213 慈雨は止まず/誕生パーティー
南雲 千弦
私立開明高校正門
6月18日(水)
いつも通りの放課後、琴音や遥香、咲間さんが待つ正門に向かって理君と時岡君を連れて歩いていく。
あいにくの空模様で、霧雨のような静かな雨が朝から降り続いていた。
今日はいよいよ私たちの18歳の誕生日だ。
今日以降は何か契約するにしても、結婚するにしても、何か悪いことをするにしても、すべて大人と同じ権利、責任が伴うということだ。
だからか、今日は朝から妙な緊張感が身体を包んでいる。
正門の前には・・・小学校の修学旅行などで使う観光バスが1台、とまっていた。
そしてその前には・・・警視庁のパトカーが・・・。
もしかして駐車違反で切符でも切られたか?
・・・いや、周囲の交通整理をしているところを見ると・・・。
うん。あのお巡りさん、黒川さんと普通に話してるし、護衛のパトカーだ。
「なあ南雲。お前んちってホントにすごい名家だったんだな。爺さんが現職の内閣総理大臣だったって・・・すげぇな。」
観光バスを見上げながら、時岡君がボソリとつぶやく。
思わず返事に詰まる。
その言葉に悪意はないんだろうけど、そういう色眼鏡で見られたくないから黙っていたのに・・・。
「時岡、お前、言いふらすなよ?それ、千弦は結構気にしてるんだぞ?」
「ん?ああ、分かってるって。それより美穂は・・・あ、もう乗ってるか。」
時岡君の妹さんは開明高校から少し離れたところの私立の女子中学校に通い始めたらしく、黒川さんが気を聞かせて先に迎えに行ってくれたらしい。
ゆっくりとバスは走り出し、途中、東京駅で父さんや母さん、二号さん、健治郎叔父さんと宏介君、オリビアさん、紫雨君、星羅ちゃん、エル、そしてナーシャを拾い、再びホテルに向かって走り出した。
◇ ◇ ◇
会場となるホテルに到着してみれば、すでにパーティーの準備はできているらしく、会場の扉は開かれ、参加者たちがぞろぞろと中に入っていくところだった。
パリッとしたスーツを着た宗一郎伯父さんが手を振りながらこちらに向かってくる。
「お、来た来た。主賓はこっちの控室で待機ね。ほかのみんなは直接会場に入って。席次表は入り口横に貼ってあるから。」
入り口では宗一郎伯父さんの会社の・・・青木さんだっけ?
秘書の人が案内を手伝ってくれている。
会場をひょいと覗くと、ジェーン・ドゥが真ん中でいろいろと指示を飛ばしている。
ん?ああ、あれはリリスさんか。
そうすると、仄香は遥香の中か。
琴音と二人、控室に入ってスタッフから式次第を受け取り、まるで結婚式か何かのような流れに二人で顔を見合わせる。
「姉さん。これで私たちは子供じゃなくなるね。」
「何をもって大人になるというか、ちょっと迷うところではあるけど・・・少なくとも、世間は私たちに対し、大人としての責任を求める。ちょっとの権利と引き換えにね。」
気を引き締めて立ち上がろうとしたとき、カーテンの陰から緊張感のなさそうな顔で化粧セットをもって仄香が顔を出したので、思わず吹き出してしまったよ。
全部聞いてたんかい。
琴音と二人、仄香にされるがままに顔をいじられながらしばらくたつと、スタッフの人が控室の扉をノックしてから入ってきた。
「ご準備はよろしいですか。・・・では、ご案内いたします。こちらへ。」
まるで何かのお披露目式のような雰囲気の中、一段高くなった席に、琴音と二人で並んで座る。
いつの間にか満席となった会場で、高校の友達、南雲のお爺ちゃんとお婆ちゃん、三鷹のおばさん、九重の爺様、ハトコの一二三君、そして日米の軍服を着た人たち・・・。
みんなの目線が私たちに集まった。
お?一二三君、相変わらず変わった格好をしてるね。
君、男の子でしょう?白いブレザーに紺のプリーツスカートって・・・。
胸にはしっかりとパッドが入ってるし。
いわゆる男の娘なのか?たしか、もう大学生だったよね?
