215 黄泉平坂を戻る者/魔女の虚を突く者
いよいよ、魔女と少女たちの日常が終わります。
世界は彼女たちに牙を剥き、非常な選択を突き付けるかもしれません。
彼女たちの選択をどうか見守っていてください。
仄香
時間にしてどれほど過ごしただろうか。
けっして長くはなく、それでいて短くもない時間・・・。
四郎殿をはじめ、様々な人々と再会した。
そして、私が身体を借りた娘たちとも。
その身を裂かれ、聖釘をはじめとする遺物とされたユリアナも、その膨大な魔力で日本を恐怖の底に叩き込んだ藻女も、憂うこともなく恐れられることもなく、笑っていた。
そして、ジェーン・ドゥ《バイオレット》の身体のもとになった双子の姉妹も。
アストリッドとミレーナ。
二人とも快活で、琴音と千弦のようにとても仲の良い姉妹だった。
今日初めてその名前を知ったが、今後、その名前を名乗っていいものかどうか。
身体をニコイチしたことについては怒られるかと思ったけど、不思議と喜ばれたよ。
母親のエレオノーラはちょっと複雑そうな顔をしていたけどな。
彼女たちには身体を構築出来るから戻ってくるかと聞いたが、一度揮発した人格情報は、肉体があっても生き返ることはできないという。
私は残念だ、と思ったが二人はまったく気にしていないようだった。
戦乱の時代に生きて、若くして亡くなったにしては、命に未練などないのだろうか。
楽しく、そして懐かしい時間が流れていく。
だが、そろそろ行かねばならない。
「かぐや殿。そろそろ行くのか。」
「ええ。でも大丈夫ですよ。私はここがあると知りました。そして、皆がいることも。四郎殿。何年後になるかはわかりませんが、私は必ずここに戻ってきます。」
「そうか。だが、何年後などと言わず、何百年でもゆっくりしてくるといい。そして、たくさん子をなすといい。なに、千と二百年も待ったのだ。もう千年でも二千年でも吾は待つ。それより、大事な子にはもう会えたのか?」
・・・四郎殿と死に別れ、何人もの夫との間に子を生したが・・・気にしてはいないのか。
それとも、かぐやの身体は四郎殿だけの物だから納得してくれているのか。
相変わらず、度量の大きな人だ。
「ええ。健やかに、よい子に育っておりました。」
考えてみれば日本での私の血筋は、ほとんどすべてが四郎殿の血筋なんだよな。
「うむ。それを聞いて吾も安心した。吾らの子らにもよろしくな。では、これよりのちはオルテア殿が案内を務めよう。息災であれよ。」
オルテア?
誰のことだ?
星羅が言っていた法理精霊の名前か?
名残惜しいながらも、そっと四郎殿に口づけをする。
優しく、力強い胸にそっと手を触れ、その温もりを思い出す。
ここには当分の間、来ることは出来ないだろう。
だが、私は必ずまたあなたに会いに来る。
山のような土産話を持って。
【姉さん。法理精霊の準備が整いました。では、咲間さんの身体にソチラ側からダイブしてください。カウントを始めます。10、9、8・・・。】
ゆっくりと四郎殿たちの姿が薄くなっていく。
四郎殿を看取るとき、彼は言った。
必ず、あの子の足跡が見つけられると。
そして、もし見つけられなければ、必ず吾が導くと。
四郎殿との間の子孫、遥香の身体をもって、悲願は達成された。
ならば、やはり四郎殿が私を導いたのか。
【対象への侵入を開始。魂の情報が接続されます。精神防壁を展開。衝撃に備えてください。】
ドンっ、と言葉にできない衝撃を感じる。
直後、私は不思議な景色・・・咲間さんの魂の心象風景の中に突入したことを知った。
◇ ◇ ◇
周囲を見回し、一人納得する。
・・・なるほど、アチラ側からダイブをしなければならないのはこれが理由か。
それに、今感じた力の流れ・・・これが法理精霊の力か。
これは・・・少なくとも、私には使えないな。
いや、生者に使える力ではないな。
屍霊術とも違う、コチラ側のものではない力。
まあ、いい。
まずは集中だ。
私自身、他人の人格情報や記憶情報をいじったことは何度かある。
蛹化術式を展開するときの人格・記憶情報の保全だってそうだし、強制自白魔法に至っては記憶情報そのものへのハッキングだ。
だが、魂を主観視点で見ることはできない。
・・・当然だ。
人間の魂の基本構造は一つとして同じものはないからな。
実際、色の見え方一つにしたってクオリアが違うのだ。
脳神経細胞の発火パターンが違うのだ。
だが・・・アチラ側を通るということは、いったん死んで生まれ変わるプロセスを流用しているのか?
