23 再襲撃1/魔女の不在証明
この世界では、旧国鉄の民営化に失敗しています。
ですので、JRもなければ、東京メトロもありません。
あるのは日本国有鉄道と帝都高速度交通営団地下鉄、そして郵政省です。
基本的に令和の日本に準ずる世界観ですが、少しずつ差異があるのを探してみるのもよいと思います。
・・・あと、国際情勢もね。
9月23日(月)
南雲 千弦
遥香に古い布を返し、余計なことを言わないように言い含めてから、琴音の病室から出てきた台車にバケツやらバスタオルやらを載せて押している金髪ピアスの看護師とすれ違った。
多分、両足骨折で左脇腹に風穴があいた琴音が入浴できないからということで、清拭を大叔母様が手配してくれたのだろう。
大叔母様の病院は進んでるな。看護師もファッション自由とは。
「お疲れ様でーす。」
「あら、琴音さんのお姉さんね。今体拭き終わったから、ご両親にもよろしくね。」
そんな話をしながら、金髪の看護師を見送ると、遥香が手をつかんで止めてきた。
「あの看護師、顔見知りか?」
「いや?初めて見たと思うけど。」
なんだろう。遥香が怖い顔をしている。
「あの看護師、屍臭と認識阻害術式の気配がした。・・・教会の奴らの仲間か?いずれにせよ、もう近くまで来ているな。このままだと琴音を巻き込むかもしれん。適当なところで一人になって、連中に備えたほうがいい。」
「敵ってこと?」
「いや、まだ戦うと決まったわけではない。ただ、少なくとも私はその場にいられない。いても役に立たない。十分に準備をして向かえ。」
準備って・・・。覚えたての雷撃魔法と術弾9発のCURVEでどうしろってのよ。
「お、戻ってきたか。久神さんだっけ?琴音のお友達の。」
バイオリンケースをぶら下げた師匠と、コンビニのレジ袋にペットボトルやお菓子を満載した母さんが戻ってきた。
「あ、あらためまして、琴音さんの隣の席の久神遥香と申します。転校してきてから琴音さんにはお世話になりっぱなしで。こちら、つまらないものですが。」
遥香がどこからともなく菓子折りを取り出し、母さんに渡した。いったいどこにしまっていたんだろう?
「あらー。これはこれはご丁寧にありがとうございます。さ、入って入って。」
「お、若いのにえらいねぇ。感心感心。」
師匠、ソイツこの中の誰より年上だよ。たぶん、世界最高齢だよ。
「失礼します。琴音さん、お見舞いに来ましたよ。」
ほんとにコイツ、外面切替が早いな。
琴音と遥香がわちゃわちゃとじゃれあっている横で、師匠がバイオリンケースを私に押し付けてきた。
「ししょー?私バイオリンなんて弾けないよ?」
「いいから開けてみろ。」
ケースのパッチン錠を開けると、バチン、と重厚感のある音がする。
「うわぁ。ガン〇リンガーガールみたい。」
バイオリンケースの中には、新品のP90、いわゆるPDWが収められていた。
「うわー、すごい。高かったんじゃない?これ?」
「まあな。本体価格はたかが知れているが、術式を刻むのと術弾だけで夏のボーナスが半分吹っ飛んだよ。」
「これはすぐ使えるの?」
「ああ、安全装置を外して魔力認証を行えば、すぐにでも使える状態だ。」
バイオリンケースから出して構えてみる。
「ほお、これは。」
「新式術弾発射装置だ。今までの魔力貯蔵式セミオート式ではなく、初の装備者の魔力まで使うフルオート式だ。」
宙に翳してみると、恐ろしく細かな、かつ堅牢な術式が組まれていることがわかる。
「装弾数は300発。リチウムポリマーバッテリーで連射速度は一分間に900発。もはや、魔力のないただの魔術師には扱えない代物だ。」
「術弾は?」
