223 戦いが終わる時/少女たちの帰還
仄香in琴音
リュシアを倒し、バシリウスを業魔の杖・・・藻女が捕縛し、ユリアナがすべての聖釘を無効化した。
だというのに、なんだこれは!
私以外の人間が神格を降ろすなど、見たことがない!
チヅルはその4枚の翼を広げ、不可視の衝撃を放ち、研究所の天井を吹き飛ばす。
そのまま、一瞬で空高く飛翔する。
何をするつもりだ?
とにかく、追わなければ!
「かけまくもかしこきたけみかづちのおおかみの・・・・きよきこころのまことをさきとし・・・たたえごとをえたてまつるこのさまを、・・・のびさいわいまどかにして・・・かしこみかしこみももうす・・・!」
私は慌てて武甕槌大神を降ろし、そのまま飛翔しながら、続けて伊弉諾尊を降ろす。
「かけまくもかしこきいざなぎのおおかみ。つくしのひむかのたちばなのおどの・・・!」
神降ろしの祝詞は全自動詠唱機構で代用が利かない!
当然だ、自分よりも大きな意思を降ろすのに、機械や代理人に感謝を代行させられるか!
チヅルはリレハンメルからオスロを超え、スカゲラク海峡、すなわちスカンジナビア半島の南、デンマークとの海峡に向かい、亜音速で飛翔する。
私が追っていることに気付いたか、空中で一瞬、チヅルが停止する。
チヅルが何かを呟くと、その左手がキラリと光り、遅れて轟音が響き渡る。
「く!?防御障壁全開!・・・再展開!」
障壁が歪み、何かが弾けて空の彼方へ飛んでいく。
ギリギリ間に合った!
・・・く、なんて威力だ!
一撃で障壁が七枚消し飛んだぞ!?
あの光、まるで収束熱核魔法じゃないか!
魔女でもあるまいし、人間の一撃がミズーリの主砲を超えるだと!?
なんという、術式制御能力!
あいつ、敵に回すと最悪だな!?
・・・二柱降ろしていてよかったよ。
普通じゃ絶対にとめられない!
「千弦!目を覚ませ!そこに琴音はいるか!いるなら千弦を叩き起こせ!取り返しがつかなくなるぞ!」
風の概念精霊を介して語り掛けるも、一切の反応がない。
くそ、聞こえていないのか!?
それとも、もうそこにいないのか?
風を切りながら誰かが私の横に並び立つ。
紫雨か!
「"Evigila, umbra susurrans.Flore, flos murmurans.Canite, venti garrientes.In nomine regis noctis,mille vocibus carmen victoriae concinate!"(目覚めよ、囁く影。咲き誇れ、口遊む花。奏でよ、囀りの風。夜帳の王の名の元に、万の声をもって勝利の歌を合唱せよ!)・・・?ぐうっ!?」
「紫雨!近づくな!チヅルの感情波動に巻き込まれるぞ!」
紫雨が単独多重詠唱魔法を展開し、非殺傷系の魔法を豪雨のようにたたきつけるも、魔導兵装とやらの障壁を貫くことができない!
手持ちの魔法であの障壁を貫くのは容易い。
空間衝撃魔法でも、浸食魔法でもいい。
だが、貫通力が高すぎて、確実にチヅルに致命傷を与えてしまう!
すでに人格情報と記憶情報が残っているかも怪しいのに、脳を傷つけたら蘇生は絶望的だ!
海峡上空で千弦は短く詠唱すると、光の弾丸を四方にばらまき始める。
「下にいる軍隊は米軍だ!お前を助けに来たんだ!敵じゃない!くそ!一発弾き損ねた!」
「母さん!洋上の空母が!・・・人的被害は・・・大丈夫だ!叔母さんが何とかしてくれる!」
紫雨は耳元を抑え、何かを確認している。
・・・そうか!オリジナルの念話のイヤーカフか!
下に星羅がいるのか!
「紫雨!米軍を下がらせて!死人が出たら取り返しがつかない!」
すべての将兵が、フレデリック大将の意見に賛同して千弦を救いに来ているのだ。
私にとっては、敵を殺すなら何人殺そうが構わない。むしろ、数が勲章だ。
私にとっても、関係ない無辜の民を殺すのは罪になる。数は罪業だ。
当然、千弦にそんな罪を負わせたくはない。
そして・・・自分を助けるために命を懸けている人間を殺すなど、たとえ未遂であっても千弦に経験させたくはない!
