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220 主亡き少女の体/遥香の決断

 九重 宗一郎


 7月1日(火)


 琴音が自殺を図ってから、九重家も南雲家も、そしてエルさんも咲間さん(サクまん)も、毎日が通夜か葬式のようだ。


「兄さん。琴音は、もう目が覚めないって。・・・脳波が、完全にフラットだって・・・。」


 琴音が眠る病室で、美琴が泣きはらした顔でその頬を撫でている。


仄香(ほのか)さんの話だと、記憶情報と人格情報が完全に揮発した、って言ってたけど、同時に人格情報だけはバックアップを取ってある、とも言っていたな。・・・まだあきらめるには早いんじゃないか?」


 だが、回復治癒魔法を使っていた彼女の顔からすると、もはや絶望的なのかもしれない。


「宗一郎。琴音の様子は?」


「変わりはない。それより・・・エルさんも顔色が悪い。ちゃんと眠っているのか?」


「私は問題ない。それより、これ。」


 エルさんはそう言って何かが入った紙袋を差し出す。

 中には・・・妙な革やら金属やらでゴテゴテと装飾された、一冊の本が入っていた。


「これは・・・本の悪魔!・・・ではないな。中に挟まっているのは・・・なんだこれ?タブレット型端末か?それと・・・シューティングラス?」


「シューティングラスは、マスターが千弦に贈ったもの。タブレットのほうは・・・よくわからないけど、ずっと明滅している。」


「ああ、確か、仄香(ほのか)さんの知識で鑑定解析ができるグラスだったな。どれどれ?」


 シューティングラスをかけ、病室を見回す。

 ・・・病室にあるものに意識を集中すると、一つ一つ、名称が表示され、その説明文が端的に表示される。


 これは・・・すごいな。

 もしかしたら、琴音の治し方なんかも分かるんじゃないか?


 淡い期待とともに、ベッドに寝かされた琴音の顔を、そのグラスで覗き込む。

 だが・・・そこに表示されていたのは、「死亡/蘇生不能」の文字だけだった。


 何度も集中してグラスで鑑定するが、少なくとも身体は健康であることや、いまだ莫大な抗魔力を有していること、そして処女であることくらいしかわからなかった。


 ・・・そうか、かわいそうに恋人も作れず、その短い生涯を終えたのか。


「このグラスはだめだな。千弦じゃないと使いこなせないようだ。そっちのタブレットを見せてくれるか?」


 美琴にこのグラスを使わせるわけにはいかない。

 そう思ってグラスをかけたまま、タブレット端末を手に取る。


 さて、このタブレット端末は・・・ん?「解析不能/Unknown」だと?

 仄香(ほのか)さんが知らないものがある?

 世界最古にして最強の魔女に知らないものが?


 一抹の不安と期待とともに、そのタブレットの電源を入れる。

 ・・・これは・・・電池ではなく魔力で動いているのか?

 それに、パスワードがかかっていない?


 タブレットの画面を起動すると、そこには見慣れたiPadと同じ配列のアプリが並んでいたが・・・。


 これはなんだ?

 この壁紙、アプリじゃないのに、なぜ反応する?


