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205 乙女心とアンデッド

意外にマフディが頑張りますね。

 仄香(ほのか)


 5月26日(月)


 私立開明高校 3年1組


 中間テストも終わり、廊下に順位表が張り出された。

 やはりというか、咲間さん(サクまん)は総合2位を維持していた。


 家業のコンビニを手伝いながらその成績を維持するとは、かなりの努力家であるとは思っていたが、並大抵のことではない。


「あ~。また遥香が学年1位だよ!しかもまた満点!っていうかさ!日本史のあの問題ってなんなのよ!種子島で最初に作られた火縄銃の口径なんか知らないわよ!」


 ふつうは知らないだろうな。

 ちなみに口径は17mm、弾丸は16.2mmだ。

 火縄銃の口径は1匁筒では8.7mm、一貫匁筒では87mmと幅広いんだよな。


 何匁かを指定されていなかったから一瞬考えてしまったよ。


「コトねん、また荒ぶってるねぇ。日本史の石田先生、遥香に満点とられるのがよほど悔しかったのかな。っていうか仄香(ほのか)さん、よく種子島の口径なんて知ってたね?」


「昔、種子島で撃たれたこともありますからね。7匁5分玉の衝撃はなかなかでしたよ。」


 後で知ったが、石田先生は職員会議で槍玉に挙げられてしまったそうだ。

 ・・・教科書に書いてないことを問題に出すなよ、と。


「撃たれたって・・・すごい経験だね。でもさ、よかったじゃん、コトねん。今回は千弦っちと同点で同じ順位だったんでしょ?」


「ぶぅ。日本史と生物で勝ったけど数学と物理で負けた。2人そろって理系志望なんだから負けた気がする。」


 今日のホームルームで中間テストの答案用紙を返却されたのだが、日本史の答案用紙にはなぜか「Marvelous!」と書かれていた。


 なぜわざわざ英語を使うんだろう?


「まあいいじゃん。今日、千弦っちは(おさむ)君とデートだって言ってたけど、コトねんはどうする?仄香(ほのか)さんと一緒にウチの店に来る?夕勤が終わったら勉強会しようよ。」


「・・・そういえば咲間さん(サクまん)の店のバイト、まだ続いてたのね。でも今日は私もちょっと用事があって。また今度ね。」


 用事・・・そういえば紫雨(しぐれ)も何か用事があるって言ってたっけな。

 まさかな・・・。


 頭の中で紫雨(しぐれ)と琴音が手をつないで歩いているのを思い描き、妙に似合ってるな、なんて考えながら帰り支度をする。


 本来なら今日はエルリックと合流して、自称聖女(サン・マーリー)から奪ったツボ・・・「断界の壺」の活用方法について相談する予定だったのだが・・・。


 ・・・うん。やはり気になる。

 琴音ではなく紫雨(しぐれ)のことがだ。

 あいつ、最近の女子の好みなんて分かるのか?


 とにかく、エルリックにはあとで何か埋め合わせをしておこう。


咲間さん(サクまん)。今日は私の代わりにシェイプシフターをバイトに行かせたいんですが、お願いできませんか?」


 シェイプシフターには、着るものと食べるものは自分自身の稼ぎで何とかするように伝えたところ、あいつ、遥香の姿のまま、咲間さん(サクまん)の店でアルバイトをはじめてしまったのだ。


「え?もしかして何か急用でもできたの?まあ、二号さんも仄香(ほのか)さんと同じくらい仕事ができるし、何ならシフトの回数も多いくらいだし。ま、いいや。どうせ兄さんも母さんも気づいていないしね。いいよ。じゃあ、二号さんによろしくね。」


「ええ。すぐに念話で連絡しておきますね。」


 西日暮里駅で2人と別れた後、すぐにシェイプシフターに念話を飛ばす。


《シェイプシフター。すまないが今日のシフト、代わってくれないか?少し調べたいことができた。》


《ア、マスター。お久しぶりデス。もちろんいいデスヨ。17時~21時デシタネ。ママさんに声をかけて行きマス。でも千弦サンや琴音サンには何も言わなくていいんデスカ?》