「母さん!前!」
「・・・!しまった!間違えて躱してしまった!」
チヅルの右手から放たれたサッカーボール大の光の玉が海峡を北上する巡洋艦に向かって接近する。
くそ!やってしまったか!
だが、巡洋艦の少し手前、何もない空間で光の弾がはじけ飛ぶ。
「・・・まったく、世話が焼けるお姫様だ。いや、魔女か?仄香。いままで僕のことをすっかり忘れていただろう?」
「私のこともね。・・・ふう、ガドガン。あんた、ちょっと重いわよ。」
エルリック!リザも!
大ぶりな箒に跨り、高速で飛翔するリザと、・・・リザの後ろに抱き着いて白い杖を構えるエルリック。
・・・いい歳した大人が老婆に後ろから抱き着くって・・・。
まあ、箒の扱いでリザに勝てる奴なんていないだろうけどさ。
「エルリック。リザ。ありがとう。でも無理はしないでね。」
「ああ。流れ弾は僕に任せろ。それに、フィリップスも来ている。下はあいつが障壁を張っている。今のうちに千弦を!」
「ええ!よし、琴音の身体よ!持ってくれよ・・・!かけまくもかしこきあまてらすおほみかみ、うぶすなおおかみらのおおまへを・・・・かしこみかしこみももうさく・・・・。」
かまわず三柱目の神格、すなわち天照大神の神格を琴音の身体に降ろす。
単体でさえ恐ろしく負担がかかる神格だ。
はっきり言ってこの時点で正気ではない。
現在進行形で一億人近くに信仰される、最強クラスの神格を三柱も降ろすなんて。
だが、これからの戦いではいちいち詠唱している余裕はないし、チヅルの戦力を大幅に上回らなければ千弦を助けられない。
どん、と身体を叩く衝撃。
もはや不可能はないとさえ感じる全能感。
溢れ出る莫大な魔力と生命力。
さらに全自動詠唱機構を構え、自動詠唱で契約している眷属のうち、空戦が可能な眷属に働きかける。
これほどの神降ろしをして、かつ眷属を召喚するなどはっきり言ってぶっ飛んでる!
だが・・・。
「来い!ガルーダ!ベンヌ!フレースヴェルグ!スレイプニル!頭を押さえろ!だが脳は絶対に傷つけるな!」
インド神話における神鳥が雷撃を伴い、フェニックスのもとになったエジプト神話の聖なる鳥が轟炎を纏い、北欧神話における巨大な鷲が嘴を広げて咆哮し、同じく北欧神話の主神の乗馬が空を駆ける。
「敵増援を確認。非常モード。全リミッター解除。3番、4番の人工魔石を全開放。」
目に見えてチヅルの処理能力を圧迫し、同時に常に上空から襲い掛かるので彼女の攻撃が自然と上方向のみに限定される。
「まだまだぁ!来い!シレーヌ!ヴァルキリー!アラウネ!精神干渉であいつの頭をかき回せ!だが絶対に魂に傷をつけるな!」
ギリシャ神話の半透明の歌姫、シレーヌが宙を舞いながら歌い、北欧神話における魂の導き手たる12体の戦乙女が天馬を駆って駆けまわる。
さらにそれらを追うかのように風に乗った多数の花の精が精神幻覚作用のある花粉をばらまき、海峡上空を満たしていく。
「警告。情報量が感情波動共鳴装置の処理能力を超えています。緊急停止、および強制冷却を行います。」
それまでチヅルがまき散らしていた、はらわたを掻き出されるような激痛、絶望、そして憎悪が引いていく。
「ようやくか!千弦!辛かっただろう!今助けてやる!」
「・・・!処理回路に異常発生!対話モード終了!警告!最終安全装置が解除されます!」
「うるさいこの木偶が!起きろ!千弦!」
・・・よし、米軍が十分な距離をとった!
「・・・・・・万物の礎にして万象を織り成す小さき者よ。理の陰に潜みし第二階梯第一逆位の根源精霊よ。」
何・・・!?
根源精霊魔法、だと?
なぜその詠唱を!?
