208 試しの戦争/許しと和解
仄香
6月1日(日)午後1時
本州上空 高度2500km
和彦に渡しておいた護符から緊急の連絡が入り、その状況を聞いて、官邸に駆け付ける間もなく大気圏外まで駆け上がる。
三次元の戦場では常に高所をとった者が有利となる。
ゆえに、すぐさま衛星軌道上にプシュパカ・ヴィマナとインドラの軍勢を召喚、そこに向かって惑星間跳躍魔法で跳躍したのだ。
まさか1200年ぶりにこんな形でプシュパカ・ヴィマナを使うことになろうとは思わなかったよ。
ヴィマナの中では、1200年ぶりに召喚したインドラと、その軍勢たちがそれぞれの配置についている。
情報処理系の作業はシェイプシフターがいれば楽なんだが・・・咲間さんの店でシフト中だし、今から迎えに行くのはもう間に合わない。
アイツ、惑星間跳躍魔法までは使えないからな。
「マスター。お久しぶりでございますな!・・・まさかあの時のままのお美しい姿でお会いできるとは思いもしませんでしたぞ。いや、眼福、眼福。」
・・・そういえばかぐや姫の姿と遥香の姿は瓜二つだからな。
あの時と違ってこの場にいないのは、四郎殿のみか。
『魔女殿!弾道ミサイルの発射を確認しました!弾数、4発・・・いえ、7発、まだ続きます!現在、12発!データ、送ります!』
和彦に渡した護符はいつの間にか国防大臣に渡され、そのまま通信機代わりに使われている。
マンハッタンのメネフネが干渉術式でデータを受け取り、すばやく処理して入力する。
《弾道ミサイルのデータを受信!マスター!指標BM1からBM12とプロット、マップ上に表示しマス!》
インドラの部下がプシュパカ・ヴィマナの中に作られたCICもどきの中でコンソールパネルの前に座り、画面上で弾道ミサイルの追尾・解析を始める。
すぐさま予測進路が表示され、同時に被害半径も表示される。
「12発中5発が東京、2発が大阪、2発が福岡、2発が沖縄、1発が札幌か。第三次世界大戦でも始めるつもりかしら。数が多い。見事な飽和攻撃ね。でもすべて対応可能よ。今なら敵領土内で撃墜できるわ!プシュパカ・ヴィマナ停止!詠唱が終わると同時に下部ハッチを開放!」
中ソがどういうつもりで先制攻撃に出たかは知らないし、今はどうでもいい。
だが、あれらが暴走魔導兵器だとすれば、撃墜したところで魔力災害を引き起こす可能性がある以上、敵領土内、または公海上で迎撃するのが正解なのだ。
ハッチ越しに地球をにらみ、全身をプシュパカ・ヴィマナにロープで固定したうえで黒い無名の杖を振りかざす。
手持ちの攻撃魔法の中でも二番目に強い、いかなる障壁をも打ち抜き、確実にミサイルを破壊できる魔法の詠唱を開始する。
「十二連唱!万物の礎にして第一の力を伝えし影なきものよ。速き理を統べし第三階梯第二位の根源精霊よ!我は今、一筋の雷霆を以て汝を目覚めさせんとするものなり!」
分厚い大気をぶち抜き、確実に弾道ミサイルをしとめるにはこの魔法・・・過励起光子干渉衝撃魔法をぶち込むのが一番確実だ。
当然、撃墜するだけでは済まず、その下にある都市や船舶まで被害が出るが、それこそ知ったことではない。
「輝きの根源精霊よ!今、我は大いなる言霊のもとに汝を束ね、無敵の槍と成さん!その鋭き穂先で、幽遠たる星海を穿ち抜け!」
詠唱が終わると同時に下部ハッチが解放される。
機内の空気が吸い出され、高度2500kmの宇宙空間、すなわち完全な真空中にさらされる。
ここは低高度衛星軌道上、まごうことなき宇宙空間だ。
ハッチの解放とともに完成した魔法を開放、12条の励起しきった莫大な量の光子の束を解き放つ。
刹那、100分の1秒にも満たぬ時を置いて、加速中のすべての弾道ミサイルにまばゆい光の束が突き刺さる。
『続報です!さらに7発のミサイルの発射を確認!・・・魔導反応なし!通常弾頭です!』
