228 戻ってきた魔法/恐怖と恨みと無関心
仄香
7月17日(木)
昨日、咲間さんの店からの帰り道で夜風にあたりながら気持ちよく歩いていたら、最初は千弦、次は琴音から突然、念話があった。
・・・二人とも外泊するからアリバイ工作をよろしくってさ。
仕方なく、私と二人で期末テストの自己採点会をやっていることにしたが・・・。
二人とも何をやってるのか、丸分かりの状態で念話を送ってくるなよ。
せめて、息を整えてからにしろ。
ま、まあ、そろそろそういうことがあってもいい年ごろだとは思うが・・・。
というか、琴音の相手が紫雨だと?
あの二人、いつの間に・・・。
仕方なく二人の自宅の最寄り駅で合流して、そのまま家に送り届けている最中なんだが・・・。
「あー!姉さん!なんで内股歩きなのよ!まさか!理君と!?」
「琴音だって内股じゃん!紫雨君とヤッたんでしょ!」
会うなり、お互いが内股で歩いていることに気付いた途端、騒がしくなってしまった。
「きぃ~!私の姉さんになんてことを!理君、今度会ったらGnRHアゴニストをぶち込んで勃たなくしてやるんだから!」
「何勝手に人の彼氏を化学的去勢しようとしてんのよ!あんただって紫雨君とヤルことやったんでしょ!まさか、生でやったとか!?」
「紫雨君はいいんだもん!カッコいいし優しいし、頭もいいし!それに私の気持ちを一番わかってくれるんだもん!」
「んがー!琴音がとられた!紫雨君に琴音がとられた!ってか、ちゃんと避妊具使ったのか答えなさいよ!」
「使おうとしたもん!大きすぎて入らなかっただけだもん!」
「あ、あんた、もしできちゃったらどうするのよ!各種サイズを揃えておきなさいよ!だったら私だって!」
そろそろ落ち着いてくれないかな。
あと50mで家の玄関が見えてくるんだが・・・。
ってか、お前ら、繁殖する目的以外でヤルなよ。
避妊具とか、訳が分からないよ。
「二人とも。そろそろ落ち着きましょう・・・。ほら、昨日決めた通り、私たちは朝まで玉山の隠れ家で期末テストの見直しと自己採点をやっていた、気付いたらかなり遅くなっていたから私の家に泊まった。それでいいですね?」
「ぐ・・・うん。ごめん、仄香。迷惑かけて。」
「迷惑だなんて。それに、琴音さんは義理の娘になるかもしれないんですから。」
「ぐ!・・・そうだった。紫雨君と結婚したら、仄香が義母になるんだった・・・。仄香義母さん?・・・う、呼びづらい。」
琴音は気付いていなかったのか、思い出したように身をよじっている。
・・・というか、そもそも私は二人の直系の先祖であって、今さら義母になろうが血のつながりより強いものはないんだけどな?
それより、今日は私としても二人に大事な用事がある。
「ただいまー。ごめんね、母さん。つい期末テストの結果が気になってさ。きっと今回もいい成績だよ!」
千弦。
相変わらず図太いというかなんというか。
「あら、お帰りなさい。・・・すみませんね。仄香さん。二人が突然押しかけてしまって。・・・あら?二人とも歩き方が・・・どうしたのかしら?」
「仄香の隠れ家でちょっと乗馬を!め、珍しい馬がいるっていうから!」
「そ、そう!見たこともない馬が!つい乗ってみたくて!」
・・・なぜ隠す?
喜ぶべきことだと思うんだが・・・?
