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230 復活?「神話の桃」/古代魔法帝国の遺志を継ぐ者

 南雲 千弦


 7月21日(夜)


 あのあとも数ゲーム楽しんでからサバゲが終わり、術式付きゴーグルをつけて大活躍した(おさむ)君と二人、彼の従兄弟の蒼生(あおい)さんの運転する車で家まで送ってもらう。


 ・・・蒼生(あおい)さんはかなりのイケメンで、女装させたらすごく似合いそうな顔つきをしている。

 何歳なんだろう?何度か聞いたんだけど教えてもらえなかったんだよね。


 サバゲも強いし、千代田区外神田(秋葉原の一等地)にビルを所有してるくらいだから、かなりの資産家だろうし。

 結構モテそうなんだけどな。


 ゴーグルには所有者以外使えないようにセキュリティも組んだし、(おさむ)君には家族相手でも言っちゃだめだよ、と口止めしておいたから、まあ大丈夫だろう。


 自宅に到着し、お礼を言ってから別れた後、洗濯カゴに汚れた迷彩服やインナーを放り込む。


 うぇぇ・・・ブラもパンツも汗でビチョビチョだよ。

 約束の時間までちょっとあるし、シャワーでも浴びるか。


 自分の部屋に行って風呂上がりの着替えを持ってこようと階段を上がりかけたところで、琴音がリビングから顔を出した。


「あ、姉さん。遥香と仄香(ほのか)、それから咲間さん(サクまん)が来てるよ。まだ約束のちょっと前だけど。」


「え?ヤバ。シャワー浴びたかったんだけど。着替えたらすぐ行くから待ってて!」


「・・・それぐらいなら待っててくれるでしょ。シャワーだけならそんなに時間かからないだろうし。ほれ。急げ急げ。」


 ◇  ◇  ◇


 琴音の言うとおりにザバッっとシャワーを浴びて、急いで髪を乾かす。

 ん~!乾燥術式を使うと髪が傷むのよね・・・。


「ごめん!お待たせ!」


「おつかれ~。まだ約束の時間より20分も前だよ。あたしたちが早すぎたんだよ。」


 咲間さん(サクまん)・・・。

 自分の店のことが心配だろうに。


「ね、全員集まったし、始めようか。咲間さん(サクまん)のコンビニ、再生計画!」


「そうですね。じゃあ、琴音さん。司会進行役をお願いします。」


「ふふ、まかせて!・・・じゃあ、早速だけど、認識のすり合わせと現状の確認。それから・・・コンビニ本部との契約と・・・法律関係かな。」


「はい!私は咲間さん(サクまん)のお店で働いてるから、この前オーナーさんに頼んで教えてもらったんだけど・・・あ、そこの紙を・・・あ、ありがと。」


 遥香が元気よく手を挙げ、琴音が近くにあったプリンターからA4のコピー用紙と鉛筆をとって彼女に渡すと、遥香は自動書記術式を展開して・・・店舗の契約書を書き始めた。


「・・・おいおい、自動書記術式って・・・それに、契約書の内容を丸ごと覚えてるとか・・・まさか?」


「うん。こっちは記憶補助術式だね。何度か練習したら使えるようになったんだ。・・・琴音ちゃん、紙、あと5枚頂戴。」


 ・・・仄香(ほのか)に習ったのか?

 いや、仄香(ほのか)自身も驚いているところを見ると、独学か。


「そうそう、咲間さん(サクまん)のお店は、フラ適法の後にできたお店だから、本部による過剰な運営への介入は最初からないんだよね。」


 琴音が的確に情報を整理する。

 机の下から何枚ものプリントを出して、みんなに配っている。


 そのプリントによると・・・今回、特に重要なのは「フラ適法」だ。


 正式名称はフランチャイズ型店舗の運営の適正化及び過重労働の防止に関する法律。

 施行は令和4年、第一次九重内閣の時か。


 フランチャイズ本部の過剰な経営介入とオーナー搾取の抑制、地域経済の自律性確保を目的に作られた法律だ。


「この法律ができてからフランチャイズ契約の内容がずいぶん変わったんだよね。それまでは自由仕入れができなくて営業時間は固定だったのに、契約者に営業時間の設定と仕入れ選択の自由がある程度認められるようになったんだっけ。」