髪もサラサラで似合ってるし、名前も男女どちらでも通用するから、誰も気づかないけどさ。
そんななか、司会の人が私たちの紹介と祝いの言葉を述べ、続けて九重の爺様が立ち上がり、祝いの言葉を述べる。
爺様は普段、私たちに接する時よりも少し威厳のある声で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「本日は忙しい中、私どもの孫、千弦、琴音の18歳の誕生日を祝うために、こうして多くの方々にお集まりいただき、誠にありがとうございます。また、日頃より国政にご理解とご支援を賜っておりますこと、総理大臣として深く御礼申し上げます。」
少し間を開け、こちらに目を向ける。
普段、テレビで見る顔とは違う柔和な表情。
心の底から祝ってくれているのがわかる。
「千弦、琴音。18歳、おめでとう。君たちはこれから、日本国民としても一人の大人としての道を歩き始める。私たちは平和で豊かな社会を築き、君たちの世代に手渡すことを使命としてきた。」
会場は静まり返っている。
余計なヤジを飛ばす声はなく、むしろ鼻水をすするような音が聞こえる。
九重の爺様は優しい声で言葉を続ける。
「しかし、どれほどの時代であっても、未来を創るのは君たち自身だ。時には困難に直面するだろう。選択を迫られるだろう。だがどうか恐れずに、自分の信じる道を選び、進んでいってほしい。私たち大人は、その背中を見守り、ときに支えるためにいる。」
会場は静まり返っている。
思えば、九重政権は戦後最長、大不況に見舞われた後の世代を立て直し、それまで下落を続けていた出生率を4年連続で上昇に転じさせたその手腕もさることながら、新宿駅のロータリーを人で埋め尽くすほどの演説の巧みさも多くの国民に知られている。
会場の人々が緊張の面持ちを崩さず、ごくりと唾をのむ音が聞こえる。
すると、九重の爺様はこちらを向いてニヤリと笑い、マイクを持ち替えた。
「もっとも、私は祖父として君たちの幸せを何より願っている。よき友を得、よき伴侶を得、何より、自分自身を誇れる生き方をしてほしい。・・・ここには素晴らしいお手本があるから是非参考にするといい。・・・そして、私のわがままを言うのならば、この九重の家の名を、さらに輝かせてくれることを、ひそかに期待している。・・・ははっ。これは儂の欲だな。許してくれ。」
九重の爺様をジロリと見る目がある。
いつのまにかジェーン・ドゥの身体に入った仄香だ。
でもその目はどこか寂し気に見えた。
私の気のせいだろうか。
「改めて、本日はありがとうございました。どうか、この若者たちの門出に、温かい祝福をお寄せいただけますよう、お願い申し上げます。」
九重の爺様はマイクを司会者に渡し、その後何人かの来賓があいさつする。
私はその間、爺様の言った言葉を反芻していた。
「続きまして、千弦さん、琴音さんからご挨拶の言葉をいただきたく思います。・・・それでは千弦さん、お願いいたします。」
う・・・う〜ん。
何を言ったらいいものか。
どうせ18歳になったばかりの女子高生だ。
言葉遣いにだけ気を付ければいいだろう。
立ち上がって壇上に上がり、司会の人からマイクを受け取り、何とか落ち着いて話し出す。
「御爺様、皆様。温かいお言葉をありがとうございます。私たちは今日、18歳という節目を迎え、大人としての一歩を踏み出しました。この場をお借りして私たちを支えてくださった家族、そして多くの方々に心から感謝申し上げます。」
うん。
頭が真っ白だ。
ここまでは定型文でいいんだけど・・・。
思わず周りを見回す。
すると、視界の端で仄香が自分の耳をトントンと叩いている様子が見えた。