通常弾頭?知ったことか。
遥香の家族や千弦、琴音を殺そうとする者は許さない。
構わず同じ手順を繰り返し、ミサイルの発射地点ごと大地を深く抉っていく。
同じ手順を4回ほど繰り返し、衛星軌道上から何か所かが赤く染まる大陸東北部を見下ろしながら、再びハッチを閉鎖し、エアロック内に空気を充填する。
息苦しい。
当然だ。
遥香の身体は生身なのだから。
そろそろめんどくさくなってきた。
いっそのこと、陽電子加速衝撃魔法でこのまま大陸ごと海に沈めてやろうか。
『すべてのミサイル発射地点、沈黙しました!敵本土内、魔力災害反応11、窒素酸化触媒反応18。 ・・・中国東海艦隊が南へ転進。ソ連太平洋艦隊はその場で停止を確認。防衛、成功です!』
ははは、ざまあみろ。
本土内で自分のミサイルが炸裂してやがる。
・・・もし同じことを繰り返したら、各国上層部を上から順に殺していってやろう。
その国の国土ごと消し飛ばしてな。
◇ ◇ ◇
6月2日(月)早朝
首相官邸
突然のバカ騒ぎから一夜明け、プシュパカ・ヴィマナとインドラの軍勢を衛星軌道上に置いたまま、官邸で総理の九重和彦、副総理の浅尾一郎をはじめ、国防の要ともいえる人間たちと面会する。
当然、ジェーン・ドゥの身体を使っている。
遥香をこんなことに巻き込む気はないからな。
「ほんとうに助かりました。まさか、いきなり弾道ミサイルを撃ち込まれることになるとは思いもよりませんでした。いやはや、面目次第もございません。」
和彦が汗を拭きながら恐縮している。
さすがに今回のことで文句を言う気にはならない。
まともな人間なら、誰が好き好んで世界大戦の引き金を引くと思うだろう。
それに、日本海と東シナ海には弾道ミサイル迎撃能力を持つイージス艦が7隻もいたのだ。
ある程度は対応できただろうし、むしろ海軍将兵の仕事を奪ってしまったから後で謝らねばならないだろうな。
「緊急連絡用の護符を渡しておいて本当によかったわ。本土上空まで撃ち込まれた後じゃ、私でも何ともならなかったでしょうね。で、相手は何と言っているの?さすがに声明くらいあったでしょう?」
ぶっちゃけ、2か国共にどんなことがあっても謝罪しないことで有名な国だ。
だが、私はそれ以上にブチ切れやすい事で有名らしいからな。
・・・言い訳次第では今すぐ眷属を率いて滅ぼしに行ってやろう。
「それが、あちらの外交部の話だと、一部の高級将校による反乱だと・・・日本に対し攻撃を行い、その混乱に乗じてクーデターを行う計画だった、とのことで・・・。」
「何よそれ。例え、そうだとしても暴走魔導兵器を日本にぶち込もうとしたのは変わらないわね。その点については何て言ってるのかしら?」
「初めから本土上空で自爆するようにプログラム済みだった、だから日本の迎撃は不要で過剰な行為だった、謝罪を要求する、と・・・。」
・・・今すぐにぶっ殺しに行こう。
よし、10億人だっけ?私の子孫を除いて皆殺しにしようか。
久しぶりにベヒモスでも呼ぼうか。
それともフェンリル・・・いっそ、八岐大蛇とか?
ああ、ソ連も滅ぼさなければ。
一応言い分くらいは聞いておくか。
「・・・ソ連の言い分は?」
「中国の動きに対応しただけで、我が国に対しては何も害意がない、と。むしろ、迎撃と冷静な交渉を歓迎する、との声明が出されています。」
くそ!殺す人数が減ったか。
まあいい。
地球上の人口問題も少しは解決するだろう。
「そう。私はソ連についての対応には口を出さないわ。邪魔したわね。」
そう言ってその場を後にしようと立ち上がる。
ええと、八岐大蛇の召喚ならまずは契約からだな。
あ、そうすると、いくつか使えない神格と剣霊があるな。
ヒュドラ、ヴリトラ・・・そうそう、ナーガラージャあたりなら契約済みだったっけ。
忙しくなるな。20体もいれば足りるか?
