229 水面下の策謀/遺伝子に残る笑顔
九重 健治郎
ウラジオストック ポクロフスキー公園近くの病院
7月18日(金) 午前2時
特別搬入口から地下へと降りる階段を一段ずつ確かめるように踏みしめる。
・・・コンクリートの無骨な壁に沿って、モーターの軸がぶれているのか、ガタガタと不快な換気口の唸りが響いている。
薄暗く、物置のように雑多なガラクタが放置された部屋の中には一人の男がいた。
・・・コードネーム「スラヴァ」。
たしか、本名はヴャチェスラフ・スミルノフ、だっけ?
こいつは、一昨日までソ連KGB第13局に所属していたが、実際は10年前の政変の際に自分の伯父が冤罪で国を追われてから祖国を見限っていた男だ。
その伯父については、のちに冤罪の疑いは晴れたものの、当時の担当者の不手際で日本に亡命した後、暗殺されてしまったが・・・。
まあ、つまりは、陸情二部が仕掛けた二重スパイだ。
「待たせたな、スラヴァ。」
「遅いな、Полковник。東側ではこの時間、もう銃声が鳴ってるぞ。」
「すまんな。で、例のものは?」
スラヴァは無言で手袋を外すと、小型の金属筒を差し出す。
「ナノフィルム化されたマイクロデータが収められている。暗号化されたファイル名は『St.Germain』。パスワードは知らん。というか、すでに別の者が知らせてあるだろう。」
ああ。
すでにパスワードは入手済みだ。
「・・・やはり生きていたか。教皇サン・ジェルマン。」
「死んでいてくれたら楽だったんだがな。」
スラヴァは苦々しい顔で吐き捨てるように言う。
その気持ちはよく分かる。
教会などというものさえなければ、ソ連が魔女にケンカを売ることもなかっただろうに。
・・・まあ、魔女本人と話してみると普通に話は通じるし、何かやってしまっても誠心誠意をつくして謝れば許してくれる、ほとんど外見通りの可愛い女の子なんだけどな。
だが・・・。
その力は人類が持つすべての火力を束ねても届かない。
衛星写真で見た、教会の本拠地があるとかいうスイスの山中に空いた穴は、地殻まで叩き割られているほどのシロモノだったが・・・。
「例の魔法でも奴を殺せないのか。あるいは、次の身体にでも移ったのか?・・・とにかく、ドルゴロフも既に奴の傀儡だろう。お前の祖国は、もうかつての祖国じゃない。」
スラヴァの表情は動かない。
ただ、俺の言葉に頷くだけだ。
「クソみたいなあの国のことはどうでもいい。それより俺の家族の受け入れは?」
「明朝、ウラジオストック沖に偽装した海軍の補給船が待っている。それに、二人はすでに陸情二部がエスコート中だ。それと日本に着いたら、お前と家族には新しい戸籍をくれてやる。いまのうちに名前でも考えておけ。」
スラヴァの目にわずかな涙が浮かぶ。
「すまん、恩に着る。Полковник Кудзюдзэ。」
「・・・さすがにお前の護衛はできない。何とか自力で逃げろ。」
スラヴァに偽造パスポートといくらかのルーブルと日本円、拳銃と弾薬の入ったカバンを渡し、地上に出る。
俺は、受け取ったばかりのデータをジャケットの内ポケットに放り込み、近くの公園に入る。
そのまま、公園のベンチでカップルを装っていた高杉と三上と合流する。
そして、港に向かって歩いていく。
ドローンによる追跡を防ぐため、認識阻害術式を展開する。
だが、高杉が一瞬息を飲み、同時に三上の気配が変わる。
「九重大佐、別動隊からです。後方で動きがあった模様。数は六。すべて人民武装偵察部隊の標準装備です。」
「来やがったか、国安部第九局・・・。だが、魔力反応はない。」
彼らは風の音すら感じさせない精鋭だという。
