206 腐肉の竜と屍霊術師
水無月 紫雨
目の前には男の子が1人、女の子が2人。
女の子の片方は、足にギプスをしたまま無理やり立っている。
・・・ギプスをした子は見覚えがある。
たしか、ハナミズキの家の子供だ。
名前は、笑理ちゃん、だったか。
足が相当痛いのか、脂汗を流している。
他の2人は見覚えがないが、丸みのある四つ葉の中央に六角形に並んだ黒丸・・・ハナミズキの家の子供であることを示すバッジをつけている。
「マフディ!貴様、その子たちに何をした!」
「さあな。・・・知ってるか?屍霊術ってのは、元々魔女の内臓を研究して作られた魔法なんだよ!魔女『ユリアナ』の肝臓はまだ生きてるからなぁ!いい魔力触媒になるんだよ!」
肝臓・・・?
古代ギリシャでは魂の座とされ、金星の神ウェヌスと木星の神ゼウスという絶大な力をもつ星と神によって支配されている器官だが・・・。
まさか、培養しているのか!
「またユリアナか。あの子には悪いけど、こうも後を引くと嫌になるわね。聖釘といい、聖者の衣といい・・・いい加減、全部まとめて灰にしたいわね。」
「屍霊術を死体に使えばアンデッドとなる!だが生きてる人間に使えば!劣化版だが魔女の出来上がりだ!しかも俺の思うがままの!」
マフディが両手を掲げ、こちらに向かって振り下ろすと、子供たちは涙を流しながら詠唱を始める。
「高貴なるひ・・・光の精霊よ、我が身に集いて悪しき者を焼く吐息となれ。」
「雄々しき・・・雷よ。集い束ねて彼の砦を焼き払え。」
「清き風よ、高らかに歌いて・・・実りを刈る鎌となれ。」
少ない魔力を無理やり作った魔力回路に循環させたせいで吐血しているのか、詠唱の端々に濁音が混じっている。
まるで僕が魔術を作る前のころの、使い捨てにされた魔法使いたちのようだ。
「下がりなさい!紫雨!六連唱!雷神の乳山羊、アマルティアの皮を張りし霞の盾よ。蛇神の首を飾りし無敵の盾よ!我らに仇なす邪悪と災厄から我を守り給え!」
子供たちの手のひらから光や雷、風の刃が放たれるとほぼ同時に、僕と母さんの周りに光のカーテンのようなものがふわりと舞い降りる。
カーテンは翻りながら光には闇の霧を、雷には水銀のような網を、そして風にはさらに大きな風をぶつけ、相殺していく。
「ぬう!?俺のアンデッドの魔法をことごとく相殺するだと!?・・・何者だ!ちっ。予定が狂うことばかりだ!構わん!接敵して押さえろ!」
マフディは腰から黒い短杖を抜き、子供たちを盾にして詠唱を行いながら迫ってくる。
「アーサー王!ランスロット卿!子供たちを傷つけるな!マフディのみを狙え!」
「「承知!」」
光のカーテンを裂き、騎士たちがエクスカリバーとアロンダイトを振りかざし、マフディに迫る。
2人の騎士に襲い掛かられながらも、マフディは余裕の笑みを浮かべ、マントの内側から透明な筒のようなものを取り出す。
筒・・・?中に入っているのは・・・人間の首?
