構つらいんだよ。」
「・・・確かにそうでした。すみません、半月ほど何も食べてないので・・・。」
よく見れば巫女装束の裾や襟のあたりが汚れている。
髪もバサバサで、何度か雨に濡れて乾いたような跡まである。
「おまえ、今年でいくつだ?」
「・・・19歳になりました。それが何か?」
「おまえ、この先どうするつもりだ?高卒で雇ってくれるところなんて・・・。」
四の眉がピクリと動くが、配膳ロボットが近づいてきたとたん、そっちに目線がくぎ付けだ。
流れるような動きで料理を自分の前に置き、すでに用意していた箸で勢いよく口にかきこんでいく。
「わ~。ごはん、ごはん!半月ぶりのごはん!・・・ん~!おいしい、おいしい!生きててよかったです。・・・なんの話でしたっけ?」
・・・うん、話なんて聞いちゃいねぇ。
泣きながら食ってやがる。
「なんでもねぇよ。で、電話やメールでも済むものを、わざわざ会いに来た理由は何なんだ?」
「・・・皇帝陛下が復活されたようです。おそらくは去年の秋の初めごろ。反応が極端に小さくて気付いたのは・・・5月半ばになってからでした。」
「なんだってそんな大事なことを今まで!・・・あ、いや、知らせにきてくれようとしていたのか。」
5月半ば、というと何者かがハナミズキの家を襲って、ナーシャさんが大ケガをした事件があったころか。
現場はひどく荒らされて、血痕やら毛髪やらが残っていたのに犯人は見つからなかったんだよな。
子供たちはゾンビが出たとか怪獣が助けてくれたとかわけのわからないことを言うし・・・。
「それで、陛下が今いる場所は分かるのか?」
「ええと、亀卜で占えたのは復活したことと時期だけですね。あとは地道に探すしかないと思います。」
・・・そうか、さすがにそう都合よくいかないか。
「仕方がない。手分けして探すしかないか。まあ、皇帝陛下のお姿はちょっと特殊だからな。SNSに写真があるかもしれん。」
銀髪紅眼の青年~成人男性、顔つきはスラブ系。
イメージ的には・・・そう、以前保護した後、行方不明になった水無月紫雨君に似ているだろうか。
・・・。
・・・!
「まさか!いや、いくらなんでも年齢が合わない。だが、あの落ち着き払った話し方。それに、保護された時期といなくなった時期・・・!」
「・・・ん~おいしかったです。デザートはバニラアイス・・・いや、フルーツジャンボパフェ・・・。」
パフェじゃねえよ!
ってか、一人でどんだけ食ってんだ!
俺はまだコーヒー一杯しか飲んでねぇってのに!
「~~っ!早く食っちまえ!こうしてはいられないってのに!」
たしか、ナーシャさんは彼と親しかったはずだ。
もしかしたら、その行方を知っているかもしれない。
「教会のクソどもに知られる前に見つけるぞ!俺達の悲願!終わらせてなるものか!」
◇ ◇ ◇
幻蝶 薙沢・「ルーナ」・菫
7月27日(日)
長崎県 佐世保市
親に勧められて入った教会は結構居心地がよかった。
持ち前の魔法と種族特性であっさりと十二使徒入りすることができたし、この見た目も相まって大っぴらにできない趣味も満たすことができたし。
だが、三聖者のすべてを失い、魔女を恐れた東側諸国にも裏切られ、今では世界中、どこの国でもテロリスト扱い。
教会の十二使徒であることがバレたら、きっと縛り首にされてしまうだろう。
ま、そんなことはどうでもいい。
今はもの探しの最中だ。
「縛り首にされてもやめられないのよね。お。ここね。・・・マフディとヴァシレがしっかりやっていれば・・・。」
報告が正しければ、あの二人が回収した人工魔力結晶がまだ残っているはずだ。
廃墟のような礼拝堂を隅から隅まで探す。
魔力検知まで使い、見落としがないように。
「・・・やっぱりないか。とすると、あとは抽出場所かな?」
教皇猊下が何でそんなに躍起になって人工魔力結晶を集めてるのかは知らないが、そろそろかなりの量になっているはずだ。
なのに、まだ足りないとは。
いったい何に使うつもりなのか。
市内を走るバスに乗り、佐世保駅前で乗り継いで、抽出場所に向かう。
かつて、この国が戦争で負けた時、戦犯を収容する施設があったところ・・・今は孤児院になっているらしい。