・・・そうか。
ぬふふ。
爺様のセリフを追いかけられるだけでもありがたい。
「私たちは先人の積み重ねてきたものを受け継ぐ者として、また一人の人間としてこれからの人生を歩んでいきます。正直に言えば、私はまだ自分がどんな未来を描き、何をなすべきか、完全には見えていません。けれども祖父が言ってくれたように、恐れずに、迷いながらでも自分の道を選んでいきたいと思います。」
ありがたいことに仄香が爺様のセリフを記憶補助術式で共有してくれたからな。
こういう時には本当に魔術は便利だぜ。ひゃっはー。
「それがどんな形であれ、家族を誇りに思い、家族を守り、大切な人とともに歩む。・・・その気持ちは決して失わないようにしたいです。そして、琴音と一緒に、これからも笑顔でいられる毎日を過ごしたいです。」
ふと横を見ると、琴音が目を潤ませている。
・・・ごめん。
少しカンニングしたんだ。
よし、最後は少し恰好つけよう。
「未熟な私たちですが、どうぞ今後とも、温かく見守り、ときに導いていただけますよう、お願い申し上げます。本日は誠にありがとうございました。」
深々と頭を下げ、堂々と壇上を降りる。
頭を下げると同時に多くの拍手が鳴り響き、とりあえずはスピーチが成功したことを実感する。
ん〜!緊張した。
中学受験の時の面接よりも緊張した!
席に戻り、琴音に話しかけようとすると、司会の人がすかさずマイクを琴音に渡し、壇上へ連れていってしまった。
思わずひやひやしていると、琴音はニヤリと笑い、マイクを受け取って壇上に躍り出た。
「姉さん。素敵な挨拶をありがとう!そして御爺様、皆様、温かいお言葉をいただき、本当にありがとうございます。」
琴音は少し息を吸い込み、会場にまっすぐな視線を向ける。
「私は南雲弦弥の娘、九重和彦の孫として生まれ、たくさんの人に支えられてここまで育ってきました。そのことには感謝の言葉しかありません。・・・でも、これからの私はだれかを支えていきたい。そのためには、誰かに決めてもらう未来じゃなくて、自分で選ぶ未来を生きたいと思っています。」
思わず琴音の視線の先を見ると、そこには紫雨君の姿があった。
コイツ、紫雨君のことを本気で狙ってるな。
琴音は、私がそれに気付いているかどうかを気にするそぶりも見せず、声のトーンを挙げて言葉を続ける。
「たとえば・・・私が大切だと思う人を、胸を張って大切だと言えるように。その人のそばにいることを、誇りに思えるように。」
会場の空気がざわめき、九重の爺様と仄香の目がスイッと細くなる。
お、怒ってないよな。
嫁姑戦争が起きたら琴音、絶対に勝てないんだよ?
琴音は構わずニコリと笑い、言葉を続ける。
「もちろん、まだまだ未熟な私ですが、これからたくさんのことを学び、成長していきます。けれど、誰かの期待に応えるだけではなく、私たちらしい幸せを見つけていこうと思います。」
まさに言いたいことをすべて言い切った、という表情を浮かべ、大きく息を吐く。
そして会場全体を見回した後、少し頭を下げて、締めくくりの言葉を述べた。
「これからも私たちを見守っていてください。本日は本当にありがとうございました。」
私の時とは違い、会場は最初パラパラとした、やがて万雷の拍手に包まれる。
九重の爺様は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしていたが、すぐ隣にいた仄香(inジェーン・ドゥ)から何かを耳打ちされ、紫雨君のほうを見ると、立ち上がって拍手をし始める。
ぐ、仄香のやつ、よ、余計なことを・・・。
・・・いや、まて。
そうするとやっぱり琴音が九重の家を継ぐのか?