「え?ちょっと待ってくれよ。中国はどうするんだい?」
副総理の浅尾一郎が慌てて立ち上がる。
「1週間・・・いえ、5日で国土ごと根切りにするわ。10億人、1人残らずね。」
当たり前だろう。
みなまで言わせるなよ。
「ちょ、ヤバいって!おい、だれか止めろ!魔女さんがマジでキレてるぞ!」
浅尾副総理が慌てて私を羽交い絞めにする。
・・・同じようなことが昔あったような気が・・・。
うひゃ。あふん。
「ええい!離しなさいって!どこ触ってんのよ!ばか、ブラジャーがずれて痛い!」
ちょ、ちょっと、そこ敏感なところ!痛いんだって!
ツマむなバカ!痛いって!
「俺たちゃアンタを人類そのものの敵にする気はねぇんだよ!頼むからやめてくれ!」
「わかった、分かったから離しなさい!誰か浅尾副総理を止めて!ちょっと!押さえるのは私じゃないってば!ブラウスがめくれてる!直接触るな馬鹿!ギャアァァァ!」
なぜかその場にいる全員で押さえられてしまった。
・・・全員後で覚えてろよ。
美味いもん食わせるぐらいじゃ許さんぞ。
◇ ◇ ◇
両方の頬を赤く腫らした浅尾副総理が警備の人間に湿布をもらっている。
思い切り往復ビンタをしてしまったよ。
「なあ~。いい加減に機嫌治してくれよ。薄い胸を揉んだのは謝るからさ。」
「薄いっていうな!貧乳はステータスなのよ!」
このクソやろう・・・。
・・・絶対に回復治癒呪などかけてやらん。
誰だ!笑いながら胸部装甲が薄いとか抜かした奴は!
「美代様。どうか考え直していただけないでしょうか。さすがに赤子に至るまで皆殺しにしようというのは酷というもの。今回の件では我が国も一切譲るつもりはありませんので、何とか・・・。」
だが、これだけの騒ぎになったのだ。
あの国のことだ。
謝罪するようなことにでもなれば党が傾くだろうよ。
「・・・そうね。じゃあ、あの国の外交官にはこう言いなさい。『我が国は迎撃していない。すべて魔女が迎撃した。文句があるなら直接魔女に言え』と。ついでに伝言をお願いするわ。『一言でも私の神経を逆なでするようなことを言ってごらんなさい。河北省が丸ごと海に沈むことになるわよ。』てね。」
私としては譲る気どころか交渉する気すらない。
知性を棍棒のように扱う連中と話なんて出来るものか。
「・・・ダメだな。こりゃ。また戦争だ。」
「おい、浅尾一郎。何がダメなのよ。言ってみなさいよ。」
返答次第ではお前の◯玉、全力で揉みしだくぞ?
「と、とにかく、外務省を通じてその言葉を伝えさせていただきます。・・・くれぐれも1人で攻撃しないでくださいね。」
「はあ・・・分かったわよ。でも、いったい何だったのかしらね。こんな短絡的な攻撃なんて見たことないわ。ちょっと嫌な予感がするのよね・・・。」
今回のことは、現代国家としていくら何でもありえない攻撃の仕方だ。
攻撃の規模としては、国家が総力を以て飽和攻撃を仕掛けるという点において十分ではあったが・・・。
いや、あの国は現代国家というわけでもなかったか?
