207 懺悔と赦しと蛹化術式
南雲 琴音
5月31日(土)
例年より少し早い梅雨入りが発表された週末、私は朝から仄香に呼び出されて西日暮里で合流した後、そのまま玉山の隠れ家へと連れていかれた。
「ごめんなさいね。せっかくのお休みなのに呼び出してしまって。」
エントランスから入り、動く歩道・・・浮く歩道?・・・動く円盤に乗って奥へと進む。
今日の仄香はジェーン・ドゥの身体を使っている。
これから教えてもらうことは、遥香には少し精神的な衝撃が強い内容だしね。
「気にしないで。天気もあまりよくなかったし、特に用事もなかったから。それより、今日は回復治癒魔法について教えてくれるんだよね。」
ここのところ3日と開けず紫雨君と2人でナーシャのところへと通い、彼女の義手・義足の調整に合わせて咬傷の整復を続けており、失った手足以外は何とか元通りにすることができた。
紫雨君の義手・義足は見た目も機能も本物の手足以上で、疲れることもなく痛みもないことからナーシャはあまり気にしてないみたいだけど・・・。
それでも人間の体は日々変わっていくものだ。
必ず調整や交換が必要になってしまう。
「琴音さんがナーシャさんの大ケガで佐世保まで往診に行ってると紫雨から聞きましたからね。回復治癒魔法の使い手は貴重ですからね。復元魔法について、このあたりでしっかりと教えておこうと思いまして。」
実際、回復治癒魔法の使い手は極端に少ない。
その理由は、この系統の魔法については他の系統のものと違い、専用の魔力回路を必要とするためだ。
結果、ただでさえ魔法使いの才能があるものが少ないのに、回復治癒魔法の使い手ともなれば日本でも片手の指で数えるくらいしかいないのだ。
「そういえば回復治癒魔法を使うのに専用の魔力回路を使うけど、あれってなんでなんだろう?他の系統の魔法は魔力回路の流用、ってか共用ができるのに、この系統だけは共用できないよね?」
「回復治癒魔法だけは他の系統と違って術理魔法や神聖魔法などとはっきりとした区分ができませんからね。いくつもの魔法を横断的に同じ魔力回路内で行使する能力が求められるんですよ。だから回路の構造自体が特殊なものになるんです。」
なるほどね。回復治癒魔法が使える魔法使いのほとんどが他の魔法を使えないのはそのせいだったか。
「ふ~ん。じゃあ、私の場合は全身に魔力回路があるから難易度が下がるわけなんだ。」
「ええ。琴音さんの身体の性能は他の人とはかなり違いますからね。」
・・・自分自身の身体の性能が他の人と違うのかどうかについては、魔女でもない限り調べる方法などないのだろうけど・・・。
思い当たることはある。
和香先生のところで回復治癒魔法を学び始めるよりも前、幼稚園を卒園したころだろうか、初めて魔力回路の構築に成功したとき、普通の人間であれば身体のどこか一部に魔力回路を構築すれば足りるのに、私は苦もなく全身に構築することができたのだ。
実際、お母さんは胸に、和香先生は臍の下あたりに1つだけ魔力回路を持っているのに対し、私は首から上に2つ、胸と背に1つずつ、腹に2つ、左右の腕と肩に2つずつ、両足に3つずつという、全身16個の魔力回路を持っている。
「私の魔力回路、ちょっと多すぎなのかな?」
そういえば双子なのに姉さんは右手に1つしか魔力回路を持ってないと言ってたっけ。
「琴音さんの魔力回路数はかなり多いほうに入ると思います。・・・私の魔力回路数が全部で36個であることを考えると、その年齢で16個もあるのはすごいと思いますよ。」
私としては、それが原因で姉さんが嫌な思いをするのが悲しくなるんだけど・・・。
まあいいや。