 琴音はプリントをもとに、リビングのホワイトボードに要点を書いていく。


「そうそう。あたしの母さんはフラ適法が施行されるのを待ってから契約したからね。おかげで24時間営業の強制は禁止されてるよ。まあ、ウチは、深夜営業は自治体の指導と住民同意があったからやってるけどね。」


 咲間さん(サクまん)が琴音に説明をしている傍ら、遥香が契約書の最後の署名部分を書いている。

 ・・・細かいな。


 あの法律ができてから24時間営業の店がゴソっと減って、深夜働いている人たちが結構困ったんだよな。


 ・・・しかも、参入しやすくなったと勘違いして脱サラした人たちが雨後の筍のように開店したおかげで、激戦区では逆につらくなった店もあるとか。


「よし!書けた。・・・ふう、右手が痛い。琴音ちゃん、回復治癒して~。」


「はいはい。それで問題なのはここか。ええと、『加盟店は本部スーパーバイザーの指導の下、商品の仕入れを行い、商品陳列を行う。』か。うん。これは本部が何を言おうが、フラ適法の10条で何とかなるね。」


 琴音は自動詠唱機構(オートチャンター)と無詠唱の術理魔法を組み合わせ、片手で遥香の手を治療している。

 ・・・すげぇ。


「契約自由原則の制限と仕入れ選択権だっけ? フランチャイズ契約において、本部は店舗経営者に対し、最低30%までの仕入れ自由枠を設けなければならない。ってやつね。」


 うん。琴音が何を言いたいのか、みんな完全に分かったらしい。


「そう。咲間さん(サクまん)のお店の仕入れ自由枠の状況ってどうなってる?」


「ウチは自由仕入れ枠はほとんど使ってないなぁ。金額ベースだと1%未満じゃないか?」


「よし。じゃあ、そこを目一杯まで使おう。ええと、あ、これか。完全自由仕入れが20%、自治体連携が10%、あとは・・・咲間さん(サクまん)のお店は商工会連携だから+10%か。」


 地産地消、地域経済連携、小規模事業者支援のいずれかを目的とする商品については、追加的仕入れが認められるっていう、あれか。

 でも、商工会連携は今回は難しそうだな。


「・・・盛り上がってるところ悪いんだけど、何を売るのさ?まさか、マジックアイテムでも作って売るつもり?」


 咲間さん(サクまん)の疑問も当然だ。

 売れるかどうかは考えていても、何を売るか、どう売るかはまだ何も言っていない。


「そのあたりは私と姉さんで考えるわ。・・・姉さんのことだから『こんなこともあろうかと!』って言うに決まってるわ。」


 それにしても琴音の私に対する絶対の信頼はどこから来るんだろう?

 まあ、考えてあるけど。


 咲間さん(サクまん)が首をかしげていると、玄関のほうからドアチャイムが聞こえる。


「お、来た来た。・・・はーい!どうぞどうぞ。」


 こんなこともあろうかと(いちじく)さんを呼んでおいたのだ。

 って言うか、琴音は私の考えていることがわかるのか?


「おじゃましま〜す・・・。おひさしぶりですわ。神香堂の(いちじく)です〜。」


「さ、(いちじく)さん。座って。・・・みんな、知ってると思うけど紹介するね。例のスラタヤサーヤナの再生に成功した(いちじく)さん。今回は仄香(ほのか)の秘薬から意富加牟豆美(オオカムヅミ)を再生してもらおうと思って呼びました!」


 ふふん。

 みんな驚いて声も出ないか。


「おおかむづみ!?まさか、あの伝説の!?神話に出てくる桃がほんまにあるん!?それって今、どんな状態なん!?まさか種!?それとも木のかけら!?あぁ、果汁だけでも十分やわ〜!!」


「うわぁ!・・・(いちじく)さんがこんなに食いつくとは思ってもみなかったな。ええと、仄香(ほのか)。説明を頼めるかな。」


 まさか(いちじく)さんも意富加牟豆美(オオカムヅミ)のことを知っているとは思わなかったよ。


「千弦さん。説明をする前に、一つ確認したいことが。・・・あなた、ナンバー・ナイン・・・古代魔法帝国『レギウム・ノクティス』の9番目の公爵家の血筋、ですよね。」


 ちょ、ちょっと。

 突然何を・・・え?なんだってー!