それはむしろ願ったり叶ったりなんだけど。
何とか挨拶を終え、いよいよ誕生パーティーの始まりだ。
やっと料理が運ばれてきたよ。
最後に父さんが乾杯の音頭を取り、ワイワイガヤガヤと楽しく、そして面白くパーティーは始まった。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
誕生パーティーとはいえ各界の要人が集まる正式な場だ。
姉さんと私のスピーチのどちらがこの場にふさわしいか、火を見るより明らかだろう。
その証拠に、私はさっきから九重の爺様に絡まれているよ。
「琴音!おまえ、さっき挨拶はそういうことなのか!」
だからどういうことだと思っているのよ?
ってか、悪かったわよ。
反省してる。
「紫雨と琴音さん、ジェネレーションギャップは大丈夫かしら。紫雨には一応、日本の国籍があるから問題はないんでしょうけど・・・。」
仄香・・・爺様に何を吹き込んだのよ。いや、間違えちゃいないけどね。
「石川!聞いたか!琴音さんは好きな人がいるみたいだぞ!どうする!今なら間に合うかもだぞ!」
「時岡ぁ。・・・俺はもう千弦と付き合ってるって言っただろうが!」
時岡君が理君に絡んでいる。
それを聞きつけて、爺様が理君を引きずっていく。
「よう言った!ならばお前には国政というものを一から仕込んでやろう!千弦にふさわしい男にわしが育ててやる!」
爺様・・・もう出来上がっているのか?
たしか、永田町の大蟒蛇といわれるほど、酒に強かったはずだが?
まあいい。爺様の相手は任せた。
将来は総理大臣だね、理君。
それから時岡君も心配してついて行ってしまった。
そして私や仄香の周りにはいつのまにか、ナーシャや星羅ちゃんが集まって和やかに食事が進んでいる。
うん。期せずして仄香が魔女である、あるいは私たちが魔法使いであることを知らない人間がいなくなったよ。
姉さんのもとには・・・風間中将の部下やらフレデリック大将とその部下やらが殺到している。
理君が後で聞いたら心配するだろうな。
みんなエリートで鍛えていいる男の人ばかりだからね。
あ。オリビアさんが整理をしているよ。
順番を飛ばそうとする男の襟首を今、片手で二人持ち上げたところだ。
そのほかの紫雨君をはじめとした男性陣は、宗一郎伯父さんにつかまってしまっている。
美穂ちゃんは・・・いつのまにか時岡君についていったのか。
「そろそろ誕生日のプレゼントを渡しましょうか。誰からにする?」
「と、とりあえず、男子と偉い人からの分は後にしよう。じゃあ・・・まずは私と姉さんがお互いに贈りあったものから発表するよ。」
「あ!待って、私を置いてかないでよ!・・・ええとね、じゃあ、発表します。じゃじゃ~ん。お揃いの腕時計。かわいいでしょ。」
慌てて飛んできた姉さんが、懐からリボンをかけた箱を取り出す。
この腕時計は、この前渋谷で二人一緒に選んだ、ピンク色の革バンドがかわいい機械式腕時計だ。
姉さん曰く、簡単に分解できる構造だから文字盤やムーブメントにアクセスしやすく、術式を刻むのが容易であるとのこと。
私はデザインで選んだんだけどね。
「この時計にはね。オリジナルの術式が刻んであるんだ。琴音と私、それぞれの体調とか、元気か、疲れてるか、そういった健康状態がわかるようになっているんだ。」
姉さんの言う通り、普段は代り映えのない文字盤だけど、軽く魔力を流すといくつかの表示器が立ち上がり、相手の脈拍や呼吸、体温や残魔力量などが表示される。
これは、相手が腕時計を付けているかどうかは関係ない。