なるほど、あの世を魂間の通信プロトコル代わりに使ってしまおうというのだな。
それとも法理精霊にその制御を任せているのか?
そんな発想をするあの二人を心の底から尊敬してしまうよ。
「しかし、奇抜な世界ね。他人から見れば私の世界も同じように見えるのかしらね。・・・迷いそうだわ。」
なんというか、千弦が本の悪魔にやられたとき、その夢の中に遥香を潜り込ませたけど、私自身も同じようなことをしてないか?
その深度はかなり違うけどさ。
【姉さん。周囲を注意深く確認してください。明らかに違う情景がフィロメリアの魂の情報です。】
「難しいことを言うわね。どれもこれも奇抜にしか見えないわ。ええい。まるで迷路だわ。いっそ壁を壊して・・・そういえば魔法は使えないんだっけ。」
【壁どころか花一本も摘んではいけません。すべてが記憶情報です。】
むしろ魔法が使えないのは幸いか。
気付かず光撃魔法をぶっ放していたら目も当てられなかっただろう。
それにしても・・・不思議な景色だ。
森・・・にしては地面が畳敷きだったり、木の形がすべて同じだったり。
花や草はまるで布でできているような・・・いや、本当に造花じゃないか。
空を見上げれば月に顔がついてたり、星は本当に星型・・・五芒星の形をしていたり。
咲間さんは結構少女趣味なんだな。
ここは・・・小学校の教室か。
机の大きさからすると、低学年の教室のようだが・・・。
なぜか教室内のすべての生徒が、一人の少女に背を向けている。
少女は一人、数枚の満点の答案を握りしめているが・・・。
教師も褒めようとはしていないようだ。
それと、次は・・・どこかのマンションか?
405号室?4階の部屋だけが切り取られて乱雑に森の中に置かれているのか?
中は・・・昭和後期に作られた団地タイプだ。
父親らしい男性がいるが・・・もはやゴミ屋敷だな。
我が子に興味がないのか?
次の場面は中学校の入学式か?
体育館の中、黒い人影の中に一人、背の高い少女が立っている。
制服は・・・誰かのお下がりのようだ。
アイロンが効いていないどころか、肘のところが薄くなっている。
あたりをしきりに気にしているようだが・・・。
入学式に家族が来ていないのか。
再び場面が切り替わる。
・・・そしてこれは・・・コンビニエンスストア?
いや、咲間さんの店とは看板が違う。
ああ、フランチャイズの親会社が吸収合併をする前の情景か。
レジに立っているのは彼女の母親か。
レジから少し離れたところには、頭に包帯を巻き、頰を腫らした彼女が立っている。
行政か何かの職員か?深刻そうな顔で母親に報告をしているが・・・。
従業員は・・・会ったことはないな。
だが、店構えと店内の配置は完全に一致している。
【姉さん。何かわかりましたか?】
「・・・ええ。すべて彼女の記憶の中の風景ね。それぞれの意味は・・・よくないもののほうが多いわね。それに、この森、よく見るとすべて作り物だわ。草も花も。」
そして、迷路だと思っていたが、これは・・・ほとんど一本道だな。
すべて彼女の記憶。
そして積み重ねてきた人生。
そういえば父親の顔を見たことがなかったが、あまりいい記憶はなさそうだな?
彼女が中学生のころに離婚したと聞いているが・・・。
たしか、咲間さんの昔の苗字は藤谷、だったか?
構わずそのまま進む。
ここは・・・どこかのレストラン?