「・・・なぜそれを知っている。まさか、自称勇者(エドアルド)に連なる者ではなかろうな?」


 ・・・!

 それまで関西弁を使っていた(いちじく)さんの口調が、がらりと変わる。

 まさか、やっぱり似非(エセ)関西人なのか!?


 彼の着ているポンチョ状の上着から、何本もの枝のようなものが這い出し、ふわり、と花の香りのようなものが部屋に広がる。


自称勇者(エドアルド)なら私が殺しました。・・・いや、まだ生きてるかも。どちらにせよ、今頃はエッジワース・カイパーベルトを秒速数百キロで通過中ね。」


「は?あの、不死身の化け物を・・・倒した、のか?」


 おいおい、一触即発だったじゃない。

 まあ、敵じゃなさそうだけどさ。


「おーい。全く話が見えないぞー。私たちを置いてくなー。」


「あ、ごめんなさい。・・・(いちじく)さん。まずはおかけください。私たちはあなたに敵対するものではありません。いえ、正しく言うなら・・・ノクト・プルビアが復活しました。私は、彼の最初の母親です。と言ったらわかりますか?」


「なんと!・・・ではかの皇帝が生涯、身から離さなかったモノ、そして彼の傍らにあった女神の名前をご存じか?」


「ええ。水滴が描かれた玉石のペンダント。私が作りました。そして・・・名前を呼んではいけない女神。まあ、女神は受肉したのでその名前・・・『イルシャ・ナギトゥ』を呼んでも何も問題はありませんが。」


「く!・・・いや、確かに何も起きない。ということは・・・まさか、本当にノクト陛下は復活されたのか!」


 ・・・だから、話が見えないから。おいてかないでよ。


 ◇  ◇  ◇


 気を取り直して仄香(ほのか)(いちじく)さんの話を聞く。


 仄香(ほのか)の話によれば、古代魔法帝国がサン・ジェルマン率の命を受けた自称勇者(エドアルド)自称剣神サン・ワレンシュタイン、そして先代の自称聖女(サン・マーリー)に滅ぼされたとき、10個あった公爵家は世界中に散らばったんだそうだ。


 ちっ。

 三人パーティかよ。

 ロン◯ルキアの洞窟にでも潜ってろよ。


 教会の勢力が強い地域に残った5番目から8番目の公爵家は血が絶えた可能性が高いらしいんだけど、1から4、9と10番目の公爵家の血を引く家は代々続いているはずだと。


 で、それぞれ不思議な能力を代々伝えていて、(いちじく)さんが受け継いだ能力は、「プラントマスター」。

 つまり、植物に対する絶対的な支配と創造能力。


 あれ、似たような話、どっかで聞いたな?


「取り乱してしもて、ほんま面目あらへんわ。まさか、うちらの仇敵がもう倒されとったとはなぁ。それにな、噂で聞いとった皇帝陛下が復活してて、しかもそのお母はんが、今世界中で話題の魔女はんやなんて・・・ほんま、びっくりやで。」


 あ。関西弁に戻った。

 つまり、(いちじく)さんも仄香(ほのか)の子孫になるのか。


 世の中狭いようで広い・・・いや、待てよ?子孫って、相当いるんじゃないか?


 6800年前に子供が一人いて、50年、いや、100年ごとに結婚、出産を繰り返して平均一人くらい生んだとして・・・計算式は・・・。

 おおっと。計算するのは後でいいか。


「今は紫雨(しぐれ)、と名乗っています。女神は星羅(せいら)と。二人とも国立のアパートで暮らしていますから、近いうちに紹介しましょう。・・・ところで、本題に入ります。この薬・・・蓬莱の秘薬には、植物由来の成分が一つだけ入っています。抽出して、再生はできますか?」


 そういいつつ、仄香(ほのか)はポケットから螺鈿細工の香入れを取り出し、一粒の白い丸薬を手のひらに乗せる。


「・・・ちょっと見せてもらいましょか。・・・うん、せやな。桃によう似た植物の果汁やな。化学成分と・・・魔力?それらを安定させるために使こてるんやね。遺伝子情報は・・・欠けとるとこはあらへんわ。」