海軍基地の近くのような場所でバスを降り、徒歩でその場所に向かう。
・・・そこには、かつて収容所があったとは思えないほど明るく、活気に満ちた孤児院が・・・子供たちの笑い声とともに、堂々と建っていた。
「門は閉じてるのか。最近物騒だしね。私には関係ないけど。」
妖精族の固有能力である幻術を調整し、姿を変えていく。
・・・ええと、資料にあった、アナスタシアとかいう職員の姿でいいか。
ひょい、と門扉を飛び越え、中に入る。
前庭を抜け、玄関扉に手をかけると、滑り台で遊んでいた子供が声をかけてきた。
「あ!ナーシャねぇちゃん!まだ休みじゃなかったのか?イレブンのおっさん、ナーシャ姉ちゃんがいないから仕事が大変だって言ってたよ!」
そうか。
この姿の職員は、今日は休みか。
都合がいい。
とっとと調べて帰るとしよう。
子供たちには適当に手を振り、建物の中に入る。
地図の通りなら、北階段の踊り場の鏡を動かせば・・・。
「あ・・・ナーシャ。どした?友達、結婚式。終わった?」
正面玄関を開けて、地下への隠し扉がある階段の踊り場へ向かおうとしたとき、後ろから不意にたどたどしい声がかかる。
振り向けばこの姿の女によく似た、金髪の少女が話しかけてきている。
・・・誰だ?
こんな奴、資料にいなかったけど?
年齢的に・・・新人職員か?
だが・・・アナスタシアの知り合いであることに間違いはない。
「ええ。少し早めに終わったから、みんなのことが心配で帰ってきたの。それに、いつまでも仕事を任せっぱなしじゃ申し訳ないしね。」
「そう・・・せっかくの外国、旅行、もっといっぱいして良かった。」
・・・日本語がたどたどしいな。
アナスタシアよりも年下のようだし、もしかして、職員ではなく保護された児童か?
「ごめんなさいね。私、ちょっとこれから仕事があって。あとで遊んであげるからお庭で待っててくれるかしら?」
いつまでも話している余裕はない。
話を切り上げて階段を上ろうとしたとき、その少女は私の腕をつかみ、言葉をつづけた。
碧い瞳が、冷たく輝いている。
「Подожди. Что-то с тобой не так. Анастасия никогда не называет себя 『私』. И потом, она моего возраста. Она бы никогда не сказала, что хочет 『遊んであげる』. Кто ты такая?(待って。あなた、何か様子がおかしい。アナスタシアは自分のことを『私』と呼ばない。それに、私とは同い年。『遊んであげる』なんて言うはずがない。あなた、誰?)」
・・・ロシア語!?
しまった!
私はロシア語を話せない!
「く!ここまでか!」
幻術を解除し、その手を振り払う。
なるべく犠牲者を出すつもりはなかったが仕方がない!
「Кто-нибудь! У нас нарушитель! ...А, японский язык...(誰か!侵入者です!・・・あ、日本語・・・。)」
名も知らぬ少女の横を駆け抜け、毒の鱗粉をまき散らしながら隠し扉に向かう。
だがその時、私は巨大な質量そのものに吹き飛ばされ、壁にたたきつけられた。
◇ ◇ ◇
一瞬、ほんの一瞬だが意識が飛んだ。
これは・・・水?それも、たったバケツ一杯程度の?
「下がってアーリャさん!・・・翅?鱗粉?・・・こいつ!?人間じゃない?」
くそ、幻術が解けた!
それに、毒の鱗粉も散らされた!
「人間風情が・・・天命の粘土板を持ち畏怖の光輝を纏いし者よ!アンズーを駆り嵐を統べし者よ!汝が水は秩序を守る楔なり!」
割り込んできた男にニップルの守護神エンリルの力を借りて形作られた、風と水の鞭が風を切る音とともに迫る。
拘束したうえで肺いっぱいに毒の鱗粉を吸わせてやる!
だが・・・。
パンっ!という音とともに、水への干渉力が一瞬でかき消される。
ごうっ、と風のみが駆け抜けたが、それだけでは何も起こらない。
「・・・な、なにをした・・・無詠唱?いや、魔力の動きは感じられなかった!」
よくわからないが、全力でやらないとこっちがまずい!
飛び回りながら、全力で幻術を展開!
さらに高速で翅を震わせ、毒の鱗粉を合成する。
これで、広範囲を行動不能に!