腕時計側にはただ表示器としての機能が詰め込まれているだけ・・・らしい。
みんなに見せびらかしたあと、お互いの腕にそれを巻く。
ちょっと若すぎるデザインかもしれないね。
姉さんと二人、クスリと笑った後、遥香が二つのリボン付きの小さな箱を差し出した。
「私が用意したプレゼントに似てるかも。じゃあ、次は私でいいかな?はい。お誕生日おめでとう。琴音ちゃん。千弦ちゃん。」
「ありがとう。わ。かわいい。ペンダントだね。これは・・・サファイア?」
雫型にカットされた青い宝石を小さな天使が抱えているかのようなデザインだ。
「小さいけどね。それに、仄香さんに協力してもらって、自分で術式を組んでみたんだ。」
サファイアは、かすかに青い光を放っている。
これは・・・私たちの魔力に反応して光っているのか。
「この術式は・・・ふふ。遥香らしいね。」
「そうだね。なかなか面白いことを考えたね。」
このペンダント、私と姉さんがお互いにどんな気持ちでいるのか、極めて限定的だけど感情を共有できるような術式が込められている。
楽しいことがあれば倍に、悲しいことがあれば半分ずつに。
さすがにそのすべてが筒抜けになるようなものではないけれど、姉さんの心の強さが流れ込んでくるようで心地よい。
「次は私。琴音、千弦。開けてみて。」
エルが鼻の穴を膨らませて、きれいにラッピングされた箱を二つ差し出す。
姉さんとそろってそれを開けると、そこには揃いのかわいらしい薄紫のワンピースが収められていた。
「不思議な手触りね・・・柔らかく、伸縮するんだけど、温かい。それでいて涼しいような・・・?綿でも麻でもない。羊毛・・・でもない。なんだろう、これ?」
ワンピースの表面からは、なぜか蜃気楼のような不思議な波動が流れ出ている。
それに、布の目が細かくて絹のような光沢もある。
なにより、鑑定・解析系の術式が一切通用しない。
「不死鳥の羽毛を叩いて繊維にして、紡いで編み上げた。夏は涼しく、冬は暖かい。なにより、解れたり裂けたりしても、自然と元に戻る。」
「ふ、ふし、不死鳥!?もしかして、玉山の?」
姉さんの目が点になっている。
不死鳥、って燃えてなかったっけ?
自動修復機能付き?
それって一生ものじゃないか!
「玉山には不死鳥はいませんよ。グローリエルが欲しがるから崑崙山脈の魔力溜まりまで捕まえに行ったんですが・・・このためだったんですか。」
「ん。耐火性と強靭さはフレイムドラゴンの革と同じくらい。それに、抗魔力が高いから術理魔法や概念精霊魔法の直撃くらいならそのワンピースがあれば完全に無効化できる。」
エルったら、相変わらずとんでもないものを作るね。
咲間さんとナーシャがプレゼントの箱を抱えたまま固まってるよ。
「すごいね。じゃあ、私からのプレゼントで一息挟もうか。二人とも。お誕生日おめでとう。はい、プレゼントだよ。」
オリビアさんが差し出した箱は、思っていたよりもずいぶん小さい箱だった。
てっきり鉄アレイとかダンベルとか、そういった系統になるんじゃないかと思ったけど。
・・・?お、重い!?
な、なんだこれ!?
スマホケースくらいのサイズしかないのに、10キロの米袋より重い!?
慌てて近くのテーブルに置くが、不思議と軋んだりはしない。
ってか、箱の下の、たたまれたナフキンの丸みが・・・変わらない?
・・・これ、重いと思ったのは錯覚なのか?
注意深く、包装を外してふたを開ける。
そこには、女性用の白い肌着と思われるものが収められていた。
「ナニコレ。なんでこんなに・・・重いの?」
姉さんがあきれたような声を出す。
・・・やっぱり重いんだよね?