とにかく、まるで私の力を試すような・・・。
背筋に妙な悪寒を感じながら、官邸を後にすることにした。
後日。
浅尾副総理から最上級のワインが届いたよ。
ダース単位で。
遥香の家に。
◇ ◇ ◇
サン・ジェルマン
スイス・イタリア国境付近
シルヴァエ・オブスクラエ(暗き森)
残りわずかな十二使徒のひとり、ネズミから渡された報告書を読み終わり、顎に手をやる。
今回、愚かな共産主義者を焚きつけることによって魔女が潜んでいる国が日本で間違いないこと、そして、政府の中央と非常に親密な関係を築き上げていることを確認することができた。
以前、魔女がアメリカ国防総省に出入りしていた時、あと一息でその住処を特定するところまで行ったというのに、ソ連や中国の愚か者どもがアメリカを牽制したせいで彼女が堂々と表に出ることが少なくなってしまったからな。
「ふむ・・・ではすべてのミサイルは発射後、中国本土上空を出る前に上から撃墜されたということか。大したものだな。」
正確にミサイルを叩き落とした魔法は、そのまま大地を深く抉り取り、深さが1kmを超えるような穴を中国国内の至る所に作り出したという。
期待していた以上の力を妻は有している。
あの時、村のすべてが彼女を神のごとく崇めていた。
6800年以上の年月を経て、はるかに進歩した世界でなお神のごとく崇められているとは、なんと素晴らしいことだろう。
そして、それを俺はこれから蹂躙し征服するのだと思うと興奮がやむことがない。
「教皇猊下。もう1つご報告がございます。こちらの写真を。」
ネズミは懐から一枚の写真を取り出し、そっとテーブルの上に置いた。
「・・・なんだこれは。随分とピンボケではないか。」
宇宙船のハッチのようなところから杖を振りかざしている長い黒髪の少女のようだが・・・。
あまりにもボケてしまっているためか、顔が分からない。
「地上からの最大望遠でございますからな。ですが、魔女が今憑依している少女がジェーン・ドゥではないことの証拠となる1枚です。」
「・・・つまり、ジェーン・ドゥを名乗る魔女は偽物だと?俄かには信じられんな。」
しかし、妻がジェーン・ドゥの身体を使い始めた時期は、第二次朝鮮戦争の休戦交渉が開始された前後であることを考えると、そろそろ半世紀が経過する。
理由はわからないが、妻は半世紀ごとに身体を乗り換えるのだ。
だが・・・身体を乗り換える前後で同時に新旧の身体を同時に使ったという話は聞かない。
今回は明らかなイレギュラーが起きている。
これは・・・どういうことだ?
「ネズミ。この黒髪の少女を追え。何人殺しても構わんが、我ら教会の関与だけは悟らせるな。」
「かしこまりました。では。」
ネズミの姿と気配が消えていく。
十二使徒も三聖者も半減した。
そろそろ新しい戦力を補充せねばなるまいな。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
東京都荒川区 私立開明高校
月曜日はただでさえ眠くて憂鬱だというのに、世の中は大騒ぎだ。
朝から幹線道路は検問だらけだし、国鉄は改札でボディチェックされるし、西武線は臨時ダイヤで運行してるし。
おかげで朝から長距離跳躍魔法を使って登校する羽目になったよ。
ってか、護衛の陸情二部の高杉さんたちは武装しているから国鉄の改札を通れなくて、とうとう私たちの長距離跳躍魔法に便乗することになるって・・・完全に本末転倒じゃないか。
それに、昨日の夜からニュースは特番でいっぱいで、テレビ帝都のアニメ番組まで臨時ニュースで放送時間が変更になってしまった。
そろそろクライマックスだっていうのに。
「はあ~。やっと午前中の授業が終わったよ。疲れた~。」
理君と2人、旧校舎棟の屋上でお弁当を広げながら、思わずため息をついてしまう。
当然、長距離の狙撃に備えてリングシールドは最大展開中だ。
「なあ、千弦。昨日のアレ、何だったんだろうな?」
理君はスマホでいくつものネットニュースを検索し、首をかしげている。
各社マスコミは昨日の一件をこぞって報道しているが、右も左もこぞって陰謀論的な報道に終始しているのが滑稽だ。
「ホント、何だったんだろうね。弾道ミサイルを発射とか、自国領土内で炸裂とか、いくつか共通してるところはあるんだけど・・・左派系は誤射またはクーデターの失敗、右派系は先制攻撃と日本およびアメリカによる全弾迎撃でだいたい足並みがそろい始めてるんだよね。」
「でも政府は公式に『我が国は迎撃していない』と声明を出しただろ?中国側は最初のうちは日本が不必要に迎撃したって発表したけど、今朝からは完全にだんまりだし・・・。」
お弁当をつつきながらスマホで検索するが、当然、答えなど出るはずがない。
・・・お?なんだこれ?
