212 水面下を迫る者/帝国の遺産
南雲 琴音
6月13日(金)昼休み
開明高校3年1組
放課後、仄香がスマホで来週の水曜日の予定を調整している。
「もしもし。・・・ええ、18日の午後は予定を入れないでください。何よりも大事な予定があります。はい。眷属は待機させてあります。何があった時はメネフネに。」
会話を終了するとすぐに次の相手に電話する。
それとなく聞いていたが、相手は国防総省だったり、国防省陸軍局だったり、錚々たるお歴々のようだ。
「ふぅ。まあ、こんなもんでいいでしょうか。お二人のせっかくの誕生日、何があっても邪魔などさせません。もし邪魔が入れば、ソ連だろうが教会だろうがタダではおきませんから。」
隣の席で仄香が鼻息を荒くしている。
そんなに私たちの誕生日が楽しみなのだろうか。
「ねえ、コトねん。仄香さん、ずいぶん楽しみにしてるみたいだよ。誕生パーティーの会場は去年と同じでコトねんたちの家でいいんだよね?」
「う、うん。次の日は平日だし、お泊り会はしない予定だよ。・・・それに、アルコールは出さないつもりなんだけど・・・。」
考えてみれば、去年、私たちの誕生日を祝ってくれたのは、両親を除けば咲間さんと宗一郎伯父さん、健治郎叔父さん、そして従弟の宏介君だけだ。
うちのリビングはかなり広いから、8人程度では何ということもなかったけど・・・。
今年はそれに加えて仄香(inジェーン・ドゥ)、遥香、エル、オリビアさん、そしてなぜか理君まで来るという。
総勢13人。
ちょっと多すぎやしないか?
あ、二号さんを合わせると14人か。
リビングに収まり切るかなぁ?
「ああ、琴音さん。先ほど和彦・・・九重総理から伝言を頼まれまして。パーティ会場は変更だそうです。帝国九重ホテル本館第一ホールを丸一日借り切ったそうなので、18日は学校が終わったら直接そちらへ向かうように、と。当日、正門前に迎えのバスが来るそうなので、参加者全員で待っていてください。」
帝国九重ホテル、本館第一ホールって・・・。
一日いくらすると思ってるのよ!
「・・・マジ?いつの間にそんな大ごとになってるのよ?」
「さあ?警備上の問題ではないかと思いますが、人数が増えたことですし、よかったのではないかと思いますが。ああ、もしかして何かケータリングサービスでも予約してしまいましたか?」
「いや、ケーキとかの料理はエルが作ってくれる約束だったから、うちでは何も準備はしてないけど・・・。」
危ない危ない。いつもの年だとお母さんがケーキとかの予約をしているころだからな。
あれ?そうすると・・・。
お母さんとお父さん、それから二号さんは何を着ていけばいいんだ?
「ああ、それと、当日の服装なんですが学生は全員、制服着用での参加となります。」
うん、別にドレスなんて用意してなかったし、むしろありがたい。
二号さんには遥香の制服でも着せておけばいいか。
とりあえず参加者のリストの見直しでもしようか。
・・・ん?妙に生徒からの参加者が多いな。
なんで時岡君とその妹の美穂ちゃんが参加するんだ?
・・・姉さんのサバゲつながりだからか?
それと・・・紫雨君?ナーシャ?
まさか、佐世保からわざわざ呼び寄せたんか!?
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
放課後
帰りがけに、理君が妙にこ洒落た封筒を差し出してきた。
「昨日、こんなものがウチに届いたんだけど・・・。」
封筒の差出人は・・・九重和彦。さすがに「内閣総理大臣」とは書かれていないけど、日本人なら大体の人間が知っている名前だ。
「九重の爺様が一体なんだってのよ・・・私の彼氏に文句でもあるのかしら。見ていい?」
理君からすでに開封されている封筒を受け取り、中身を取り出すと・・・それは何かのパーティーの招待状のようなものだった。
「・・・誕生パーティー?琴音と・・・私の!?ちょ、ちょっと・・・え?帝国九重ホテル本館!?・・・何考えてるのよ!あのクソ爺ぃ!」
どうしてくれようか!