コイツ、何をするつもりだ!
「押さえろ!絶対に詠唱させるな!来い!チョルノボーグ!拘束しろ!カルティケーヤ!チヅルの口を閉じさせろ!喉を焼いてもいい!」
チヅルの目の前に暗黒が広がり、スラブ神話・・・ウクライナにおける暗黒の神がその腕を広げ彼女を包み込む。
同時に神速の翼に跨る軍神が、その腕でチヅルの首をひねり上げる!
「・・・我は今、一筋の力強き灯を以て汝を輩とともに虚空より喚びだす者なり。」
バツン!と爆ぜるような音が響き、チョルノボーグが爆散する。
至近距離で魔導砲を撃ち込んだのか!
だがカルティケーヤは一瞬で後ろに回り込み、その首を締め上げる。
「グ・・・ふ、ふんぬぅううう!・・・我が声に応えし刹那の根源精霊よ・・・。」
「ティアマト!ウィツィロポチトリ!押しつぶせ!」
もはや、無傷でとはいかないのか!
メソポタミア神話の原初の海の女神が海の中から轟音とともに立ち上がり、チヅルを包み込む。
同時に、アステカの戦神、ウィツィロポチトリが爆音とともに現れ、巨大な指でその口を抑え込む。
「・・・我は奇跡の御手を・・・以て汝を・・・光の如き甲矢と為さん。」
ふざけるな!
ここまで来て、ここまで来てやらせるか!
そんなものを撃ち出したら、そんな魔法を使ったら、お前の身体も魂も、一瞬で蒸発してしまう!
「いい加減に起きろ!琴音!千弦を叩き起こせ!」
「その大いなる原初・・・。」
く、くそ万事休すか!
このままでは、千弦は大量虐殺者、しかも味方殺しの汚名を着せられたまま死んでしまう!
ならばせめて私の手で殺すしかないのか!
「・・・来い!布都御魂!くそ、くそ、うあぁぁぁぁぁ!」
意を決し、チヅルの周りに群がる眷属をかき分け、布都御魂剣を振りかざし、その首に振りかざす。
恐ろしくゆっくりと流れる時間の中、キラリ、とチヅルの左耳のピアスが光る。
なぜ、あれだけが残された?
なぜ、バシリウスは見逃した?
そんな見当違いな疑問とともに、千弦の笑顔、膨れ顔、恥ずかしそうな顔、そして琴音の泣きそうな顔が走馬灯のように流れていく。
お前たちを二人だけにはしない。
もうこんな世界、どうでもいい。
紫雨、星羅。幸せになってくれ。
私はもう生きていたくない。
これが終わったら、光撃魔法でこの身を焼こう。
だから、どうか、せめて、一瞬で!
「だめぇぇぇ!」
何者かが私の手を止める。
今の声、仄香の、オリジナルの南雲仄香の声か!?
・・・詠唱が、口をふさいでないのに止まった!?
まさか、間に合ったのか!?
「・・・んぁ?琴音?いや、もしかして仄香・・・?あぁ、よく寝た。あれ?私は・・・。え、えええぇぇ?」
切っ先がその首の皮一枚を切ったところで、彼女は場違いにのんびりとした声で私の名前を・・・懐かしい名前を呼び、そして目を丸くしていた。
◇ ◇ ◇
チヅル/南雲 千弦・琴音
不思議な、感覚だ。
すぐ近くに、琴音がいる。
琴音の気持ちがわかる。
私を、こんなに信じてくれていたのか。
幸せだ。
すぐ近くに姉さんがいる。
そうか、こんなに辛かったんだ。
なのに、私を守ってくれていたのか。
何も、いらない。
私たちは、ここで一緒に眠ればいい。
未来永劫、このままで・・・
「千弦!目を覚ませ!そこに琴音はいるか!いるなら千弦を叩き起こせ!取り返しがつかなくなるぞ!」
うるさいなぁ・・・せっかく気持ちよく眠っているのに、なんで起こすのよ。
「下にいる軍隊は米軍だ!お前を助けに来たんだ!敵じゃない!くそ!一発弾き損ねた!」
ほら、空はこんなに広くて、海はこんなに・・・なんだこれ?海が、・・・灰色?