「に、兄さん、それ・・・?」


「ん?・・・!なんだ!?」


 気付けば俺の周りには、今触っているのとは別のウィンドウ・・・。

 宙に浮いた何枚もの半透明のウィンドウが表示されていた。


 そして、そのすべてに、世界各国の言語で・・・


「ようこそ!ラジエルの偽書へ!本書は必要に応じて、魔力と引き換えに精神世界(アストラルサイド)のすべての知識を提供する魔導書です!ご質問をどうぞ!」


 ・・・と、まるで子供を相手にするかのようなポップな花柄と、軽快なミュージックとともに、まるで話しかけるかのように、文字が躍っていた。


 ◇  ◇  ◇


 ラジエルの偽書は、いま必要な、いくつもの魔術的、魔法的知識を提示した。

 その中には、現代科学の根幹をも揺るがしそうな知識が大量に含まれていた。


「う〜。魔力の使い過ぎで頭が痛い〜。」


 琴音の眠るベッドに、エルさんが頭を突っ伏して呻いている。

 エルさんほどの魔力量でも、ほんの一時間しか検索ができなかった。

 おそらく、俺を含めほとんどの魔法使いは起動した瞬間、魔力が枯渇するだろう。


 しかし、このラジエルの偽書は、欲しい答えをすべて提示してくれた。

 まさか、ここから琴音を救う方法があるとは。


 ・・・反魂の術。

 名前だけは聞いたことがある。


 古くは撰集抄に記されている伝説の一つで、西行法師が高野山で修業をしていた頃、野原にある骨を集め並べて砒霜(ひそう)を塗り、反魂の術を行いて人を作ろうとした。


 しかし人のようなものではあるが、血も通わず、魂も入っていないものが出来てしまい、高野山の奥に捨ててしまったという。


 この話は、あくまでただの伝説に過ぎない。


 当然、西行は最初から失敗したし、その後、回復治癒魔法を使える魔法使いが蘇生魔法に何度もチャレンジしたが、一度も成功しなかったことは魔法使いの間では有名な話だ。


 だが、ラジエルの偽書には、西行がなぜ失敗したのか、足りなかったものは何か、そして術式の正しい手順についてのすべてが記載されていた。


「兄さん!これって・・・琴音が戻ってくるんじゃ!?」


「ああ。それにしても、必要なものの一つがまさか、血を分けた近しい肉親の生血って・・・。年齢が離れているほど成功率が下がるとあるが、これ、千弦がいれば確実に蘇らせられるんだろうけど・・・。」


 ラジエルの偽書によれば、必要な要素のうち、特に重要なものは四つ。


 一つ、本人の新鮮な遺体。

 一つ、魔法使いの潤沢な魔力。

 一つ、反魂を強く望む家族の生血。

 一つ、最後に、本人の生きる意志。


 一つ目は、全く問題ない。

 そもそも、新鮮どころかまだ生きている。


 二つ目も、全く問題ない。

 ラジエルの偽書によれば、エルさんどころか俺と美琴の魔力でも足りるようだ。


 三つ目は、たぶん大丈夫だ。

 俺たちは家族だし、少なくとも強く望んでいる。

 千弦の生血が手に入れば万全だ。


 だが、最後の一つが何とも・・・。

 とにかく、琴音は千弦が死んだと思い込んで自殺したのだろう。

 であるならば、千弦を何とか見つければ生きる意志も見いだせるだろうに・・・。

 それに、意志?本人の人格情報と記憶情報は揮発してしまったというのに・・・。


「う〜ん。あとちょっとなんだけど。マスター、何やってるんだろう?」


 琴音の身体を治してから彼女は、全くここに戻ってこなくなった。

 この世の終わりのような各国に対する破壊活動も、最後の恫喝の言葉以来、ピタリと止まったようだ。


「とにかく、念話で呼び続けてみよう。幸い、仄香(ほのか)さんから渡された念話のイヤーカフはまだ生きている。反魂の術のことを知ったら来てくれるかもしれない。」


 あの日から、あまりにも世界が変わってしまった。

 最新のニュースによれば、80億人を超えていた世界人口は、今や60億を切り始めたとのことだ。


 先進諸国は自国民の生活を守ることで精いっぱいとなった。


 日本近海に世界有数の油田が見つかったこと、そしてイラン及びエジプトに接する、スエズ運河を含むすべての海域が航行不能になったことにより、中近東のオイルマネーは、完全にその勢いを失った。