《琴音に知られるとまずいな。うまいこと言ってバイト以外の口実で家を出てくれないか?》


《難しいことをいいマスネ。じゃあ、吉備津彦のところに遊びに行くとでも言っておきマス。口裏合わせをお願いシマス。》


 シェイプシフターの了解も得られたところで、エルと吉備津彦にメールを送り、こっそりと琴音の後をつけることにした。


仄香(ほのか)さん、ジェーン・ドゥ(バイオレット)の身体を使えばよかったんじゃないの?私、4時間くらいなら1人でバイトしても気にならなかったんだけど・・・?》


 琴音の後をつけて山手線に乗り込んだ時、ぼそりとつぶやく遥香の念話を聞いて、それもそうか、完全にこの身体に慣れてしまったな、と思わず苦笑してしまった。


 ◇  ◇  ◇


 琴音は普段、高田馬場駅乗り換えのはずが、なぜか新宿駅で下車する。

 しばらく歩き、東口へ向かった。

 どうやら新宿駅で誰かと待ち合わせをしているようだ。


 国鉄新宿駅の東口駅前交番の前で、サングラスをかけた白髪の青年が手を振っている。

 ・・・やっぱり紫雨(しぐれ)じゃないか!


 琴音はとてもうれしそうに紫雨(しぐれ)の左手に手を回し、仲良く歩き出した。

 ・・・なんというか、新鮮な感覚だな。


 もちろん、子孫同士が付き合っているのを見たことは初めてではない。

 なんなら、子孫同士が結婚して子供を作ったことすらある。


 だが、紫雨(しぐれ)となると・・・妙にむず(かゆ)いな。


《ねぇ・・・仄香(ほのか)さん。やめようよ。趣味悪くない?》


《あとちょっと、もうちょっとしたら帰りますから。ね、今度遥香さんの欲しいもの、買ってあげますから。》


《むぅ・・・仄香(ほのか)さんの財力なら、家でも船でも買えそうだけどさ。まあいいや。邪魔しちゃだめだよ?》


 遥香は納得してくれたようなので、心おきなく尾行ができる。

 琴音は魔力検知が苦手だと聞いていたが、紫雨(しぐれ)の検知能力については分からない。なので、魔力隠蔽術式を展開しておく。


 2人は仲良く何かを話しながら、新宿三丁目方面に歩いていく。

 ・・・しばらく歩いただろうか、見覚えのある公園が見えてきた。

 新宿御苑だ。


《へぇ~。琴音ちゃんってデートコースに新宿御苑を選ぶんだ。以外だね。もっとこう、ファッションとか小物とかのお店に行くんじゃないかと思ってたけど。》


《健全でいいと思いますけど、ちょっとまどろっこしいですね。平日の午後とはいえ、結構人が多いですし・・・。》


仄香(ほのか)さん・・・琴音ちゃんに何を期待しているの?》


 遥香と念話でそんなことを話しながら跡をつけると、2人は御苑内の四阿(あずまや)に入り、腰を下ろした。


 100メートルほど離れた植え込みに潜み、魔力の流れを隠蔽しながら、聴知呪を使い、2人の会話を傍受する。


「ナーシャさんの件、本当に助かったよ。手足を失う大ケガだったからね。胸や背中も咬傷だらけだったし、首の骨も折れてたし・・・。」


「そうね。残念ながら右腕以外は温存できなかったけど、紫雨(しぐれ)君がすごく性能のいい義手と義足を作ってくれたから助かったわ。でも彼女、なんで仄香(ほのか)に治してもらおうとしなかったのかしら。もしかして仄香(ほのか)の回復治癒能力を知らないとか?」