「それは、着用した人間の魔力を使って局地的に重力加速度を増す術式が編み込まれているんだ。魔力がない人間にとってはただの肌着なんだけどね。見たところ、二人ともかなり魔力が大きいね。こりゃ、いいトレーニングになりそうだよ。」
「オリビア・・・あなた、ずっと変な術式を組んでると思ったら、なんてしょうもない術式を・・・リミッターくらいつけておきなさいよ。」
仄香の言う通り、この肌着はもはや素手では触れないようなシロモノになっている。
そりゃあ、この肌着なら効率よく鍛えられそうではあるけど・・・。
ボディビルの趣味はないかなぁ。
・・・姉さん?なんでそんなにうれしそうなの?
気を取り直し、ナーシャがくれたプレゼントを開けると、金蒔絵があしらわれた、きれいな万年筆が収められている布張りの箱が入っていた。
「うわ!きれい!あ!姉さんとお揃いだ。すごい!ハンドメイドなんだね。うわ〜。もったいなくて使えなさそうだよ!」
「本当。すごくきれい。これは、何か大事な書類にサインとかする時にしか使えないわね。」
マジックアイテムでも何でもない、ただの万年筆がこれほどうれしいとは思わなかった。
いや、ナーシャがこうしてここで笑っていることがうれしいんだ。
「ねえ、ナーシャ。次はナーシャの誕生日を盛大に祝いましょうよ。誕生日はいつなの?」
思わずナーシャに聞いてしまう。
少し不躾だったかもしれない。
「あ、あはは。実は、4月1日。エイプリルフールなんだよね。ずいぶん先のことになるかな。それに、私はそこまで知り合いとかいないから、パーティーとかはちょっと・・・。」
ナーシャは戸惑いながらも、少しの期待に顔を赤らめている。
「よし!じゃあ、私と琴音。この二人は必ずお祝いに行くわ。佐世保までね。」
「うん。・・・待ってるよ。」
涙ぐみながら座るナーシャの次に、咲間さんがおずおずと二つの箱を差し出してきた。
これは・・・ルームウェア?
姉さんとお揃いの?
「いやぁ・・・ここまですごいプレゼントが並ぶ中で、ちょっと恥ずかしいんだけど。二人ともよくお泊り会をするからさ。こんなのもアリかな、とおもって。」
ルームウェアを広げると、お揃いのデザインで、胸のところに何かの楽曲の一小節の音符があしらわれている。
もしかして、これって・・・?
「この曲。あの時、ギリギリで聞こえた曲?もしかして。遥香に贈った曲?」
そうだ。
後で姉さんから聞いたんだけど、この曲は姉さんが暴走したときにギリギリで引き留めてくれた、紙一重をこちら側にしてくれた曲だ。
「うん。兄さんに頼んで刺繍してもらったんだ。」
「咲間さんのお兄さんって本当に多芸ね。できないこと、ないんじゃない?」
「あはは。本人は器用貧乏だって言ってるけどね。あたしと兄さんからのお祝いってことで。さあ、トリを飾るのは仄香さんだよ!」
咲間さん《サクまん》がそう言って仄香の手を引こうとしたとき、思わぬところから声がかかった。
「チョッと待って欲しいのデス。僕からも二人に贈り物があるのデス。お誕生日おめでとうデス。いつも、猫ちゅーるを買ってきてありがとうナノデス。」
・・・遥香?じゃなかった、二号さん!?