まあ、隠す理由があるんだろう。
口裏を合わせておこうか。
「そうですね。私の隠れ家には乗馬できるフィールドがありまして、そこで眷属のペガサスやスレイプニル、スヴァジルファリなどを召喚しまして。」
「え?ペガサス?・・・それって、飛ぶの?でも、危なくない?」
「もちろん飛びますよ。でも、言葉が通じますから普通の馬よりも危険性は低いかと。」
・・・もう二人とも乙女ではないから、ユニコーンにはもう乗れないだろうけどな。
あの処女厨め、私の言うこともなかなか聞かないし、そのうち契約を解除してしまおうか。
ああ、その前に角だけは折っておくか。
いろいろ役に立つし。
家に上げてもらい、リビングに向かう。
その間に二人とも着替えてくるようだ。
「その後はいかがですか?家での二人の様子などは・・・?」
当たり障りのないところから会話を始める。
美琴自身も娘を誘拐され、もう一人の娘の死に目に会ってしまっているのだ。
その心の傷は、たとえ蓬莱の秘薬を使っても完全に癒えることはないかもしれない。
「おかげさまで、何とか落ち着いています。私も夫も、あの二人さえ笑っていてくれたらそれだけで・・・。でも、仄香さん自身もあの二人の・・・。」
「ええ。いつになっても、自分の血を分けた子供たちの死は耐えられないものです。」
そう、私がこの世界に在り続けるためには、私の血を分けた娘たちの不幸が必須となる。
・・・我ながら、なんと呪われた方法で現世にしがみついていたか。
だが、紫雨とも会えた。
思いがけず、星羅にまで会えた。
ならば、この生を最後にしてもよいのではないだろうか。
・・・あさましくも、娘たちの行く末をまだまだ見守っていきたいと思ってしまう。
「おまたせー。着替えてきた。んで、今日の予定ってなんだっけ?」
先に千弦が、続いて琴音が咲間さんからもらったルームウェアを着て、二階から下りてくる。
「ええ、まずは千弦さん。あなたの魔力回路を復元します。・・・それにしても、まさか魔力回路を消す方法をバシリウスが知っていたとはね。あいつ、人の研究を盗むことに関しては天才ね。」
「え?・・・やっぱりパクリなの?」
以前、千弦の右手に魔力回路を刻んだ時、「今手を離したら、切り落として生やさない限り二度と同じところに魔力回路は組めない」と言ったが、あれは半分は真実であり、半分は真実ではないのだ。
・・・つまり、切り落として生やすよりもさらに危険な方法であれば、魔力回路を消去して刻みなおす方法はあるのだ。
「パクリ、というか、危険すぎて廃れた方法なんです。実際、よほどのことがなければ魔力回路の刻み直しなんてしませんからね。」
バシリウスが千弦に注射したものは・・・魔力結晶の固形化前の液剤だ。
つまり、高濃度の魔力で体内の魔力的構造物を溶解させてしまうのだ。
一歩間違えれば魔力圧に耐え切れず、肉体が内側から破裂してしまう可能性すらあったのだ。
それに、幸い天然由来のものだったからよかったようなものの、もし、かつてのソ連の人工魔力結晶と同じ作り方をされたものだったら・・・。
ミックスジュースを作るのは容易いが、そこから成分を一切傷つけず、オレンジジュースだけを取り出すことができないように、複数人の魂が混ざり合い、別の意味で取り返しがつかなくなっていたかもしれない。
考えるだけで血の気が引いてしまう。
「ふ~ん。やっぱりパクリウスであることは変わらないか。ねえ、今度は琴音みたいにたくさんの魔力回路を刻んでほしいかも。痛いのとか熱いのとか我慢するからさ。」
私の顔色が曇ったことに気付いた千弦は、慌てたかのように話題をそらす。
「え?姉さんも魔力回路を増やすの?・・・う~ん。また姉さんに勝てるところがなくなるのか。まあいいや。それで姉さんが生き残る可能性が増えるならさ。」
琴音が一瞬考えるも、すぐに自分で納得する。
「・・・さすがに琴音さんほどの数の魔力回路は刻めませんよ?琴音さんの魔力回路は私より多いくらいですからね。」
「え?マジ?・・・いくつよ?」
「46個です。・・・ちなみに私は36個です。」
「え。え?えええぇえぇぇ!?い、いつの間に私の魔力回路、そんなに増えたのよ!?」
「もともと16個あったんですが・・・千弦さんを助けに行く途中で、刻めるだけ刻みました。・・・ごめんなさい、言っていませんでしたね。」
魔力回路の数はそのまま魔法の反動の軽減、魔力制御能力や詠唱処理能力の向上につながる。
地球上で琴音ほど精密な魔法の制御ができる人間は他にいないだろうな。
「にゅふふふふ。私ってばすごい?にゅふ、にゅふふふ。」
「気持ち悪い笑いをしないでよ!くっそ~。仄香!私のもガンガン刻んじゃって!100個くらい!」
「・・・さすがに100個は無理ですね。無理なく頑張って12個、ですね。それじゃあ、準備はいいですか?」
足元に術式を刻んだ何枚もの紙を置き、魔法陣を作る。
前回とは違い、時間をかけて、本腰を入れて魔力回路を刻むのだ。
・・・よくまあ、その場しのぎで刻んだ魔力回路でこれまで頑張ってくれたよ。
「12個、ね。それでも普通の人は1個か2個だから、性能としては破格よね。よし、準備完了!ドンと来い!」
リビングで琴音と美琴が見守る中、すべての術式、魔法陣に光が灯る。
「・・・ん。んん?アツっ、イテっ。・・・あれ?・・・こんなもんだっけ?」