いや、九重の爺様が理くんを私の彼氏として認めているのはありがたいけどさ。
ま、まずは仄香に言いつけて、じゃなかった相談を・・・。
仄香たちの待ち合わせをしている正門へ一目散に走りだす。
事と次第によってはボイコットしてやる。
鼻息荒く、正門の前に飛び出すと・・・。
そこにはいつも通りの面々がおそろいの封筒を持って待っていた。
「あ、姉さん。遅かったじゃん。もしかして理君と予定でもあったの?」
「いや、ちょっと声をかけられただけで・・・それよりその封筒!まさか、全員のところに届いたの!?」
九重の爺様が何を考えているかは知らないが、高校三年生にもなって誕生パーティーの招待状をクラスのみんなに配るとかされた日には、恥ずかしくて不登校になるかもしれないよ!
「ああ、これですか。お二人の誕生日パーティーを、お二人のご自宅でやるとなると少し手狭かと思いまして。宗一郎さんにご相談したところ、広めの会場をお借りできることになりました。もちろん、クラスメイトや友達も参加できますよ。」
・・・え?
そうなの?
でも、帝国九重ホテルの本館第一ホールって、無茶苦茶広いんですけど?
「あ、でもさ。時岡君とその妹の美穂ちゃん、それから紫雨君と星羅ちゃん、とナーシャさんも参加するんだよね。」
まあ、その5人については分からなくもない。
時岡君とはサバゲで結構な付き合いがあるし、その妹さんは仄香が助けた関係であれから少し親交がある。
紫雨君は仄香の実の息子さんだし、星羅ちゃんは妹だ。
そして、ナーシャについては・・・結構気が合うからLINEでちょくちょく話してるんだよね。
勉強のこととかもよく聞かれて答えるし、実はハナミズキの家に手伝いに行ったこともあったりする・・・。
私たちは結構子供好きだし。
でもまあ、長距離跳躍魔法で移動するたびに警護の高杉さんたちに迷惑がかかるんだよね。
話は戻るけど、誕生パーティーに来る人たち、結構な人数になるんだね。
でも、それでも広すぎない?
「ああ、それと、そのほかの参加者として日本側からは浅尾副総理、中島官房長官、風間中将以下陸情二部から数名、米軍からはフレデリック以下特殊統合軍将兵が数名、参加する予定です。」
仄香はそう言いながら、参加予定者リストを書いた紙をすっと差し出してきた。
・・・ん?なんだって?
「まさか、その人たちって・・・。」
「ええ。遥香さんではなく千弦さんと琴音さんを口説きたい、と。別々にデートを申し込まれるのも面倒でしょうから私のほうでまとめておきました。適当にあしらっちゃってください。」
「・・・やっぱり犯人はおまえかぁ!」
仄香のやつ、なんて無茶苦茶なことをしてくれるのよ!
私には理君がいるっていうのに!
うわ、九重の婆様の係累まで参加するのかい。
一家の人たちって、ちょっと変わってるから苦手なんだよなぁ。
ハトコの二三君は元気かな。
確か今、大学生くらいだと思ったけど、しばらく会ってないから結構なイケメンになってたりして。
ケラケラと笑いながら逃げ回る仄香を追っかけながら、西日暮里までの短い道をみんなで仲良く帰っていったよ。
◇ ◇ ◇
バシリウス・モルティス
横浜港大さん橋国際客船ターミナル
出入国ロビー
入国審査を終え、一人の老人、二人の娘たちがキャリーバックをもって横浜の地を踏みしめる。
「ふむ。以前ここにきてから100年あまりか。ずいぶんと様変わりしたものだ。リュシア。セレナ。会話を日本語モードに。」
「了解です。ドクター。」
「ふ~。やっと地面だよ~。もう船酔いはいやだよ~。・・・とりあえず中華街かな。おいしいもの、食べに行こうかな。」
二人・・・いや、二体はそろいの白いワンピースを着ており、銀髪もほぼ同じ髪型であり、髪飾りのようにセットした制御装置も同じ規格であるため、まるで双子のように見える。