「う~ん。そうかもしれないけど、たぶん別の理由じゃないかな。とりあえず、ハナミズキの家のほうはガス爆発事故扱いにしたし、ナーシャさんは事故で大ケガをしたことにして労災扱いになるように関係者の記憶と記録をいじっておいたけど・・・。」


「そう、よかった。せめて整復手術が終わるまでは安静にしておいてほしいわ。今日も往診に行く予定なんだけど、無理はしないでほしいわね。」


 ・・・ナーシャの治療をしたのは琴音だったのか。

 それに左手と両足を失う大ケガ・・・あのガシャガシャという足音は義足の音だったのか。

 年頃の娘にとっては人生が変わってしまうほどの大ケガだ。この話が終わったらすぐに治しに行ってやらないと。


 それにしても、琴音はナーシャが半分頭だって気付いてないのか?

 まあ、千弦ならすぐに気づくだろうけど・・・。

 私が首をかしげている間も2人の会話は続いている。


「琴音さん。彼女を助けてくれてありがとう。君と、遥香さんの仇のうちの一人だというのに。・・・ところで、ナーシャさんの記憶を読み取ってみたんだけど、その加害行為のあったという日だけ欠落してるんだよね。もしかして母さんが何かした?」


「ああ、仄香(ほのか)が強制忘却魔法で消してたわ。・・・あれ?でも彼女、消された直後に私たちを見て『予定は放課後なんじゃなかったの』とか言ってたわね。もしかしてちゃんと消しきれてない?」


「いや、記憶は完全に欠落していたよ。たぶん、消された後に改めて琴音さんたちを認識したんじゃないかな。でも、普段のナーシャさんを見てるとそんなにヒドイことを自分からやるとは思えないんだよね。」


「そうね。彼女も被害者なのかもしれない。・・・安心して。治療で手を抜いたりなんてしないから。」


 そうか、琴音はナーシャが半分頭だと知っていて治療したのか。

 ならば私の出る幕はないな。

 ・・・ナーシャの治療は琴音に任せよう。


《ねえ、仄香(ほのか)さん。ナーシャさんの治療、琴音ちゃんがやってるんなら、仄香(ほのか)さんの回復治癒魔法とか教えてあげられないかな?せっかくだから琴音ちゃんに完全に治させてあげたいよ。》


《そうですね。回復治癒呪については難しいかもしれませんが、蛹化術式などの復元系の術式を教えてもいいかもしれません。》


 遥香の言葉のとおり、どこかで都合のいい時間を作って琴音に医療系の魔法や術式を本格的に伝授しようと考え始めたとき、ピリっと何かの感覚が走る。


 これは・・・ヘルハウンドが何かを見つけた?

 濃密な闇と死の臭い。

 ・・・屍霊術(ネクロマンシー)の気配?


 ふと目を上げると、紫雨(しぐれ)も同じように何かに反応している。

 ナーシャに渡したヘルハウンドの召喚符を紫雨(しぐれ)が使ったのか。


 追尾相手は、屍霊術師(ネクロマンサー)・・・おそらくは教会(肥溜め)の十二使徒の1人、マフディか。


 ・・・屍霊術(ネクロマンシー)か。

 美穂を蘇生したときに術式のいくつかを解析することができたが、まだその全容は明らかになっていない。


 それに、毎度毎度、死体に襲われるこちらの気にもなってほしい。

 はっきり言ってキモいんだよな。


 私が植え込みの陰でアンデッドを思い出してイライラしていたら、紫雨(しぐれ)四阿(あずまや)のベンチから立ち上がった。


「琴音さん。ちょっと急用ができた。今日の往診、1人で行ってもらってもいいかな?」


「え?まあ、連絡先も知ってるし、長距離跳躍魔法(ル〇ラ)で1分半くらいで行けるし・・・。でも危ないよ?1人で行くの?」


 ・・・紫雨(しぐれ)はヘルハウンドを追うつもりか。

 相手の戦力がはっきりしない以上、いきなり乗り込むのはあまり得策ではないのだが・・・。


 そこら辺の連中に負けることなどないとは思うけど、心配だからこっそりとついて行ってやろう。


「ああ、大丈夫。昨日、頼もしい眷属たちと契約をしたからね。ふふ、母さんの眷属の、吉備津彦さんたちにも負けないくらい強い眷属たちだよ。」


 ・・・吉備津彦に負けない強い眷属?