「「じゃあ!」」


 思わず琴音と声がそろってしまう。


「再生なんか、そない難しゅうあらへんと思いますわ。・・・まあ、スラタヤサーヤナなんて蜂に消化されてハチミツになっとったくらいやしね。それに比べたら、なんの問題もあらへんよ。せやな、一日もあったらできるやろ。」


「いよっしゃぁ!・・・ん?で、その、神話の桃が何の役に立つのさ?」


 咲間さん(サクまん)は一瞬歓声を上げたものの、すぐに素に戻ってしまった。


意富加牟豆美(オオカムヅミ)って、凄く美味しいんだよ。」


「そうそう、賞味期限が千年以上過ぎても、エルが絶賛するくらいにね。」


 慌てて琴音と二人、その桃の美味しさを力説しようとすると、思わぬところから不満そうな声が・・・。


「え!もしかして二人とも食べたことあるの!いいなあ~。私も食べたかったな~。」


 ・・・遥香、咲間さん(サクまん)、ごめん。

 私たちは薬だと思って舐めたんだ。

 断じて、美味しいものをコッソリと食べようと思ったわけじゃないのよ。


「と、とにかく、幻の桃を入荷したらお店の利益が上がるかな、と思ってさ。それに、モノがモノだから安くしなくても売れるでしょ?」


「そうそう。イザナギノミコトを守った桃だよ?みんな絶対食べたいって!」


「う、う〜ん?そう、なのか。」


 よし、押し切った!

 あとはどこかの農家と契約して畑を借りられれば!


「みなさん、盛り上がっとるとこ悪いけどな・・・種まではすぐ再生できるんよ。でもな、そこから育てるんはそんな簡単ちゃうで。桃栗三年言うやろ?」


「あ・・・。そうすると、すぐにはできないか。盲点だったわ。」


「・・・琴音。何言ってるのよ。仄香(ほのか)がいるじゃない。加速空間魔法よ。36倍速だったら3年が1か月。72倍速なら15日!144倍速だったらほとんど1週間よ!」


 ふふ、勝手知ったる他人の能力!


「・・・さすが、千弦さんはいろいろ考えますね。うん。とりあえずやってみましょう。それと・・・宗一郎さんにも声をかけておきますか。そうしないとグローリエルが後で何と言うか。」


 仄香(ほのか)も反対しないところを見ると、これはいけそうだ。

 よし、せっかくだから商品名も考えなくちゃ!


「マジか。ウチの店、何とかなりそう・・・なのか。」


「あ、咲間さん(サクまん)ところで、さっき言ってたフラ適法の自由仕入れ枠って仕入れ値ベース?売値ベース?」


「え?ああ、確か仕入れ値ベースだと思ったけど?」


「そっか。じゃあ、意富加牟豆美(オオカムヅミ)を1円で仕入れて1万円で売ってもいいんだね。」


「いや!?さすがに八百屋の仕入れ値くらいは払うよ!?」


 ゲラゲラと笑い声が響く。

 よしよし。

 ずっと私たちの力が及ばないことばかりだったけど、何とか世界に一矢、報いることができるかも。


 ◇  ◇  ◇


 7月22日(火)


 一学期の終業式が終わり、期末テストの順位が貼り出される。


 ・・・うげ。

 琴音に順位で負けた!?


 私、学年9位だよ!?

 今回初めて一桁順位をとったのに!

 琴音は・・・7位!


 攫われた挙句、脳みそを(いじ)られたのが悪かったのか!?


 ぐ、ぐぅぅぅぅぅ!

 琴音との間に一人いる!誰だ!


 あれ・・・9位は、咲間さん《サクまん》?

 嘘!琴音のやつ、咲間さん(サクまん)に勝ったの!?

 でも、咲間さん(サクまん)、どこか調子でも悪かったんだろうか?


「すげーな。また久神さんは全科目満点で一位。おお?双子そろって学年順位一桁かよ。・・・あ。石川のやつ、ちゃっかり順位が上がってる。75位だってよ。」


 ・・・なんだ、時岡君か。

 (おさむ)君は・・・あっ。前のほうにいる!


