226 恋模様と生活の悩み/戦いの余波
南雲 千弦
私立開明高校 正門
7月15日(月)
やっと期末テストの全日程が終わり、明日からテスト休みになる。
終業式は7月22日だから、実質一週間の休みだ。
「コトねん、千弦っち。テストの出来はどうだった?」
「う〜ん。英語で少しケアレスミスがあったかもしれない。後でスペルミスに気付いたのか二つもあったわ。姉さんは?」
「ん〜。古文と漢文でちょっと気になるところがあったかな。物理はいつも通りだけど、一問だけ自信がないのがあったっけ。」
「みんなすごいな。俺なんか赤点になりそうな科目があるっていうのに・・・。」
いつものメンバーと、理君の四人で遥香を待つ。
・・・いや、テスト期間中は仄香か。
みんなでテスト結果やテスト休みの過ごし方について雑談していると、校舎のほうから仄香が手を振りながら走ってくる姿が見えた。
「お待たせしました!ちょっと校舎裏に呼び出されてまして。」
「え〜。またなの?・・・で、今日は何人?」
「6人です。少し減り始めましたね。・・・受験の追い込みシーズンが近づいてきたからでしょうか。」
「久神さん、すげーな。今月に入って何人だよ?」
「15人です。女子も入れるなら22人ですね。でも、今日みたいにまとめて来てくれると効率が良くて助かります。」
「・・・で、ラブレターは何通になったの?延べと人数で。」
「延べ数だと2,923通、人数だと1,120人ですね。・・・そのうちレンタルスペースでも借りたほうがいいのかしら。」
おいおい、1,120人だって!
うちの高校、中学まで合わせて2,100人しかいないんだぞ!
ついに過半数を超えたのか。
「お〜い!石川!妬ましいぞ!琴音さんと久神さんだと!?もげちまえ!」
「うるせぇ!俺の彼女は千弦だって言ってんだろが!」
理君が同じクラスの男子にからかわれている。
・・・そうだ、テスト休み中に理君と遊びに行く約束を!
西日暮里に向かう途中、ぞろぞろと五人で歩いていく。
歩道はそれほど広くないから、前は仄香と琴音、それを追う咲間さん。
そして後ろは私と理君だ。
そして、前の三人に気が付かれないよう、こっそりと理君に耳打ちする。
「ねえ、明日なんだけど、朝から一日空いてる?二人でどこか行かない?」
「え?ああ、空いてるよ。どこか行きたいところがあるのか?」
「う〜ん。じゃあ、横浜。理君が住んでる街を見に行きたい。あ、それか今上映中の『地獄の戦争/もし魔法が使えたら』も見たいかも。」
実際、彼と一緒ならどこでもいい。
さすがに戦場とかは嫌だけど。
「・・・よし、じゃあ、明日までに横浜の見どころをピックアップしておこう。それと・・・美味しいものもな。」
「じゃあ、待ち合わせは横浜駅の・・・どこがいいのかしら。」
「映画館が入っているビルの近くだと・・・中央通路の西口側の『NEWoMan』の入り口かな。後で地図と写真を送るよ。あまり早い時間だとどこの店も開いてないから、待ち合わせは10時くらいでいいか?」
そういえば横浜駅、あまり行ったことがなかったっけ。
噂ではサグラダファミリアよりも昔から工事をしていて、未だにいつ完成するかがわからないとか、未だに成長を続けるダンジョンだとか・・・。
迷わないかな?
「じゃあ、そこで。・・・あ、先に行っておくけどデート代はワリカンだからね。」
「え?・・・ああ、うん。俺もバイトしてるから、少しは格好付けたかったんだけど。」
うん。私としては、私が理君を好きな気持ちが、彼が私を好きな気持ちに負けているとは思わない。
だから、デートはワリカン派なのだ。
明日どこに連れて行ってくれるんだろう、どんな服を着ていこうか、いや、理君とどこまで行こうか、なんて考えているうちに、西日暮里の駅についてしまった。
手を振って理君と別れるも、ワクワクはまだ止まらない。
うん。私は帰ってきた。
愛するべき、日常に。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
山手線内回りに乗ってからずっと姉さんがニヤニヤしている。
・・・相変わらず分かりやすい人だ。
どうせ理君とデートの約束でもしたんでしょ。
姉さんの気持ち悪い笑いを見ながら呆れていると、スマホが着信音を鳴らし、誰かからのメッセージが届いたことを知らせる。
・・・あ。
紫雨君だ。
ええと、明日一日、朝から空いたのか。
ふむふむ。
この時代を案内してほしい、と。
デート代は、全額紫雨君持ち・・・。
やっほう!