 何と契約したんだろう?


 宮本武蔵とか?

 ・・・いや、実在人物を召喚すると、オリジナルではなく脚色されたとんでもないキャラが出てくることがあるんだよな。


 実は、眷属、つまり召喚獣の強さは、神話や伝説上でどれほど強く描写されるかはあまり関係がない。


 もちろん、極端に大きい連中はそれだけでも強力だが・・・

 実際のところ、どれだけ信仰を集めたか、どれだけ多くの人間に認識されているかでその強さが決まるのだ。


 同時に、多くの人間が共通してその姿や能力を正しく想像することができないと、あやふやな存在になってしまい、召喚しても何の役にも立たないなんてことにもなりかねない。


 そのため、「人智を超えた」とか、「全知全能」だの「世界を創造した」といった存在は()び出すことができないのだ。


 ・・・そもそも偶像崇拝を禁止している宗教の主神に至っては、精神世界(アストラルサイド)で結像すらしていないからな。


 そうこうしているうちに、紫雨(しぐれ)長距離跳躍魔法(ル〇ラ)で空に飛び立っていった。


 ・・・まったく、デートの最中に相手を放置して仕事に行く男はモテるはずがないというのに。


 ほら。琴音のやつ、かわいそうに1人でさみしそうに座ってるよ。


 ◇  ◇  ◇


 水無月 紫雨(しぐれ)


 琴音さんとのデートを早々に切り上げ、ヘルハウンドの反応があったところへ向かう。


 場所は・・・中国吉林省長春(チャンチュン)市?一応は行ったことのある場所らしいが・・・。


 封印される前、夏と呼ばれた国家があったころに、粛慎(しゅくしん)とかいう狩猟を生業とする民族が住んでいた広大な大地だったと思うけど・・・。


 随分と発展してるな?


 ふわりと市街地の真ん中に降り立ち、辺りを見回すと、日本に比べてやや古い町並みが並んでいるのが目に入る。


 見渡す限り高層建築物はなく、100年位前の街並みが戦乱を免れたかのような佇まいが(のき)を連ねる。


「ヘルハウンドの気配は・・・こっちか。」


 何の飾り気もない、大学の研究室のような建物が並ぶ一角に、ヘルハウンドの気配が漂っている。


 共産主義経済下においては、華美な装飾が施された建築物はないのは知っていたが、立ち並ぶ建物はまるで軍の宿舎か刑務所のようだ。


「辛気臭いな。日本とは大違いだ。それに、()えた様な臭い・・・。どこかでアンデッドでも作ってるのか?」


 ヘルハウンドの気配をたどりながら注意深く歩くと、4階建てのコンクリート造りの建物の前に出る。

 1階には窓もなく、門扉は部厚そうな鉄でできているようだ。


 あたりには誰もいない。


 都合がいいことに、大きな道路がすぐ横を走り、クラクションやエンジン音などが鳴り響いているが、市街地からはかなり距離があるようだ。


「マフディには聞きたいことがある。建物の外からいきなり大規模な攻撃魔法で薙ぎ払うわけにはいかないな。・・・よし、予定通り新しい眷属を呼ぼうか。」


 契約したばかりでその実力がどれほどかはわからないが、ヨーロッパに暮らす者でその名を知らぬ者はいない存在だ。


 むしろ、過剰戦力にならないことを祈ったほうがいいだろう。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()(ことわり)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()(くだ)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 目の前に直径約3メートルの星々をまとった積層型魔法陣が広がり、絢爛な鎧にマントを翻し、光り輝く聖剣を携えた壮年の騎士が現れる。