千弦の全身に、光が張り付いていく。
手や足、胸、背中、両肩、そして額。
全身に、一斉に魔力回路を刻まれているというのに顔色一つ変えない。
「もうすぐ、終わります!つらいでしょうけど我慢してください!」
「ん~。別に、このくらいなら・・・何時間でも気にならないけど・・・?」
ゆっくりと光が収まり、この上なく強固な魔力回路が刻まれる。
千弦は恐ろしいほど、苦痛に耐性を持っているようだ。
やはり、バシリウスの改造手術は麻酔なしで、意識があるまま行われたのか。
その事実が、彼女の糧となっていることは、不幸であることには違いないはずなのだが・・・。
「うん。よしよし。自動詠唱。1−1−1。実行。・・・うん。問題なし。ふふふ、前よりも細かい制御ができるわね。いや~。長かった。このまま魔法が使えなくなっちゃったらどうしようかと思ったよ!」
千弦は人差し指の先にろうそく程度の炎を灯し、つけたり消したりして魔力回路の使い心地を確認している。
「姉さん、よかったね。これで長距離跳躍魔法がまた使えるね。」
痛みでフラッシュバックを起こしたりしていないだろうか。
楽しそうに炎を出たり引っ込めたりしている彼女を見て、私はゆっくりと胸をなでおろした。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
一か月ぶりに取り戻した魔力と魔法をしばらく堪能して、仄香を交えてお昼ご飯を食べる。
エルの料理もすごいんだけど、ウチの母さんが作る料理もまた絶品なのだ。
「あ。お昼のニュース、やってるかな。・・・お。エカテリンブルグ条約機構が発足?何だこりゃ?」
琴音が何気なくつけたテレビで、ソ連をはじめとした何か国かが軍事同盟の・・・いや、表向きは経済協力か。条約を締結したらしい。
参加国は・・・ソ連、ブラジル、ルーマニア、ブルガリア、アルバニア、インド、・・・そして中国正統政府と南アフリカ共和国臨時政府か。
なんか、似たような条約機構が昔なかったっけ?
「ワルシャワ条約機構の再来ですね。あの条約、ハンガリーとポーランドがNATOに鞍替えして立ち消えになったかと思ったのですが・・・今さら何をするつもりなんでしょうね?」
仄香も首をひねっている。
・・・ソ連とブラジル、中国と南アフリカ共和国は、まあ、分かる。
すべて例の事件で仄香に滅ぼされかけた国だ。
っていうか、まだ政府が残っていたのか。
それと、ルーマニア、ブルガリア、アルバニア、インド・・・何か被害でもあったのか?
「あ。もしかして東側だから西側諸国のブロック経済圏に入れなかったから?でも、インドは・・・一応中立だったよね?」
私は思いついたことを口にするも、途中で尻すぼみになってしまう。
「インド・・・弦弥さん、次の遺跡調査はインドだって言ってたけど大丈夫かしら。心配だわ。」
「どうせ何か起きるなら、早めがいいわね。そしたらお父さんも行かなくてすむかもしれないし。」
「そうだね。私も琴音の意見に賛成だよ。でも・・・琴音。リビアの時みたいに勝手なことはしないでね。行くなら一緒に行こう?」
あの時だって琴音は死にかけてたんだ。
っていうか、私たち、こんなんばっかりだね。
テレビを見ていると、アナウンサーが何かのデータを紹介した後、どこかの宮殿を映し出す。
これはクレムリン宮殿か。
社会主義、共産主義が聞いてあきれる。
平等だの同志だのときれいごとを言いながら、人民から吸い上げた金でしっかり金ピカの宮殿を維持しているではないか。
「・・・条約機構発足に伴い、これからソビエト連邦共産党書記長・アンドレイ・S・ドルゴロフの演説が始まろうとしています。」
アナウンサーの言葉のあと、テレビ画面上には背が高く、ガタイの良い、少し頭がはげ始めた60歳前後の男が壇上に上がるのが映る。
・・・壇上に立つその男の姿は、まるで歴史の陰影から切り出された彫像のようだった。
表情に感情の影はなく、鋼鉄のような瞳が冷たく群衆を見渡す。
ロシア語はわからないけど、その声はよく通るが、どこか空虚で、響きすぎるほど均一だった。
彼が言葉を発するとそれを追うように、同時通訳のテロップが流れていく。
「諸君。我々はこのひと月の間、地獄を歩いた。南アフリカは息をするたびに毒を吸う大地と化し、黄河や長江の流れは絶え、あるいは海のように溢れた。」
カメラの角度が変わり、その顔がアップになる。
「アマゾンは干上がり、砂に埋もれたリオでは、昨日も新生児が渇きの中で死んだ。イランでは、風が来るたびに子供がひとりいなくなるという。」
ふと仄香の顔を見ると、全く気にもせず、母さんの料理に舌鼓を打っている。
「これを『自然災害』と呼ぶには、あまりに意志的だった。いや・・・『意志』があったのだ。魔女と呼ばれる存在に。」
・・・まあ、全世界で報道されているからね。
知らない奴は冬眠でもしてたのか、ってね。
今夏だけどさ。
「我々は知っている。彼女は、かつて天より落ちんとした災厄を迎撃し、地球を守ったという。西側の一部の諜報機関は、あの時点でこの『存在』を把握していた。だが、何も公にせず、何の責任も取らなかった。結果、その圧倒的な力に対する理解と対話の道を、人類は自ら断った。」
SL9を迎撃している最中にミサイル攻撃を仕掛けた国がよく言う。
どうせやったのは中国かソ連だろ?