いくらくらい持っているのかは知らないけど、かなりリッチなデートプランを組めるじゃない!
いや、ホントはワリカン派なのよ?
でも、歩くダイヤモンド鉱山みたいな相手にワリカンだなんて言ったら、金銭感覚の違いで大変なことになるに決まってる。
ま、まあ、紫雨君は元、古代魔法帝国の初代皇帝だし?
デートの時に恋人や未来の皇妃がお金を出すなんて?
ありえないでしょ!?
皇妃って・・・。
・・・にゅふ、にゅふふふふ。
「・・・琴音。笑い方がキモい。もしかして・・・紫雨君からLINE?」
「ね、姉さんだってさっきからキモい笑い方してたじゃん!どうせ理君とデートの約束とかしたんでしょ!明日あたりヤルつもりなんでしょ!」
「わ、私は別に、明日あたりいいかな、なんて思っているわけじゃなくて・・・。そういう琴音はどうなのよ!」
おい、何がいいんだよ?
理君、もし私のかわいい姉さんに手を出したらGnRHアゴニストをぶち込んで勃たなくしてやる!
・・・あ、いや、私はいいんだよ?相手は大人の男性だし・・・。
「ぐ・・・いいもん!今日と明日は安全日だもん!」
「知ってるわよ!それでも避妊具くらい使いなさいよ!」
お互い、興奮がなかなか治まらない。
山手線車内の乗客の目線が、突き刺さる。
しばらく荒くなった鼻息が続いた後、車内アナウンスが高田馬場駅に停車することを告げる。
「・・・お、降りよっか。」
「う、うん。」
姉さんと顔を見合わせ、二人して顔も真っ赤にしながら西武新宿線に乗り換える。
・・・うん。
やばい、顔の火照りが治まらない。
・・・だって紫雨君って格好いいんだもん。
周囲の目を気にしながら乗り換え、しばらくして姉さんが口を開く。
「琴音・・・。共同戦線を張ろう。明日は、一緒にどこかに遊びに行く。・・・そう、紫雨君や星羅さんが一緒なら、きっと母さんも心配しないはず。」
「う、うん。まあ、心配はしないだろうね。」
お母さんは紫雨君が仄香の息子であり、強力な魔法使い・魔術師であることを知っている。
同時に、星羅さんが恐ろしく強力な、それこそ魔女の魔力でもない限り対抗できないほどの魔法使いであることも、当然知っている。
「・・・よし、明日の朝、紫雨君に家まで迎えに来てもらおう。琴音たちはそのまま紫雨君とデートに行く。私は途中で別れて理君と合流する。・・・星羅さんは・・・どうしようか?」
・・・うん?それだと私が紫雨君とデートをしていることが普通にバレない?
家まで迎えに来てもらうのは、さすがに嫌だなぁ。
「星羅さんは・・・紫雨君の家で留守番でもしててもらったら?でも・・・姉さん、私にあまり得がないような気がするんだけど?」
「まあまあ。母さんも私たち二人が一緒だと、さすがにデートだとは思わないでしょ?そうねぇ・・・紫雨君の頼みでこの時代を案内する、とか。」
「まあ、実際にそう頼まれたからそれ自体は嘘じゃないんだけど・・・?」
嘘は言っていない、でもすべてを話すわけじゃない、って・・・もし何かあったらどうするつもりなんだろう?
「で、ね。琴音のミミックテイル、貸してくれない?」
「はい?別にいいけど・・・何に使うのよ?」
「う〜ん。そろそろ理君に私たちのことを打ち明けようかと思ってね。いつまでも黙っていられないし。でもさ、ほら、今、私だけさ・・・。」
・・・?