「指向性炸裂、瞬間硬化、安全切替機構の三重構造。」
「バレルの術式は?」
「銃身は初速が上がった高速射出術式に加えて弾道安定術式を搭載している。」
「弾種の切り替えは。手動それとも自動?」
「光学サイトで照準補正術式だけでなくターゲットの性質に応じて術弾の指向性炸裂と瞬間硬化の術式を自動で切り替えられる火器管制術式を搭載している。」
「予備マガジンは?」
「ケース内の本体の下側に2本。術弾は装弾済み。合計900発だ。」
「パーフェクトだよ、ししょー。」
「感謝の極み、って何をやらせるんだ。とにかく、反動だけは実銃の5.7mmよりもあるから気をつけろよ。当然だが魔力を込めなければただのエアガンだ。それと、万が一職質に会ったら、このカードを見せて記載された連絡先へ電話しろ。」
師匠が一枚のカラフルなカードを渡してくる。
「これは?『レンジのメイド』?」
「シューティングレンジ付きメイド喫茶のアルバイト用身分証明書だ。大学の同期が秋葉原で経営している。職質に会ったときはそのカードを見せてアルバイトの帰りだと言え。エアガンは仕事で使うコスプレ用の小道具だと言っておけば、一応正当な所持理由になるだろう。」
うわあ。知らない間にコスプレメイド喫茶でアルバイトすることになってるよ。
それにしても、これだけの火力があれば、相手が魔女でもない限り、何とかなりそうな気もする。
まさに渡りに船だ。
「・・・完全に実戦仕様じゃん。」
「当然だろ。お前、この前左腕落とされたんだからな。次は落とされるなよ。」
師匠がまるでジョークのように言うが、こっちは笑えない。
「これだけ人相が悪い千弦がそんな店で働けるわけないでしょうに。それにウチの子をどこの国と戦争させる気なんだか・・・。」
私と師匠の話を横で聞いていた母さんが、あきれたような顔をしている。
・・・人相が悪いって、あんまりじゃないか!?そりゃあ、男子に目つきが悪いとは言われたことはあるけど・・・。
「いや、姉さん、この前千弦が大ケガして帰ってきたろ?備えあれば憂いなしっていうじゃないか。戦う力があるけど使わないのと戦う力がなくて使えないのとは雲泥の差があるわけだし・・・。」
母さんが師匠に文句を言っている横で、同梱されていたマニュアルに目を通す。
どうやら、一般的な電動エアガンのようだ。
違いがあるとすれば、やたらとごつい光学サイトが載っていることと、フレーム全体に金で縁取られた彫刻がなされていること。
「千弦さん。そろそろお時間ではないですか?」
遥香がこちらに目配せしてくる。
「ああ、そうだね。遥香はゆっくりしていってね!!!」
いけない。少しトゲのある言葉だったか。遥香が顔を伏せて震えている。
・・・笑っている?コイツ、変なところにツボがあるんだな。
「千弦。何か用事でもあったのか?」
「うん、手品部の部員と文化祭準備委員会に提出する報告書の打ち合わせがあったんだ。この近くで待ち合わせだから、ちょっと行ってくるね。」
受け取ったばかりのバイオリンケースを肩から提げ、腰のポシェットに聖釘を入れて病室を出る。
「千弦~終わったらまっすぐ家に帰るのよ~。」
母さんの声が聞こえる。
うん。人相が悪い娘が五体満足で帰れることを祈っていてよ。
◇ ◇ ◇
同日 午後4時
大学病院を出て、国鉄千駄ヶ谷駅の方に歩く。
交差点で国鉄ストライキのデモと警官隊の睨み合いを見ながら、千駄ヶ谷駅を通過し、新宿御苑千駄ヶ谷門に到着した。
閉園時間まで、後1時間ほどしかない。
この時間になると、入場する人はほとんどなく、帰る人ばかりだったが、かまわず入園料の250円を支払い、御苑内に入る。