「紫雨!空軍を下がらせろ!攻撃できないならいるだけ邪魔だ!陸軍もだ!」
・・・私の声・・・いや、私の声・・・そもそも、私はどっちだっけ?
あ、手のひらから星が出てる。
きれい・・・
おもちゃの船に当たった。
あ、燃えちゃった。
「ジェラルド・R・フォードが!・・・紫雨!被害は!死人は出てないか!・・・エレベータが吹き飛んだだけか?」
え?ジェラルド・R・フォード?
どこどこ?あれ、一度乗ってみたかったんだよね・・・ん?
姉さん、ミリオタなのもいい加減にしたら?時々何言っているのかわからないわよ。
・・・さっきからうるさいわね・・・
それに、だれか、私たちの邪魔をしているような・・・
「対象、いまだ健在。人工魔石1番が枯渇。2番、オーバーヒート警報。」
うわ、いやらしい声。
コイツとは友達になれないな。
「いい加減にしろ!千弦!早く起きてチヅルを叩き出せ!」
・・・誰かが私を呼んでいる
・・・誰かが姉さんを苛めてる。
「千弦。お前は姉さんでしょう?しっかりしなさい!琴音を、妹を守るんでしょう?」
あ、二葉おばあちゃん。
何でこんなところに?
だから今、私は琴音と一緒に・・・。
「・・・!処理回路に異常発生!対話モード終了!緊急安全装置が解除されます!」
「うるさいこの木偶が!起きろ!千弦!」
・・・琴音の声!いや、これは仄香か!
身体の制御が・・・そもそも私の身体かこれ!?
手足が、勝手に!
魔力も、どこからこれだけあふれてるのよ!
「ふ、ふんぬぅううう!」
声、出た!
琴音が見てる!
気合、気合、気合だぁぁぁぁ!
◇ ◇ ◇
目を覚ますと、そこは海の上だった。
いや、トンネルを抜けると、じゃないよ?
雪国のほうがましだって。
っていうか、どうなってんのよこれ!?
「千弦、千弦・・・痛いところはないか?苦しいところはないか?・・・ああ、千弦、千弦・・・!」
「・・・琴音?いや、琴音に憑依してる仄香?これ、どうなってるの?ってか、なんで私飛んでるの?」
今更なんだが、バシリウスに切り刻まれた後の記憶がない。
というか、この身体・・・誰の身体?
「・・・千弦。何も思い出さなくていい。家に、日本に帰ろう。」
目の前で仄香が泣いている。
琴音の身体で。
周囲に、恐ろしいほどの量の眷属を引き連れたまま。
「千弦さん!・・・よかった、意識を取り戻したんだね。母さん。早く千弦さんを元通りに。そのままじゃあんまりだ。」
遅れて飛んできた紫雨君の言葉に、思わず自分の手足を見てしまう。
・・・これ。
バシリウスに。
「あ。う、あ、あああああ!ぐ、バシリウス!バシリウスはどこ!許さない!私の、私の身体を!よくも、よくも、殺してやる!」
身体中の血液が逆流する。
そもそも、流れているのは私の血か?
激しく動悸が踊る。
そもそも、今動いているのは私の心臓か?
息が、できない。
そもそも、今痙攣しているのは、私の横隔膜か?
「私の、私の身体!私の身体はどこ!私の心臓!私の顔!私の・・・子宮!かえして、返して!」
「お、落ち着いて!千弦さんの身体は星羅さんが保護しているから・・・」
紫雨君が慌てて私の両手を握る。
・・・私の両手は、その温かいはずの体温も感じられない。
でも、私の身体は、無事、なのか・・・?
いや、今、彼は何と言った?
「保護・・・誰かが私の身体を使ってるの!?許せない!そいつも、バシリウスも、みんな、みんな殺してやる!」
ぱしん、と左頬に、衝撃が来る。
・・・琴音?いや、仄香?
「千弦。落ち着け。まずは下に降りよう。私が必ずお前の身体を元通りにする。バシリウスにも、復讐させてやる。だから、お願いだ。一緒に帰ろう。」
・・・仄香・・・お願いだから、その顔で泣かないで。
ただでさえ、全身がどす黒いものに包まれているのに、これ以上・・・。
《姉さん。まずは、落ち着こう。・・・それにしても・・・私、死んだかと思ってたよ。》
「琴音!・・・なんで、ええ?目の前に琴音がいるのに、なんで!」
琴音の記憶が流れ込んでくる。
私が死んだと思った時の、絶望、諦観、そして・・・自殺。
頭から冷水をぶっかけられたかのような、私自身の痛みなんてどうでもよくなるような衝撃。
私のせいで、琴音が、自殺・・・?