 アフリカ、南アメリカではいくつかの政府がなくなり、飢餓と戦乱、そして今なお続く異常気象で、生存する人間がいない国家のほうが多いという。


 ・・・仄香(ほのか)さんはアフリカについては南アフリカとリビア、エジプト以外は知らないと言っていたが、余波か何かでもあったんだろう。


 どうしたものか。

 我が国は、九重総理・・・親父が提唱し続けた、戦略的食糧自給率向上政策がその効力を発揮してギリギリ持ってはいるが・・・。


 この先、世界がどうなるかはわからない。

 日本だけがエネルギー資源や食料資源を独占していると思われているかもしれない。

 あるいは、魔女を擁する世界最大の軍事国家と思われているのかもしれない。


 窓の外の曇天に、思わず背筋がゾクリとする。

 俺たちは、子供たちにどんな世界を残してやれるのか。


 そんなことを思い悩んでいるとき、ふいにスマホが着信音を鳴らす。

 そこには・・・メールが2通、届いたことを知らせる表示があった。


 一通は、遥香ちゃん。

 変なメールだな?

 現況を知らせるような、あるいは自分の家族にあてた伝言のような・・・。

 あて先は父親だし、CCに俺と健治郎を入れたのは何かの間違いだろうか。


 そして・・・もう一通は・・・(にのまえ)二三(ふみ)君から、何かを見つけたという知らせが書かれていた。


 ◇  ◇  ◇


 久神 遥香


 7月2日(水)


 私は、久しぶりに仄香(ほのか)さんに、声をかけた。

 ・・・一度家に帰って取ってきたいものがある、と。


 仄香(ほのか)さんは、パソコンなら杖の中にエミュレートしてあるし、すべてのデータを移してOSも最新のものにしてありますよ、と言った。


 だから、昔の記録媒体のデータが移されていなかった、と言った。

 そして、それはちょっと恥ずかしい内容だとも伝えた。


 私の部屋に入り、机の前に立って、身体を返すようにお願いする。

 同時に主観も切るように、と。


《わかりました。でも、私の主観を切っている間は気を付けてください。誰が襲ってくるかわかりませんので。何かあったら念話のイヤーカフで。》


「うん、ありがとう。それじゃ、主観を切るね。」


 そう言って主観を切る。

 ・・・ここからは細心の注意を払って、一挙手一投足を間違えてはいけない。

 仄香(ほのか)さんの事だ。

 絶対に記録(ログ)をとっているに違いない。


 まずは、押し入れの中を・・・あれ?こっちじゃなくて、クローゼットのほうだっけ。


 危ない危ない。

 ・・・よし、まずは剛久君のくれた、写真の入ったCDを・・・。

 次に、剛久君がくれた、ラブレターをカバンに収める。


 ・・・きっとこの行動を見たら、仄香(ほのか)さんは微笑ましく思うだろう。

 そんなこと、隠すことないのに、って。


 それと、パソコンを起動して、頭の中で決めておいたメールの文章を打つ。

 まるで、メールソフトがまだ動くかを確認するかのように。


 あて先はパパ。

 そして、間違えたふりをして、宗一郎さんと健治郎さんのアドレスをCCに。


 内容は・・・以下の通り。


 件名:最近のこと。


 本文: パパ、こんにちは。私は元気です。

 仄香さんと一緒に、世界をぐるぐると巡るような日々を送っています。


 時々、少し前に立ち寄った上野のあの美術館のことを思い出します。あのときの展示品、私の中では今も強く残っています。鏡に映った自分を、まじまじと見たのは、あのときが初めてだったかも。


 仄香さんが何かを壊すとき、時々胸が痛くなるけど、千弦ちゃんや琴音ちゃんの姿を思い出すと、何かが踏ん張れる気がします。


 まだ帰る日は決まっていないけれど、私はちゃんと、ここにいます。

 パパも、ママも、どうか身体を大事にしてね。

 特に、ママには大切なものを鏡越しに見ているように、静かで優しい気持ちでいてほしいなと思います。


 ・・・遥香より


「よし。メールソフトはまだ動いてるんだね。・・・おおっと。間違えて宗一郎さんと健治郎さんにも送っちゃった。ま、いいか。ちょっと恥ずかしい内容だけど、読まれて困る内容じゃないし。」