国鉄の労働組合が公園内のいたるところに立てている「民営化反対!」や「中抜きやめろ!」と書かれたのぼりを横目に、ストライキの連中から離れた四阿のベンチで時間が経つのを待った。
「あら~千弦さん?かしら?こんなところで誰かと待ち合わせ?」
突然、金髪でピアスだらけのパンクなお姉さんに声を掛けられる。同じような格好をした、背の高いすらっとした男性と一緒だ。
ああ、琴音の担当の看護師さんだ。
「ああ、琴音の担当の看護師さん、でしたよね。ええ、姉のほうの千弦です。待ち合わせというか、待ち人来たらず、というか・・・。看護師さんはもうお仕事終わられたんですか?」
一緒にいる男性は、彼氏だろうか。サングラスをかけているので表情がよくわからない。
すると、看護師さんが四阿の入り口を塞ぐような形で立ち、ショルダーバッグから黒い短杖を取り出す。
「黒川よ。本業はこれからよぉ。まさか双子の妹のほうを間違えて襲うとはね。しかもただの魔法使いに返り討ちにあうなんて。アチェリは間抜けよねぇ?」
「まさか琴音を襲った連中の!」
素早くバイオリンケースからP90を抜き放ち、安全装置を外す。
黒川の体に殺気と魔力が膨れ上がる。
「あはっ。魔女が人間のふりをして。クドラク。取り押さえなさい。手足の二、三本は千切ってかまわないわぁ。」
クドラクと呼ばれた男が低く構えをとった瞬間、私はかまわずP90のセレクターを全自動にして、トリガーを最後まで引き切った。
「ガイアよ!万物の揺り籠をおすものよ!汝が愛しき神子を悪しき獣の牙から守り給え!」
黒川が詠唱を終えると同時に、土壁が黒川とクドラクを守るように地面からせり上がる。
術弾は、その土壁に次々と着弾し、相当の厚さがあるであろうそれを、やすやすと打ち抜いた。
土ぼこりの向こうで黒川が叫んでいる。
「ちょっと待ちなさいよ!魔法じゃなくてそんな機関銃みたいな武器を使うなんて聞いてないわよ!」
コイツ、何を言っているんだ?
この程度の攻撃なんて、府中で遥香に襲われた時のことを考えれば、お遊びみたいなもんだぞ?
四阿から出て、近くの木に身を隠し、黒川に声をかける。
「黒川さんだっけ?悪いんだけど私たちは魔女じゃない。琴音に聞いたんだけど、私たちのことを魔女だって言って襲ってきているんだって?」
ふいに、頭の上が暗くなる。
反射的に飛び退くと、ゴォッという音とともに、クドラクと呼ばれた長身の男が柄の長さが2メートルもある斧のような槍のようなものを、今まで私がいたところに振り下ろした。
「問答無用だ、魔女よ。話なら唐竹割りにして、聖釘で封印してから聞いてやろう。」
1対2かよ。っていうか、縦に両断されたら話せないでしょうが。
せめて横にしなさいよ。
まったく、これでP90がなかったら、どうにもならなかったぞ。
残暑の暑さによる汗とは明らかに違う、粘り気があるような汗が手のひらを濡らす。
それにしても、先ほどから妙な違和感がある。
「クドラク!取り押さえて!聖釘で封印する!」
やっぱりそうだ。あの遥香の力を見た後では、コイツ等がものすごく弱く感じてしまうのだ。
腰だめにした長い斧を振りながら迫ってくるクドラクに向けて、再度P90を斉射する。
照準補正術式が正しく動作し、その胴体に当たった術弾は威力を発揮し、肉片を撒き散らしながらクドラクは吹き飛んだ。
「これって、炸裂術式!?電動ガンで術式ばら撒くなんて聞いてないわよ!」
まあ、そうだろうな。
オモチャと魔術を組み合わせる変人なんて師匠くらいだろうしね。
それでも、クドラクは立ち上がることをやめない。
痛くないのだろうか。
・・・さっきから、肉片は飛び散っているのに、一切血液が流れない。
コイツ、本当に人間か?