「Цунаси-сан! Опять чешуя сыпется...!(十さん!また鱗粉が・・・!)」
「任せろ!」
男はそれだけ言うと、周囲に飛び散った水が浮き上がり、一瞬で細い刃のような形状になり、こちらに向けて殺到する!
まるで、至近距離で重機関銃を撃たれたかのような轟音。
砕け散る壁と天井、そして床。
恐ろしいほどの貫通力を持った弾幕が、私が一瞬前までいたところを粉みじんに砕いていく。
なんという、破壊力!
こんな伏兵がいたとは!
ここは撤退だ!
こんな化け物、相手にしてられるか!
男の弾幕で崩れた壁から、外に飛び出し、十分な高度をとる。
「くそ、リサーチが足りなすぎよ。それにあれ・・・魔法でも魔術でもない?超能力・・・でもなさそうね。・・・十二使徒の上位に迫るような化け物がいるなんて聞いてないわ。まずは、報告しなきゃ。」
マフディとヴァシレを殺したのは男女の魔法使いだと聞いていたが、男のほうはアレか。
ずぶ濡れになった翅を羽ばたかせ、潜伏している市内のビジネスホテルに向け、私は後ろを気にしながら逃げ帰った。
◇ ◇ ◇
ナーシャ(蓮華・アナスタシア・スミルノフ)
ハワイ オアフ島
同日 現地時間 12時
あたしは今、エルさんの結婚式にお呼ばれして、二人の披露宴で久しぶりに会った九重のお爺様と浅尾のおじさまとご挨拶をした後、美代さんや千弦さん、琴音さんと観光をしている。
九重のお爺様たちには、一か月に二回くらい、現況を報告する意味も込めて手紙をやり取りしていたのだけど・・・やはり直接会ってお礼を言えたのがうれしかった。
それに、エルさんが友人としてあたしを結婚式に招待してくれたのが何よりうれしかった。
半年前までは、夢にも思わなかった友人ができて、彼女たちとこんなに楽しく海外旅行までできるなんて。
エルさんの結婚式の翌日、あたしたちはそのままワイキキビーチに移動し、海水浴をすることになった。
「ナーシャ!泳ごう!せっかく世界一有名なビーチに来たんだから!」
「う~ん。ナーシャって結構大人びて見えるよね。私たちより一つ下だなんて思えないわ。」
琴音さんと千弦さんがあたしの手を取って、水辺まで連れていく。
「え、えっと、あたし、泳げないんだけど・・・。」
海水浴に行ったことなんてない。
小学校の授業で、ほんのちょっと泳いだことがあるだけだ。
「じゃあ、あたしが泳ぎ方を教えてあげよう!でも、海水は比重が大きいから波が穏やかだとプールより泳ぎやすいんだけどね。」
琴音さんたちの友達の咲間恵さんが、どこからともなく持ってきた浮き輪を差し出す。
海水が火照った体に気持ちいい。
ちょっとしょっぱいけど、泳いで、遊んで、日が傾くまでたっぷりと楽しんだ。
◇ ◇ ◇
豪華なレストランで夕食をとり、ホテルに戻る。
みんなが気を聞かせてくれたのか、あたしは美代さんと同じ部屋だ。
・・・あ、そうだ。
「ねえ、美代さん。あたしと九重のお爺様は美代さんって呼ぶけど、琴音さんたちは仄香さん、って呼ぶよね。ホントの名前って、教えてもらえないかな?」
「ええと、本当の名前、というか、本名がないんです。最初の身体の時は、『三つ目の穴で冬の朝生まれた女』と呼ばれていまして。」
え?名前が、ない?
「・・・古すぎて名前という概念がなかったんですよね。『美代』、というのは二つ前の身体の持ち主の名前で、『仄香』というのは三つ前の身体の名前です。その時の身体の名前を名乗るのは魔法の関係ですね。」
「え・・・可哀そう。ごめんなさい、あたし、ヒドイこと言ったかもしれない。」
美代さんは自分の子孫の中で若くして死んだ娘の身体を使うから、その名前を名乗らなきゃならないのに、自分自身の名前はないなんて・・・。
「ええと、どこが可哀そうで、どこがヒドイのかわかりませんが・・・何と呼んでもらっても構いませんよ。」
「うん。・・・あれ?ひとつ前の身体の名前と今の身体の名前は?」
「あ~・・・。一つ前の身体の名前は『ジェーン・ドゥ』で、直近の身体の名前は『遥香』ですね。」
ん?遥香?