 仄香(ほのか)さんは、主観を切ってくれたと言っていたから信じたいけど、念のためにこの場面を聞かれても、これで言い訳ができる。


 ここから先、おそらくだけど私の身体じゃもう持たなくなる時が来る。

 私が負けて封じられるのはいい。

 たぶん、封印の中ですぐ死ぬだけだろうから。

 でも、仄香(ほのか)さんが封じられるのだけは、絶対に避けなくちゃならない。


 その場合、千弦ちゃんも琴音ちゃんも絶対に助からない。


 でも、仄香(ほのか)さんがいなくなったら、私の身体は一日も持たない。

 いや、どうせ一度は死んだ命だ。


 大事な友達がみんな死んで、それでも何もしないなんて私じゃない。

 よし、覚悟は完了した。


 あとは、宗一郎さんと健治郎さん。

 よろしくお願いしますよっと。


 CDとラブレターをこっそりとバッグの中に入れる。

 さも恥ずかしそうに。


 そろそろ、仄香(ほのか)さんに身体を明け渡そうか。


仄香(ほのか)さん。用事がすんだよ。》


《・・・もういいんですか?30分も経っていませんが。》


《うん。大事なものは・・・あ、ちょっと待って。これも持っていこうか。》


 思い出したように机の引き出しを開け、琴音ちゃんから預かった腕時計を手にした瞬間、表示器(インジケータ)が作動する。


 ・・・すでに、持ち主がいなくなった、時計としての用途しか果たさなくなったはずのそれが。

 南シナ海で、仄香(ほのか)さんが確かに彼女の遺体の・・・破片を確認したはずのそれが。


 いまだに千弦ちゃんの生存を示すかのように、そしていくつもの臓器を失ってもなお、彼女の生存を示すかのように、力強く、その脳波の表示をしていた。


 ◇  ◇  ◇


 仄香(ほのか)


 遥香が突然家に戻りたいというから何かと思えば、何か思い出の品を取りに来たらしい。

 そんなもの、メネフネあたりに頼めばいいだろうに。


 だが、わざわざ主観を切ってまで持ち出したいものがあるんだろう。

 カバンの中のCDの中身は解析しないでおこう。

 ・・・剛久君からのラブレターは、読んだことあるんだけどな。


 遥香はわずか30分で用事を終わらせ、そのまま家から出ようとしたとき、彼女は何気なく机の引き出しを開けた。


 そこにはあの、琴音が自殺する原因となった腕時計が入っていた。

 いや、琴音の自殺の理由は明らかになっていないんだけど・・・。


 沈痛な面持ちで、遥香はそれを取り出そうとする。

 だが、それに手を触れた瞬間、それまで何も反応がなかった表示器(インジケータ)が立ち上がった。


 そこには、信じられない情報が・・・千弦がまだ生きているという情報が、踊っていた。


 だが・・・なぜ生きている?

 この状態で?


 脳波は・・・少なくとも正常だ。

 δ波とθ波はほとんど出ていない。

 β波が強く出ているということは、覚醒しているということか。

 α波が少なく、γ波が出ているということは、何かの情報処理をしている?


 しかし、これは・・・

 まず、内臓のうち、生存反応があるのが脳しかない。


 脳への血液循環は・・・しているようだ。酸欠の気配はない。

 ということは、循環器と呼吸器は無事なのか?

 脳への栄養は・・・問題なく供給されているようだ。

 ということは、消化器官は無事なのか?


 だが・・・感覚器官は・・・いや、左視覚と左聴覚だけ反応がある。

 表示器(インジケータ)が壊れたのか?


 まさか、かつてのフィリップスのように培養層の中で浮いているのか?


仄香(ほのか)さん!千弦ちゃんが生きてる!今すぐ助けに行かなきゃ!でも、どこに行けば・・・それに、琴音ちゃんはもう・・・。》


「遥香さん。とにかく世界中を回って千弦さんを助けに行きましょう。考えるのはそのあとにしましょう。・・・ん?何かしら。これは・・・宗一郎さん?今すぐ琴音さんの病室に来てほしいって・・・何かあったのでしょうか?」


《う・・・このタイミングで?・・・と、とにかく宗一郎さんに会いに行こう。何かわかったのかもしれないよ。》


 ・・・?