それに・・・。
「あ、あんた、まさか、なんてことを・・・それも、エルの目の前で・・・。あんた、馬鹿じゃないの!?」
考えなしに動く馬鹿だとは思っていたけど、エルは私たちよりはるかに長く生きるんだ。
それなのに、一生の傷になるようなことを。
「・・・とにかく、みんな下に降りない?足元がおぼつかなくて。」
紫雨君の言葉にハッとして足元を見る。
・・・ああ、そういえばまだ空の上だったよ。
◇ ◇ ◇
紫雨君の案内で、北海を航行中のジェラルド・R・フォードの甲板に着地・・・いや、着艦する。
う、うわあぁぁ。
こんな状況にも関わず、興奮してしまう自分が憎い。
「あ、あれ、第8空母航空団のEA-18Gグラウラーじゃない?うわ、こっちは E-2Dホークアイ!うわ、本物だ・・・あれ?左舷前部のエレベーターが・・・ない?」
事故でもあったのだろうか?
なんか、せっかく乗れたのにもったいないな。
「星羅!千弦の身体の状態は?」
【問題ありません。すべての臓器が正常に動いています。・・・千弦さん、こちらに。】
アメリカの最新鋭空母の艦橋に見とれていた私の手をひき、星羅さんが艦内へと案内する。
数人のアメリカ将兵が周囲を遮るかのように取り囲む。
・・・いや、この人たち、かなり階級が高いな。
「星羅さん。私の身体・・・無事、なの?」
【ええ。今先ほどその身体を解析しましたが、こちらで確保している肉体と合わせて、ほとんどすべての臓器が無傷で揃います。・・・ただ、手足と右目、右耳は喪失しています。蛹化術式を使ってアミノ酸から再構築する予定です。】
「そう、なんだ。・・・・あ、あの、その・・・。」
臓器、と言われて思わずあの事を思い出して赤面してしまう。
バシリウスに奪われた・・・子宮。そして卵巣は・・・無事なのか?
っていうか、使われたりしてないよね?
【それと、子宮も卵巣も新品のままですから安心してください。膜も無事ですよ。】
「ぶふぅぅ!・・・人が言い淀んでいたのにそんな大声で・・・。」
【この念話は千弦さんにしか聞こえていませんよ。それより、早く元の身体に戻しましょう。それに、そろそろ琴音さんの魂を戻さないと。完全に同化してしまうと元に戻せませんので。】
そうか、琴音の魂はやっぱり私の中にあるのか。
元に戻せなくなっても、私はむしろ嬉しいんだけど・・・。
・・・あ。
「ねえ、元に戻せなくなるまであとどれくらい時間があるの?」
大事なことを忘れていた。
これをやっておかないと、けじめがつかない。
「あと7時間がデッドラインだ。千弦。何をするつもりだ?」
仄香が私の顔を覗き込む。
だが、私の気持ちにはすでに気付いているようだ。
「うん。けじめをつける。バシリウスはどこ?それと、セレナも。」
アイツらにはきっちり、お返しをしてやらないと気が済まない。
そう、特にバシリウスには言いたいことがある。
「・・・そう、言うんじゃないかと思った。二人とも確保した。こちらに移送している。まもなく到着するだろう。」
私は、アイツが見ている目の前でやるべきことがある。
そのあとのことは仄香に任せるけど、これだけは譲れない。
◇ ◇ ◇
米軍の司令官に仄香がお願いし、ジェラルド・R・フォード の格納庫の一部を貸してもらい、紫雨君の次元隔離魔法で完全に隔離する。
目の前には、木と骨、複数の円盤でできた人型の何かが巻き付いたバシリウスと、身体の一部が抉られたセレナが転がっている。