その分、姉さんに何かあったときに役に立つと思えば。
「で、今日は回復治癒魔法と復元魔法について教えてくれるって言ってたけど・・・患者がいないんじゃ実践は難しいんじゃない?」
「うふふっ。患者なら2人ほど用意しておきましたよ。」
ふわり、と円盤が1つの部屋の前で止まり、降りて自動ドアを抜けてみれば手術室のような空間が広がっている。
手術台の上には、中年男性と若い女性が横たわっているが・・・。
女性の身体の損傷があまりにもひどい。
止血はしてあるけど、両手両足、それどころか下顎までないじゃん。
「まさか、攫ってきたの?犯罪の片棒を担ぐのはちょっと・・・。」
「2人とも教会の十二使徒で、琴音さんや千弦さんの敵でもありますから、誰も気にしませんよ。女性のほうはクラリッサ・シュタイナー。ハーフエルフです。男性のほうはマフディ・ジャハーン。人間です。」
誰も気にしないって・・・私が気にするんだよ。
「教会、ね。まあ、傷つけるのではなく治すと思えば・・・。」
何とか自分にいい聞かせながら仄香が差し出したカルテ・・・のようなものにざっと目を通す。
・・・へぇ?クラリッサさんのほうは生かして帰す予定があるのか。
マフディのほうは・・・すでに魂が入ってないし、終了したら屍霊術の実験に回すから殺してもいい、と。
・・・まじかよ。
人殺しは勘弁してくれ・・・。
「じゃあ、さっそく始めましょう。まずは人体と回復治癒魔法の関係のおさらいから・・・。」
仄香はさっさと白衣を着て授業・・・作業を開始する。
ま、まだ覚悟ができてないって・・・。
などと言っている暇もなく。
回復治癒魔法の講義・・・実験?は開始された。
◇ ◇ ◇
・・・かなりの時間が経過し、目の前にはきれいに手足が生え、下顎が整復されたクラリッサと、妙にこざっぱりしたマフディが寝息を立てながら横たわっている。
よかったよ。
生体解剖みたいなことをさせられなくて。
っていうか、メス一本使わず、ほとんどの作業をバーチャルみたいな方法で教えるなら先に言っておいて欲しい。
まじで関東軍防疫給水部みたいなことをさせられると思ったよ!
「さて、これで蛹化術式まで教えたわけですが・・・どうしました?少し顔色が悪いですよ?」
「そりゃ、自分が石井四郎部隊長のまねごとをさせられるかと思えばね。・・・最初から全部バーチャルでよくない?」
考えてみれば部屋の中にメス一本なかったのだから早く気付けばよかったのだが・・・。
「回復治癒魔法の系統は実際に魔力回路に魔力を通さないと訓練になりませんからね。マフディはともかく、クラリッサのほうは実際に必要だったんですよ。」
まあ、言うだけなのとやってみるのでは雲泥の差があるけど・・・。
予想に反して本当に治すだけだったのに、妙な疲れを感じながら手術室もどきから出ると、そこにはオリビアさんとエルが氷と飲料が入ったクーラーバッグを持って待っていた。
「マスター。お疲れ様。はい、飲み物。」
「あら、グローリエル。気が利くわね。・・・じゃあ、私は麦茶をもらおうかしら。琴音さんは?」
「コーラで。2人ともこっちに来てたんだ。」
仄香と2人で飲み物を受け取り、近くの休憩室のようなところで腰を下ろす。
・・・この隠れ家、ほんとに何でもあるな。
「私はいつも隣のトレーニングルームを使ってるからね。琴音さんも一緒に汗を流すかい?運動した後のビールは最高だよ?」
「未成年者にアルコールを勧めるのはダメ。」
缶ビールを片手にポテチをバリバリと食べているオリビアさんに、エルがぴしゃりと突っ込む。
そう言うエルはアタリメを片手にパックの鬼殺しをあおっている。
それ、そんなにガブガブと飲める酒だっけ?