実際には素体となった女は、双子どころか全くの他人なのだが・・・。
いや、百年ほど遡れば親戚ではあるが。
改造時に同じパーツを使い、メンテナンスを容易にしているために外装パーツが似通っているのだ。
とりあえず、観光は後だ。
こいつら二人は強化人間だから疲れてなどおらぬだろうが、儂は生身だ。
まずは船旅の疲れを癒したい。
横浜港が一望できるホテルを予約しておいたので、さっさと移動しようか。
「ドクター。教会の仮設事務所への出頭を求められています。お疲れのところ恐縮ですが、本日中とのことです。」
リュシアが事務的な声で告げる。
む?一休みはお預けか。
「うむ。ではリュシア。ホテルのチェックイン手続きを頼む。セレナ。儂についてこい。」
リュシアは単独行動させても何も心配ないが、セレナから目を離すわけにはいかない。
彼女に搭載した感情波動共鳴装置はまだ調整すら終わっていないのだからな。
「あ!ドクター。じゃあ、帰りでいいから中華街の焼き小籠包食べたい!豚まんも!」
もう食い気が出てきたか。
やはり強化人間は疲れなど知らないようだ。
「・・・セレナ。無駄な脂質と糖質の摂取は控えなさい。身体が重くなります。ドクター。私の分は結構です。お気をつけて。」
「ああ。少し寄り道すると思うが、部屋で待っているように。何かあったら連絡を。」
こめかみをトントンとたたき、港の前で別れる。
試作とはいえ、この二人には念話の術式を内蔵している。
何かあったらすぐに対応が可能だ。
それにしても、仮設事務所が何の用だ?
くだらない内容だったら事務員全員を材料にしてやろう。
パーツに分けてな。
◇ ◇ ◇
指示された時刻に、久保山の上に設置された教会の仮設事務所に顔を出す。
・・・仮設?
しっかりとした教会ではないか。
「これはこれは。遠いところ、わざわざご足労いただきありがとうございます。私、事務局長の田野倉と申します。」
教会のドアを開けると、眼鏡をかけた禿げ頭の男が出迎える。
見れば、胸には事務局長を示すバッジがついている。
「別にここに来るのが目的ではない。ついでだ。で、何の用だ?くだらないことだったらただでは済まさんぞ?」
「いえいえ、おそらくは興味を持っていただけるかと。」
わざわざ十二使徒を呼び出すくらいだ。
魔女関連のことだとは思うが・・・。
黙ってその顔を見ていると、田野倉と名乗った男は、近くの事務員からファイルを一つ受け取り、こちらに差し出した。
「ん?これはなんだ。・・・ナンバーズ、だと?まさか、奴らの所在が確認できたのか!?」
「ええ。今回確認できたのは二人。一人はナンバー9。今は九五郎と名乗っています。そしてもう一人はナンバー10。こちらは十一と名乗っているようですな。」
・・・ナンバーズ。
古代魔法帝国が誇る魔導生体兵器の末裔にして初代皇帝ノクス・プルビアの血を引く者たちが、まさかこんな極東に二体もいるとは。
しかし・・・ナンバー10の方は佐世保・・・長崎か。
今回確保するのはナンバー9のみだな。
「その他のナンバーズの所在は分かっているか?可能な限り生かして回収したい。」
「残念ながら。ナンバー5からナンバー8は我々教会の手により破壊が確認されておりますが、ナンバー1からナンバー4はいまだにその所在もわかりません。ですが、今ではカビの生えた骨董品。わざわざ我々が相手をする必要などないのでは?」
・・・一般の信徒のレベルではこんなものか。
ナンバーズこそが、儂が目指す魔導生体兵器の一つの指標だというのに。
古代魔法帝国から散逸した10体の魔導生体兵器は、それぞれが何らかの物理化学現象、あるいは特定の生物群を自由に制御することができる異能を有しており、それを自分たちの子孫に対し、任意に遺伝させることができるという。