仄香が合図すると、それぞれがゆっくりと解放された。
「ぐ・・・小娘。儂に勝った気でいるのか。だが儂の魔導科学をもってすれば!」
「魔導科学、ねぇ。あんたが睡眠学習とやらで私の頭に垂れ流したあれ、全部タダのパクリじゃん。あんた、ずっとパクり続けて『魔導科学・キリッ!』とか言ってたわけ?」
「小娘がぁ!お前に魔導科学の何が分かる!」
「分かるわよ、そりゃ。魔導兵装?紫雨君の次元隔離魔法を防御用に作り直しただけじゃん。魔法の詠唱を術式に変換するときに構造式くらい変えろっての。それから感情波動共鳴装置?ただの無差別念話術式じゃん。パクるんだったら相手の抗魔力くらい中和してみなさいよ。魔導砲?光撃魔法を純魔力と混ぜただけじゃん。」
「ぐ、な、何を!実戦で使えるようにしたのは儂の!」
「だから、最初に実戦で使ったのは魔女じゃん。音響魔導兵装?仄香の魔封じの剣の音響干渉術式とどこも違わないじゃん。・・・あんた、ほんとに何かを一から作ったことってあるの?」
「こ、小娘が!不動縛鎖は儂の!」
「それ、やっぱりパクリだから。神聖魔法で不動明王の不動縛鎖の術、ってあるじゃん?あれを北欧神話風に焼き直しただけ。しかも知っててやってるよね?ねえ、仄香。不動明王呪ができたのっていつ頃?」
「8世紀前半ですね。私がかぐやと名乗っていたころにはすでにありましたよ。」
いつの間にか仄香の口調が戻ってる。
落ち着いてきたのか、紫雨君や星羅さんがいるからか。
「で?パクリウス。あんた、今何歳?」
「ぐ、う、があぁぁぁぁ!貴様、儂を愚弄するか!小娘が、半世紀も生きていない小娘が!わしをいったい誰だと!」
「知らないって。ああ、もしかして命の対貨って、あんたが作ったの?たくさん持ってたね。」
「・・・千弦さん、それもかぐやの時代からありました。」
「小娘ぇぇ!では、貴様は何をした!先達を愚弄するほどの何を持っている!?」
「・・・あんた、まだ気づいていないの?仄香、見せてあげて。」
私の言葉に、仄香は左腕のブレスレットを顔の前にかざす。
そして、無言のまま魔力を集中させる。
ポン、と軽い音がして、小さな灯が空中に灯ったとき、それを見ていたバシリウス・・・パクリウスは一瞬呆けたような顔をした後、のどからひねり出すような声を上げた。
「ま、まさか、無詠唱・・・いや、ちがう、なんだ、これは・・・?」
「全自動詠唱機構。ま、ただの子供だましだね。・・・気付いていなかった?別に魔女だから詠唱しないで済んでいるわけじゃないって。」
「・・・まさか、きさま、おまえが・・・。」
「いや、結構作るの大変だったのよ。そう、アイデアを思いついてから完成させるまで半日もかかったのよ。で?パクリウス。あんたは何年かけてパクったの?」
「う、儂は、パクってなんて、いや、だが、まだ・・・。」
・・・あと一押し、かな。
「そうね。後はこんなのも。」
仄香から受け取ったもう一つのブレスレット・・・抗魔力増幅機構を取り出す。
そして、それをパクリウスの手首に巻き付ける。
「な、何を・・・。」
「はい、ちょっと危ないからこれつけててね。ただ殺すなんてもったいないし。それと・・・あれ、持ってる?」
「・・・ええ。何かの役に立つかと思って持ってきましたが。」
仄香がポケットから取り出したそれは、私が遥香の誕生日に贈った、スラタヤサーラヤナの香りをばらまくペンダントだ。
ここにあるということは、遥香に何かあったのか?