「陰謀論系で面白い記事があったわ。要約すると、世界征服をもくろむ悪の組織が日本に潜む正義の魔法使いを挑発し、炙り出すために中国とソ連の高級将校を洗脳し攻撃させたってやつ。ただ挑発するためだけに弾道ミサイルを撃ち込ませるってどんだけなのよ。」
実にくだらない記事だ。
そんな力を持った魔法使いなんて現実には仄香くらいしかいないというのに。
・・・まさかな。
「ああ、それ、俺も読んだよ。なんでも2500kmの高度からビーム兵器みたいな魔法ですべての弾道ミサイルを撃墜したとかいうやつだろ?魔法どころか今の科学技術でも無理だって。」
・・・う~ん。放課後、仄香に確認しておいたほうがいいかもしれないな。
おおっと。
そろそろお昼休みも終わりだ。
早く食べて教室に戻らないと。
◇ ◇ ◇
眠気を誘う午後の授業も終わり、いつものメンバーで合流してから校門を出る。
例のごとく、私と琴音には陸情二部の人たちが、遥香には警視庁公安部の黒川さんたちが護衛についている。
「はぁ~。月曜から疲れた。ところでさ、仄香。午前中の授業はずっと遥香が出席してたみたいなんだけど、どうしたの?」
「そうそう。頭の上のアホ毛が立ってたからすぐわかったよ。」
・・・なんだ。
あのアホ毛のこと、やっぱりみんな気付いてたのか。
「午前中はちょっとジェーン・ドゥの身体を使って総理や大臣たちと面会をしていまして。」
・・・九重の爺様と?
「もしかして、昨日の弾道ミサイル騒ぎ?」
おいおい。
陰謀論が実は真実だったのかよ。
「もしかして、ミサイルを迎撃したのって・・・仄香さんだったりして。」
仄香は咲間さんの問いに、こともなげに答える。
「ええ。きっちり中国の領土内で迎撃しましたよ。あちらの被害は報道されてませんけど、ミサイルの誘爆と過励起光子干渉衝撃魔法の余波でいくつか都市が消し飛んだかもしれません。」
そっか~。
鉄のカーテンの向こう側は私たち庶民では調べようがないからなぁ。
過励起光子干渉衝撃魔法?初めて聞く魔法だな~。
じゃなくて!
「もしかして、もう少しで第三次世界大戦が始まっちゃうところだったの!?」
いくらなんでも冗談ではない。
まだこの歳で世界の終わりを見たくはないよ!
「いえ、考えてみると今回の攻撃はちょっと妙なんですよね。中国軍もソ連軍も、全軍を挙げて飽和攻撃を仕掛けるなら分かるんですけど、まるでこちらの能力をうかがってるみたいで・・・。」
確かに仄香の言う通り、戦争を始めるのであればできるだけ短時間に、最大の火力を、飽和的に投入するというのが鉄則だ。
それをしないのであれば相手に反撃の機会と口実を与えるだけで、ちょうど真珠湾を攻撃して太平洋戦争を始めたかつての日本と同じ状況になってしまう。
でも、弾道ミサイルの飽和攻撃って・・・結構最大の火力なんじゃなかろうか?