「あひゃひゃ!まだまだタネは尽きてないぞ!霧に棲まいし災厄にして騎士を恨みし魂よ!呪われし顎よ!今一度、腐肉の翼を広げ、破滅をもって命を嘲笑え!来い!カルナヴァーン!」
パキン、と筒が砕け、中にあった首が床に転がる。
首は、苦悶の表情を浮かべながら呪詛と魔力をまき散らす。
呪詛は周囲の死体に絡みつき、ゴリゴリと嫌な音を立てて肉塊が動き出す。
次の瞬間、呪詛をまき散らす首を踏み砕きながら腐肉をまとったドラゴンが、地響きを立てて2人の騎士の前に立ちふさがった。
◇ ◇ ◇
戦いは拮抗していた。
光膜防御魔法で子供たちの魔法を無効化しながら取り押さえようとする僕と母さん、そして腐肉の竜とマフディを相手に果敢に挑むアーサー王とランスロット卿。
「雷よ!敵を討て!・・・くそ、感電も効かないの!?」
母さんはかなり手加減している。
先ほどから子供を傷つける恐れのある魔法を一切使っていない。
「大地よ!轟け!そして押しつぶせ!・・・よし、1人行動不能にした!」
子供たちを傷つけるわけにはいかない。
どうしても本気の攻撃魔法をぶち込むわけにもいかず、だけど強制睡眠魔法による昏睡や雷撃魔法によるマヒが全く効果がない。
子供たちは建物内を縦横無尽に駆け回るおかげで、結界系の術式や魔法を展開している暇もない。
やっとのことで1人、落とし穴と土砂で行動不能にしたのだが・・・。
それでもなお、子供たちは自分の身を削りながら概念精霊魔法を乱射してくるから始末に負えない。
どこからそれだけの魔力を捻出しているのか。
「・・・きりがないわね。仕方がない、概念精霊に干渉して概念精霊魔法の干渉を切断するわ。しばらく精霊魔法は元素精霊魔法以上を使ってくれるかしら?」
「ああ、わかった。あるいは神聖魔法か、黒魔法ってことだね。」
「術式と術理魔法も使えるわよ。じゃ、行くわよ・・・万象を歌う美姫にして動態を奏でる数多の概念精霊よ!我は金色の指揮棒を以て汝らを律する者なり!我が指揮の元、惑うことなく閑却なる調べを奏で給え!」
詠唱が終わり、母さんがパン、とその両手をたたいた瞬間、子供たちが放っていた光や風、雷などが完全に掻き消える。
それだけではなく、目に見えてその速度が低下する。
「よし!“Horae, filiae Themis, audite votum meum. Ne ferro, sed filo lucis, hos ligate. In ordine, sine dolore, fiat pax in motu!”( ホーラエよ、正義の女神の娘たちよ。剣にあらず、光の糸にて彼を縛り給え!苦しみなく、秩序のうちに、静かなる束縛を!)」
ホーラエ・・・ギリシャ神話における、秩序・法・時の女神たちの力を借りた拘束魔法を展開し、一瞬で子供たちの身体の自由を奪う。
消費する魔力はやや大きいものの、対象を一切傷つけず、安全に拘束することができ、かつ神格から力を借りる魔法といえばこの魔法が一番使い勝手が良い。
「紫雨。こっちは任せなさい。屍霊術は私が解除する。マフディは任せたわ。・・・最悪、殺してもいいわよ。」
「殺す・・・そうか、その手があったか。」
マフディは屍霊術の魔女の内臓・・・肝臓を研究して作られた技術だといった。
ならば、術式さえ解読してしまえばこちらでも同じことができるということか!
子供たちを母さんに任せ、アーサー王とランスロット卿の元に駆け付ける。
彼らは、いまだにマフディが操る腐肉のドラゴンと戦いを繰り広げていた。
◇ ◇ ◇
仄香in遥香
マフディたちとの戦闘は紫雨たちに任せ、拘束された子供たちの処置を始める。
肉体は、行使した魔法の負荷が強すぎて崩壊し始めている。
だが、たとえ死のうが屍霊術の影響下においては肉体から魂がはがれることはない。
ならば安心して治してしまえばよい。
まずは肉体の再生と、霊体の正常化を・・・。
ん?魂のラベルが、肉体側と一致しない?
魔女でもあるまいし・・・?
《仄香さん、どう?この子達、助かりそう?》
《ええ。屍霊術の術式はほぼ解析しましたからね。・・・でも、少し厄介ですね。よりにもよって肉体と魂が一致してない。3人のうち、2人は魂を入れ替えられているだけだから何とかなるけど、この子については誰の魂が入っているのか、元の魂はどこに行ったのか・・・最悪、揮発してるかもしれない。》
《えぇっ?そんな・・・、ひどい!元に戻せるの!?》
《大丈夫、私に任せて。》
美穂を調べて分かったことだが、屍霊術は霊体を強固にすることにより、肉体が腐り落ちても人格情報と記憶情報を維持し続けることができる。
同時に、人格情報を汚染して屍霊術師に服従させることができるのだが・・・今回はさらに輪をかけてきやがった。
こともあろうに、魂の入れ替えまでしやがったのだ。
明らかに、魂のラベルが肉体と一致しない。
女の子2人については、単純に入れ替えられただけだから、蛹化術式の展開時に霊体の接続を戻すだけで何とでもなる。
むしろ、数多の肉体を乗り継いできた私にとって、魂の入れ替えなど造作もない。
だが、この男の子の魂は・・・本人の魂はどこに行った?