中国の情報機関も、教会の影に気付いたか。
だが、魔法も魔術も使えない只人風情が。
俺に勝とうなど100年早い。
しかし、中国は政府どころか国土すらまともに残ってないというのに、よく頑張るものだ。
・・・今さらのことに思わず笑いそうになってしまう。
「ま、あいつらに張り子の条約機構の真実を教える義理はねぇな。」
部下が先行し、偵察を行う。
俺はその隙に地面に術式を刻んでいく。
・・・この方法、千弦が思いついたんだよな。
「・・・大佐。いつでもどうぞ。」
素早くその場を離れ、公園の敷地から大通りへ歩き出す。
・・・ふん。
奴ら、人目を気にして堂々とは襲えないか。
・・・そろそろか。
奴らが公園から外に出ようとした瞬間、公園の敷地全体が淡く青く輝き、一瞬だけ風景をぐにゃりと歪めた。
どさ、という音が公園全体から連続して響く。
「大佐。監視班から、敵全ての無力化を確認した、とのことです。・・・それと、スラヴァが無事離脱したと。」
「・・・そうか。せっかくだ。ウラジオストックの当局に知らせてやれ。どうせ明日の朝になっても気絶したままだろうしな。」
ふふ、これが不和の種になれば儲けものだ。
条約機構内でさっそくギクシャクするがいいさ。
◇ ◇ ◇
7月19日(土) 午後10時
陸軍市ヶ谷庁舎・陸情二部
別調地下施設
機密区画の重い防弾扉を静かに閉じる。
「九重大佐。彼を3番の部屋に待たせてあります。」
「ん。ご苦労。・・・いかんな。また待たせたな。」
足早に奥に進み、木製の簡単な造りの扉を開ける。
ここはコンクリート打ちっぱなしの狭い部屋ながら、必要な通信機器や会議用の機材を詰め込んだ別調のブリーフィングルームだ。
・・・取調室、というよりも漫画喫茶の少し大きめの個室に近いかもしれない。
俺は書類の束を机に広げ、正面に座る痩せた若い男の顔を見る。
・・・スラヴァは少し顔色が悪いようだ。
それはそうか。
元KGBにとっては、ここかつての敵の本拠地だ。
たとえ、今は命を賭けて協力する仲だとしても。
それにしても、よく一日と数時間でここまでたどり着いたものだ。
この行動の早さ、むしろウチの連中に教えてほしいくらいだ。
「待たせたな。こちらが、日本国政府が発行した特別永住許可証と仮住居の書類だ。」
俺は事務的に、なるべく言葉に感情を乗せずに書類の束をテーブルの上に置いた。
スラヴァは震える手で紙を取り上げ、一枚ずつ目を通していく。
「・・・これは、嘘だ。こんな早く・・・?」
目が泳ぐ。
まさに信じられないという目だ。
ふふん。足の速さでは大したものだが、書類仕事は俺たちのほうが上か?
「俺が保証人になっている。法務省も厚労省も、内調も納得させた。国防省と陸軍の認可も取った。妹さんはVR通信制高校の留学生枠に編入される。お袋さんは医療通訳の職を得ることになってるな。」
「なぜ・・・そこまで?」
「お前の情報がなければ、俺たちはサン・ジェルマンの生存を読み切れなかった。そして・・・。」
姿勢を正し、言葉をつづけた。
「・・・家族を人質にしてるような国で、誰が正気で働ける?お前が命を賭けて寝返った以上、俺にはそれに応える責任がある。ああ、一応監視はつけさせてもらう。護衛の範囲でな。」
スラヴァは俯き、手元の書類を見つめる。数秒の沈黙。
「・・・妹たちは、無事に日本に着けるのか?」
「すでに海軍の駆逐艦が長崎五島列島沖で受け取り、佐世保漁港から密航者のふりをして上陸ずみだ。仮住居への到着予定時刻は明日以降になる。妹さんが佐世保で寄りたいところがあるんだとさ。この用事が済んだら東京駅まで送ってやるから部屋で待ってろ。妹さんと合流するのは佐世保駅でいいか?」