「田野倉、だったか。お前はナンバーズの恐ろしさを知らないからな。例を挙げるならば、ナンバー9。こいつは植物に対して完全な制御能力を有する。森の中で奴に遭遇したら、まともに死ぬことさえ許されないと思え。ナンバー10。液体に対して完全な制御能力を有する。川や海の近くでこいつに遭遇したら、生きたまま魚の餌になると思え。・・・いや、動物性プランクトンの餌かな。」
「なんと・・・おそろしい。」
古代魔法帝国・・・レギウム・ノクティスが滅んでから1700年。
さすがにその血も能力も薄まっているであろうが・・・。
・・・そういえば、ナンバー1の能力が一番厄介だったな。
奴の能力は微生物の制御。
目に見えない、それこそバクテリアサイズからウイルスサイズに至るまで、既存のものだけでなく完全に新規のものを構築し、自由に使役するという。
見えず聞こえず、魔力反応もなく、熱変化もない。
そんなものが、肉体を侵食するべく、風に乗ってにじり寄ってくる。
古代魔法帝国の恐るべき魔導技術に、思わずブルりと震えがくる。
「ね~え。ドクター。そのナンバーズって連中?私の感情波動共鳴装置があれば何とでもならない?だから、せいぜい私のことを今のうちに楽しませておいてよ。」
確かに、いかなる能力を持っていてもそれを行使するのは人間だ。・・・いや、魂持つ者だ。
魂があり、感情がある者であれば感情波動共鳴装置の影響から逃れることはできない。
だが・・・微生物に魂はあるのだろうか。
「よかろう。中華街だったな。せいぜい楽しむとしようか。」
カビの生えた発掘兵器の類いなど、儂の現代魔導科学の相手ではない。
そう自分に言い聞かせ、仮設というにはあまりにもしっかりした教会を後にする。
「しかし、なぜ仮設なのだ?工事は完全に終わっていただろうに。」
「あれ?もしかしてドクター、気づいてなかった?教会のシンボルが出てなかったじゃん?多分、だから仮設なんだよ。」
なるほど。細かいところまでよく見ている。
それが戦闘で役に立つことを祈るよ。
◇ ◇ ◇
九重 宗一郎
一日の仕事が早く終わり、着替えて会社を後にした。
今日はエルさんと一緒に、琴音と千弦の誕生日プレゼントを買いに行く予定だ。
クソ親父がことを大きくしてしまったせいであの子たちにかなりの負担を強いることになってしまったが、誕生日プレゼントについては強く言ってすべて高校生向けのものとし、かつ返礼なしとさせた。
そりゃそうだろう。
政財界でも名のある連中がこぞってプレゼントを贈ってみろ。
車とか別荘とか、場合によっては宝石みたいなものまで贈られるにきまってる。
まだ高校生の二人が、そんなものを受け取ってどうするというのか。
それに、金額的に返礼などできるわけがないだろう。
エルさんと合流して、さっそく一件目のバッグ専門店に入り、陳列された革製のバックを一つ手に取る。
「宗一郎。二人に何贈るかもう決まった?」
「ん?ああ、バッグでも贈ろうかと。これなんかいいんじゃないか?」
「・・・高校生にそれを贈るの?」
「ん?ああ、可愛らしくていいデザインだと思ったんだけど。少し派手だったかな?」
「可愛いのは認める。でもお返しはいらないと一言添えるべき。」
「・・・?そりゃわかってるけど・・・もう少し考えるか。」
ああ、買い物をする時に値段を見ないのは悪い癖だったな。
エルさんとは去年のスキー旅行以来、週末によく出かけるようになった。
見た目に似合わず考え方が落ち着いていて、同時に嘘が全くないので安心して付き合うことができる。
・・・まあ、例のアスピドケロンの旅行の時に一線を越えちまったがな。
「どうした。宗一郎。具合でも悪いのか?」
「い、いや、エルさんこそあれから何ともないのかな、と。」
「・・・?あ。心配いらない。エルフはそんな簡単に妊娠しない、と思う。」
「ぶふぅ!」
思わず吹き出し、慌てて周囲を見回す。
誰も聞いてないよな!?
