210 女神の帰還/冥府より還りし者
仄香
6月7日(土)
プシュパカ・ヴィマナの中を埋め尽くす術式の中、紫雨がその名を呼ぶ。
「遥か古き者よ!沈黙の女神にして冥府より還りし女よ!我こそは汝が安らぐ館を築く者なり!来りてその眼を開き給え!顕現せよ!イルシャ・ナギトゥ!」
紫雨の詠唱に合わせ、私はすべての術式回路に渾身の魔力を流し込む。
膨大な魔力が注がれた術式回路は目を焼かんばかりに輝き、すべての回路が同時に作動を始める。
以前、京畿道で聞いた時と同じ、女の声のようでいてひどく機械的な、頭が割れるような音が響き渡り、肉眼で目視できるほどの濃度の魔力粒子がプシュパカ・ヴィマナ内に満ち満ちていき、やがて空気が一斉に悲鳴を上げたかのように振動する。
術式回路の要所要所に置かれた人工魔力結晶が一斉に赤い光を放ち、それらが奔流となって寝台の上の自称聖女の抜け殻に流れ込む。
「よし!順調だ!母さん!魔女の心臓をつないで!」
「了解!今つないだ!来たわ!顕現するわよ!」
寝台の上、50cmくらいの空間に亀裂が入り、中から白い手が這い出して来る。
白い光の粒子をまとい、自分の上半身をその亀裂の中から引きずり出そうとしている。
「京畿道の時とは違ってここには十分な魔力が用意してあるわ!さあ、出てきて!」
女神・・・妹はその光輝く身体を亀裂から乗り出し、耳を劈くような金切り声を上げながら、手探りをするかのようにあたりをまさぐる。
その手が自称聖女の抜け殻に触れたとたん、驚いたかのように硬直する。
「・・・ア、アアアアァァァ・・・ノクト・・・ソコニイルノ・・・。」
しゃべった!
やはりあの頃の言葉だ!
それまでのような悲鳴や雄叫びのような声は上げず、ゆっくりと全身を亀裂から現し、寝台の前に立ち上がる。
その身長はおよそ130cm。
かつて、私とともに石板の前に立った時の、そのままの大きさだ。
「叔母さん!僕だよ!身体を、叔母さんの身体を用意したんだ!早く入って!」
その言葉に、彼女はもう一度自称聖女の抜け殻に手を伸ばす。
「アリ・・・ガトウ・・・。」
その言葉がこちらに届くとほぼ同時に、その光輝く全身は自称聖女の中へ吸い込まれていき、ゆっくりと光が収まった時には、自称聖女の身体は完全にその形を変えていた。
「・・・成功した・・・!」
紫雨がつばを飲み込みながら手を伸ばす。
すでにその姿を完全に変えた自称聖女・・・だったモノは、ゆっくりとその瞼を開く。
亜麻色よりもやや濃い髪色に、抜けるような白い肌。
形の整った鼻筋、少し釣り目のアイスブルーの瞳。
当然、瞳が縦に割れているようなことはないし、魔石も見当たらない。
身長は・・・130cm前後だろうか。少しやせ型だ。
遥かな昔、目の前で命を失った私の妹が寝台の上で身体を起こしてこちらを見つめていた。
「私のことがわかる?この子のことも・・・」
だが、妹はパクパクと口を動かした後、少し首をかしげてしまった。
「母さん。僕たちは何度も身体を乗り換えてるから、叔母さんにはわからないのかもしれない。」
そうか・・・。
そうだよな、数千年ぶりだもんな。
【姉さんですよね。お久しぶりです。それから、そちらは「大いなる雨の日の夜に生まれた息子」・・・ノクト。最後に別れてから何年ほど経ちましたか?貴方はあの時と同じ身体を使っているようですが・・・。】
念話!?