・・・なんだって佐世保の孤児院なんかに寄る気になったんだか。
ってか、セキュリティ上、飛行機が使えないのがキツイな。
スラヴァは小さく笑った。その目に滲むのは、涙なのか、安心か。
「信じてくれたのは、あんただけだ。同志。いや、Полковник Кудзюдзэ。」
彼は立ち上がり、手を差し出した。
「同志はやめろ。それとお前、明日から忙しくなるぞ?なんたって砦南大学の客員講師になるんだからな。」
俺がそれを握り返すと、彼は力強く、俺の手を握りしめた。
・・・ふん。
こんな仕事でもまあ、気分がいいことはあるもんだな。
◇ ◇ ◇
7月21日(月)
東京都内 四谷
喫茶店「アリア」
午後三時の喫茶店は、外の喧騒が嘘のように静かだった。
ガラス越しに差し込む陽光が、木製のテーブルと革張りの椅子を柔らかく照らしている。
「うん、うまい。さすがは遥香さん・・・仄香さんが選んだ店だ。」
運ばれてきたコーヒーを一口すすり、向かいに座る彼女を見る。
「ええ。このお店は遥香さんが見つけたんです。お気に召していただけましたか?」
今日は遥香さんの身体を使っているのか。
確か、霊的基質の修復は終わったと言っていたが・・・。
まあ、ジェーン・ドゥの身体は目立つからな。
いや・・・念話のイヤーカフで呼び出しておいてなんだが、いい歳をした中年男性が女子高生と喫茶店で話している方が、目立つか?
彼女は姪と同じ高校の制服姿のままだが・・・その瞳には数千年の記憶と、秘めた魔力が宿っている。
・・・俺は、これに惚れちゃったんだよな。
いかんいかん、まずは、本題からだ。
「・・・サン・ジェルマンの生存を確認した。場所は分からない。」
端的に告げる。
だが、仄香さんは、驚きも、声も上げなかった。
ただ、長く整ったまつげがひとつ震え、カップを持つ指が微かに止まった。
「そう。やっぱり・・・ですか。」
その声はあまりに静かで、もし外の喧騒が一つでも響いていたら、聞き取れなかったかもしれない。
だが、急激にその魔力圧が上昇している。
奴との間に何があったかは知らないが、この感情は・・・怒り?それとも、嫌悪か?
俺は懐から一枚の報告書を取り出し、机の上に置いた。
印刷された写真の一枚には、モスクワ近郊の修道院の廃墟の地下で確認された不可解な魔法陣・・・教会が何かを召喚したであろう痕跡が映っていた。
愚かにも、魔法陣の一部に製作者名が刻まれている。
「確証が欲しかったんだろう?君は。」
仄香さんは小さく微笑み、けれどその表情にはどこかしら陰があった。
「・・・ええ。あの男が、あの程度で終わるはずがないとは思っていました。でも確信はなかった。ありがとうございます、健治郎さん。あなたの情報で、これからどうするかが決まりました。」
「すぐに動く気か?」
「すぐには動けません。今はまだ。準備ができるまでは。ところで、この情報はどこから?」
俺は頷き、それ以上は深く踏み込めなかった。
せめて、巻き込まれる人間が少ないことを祈るのみだ。
そういえばスラヴァは・・・たしか、魔女「アナスタシア」の血筋に連なるとか言ってたな・・・。
真実かどうかは知らんが、教えておいたほうが後々都合がいいか。
「この情報をもたらしたのは元KGBの内通者、スラヴァ・・・本名、ヴャチェスラフ・スミルノフという男だ。本人は魔女の血筋だとか言っていたが・・・。彼とその家族を、別調の手で日本に匿っている。」
仄香さんの目が大きく見開かれる。
だがそれも一瞬のことで、すぐに表情が柔らかくなった。
やはり彼女の子孫だったか?