ああ、この男性は知ってる。
咲間さんのお兄さんだ。
隣にいるのは・・・こっちも知ってる。
彼女の母親だ。
妙にサッパリした顔だ。
これは・・・高校の合格祝いか。
初めて笑顔が見えたな?
「他人の人生を追体験しているみたいで気が引けるわね。ここまではおかしなところはないみたいだけど・・・。」
次の場面。
小銭の混じったお金を握りしめて、中古楽器の店の前で、ショーウィンドウ越しに一つのギターを眺めている少女。
高校入学直前か?
当時はまだ黒髪だったのか。ピアスも開いていないようだし。
・・・ん?
何だあれ?ギター?いや、あれは・・・。
ハーディガーディか。
10世紀、いや、11世紀のころに流行った弦楽器で、ハンドルを回すと弦に接触している木製のホイールがバイオリンのように弦を振動させて音を奏でるという、西ヨーロッパあたりの楽器だったか。
原型は・・・オルガニストルムだっけ?
珍しいな。日本にもあったのか。
【姉さん。フィロメリアの反応が強くなりました。近くに違和感のあるものはありませんか?】
「違和感・・・う~ん。珍しいものならあったけど。これかしら?」
そう言いつつ、目の前のハーディガーディに手を伸ばす。
すると次の瞬間、誰も弾いてもいないのに、ハーディガーディが勝手に演奏を始めた。
【・・・!それです!排除してください!】
星羅の声に、ハーディガーディに反射的に手を伸ばす。
しかし、私の手が届く前に、それは人の姿をとり、やがて瑠璃色の縦に割れた瞳を持つ魔族の姿を形成した。
・・・まだ子供じゃないか!
グローリエルの半分にも満たないぞ?
『殺さないで!こんな形で死ぬなんて嫌だ!知ってることは何でも話す!だから助けて!』
どうしよう?
咲間さんを優先して構わず殺すか?
それを彼女が知ったらどうする?
自分を助けるために、子供を殺した、と。
「・・・咲間さんの安全が優先よ。おとなしく従いなさい。助けられるなら助ける。でも、無理ならあきらめなさい。」
『・・・宿主が優先。それはわかってる。でも、移動先がない状態で宿主からはがされたらあたしは死ぬしかない。』
それに、魔族とはいえ子供を殺したとあっては、四郎殿はどんな顔をするだろうか。
・・・初めて会った時も、私を助けてくれたときも彼は自分とは縁もゆかりもない童を助けようとしていたんだよな。
ちっ・・・。我ながら甘くなったものだ。
だが、悪い気は・・・しないな。
「~~!ええい!わかった!・・・仕方がない。星羅。作戦変更よ。フィロメリアは除去しない。代わりに、彼女を安全に隔離する方法を考えて。」
この判断が後々致命傷にならないよう、祈るばかりだ。
今まで情に絆されてろくな目にあったことがない。
【本気ですか?・・・ですが、それをするには中身が入っていない身体を一つ用意する必要があります。すぐに用意できないとなれば、宿主の魂に悪影響が出る恐れが・・・。】
中身の入ってない身体。
そんなもの、すぐに用意できるわけが・・・。
あ。あったよ。
「ねえ。フィロメリアだっけ?少し年増の身体でもいいかしら?」
『え?ああ、それは構わないけど・・・?いつかは元の身体に戻るつもりだし。』
そういえばコールドスリープにしたまま忘れてたっけ。
いたよ、生きてるアンデッドが。
アストリッドとミレーナの母親が。
何でもかんでも取っておくものだね。
っていうかごめん。エレオノーラ。
◇ ◇ ◇
南極 ドロンニング・モード・ランド 地下
隠れ家内 医務室
眠る咲間さんを二人に任せ、玉山の隠れ家まで往復してジェーン・ドゥの母親、エレオノーラの身体を持ってきた。
そして、星羅の助けでフィロメリアの魂をエレオノーラの身体に移植する。
フィロメリアはベッドから起き上がり、エレオノーラの身体で屈伸運動を繰り返し、身体の調子を確認している。
「う~ん。自分で自由に動かせる身体なんて何年ぶりだろう?」
こうしてみるとエレオノーラの身体の年齢は30代くらいか?