「仰せによりアーサー・ペンドラゴン、参上つかまつる。・・・マスター。いよいよ実戦ですな?」


 アーサー・ペンドラゴン。

 聖剣・エクスカリバーを携えし、王にして騎士。

 洋の東西を問わず、知らぬものなどいない、伝説上屈指の英雄だ。


「これから屍霊術師(ネクロマンサー)の本拠地を叩く。昨日話した通り、マフディは生け捕りにしたい。それ以外の対応は任せる。」


「この剣にかけて、余が邪悪を討ち果たして見せましょうぞ。では、参る!」


 アーサー王は腰からエクスカリバーを抜き放ち、八双に近い構えから振り上げ、剣先が見えないほどの速度で振り下ろす。


 空気の塊が体を通り抜ける感覚の直後、閃光と爆音が鳴り響く。


 覆わず目をつぶってしまったが、気付けば鉄の門扉は跡形もなく吹き飛び、それどころか建物の躯体(くたい)がVの字に切り裂かれていた。


「お?思いのほか(もろ)かったですな。城壁くらいの強度はあるかと思いましたが。」


「誰がここまでやれと・・・まあいいや、マフディ、生きてるといいけど。」


 アーサー王は周りを気にもせず、まるで空爆にあったかのような建物の中に歩を進める。

 ・・・ちょっと人選を誤ったかな、なんて思いつつ、僕はそのあとをついていった。


 ◇  ◇  ◇


 建物の中は意外にも、初めから廃墟同然だった。

 破壊された本棚やデスクには10年以上前の日付の書類しかなく、場所によっては解体工事の準備が進められているような張り紙がされていた。


「マスター。どうやらこの下は空洞になっているようです。ぶち抜きますか?」


 アーサー王が床の一部を金属製の具足でコンコンと叩く。

 確かに、音の反響からすると下に空洞があるようだ。

 それに、ヘルハウンドの気配は真下から漂ってくる。


 だが・・・。


「建物を崩さないように穴をあけられるかい?生き埋めになるのはちょっと勘弁してほしい。」


「ぬ・・・。余は手加減が苦手でしてな。勢いあまってすべて埋め戻してしまうかもしれぬ。ランスロット当たりなら器用にやるのでしょうが。いっそ、皆殺しでよくないですか?」


 うん。人選を完全に誤ったかもしれない。

 このままではマフディを生かしたまま捕まえるのは難しいか。


 でも、アーサー王とランスロット卿って仲悪くなかったっけ?


「仕方がない。ランスロットを()ぶよ。・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()穿()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 ふわりと風が動き、バラ色の魔法陣と、たくさんの花びらをまといながら白銀の鎧に無骨な両手剣を携えた一人の美丈夫が舞い降りる。


「ふふん。相変わらず派手だな。余の妻、グィネヴィアもそうやって(たぶら)かしたのか。」


 アーサー王がニヤニヤしながら嫌味を言うが、ランスロット卿は顔色一つ変えない。


「マスター。ランスロット、御前にまかりこしましてございます。我が龍殺しの剣、アロンダイトに誓い、永遠の忠誠を捧げましょうぞ。」


 うん。永遠の忠誠なんていらないよ。

 召喚魔法はもっと勉強してからのほうがよかったかもしれない。

 それにこの2人、やっぱり相性が悪いのか?