別にミミックテイルを使わなくても何か適当な魔法を一つ使えばいいんじゃ・・・。
・・・あ。
「そうか、そうだったよね。ごめん。気付かなかったよ。」
そうだ。
姉さんはバシリウスに右手の魔力回路を奪われたままになっているんだ。
だから、今は魔法が使えないんだ。
それに、姉さんの術式は危ないモノばかりだから・・・。
自分のことばかり考えていた自分が少し恥ずかしくなって、ポケットの鍵束からミミックテイルを外し、姉さんに手渡す。
・・・あれ?でも姉さん、自分のミミックテイル、持ってなかったっけ?
それに、何か大事な話の途中だったような気が。
気付けば、いつの間にかウチの最寄り駅についていたので、慌てて電車を降りたよ。
◇ ◇ ◇
咲間 恵
今日、期末テストが終わり、激動の一学期も終わりが見えてきた。
・・・思い返してもゾッとすることの連続だった。
一学期になってすぐから大変な毎日だった。
いきなり遥香がいなくなるし、みんなそれを忘れてるし、コトねんと千弦っちが大喧嘩して千弦っちが自殺しかけるし。
6月に入ったら、いきなり第三次世界大戦か、って感じで中国からミサイルが飛んできそうになるし、原因不明のミサイル自爆騒ぎの後は、コトねんと千弦っちの誕生パーティーでとんでもない人たちと話すことになるし・・・。
で、パーティーの翌日、いきなり高校が襲撃されて千弦っちが誘拐されて・・・。
コトねんは一度は自殺したらしいし、たぶんだけど、千弦っちはもっとひどい事をされているかもしれない。
何とか戻ってきた後も、ふとした拍子に教室や廊下でパニックを押し殺しているのを見たことがある。
あたしは、自分が無力であることが心底恨めしい。
そのせいかどうか知らないけど、ここのところ変な夢ばかり見て、眠りが浅くなっている。
それに、何を食べても砂を噛んでいるようだ。
でも、世界はそれどころではなくて・・・。
歴史上、類を見ない人口減だって世界中が騒いでいる。
いくつか亡くなった国さえある。
実際、ウチの店にもかなりの影響が出ている。
いくらウチが政府連携流通システムの指定小売店だとしても、これ以上売り上げが減るとヤバい。
輸入に頼っていた原料を使っている商品の品ぞろえが悪くなり、商品単価は上がり、原価率も上がり、それでいて客単価は下がるばかり。
ウチの店がフラ適法のおかげである程度は仕入れ先を自分で探せるといっても、限度ってものがある。
自治体指定の物資配給の臨時センターでもあるうちの店は、「防災対応型登録商店」だから、九重政権になってから推進された「戦略的食糧自給率向上政策」の指定事業者に登録もしているし、自治会や商工会との太いパイプもある。
普段の不景気くらいなら、幾つもの備えがあった。
でもねぇ・・・。
食料品はともかく、化粧品とか文房具とか、そっちの品ぞろえが目に見えて悪くなってるのよ。
遥香っちのおかげで夕方のお客さんは減るどころか増加傾向なんだけどさ。
それでもジリジリと売り上げが結構落ち始めている。
・・・このままだと、母さんも兄さんも身体を壊してしまうかもしれない。
人件費を浮かせるために、店長の兄さんは夜勤のシフトを毎日一人で回してるし、オーナーの母さんは朝と昼のラッシュ時間以外の日勤のシフトを一人で回してる。
それなのに、大学入試に影響があるからと、二人ともあたしを夕勤のシフトに入れようとしない。
あたしはこのまま大学に行っていいんだろうか。
もちろん、奨学金制度を使うつもりだけど・・・。
「はあ、どうしたものか・・・あれ?宗一郎さんからメール?なんだろう?」
いつの間にか届いていた宗一郎さんからのメールに気付き、不思議に思いながら開いてみると・・・。
「一 二三君?って、たしか、コトねんたちのハトコの女の子、だっけ?ええと、最初に会ったのは・・・高1の文化祭だっけ?」
そういえば、ライブをやった体育館の客席の最前列で、黄色い歓声を上げていた女の子がいたね。
ツインテールで白いブレザータイプの制服を着てる、可愛い子だったっけ。
一人称が「僕」だったからよく覚えている。
サインを強請られたから、近くにあったルーズリーフに本名を書いて渡したんだけど・・・。
まさかコトねんたちのハトコだとは思わなかったな。
二人の誕生日に来ていたからびっくりしたよ。
「ええと、ファンの子が会いたいって言っている?うははっ。ファンだって。じゃあ、ファン1号かな?・・・ふーん。今、C央大学法学部の一年生なんだ。年上だとは思わなかったよ。」
スマホの写真フォルダを開き、一昨年のライブの後、二人で撮った写真を見つける。
少しファッションが地雷系の雰囲気があるけど、法学部系では一番偏差値の高い大学に行っているようだし・・・。
「うん。年上の女性か。時間ができたら人生相談に乗ってもらおうかな。」
宗一郎さんあてに、店の繁忙期が過ぎたらОKという内容で返信する。
すると・・・できるだけ早く会いたい、というメールが来た。
・・・もしかしてスマホの向こう側にいるな?
