211 少女たちのお買い物/人外たちの悪意
仄香
6月9日(月)
一日の授業が終わり、いつものメンバーで下校し、西日暮里駅で別れる。
校門を出るときに少し変な悪寒を感じたが、まあ、気のせいだろう。
・・・どうせエルリックあたりが何かくだらないことを考えているに決まってる。
今日は、咲間さんの店で夕勤の予定はないが、千弦と琴音にはバイトがあると言って咲間さんと同じ方向の山手線に乗り込む。
隣の車両には・・・黒川と太田警部が恋人のような恰好をして乗っている。
・・・一応、行動予定は伝えておいたからな。
っていうか、普通について来いよ。
途中、上野駅で乗ってきたグローリエル、オリビアと合流する。
もちろん、杖の中の遥香も一緒だ。
来週半ば、6月18日の二人の誕生日を祝うため、何を贈るか相談しながら買い物をするためだ。
さらに今回は、遥香自身がプレゼントを選び、二人に渡すことになっている。
・・・もちろん、何かの術式を込めるときは手を貸すつもりでいるが。
「コトねんと千弦っちの誕生日、何をプレゼントしたらいいんだろうね?」
《咲間さんは、去年は二人に何あげたの?何かおそろいのものとか?》
「去年はコトねんは縁がピンク色のメガネのハーフフレーム。千弦っちはスナップオンの工具セット。・・・おそろいではないね。」
「うわ。千弦さん・・・かわいい顔して男の子みたいだね。」
オリビア、お前は隠れ家に来ていきなり200平米のトレーニングルームを強請っただろうが。
あれ、専用設計のトレーニング機材だけで100万ドル以上吹っ飛んだんだぞ。
設置は全部自分でやってたけどさ。
「いや、あの二人、双子なのに欲しいものがまるで違うんだよね。コトねんはわかりやすいんだよ。可愛いアクセサリとか、小物の類いでいいからね。でも・・・千弦っちのほうは・・・。」
咲間さんそう言ったきり、考え込んでしまう。
「ん~。二人の欲しいもの。直接聞く?」
「グローリエル。あの二人の時だけやり方を変えると不公平になります。ただ、千弦さんについてはみんなで相談したほうがいいかもしれませんが。」
琴音については比較的わかりやすい趣味をしているんだが・・・。
前に千弦の身体を使ったときに部屋の中を見たことはあるんだが、あいつの趣味ってちょっと違うんだよな。
いっそのこと、どこかの銃器メーカーでも買い上げてオリジナルのエアガンでも作ってやろうか。
◇ ◇ ◇
まずはオリビアの提案に従い、山手線を秋葉原で下車する。
向かうところはパソコンの部品を扱っている付喪電気店だ。
「前に千弦さんと話したときにさ、3Dスキャナーが欲しいって言ってたんだよね。お、あるじゃん。結構いい値段するな。・・・うん、よくわからないね。」
そういえば紫雨から立体造形術式を習ったとか言ってたな。
ならば立体造形術式を応用した3Dプリンターでも作ってやろうか。
「PCの部品が誕生日プレゼントってのも悪くはないけどさ。いっそPCそのものってのはダメなのかな。」
《女の子へのプレゼントにパソコン本体って、ちょっと色気がないと思う。それに・・・。》
「ウィンドウズ派ではなくてMac派とか?」
千弦の部屋に置いてあったのはPanasonicのノートだと思ったが・・・。
スマホはiPhoneなんだけどな。
「Mac派って結構こだわりがあるからね。」
《そういう問題じゃないと思う。》
遥香が2人に突っ込みを入れる。
・・・咲間さんとオリビア、妙に息が合ってるな?
ファッションセンスも近いし、もしかして気が合うのか?