(おさむ)君!やったじゃん!前回は順位表に乗ってなかったのに、今回は上位100人に入るなんて!」


「・・・いや、頑張ってるんだよ。千弦と同じ大学に行きたくてさ。」


 うひゃっ!

 ヤバい。おへそのあたりがキュンとしちゃったよ!


 (おさむ)君の手を引きながら校門へと向かう。

 (おさむ)君が私と同じ大学に行こうと頑張ってくれていることがものすごく嬉しくて、琴音に順位で負けたことの悔しさが吹っ飛んでしまった。


「にゅふ、にゅふふ・・・(おさむ)君。このまま遊びに行っちゃおうか。鶯谷(うぐいすだに)とか。」


 カバンの中には近藤さん(コンドー〇)待機(常備)している(ある)

 あれからまだ一度も使ってないけどさ。


 頭の中を妄想でピンク色に染めていると、校門のほうから琴音の声が聞こえる。

 琴音と、咲間さん(サクまん)、それから遥香か。

 仄香(ほのか)はいないのか。


「おーい!姉さん!これから原宿に行くんでしょ。・・・あれ?(おさむ)君も来るの?」


「あ、いや、俺はこれからちょっと用事があって・・・。後で連絡するよ。」


 (おさむ)君は私の手を優しく離して、駅のほうに向かって歩いて行ってしまった。


 ・・・琴音。

 なんて邪魔なことを・・・!

 あれ?咲間さん(サクまん)、ずいぶん顔色が悪いな?

 いや、ここのところずっとか?


咲間さん(サクまん)。大丈夫?仄香(ほのか)さん、呼ぼうか?それとも、今日はやめにする?」


 まあ、遥香の身体があれば仄香(ほのか)は回復治癒魔法が使えるけどさ。

 あの日かな?それにしては症状が違いそうだけど。

 よし。右目で鑑定しよう。

 ・・・あれ?ケガも病気も反応しないけど・・・?


 咲間さん(サクまん)の歩くスピードに合わせてゆっくりと駅に向かう途中、私より順位がよかったことを感じさせないような声で、琴音がぼそりとつぶやく。


「姉さん。今回のテスト結果もそうだけど、咲間さん(サクまん)、かなり心労がたまってるみたいなんだよ。お店のことだけじゃなくて、例の事件のことでもかなり精神的に参っているみたいで。」


 ・・・そうだ、失念していた。


 去年の修学旅行までは咲間さん(サクまん)は魔法も魔術も知らないただの女子高生で、突然、私たちや仄香(ほのか)、遥香のことを聞かされた挙句、いきなり私たちが誘拐されたり死んだりしたから・・・!


「ごめん、昨日、ちょっと寝つきが悪くて。でも、大丈夫。二人とも元気だし、二号さんや仄香(ほのか)さんのおかげで店も何とか持ってるから。」


 店より、私たちのことが先?

 まさか・・・。


咲間さん(サクまん)、例の事件の時、向陵大学病院の病室に避難してたって言ってたよね。もしかして、琴音の部屋の近く?」


「え?姉さん、何を?」


「黙って。・・・咲間さん(サクまん)。もしかして、見た・・・の?」


 咲間さん(サクまん)の顔色が一瞬で変わる。

 まるで、何か、こみ上げるものを抑えているような。


「・・・見た。あたしの、親友が、誰もいなくなるかと、思った。あの時、廊下にいたんだ。・・・コトねんの、背中から飛び散った・・・赤いものが・・・あたしの寝衣に・・・うぷ・・・げえぇぇえ・・・。」


 咲間さん(サクまん)は口元を押さえようとしたが、間に合わず歩道の植え込みの中に頭を突っ込む。

 ・・・胃液しか出てないじゃん。

 眠れないだけじゃなくて、何も食べてないの?


「琴音!精神安定系の魔法を早く!ごめん、咲間さん(サクまん)。いやなことを思い出させて。・・・今日は中止にしよう。」


「けほっ、けほっ。いや、大丈夫。店のことも大事だし、何度もみんなに迷惑をかけられないから。ちょっと、だんだん思い出してきちゃっただけ。」


 琴音が慌てて鎮静魔法を使うも、顔色がなかなか戻らない。

 これは、かなりヤバいな。

 ・・・そうだ!