そんなに熱心なファンができるとは思わなかったな。
よし、明日一日空いてるし、どこかで会いましょうか。
いいアイデアが浮かぶかもしれないし。
まあ、今の私の状況が変わるとは思えないけどさ。
◇ ◇ ◇
新丸子駅で降りて、店に顔を出すと遥香っちが一人でレジに立っていた。
もう一人の夕勤は・・・ああ、品出しの最中か。
追い抜かれた・・・?
それとも長距離跳躍魔法?
「咲間さん。お帰りナサイデス。今日で期末テスト、終わりデスカ?」
「ああ、うん。・・・なんだ。二号さんか。こんなに早い時間からシフトに入るって、何か欲しいものでもあるの?」
「いえ、咲間さんを待っていたノデス。オーナーさんと店長さんの体調が心配ナノデ、ちょっと相談ヲと思いましテ。」
「相談?あらたまって何を言うかと思えば。まあいいや。バックヤードで話そう。おーい。ちょっとレジ代わってくれるか?」
二号さんの能力は変身するだけだから、二人の健康とか、店の売り上げや人件費には影響とかは出ないと思うんだけど・・・。
レジをもう一人のバイトの子に任せて、二号さんを連れてバックヤードに入る。
「で、二号さんが母さんと兄さんの体調を心配してくれるのはうれしいんだけど、このご時世だ。売上を上げるか人件費を削るか、どっちかしかないんだよね。気持ちはありがたいんだけどさ。」
「デスカラ、ボクは変身できマスヨ?」
「うん。知ってる。」
「・・・ボクがオーナーさんや店長さんに化けて、仕事をすれバいいのデハ?」
「でも、人件費がかかるでしょ?二号さんが働くことには変わりはないんだからさ。」
「・・・お賃金、要りマセンヨ?そもそも今、二重取り状態デスシ。」
「はい?」
・・・二重取り?
いや、二号さんに給料を払ってるのはウチの店だけだけど・・・?
ん?どういうことだ?
「ボクたち眷属ハ、マスターに召喚されてこの世界にいる間、ずっと魔力を対価としてもらってマス。要するにお賃金デスネ。デスカラ、魔力とお賃金、二重取り状態なんデスヨ。」
「・・・もしかして、無給で働くつもりなの?それに、母さんと兄さんのシフトって連続してるから、最低でも36時間、ぶっ通しになるんだけど?」
「オーナーさんや店長さんにもよくしていただいテルシ、一週間に二回ずつ、つまりお二人が土日とか休めるようにボクが代わりに働きマスヨ。それにボク、そもそも人間じゃないデスシ。十分な魔力さえあれバ、一年くらい寝ずにぶっ通しで動けマスヨ?」
マジか・・・。
でも、それをしたら、二号さんと友達でいられなくなるような気がする。
でも、母さんも兄さんもそろそろ倒れそうだし・・・。
「少し、考えさせて。でも・・・さすがにそれを頼む気は・・・。」
「前向きに検討しテくだサイ。どうしても気になるようデシタラ、猫缶とカリカリ、猫ちゅーるの新味の入荷の検討ヲお願いできレバト。おっと、レジが混んできたようデス。」
二号さんはそこまで言うと、レジに向かってしまった。
外見が遥香っちだから、二号さんがレジに立つと、気付いた通行人がわざわざ店に入ってくるんだよね。
さて、どうするべきか。
そもそも、二号さんが人間じゃないこと、遥香っちが魔女「仄香」入りだというところから説明しなくてはならない。
いや、その前に友達三人が魔法使いだってことからの説明からか?