「そういえば僕は封印される前と同じ身体だったっけ。それより、もしかしてしゃべれない?」
【声帯の調整が済んでいません。それと、言語が・・・わかりません。恐ろしく難解な言語ですね?】
「ああ、よく考えたら私たち、日本語で会話してたわね。そりゃ分からないわけだわ。」
なんだかんだ言って日本語の習得に一番時間がかかったからな。
6800年以上前に使っていたナギル語と同じように繊細なニュアンスが伝わって私は好きな言語なんだけど・・・。
【・・・可能であれば、ラテン語かギリシア語でお願いできますか。あるいは「神なる河のほとりの村」の言葉でお願いします。】
神なる河のほとりの村か。
また懐かしい村の名前が出てきたものだ。
「・・・फूः। यथावत् सफलं जातम् इव। आ, आह, इन्द्र! वस्त्रं आनयतु, कृपया।(ふう。どうやら成功のようね。あ、そうそう、インドラ。着るものを持ってきてくれるかしら。)」
【・・・本当に難解な言語ですね・・・?それより、何か着るものをいただけないでしょうか。】
すまん、妹よ。
今しゃべったのはサンスクリット語だ。
それと、今着るものを持ってくるから少し待っていてくれ。
◇ ◇ ◇
インドラが用意したのは、ムリエル・・・眷属の主天使がモデルをした後にクライアントから押し付けられた女児服で、彼女が「デザインが古い」からと袖も通さないで放置していた服だった。
青地に紫の花柄が入ったワンピースに、白いフリルのついたエプロンドレスを組み合わせたようなデザインで、昭和の末期に流行したイメージの服だ。
【今はこのような服を着るんですね。・・・うん。動きやすくて機能的です。ところで、今は何年ですか?ユダヤ暦でも結構です。】
とりあえずラテン語で返事をしておこう。
後で念話のイヤーカフでも作っておくか。
「ユダヤ暦だと5785年ね。でもその暦、もうユダヤ人以外使ってないのよね。今はグレゴリオ暦2025年、いわゆる西暦と呼ばれるものでユリウス暦から13日進んでいるわ。」
【まさか・・・1700年も経っているとは・・・その期間の記憶が曖昧です。差し支えなければ教えていただけませんか?】
「ええ。でもまずは移動しましょう。ここはプシュパカ・ヴィマナの中なのよ。それに・・・ねえ。」
淡々と話しているから忘れそうになるが、ここは宇宙空間。対地速度は毎秒6.57km、わずか3時間50分で地球を一周してしまう低高度衛星軌道上なのだ。
【わかりました。お二人のお住まいにお邪魔してもよろしいでしょうか。】
「香織さんは妊娠中だから、ウチに連れてくのもなんだし、玉山の隠れ家ってのも違うわよね。せっかく今の世の中を見せたいのに・・・。」
「当分の間は国立の僕の家で預かるよ。部屋も2つあるしね。でも、せっかくだから琴音さんたちに会わせてみない?多分、一番僕たちに理解がある人たちだからさ。」
よし。そうと決まればまずはメールを。
それから、身の回りの物をそろえなくてはな。
あ。
「ねえ、この子の名前、どうしようか?『最初に花が咲いた朝生まれた女』だと少し呼びづらいし。イルシャ?それともナギトゥ?」
「う~ん?せっかくだからそのあたりも琴音さんたちに相談しようか。さあ、1700年ぶりの世界だ。そして、初めて生身の身体で触れる世界だ。思いっきり楽しんでよ!叔母さん!」
【なんでしょう?この身体で叔母さんと呼ばれると少し、モヤっとした気分がします。早い段階での名付けを希望します。】
その念話に思わず笑いながら、私は地上へ向けて惑星間跳躍魔法の詠唱を行い、数千年ぶりに手を取ってプシュパカ・ヴィマナから飛び立った。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
二号さんのPCの設定が終わり、納戸を改装した彼の部屋にベッドと机、そして着替えを入れるカラーボックスを運び込む。
「3畳しかなくても何とかなるものね。ベッドを椅子の代わりに使うとは考えたものだわ。それに、3畳相当であって3畳間ではないからセミシングルベッドが横に入ったのは幸いだったわね。」
納戸の入り口には、お母さんの字で「二号ちゃんの部屋」とハートマーク付きで表札までつけているよ。
「ボクはこのくらいの狭さが一番落ち着くノデス。それに、エアコンがあるノデとても贅沢デス!」
そういえばこの納戸、お父さんが資料を保存するために設計したからエアコンがついてるのよね。
コンセントもあるし、調光できるLED照明もしっかり付いてるし。
大学のほうで新しい倉庫を用意してくれるまでは床が抜けるんじゃないかってほどガラクタでいっぱいだったけど・・・。
ガラクタはすべて大学が引き取ってくれたらしい。
まるで二号さんがウチに来るのが分かっていたみたいに設計されてるよ。
ベッドに座って嬉しそうにPCを起動している二号さんの横で、姉さんがポケットからスマホを取り出す。