仄香(ほのか)。今どこにいる?》


《すでに(いちじく)殿の店にいるぞ。いや、素晴らしいな。あっという間に意富加牟豆美(オオカムヅミ)の種を復元してくれた。桃の種を加工して作るらしいんだが、これは魔術というか、超能力の一種で・・・。》


《ごめん、必要なことだけ聞かせて!蓬莱の秘薬はまだある?》


《ああ、まだ3錠残ってるが・・・だれか怪我でもしたのか?》


咲間さん(サクまん)がフラッシュバックを起こしたの。琴音のバカが自殺したとき、廊下にいたんだってさ。飛び散った肉片が病院のパジャマについたらしくて、かなりの心的外傷(トラウマ)になってる。テスト休みを挟んで会えなかったせいで一気に悪化したみたい!》


《なんだって?今すぐそちらに行ったほうがいいな。今どこだ!》


《西日暮里駅の近くだけど、さすがにここじゃ長距離跳躍魔法(ル〇ラ)を使うと目立ちすぎる。(いちじく)さんの店に直接連れて行くから、事務所でもなんでも休めるようにしておいて。》


《よし!分かった!(いちじく)殿には伝えておく。くれぐれも気を付けて来いよ。》


《うん。・・・じゃあ、またあとで。》


 ふう。混乱している割に必要な情報だけを伝えられたか。


「千弦ちゃん、どうするの?」


 遥香が心配そうに咲間さん(サクまん)の背中をさすっている。


(いちじく)さんの店で仄香(ほのか)が待ってる。蓬莱の秘薬があと3錠残っているから、咲間さん(サクまん)にも飲ませるよ。」


 まったく、琴音のバカ。

 ・・・まあ、立場が逆だったら、私も同じことを・・・いや、しないか。

 私だったら自殺する前に報復することを考えそうだな。

 それこそ、仄香(ほのか)と同じように。


 血の気がすっかり引いた咲間さん(サクまん)と、完全に意気消沈してしまった琴音を連れて山手線に乗る。

 はやく、原宿に・・・ああくそ!山手線にも急行があればいいのに!


 ◇  ◇  ◇


 南雲 琴音


 神香堂((いちじく)五郎の店)


 なんて、バカなことをしてしまったんだ。

 私のせいで、みんなが苦しんでいる。


「よし、咲間さん(サクまん)には蓬莱の秘薬を飲ませました。これでしばらくすれば気持ちが楽になります。」


 仄香(ほのか)の蓬莱の秘薬がなかったら、咲間さん(サクまん)は心的外傷後ストレス障害を抱えて生きる可能性があったのか・・・。


「・・・もう、死にたい。」


 思わず口をついて出る。

 その言葉がダメだというのに。


「あんたバカなの?そうやってホントに死んだから大変なことになってるんでしょう?・・・もう私は死なないから大丈夫。例え、首だけになっても帰ってくるから。実戦証明済みよ?」


 姉さんはおどけて言うけど、私は姉さんほど精神的に強くない。

 もし同じ事がまた起きたら・・・。


「ふう。効くねぇ。これ、マジで頭がさっぱりするよ。何かヤバい成分、入ってるんじゃない?」


「いえ、意富加牟豆美(オオカムヅミ)の果汁と、禁薬(الإكسير)(エリクサー)と神酒(ソーマ)だけです。」


「え、えりくさぁ?マジか。伝説級のシロモノじゃん!しかも美味いし。うわー。これ、うちの店が繁盛する未来しか見えないんだけど~!」


「さすがに禁薬(الإكسير)(エリクサー)と神酒(ソーマ)は売りませんよ?それに、混ぜ物のない意富加牟豆美(オオカムヅミ)のほうが美味しいですし。」


 咲間さん(サクまん)は顔色もすっかり良くなって、遥香や仄香(ほのか)と笑いながら話をしている。


挿絵(By みてみん)


 ・・・私も、姉さんを失ったと思い込んだ時の心の痛みは洗い流せたと思う。

 でも、自殺した罪がずっと追いかけてくる。

 キリスト教でもあるまいし。


 ズン、と沈んだまま、一人下を向いていると、お店の入り口にある来店チャイムが軽やかなメロディを奏でた。


「マスター。いる?宗一郎連れてきた。」


 っ!