まだまだ若いな。
「う・・・ここは・・・あれ?ジェーン・ドゥ・・・仄香さんか。これ、どうなってるの?う・・・寒い。」
続けてベッドから起き上がった咲間さんがキョロキョロとあたりを見回している。
・・・暖房はかけているんだが、いかんせんここは南極点に近い極地。
部屋の温度は0度を少し上回っているくらいだ。
「おはようございます。咲間さん。ここは南極大陸、ドロンニング・モード・ランドのほぼ中央です。」
「ドロンニング・モード・ランド・・・ノルウェーが領有を主張しているところか。また、なんだってそんなところに・・・?」
「あなたは彼女・・・フィロメリアに寄生されていたんですけど・・・まずはその寄生をはがす処置を行うため、ここに連れてきたところから説明しますね。」
暖房の温度を上げてから咲間さんにこれまでの経緯を説明する。
とはいっても、フィロメリアが寄生したことに気づき、それを分離するための処置をしたこと、そして教会に隠れ家の位置を知られないようにするため、南極の基地を使ったことくらいしか説明はできなかったが・・・。
「続きはあたしから説明しよう。まずは自己紹介。あたしは、元教会の十二使徒第六席、パラサイトのフィロメリア。今はこの身体に入っているけど、一応は魔族さ。」
・・・気づけばエレオノーラの身体にもかかわらず、その右目は縦に割れた瑠璃色の瞳になっている。
あの瞳は肉体側に依存しているものではないのか?
それに、「元」ね。
やっぱり教会に対する忠誠心なんてそんなものか。
「あたしは十二使徒第二席、バシリウス・モルティスによって作られた強化人間の成れの果て。魔族が魔石にそのすべてを拘束されるという問題を解決するため、魂を魔石から切り離すという、気が狂った研究の果てに、哀れ誰かの体に潜り込まなけりゃ生きていけなくなった、情けない女さ。」
「・・・フィロメリアというのは本名?」
「覚えてないよ。そもそも記憶情報の大半を破壊されているからね。かろうじて人格情報と祝福・・・超能力だけが残ってるけどね。」
「超能力・・・?」
「大したもんじゃない。遠隔視と透視、過去視を組み合わせただけの能力さ。話を続けていいかい?」
「ええ。あなたのことはわかったわ。それで、いつ咲間さんに寄生したの?」
「まずは今年の春ごろ、教会の所有する人工衛星が妙なものを捉えたらしいのさ。これは完全に伝聞だ。南の海上に10キロくらいの島が突然現れ、数日後に消失した。不思議なことに、教会を除くすべての人工衛星では一切撮影されなかった、ってね。」
「・・・仄香さん。それって・・・。」
「干渉術式で欺瞞していたはずだけど・・・漏れがあったのかしらね。」
間違いない。
アスピドケロンの背中のリゾートで遊んだときに捉えられたのか。
「教会の人工衛星は旧式で、撮影も映像データの送信形式もアナログ式だからね。で、調査のため、あたしが派遣されたんだけど・・・最初はランダムで選ばれた冴えないサラリーマンのおっちゃんに寄生させられていたんだ。ぶっちゃけ、寄生する瞬間よりも前の記憶はないから、そこまでのいきさつはわからない。」
「じゃあ、その前の宿主のこととか・・・元の身体のこととか、覚えてないの?」
「覚えてない。見ればわかるかもしれないけど・・・。で、教会の連中が今代の魔女を特定したからその友人に寄生しろ、ってね。夕方、あのコンビニで働いてるあんたに寄生したわけ。抗魔力が妙に高いから苦労したよ。・・・残念だけど、最初に寄生したおっちゃんはあたしが抜けたせいで死んだよ。」
抗魔力増幅機構に魔力が十分に供給されていれば防げたのか?
いや、咲間さん以外の誰かに寄生されてもっと面倒なことになっていたかもしれない。
こいつが自由に寄生先を変えれば、そのたびに死人が出る。
とりあえず人格情報と記憶情報の保護は完了した。
フィロメリアはこのままここで保護しておくとして、そろそろ咲間さんを高校に戻さなければ。
っと、その前に。
《琴音さん、千弦さん。咲間さんを無事助けられました。寄生していたフィロメリアも・・・琴音さん?千弦さん?》
・・・念話が届かない?