・・・あれ?遥香さんと同じ名前?
「もしかして、遥香さんって・・・。」
「ええ。この前まで使っていた身体です。他の身体と違ってちょっとした手違いで魂が残ってまして。元の持ち主に返しました。・・・名前は一番気に入ってたんですけどね。」
ふ~ん。
そうなのか。
「ねえ。美代さん。もし、あたしに何かあったらこの身体をあげる。あたしには何もないけど、この身体だけはあたしのものだから。」
「・・・縁起でもないことを言うんじゃありません。自分の娘たちに死んでほしいなんて考える母親がいるはずないでしょう?・・・ほら、明日も観光があるんだから早く寝なさい。」
やっぱり叱られてしまった。
きっと叱られてうれしいと思えるとか、幸せなんだろうな。
でも、これはあたしの本心だ。
たとえ、この身を差し出しても、美代さんにもらった恩は返しきれない。
あ、でも美代さんって呼ぶと他のみんなが迷うから仄香さんって呼ぶべきなのかな。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
ハワイ旅行の中日。
つまり、5日間の3日目。
今日は、私の趣味にみんなが付き合ってくれることになったので、思いっきり羽目を外すことにした。
「姉さん。なんで観光旅行中に私たちは海軍基地にいるのかしら?」
「ふふん。よく聞いてくれました!ヴィンセントさんからデートのリベンジの申し出があったのよ。でね、今日の予定を聞かれたから『シューティングレンジに行く』って答えたら、『予約を取ってないならウチの射撃練習場に来い』って言われてね。ぬふふ。弾代と銃のレンタル代がタダになったわよ!」
ふふふ、ハワイで撃てる銃はグアムより限られているし、そもそも民間の射撃場ではフルオートの銃が撃てないのよ。
ヴィンセントさんに聞いたら、「海軍基地の射撃場でそんな規制があるわけない」と言われたし。
「千弦ちゃんの趣味はなんだかなーと思うけど、私も本物の鉄砲、撃ってみたいかも。」
お、遥香は簡単にオトせそうだ。
「千弦っちの趣味はさておき、めったに出来ない経験だね。あたしは賛成だよ。」
よしよし。
咲間さんもオチた。
「・・・あんまり大きな声じゃ言えないんだけど、あたし、トカレフとマカロフなら撃ったこと、あるんだよね。だから、まあ、いいけど。」
ナーシャ!まさか経験者だと!?
うわ、琴音がドン引きしてるよ!
「・・・ふう。まあ、いいでしょう。全員の身体には私が防御障壁術式を展開しておきます。ですが、くれぐれもヴィンセントさんとその部下の指示に従うように。いいですね?」
よし!仄香の許可も出た!
喜び勇んで海軍基地の中に入っていく。
仄香のおかげで顔パスだ。
・・・だって、今はジェーン・ドゥの身体を使ってるからね!
「あのう・・・僕も、ついて行って、いいかな・・・?」
「うひゃ!・・・ああ、なんだ、二三君か。いつの間に?」
この子は・・・いや、この人は一 二三君。
二葉おばあちゃんの妹さんの孫で・・・つまり、私たちのハトコだ。
背中まである黒髪を三つ編みにして、ふわっとした白いワンピースを着ている、160㎝くらいの色白でスマートな・・・ごにょごにょ。
「ちょっと、そこで見かけたから。・・・一度、ホンモノを撃ってみたかったんだよね。」
うーん。
宗一郎伯父さんや師匠から咲間さんを紹介してやれと言われてるし、いい機会ではあるんだけど・・・。
でも、ちょっと苦手なんだよな。
「いいじゃない。姉さん。せっかくだから一緒に行きましょう。よし、決まり。」
琴音は気に入ってるみたいなんだけど、こいつ、「付いて」るんだよな・・・。
・・・ま、いっか。
ポケットからスマホを取り出し、ヴィンセントさんに同行者が一人増える旨を伝える。
ついでに、エルの結婚式に参列した、新郎側の親族だという旨も。
すぐに返信が来て、二つ返事でOKが出たよ。
◇ ◇ ◇
ヴィンセントさんと部下の人たちがレクチャーしてくれて、安全にはしっかりと気を付けてみんな楽しんでいるようだ。
最初は難色を示していた琴音も、黄色い声を上げて楽しんでいる。
遥香やナーシャも、若い隊員さんにしっかり教えてもらいながら楽しんでいるよ。
「へえ、二三ちゃんは射撃がうまいんだね。さっきから的のど真ん中に当たってるよ。」
「め、恵さんこそ、反動に負けずしっかりした構えで・・・かっこいいです。」
おい、コイツ、二三ちゃんとか呼ばれて喜んでやがるよ。
おまえ、私たちより年上だろうが。
「ふふふっ。二三君ってかわいいよね。姉さん聞いた?入国審査でかなり時間かかったらしいよ?」
「自業自得でしょ。まったく紛らわしい。」
あの変態のことは放っておいて、ヴィンセントさんに他の銃を撃ちたいと告げる。
「お。9mmはもういいのか?.45にするかい?それとも.357?」
「うーん。5.56mmは?M4って撃てないの?」
「ああ、持ってこさせよう。・・・それにしても、いい腕してるな。熟練兵なみじゃないか。どの銃も最初の一発以外は全弾ど真ん中だ!」
「まあね。最初の一発だけは銃のクセを見極めるのに必要なのよ。・・・おおっ!来た来た!M4A1!M4はバーストだけど、コイツはフルオートなのよ!ん~!この重さ!イイじゃんイイじゃん!」
ぬふふ!仄香に右目を再生してもらったときに改造しまくったからね!