クドラクの斧の隙間を縫うように黒川にも術弾を叩き込む。
ところが、どうやら黒川は土を自在に操るような魔法を使うようで、さっきから土壁を次々と作り出し、こちらの術弾を遮っている。
まったく、ウザったいことこの上ない。
術弾はクドラクに当たる時には指向性炸裂に、土壁に当たる時には硬質化に切り替わる。
クドラクの肉を削り、黒川の土壁を次々と砕いて行く。
流石は師匠の術式だ。
素晴らしい効果を発揮しているのが分かる。
私の手は震えていた。でも、不思議と心は冷静だった。
「きゃあぁぁぁ!聖釘があるのに全然威力が下がらないじゃない!」
砂煙の向こうで黒川が叫んでいる。
それでもなかなか勝負がつかないのは、クドラクの猛攻と信じられないほどの打たれ強さ、そして黒川の正確なサポートのなせるわざか。
しかし、それでもこの程度の戦力であの遥香をどうにかできるとでも思っているのだろうか。
それとも、聖釘はそこまで魔女の力を抑えるというのだろうか。
一か八か、賭けに出る。
「聖釘で封印、ね。聖釘ってこれのことだよね?」
腰のポシェットから、聖釘を取り出し、右手に持って見せる。
瞬間、戦場に異常が走る。
右手の聖釘アンカーには、何の変化もない。
痛みも、呪縛も、一切の制約もなかった。
「黒川!魔女が聖釘に手を触れた!呪縛しろ!」
クドラクが叫び、黒川が詠唱に入る。
「ガイアよ!万物の揺り籠をおすものよ!汝が腕をもって猛る獣を褥に誘え!」
詠唱が終わると同時に、四方から土の壁が迫ってくる。
「雷よ!敵を討て!」
黒川の魔法が完成する前に、覚えたての雷撃呪文を渾身の魔力を込めてぶっ放す。
電信柱くらいの長さと太さの蒼い雷撃が土の壁を容易く叩き破り、黒川をかばうように立ったクドラクの胴体に着弾する。
「うそ!なんで!聖釘を持ったまま魔法が使えるなんて!」
胴体が黒焦げになってその場に倒れたクドラクの横で、右足の半分以上を黒く焦がし、短仗を叩き折られた黒川が狼狽している。
「ふふふ、見たか。私は・・・魔女じゃないって・・・言ったでしょうが。」
そう言って黒川の前に聖釘を放り投げる。
自信たっぷりに言葉に出そうとしたが、ものすごく体が重い。
っていうか眠い。
立っていることもつらい眠気に耐えながら、P90を構え、黒川に照準を合わせる。
「・・・あなた、ホントに魔女じゃないの?」
黒川は、這いずるように私が放り投げた聖釘を拾い、それが本物であること確認しながら、驚きと戸惑いの表情を浮かべながらそう言った。
「さっきから・・・、そう・・・、言ってるでしょうが・・・。」
もう立っていられない。それに、遥香は「聖釘を教会に渡さないでほしい」と言っていたが、それは無理っぽい。
「黒川。退くぞ。」
先ほどまで倒れていたクドラクが起き上がり、黒川の前に立つ。
そんな。全力でぶっ放したのに効いてないなんて。
「ちょっと・・・待ちなさいよ・・・。その杭、預かり物なのよ・・・。置いてきなさいよ・・・。」
いけない。自分でも何を言っているのか分からない。
「なに馬鹿なこと言ってるの。これは私たち教会の遺物よ。きっちり回収させてもらうわ。」
黒川が右膝を地面につけたまま、こちらに折れた短杖を向ける。
「待て、黒川。魔女でないのであれば戦う意味はない。あと、その聖釘はおいていけ。二本も近くにあったんじゃ、俺の身体が持たない。」
クドラクの身体から光の粒子が漏れ出ている。
「えぇっ?あなた、まさか浄化されかけてるの!?」
「余計なことは言うな。いいからこの場は退くぞ。」
「千弦ちゃん。聖釘は後で回収させてもらうわよ?」
黒川は私が投げた聖釘をその場に放り出し、クドラクに手を伸ばした。
空いている方の左手で中指を立ててやる。
「・・・その前に・・・慰謝料、持って来なさいよ・・・。」
いよいよ意識が飛びそうになる中、クドラクの肩に担がれた黒川が、悔しそうにこちらを見たまま去っていくのを見た後、P90を構えたまま視界は暗転した。
教会にとって聖釘は数が少なく、替えの利かない貴重な遺物ですが、誰も破壊することができないという思い込みが、その扱いを少しだけ雑にしています。
また、教会は聖釘の場所がわかる特殊な術式を組んでいるので、アチェリや黒川のような「魔女かどうかまだハッキリしていない相手」に対する鉄砲玉にも持たせてしまうんですね。