あの時代、米ソ中しか常温常圧窒素酸化触媒術式兵器を持っている国はなかったんだし。
うん。
それに物は言いようだね。
把握していたのは東側も同じはずだし、そもそも対話なんてするつもりもなかっただろうに。
ドルゴロフは間を置く。
カメラが聴衆を映し、静寂が緊張となって会場を締めつける。
そして彼は、やや語調を強めた。
「ならば今こそ、人類が自らを守る意志を示す時だ。我々、ソビエト連邦、および加盟国、戦災復興国家群は、本日ここに、エカテリンブルク条約機構の創設を宣言する!これは、単なる政治同盟ではない。人類の復興と存続のための、最後の砦である!」
最後の砦、ねぇ。
ベトナムみたいに初めから自分の非を認めて謝っちゃえば、仄香は許してくれると思うんだけど?
だって、ものすごいお人よしだし。
むしろ、あんたらこそ邪魔なんじゃない?
「我々は武力による報復を求めない。だが、自衛のための秩序を必要とする。非魔女的世界秩序の確立こそ、人類の未来を保証する唯一の道である!」
はは。
言いやがった。
要するに魔女を排除するって。
でも武力で報復しないって。
できないの間違いじゃん。
はは、みっともないし。
「諸君。私たちは、黙って消えていくわけにはいかない。子らのために、生き残らねばならないのだ。」
黙ってないで、謝ればいいってのに、バカばっかりだね。
ベトナムの謝罪内容なんてA4用紙一枚未満だよ?
それで許してくれるんだよ?
むしろ、せっかくだから真正面から宣戦布告すれば面白いのに。
その声に拍手が重なる。
やがて歓声へと変わっていく。
・・・ほんと、ギュスターヴじゃないけどさ。
群衆は知性を低下させるね。
ちらり、と仄香の顔を見る。
彼女はテレビ画面を見た後、軽くため息をつく。
「ねえ、あれ、どうするの?あんなこと言ってるけど。」
琴音が心配そうに言うが・・・。
「勝手にすればいいかと。すでに国家として死に体です。何も反応しないのが彼らにとって一番の屈辱でしょうね。・・・それより、このきゅうりの漬物、隠し味は何かしら。ごま油と、ニンニクまでは分かるんですけど・・・?」
・・・まあ、そうなるわな。
すでに仄香を怒らせたらどうなるかは証明済みだ。
ついでに、仄香の親しい人間に手を出したらどうなるかも。
一応は国家の体を保っていて、一応は諜報機関なりシンクタンクなりがあるだろうし、ま、ほっといても大したことにはならないだろうね。
師匠たちも頑張ってるし。
だが、仄香の目がすうっと細くなる。
その目線の先には・・・壇上の背後・・・黒いカーテンの奥で、ひとつの白い指が小さく合図を送っているのが見えた。
なんだ、あれ・・・?
次の瞬間、右横に座る仄香から、目に見えるほど、いや、肌で感じるほどの黄金色の魔力が噴き出す!
「うひゃ!な、なによ。突然!?」
あ!母さんが気絶してるし!
仄香の突然の豹変に驚く。
「これは生放送ですか?ここからクレムリン宮殿まで、約7468キロ。急いで行って、光撃魔法、いや、一万連唱で陽電子加速衝撃魔法でもぶち込めば・・・!」
ちょっと待てい。
ってか、陽電子加速衝撃魔法って・・・確か火星くらいの天体なら砕ける恐れがあるほどの威力なんじゃなかったっけ?
それを、一万発?
相手は何!?
ガミラ〇か?ガ〇ランティスか?
とんでもない殺意だな、おい!?