「次は私の番。・・・こっち。」
PCパーツを眺めた後、グローリエルが次の店に向かう。
末広町の交差点、蔵前橋通りと中央通りが交差する信号で西に曲がり、すぐ近くの雑居ビルの2階に階段で上がる。
《エルちゃん、なんでこんな店知ってるの・・・・》
遥香があきれているが、小さなエレベーターホールを抜けた奥には銃器が所狭しと並んだ店が入っていた。
黒川と太田警部・・・店に入れなくて困ってるよ。
別に、そういうヤバい店ではないんだが・・・。
「これは壮観だね。・・・全部トイガンなのか。玩具と思えない出来だね。でも、女の子の誕生日プレゼントにするには・・・。」
「そっちじゃなくてこっち。」
そう言いながらグローリエルは店の奥にずんずんと進んでいく。
店の奥には・・・銃以外の装備、迷彩服やタクティカルベスト、シューティングラスから暗視装置に至るまでいくつもの実物が並んでいた。
◇ ◇ ◇
「ん。決まった。」
グローリエルはそう言いながら、それまで眺めていたタクティカルベストやチェストリグを元の棚に収める。
「ん?買ってかないのかい?」
「参考にするだけ。あれ?マスター、それ買うの?」
「ええ、ちょっと思いついたことがありまして。」
前々から思っていたのだが、千弦はとにかく判断が早い。
早すぎて心配になるほどだ。
だが、判断するときに十分な情報があれば、必ず正しい道が見える。
琴音は回復治癒魔法が順調に熟達している。
しかし、どれほど順調に症例を積み上げても経験は年月を経ないと身につかない。
だが、ちょっとした情報があれば、それを補えるはずだ。
そして、これはそれらの術式を刻むのに、実に都合がいい。
「へえ。仄香さん、二人の分をお揃いで買うんだ。何に使うか知らないけどなかなかオシャレじゃん。あたしはどうしようかな。」
展示されたハンドガンを眺めながら咲間さんが考え込んでいる。
店員を呼び、ガラスケースの中から出してもらう。
包装は不要だ。
改造するからな。
よし、私の分は決まった。
あとは遥香が何を贈るかだな。
◇ ◇ ◇
久神 遥香
秋葉原から再び国鉄総武線に乗り、原宿へ向かう。
次は、琴音ちゃんへのプレゼントを中心に見て回るのだ。
「仄香さんからのプレゼントは決まったから、つぎは遥香からのプレゼントだね。」
「うん。ちょっと迷うけど、やっぱり二人へのプレゼントはお揃いにしたいんだよね。」
あの二人、琴音ちゃんは自覚してるみたいなんだけど、実は千弦ちゃんも無自覚にお揃いのものを身に着けようとしているんだよね。
髪型とか靴下とか、あとは腕時計とか。
区別がつかないほどよく似てる双子だから、逆にみんな気づかないかもしれないけど、まったく同じアイテムを身に着けてることが多いんだよ。
特に、学校では靴や靴下も、下着や肌着も同じ時が多いんだよね。
だから、色違いとかデザイン違いのプレゼントをあげて完全に差別化を図るようなことはあまりしたくない。
竹下通りに軒を連ねるお店を順に見て回る。
「う~ん、二人に似合いそうなアクセサリとかは結構あるんだけど、難しいな。二人ともピアスは空けてないし・・・。」
《あら?もしかして気付いてませんでした?千弦さんだけピアスをしていますよ。左耳だけですけど。》
「え?・・・あれ、そうだったっけ?」
「ん・・・ん?ピアス、してたっけ?」
咲間さんとエルちゃんも仄香さんの言葉に首をひねっている。
オリビアさんの顔を見るけど、キョトンとしているところを見ると、やはり同じように何も知らないようだ。
「気付かなかったよ。千弦ちゃんのピアスってもしかしてすごく小さいのかな?それとも目立たない色なのかな?」
《いえ、切手くらいのサイズがある、精緻な金細工の・・・もしかして術式のせいで認識出来ていない?》
「・・・ピアスはやめよっか。お揃いにできないもんね。じゃあ、これなんてどうかな。身に着けててもそんなに邪魔にならないと思うし。」
《うん。いいと思います。あとは何か術式でも組みましょうか。そうですね・・・あの2人は少し価値観にズレがあってすれ違いが起きるから・・・。》
アクセサリーショップの店員さんが「包装しますか?」と言ってくれたけど自分でするからと断り、みんな揃ってお店を出る。
咲間さんとオリビアさんは何にするんだろうと少し気になりながらも、頭の中は千弦ちゃんの左耳の「見えないピアス」のことでいっぱいだった。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