スマホの時計を見ると、まだ午後3時を回ったばかりだ。
玉山は台湾だから、現地時間は午後2時か。
このアル中エルフ、こんな時間から・・・
「おおう。エルの飲みっぷりを見てたら感覚がマヒしてたよ。ごめんごめん。それで仄香さん、この後はどうするの?」
「クラリッサはきれいに治りましたからクレメンスのところに送り届けます。強制忘却魔法で受傷時の記憶は消してありますしね。マフディは・・・屍霊術の情報を抜いてから考えましょう。」
強制忘却魔法、という言葉を聞いた瞬間、ナーシャのことを思い出して胸がチクリと痛む。
せっかくだし、いい機会だから聞いてしまおうか。
「ねえ、仄香。ナーシャのことだけど、彼女って、私と遥香が襲われたときにいた・・・半分頭、だよね。」
「・・・。さすがに気付いていましたか。その通りですよ。もしかして治したくなくなりましたか?」
「・・・ここ何日か話してみて、あの子の生い立ちとかを知ったのよ。紫雨君の魔術で真偽の鑑定はできるから、うそを言ってないことも分かった。それに、あの時、あの子は『アタシは遅れてきた、まだ何もしてない』と言った。もう確認のしようもないけど、たぶん真実だと思う。」
「そうですね。現場を撮影していたビデオでも、ナーシャは実際に遅れてきたこと、ボロボロになった遥香さんを見て、慌てて救急車を呼ぼうとして止められていたことを確認できましたからね。」
やはりそうなのか。
じゃあ、ナーシャは無理やりあの場に付き合わされただけなのか。
「あの子、あの日のことを毎日夢に見るんだって。それと、『美代さんに知られたら軽蔑される、それにアタシは治してもらえるほど良い人間じゃない』ってさ。最初のうちは私の治療も断ったんだよね。」
それだけじゃない。
私よりも年下の女の子が右手以外を失い、全身に一生残るような咬傷を負ってなお、ハナミズキの家の子供のことだけを案じ続けたのだ。
彼女は、絶対に悪人じゃないと思う。
「・・・そうですか。ナーシャがそんなことを・・・。琴音さん。もしよろしければ、彼女の話を聞いてあげてくれませんか。そのうえで、許すか、許さないかを伝えてあげることはできませんか?」
「分かった。私に任せて。私はもう許すと決めてるわ。・・・でも、遥香は許せないだろうけど・・・記憶を消しちゃったしね。」
ナーシャは、真の赦しは得られないんだろうな、と思った瞬間、仄香の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「遥香さん、どうやらあの日のことを覚えてるみたいなんですよね。いえ、知っているといったほうがいいのかしら。」
「どういうこと!?ちゃんと消したんじゃないの?あの子が、あんな目にあったことを思い出したらきっと普通じゃいられないよ!?」
仄香の言葉に思わず慌ててしまう。
もし遥香があの日のことを思い出したら、絶対にパニックになってしまう!
「落ち着いて、琴音さん。本人に確認したわけじゃないんですが、遥香さんは『魔女のライブラリ』に自由にアクセスすることができるみたいなんです。ただ、あの日の記録に彼女の閲覧記録が残っていましたから、間違いないと思いますが・・・。」
魔女のライブラリに、自由にアクセスできる?
そんなことより、ライブラリになんでそんな記録を残しておいたのよ!
完全にうろたえながら次の言葉を考えていると、思わぬところから声がかかった。
「琴音さん。遥香さんは見た目の言動が幼いから気が弱く見えるけど、ああ見えて強いんだよね。なんていうのか、死線をくぐったっていうのかな。そんな気配があるんだよね。」
オリビアさんが飲み終わったビールの缶を片手で縦につぶしながらボソリ、と言う。
・・・片手で縦につぶすのもすごいんだけど、さらにそこから4つ折りにして、とうとう原型がなくなるまで圧縮して・・・。
とうとう小さな玉になった。
すげぇ。っていうか怖っ!?
「そうですね。遥香さんは、見た目よりもかなり芯が強いです。心配はいりませんよ。」
「そ、それならいいけど・・・と、そにかく、今日は夕方佐世保に行く予定があるからナーシャと話してみるよ。」
私は気を取り直して、ぬるくなり始めた残りのコーラを飲み切り、部屋の片隅にあるゴミ箱に放り込んだ。
◇ ◇ ◇
ナーシャ(蓮華・アナスタシア・スミルノフ)