 エルと、宗一郎伯父さんだ。

 ・・・私のせいでこの二人も蓬莱の秘薬を飲まなきゃならなかったんだ。


 もし、秘薬がなかったら。

 もし、姉さんの魂に私の魂が混線していなかったら。

 もし仄香(ほのか)の蛹化術式がなかったら。


 取り返しがつかないことをしてしまったのか。

 ・・・世界が、グルグルと回り始める。


「・・・琴音。簡単なことよ。早く謝っちゃえ。そんでもって、同じことがあったら次はどうするか決めればいいじゃん。・・・なにより、私たちは生きてる。取り返しがついたことは、失敗じゃない。経験だ。」


「でも!」


「誰かのおかげでもいい。偶然でもいい。取り返しがついたことをいつまでも悔やむな。でも感謝だけは忘れちゃだめ。それに、取り返しがつかないことは何をしたって取り返しがつかない。悔やんだって何も変わらないんだったら・・・紫雨(しぐれ)君にいっぱい抱いてもらえ。彼のほうがよほど取り返しがつかない世界で生きてる。・・・当然、仄香(ほのか)もね。」


 紫雨(しぐれ)君に抱かれた時のことを思い出し、ドクンっと胸が跳ね上がる。


「姉さん・・・わかった。この後、時間をもらえる?」


「ん?そんなに構えなくても。・・・ま、いいか。好きにすれば。」


 取り返しがついたものは失敗じゃない。経験だ、か。

 うん。覚えておこう。


 ◇  ◇  ◇


 私が悩んでいるうちに、(いちじく)さんが発芽に成功したらしく、店の裏で大騒ぎをしている。


 それにしてもこの店、さっきから全くお客が来ないけど儲かってるのか?


「うわ!すごい勢いで育ってる!これ、もう畑に植えたほうがいいんじゃない?」


「そうだな。よし、うちの会社と提携してる川崎の農家が一つ、高齢で今年中に廃業するんだ。来年から畑を貸してもらえないか打診してみようか。」


 宗一郎伯父さんが提案する。

 そうか、川崎なら地産地消、地域経済連携、小規模事業者支援が目的になるから自由仕入れ枠を目いっぱい使えるね。


「畑の契約が出来るまでだと結構かからない?それまではどうするの?」


「長野のほうでよければママの実家があるよ。確かずいぶん前に何かを育ててた畑があるって言ってたけど。」


「そういえば香織さんのご両親が亡くなった時に耕作を放棄してから、そろそろ20年以上経つって言ってましたね。農業系の眷属を召喚して開墾しなおしましょうか。初年度はそれで(しの)ぎましょう。」


「じゃあ、農業系の会社を(おこ)さなきゃ。代表は誰にする?咲間さん(サクまん)?それとも遥香?それとも・・・エル?」


「社長・・・私は無理。料理するのと食べる係ならやる。」


「え?いや、あたしは何もしてないし。宗一郎さんでいいんじゃない?」


「いや、さすがに女子高生の会社を乗っ取ったら周りから何を言われるか・・・遥香ちゃん、社長になってみる?」


「絶対無理!・・・千弦ちゃんと琴音ちゃんでやればいいと思う。だって、問題を整理したのは琴音ちゃんだし、解決したのは千弦ちゃんじゃん!」


 ま、姉さんなら社長もできそうだね。

 そう思って口を開きかけた瞬間。


「よし!南雲琴音社長!あとはよろしく!ねえねえ!そんなことよりまずは一本、実がなるまで育てようよ!そんで、色々食べてみようよ!」


 ・・・完全にこっちにぶん投げやがった。


 ほとんどなし崩し的に意富加牟豆美(オオカムヅミ)の生産会社の社長を押し付けられ、多数決という数の暴力に流される。


 姉さんのアイデアで、まずは意富加牟豆美(オオカムヅミ)を一本促成栽培し、問題がなければ初年度だけ、長野にある遥香の母親の実家で仄香(ほのか)の眷属が育てることになったよ。


次回「231 エルの新たなる門出/小さな姉さん女房」

6月28日 12時10分 公開予定。

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