照準補正術式やら射撃管制術式やら、この右目には狙撃系の術式が山のように入っているのだ!
しかも、再生した手足とも連動させてある!
その気になればファストドロウで25m先の500円玉だって撃ち抜けるぜ!
・・・危ないから絶対にやらないけどさ。
「ヘイ!チヅル、俺と勝負しないか?お前が勝ったら何でも好きなものをやるぜ。俺が勝ったら、今晩付き合えよ。」
琴音のレクチャーをしていたハンサムな米兵が、ヴィンセントさんの前に割り込んでくる。
階級章が・・・あれ?大佐?
第七艦隊?
ヴィンセントと同じ艦隊勤務みたいだけど?
「おい、グレッグ、やめとけって。ジェーンが怒るって!それにお前、スナイパー課程修了者だろうが!」
「いいじゃないか!お前は親父のおかげで声かけられたけど、俺には今日以外にチャンスなんてないんだって。な、付き合うって言ったって二人きりじゃなくてもいいからさ。」
う~ん。
ま、やめとこうか。
どうせ下心いっぱいだろうし。
「姉さんはすごいのよ!よくわからないけど姉さんが負けるわけないわ!やっちゃって!」
え・・・琴音がムキになってる。
なんで?
・・・さてはコイツ、琴音の前で私のことを褒めたな?
琴音のやつ、誰かが私を褒めると、変な対抗心を燃やすんだよなぁ。
・・・私のほうが姉さんのことを知ってる!とか、はずかしいんだよなぁ。
◇ ◇ ◇
私に勝負を挑んできたグレッグさんは、第七艦隊所属のイージス巡洋艦、「ロバート・スモールズ」の艦長だそうだ。
・・・タイコンデロガ級じゃないか!
うわ、マジで?
空母も好きなんだけど、イージス艦もイイじゃない!
いや、アーレイバーク級のほうがスマートな形だと思うけどさ。
「勝負は、10発。まずはM17を使い、25ヤードで勝負する。次に、M24を使い、125ヤードで勝負する。いいかい?」
M17・・・SIG SAUER P320の軍用モデルとM24SWSか。
当然だけど撃ったことなんてないよ!?
・・・まったくもう、琴音ったら。
もし私が負けたらあんたが行きなさいよ?