例の事件の影響で魔法使いが存在するのは知れ渡ったけどさ。
うーん。
二号さんの気持ちはうれしいんだけど、これは・・・根本的な解決になってないね。
◇ ◇ ◇
同日 夕方
二号さんがちょうど仕事をしている時間、母さんと兄さんがそろって起きている時間。
あたしと母さんにとっての晩御飯、兄さんにとっての朝飯の食卓を囲みながら、二号さんの提案を・・・できるかっての。
「ごほっ。ごほっ。」
「幸夫。風邪っぽいね。今夜の夜勤、私が代わりに入ろうか?」
「母さん。今帰ってきたばかりだろう?それに明日の朝からシフトじゃないか。大丈夫だよ。」
「ねえ、兄さん。あたし、期末テストが終わったんだけど、夜勤に入ろうか?精算作業はちょっと自信がないけど・・・。」
「恵。お前、まだ17歳だろ?夜勤になんて入れられないよ。それに、大学受験間際の妹にもし何かあったらと思えば、俺が出勤したほうがずっとましだ。」
「そうね。恵が出勤するくらいなら私が出勤して、18時間くらい勤務しても気にならないわね・・・熱、測るわよ。」
母さんは兄さんの手を押さえ、耳に瞬間計測式の体温計を差し込む。
一瞬でピピっとなり、体温が表示される。
・・・39.8℃。
高熱だ。
「これ、駄目じゃない。今日は寝て、明日病院に行きなさい。それと、恵。お前は私の部屋で寝なさい。・・・幸夫。恵にうつさないようにね。」
「いや、俺が出勤すれば二人にはうつさないって。大丈夫、らいじょうぶだって。」
真っ赤な顔をして、ご飯もそのままに席を立とうとする。
っていうか、ろれつが回ってないしフラフラじゃないか。
「ちょっと待って!・・・兄さん、今から代わりの人が、見つかれば、3日くらい休んでもいいんじゃない?」
ええと、いつも夜勤に入ってくれてた小此木さん、それとも中原さん・・・今から電話してきてくれるかな?
「そうは言っても、精算を人任せにするつもりは・・・ごほっごほっ。」
このままでは、兄さんが大変なことになる。
もう、どうしょうもない。
二号さんには悪いけど、ほんの少し、助けてもらえれば・・・。
とにかく、二号さんのことを、遥香のことを話さなければ。
・・・そうだ。
仄香さんにも許可を取らないと!
晩御飯をそっちのけで、私は念話のイヤーカフを起動した。
◇ ◇ ◇
仄香
・・・迷惑ではないだろうか。
ここのところ頻繁に、遥香の家で夕飯をご厄介になってしまっている。
というか、そろそろ香織が身重になってきたので、エルをつれて夕食の支度の手伝いに来ているんだが・・・。
「マスター。チューブのショウガが切れた。あと濃縮つゆがもうすぐなくなる。買ってきて。」
「・・・はいはい。遥香さん。他に必要なものはありますか?」
「う〜ん。お味噌もしょうゆもあるし・・・あ、海苔がもうすぐなくなるかも。いつものやつ買ってきて。」
なぜかエルと遥香が二人でキッチンに立ち、私は香織の相手をしている。
私が遥香、そして遙一郎の古い先祖であることを知った香織が、「胎教にいいから」という理由で自分の腹を私に触らせているのだ。
しかも、私としたことが見落としていたらしい。
・・・香織の腹にいるのは、男と女の双子なのだ。
・・・鑑定術式でしっかり調べただろうって?