もうすぐ一年で最も憂鬱な時期がやってくる。
・・・私たちの誕生日だ。
そんなわけで今日は放課後、琴音と一緒に渋谷に買い物に来ている。
私たちは誕生日が一緒だから、いつの間にか二人でお揃いのものを買いに行く習慣となっているんだけど・・・。
毎年、誕生日の前後には必ず何かあるんだよね。
琴音と一緒にアニサキスに当たったり、貝毒に当たったり、間違い電話でスマホ泥棒扱いされたり、そろって車にはねられたり・・・。
小学二年生の時の、例の誘拐事件も同じ時期だったっけ。
一年の中で最悪な出来事は、すべてこの時期に集中している。
だから毎年6月から7月にかけては琴音と協力して、目立たないように、変なものを食べないように、そして危ないところに近づかないようにと神経を使って生活しているのだ。
・・・今年こそは平穏に過ごしたいと毎年思っているんだけど・・・。
「姉さん。またこの時期だね。でもたぶん今年は大丈夫。だって今年はもういろいろあったじゃない?」
「確かにいろいろあったけどさ。さらに悪いことが起きるんじゃないかと不安になるのよ。」
「でもさ。今年の6月は仄香がいるのよ?大体のことなら何とかなりそうじゃない?」
琴音、それは死亡フラグだ。
盛大な前振りをありがとう。
とは言えないほどウキウキしてるんだよなぁ・・・。
そりゃそうか。
生まれて初めて魔法使いの友達ができて、魔法とか魔術を隠さず付き合うことができて、さらにそれを理解してくれる何人もの友人に誕生日を祝ってもらえるんだから。
琴音がこれほど喜んでいるのだ、水を差すようなことはやめよう。
それに、すぐ後ろを高杉さんたちがついてきてくれてるから心配はないか。
「咲間さんと仄香がバイトに行っている間に今年も何かお揃いのものを買いに行こう。去年は私が決めたから今年は琴音の番だよ。」
去年は私が選んだお揃いのウォーキングシューズだっけ。
「鈍いなあ、姉さん。きっと今頃はエルも合流して買い物してるに決まってるよ。仄香も隠し事が下手だからね。」
う・・・気付かなかったよ。
それはもう、きっと誕生日を祝ってくれるんだろうな~という期待はあったんだけど。
「と、とりあえずそれは置いとこうか。今年は何にする?黒川さんのバイト代、まだ手を付けてないんだよね。何がいい?それと、何か術式でも刻もうか。」
「う~ん。ちょっとピアスに興味があるんだよね~。姉さんだけ左耳にピアスをつけてるじゃない?でもそれ、ものすごく強い認識阻害がかかってるから、まったくオシャレにはなってないんだよね。そろそろ可愛いのに替えない?」
・・・このピアスは九重の爺様から肌身離さずつけるように言われたもので、私にもよくわからない術式がかけられているんだけど・・・多分、強力な自爆術式が組まれている・・・と思う。
何のために自爆術式が組まれているかはよくわからない。
どうせ貞操を守るためとか、敵に一矢報いるためとかそんな理由だろう。
ただ、小学二年生の例の事件の後、今は亡き九重の婆様の勧めで爺様が一の家から取り寄せて用意したらしい。
ああ、一っていうのはばあさまの実家の苗字ね。
九重の婆様はとにかく厳しく、私はほとんど褒めてもらったことはないんだけど、あの事件の後、警察病院から退院した時に婆様が珍しく褒めてくれたんだよね。
よくやった。
お前こそ理想の姉だ。自慢できる孫娘だって。
すごくうれしくて、婆さんに頼んでその場でピアスの穴をあけてもらったんだっけ。
・・・加熱殺菌した畳針で。
婆様はその翌年に亡くなったけどさ。
「う~ん。いや、ピアスはいいかな。すでにイヤーカフがついてるし、これ以上いろいろ付けたくないんだよね。」
とにかく、このピアスがイタリアの赤い悪魔並みに物騒だとしてもちょっと外す気にはならないんだ。
なんというか、勲章みたいなものでさ。
「う~ん。指輪はあるし、ブレスレット代わりの自動詠唱機構はあるし・・・メガネ、はあり得ないし・・・。」
う、メガネは勘弁してくれ。特に丸いレンズのやつは・・・泣くぞ。
「あ。・・・あれ、可愛いかも。うん。あれにしよう。姉さん。ええと、こんな術式を組んでほしいんだけど・・・。」
そう言って琴音は耳打ちする。
・・・なるほど、それは妙案だ。
双子だからこそ思いつかなかったのか。
琴音と顔を見合わせ、にんまりと笑いあい、在庫を確認してもらうため、さっそく店員さんに話しかけたよ。
◇ ◇ ◇
???