とは、言えないんだよなぁ。
「ハンデは?それと、私はその銃に触ったことがない。練習はしてもいい?」
「ハンデは・・・そうだな。スコア差が5点・・・いや、7点までなら君の勝ちだ。練習は・・・それぞれ10発ずつならOKだ。どうだい?」
「とりあえず練習してみて、それからヤメるのもアリ?」
「自信がないのかい?ま、いいぜ。」
よし、言質はとった。
いっちょ、やってみますか。
まずは、M17を受け取り、勝負で使うカートリッジと練習用のカートリッジが同じであることを確認する。
製造時期も・・・よし、同じだな。
次に、分解。
遊底と銃身のがたつき、引鉄の反応を確認。
撃発機構の固定機構に問題があるとか聞いたけど、コレは改修後の個体か。
最後に再び組み立てて、空撃ち。
よし、トリガープルはおよそ6.5lbf.。
トリガーストロークは結構あるな。
すべて、右目の射撃管制術式に入力していく。
次に、マガジンにカートリッジを装填。
射撃管制術式と身体強化術式を発動、9mmに最適化。
最後に、遊底を引き、初弾を薬室へ。
「おいおい、その銃、初めて触ったとか言ってなかったっけ?ベテランみたいな手つきじゃないか?」
「実物に触るのは初めてよ。・・・安物ではないけど、良くも悪くも制式拳銃ね。」
25ヤード先のターゲットに向かい、発砲。
・・・10mm左にずれた。
いまの弾道を射撃管制術式に入力、計算終了。
続けて発砲。
・・・ど真ん中。
さらに発砲。
・・・ほぼど真ん中、ただし、5mm下へ。
さらに発砲。
・・・ほぼど真ん中、ただし、3mm左へ。
・・・この銃、かなり命中精度が高いな。
25ヤードだと固定具で射撃しても50mm以内に集弾すれば優秀だと聞いていたが・・・。
それとも、照準補正術式と射撃管制術式の合わせ技がすごいのか。
練習の10発を終え、グレッグさんに向き直る。
「ま、何とかなりそうね。それで、ハンデはスコア7点だっけ?」
「か、勝てるわけねぇだろ!なんだぁ!?25ヤードでスコアが96って、どうやって出してるんだよ!オリンピックで使うピストルじゃねぇんだよ!・・・ただの軍用拳銃で、あ、ありえないだろ!」
「じゃあ、やめる?あなたから持ち掛けた勝負なのに。あ、ハンデは無しでいいわよ。どうやってもスコア103は不可能だし。」
「ぐ、やってやる!パーフェクトスコアを取ってやる!その代わり俺が勝ったら今すぐベッドへ直行だ!」
・・・あ。仄香がすごい顔してる。
ご、ごめんって。
◇ ◇ ◇
勝負が終わって、ホクホク顔で戦利品の入ったコンテナボックスを提げ、基地を後にする。
え?勝負の結果?
・・・負けるわけないじゃん。
M24SWSの勝負に至っては、ヴィンセントさんがグレッグさんを「これ以上やったらいい笑い話になるからやめとけ!」って止めてくれたよ。
ふう、堪能した。
それに射撃場の教官らしき人に、ほかの兵隊の刺激になるからぜひまた来てくれと言われてしまった。
うん、密入国になるからやめとくよ?長距離跳躍魔法で来れるけどさ。
「・・・姉さん、あれ、術式を使ってたの?そんな気配なんてなかったけど・・・。」
「ああ、うん。私は魔術師だからね。術式なしだと勝負になるわけないじゃん。・・・いや、イケたかな?」
う・・・背筋がゾクっとするほどの魔力・・・。
「・・・千弦さん。貞操をかけた勝負はもうしないように。相手によってはどんな卑怯な手を使うかわかりませんから。」
仄香がものすごい怖い顔をしている。
すこし、魔力が漏れ出ているし。
「そうだよ。千弦さんは勝てたからいいけど、こういうのは負けるととんでもないことになるんだからね。・・・あ、いや、いまのナシ。」
「ナーシャ、あんた、もしかして・・・。」
「なし、ナシだってば!・・・あーもう。余計なことを言っちゃったよ。」
う~ん。
自分のことはどうでもよかったけど、琴音や友達が同じ事をしようとしたら止めるかな・・・いや、私ならその場で相手を撃ち殺すかもしれないな。
よし、二度としないことにしよう。
「ねえ、仄香さん。もし千弦っちが負けたらどうしてたの?まさか、海軍基地を焼き払うとか・・・?」
咲間さんが心配そうに尋ねる。
あ、そっちの可能性もあったのか。
「そんなことしませんよ。せいぜいシェイプシフターに代わりをさせるくらいです。」
「え?・・・二号さんって・・・オスだよね。デキるの?」
「ええ。穴も含めて外見だけは完璧ですから。・・・させたことはありませんけど。」
ヒャーっという黄色い悲鳴がオアフ島、真珠湾の空に響く。
ふと見れば、二三君は顔を真っ赤にして咲間さんの後ろに隠れていた。
・・・そうだよ、女ばかりだと思ってたけど、コイツがいるのを忘れてたよ。
次回「233 魔法帝国の家臣たち/桃と地獄の番犬」
7月1日 6時10分 公開予定。