そりゃ調べたさ。
対象を一人にしか設定していなかったけどな。
「ねえ、仄香さん。この子たち、遥香みたいに美人になるかしら。それとも、貴女みたいな魔法の才能があるかしら?」
香織が自分の腹を撫でながらつぶやく。
「・・・遥香さんのように美人になるのは確実ですね。それに・・・二人とも魔力はかなり高いようです。たとえ魔法使いが無理でも、確実に魔術師にはなれそうですね。」
必ずしも魔法使いや魔術師になるのが幸せってわけじゃないんだが・・・。
香織の腹をひと撫でし、席を立つ。
海苔は料理ですぐ使うわけではなさそうだが、後で必要な時に無いと困るだろう。
「とりあえず、チューブのショウガと濃縮つゆ、それから海苔ですね。いつもと同じものでいいですか?」
「マスター。咲間さんの店で。売り上げに貢献。」
・・・わざわざ足立区の北端から川崎の真ん中まで行けってか。
グローリエル。
おまえ、マスターづかいが激しいぞ。
・・・そういえば今頃はシェイプシフターが勤務に入ってたっけ。
ついでに様子を見てくるか。
「香織さん。ちょっと買い物に行ってきますね。・・・グローリエル。宗一郎さんが来たら先に食べてもらっていてください。」
財布を持ち、杖を片手に久神家を出ようとした時、念話にピリっと反応があった。
《仄香さん。ちょっと、助けてもらいたいこと、いや、許可してほしいことがあるんだけど・・・。》
《あら、咲間さん。今からそちらに買い物に行こうかと思ってたんですけど・・・お店にいるんですか?》
《あ、いや、まだ家にいる。急いで店に向かうから店の中で待っていてくれないか?》
《ええ。分かりました。ではお店で。》
◇ ◇ ◇
長距離跳躍魔法で咲間さんの店の前に降り立ち、店の中を覗く。
レジにはシェイプシフターが立ち、その前には大行列が出来ているのが見えた。
「あ、仄香さん。ごめん、呼び出したりして。もしかして夕飯時だった?」
「いえ、足りないものがあって、どちらにしても買いに出るつもりだったんです。何があったんですか?」
咲間さんと二人で店内に入り、レジにいる遥香の姿をしたシェイプシフターに声を掛け、バックヤードに入る。
休憩室を兼ねた事務室の椅子に座ると、彼女は少し言いづらそうに、ゆっくりと話を切り出した。
「例の事件・・・東側の国や産油国がヤバいことになった影響がとうとうウチの店にも出始めたんだ。・・・いくつか、入荷できない物が出始めてる。自共党の政策のおかげで、食料や調味料、洗剤なんかはなんとかなってる。でも、石油製品が値上がりして、原価率が上がって・・・。売り上げも・・・。」
やはり、これも私のせいだ。
千弦を殺されたと思って、敵国を滅ぼそうとしたから・・・。
なんとかしなければ。
このままでは彼女の生活が立ち行かなくなる。
「分かりました。いくら必要ですか?」
とりあえず一本あれば足りるか?
今、バッグの中には帯付きは4つしか入っていないから、残り6つは急いで玉山に取りに行かなくては。
「へ?いや、あたしはそんなつもりじゃ・・・。ただ、二号さんが助けてくれるって・・・。兄さんが熱を出して寝込んで、母さんが過労で倒れそうで、でもあたしの大学入試に影響がないようにシフトに入れてくれないから・・・。」
ああ、また間違えてしまった。
それに、お兄さんの幸夫さんは高熱で寝込んでいるのか。
大至急、対細菌・ウイルス系の回復治癒呪をかけなければ。
・・・ん?シェイプシフター?