 タイミング?何の?


「とにかく、今すぐ向かいます。ここの用事はすみましたね?では、行きます!」


 千弦が生きていた。

 今すぐ、あの笑顔を見たい。

 でも・・・琴音を失ったことを知ったら、彼女は私を責めるだろう。


 ・・・とにかく、助けることだけは変わらない。


 そう、強く決意し、曇天の空を南に向かって駆け出した。


 ◇  ◇  ◇


 琴音の遺体が安置された・・・いや、琴音が眠る病室に駆け込むと、宗一郎殿が不思議なタブレットを片手に駆け寄ってきた。


仄香(ほのか)さん!琴音を助けられるかもしれない!これを見てくれ!」


「これは・・・なんですか?」


 初めて見るタブレットだ。

 いや、これは・・・まさか、本の悪魔か!?

 しかし、攻撃の意志は感じられない。


「使えばわかる。その前にタブレットカバーの奥付を見てくれ!」


「え、ええ・・・著者、発行者、南雲千弦。発行日、令和〇年4月25日。・・・え、ええええ!?」


 人間が本の悪魔を作っただと!?

 そんなこと、聞いたことがないぞ!


「ええと、これは・・・え?」


 画面に軽く触れると、私の魔力に反応したのかいくつもの画面が宙に浮かぶ。

 ・・・これが、ラジエルの偽書。


 魔力と引き換えに、精神世界(アストラルサイド)にある知識の全てを持ち主に授けるという。


 相変わらず何というモノを作るんだ。

 あいつ、人類の魔法史を一人で何年進めるつもりだ?

 だけど、おかげで・・・光明が見えてきたかもしれない。


「宗一郎さん。このタブレットを少し、お借りすることはできますか?」


「ああ。・・・いや、使うのはこの部屋の中にしてくれるか。その、美琴が・・・。」


 そうだ。

 美琴には恨まれていたからな。

 千弦の遺品と思っているこのタブレットを私に渡すわけはないか。


「わかりました。では、調べる間は同席していただいて結構です。では早速、琴音さんの蘇生方法、それと千弦さんの現在位置を知る方法を・・・。」


 音声認識機能を搭載しているのか、私の手から結構な量の魔力、そう、空間浸食魔法数発分の魔力を吸いながら、様々な情報を表示していく。


 いくつかは知っている情報だが・・・かなり私が知らない情報がある!


 そうか、琴音の人格情報と記憶情報は揮発したのではなくて・・・!

 そして、尋ね人を探す魔法は、相手の魂と共鳴させるのか!


 これは、行けるかもしれない。

 それと、せっかくだ。遥香の霊的器質の治し方と、体質の問題を・・・。


 これは?

 蜘蛛神(アトラク・ナグア)の呪い?

 蜘蛛神(アトラク・ナグア)の、現在の契約者名は・・・サン・ジェルマン、だと・・・?


「これは!・・・やられた、いや、初めからヤツの罠の中だったのか。」


仄香(ほのか)さん?罠、とは?ヤツって?」


 宗一郎殿の質問に、思わず答えが喉まで出かかる。

 だが・・・。


 元々、真の意味で遥香から私が離れることは出来ない。

 遥香の霊的基質の修復が終わっても、彼女が死にでもしない限りは。


 まさか、この身体がそんな目的で殺されかけていたとは。

 初めから私のために用意されていたとは。

 何が急性骨髄性白血病だ。

 完全な呪いではないか!


 思わず、病室の洗面台の鏡を見る。

 かぐやによく似た、線の細い美しい顔が、鏡の中で少し悲しそうな顔をしている。


 だが・・・これでは缶詰の中の缶切だ。

 それこそ、遥香を殺さず私を殺す方法でもない限り、私はアイツに勝てない。


 ・・・いや、優先順位は千弦と琴音を助ける事。そして遥香達が待つ日常に帰還させること!