そりゃ、確かにエルさんは俺よりずっと年上だけど、見た目は15~6歳にしか見えないんだ。
そんなエルさんに手を出したと知れれたら、ロリコン扱いは免れない。
「今夜は帰らないとマスターには連絡済み。・・・どうした?」
小首をかしげながらエルさんが下からのぞき込む。
・・・くっ。
抱きしめたい。
どの段階で親父に紹介するか・・・。
親父、俺の相手が人間ではなくエルフだと知ったらなんというか。
ふ。いっそのこと、親父より年上なんだぞ、と脅してみようか。
「と、とにかく、プレゼントを決めよう。・・・ん?メールか。げ、零のやつ、プレゼントをバッグにしやがった。重なっちゃうじゃないか・・・くそ、出遅れた。」
「零?・・・だれ?」
「ああ、一零といって、俺の母方の従姉妹だよ。去年離婚したんだけど、確か二三君という息子さんがいたはずだ。どこかの大学に入ったらしいけど・・・。」
「ふふ。名前が10と123。面白い。」
そういえば一家では女しか生まれなくて仕方なく零さんが婿を取ったと聞いていたが・・・。
変わった家だったからな。
旦那はいつの間にか耐えられなくなったんだろうか。
「ん。宗一郎。こっちのポシェット。可愛いんじゃない?」
いつの間にかエルさんは別のコーナーに行き、ハンドバッグや財布、化粧ポーチなどを手に取っている。
その後ろ姿が妙に可愛い。
金の糸のような髪の毛から、笹穂状の耳が揺れている。
まあ、母方の実家のことは時間があるときにでも考えようか。
何か問題が起きているわけでもないしな。
エルさんが呼ぶ声に、俺は頭を少し空っぽにしてこのデートを楽しむことにした。
◇ ◇ ◇
ナーシャ(蓮華・アナスタシア・スミルノフ)
同日 夜
ハナミズキの家 事務室
十さんがあたしの分までコーヒーを淹れて持ってきてくれる。
同じ豆、同じコーヒーメーカーを使ってるのに、なんでこんなに美味しいんだろう?
招待状を見ながら、カップに口をつけ、思わず息を吐く。
「へえ、お友達の誕生パーティーに呼ばれたのか。もうプレゼントは決まった?」
「いえ、ちょっと迷ってまして。あまり高いものだとちょっと手が出ないし、気を使わせたくもないんですが・・・。」
仕事が一段落し、帰り支度を始めながら事務室で同僚の十さんと話をしていると、いつの間にか琴音さんたちの誕生日の話になった。
友達の誕生パーティーに誘われるのは初めてだ。
どんな格好をしていったらいいんだろうかと悩んでいたら招待状が届き、そこには制服で、との記載があった。
人数が増えたから会場が変わった、との記載があったけど、当日は紫雨君が迎えに来てくれるので着替えて待っていればいい。
・・・制服。
九重総理、いや、お爺様のおかげで袖を通すことができた。
浅尾のおじさまにも、手紙を送る以外はご挨拶ができていない。
なにより、美代さんにも会いたい。
せっかく東京に行くのだから、ご挨拶に伺おうか。
そういえば琴音さんたちには制服姿をよく見せていたっけな。
一度ボロボロにしちゃったけど、すぐに新しい制服が届いたんだよね。
もしかして気を使ってくれたんだろうか。
「たしか、お友達は来年大学入試だって言ってたよね。少し気が早いけど、万年筆でも贈ってみたら?」
「万年筆・・・。良いですね。じゃあ、次の休みに佐世保の町で探してみます。」
考えてみれば、完全に加害者側のあたしを許してくれただけではなく、時々LINEで相談にのってくれたり、ハナミズキの家まで遊びに来てくれたりしている。
この前なんて二人とも十さんに「友達かい?」と声をかけられて、あたしが返事に迷っていたら間髪入れずに「はい!」と答えてくれた。
友達っていうのは館川さんのところで屯ってたような連中をいうんじゃなくて、こういうのをいうのか。
・・・九重のお爺様が琴音さんたちの実のお爺様とは知らなかったなぁ・・・。
あたし、許してもらえなかったらどうなってたんだろ。
「ナーシャちゃん、幸せそうだね。」
「え?・・・はい。じゃあ、お先に失礼します。」
明日は休日、夕方の授業までに戻れば良い。
綺麗な、可愛い万年筆があったらお揃いで包装してもらおう。
初めて招待される誕生パーティーに心を躍らせながら、あたしはハナミズキの家を飛び出した。