「あれ?仄香からメールだ。今からくるって。」
「え?あと何分後くらい?」
姉さんの言葉にそう聞き返した瞬間、玄関からドアチャイムの音が聞こえる。
「マスター・・・。もしかしてボクの新しい部屋、見に来てくれたんデショウカ?」
「いや、まだ話してないからそれはないと思うけど。はーい、今開けまーす。」
大声で返事をしながら階段を降り、玄関を開けると、そこには遥香の身体に入った仄香、紫雨君、そして・・・アイスブルーの瞳に少し濃いめの亜麻色のきれいな髪の・・・小学三年生くらい?のかわいい女の子がいた。
ヒョイと後ろから姉さんが顔を出す。
「いらっしゃい、仄香。それに紫雨君も。・・・あれ?この子は?新しい眷属?」
「とりあえず上がってもらおうよ、姉さん。」
3人を家に招き入れる。
靴を脱ぐとか何とかで少し手間取っていたけど、その子は無言のままニコリと笑うと、紫雨君の後に続いてリビングに入ってきた。
◇ ◇ ◇
我が家のリビングは結構広い。
ホワイトボードもあって、お父さんが時々、大学のゼミ生を連れてきて、リビングで簡単な講義をすることもあるくらいだ。
そのリビングで今、私と姉さん、遥香の姿をした二号さん、そして遥香の身体に入った仄香、紫雨君、そして小学3年生くらいの金髪幼女の6人がソファーに座って一堂に会していた。
「・・・そんなこと、可能なんだ。」
仄香と紫雨君の話を聞いて、姉さんが驚きとも興味ともつかない表情でかすれた声を出す。
大体の話は理解できたが、魔法と魔術の深淵を見てしまった気がする。
まさか、この子が数千年前に身体を失った、つまり完全に死んだ子で、莫大な魔力と魔族の身体を使って蘇った存在だなんて思うだろうか。
【南雲・・・琴音さんでしたね。姉と甥が大変お世話になっております。特に甥は女慣れしていないので色々とご迷惑をおかけしていると思います。】
そう、それからこれ。
さっきからすべての会話は念話で行っている。
彼女の耳についているのは紫雨君が作った念話のイヤーカフだそうだ。
そういえばナーシャも同じデザインの物を使っていたな。
・・・まさか、私のいないところで会ってたりしないだろうね?
あの子、蛹化術式で治したら結構可愛くなっちゃったからな。
ま、まあいい。
仄香の妹さんは、1700年も前から自我を失って暴走していたがために現在の言語のほとんどが使えないんだそうだ。
・・・念話の翻訳力、本当にすごいな。
「ん?女慣れしていない?」
「ちょ、ちょっと!叔母さん!いきなり何を言ってるのさ!僕だって普通に奥さんとか子供とかいたんだし!」
【何を言っているんです?一度結婚して子供を作ったら1000年は恋人も作れないようなヘタレが。身体を使われたにもかかわらず、子をなせない子孫たちの無念を少しは考えなさい。】
紫雨君は何も言い返せず「ぐぅ」とだけ言って黙ってしまった。
・・・女慣れ、していない・・・。
子孫の身体に憑依しても、なかなか結婚できず、子供を作ることもできない。
じゃあ、美人どころを集めて酒池肉林とか、やってなかった?
「ぬふ、ぬふふふふ・・・。」
「琴音、そこは喜ぶところじゃ・・・紫雨君、かわいそうだよ。」
そうか。姉さんが後宮とかハーレムとか言うからすごく心配してたけど、紫雨君って見た目ほどモテないのか?
じゃあ、まだナーシャには手を出していないのか?
「とにかく、二人に相談したいことがあって・・・叔母さんはこんな見た目でまだ日本語も話せないから、いろいろ助けになってくれるとありがたいんだ。」
【あと、いつまでも「叔母さん」と呼ばれるのも嫌なので早めの名付けをお願いします。】
念話だけ聞いてると結構いい歳の叔母さんみたいなんだけど・・・。
見た目がまるっきり金髪幼女だからな。
「ええと、最初の名前が『最初に花が咲いた朝生まれた女』で、女神としての名前がイルシャ・ナギトゥだっけ?他には?」
【北方にいたころはケラスス、またはセーラスと呼ばれていましたね。】
「ケラスス・・・ラテン語だと桜という意味デシタネ。セーラスはギリシア語でオーロラまたは輝きという意味デショウカ。」
二号さんが彼女の言葉を補足する。
・・・二号さんってば猫ちゅーるに目の色を変えたり、人をフヌケにするクッションで丸くなってたりであまりイメージがわかないけど、知識量は仄香に迫るんだよね。
「う~ん。花・・・桜・・・オーロラ・・・難しいなぁ。どれもかわいい名前なんだけど・・・。」
【名前はあくまでも識別記号です。なんでしたらくじ引きでも構いませんよ。】
そうはいっても本人は叔母さんと呼ばれるのは嫌なんだよね。
「ナギトゥはアッカド語系で沈黙、影、地下のものを意味シマス。イルシャは・・・人名以外でハ使われマセンネ。」
とうとう、それぞれが名前を書いた紙を箱に入れて本人に引いてもらうことで話がまとまったよ。
え?私?