性別のラベル以外、一切一致していないぞ?
《とにかく魂のラベルが一致しない以上、このままにはしておけません。肉体の本来の持ち主も探したいですし、魂側の本来の肉体を探す必要もあるでしょうし・・・。》
肉体と魂のラベルが一致しないと、肉体の維持に余計な魔力を消費するのだが、そもそも魔力が足りていないこの子たちの場合、早々に肉体が傷み始めている。
男の子については比較的安定しているようだが・・・。
拘束したままの子供たちを前に思案に暮れている間、目の前ではマフディが操る腐肉のドラゴンと、2人の騎士、そして紫雨が剣や魔法を振るい、戦っていた。
「ぬん!聖剣よ!悪しき竜を討ち祓え!」
「アロンダイト!竜殺しの名を示せ!」
マフディが操る腐肉のドラゴン・・・カルナヴァーンといったか。
紫色の霧をまとい、触れたものを腐食させ、アーサー王に吹雪のような吐息を吐きかけ、ランスロット卿に牙と爪で切りつける。
エクスカリバーが翼を裂き、地に落ちるも鋼のような尾を振るい、アロンダイトがそれを叩き落す。
その合間を縫ってマフディが火球を打ち出し、紫雨がそれを氷弾で撃ち落とす。
「どうしたどうした!3人がかりでも俺のカルナヴァーンに勝てないか!さあどうした!かかってこいよ!」
身の丈15メートルを超えるようなドラゴン相手に、いくら伝説の剣といえども刃渡り1メートル程度の剣では決定打が与えられない。
それに、子供たちが拘束されている場では紫雨も広範囲に効果がある魔法を使えず、攻めあぐねているようだ。
「くそ!無差別広範囲魔法で薙ぎ払ってやりたいというのに!単独多重詠唱を展開する!気を付けて!"Evigila, umbra susurrans.Flore, flos murmurans.Canite, venti garrientes.In nomine regis noctis,mille vocibus carmen victoriae concinate!"(目覚めよ、囁く影。咲き誇れ、口遊む花。奏でよ、囀りの風。夜帳の王の名の元に、万の声をもって勝利の歌を合唱せよ!)」
紫雨の詠唱が終わるとともに、周囲の影が一斉に囁き、咲き乱れた花が奏で、風が囀る。
これは・・・代理で詠唱するものを作り出す魔法か!
まるで自動詠唱機構を魔法で作り出しているかのようだ。
「ははは!やりますなマスター!せめて腐れていなければ余も竜殺しを名乗れようものを!ランスロット!妬ましいぞ!せいやぁ!」
アーサー王はエクスカリバーを振るい、カルナヴァーンの爪を打ち落とす。
さすがは伝説の剣。ドラゴンの爪が一撃で粉砕される。
「吐息が来ます!盾の後に!我が君!腐れていても竜は竜です!竜殺しの称号はすぐそこです!」
紫雨もアーサー王も、ランスロット卿も死力を尽くして戦っている。
瓦礫や熱波など、戦いの余波が拘束された女児に降りかかるのを、防御障壁術式と光膜防御魔法で蹴散らす。
・・・?ちょっと待て。
さっきから吐息も爪も、こちらにはほとんど来ないな?
いや、この男児を避けている・・・ような。
「オラオラ!ガキを巻き込むのが怖くてデカい魔法が使えないか!英雄王はその程度か!円卓の騎士も1人じゃ何もできないなぁ!」
どういう、ことだ・・・・?
こちら側が子供を巻き込まないように全力を出せないのはわかる。
だが・・・あのカルナヴァーン、手を抜いていやしないか?
彼らの戦いを見ながらも、子供たちにかけられた屍霊術の人格情報汚染を浄化しようとしているところで、拘束されたままの男児がぼそり、とつぶやいた。
「お姉ちゃん、誰?僕たちを、助けに来てくれたの?」
「ええ。私たちは・・・。」
《待って!その子、おかしい!人格が汚染されているのに言葉が流暢すぎる!》
助けに来た、と言いかけた瞬間、慌てたように念話で遥香が私の言葉を遮った。
・・・子供じゃない?
《その子供の中身、たぶんマフディだよ!さっきからその子の周りだけ、攻撃が届いてない!》
いわれてみれば、確かに攻撃が・・・届いていない?