イヤーカフを外しているのか?
「仄香さん、何かあった?」
「いえ・・・二人とも念話のイヤーカフを外しているのかしら。仕方がない。シェイプシフターに連絡を・・・あれ?念話がつながらない。おかしいわね。」
基本的に召喚した眷属との念話のパスは、送還するまで途切れることはない。
眷属に致命的な損傷が生じた場合も念話自体には影響はないはずだ。
・・・どういうことだ?
不安と焦燥が雪崩のように押し寄せる。
「仄香さん。あたしが寄生されていたのって、まさか陽動なんじゃ・・・?」
「今すぐ高校に戻ります!フィロメリア!しばらくここにいなさい。英語は読めるわね?そこにこの隠れ家のマニュアルがあるから、わからないことがあったら読んで。星羅!咲間さん!準備はいいですか!」
「ああ。いつでも!」
二人の手を握り、隠れ家の外に転移、そしてすぐさま高校に向け、長距離跳躍魔法で極夜の空に駆け上がる。
日本まで、およそ22分
琴音たちの無事を祈り、冬の南極大陸の空を駆け抜けた。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
仄香が咲間さんを連れてもう一つの隠れ家・・・南極大陸のどこかへ行ってから10分ほどたち、お昼休みが終わって午後の授業が始まった。
となりには遥香が、後ろには咲間さんに化けた二号さんが座り、それ以外はいつもと同じ風景が教室内に広がっていた。
さっき、何気なく呼んじゃった業魔の杖は、いつの間にか保健室の外に立ってたから、今は掃除用具入れに隠してある。
「ねえ、琴音ちゃん。今日、ガドガン先生はお休みだって。英語の授業もないし、知り合いの人を空港まで迎えに行ったらしいよ。」
「ふ~ん。ガドガン先生の知り合いっていうと、やっぱり魔法使いかな?」
こそこそとそんな話を隣の席の遥香としていると、突然ドン、っという振動とともに校舎が揺れ、続けてビリビリと窓ガラスが振動した。
「ホぇ!?地震デスカ!?」
真後ろの席で二号さんが跳ね上がる。
・・・こいつ、寝てやがったな。
まあ、今受けてる数学の授業なんて、二号さんから見れば簡単だろうけど・・・。
「おい!見ろ!空の色が変だ!夕暮れなんて色じゃないぞ!」
窓際の男子が窓の外を指さし、大声を上げる。
その窓の外には、彼の言う通り・・・血のような赤に蛍光色のような黄色を流したような、まるでマーブル模様のような気味の悪い空が広がっていた。
「なに・・・あれ。ネットにニュースか何か出てない!?うそ、圏外だ。」
「おい学校の敷地の外!同じ色で包まれてるぞ!警察に電話!」
「静かに!全員教室から出るな!俺が確認してくるまで全員待機!」
パニックに陥りかけた生徒を先生が制し、全員を待機させたまま職員室に飛んでいく。
・・・待機ねぇ。そんなこと言われても、みんな廊下に出ちゃってるよ。
「これは・・・まさか・・・魔術的な攻撃を受けている?」
もしそうであれば、先生や警察では何もできない。
っていうか、別調の高杉さんも公安の黒川さんも、学校の外で待機だからね・・・。
とりあえず姉さんにだけ連絡を取っておこうか。
《姉さん?そっちの状況は?》
《さっ・・・の振動と空の色・・・ね?生徒も・・・もパニックだよ。今、三先生が職員室に行った・・・ろ。何人かが教室から飛び・・・った以外は状況に進展はなし。ま、ガドガン先生ならともかく、・・・には何ともならないね。そっちはどう?》
ん?念話の術式が不安定だ。
壁一枚隔ててすぐなのに。
《そう。こっちも似たようなものね。あと、ガドガン先生なら今日はお休みだって。それより・・・あの空の色、何なのかしら?》
《琴音も仄香から・・・ったグラスを持って・・・よね。それで見てごらん。結界のようなもの・・・んだけど・・・。》
《うん、今かけた。・・・なにこれ。仄香でさえ知らない魔法なの?》
誕生日に仄香からもらったシューティングラスには、窓の外の気持ち悪い色の空に対してUnkown/Barrierとの表記と、予想されるその効果が羅列されているだけだ。
《琴音。攻撃を受けて・・・と想定して備えるよ。装備を整えて合流しよう。遥香と二号さんを戦技研の部室まで連れてきて。》
・・・あの結界がどの程度のものか分からないけど、業魔の杖を呼んであったのは正解だったかもしれない。
遥香がいつも入っている杖は、仄香が持ってっちゃったし。
パニック状態の生徒たちに紛れ、掃除用具入れから業魔の杖を取りだす。
「遥香。二号さん。今すぐ移動するよ。姉さんが戦技研の部室で待ってるって。」
「うん、分かった。二号さん、身の回りの物を持って。・・・よし、行こう。」
廊下にまであふれた生徒たちをかき分け、部室棟に向かう。
その時、第一グラウンド横のテニスコートの中央に、4人の人影があることに気付く。
・・・なんだ?この嫌な感じ。
学生服を着た生徒の腕をつかんでいるのは白髪の女性・・・いや、銀髪か?