「ヴャチェスラフ・・・スミルノフ!・・・健治郎さんが?」
「魔術は使ってない。永住ビザも仮住居も全部正規の書類で処理した。うちの部隊と外務省、厚労省に多少圧力をかけたが、しっかりと説得したし、手順は踏んでる。」
「・・・健治郎さん、本当にあなたって人は優しいんですね。」
仄香さんはそっと目を伏せた。
口元には淡い、ほんの少しの照れが混じったような微笑みがあった。
「ありがとうございます。私じゃ、できないことですね。彼は良い選択をしたんですね。健治郎さんに情報を託すなんて。」
「こっちは彼の情報で、サン・ジェルマンに一手先んじた。貸し借りなしだ」
「・・・それでも、私は感謝しています。ふふ。これでナーシャに親戚ができる。」
静かに言って、仄香さんはカップに口をつけた。
もう冷めてしまった紅茶を、まるで少しも気にすることなく。
ナーシャ・・・兄貴とクソ親父が支援しているという、あのハーフの少女の事か。
たしか、仄香さんが以前使っていた身体の子孫のはずだが・・・。
ん?・・・魔女「アナスタシア・マクシミリアノヴナ・レイフテンベルクスカヤ」?
おいおい、ロシア帝政時代最後の亡霊公爵令嬢は魔女本人かよ?
まさに歴史の証人だな。
俺は視線をテーブルに落とすと、ふと、つぶやいてしまう。
「・・・君が見てる世界の中では、俺なんて小さな存在かもしれんがな。」
だが、仄香さんはそれを聞き流さなかった。
カップを置いて、まっすぐ俺を見つめる。
「いいえ。あなたのような人が、この世界にいてくれてよかったと・・・私は思っています。だから、こうして時々・・・お茶に付き合ってくれると、嬉しいです。」
その言葉に思わず、安堵の息が出てしまう。
そう、彼女は恐ろしい魔力を持っているが、中身は普通の女性なのだ。
「その程度なら、いつでも。」
店内の静けさの中、ソーサーに置くカップの音だけが響く。
店の外の陽射しは強く、外の喧騒は遠い。
名残惜しいが、日が落ちる前に喫茶店を出て、市ヶ谷に戻らなければならない。
今日は久しぶりに仄香さんとゆっくりとした時間を過ごすことができた。
それだけで軽くなる足取りに、思わず笑ってしまった。
◇ ◇ ◇
ナーシャ(蓮華・アナスタシア・スミルノフ)
佐世保 ハナミズキの家
7月21日(月)
午後六時。
窓辺にゆれる風鈴の音が、涼しい音を立てていた。
「ナーシャさん、来客だよ。玄関のほう」
「え?もうそんな時間?」
調理室の入り口から覗き込んだ十さんがそう言ったとき、あたしはまだエプロンのままだった。
焼きそば用のキャベツを刻んでいた手を止めて、包丁を洗い、急いで玄関へと向かう。
そこには、ひとりの少女が立っていた。
金髪で、肌は透けるように白く、瞳の色が、どこかあたしと似ていた。
いや・・・似ているというより、「懐かしい」という気持ちが、胸の奥にざわついた。
「・・・アノ・・・ハジメマシテ。アナスタシアさん、ですか?」
ぎこちない日本語。
だが、丁寧に言葉を選んでいるのがわかる。
昨日、美代さんが念話で言っていたけど・・・。
まさか、本当に私に従姉妹がいたのか。
私は軽く息を吸って、記憶に残るロシア語で応えた。
「Да, я Анастасия. Ты Алена?(はい、アナスタシアです。あなたがアリョーナ?)」
少女・・・アリョーナは、少しだけ目を見開いた。
「Да!(はい!)」
それから、ほっとしたように、小さく笑った。
その笑顔は、誰かに似ていた。
私の記憶にはない、でもきっと、血のどこかで知っている誰かに。
「兄から聞いたの。佐世保に従姉妹が、いるかもしれないって。」
「あたしも、美代さん・・・家族に昨日、初めて聞いたの。ソ連に親戚がいたかもしれないって。父さんのこと、何も知らなかったから」
互いの言葉は完璧じゃない。でも、十分だった。
あたしはアリョーナの前に立ち、目線を合わせて言った。
「会いに来てくれて、ありがとう。よかったら、ここ・・・少し案内するよ。今、焼きそばつくってるの」
「ヤキソバ・・・知ってる!好き!」
彼女は日本語でそう言い、ぱっと顔を明るくした。
ああ、やっぱり、似てる。