今日も一日ハナミズキの家の子供たちの相手をして、掃除、洗濯、事務仕事を片付け、家に帰る。
幸い、アンデッドに襲われたときに顔だけは傷をつけられることがなかったおかげで子供たちを怯えさせることはなかったけど、肩や背中に結構な咬傷があるため薄着ができないのが少し悲しい。
自転車を駐輪場に止め、マンションのエントランスに入ろうとしたとき、スタっという音が背後から聞こえる。
「あ、ナーシャ。今仕事帰り?ちょっと早かったかしら。」
振り向けば、ちょうど琴音さんが大きめの袋を持って、マンションの前に長距離跳躍魔法で降り立ったようだ。
「うん、今帰ってきたところ。せっかくの休日なのに私のせいでごめんね。あれ?紫雨君、今日は一緒じゃないんだ?」
琴音さんはあの日から毎週2回、多いときは3回くらいの頻度で往診に来てくれる。
いや、医者じゃないから往診ってのは少し違うんだけど。
「紫雨君は大学の翻訳の仕事が入っちゃったみたい。それで、体調はどう?」
「おかげさまで。もうどこも痛いところはないよ。ちょっと肩の皮が引っ張る感覚があるけど。」
エレベーターに乗り、あたしの部屋に向かいながらそんな話をしている。
琴音さんは私より1歳年上で、まっちゃんと同い年の高校3年生だ。
大学受験で忙しいだろうに、こうして通ってくれるのは大変ありがたいのだが、昔の悪い仲間と一緒に誘拐してひどい目に合わせようとしたことを考えると、胸が痛くなる。
鍵を開けて自分の部屋に入り、帰宅途中で寄ったスーパーで買った生ものを冷蔵庫にいれ、同時にお茶を入れて居室に持っていく。
「義手と義足の調子はかなりいいみたいね。で、今日あたり元の身体に復元しようと思うんだけど・・・いいかしら?」
「義手っていうのを忘れるくらい自由に動くからね。ゴーレムだっけ?魔法って本当にすごいよ。私も魔法使いになってみたいな。・・・え?復元、って・・・治せるの?」
琴音さんの言葉に、一瞬、自分の耳を疑ってしまう。
「仄香・・・あなたの言うところの美代さんに、蛹化術式っての習ってきたのよ。これで大体のケガは治せるようになったの。必要な質量もしっかり用意してきたわ。あなたさえよければ、今すぐにでも治してあげるわよ?」
・・・大変ありがたいんだけど・・・。
「あたし、本当に治してもらっていいのかな。今は結構真面目に頑張ってるつもりなんだけど、昔はどうしようもないクズだったから、自信がないよ。」
目の前にいる琴音さんだって、私のせいでどうなっていたかと思うと、申し訳なくて目を合わせられなくなる。
「あの日のこと、悪夢に見るんだよね?・・・ナーシャがはっきり覚えていない理由、その懺悔の機会を奪ったのは・・・私たちなんだけどね。一から順に、あの日のことを話そうか。そのうえで、もう一度考えてみたら?」
そう言うと、琴音さんはあの日にあったこと、そしてあたしがそれを覚えていない理由を、ゆっくりと話し始めた。
◇ ◇ ◇
すっかり外は暗くなり、お腹の虫が鳴き始めたころ、すべての話が終わる。
ずっとモヤモヤとしていた頭の霧が、晴れていく。
「・・・とまあ、こんな感じかしら。」
「花田も太田も、多賀もみんな性転換させられたのか。ははっ。ざまぁ。さんざん女を泣かせてきたんだ。今度は泣かされる側になってみればいいんだ。」
あの場にいた私とまっちゃん以外の加害者のすべてが記憶を奪われ、女にされていたとは驚いた。
なるほど、鑑別所前に放り出されていた9人の女児はあいつらの成れの果てだったんだ。
「今思えば、魔女にしてはかなり温情的な裁きだと思うけどね。仄香ったら、敵となれば平気で町一つ、国一つ吹き飛ばしてきたからなぁ・・・。やっぱり姉さんに憑依してたからかしら。姉さん、なんだかんだ言っても優しいから。」
国一つって・・・マジですか。
「・・・琴音さん。改めてあの日のこと、謝罪します。ごめんなさい、言い訳にしかならないけど、あたしは自分の安全しか考えてなかった。あいつらと一緒になって、バカみたいなことを・・・。」
「ナーシャ。私は許すよ。っていうか、実はナーシャはあの場には遅れてきたから何もしてなかったんだよね。ぷっ。『まっちゃんが時間通りにこなけりゃ~』って、脅すとき、声が妙に上ずってたし。」
そう、なのか。
あたしは、加害行為そのものには、加担していない、のか?