「ね、猫ちゅーるって!あの時の動画って、もしかして!」
遥香が真っ赤になって顔を隠している。
相変わらずスゲー可愛いな。
なんだ、遥香は気付いていなかったのか。
まあまあ、となだめる咲間さんの横で、オリビアさんが遥香のことを後ろから抱きしめているよ。
ありゃ、何をやってても抜け出せないな。
オリビアさん。
いい匂いがするのは知ってるけど、遥香の頭に顔をうずめて息を吸い込むのはちょっと・・・。
「ン゛ッン゛。改めテ。お誕生日おめでとうゴザイマス。これは、ボクからのプレゼントデス。」
「なにこれ?キーホルダー?猫のしっぽ?」
差し出されたのは飾り気のない小さな猫のしっぽがついた、キーホルダー・・・のようなもの。
「ん?これ、魔力の気配が・・・いや、もしかして生きてない?」
「千弦サン。さすがデスネ。これは、ミミックテイルと言っテ、ボクの眷属としての力の一部を物質化したものデス。・・・少し魔力を必要としマスガ、コレを媒介にスルト、人間でも変化の術を使うことがデキマス。」
「変化の術って・・・まさか!」
「ハイ。変身魔法デスネ。もちろん、ボクのように常時というわけにはいきマセンガ、お二人の魔力なら魔力貯蔵装置なしでも半日くらいは持つんジャナイカト。」
マジか。
そうすると、今までできなかったアレとかコレとか・・・・
「ぐふ、ぐふふふ・・・。」
姉さんが聞いたこともないようなくぐもった笑い声をあげている。
あ、私もか。
あ、咲間さんがものすごく呆れかえっている。
そんな目で見ないで。
「シェイプシフター。二人になんてものを渡してるんですか・・・。せめて先に相談してほしかったですね。じゃあ、最後に私からプレゼントを渡しましょうか。」
そういうと、仄香は紙袋から二つの箱を取り出し、私たちそれぞれに手渡した。
「開けるね。・・・これは・・・サングラス?いや、透明だけど・・・?」
「うわ!シューティングラスだ!それも、ステアーの純正品じゃん!・・・すごい!ノーズピースにはメガネレンズをはめられるようになってる!・・・あれ?でも、琴音にまでなんでシューティングラスを?」
シューティングラスといえば、サバゲとかで使う目の保護具だと思ったけど・・・姉さんは確かに喜ぶだろうけど、なぜ私まで?
何気なくかけてみようとして・・・あ、これ、メガネの上からでもかけられるのか。
ん?
これって・・・ヘッドマウントディスプレイ?
文字?何か表示されている?
Wi-Fiに接続中?
Windows11?
すっげー!動画サイトも見れるのか!
テンプルの部分が骨伝導ヘッドホンになってるし!
「お二人にはシューティングラス型の情報端末を、と思いまして。今お使いの鑑定術式は、琴音さんや千弦さん、そして健治郎さんの知識に基づいて鑑定や解析が行われていると思います。」
ま、そりゃそうだ。
いくら鑑定魔法や解析術式が優秀でも、知らないことまで教えてはくれないからね。
「そのグラスに込められた鑑定解析術式は、魔女のライブラリにある知識をもとに情報を表示します。装着者の思念に反応し、精神世界経由で情報を表示するので回線が切れることも、タイムラグもほとんどありません。役立ててくださいね。」
マジですか。
魔女のライブラリにアクセスできる情報端末?
それも、こっちの思念に反応して知りたいことを全部教えてくれる?
うわ、回線料金タダでインターネットにもつながるの!?
「やっぱりトリは仄香さんだったね。」
「むう。マスターはいつもこう。自重してほしい。」
みんなからのプレゼントでテーブルの上がいっぱいになっている。
振り向けば、九重の爺様や浅尾副総理、お父さんやお母さんがそれぞれリボンのついた箱や袋を手に、行列を作っている。
そして、いつの間にか戻ってきた理君や時岡君も。
あ、理君からの誕生日プレゼントはエアガンそのものかい。
姉さんったらそんなに喜んじゃって。
え?私は螺鈿細工の手鏡?・・・これ、買ったらいくらするのよ!?
ちょっと!
フレデリック大将が持ってきたのって最新型の暗視装置!?
ENVG-S?ENVG-Bの後継機種?
サーモグラフィ画像を暗視映像に重ねてみることができる?
いや、確かにすごいんでしょうけど!?
あ。宗一郎伯父さんが止めてるよ。
第四世代はそもそも輸出規制がかかってるだろうって。
姉さんが慌てて手を伸ばしてるけど、どうやらお預けみたい。
いや、そんなもの何に使うつもりなのよ?