少なくともあの3人は学内の人間じゃないな?
手に持っているのは・・・短剣?
さては、敵か?
そう身構えた瞬間、頭の中に激痛と悲鳴が響き渡る。
「ぐ!?なにこれ!?」
「うあぁぁっ!?痛い!気持ち悪い!」
遥香は眼を見開き、声にならない叫びをあげ、その場にうずくまる。
「二人トモ!どうしたんデスカ!?何が起きているんデスカ!?」
く・・・これは、魔術的な攻撃か!?
抗魔力が高い私でさえダメージが通っているんだ。
平均的な遥香のダメージは計り知れない!
「トニカクこの場から離れマショウ!琴音サン!こっちデス!」
ああ、二号さんは人間じゃないから効果がないのか?
とにかくこの場から離れなくては。
涙を流し、息を荒くしている遥香を抱え、私たちは姉さんが待つ戦技研の部室へ倒れこむようになだれ込んだ。
◇ ◇ ◇
「琴音、大丈夫?」
姉さんはすでに戦技研の部室の中で待ってくれていた。
その左手首には・・・抗魔力増幅機構が唸りをあげている。
「姉さん、それ・・・。」
「うん。咄嗟に魔力貯蔵装置を抗魔力増幅機構に直結したんだけど・・・もう持たなそうね。最後のカートリッジがあと3分もしないうちに空になるわ。」
「長距離跳躍魔法で逃げる?」
姉さんの抗魔力増幅機構の効果範囲内に入ると、遥香は何とか落ち着きを取り戻した。
「・・・たぶん、あの結界みたいなものは長距離跳躍魔法では突破できないと思う。なんていうのかな、まるで世界が隔てられているみたいな・・・そんな感じがするんだよ。」
涙やらよだれやらで大変なことになった遥香が、ハンカチで顔を拭きながら答える。
「魔女のライブラリ、ね。遥香がそういうなら、原因を取り除いたほうがいいわ。おそらくはあの三人が原因よ。」
姉さんは、部室の窓のカーテンの隙間から、第一グラウンド中央に立つ3人を盗み見る。
うち一人の女が、短剣で男子生徒を甚振っている。
・・・あまりひどいケガだと回復治癒魔法でも治しきれないが、相手の能力がわからない以上、手を出すのは危険すぎる。
それに、衆目がある中で魔法を使って戦闘をするのはちょっと・・・。
そう思った瞬間、頭の中に「意味のある文字列」が流れ込んだ。
すなわち、「魔女よ、出てこい」と。
魔女も知らない新しい精霊、法理精霊という存在が出ました。
この精霊、そして懐かしい顔ぶれたちは、後に魔女にとって大事な場面で力を貸してくれるでしょう。
そして、千弦たち双子にとって明暗を分ける存在になります。
筆者は、基本的に神頼みはしません。
でも、小説の中くらい、助けてくれても、いいんじゃないでしょうか。
もちろん、造物主などという完全な妄想上の存在ではなく、確かに存在した御先祖様がね。