無難に「さくら」にしたよ。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
仄香が連れてきた金髪幼女が例の名前を呼んではいけない女神だと聞いて当初は身構えたものの、最初の身体の時の妹さんであること、そして大量の魔力を使って蘇生された存在であることを聞いてとりあえずは安心したよ。
・・・で、名前を決めるという話になったんだけど・・・。
なんでそんな重大な役割を私たちに振るかなぁ!?
実の姉なんだから、責任をもって名付けをすればいいんじゃないの?
・・・結局、くじ引きのような形になってしまったよ。
「はーい、これで全員名前を書いた紙を入れたね。じゃあ、妹さん。一枚引いてくれるかな?」
琴音は日本語で話しているけど、会話はすべて念話のイヤーカフを使って行われている。
金髪幼女曰く、日本語は恐ろしく難解な言語なんだそうだ。
【では。・・・これでノクトから「叔母さん」と呼ばれることもなくなりますね。】
そう言いながら彼女が引いた紙に書かれていた名前は・・・私が書いた名前が記されていたよ。
・・・変な名前にしなくてよかった!
変な名前じゃない・・・よね?
「セーラ、ですか。イタリアの言葉だと夕方、という意味になりますね。もしかしてセーラスからとりました?」
「いいんじゃないかな。この水無月星羅という漢字表記も悪くない。」
仄香と紫雨君はそう言ってくれるけど・・・。
【かつてセーラスと呼ばれていたことを考えると馴染みやすい名前ですね。気に入りました。では、以降はセーラと名乗りましょう。】
本人も気に入ったみたいだからまあいい。
でも、なぜか二号さんと琴音がキラキラした目でこちらを見てるんだよな。
「驚きマシタ。ノクトがラテン語で夜という意味なノデ、妹サンに夕暮れという意味を込めテ、イタリア語でセーラと名付けるトハ・・・ヤリマスネ。千弦サン。」
「星羅・・・星の羅・・・セーラスともかかってるのね。しかも紫雨君の昔の名前にまで絡めるとか、姉さん天才じゃん!」
・・・なんか、そこまで考えてませんでしたって、もはや言えない雰囲気なんですけど!?
「ま、まあね。たまたま閃いただけよ。それより他の候補も見てみましょ。・・・何これ?」
「さくら」「三号」「たんぽぽ」「花子」・・・。
おい。
おまえら、まじめに考えたのかよ!
まあ、「さくら」は・・・いや、よくないな。
どこからどう見ても日本人に見えないのに、バリバリ日本人の名前を付けるってどうなのよ?
【・・・我ながらくじ運が強くてよかったと思います。】
それに誰だよ、「たんぽぽ」って名前を考えたやつは。
「もしかして『さくら』って書いたの、琴音さん?気が合うね。花の名前にするとか。いや、そうすると『花子』っていうのは母さんが考えたのか。うん。5人中3人が花にちなんだ名前を考えたのか。」
「いや、たんぽぽはちょっと・・・。」
はは。
琴音がドン引きしてるよ。
それと二号さん。
三号って・・・もしかして二号さんって呼ばれるのが嫌なのか?
「ウーン。三号もいいと思ったんデスケドネ。」
・・・マジかよ。
◇ ◇ ◇
無事名前が決まり、「名前を呼んではいけない女神」改め「水無月星羅」は笑顔で帰っていった。
仄香の話では、彼女の身体は当時のものを完全に再現しているということなので、きっと仄香の当時の姿も同じような感じだったのだろう。
「姉さん聞いた!?紫雨君、女慣れしていないんだって!にゅふ、にゅふふふ・・・。」
3人が帰ってから琴音の様子が少しおかしい。
自分の好きになった男が女慣れしていないのはいいことかもしれないけど、ちょっと不謹慎すぎやしないか?