 仕方がない。アイツに勝つのは二の次だ。

 そう心を決め、拳を握り、立ち上がる、


 まずは、尋ね人の魔法を組み立てよう。

 次に、反魂の術の準備と琴音の魂の場所の特定。

 あとは私の知識でなんとかなる。


 ◇  ◇  ◇


 宗一郎殿、グローリエル、咲間さん(サクまん)、杖の中の遥香・・・・そして美琴を前に、現状の説明を試みる。


 美琴は千弦と琴音のことで私を恨んでいるので、どうなるか心配だったが、態度には出さず静かに話を聞いてくれるようだ。


 ・・・本当によくできた母親だ。

 私のことを殺したいほど憎んでいるだろうに。


「まず、琴音さんですが・・・ラジエルの偽書によれば、その人格情報と記憶情報の所在が分かりました。」


「それはどこ!?・・・すぐ、迎えに行ける場所なの?」


 それまで静かだった美琴が、耐えられなくなったかのように大きな声を出す。

 まるで、抑えきれなくなった圧力鍋の蓋がはじけるように。


「・・・残念ながらすぐに迎えに行くのは難しいかと。結論から言うと、琴音さんは千弦さんの人格情報と記憶情報がある場所、つまり、千弦さんの身体に同居している形になっています。」


「それは・・・どういう・・・?」


 そっとベッドで眠る琴音の胸元からペンダントを取り出す。


「遥香さんが作り、私が術式を込めたペンダントの影響です。このペンダントは、千弦さんと琴音さんがいつまでも仲良く、心を一つにして楽しいことは二倍に、悲しいことは半分に、との遥香さんの祈りが込められています。・・・もともと恋人向けの術式だったのですが、双子であることが影響して魂が混線したのでしょう。」


 ラジエルの偽書が教えてくれなければ、琴音の身体から生命維持装置を外す危険性すらあったのだ。

 まさに、ぎりぎりの天祐としか言えない。


「じゃあ、琴音は、千弦が戻ってくれば助かるということ?」


「ええ。間違いなく。その点についてはラジエルの偽書から得た知識も、私が元から持っていた知識も完全に一致しています。」


 実際、反魂の術には霊的基質の修復方法も含まれていたから、厳密にいえば私の知識以上のものが得られたのだが、それは蛇足だ。


「マスター。千弦の場所はどうやって調べる?ヘルハウンドでも無理だった。」


 ・・・そう、実際いくつかの召喚魔法を使ってみたのだが、何としても千弦の場所がわからない。

 ほとんどの眷属が南シナ海の底を千弦の場所として認識してしまうのだ。

 ・・・私が千弦の死を確信したのも、それが理由みたいなものだ。


 だが・・・ラジエルの偽書はそれすらも答えを出してくれた。


「これから千弦さんを追うための魔法を作ります。数時間で完成すると思いますが、完成後ただちに行動を起こします。」


 だが、私の身に何かあれば、このままでは遥香を巻き添えにする恐れがある。

 同時進行で遥香の霊的基質の修復もやっておく必要があるだろう。


 ・・・何をいまさら、と思われるだろうが、今のところ、日本政府もアメリカ政府も、遥香と魔女の関係を理解してくれているし、それ以外で遥香の姿を見た者は基本的に皆殺しにしている。


 だから、まだ遥香が日常に戻る余地はあるはずだ。


「わかりました。仄香(ほのか)さん。あなたのことは琴音と千弦を巻き込んだから許せなかった。でも、あなたしか二人を助けられない。だから・・・お願いします。」


 美琴は和香(のどか)に頼んで、病院内に私のための場所を用意してくれたという。


「・・・ええ。私の全存在にかけて、必ず。」


 本当に強い女性だ。

 私のことが憎くて憎くてたまらないだろうに。


 ならば、私がするべきことはただ一つ。

 私はラジエルの偽書を片手に、病室を出て病院内の会議室に向かう。


 必ず二人を連れ戻す。

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