スイス・イタリア国境付近
シルヴァエ・オブスクラエ(暗き森)
研究室の中、2個のカプセルにそれぞれ女性が収められており、その前には白衣を着た老人と、その助手のような男がそれを眺めていた。
「ふむ。十二使徒も、儂を含めて残り5人、か。クラリッサの死体は確認されておらぬし、オリビアは行方不明だが・・・魔女の手に落ちたか寝返ったか。いずれにしても戦闘職があと2人しかいないのは痛いのう。」
そういえば、未確認だがリレハンメルに移送中だった素材を奪ったのはオリビアであるという報告も来ている。
移送に使った列車を襲われたのだが・・・列車の転覆個所を調べたところ、曲げられた軌条には明らかに人間のものと思われる手形がついていた。
・・・素手で軌条をへし曲げられる者などそうは多くない。
「バシリウス様。リュシアとセレナの調整が終わりました。大きな異常は見られません。」
「そうか。では予定通りリュシアに魔導兵装を搭載しろ。対魔女戦闘プログラムも間もなく定着するはずだ。」
「セレナはいかがいたしますか?」
「セレナに搭載する予定の感情波動共鳴装置はまだ未調整だ。眠らせておけ。」
リュシア・カルンシュタインとセレナ・グレイス。
性格も能力も正反対の二人だが、まさかこれほどまでに素晴らしい組み合わせになるとは思わなかった。
そして、魔導兵装と感情波動共鳴装置。
魔力がある相手、感情がある相手には確実にその効果を発揮する。
対魔女戦闘プログラムと合わせてどこまで魔女に効果があるのか楽しみだ。
それに、この2人は・・・くくくっ。
魔女に会わせたときの反応が見ものだ。
「バシリウス様。十二使徒第九席及び第十席が面会を求めています。お会いになりますか?」
「ああ。龍人と妖精か。亜人が何の用だ。」
十二使徒第九席、「炎龍」穂村景康と第十一席、「幻蝶」薙沢菫・・・だったか。
いずれもオリビアと同じ時期に使徒入りした新顔だ。
まだ教会での活躍はないが、2人とも熟練の傭兵だと聞いている。
同時に、変化の術に長けており、日本の人間社会に潜んで暮らしていたのだそうだ。
乱暴にドアが開けられ、野太い声が響き渡る。
「邪魔するぜ。・・・相変わらず辛気臭ぇな。日光に当たらないとビタミンDが生成されねぇぞ。」
逆に、ガキのような声が耳障りに高音を奏でる。
「景康。バシリウスは魔族よ。日光なんて当てたら灰になるわよ。」
背中に半透明の二対の翅の生えた身長25cm程度の少女を肩に乗せ、一対の角と鱗を持つ身長2mを超える大男が断りもなく研究室の椅子を引き、ミシリと音を立てながら腰を下ろす。
まだせいぜい100年しか生きていない若造どもが。
生来の力に自惚れるだけの俗物どもが。
「儂ら魔族を吸血鬼などと一緒にするな。・・・何の用だ。」
「ふん。教皇猊下からのご下命よ。」
羽虫女・・・薙沢がUSBメモリを取り出し、放り投げてくる。
「じゃあな。俺たちの用事は済んだ。なあ菫。なんか美味いもんでも食いに行こうぜ。」
「そうねぇ。でもここから一番近い町ってどこなのよ?」
すでにこちらのことは眼中にない2人は、無作法にもドアを開け放したまま、廊下の向こうに消えていった。
苛立ちを抑え、USBメモリをPCに差し入れる。
「何?魔女は日本にいるだと?・・・しかも儂の強化人間を使ってくださるというのか。ならば答えなければなるまい。・・・リュシアとセレナを起動しろ。フル装備だ。」
屍霊術だの遺物だの、廃棄物を再利用しただけの連中が儂の研究を人形遊びと揶揄しておったが、いよいよ目にものを見せるときだ。
儂のかわいい娘たちが、必ずや魔女を過去のものとしてくれようぞ。
意気込み、カプセル横のレバーを倒し、カプセル内の液体をゆっくりと排出する。
そこには、ゆっくりと目を開く銀髪の少女たち・・・鋭く冷たい目を持ったリュシアと、病的に歪んだ瞳を持ったセレナがこちらを伺うかのように起き上がっていた。
「ドクター。おはようございます。・・・ご命令を。」
「ドクター。たまにはお仕事以外で起こしてほしいわ。それで、私にだれを殺してほしいの?」
リュシアが一切の感情を感じさせない言葉を綴るのに対し、セレナは恋慕、そして加虐的な笑みを浮かべて体をよじっている。
「・・・魔女じゃ。リュシア。魔導兵装の兵装のすべての使用を許可する。セレナ。感情波動共鳴装置の全潜在能力を使ってこれを討て。分かっていると思うが・・・敗北は許さぬ。さあ。行くぞ。」
魔女。
・・・旧き時代の亡霊よ。
いつまでもお前だけの世界と思うなよ。
◇ ◇ ◇
エルリック・ガドガン
期末試験の問題を作りながら、ふと考える。
アレクのやつ、なんで不倫騒動なんて起こしたんだ?