「どうでもいいけど、女慣れしていないってことは悪い女に引っかかる危険性だってあるんだよ?世の中には私たちよりイイ女なんて星の数ほどいるんだしさ。」
「ふっふ~ん。その心配はないわ!だって仄香が使っている身体は遥香なのよ!?あれ以上の美少女はいないわ!そして紫雨君は遥香を見て何ともない!」
「なる・・・ほど?」
それなら可愛いだけの女には引っかからないか?
なにか、激しく引っかかるものがあるんだけど・・・。
まあいいや。
二号さんが呼んでるから遊びに行こう。
ちょっと狭いけどね。
◇ ◇ ◇
九重 健治郎
6月8日(日)
魔女と協同することになった陸軍情報本部だが、魔女の正体、いや、現在誰の身体を使っているかについては厳重に情報管制がなされている。
そのため、すべての文書で魔女の名前は「ジェーン・ドゥ」で統一されているのだが・・・。
「ふう・・・。九重先輩。少なくとも陸情一部と二部では情報漏洩は確認されませんでした。内調と公安も確認済みです。」
秘匿回線につないだPCを前に、三上室長補佐が背伸びしながら肩を鳴らしている。
「となると・・・あとは米軍か。一応、漏洩の確認だけしてもらうか?だが、あちらさんが素直にウンというとは思えないんだよな。」
ことの発端は先週の木曜、6月5日に陸情三部・サイバー部隊の入間二曹が共産党員の主催する「勉強会」のPCからデータを抜いた際に、かつての魔女の名前である「三好美代」が含まれていたことを発見したのだ。
これだけであれば特に問題はなかった。
各国の諜報機関の間では、魔女「ミーヨ」は公然の秘密であり、次代の魔女「ジェーン・ドゥ」に至っては魔女の代名詞ともなっている。
だが、同時に大量の少女たちの名前が入ったリストが添付されており、その中に遥香さんの名前まで含まれていたのだ。
慌ててリストに記載された少女たちの生い立ちを全て確認したところ、そのすべてがいくつかの血縁関係があるグループにまとまったのだ。
いくつかの家系は魔女の血脈であることは知られているが、少なくとも久神家に魔女の血が入っているのは一部の人間しか知らないはずだ。
「魔女の血脈の少女たち・・・か。南雲仄香の家系が含まれてないのがせめてもの救いだが・・・やはりこのままでは遥香さんが危ない。」
琴音や千弦には悪いが、やはり遥香さんは亡くなったままにして事を運んだほうがよかったのではないか?
もう一度大規模洗脳魔法をかけてもらうべきか、と馬鹿なことを考えていた時、三上君が声を上げる。
「九重室長。定時報告が白石君から入りました。・・・なんですって!?教会本部らしき場所を見つけた!?・・・九重先輩。宇宙軍の情報収集衛星が、教会本部と思しき建築物を発見、場所は・・・スイス・イタリア国境付近です!」
「また面倒なところに・・・国境のスイス側に少しでも入っていれば、俺たちじゃ手が出せないぞ・・・うわ、がっつり入ってるじゃねぇか。」
スイスといえば、言わずと知れた永世中立国だ。
永世中立といえば聞こえがいいが、その実はどこの国とも同盟を結ばず、自国の戦力だけでどのような大国とも渡り合う気でいる、国民皆兵の軍事国家だ。
公然と常温常圧窒素酸化触媒術式弾頭を含む大量破壊兵器を大量に保有し、噂では「強化人間」と銘打った、人体実験の成れの果ての魔法使いの部隊まで有しているという。
幸い、他国への侵略意思を一切持たず、国際的な協力関係を重視する姿勢を示し続けているおかげで、むしろ金融的にも安全性が担保されているとみなされているが・・・。
軍事の基本は相手の意志ではなく能力に対して備えるべきものだ。
その観点からいえば、スイスは潜在的な脅威とみて間違いない。
下手に手を出せば即、戦争だ。
「九重先輩。この情報、魔女に開示されますか?」
先月の協力体制の決起集会以降、魔女とは緊密に連携をとっているが・・・。
「魔女への通知を風間中将に判断を仰ぐ。場合によっては俺のクソ親父にもな。急ぐぞ!」
父親が全軍の最高指揮官で本当によかったよ。
ったく、二つ返事で開示するんだろうけどよ。
軍隊ってのはそうは簡単にいかねぇんだよ!