「と、とりあえずこの床、()がしてくれないか?地下に敵がいると思うんだよ。生け捕りにしたいから丸ごと吹き飛ばすわけにもいかなくてさ。」


「お任せを。お二方。お下がりください。」


 そう言うとランスロット卿は、腰からすらりとアロンダイトを抜き放ち、音もなく床を切り裂いた。


 ホント、この2人は対照的だな。


 薄皮一枚残して切り裂かれた床を外し、僕たちは地下に降り立つ。

 地上と違い、照明と空調が動いているところを見ると、この施設は現在も使われているようだ。


 ・・・上の喧騒が全く聞こえない。

 会話も聞こえなくなるほどの音が、完全に止んでいる。

 そして、凍えるような寒さだ。


「マスター。ヘルハウンドの気配はこちらですね。」


 ランスロット卿が先頭を、アーサー王が殿(しんがり)を務め、地下施設を歩いていく。


 途中、いくつかの部屋を覗くが、いずれの部屋にも至る所に棺桶や死体袋が積まれていた。


「ふむ。まるでここは地下墓地(カタコンベ)のようですな。しかし、死者への敬意がまるでない。」


「ええ。我が君のおっしゃる通りです。戦士の魂を何だと思っているのか。」


 アーサー王の言葉に、ランスロット卿が同意する。


 長い廊下を進み、少し開けた部屋に出る。


 手術台・・・いや、工作台のようなものが並び、手術道具というよりもむしろ拷問道具に近い印象受ける器具と、()()ぎになった遺体、そして乱雑に捨てられた手足や胴体が異臭を放っていた。


「死臭で鼻が曲がりそうだ。やはりここがマフディの本拠地か。・・・ん?だれか来る。ちょっと隠れてくれ。」


 遺体を放り込んだ大きな箱の陰に、3人そろって身を隠す。

 ・・・アーサー王。そんなに堂々としてないで早く隠れろって。


「・・・おい!地上部分が粉々だ!何者かに襲撃を受けてるぞ!」


「くそ、遮音性が高すぎるのが仇になったな。まさか、誰も襲撃に気付かないとは。構わん、調整が終わったアンデッドをすべてたたき起こせ!ネズミをあぶりだすぞ!」


 数人の研究者のような恰好をした男たちが施設内を走り回っている。

 中には、明らかに魔法使いまたは魔術師とわかる格好をしている者もいる。


 さて・・・どうしたものか。

 アーサー王があそこまでおおざっぱだとは思わなかったから、あっさりと侵入がばれてしまった。

 初めからランスロット卿のみを召喚しておけばよかったか。


 物陰で次の手を考えていると、不意に暗闇から鈴が鳴るような声が響いた。


「もう、詰めが甘いわね。こっそりと侵入して途中から暴れるのはアリだけど、その逆はなかなかうまくいかないわ。それにしても、まさかアーサー王を召喚するなんて。やるじゃない。」


「ぬう!何奴!?」


「ちょ、ちょっと待って!・・・母さん、なんでこんなところに?」


 アーサー王がいきなり切りかかろうとしたので慌てて羽交い絞めにする。

 母さんのほうは・・・まったく慌てていない。


 ・・・よく見ると左薬指にある指輪と、少し形の違う自動詠唱機構(オートチャンター)に恐ろしいほどの魔力が流れ込んでいる。

 他にも、すさまじい数の術式が展開されているのがわかる。


 もしかしてアーサー王、もう少しで返り討ちにされてたんじゃないか?


「我が君よ。マスターが止めなければ今頃は細切れでしたぞ。ところで・・・『母さん』と仰いましたが、マスターの母君でございますか?」


「ああ、僕の母さんだ。アーサー王、くれぐれも攻撃しないように。何度も君を召喚するのも手間だからね。」


 ぬう、と唸りながら後ろに下がる彼をランスロット卿に任せ、なぜここにいるのかを母さんに聞くと、あっけらかんとした答えが返ってきた。


「デートの最中に女の子をほっぽり出して仕事に行く男はモテないわよ。あとは私が片付けておいてあげるから、今すぐ琴音さんに謝ってデートの続きに誘いなさい。」


 なぜそれを知っている。

 もしかして、()けられてた?