血のつながりか、それとも魂のどこかで触れ合っていたのか・・・そんなことは、今はどうでもよかった。
あたしは立ち上がり、アリョーナの手を取った。
彼女の手は少し震えていたけど、温かかった。
「Добро пожаловать.(ようこそ)」
その一言を言うまで、あたしはずっと、自分が誰かを待っていたことに気づいていなかった。
◇ ◇ ◇
夕食時。
「ねえねえナーシャ姉ちゃん、この子だれー?」
「お姉ちゃんの友達? かわいいー!」
夕食前の食堂。走り回っていた園の子たちがアリョーナを見つけて、わっと集まってくる。アリョーナは少し戸惑ったように笑いながら、あたしのそばにぴたりとくっついた。
「この子はアリョーナ。今日から、時々ここに来るかもしれないよ。あたしの・・・たぶん、親戚なんだ。」
「しんせき? いとこー?」
「うん。北の国から来たの。日本語はまだお勉強中だけど、仲良くしてあげてね。」
「はーい!」
子どもたちは、すぐにアリョーナを囲んで、まるで昔から一緒にいたかのように、名前を呼んだり手を引いたりしていた。
アリョーナは最初こそ戸惑っていたけれど、次第に笑顔が自然になっていく。
言葉は少しずつでも、笑い声は一瞬で通じるものなのだと、あらためて思った。
夕食は、焼きそばと唐揚げ、それに小さなサラダ。
園長の戸田先生が、特別にアリョーナの分も用意してくれた。
特別な日というわけじゃないけれど、誰かとの「はじめまして」には、こういうちょっとしたごちそうが似合う。
アリョーナの前に、おかわりの焼きそばが盛られる。彼女は「ありがと・・・ございます」と、つたないながらもしっかりと日本語で言って、小さく頭を下げた。
「おいしい?」
「おいしい! ほんとに、やきそば・・・ウチのに似てるけど、ちょっとちがう。」
「ウチの、って?」
「ウクライナ。お母さん、キャベツと玉ねぎ、たくさん使ってた。」
そう言ってから、アリョーナは少し黙った。
あたしもまた、言葉を選ぶように、箸を置いた。
「・・・あたし、父さんの味も、母さんの声も、覚えてないの。写真も、ほとんどないのよ。東京の孤児院で引き取られたとき、全部、何もなかった」
「・・・ナーシャの、お父さんは・・・わたしの、おじ?」
「たぶん、そうだと思う。でも、名前しか知らない。レフ・スミルノフ。ソ連から、日本に亡命したって・・・だけ。」
「レフ・・・。」
アリョーナはつぶやくように名前を反復した。その音が、彼女の中に何かを呼び起こそうとしているようだった。
「お兄ちゃんが言ってた。子どものころ、一度だけ、大人たちがこそこそ話してたの、聞いたことある。『レフ伯父さんは日本に行った』って。でも、秘密にしてたの。KGBに知られると、家族みんな、危なかったから・・・。」
「・・・あたしの父さんは、きっと、ずっと隠れてた。あなたたちと、繋がってたかもしれないのに、何も教えられずに死んじゃった。」
アリョーナはあたしの手を取った。
細くて、冷たくて、でも、ちゃんと人の温度があった。
「でも、こうして・・・会えた。知らなかったのに、会えた。知らないけど、知ってたような気がするの。アナスタシアに、はじめて会ったとき、心が・・・ええと。」
「震えた?」
「うん。震えた」
そのとき、小さな子が「おかわり!」と叫びながら唐揚げをよそいに来て、場の空気がふっと軽くなる。
あたしたちは笑った。何かがひとつ、つながったような気がした。
もしかしたら、知らない家族の記憶は、こうして誰かと笑い合うことで、少しずつ思い出されていくのかもしれない。
食卓のぬくもりの中で、アリョーナの笑顔は、もうすっかりあたしの「家族」の一部だった。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
今日は丸一日、朝から夕方まで戦技研のみんなとサバゲ三昧になってしまった。
「ふう。よく走った。・・・なあ、千弦。また強くなったな。まるで相手の場所がわかっているみたいだ。もしかして魔法とか使ってないか?」
「ツ、ツカッテナイヨ。魔法ナンテ。」
あわわ。
魔術は使ったけど魔法は使ってない。
・・・う。遊びに使うのは反則か?