「確かアイツ、アジア系の女性にしか欲情しなかったはずなんだが・・・?」
仄香が大規模洗脳魔法を使ったせいで僕を含め、アレクも南雲姉妹の記憶を失ってしまっていたのは理解できる。
だってアイツ、抗魔力どころか魔力そのものがないからな。
そんな一般人が史上最強の魔女の魔法に抵抗するなんて不可能なのは分かっているんだが・・・。
アイツが不倫したという騒動を起こした相手は、黒髪ではあるものの、アジア系とは似ても似つかぬラテン系の女優だ。
そもそも、アイツの髪色であるダークブラウンは父親・・・つまり、僕の孫から譲り受けたんだが、母親であるマユミが日本人だったせいで、女性に対する美的感覚がかなり日本人のソレになっていたはずなんだが・・・?
「う~ん。魔術結社・・・ではないよな。念のためフィリップスに連絡を取ってみるか。」
魔法協会と魔術結社は競合関係にあるため、世間からは仲が悪いと思われがちなんだが・・・。
実は仄香に師事した後、フィリップスに5年ほど師事していたおかげで僕自身とフィリップスの関係は悪くない。
というか、完全に師弟関係だ。
それを知らず、魔術結社の若い連中が時々僕の親族にちょっかいをかけることがあるんだよな。
「・・・もしもし。フィルか?僕だ。エルリックだ。」
【おお、懐かしいな。エルリックではないか。息災であったか?】
電話の向こうから若々しい男性の声が聞こえる。
「・・・ん?前と声が違うな?まさか身体の乗り換えに成功したのか?」
記憶の中にあるフィリップスとはかなり違う声質に驚きながらも、世界最高のホムンクルス作成能力を思い出す。
【うむ。つい先日、ついに成功した。ついに吾輩は再び水槽の中から出て自らの足で歩くことが・・・いや、エルリック、おぬしがこうして電話をかけてくるということは、何か緊急事態でもあったのではないか?・・・もしや、魔女殿の身に何か起きたのではあるまいな?】
「あ、いや、そうではなくて僕のひ孫についてなんだけど・・・。その分だと何も知らないようだね。」
【ひ孫・・・クリスティーナの事か?それともスカーレットの事か?まさか、留学中の彼女たちの身に何かあったのか?】
クリスティーナとスカーレットはそれぞれアレクの従姉妹に当たるんだが・・・今は二人ともアメリカに留学中だ。
「いや、アレクの事だ。つい先日、ラテン系の女優との間に不倫騒ぎを起こしてな。もしかしたら相手について何か情報をつかんでいるかと思って連絡したんだけど・・・その様子だと知らないみたいだね。」
【アレク・・・すまん。吾輩は何も把握していない。だが念のためこちらでも調べよう。メールで事の詳細を送ってくれ。】
杞憂だとは思うが、念のため魔術結社の力を借りて調べてもらおうか。
アレクは魔法使いでも魔術師でもない、ただの人間ではあるが・・・一応、ガドガン伯爵家の跡取りではあるからな。
「すまない。助かるよ。ところで、仄香・・・君から見ればアナスタシアか。最近会ったかい?」
【ああ。ついこの間な。おかげで老骨に鞭をうって長生きする覚悟が固まったというもの。・・・かわらず美しいお方であったよ。せめて、あのお方が本懐を遂げるところを見てから死にたいものだ。】
「同感だ。・・・っと、済まないな。あとでメールするよ。新しい身体が馴染んだら飲みにでも行こう。では。」
【ああ。魔女殿にも会いたいし、こちらから日本に行くよ。ではな。】
電話を切り、アレクのことはやはり考えすぎか、と思い直す。
・・・ああ、まだ仄香に文句を言ってなかったな。
大規模洗脳魔法で迷惑をこうむったのは変わらないんだ。
これは貸し一個ということでいいんじゃないか?
・・・よし、仄香が次の身体を手に入れたら、アレクかクリス、レッタに男の子が生まれ次第、婚約してもらおうか。
ま、仄香自身、何度も経験してきているらしいから文句は言わないだろう。
そうと決まれば僕自身も延命の方法でも考えておこうか。
教員室から見える校門を、彼女が仲の良い友達と一緒に下校していくのを見ながら、彼女の花嫁姿を空想して少しブルっと武者震いをしてしまったよ。