「今そんなこと言ってる場合じゃ・・・これが終わったら謝罪のメールを送っておくよ。そんなことより何でここに僕がいるってわかったのさ?」


「忘れたの?ヘルハウンドは私の眷属よ?彼が見てるものはすべて筒抜けよ。・・・それにしても、教会(肥溜め)は十二使徒の死亡と離脱だけで戦力が半減してるはずなのによく人手が続くわね。」


「そうだね。信徒数だってそれほど多くないだろうに、人手だけでなく資金についてもどこから出しているのか不思議だよ。」


 母さんの質問に答えながら、物陰をゆっくりと移動する。

 アーサー王とランスロット卿は、お互いのマントや鎧が施設内のガラクタに引っかからないよう、お互いの身体を引きあいながらついてきた。


 だが・・・妙に豪華なエクスカリバーの鞘が、水槽のようなものをゴツン、押す。

 それを見てランスロット卿が慌てて手を伸ばすが、すんでのところで間に合わず、水槽は床に落ちて砕け、盛大な音を奏でた。


「いたぞ!曲者だ!アンデッドを回せ!」


「2号B通路だ!北上してるぞ!3号C通路と1号A通路から挟み撃ちにしろ!」


 施設内を信徒たちの声が響き渡る。

 直後、雪崩のような唸り声が、施設内に響き渡る。


「あ~らら。ばれちゃったわね。どうせ根切りにするんだし、もう強行突破でいいんじゃない?」


 母さんはあまり気にしてないようだが、廊下の向こうには数十、いや数百を超えるアンデッドが迫っている。


「仕方がない!アーサー王!ランスロット卿!血路を開け!」


「「応!」」


 2人は素早く剣を抜き、アンデッドの大群に向かって走り出した。


 雪崩のように迫るアンデッドの大軍を切り払い、打ち倒し、騎士王と円卓の騎士は駆け抜けていく。


 彼らが通った後には、原形をとどめないほどに切り刻まれ、砕かれた死体が山のように積まれていた。


 気付けば、後ろから来るはずのアンデッドの気配がない。

 振り向くと、母さんがクスクスと笑いながら甲高い音立てるブレスレットを振りかざしていた。


「ホント、楽ね。さすが千弦さんだわ。魔法の詠唱、全部忘れちゃいそうだわ。これで連唱もできるといいのだけれど。」


 母さんの左腕にまかれた自動詠唱機構(オートチャンター)から、間断なく複数の音声が響き続けている。


 すべて魔法の詠唱だ。

 あれ、僕の単独多重詠唱魔法を上回る詠唱密度じゃないか。

 コマンド入力をしている様子もないし、それによく魔力と集中力が続くな・・・?


 驚いている間にも、恐ろしいまでの精度でアンデッドを細切れにしたうえで燃やしていく。

 消し炭どころか、灰も残らない。


「アーサー王!突き当りを右だ!ヘルハウンドの気配が近い!」


「承知!退け!雑兵ども!」


 突き当りを曲がり、車両が通過できそうなほど大きな扉を押し開けると、そこは体育館のような空間だった。


 ・・・窓から空が見えている?

 ここは半地下のような空間なのか。


 マフディはその中央に立ち、3つの白い布をかけられた子供のような何か・・・おそらくはアンデッドの前に立っていた。


「見つけたぞ。マフディ。お前には聞きたいことがたくさんある。おとなしくしてもらおうか。」


「フン。腕力と魔力しかない連中に俺が負けるかよ。・・・さて・・・これが何だかわかるかな?」


 マフディが合図すると、白い布が一斉に落ちる。


「くっ!ふざけるな!くそ野郎!」


「あひゃひゃひゃひゃ!その面を拝みたかったんだよ!さあ、殺してみろ!ほかのアンデッドと同じように、バッサリとなぁ!」


 マフディの前には、明らかに生きているとわかる子供たち・・・それも、見覚えのある子供たちが苦悶の表情を浮かべて立っていた。

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