「ご、ごめん。魔法は使ってないけど、魔術を使いました。・・・ごめん。」
「ふ〜ん。・・・なあ、どんな魔術を使ったんだ?すげぇ興味あるんだけど?魔術、ってことは魔力さえチャージしてくれたら俺も使えるんだろ?」
あれ?
もしかしてそれほど怒ってない?
「・・・理君にだけ教えるね。ほかの人には内緒だよ?・・・私、ゲームが始まる前、相手チームの人と挨拶してたじゃない?」
「うん。全員と握手してたからちょっと嫉妬した。相手のチームの人の装備を褒めたり、電動ガンを持たせてもらったりして、俺以外の人と仲良くしてるから・・・。」
うひっ!?
・・・わ。恋人に嫉妬されるのってこんな感じなんだ。
悪くない、悪くないんだけど・・・。
ものすごい罪悪感。
「ご、ごめんなさい。あれ、魔術のための仕込みだったの。一度でも触ったことがあるモノじゃないと対象にならないから・・・。」
今回使ったのは、失せ物探しの魔法を術式化し、新しく開発した自動地図作成術式と組み合わせたものだ。
もっと確実な尋ね人の魔法を使わなかったのは、仄香に使用を禁止されたからだが・・・。
あんな国家機密級の魔法をポンポン使えるわけがないだろう。
何万キロ離れてても相手の場所がわかる魔法なんて、大統領だろうが首相だろうが狙い放題じゃん!
「そ、そっか。良かったよ。どんな形でも、千弦がまたいなくなることを考えると、こう、なんというのか、締め付けられる感じがするっていうか・・・。」
理君が脳破壊されたような顔になり始めた!
は、早く説明しないと!
まずは私のゴーグルを!
「あ、あのね、こ、これ、かけてみて!」
「え?・・・うん。かけたよ。それでここからどうするの?」
「いま、軽く魔力を流すね。・・・どう?見えた?」
「うわ!・・・これ、丸見えじゃん。わ、すげぇ。3Dマップ上に自分とそれ以外の人間の場所が完全に表示されてる。しかも、敵味方の識別まで。・・・地形も、相手の視界の範囲まで!」
「ふふん、それだけじゃないのよ。ゴーグルの右側のボタンを押してみて?」
「うわ!主観視点に切り替わった!・・・すげー。遮蔽物の向こうが丸見えだー!」
「すごいでしょ。でもね、過去に一度でも触れたことがあるモノ相手じゃないと探知対象にならないのよ。しかも、生物には全く効果がないから、ゲーム前にいちいち相手の装備を触るしかないの。」
「な、なるほど。うん、安心したよ。・・・ところで、この魔法、俺のゴーグルにもつけられない?ちょっと使ってみたいんだけど。」
う~ん。
術式を刻むこと自体は30分もあればできると思うけど・・・。
理君、魔力をほとんど持ってないからね。
魔力貯蔵装置は余ってないし・・・。
あ、魔導付与術式専用の人口魔石弾でも使うか。
あとは、立体造形術式で形を整えて、と。
「よし、じゃあ、理君。次のゲーム、そのゴーグル使ってて。一休みしながら術式を刻んでるよ。一試合終わるまでにはできると思うからさ。・・・っと。始まる前に相手チームの人に挨拶してきたら?触っとかなきゃならないんだしさ。」
「やった!じゃあ、ちょっと行ってくる!」
期せずして理君にプレゼント出来ることを喜びながら、彼の背中を見つめる。
うーん。
良きかな良きかな。
次回「230 復活?「神話の桃」/古代魔法帝国の遺志を継ぐ者」
6月27日 0時10分 公開予定。