むしろ、カルナヴァーンが飛散する瓦礫の盾になるように動いている?
・・・ならば・・・。
私は、自称聖女を倒したときに彼女から奪ったツボ・・・「断界の壺」をこっそりと懐から取り出し蓋を開ける。
偶然持っていて良かったよ。
「お姉ちゃん?どうしたの?」
「なんでもないわ。・・・そう、私たちのことだったわね。私たちは・・・マフディ。あなたを捕らえに来た者よ!」
念動呪を使い、男児の肉体から霊体ごと魂を引きずり出す!
どうせ断界の壺は封じ込める能力があるだけだ。
間違いなら後で開放すればいいだけの事!
『ぐ!なぜ分かった!ぐ、ギャァァァァ!』
2本の念動呪の腕の中で、マフディの魂が暴れている。
やはり、そうだったか。
壺の中に、赤茶けた魂を押し込み、蓋をする。
今気付いたが、この壺、蓋がネジを切ってあるんだな。
などと少し間の抜けたことを考えつつ、マフディの魂を完全に封じたその時。
バツンっという感覚とともに何らかの魔力的なつながりが断たれる感覚がした後。地響きとともに、カルナヴァーンが横転する。
「・・・え?アーサー王。何かやったか?」
「いや、余は足を切っただけで・・・ランスロット?」
「さ、さあ?とにかく、マフディを押さえましょう・・・。あれ?マフディ・・・?」
やはり男児の身体の中から魔力で遠隔操作をしていたのか。
器用な奴め。
後に残ったのは腐臭と汚れた体液を流すカルナヴァーンの成れの果てと、その背でパニックになって泣いているマフディ・・・中年の男だけだった。
◇ ◇ ◇
施設内の信徒の掃討をランスロット、そして新たに召喚したガウェイン、トリスタン、パーシヴァル、ガラハッドに任せ、紫雨とアーサー王の見守る中、子供たちを屍霊術から解放していく。
同時に、それぞれの魂・・・記憶情報と人格情報をあるべきところに戻しておく。
「さすがマスターの母君。素晴らしい魔法ですな。かのマーリンも霞んでしまいそうだ。」
アーサー王が私の手元を覗き、感心したようにつぶやく。
「マーリンはどちらかというと予言のほうが有名ね。精神世界(あちら側)でも付き合いがあるの?」
「ふむ・・・これは言ってもよいものか・・・やつめ、いまだにニニーブに言い寄って困っておるのですよ。余が何度窘めてもやめようとしない。魔法より色に狂っておりますな。」
「うわ・・・さっき、僕が召喚しようとしたら止めたのはそのせいだったのか。」
「しかり。マスターの母君とはいえ、これほど美しい方を前にしては、マーリンは戦わずに口説き始めるでしょうな。ワハハ!」
・・・精神世界は何度も行ったことがあるから知っているが、人類の神話や伝承がいくつもの世界を結像している空間だ。
吉備津彦やシェイプシフター、クー・フーリンやメネフネ達が暮らしている以上、彼らが暮らすための環境・・・世界がいくつも構成されている。
つまりは、アーサー王伝説の舞台となった、トマス・マロリーの騎士道物語群の世界や、ブリタニア列王史の世界も再現されているのだ。
最近構成された世界群の中にはラヴクラフトのクトゥルフ神話の世界まであるんだよな。
・・・クトゥルフを思い出したら醤油とワサビ、それから日本酒が欲しくなったけど・・・。
タコ焼きもいいかもな。
「母さん?お腹でも空いたの?よだれが出てるよ?」
「い、いえ、何でもないわ。それよりもうすぐ終わりそうね。この子たちはハナミズキの家の子?」
慌てて誤魔化す。
いや、クトゥルフはタコに似ておいしそうなんだよ。
あいつら、言葉が通じないから食ってもいいんじゃないかと思うんだが・・・。
《仄香さん?変なモノ食べる時はジェーン・ドゥの身体で食べてよね?》
最近、妙に遥香の勘が鋭いな。
もしかして、何らかの力に目覚めたとか?
そりゃないか。
「たぶんね。念のためナーシャさんに確認をとろう。そのあと、ハナミズキの家に戻せば問題ないよ。」
「そうね。それより、抜け殻になったマフディの身体はどうしようかしら?中年男の身体なんて誰も欲しがらないでしょうし・・・。」
「捨ておいてよろしいのでは?それとも余のエクスカリバーの試し切りにでも使いますかな?」
やめろって。
そんなことしたら跡形も残らんだろう?