「あ~。これ、セミライブって書いてあるけど、通訳を挟むので10分くらい処理が遅れていますって表示されてるね。どうしたの?突然。」
琴音・・・何でそんなに普通に返事をしてるのよ?
「そう、ですか。最速で11分30秒。いえ、高度100キロで水平線まで約1134キロ、見えた瞬間に撃てば約10分。・・・通訳処理が10分。合わせて20分。すぐにあの男が移動を開始したとして、爆発半径250キロから逃げるのに超音速機を使われても間に合う?・・・いや、もしかしたら録画かもしれない。」
ゆっくりと魔力が散逸していく。
・・・怖かったよ。
マジでちびるかと思ったよ。
ってか琴音。
その抗魔力、マジでうらやましいぞ。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
お昼ご飯が終わった後、なぜか転寝をしているお母さんを身体強化魔法を使ってリビングのソファーに運び、食器を片付けて水でざっと流した後、食洗器に放り込む。
じゃんけんで姉さんに負けたから、洗い物をする羽目になってしまった。
あそこでチョキを出しておけば・・・!
仄香は食後、どこかに用事でもあるのかと思ったけど、気を取り直して姉さんと話を始めた。
「・・・咲間さんの店の状態なんですが、お話しした通り・・・。」
「うん。人件費の削減は根本的な解決にならないね。通常のフランチャイズ契約と違って昔の奴隷契約ってわけでもなさそうだけど・・・。」
フライパンや鍋など、大きなものを洗い終わると同時に食洗器が洗い終わる。
取り出し、乾燥していることを確認して食器棚に戻す。
「ええ。立地は悪くないんです。ただ、競合する店舗が500m内に二軒も・・・。」
「うーん。一本裏の店は閉店したのか。でも、別の看板でまた開店するかもしれないし。駅から帰宅するルート上に、それぞれ競合店舗があるのはキツイね。」
どうやら咲間さんの店の経営状態が悪いらしい。
しばらく話しているようだが、なかなか解決策は思いつかないみたいだ。
店の経営を私たちに相談されても、何を答えたらいいんだか。
「何か新商品でもあればいいんですけど・・・それなりに値が張って、かつ食品のようなもので・・・。」
「でも、加工食品はやめたほうがいいね。食品衛生法上、野菜果物は生のままだと届け出はいらないけど、加工してあるといろいろうるさいんだよね。」
布巾を洗い、ごみを分別してからリビングに戻る。
「果物・・・高くても売れる、リピーターが付きそうな果物。ちょっと思い当たるものはありませんね。」
へい、仄香。
諦めたらそこで試合終了だよ。
とはいえ、ねぇ・・・。
・・・あ。
「ねえ、あの秘薬の原料の・・・おおかんづめ?とかいう桃は?」
「意富加牟豆美ね。仄香が言ってたじゃない。もう絶滅してるって。・・・あ。」
そうそう、おーかむづみ。
「意富加牟豆美がどうしたんです?秘薬の状態では残っていますが、あと5粒もないですよ?売り物どころか、絶滅してますし・・・。」
「それだ!そう、仄香を原宿に連れていくつもりだったのよ!九さんの店!蜂蜜から再生したスラタヤサーヤナみたいに再生できるかもしれない!」
「加工品から絶滅植物を再生・・・?九・・・九・・・まさか、ナンバー・ナイン!?プラントマスターか!気付かなかった!じゃあ、一の家も、三先生も・・・まさか、十さんも!?」
ナンバー・・・なんだって?
いや、全員漢数字一文字だったし、珍しい苗字だな、とは思ってたけど。
それに、プラントマスター?
なんじゃそりゃ?
「ま、とりあえず行ってみない?そのナンバー・ナインとかプラントマスターが何かは知らないけどさ。」
もしかして仄香の知り合いなのか?
まあ、仄香のうれしそうな顔を見る限りは敵ではなさそうだし、咲間さんのお店を助けるため、いざ頑張ってみましょうか。
大きく傷つき、絶望したとき、心療内科に頼るのもいいでしょう。
抗うつ薬に頼るのもいいでしょう。
でも、それはただの姑息的療法に過ぎません。
いつの時代も、親しい人との触れ合いが心の傷を癒し、前に進む活力を与えてくれるものだと筆者は考えています。
極端な話、自殺しようとしている若い男性に、「あなたが好きです!一度でもいいからセックスして下さい!」ってその男性が好きだった相手が迫ったら、自殺するのを少し躊躇うんじゃないの、って話です。
次回「229 水面下の策謀/遺伝子に残る笑顔」
6月25日12時10分、公開予定。