「ヤバい。その辺のことは覚えてない。あ~!ものすごく恥ずかしい。顔から火が出そうだよ。」
「ほれ。安心したならとっととその両足と腕、治しちゃおうか。それと・・・他にもどこか悪いところがあったら一緒に治っちゃうから。ええと、腕一本の重さが体重の6~8%で、元の体重が50kgくらい?足の重さは・・・膝から下だけだと10kgくらいか?・・・よし、質量は足りそうね。」
琴音さんの指示に従い、ダイニングテーブルをどけて広めの空間を確保し、全裸になったうえで義手、義足を外していく。
「この義手、結構便利だったんだよね。火傷もしないし、結構パワーあるし。でもこれでお役目御免かな。」
「紫雨君にも感謝だね。・・・さあ、準備はいいかしら?蛹化術式、起動!」
私の身体を、光り輝く絹糸が覆っていく。
いつしか、ゆっくりと意識が優しい光の中に溶けていくのを感じた。
◇ ◇ ◇
九重 健治郎
6月1日(日) 昼下がり
市ヶ谷・裏通り
都内の古い居酒屋の、普段は使われていない個室でサラリーマン風の格好をした者、郵便局員のような恰好をした者、そして居酒屋の店員のような恰好をした者がテーブルを囲み、酒やビールを飲んでいる。
すべての酒がアルコール無しのまずい酒だ。
・・・すべて陸軍情報本部二部別室調査部の面々だ。
「ここまでが南雲家の身辺警護の結果です。警視庁公安部が身辺警護を行った久神家と合わせて、現在のところ教会を匂わせる人間の接触はありません。」
高杉が作成した報告書に目を通し、問題がないことを確認する。
「そうか。石川のほうはどうだ?」
「魔法協会、魔術結社ともに教会との接触は確認できませんでした。関係者のPCをハッキングしましたが、ここ2年程は人的な交流は行われていないようです。」
「う~ん。妙に大人しいのが気になるな。まあ、何事もないのが一番ではあるが・・・。」
「こちら側の動きがバレていることはないと思いますが・・・陸情一部からも何も変わったことはないとの報告も受けていますし。どこもかしこも平和なもんです。空軍の連中曰く、北も西もスクランブル発進の回数が減ったと喜んでいるくらいですし。」
スクランブル発進の回数が減った?
中国もソ連も、領空侵犯する理由なんてパイロットたちの訓練みたいなもんだ。
あるいは、日本の対応能力を調べ、軍事作戦のための威嚇やら偵察やらをしているだけで、おはようとおやすみの挨拶みたいなもんだ。
それが減った?
「・・・教会と東側諸国とのつながり、有坂と白石が調べてたよな。何か動きは?どんな些細なことでもいい。」
「ダゲスタン国軍と教会が何らかの軍事行動を行っていたようですが・・・現在、ダゲスタン共和国自体が壊滅状態なので何とも言えませんね。それ以外では今のところは情報がありません。」
「ああ、あの隕石騒ぎか。大規模な電磁パルスでダゲスタン共和国内の情報インフラが壊滅的な打撃を受けていたよな。・・・ただの杞憂か?」
みな黙ってしまい、ノンアルコールビールを飲む音、つまみを食う音だけが個室内に響いたその時、居酒屋の店員・・・陸情二部の新人が青い顔をしながら通信端末を持って飛び込んできた。
通信端末からは、オペレーターの緊張した声が聞こえる。
『中台海峡を中国東海艦隊が北上中!オホーツク海に、ソ連太平洋艦隊が展開中、北極航路から北方艦隊も集結しています!』
「なんだと!まさか、中国とソ連が!?」
両国ともただの観艦式だったはずだ。
演習ですら無い!
『緊急!情報収集衛星が、弾道ミサイルの発射準備を確認!海軍のすべてのイージス艦に、国防大臣から弾道ミサイルの破壊措置命令が発令されました!』
「おいおい、冗談じゃないぞ!まさか、本気でやる気なのか!?くそ!飲み会は今すぐ中止!本部集合!急げ!」
マジで冗談じゃない。
あいつら、今この国に魔女がいることを知らないのか!?
魔女が暮らしている国には、たとえ選挙の票集めだろうが民衆の不満そらしだろうが、絶対にちょっかいをかけてはいけないといういう国際常識くらいわかっているだろう!?
下手すると国が亡ぶぞ!?
『緊急です!中国本土から4発のミサイル発射を確認!・・・高魔力反応!常温常圧窒素酸化触媒術式?・・・いえ、暴走魔導兵器です!高雄、愛宕、摩耶、鳥海、及びカーティス・ウィルバー、ヒギンス、ベンフォードが対応中!』
・・・冗談じゃない!
クソ馬鹿野郎ども!本気で世界大戦を始める気か!
慌てて居酒屋を飛び出し、市ヶ谷の国防省本部に向かって走り出す。
「・・・っ!なんだ!?」
そのとき、俺たちの上で、光り輝く何か・・・言葉に表せない、恐ろしく強い魔力の奔流が、北と西、そして北西に向かって打ち放たれたのに気付いたのは、俺以外、誰もいなかった。
本格的な全面戦争、と思いきや、魔女を相手にするには最低限要求される火力には全然足りません。
いったい、何のつもりでしょうね。