気は晴れると思うけどさ。
「置いておくのも何だし、持って帰ろうかしら。あ、せっかくだから屍霊術の実験台にしてもいいわね。」
考えてみれば、屍霊術を解析したところで使う相手がいないのだ。
さすがに無関係な人間を使うわけにはいかないし、わざわざ教会の信徒達を浚いに、じゃなかった、攫いに行くのも気が進まない。
「ふむ。死を弄んだ愚か者に相応しい最後でございますな。ああ、せっかくだからコレも混ぜますか?」
アーサー王が動かなくなったカルナヴァーンを蹴飛ばし、戯けてみせる。
「臭くなるのは勘弁願いたいわ。・・・もしかして竜殺しの称号にこだわってるの?」
「む・・・ドラゴンがなかなか見つからぬゆえ・・・。」
アーサー王に咲間さんの赤いジャケットを見せたらどんな顔をするか、ちょっと気になりながらも、子供達をそのままにしておくわけにもいかず、この場を後にすることにした。
まあ、機会があれば玉山のドラゴンでも斬らせてやるか。
最近ドラゴンステーキ、食べてないしな。
じゅるり。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
中間テストの答案用紙の返却を受け、その結果に一応の満足をしながら、理君とのデートを終えて帰宅する。
ぬふふ。そろそろもう一つ階段を上がってもいいかなー、なんて思いつつ。
「そろそろ新しいハンドガン、欲しーかな。黒川さんのバイト代、丸々残ってるし〜。ありゃ?琴音。二号さんは?」
リビングに入ると、妙に暗い顔をした琴音がモニター画面に向かって黙々とマウスを動かしている。
テーブルの上に置かれたメモ用紙の枚数からすると、かなりの時間、調べものをしているようだ。
「二号さんなら吉備津彦さんのところに遊びに行くって言ってたよ。晩御飯は食べてくるって。・・・ええと、モテかわ愛されメイク?涙袋?げ、地雷系じゃん。・・・男を捕まえるテク?効果なかったじゃん!」
そういえば、琴音のやつ、最近付き合いが悪い割には学内の誰かと付き合っている話を聞かないな?
それに、「効果がなかった」?誰に?
「・・・何やってるの。・・・もしかして、紫雨君に・・・振られたの?」
「・・・うひっ!はぁ?振られて無いし!むしろまだ付き合って無いし?」
ギク、という擬音が似合うほど身体がビクッと動いた後、慌てて普段とは違う口調で否定する。
「まだ、ってことは、これから付き合うつもりなの?・・・まあいいけど。でも、ジェネレーションギャップ、大変だよ?何しろ相手は1700年以上前の常識で生きてる相手だよ?」
「そんなことないもん!紫雨君はイケてるもん!しっかりナウいもん!」
ナウいって・・・昭和の古語を使うなよ。
アンタまで時代をさかのぼらなくていいのよ。
「ナウいかどうかは知らないけど、仄香の義理の娘にでもなるつもり?世界中を相手にするから苦労するよ?それより、アレクさんはどうしたの?遠距離恋愛は上手くいかなかった?」
「う・・・アレクは、仄香の大規模洗脳魔法の最中に、知らない女優と不倫騒ぎを起こして・・・スキャンダルになって・・・。」
琴音はごにょごにょと語尾を濁す。
う〜ん。
ちょっと余計なことを言ってしまったか。
それより何やってくれてんだよ、アレクのやつ。
「ま、いいわ。ただ、紫雨君を落とすのは至難の業よ?何しろ、古代魔法帝国の初代皇帝よ?美人だらけの後宮くらいあったでしょうし、奥さんや子供だって何人もいたことは間違いないわよ?・・・なに驚いた顔してんのよ?」
今度はギギギ、という擬音が似合う動きでこちらに顔を向ける。
もう。
それぐらい考えておきなさいよ。
「後宮・・・ハーレム・・・。う、うわぁぁぁぁん!!」
あ、琴音が壊れた。
その顔で泣くなよ。
見ていてこっちまで悲しくなるだろうが。
あ~あ。
アレクのせいでデートの余韻が吹っ飛んだよ。
もし会うことがあったら術弾をぶち込んでやりたいね。