「もしかして・・・今回の件って教会が絡んでるんじゃないの?ジェーン・ドゥが潜んでる国を特定するためとか、新しい身体を手に入れたんじゃないかとか。」
琴音が思いついたように言う。
・・・こういう時の琴音って、時々真実を言い当てることがあるから怖いんだよな。
「どうでしょうか。たったそれだけのために相当数の人間が死ぬような戦闘行動を起こすとは・・・あり得るかもしれません、教会が絡んでるとなれば・・・。」
琴音の言葉に、それまで懐疑的だった仄香の気配が変わる。
そのまま考え込んでしまい、すっかりと口数が少なくなってしまった。
そうこうしているうちに西日暮里の駅についてしまい、それぞれの帰路に分かれていく。
「じゃあ、また明日。またね。」
咲間さんと仄香と別れ、山手線で高田馬場に向かう。
「姉さん。ちょっと相談、っていうか会ってほしい人がいるんだけど。今夜、時間ある?」
「え?ああ、うん。大丈夫だよ。」
あまりにも前日に起きた戦争騒ぎが気になりすぎて、琴音の深刻そうな顔色に気づかず、二つ返事で答えたことに、私はしばらく気付かなかった。
◇ ◇ ◇
夕食後、面白くもないニュースを見ながら遥香の姿をした二号さんと一休みをしていると、琴音が突然外出の支度を始める。
「どしたの?こんな時間に買い物?」
「姉さん、帰りの電車の中で言ったじゃない。今夜会わせたい人がいるって。ほら、準備して。」
「え・・・えぇ~?」
そういえばそんなこと言ってたっけ?
なぜか琴音に押し付けられた服を着せられ、玄関の外に引きずり出される。
うわ、完全にペアルックだよ。
これ、区別つかないじゃん。
「ちょ、ちょっと・・・これからどこに行くのよ?こんな時間に・・・。」
「佐世保だよ。1分半もあれば到着するから。・・・勇壮たる風よ。汝が翼を今一時我に貸し与え給え!」
「え?佐世保って長崎・・・うわぁぁぁぁ・・・・!」
またかよ。
ってか、佐世保まで何キロあると思ってるんだよ。
◇ ◇ ◇
ふわりと長距離跳躍魔法は減速し、外壁の幾何学模様が美しいデザイナーズマンションの前に着地する。
そのエントランスには、なぜか紫雨君が待っていた。
ああ、なるほどね。
紫雨君は私たちの区別がつくから、嬉しくてたまらないってわけね。
「こんな時間にすまないね。ナーシャさんたっての願いで千弦さんに会ってお詫びがしたいっていうからさ。」
「ナーシャ・・・?誰だっけ?」
ぶっちゃけ、私は人の顔と名前を覚えるのが苦手だ。
我ながら、先天性相貌失認ではないかと気に病んだこともある。
「会ったらきっとわかるわ。・・・紫雨君。入りましょ。」
まるで勝手知ったるなんとやら。
エントランスホールにある呼び出しボタンを押し、5階の住人を呼び出して入り口のドアを開けてもらっている。
そういえば琴音のやつ、5月後半から長距離跳躍魔法を使ってどこかに出かけていたっけ。
往診とか言ってたような気がするけど・・・?
エレベーターに乗って5階で降り、おしゃれなドアの横につけられたインターホンを琴音が押すと、中から「はーい」と聞き覚えのない声が聞こえた。
「わざわざすみません、遠いところを。ええと・・・本当によく似てますね。琴音さんは・・・こっちで良かったです?」
中から出てきた女性・・・いや、少女は、日本人風の顔をしているが自然な金髪と青い目で、ロシア系の雰囲気をまとっている。
優しそうな顔をした、笑顔が似合う可愛らしい子だ。
はて?こんな娘、知り合いにいたっけかな?
「私が琴音で合ってるわよ。ナーシャ。改めて紹介するわ。こちらが姉の千弦。」
「は・・・初めまして。ええと、突然連れてこられたんでよく分からないんですけど、南雲千弦です。よろしくお願いします。」
う~ん?
やっぱりわからん。
琴音の患者か?
「姉さん、初めましてじゃないよ。・・・やっぱりわからないか。蛹化術式で少し顔が変わったからね。・・・まさか、鼻の形だけでなく顎の形まで変形してるとは思わなかったよ。」
「お恥ずかしい限りです。小さいころからよく殴られてましたからね。」
へぇ~。
蛹化術式ってことは、仄香が治したのか。
じゃあ、少なくとも敵じゃないな。
安心したよ。
「姉さん。この子はナーシャ。・・・去年の11月5日。私と遥香が襲われた事件で、仄香が強制忘却魔法で記憶を飛ばしたうちの一人よ。」
・・・は?
思いっきり敵じゃない!!