ああ、そうか。
無給で使える人材がいたじゃないか。
「では、シェイプシフターをお二人のどちらかに化けさせましょう。彼をお二人の代わりに働かせて、ゆっくりと休んでもらいましょう。当然、無給で結構です。」
「うん。二号さんも同じことを言ってた。でも、それって良いのかな?二号さんのことは友達だと思っているんだよ。なのに、そんなこと頼んで良いのかな?」
・・・シェイプシフターのやつ、幸せ者だな。
そもそも眷属は、召喚されている間はずっと私の魔力を対価として受け取っている。
彼もそれが分かっているから、自分から言ったのだろう。
実際、今の状態は報酬二重取り状態なのだ。
・・・まあ、後でシェイプシフターにはこづかいでも渡しておけばいいだろう。
「彼は人間ではありませんから、何時間働かせても労働基準法は気にしなくて大丈夫です。それに友達だと思ってもらえるのであれば、むしろ喜ぶでしょう。遠慮なく使ってください。シェイプシフターには私から言っておきます。それよりも、お兄さんのお見舞いに行きましょうか。」
いずれにしても、咲間さんのお兄さんにはいろいろと世話になっている。
病気ということであれば、回復治癒呪で治してしまおう。
◇ ◇ ◇
シェイプシフターに店を任せ、咲間さんの家にお邪魔する。
「お邪魔します。咲間さん・・・恵さんの友人で、・・・魔女『ジェーン・ドゥ』と申します。お店のアルバイトの件で・・・。」
夜勤が始まる時間までそれほどない。
であれば、幸夫さんの回復治癒を同時進行で行いながら、私が巷で騒がれている魔女であること、そして今まさに魔法で治療をしていることの説明をしていく。
・・・おいおい、肝臓がボロボロじゃないか。
それに、胃潰瘍が・・・。
完全なる過労状態だ。
お母さんのほうは・・・うん、こっちは明日にでも心臓に疾患が起きそうだ。
心筋梗塞の気配もあるし・・・。
うわ、腎盂炎を起こしかけてる・・・。
「く、はぁぁぁ!生き返ったような気分だよ!これが魔法か!よし、これなら今夜どころかあと半年は頑張れそうだ!」
いや、頑張るなよ。
頑張っても、また身体を壊すだけだぞ。
その前に鬱になるか?
「ほんと、すごいね!痛くてたまらなかった腰が、嘘みたいに軽いよ!いや、ありがたやありがたや。」
・・・腰が痛いのは腎盂炎のせいであって単なる腰痛ではない。
このまま同じように働いていたら、いつか本当に死んでしまうぞ。
「とりあえず身体の異常はすべて治しましたが、このまま同じように仕事をされるのであれば根本的な解決になっていません。まずは人件費の削減、ということで私の眷属を貸し出します。無給でこき使ってやってください。」
召喚魔法について軽く話しながら、シェイプシフターの性能と使い方について説明していく。
ついでにマンハッタンの路上でホットドッグを売っている馬鹿や、おもちゃ屋で着ぐるみに入ってるアホも呼んでおこう。
女児服のモデルをやっているロリッ子は・・・外見的に無理かな。
「・・・すごいな。俺にも母さんにも化けられるのか。でもすぐには仕事なんてできないだろう?」
「ええ。とりあえず今日は彼と一緒に夜勤に入ってください。でも、絶対に無理はしないように。明日の朝からはお母さまと一緒に仕事をさせます。一週間もあれば、大体の仕事を覚えられるでしょう。そうしたらゆっくり休んでください。」
「え?でも、そのシェイプ・・・二号さんはいつ休むんだい?伸びちまうよ?」
「彼は人間ではありませんから。なんだかんだ言っても『怪異』の一種。十分な魔力さえあれば一年だろうが十年だろうが働き続けられます。・・・まあ、その間私が使役できる眷属が減りますけど。」
まずは姑息的療法でも構わない。
この二人がつぶれる前に、身体を休ませる時間を作る。
「・・・よし。背に腹は代えられない。ジェーンさんのご好意を受けよう。・・・幸夫。しっかり教えてやるんだよ。」
とりあえずこれで目の前の問題は一つ、解決した。
あとは咲間さんと相談して決めていくしかないだろう。
何か、こう、強力なテコ入れができる方法があったらいいんだがな。
ゆっくりと、でも確実に、仄香が暴れた余波が、忍び寄ります。
同時に、咲間さんも、だんだんと壊れ始めます。
ですが、彼女たちには心強い友人たちがいます。
助け合い、励ましあい、何とか乗り越えようとするでしょう。
そして次回。
いよいよ千弦と琴音が、癒しを求めて、人生で最大の大勝負に出ます。
彼女たちは、無事癒されるのでしょうか。
次回「227 勇気と恋の決断/踏み出した一歩」
6月22日12時10分公開予定。