でも、仄香の様子を見る限り心配はしなくてもよさそうだ。
受け取ってすぐ、魔力を流し込む。
「ぐ、う、うぉぇぇぇ!こ、小娘、何をした!」
「べつに。不快害虫よけのお香を焚いたの。これも私が一から作った。あれ?もしかしてもうだれか作ってた?」
「み、認めん!儂だって、時間をかければ、きっと、作れるはず・・・!」
う~ん。
しつこいな。
なかなか折れそうにない。
どうしたものか。
「・・・千弦さん。これもあなたの発明でしたよね。バシリウス。これが何だかわかりますか?」
仄香が懐から何かを取り出し、魔力を流し込んで起動する。
あ、あれ、ラジエルの偽書じゃん。
なんだってあんな危険なものを持ち歩いてるのよ。
魔力が枯渇したらどうする・・・あ、魔女だからそんな心配はないのか。
「な、なんだ、それは・・・。」
「神話に登場する大天使、ラジエールの書。すなわち、世界にあるすべての出来事が記録されている書です。彼女はその概念だけを参考に、人工的に本の悪魔を合成し、かつ術式で完全に制御。そして、精神世界に存在するすべての魔導的知識を検索する書、すなわち、『ラジエルの偽書』を作りました。わずか、17歳の時に。」
仄香はそう言い、ラジエルの偽書のカバーを開く。
偽書は仄香の魔力に反応し、空中にいくつものディスプレイを展開しそのすべてが世界中の言語で語り掛けてくる。
「ようこそ!ラジエルの偽書へ!本書は必要に応じて、魔力と引き換えに精神世界のすべての知識を提供する魔導書です!ご質問をどうぞ!」
・・・と。
「う、うそ、だ・・・こんな、ものが、魔導科学が、どれほど積み重ねても、とどかないものが・・・こんな、小娘に・・・。」
「・・・バシリウス。貴方は何年かけて積み上げましたか?いえ、言い方を変えましょう。何年を無駄にしましたか?」
「わ、儂は、いったい、いままで、何を・・・。」
「マッドサイエンティストを気取って、多くの人間や魔族を犠牲にして、そのくせ自分の命は惜しんで。魔導科学とやらに注ぎ込んだものは、全部無駄でしたね。いや、自分の命を惜しむ程度のマッドはマッドとも呼べませんか。」
う~ん。こういうのはやっぱり仄香のほうが上だね。
でも、琴音の顔でやってくれるから少し溜飲が下がるかな。
・・・あれ?これって私の感情?それとも琴音の感情?
もはや何も言い返せず、ただブツブツとつぶやいているパクリウスは置いておくとして、次はセレナだ。
・・・それにしても、ほんとによく捕まえてくれたな。
「セレナ。・・・おまえはパクリウスとは別の意味で許さない。よくも私の手足を。よくも私の右目を。右耳を。顔を奪ってくれたな。ただですむと思うなよ。」
「・・・当義体は、現在初期化中です。再起動まで残り30・・・。」
「・・・?セレナ。そうやって誤魔化そうったって!」
反射的にその腹を蹴飛ばしてしまう。
お前のせいで!
お前のせいで私は!
「・・・疑似人格が設定されていません。魔石を挿入し、初期設定を行ってください。」
「う、く・・・くそ!なんで!セレナ!あんたは私の顔を!手足を!・・・もう、このまま殺してやる!」
その首に手をかけ、力いっぱい締め上げる。
だが、セレナは眉一つ動かさない。
「千弦さん。どうやらセレナはバシリウスがプログラムしたただの疑似人格だったようです。それと、本来の身体の持ち主はおそらくは私が南極に・・・あ。」
あ?「あ。」って何よ!?
琴音の顔で、そんなに落ち着いていないでよ!
【千弦さん。姉さん。そろそろ千弦さんの身体を元に戻さなければなりません。蛹化術式の展開をお願いします。】
・・・セレナを殺そうとその首を締めあげていた私に、星羅さんがそっと手を触れる。
胸の奥でどす黒い何かがくすぶるのを感じたまま、私は蛹化術式を受け入れることにした。
・・・くそ、気がおさまらない。
せめて、両手両足、そして顔の半分はもぎ取ってやりたかった。
女性にとって最も大切な時期、少女から大人に成長する瞬間に、筆舌に尽くし難い経験をした千弦。
そして、幼少時から自分を守り続けてくれた、自分の理想ともいえる姉を失い、自らの命を絶った琴音。
二人の娘を失った美琴。
そして友人に目の前で死なれたグローリエル。
胸に大きな穴のあいた、自分を慕ってくれる姪の脳を冷やし続けて守ろうとした宗一郎。
彼らの心の傷は、どうなってしまうのでしょうか。
次回、「224 戦い終わって/帰るべき家、癒される想い」
6月19日6時10分公開予定。