ほとんど反射的に、椅子から飛び上がり、腰の後ろのホルスターに手が伸びる。
この距離なら絶対外さない。
まずはスタン弾をぶち込む!
考えるのは完全に無力化してからでいい!
ところが、L9A2の銃把を握った手がそれを引き抜こうとした瞬間、肩が溶接されたみたいに固まった。
「はい、そこまで。・・・すごい反応速度だね。それに覚悟と判断が早い。ほとんど一瞬だ。千弦さんってもしかして、何か特殊な訓練でも受けてない?」
ぐ・・・?
身体が・・・!
うご、かない・・・!?
これは・・・身体拘束術式?
紫雨君!?
術式を発動した気配なんて微塵もなかったぞ!?
「姉さん・・・最後まで話を聞いてよ。もう・・・。」
「あ、あんた、何されたか、忘れたの・・・遥香だって・・・!」
抵抗術式を・・・ええい!くそ!どんだけ魔力をぶち込んでるのよ!
「う~ん。それも含めて話すから、まずは座ってさ。」
・・・そういうんだったらまずはこの術式、解きなさいよ!
◇ ◇ ◇
紫雨君と琴音の2人がかりで、あの日何があったのか、そしてナーシャがどんな身の上であったか、そして今なにをしているかの話を2時間ほどかけて説明される。
「・・・だいたい話は分かった。あの日、この子は遅れて来ていた。加害行為そのものには関わっていない。それは理解したよ。救急車を呼ぼうとしていたこともね。」
あの時の半分頭と似ても似つかぬ雰囲気を放つ目の前の少女を見ながら、琴音の言葉を反芻する。
子供たちのためとはいえ、よくもまあ、こんな可愛い顔をしてアンデッドの立ち向かったものだ。
腕1本、足2本まで犠牲にして。
それと、仄香め。蛹化術式を教えるとか・・・うらやましいぞ!
「ね、だから私はナーシャのことを許したんだけど、姉さんも許してあげて欲しいんだ。どうかな?」
そうか、琴音はナーシャのことを許したのか。
だが・・・。
「琴音がナーシャのことを許したことについては全く異論ないよ。妹の判断だから尊重したい。でもね。一つ聞きたいんだけど・・・なんで戦わなかったの?」
「姉さん!・・・誰もが姉さんみたいに強くはないんだよ。普通の女の子にそれを求めるのは酷だよ。」
「別に覚悟が足りないとか、恐怖に打ち勝てとか言ってるつもりはないよ。味方が全くいなかったのもわかってる。でも、ナーシャ自身が理解してるか知りたかったのよ。なぜ戦わなかったのかをね。」
そこまで言うと、琴音は下を向いて黙ってしまった。
・・・私自身、周りと違うのは分かってる。
でも、両親が亡くなって、大人たちや男たちに虐められ続けた挙句、被害者から加害者になるまで堕ちるのは間違ってる。
「千弦さんのおっしゃる通りです。私は戦えなかった。戦わないことを選んでしまった。・・・きっと覚悟が足りなかったのでしょう。それと、守るものもありませんでした。でも・・・ハナミズキの家の子供たちを守ってみて、ほんの少しですが千弦さんの言葉の意味も分かったような気がします。」
ああ、この子に足りなかったのは守る対象か。
自分はその対象にならないタイプなんだね。
ま、いいか。
「うん。そこまでわかってるなら問題ない。命を懸けてでも守りたいものがある人間の気持ちも完全に理解しているみたいだしね。私から言うことはないかな。」
「じゃあ、姉さん・・・!」
「うん。私も琴音と同意見。ナーシャ。私もあなたを許すよ。今後は前だけ向いていきなさい。」
私がそう言ったとたん、琴音は椅子から飛び上がって私の首に飛びついた。
まるで自分が許されたかのように喜ぶ琴音を見ながら、なぜかコイツには勝てないな、なんて可笑しくなっておもわず笑ってしまったよ。
実際の戦争で弾道ミサイルを数十発ぶち込んだうえで全艦隊を出撃させた場合、それはもはや全力攻撃になりますが・・・魔女にとってはこれでもまだ中途半端な攻撃に見えたのでしょうか。