20 朝 不安/名を間違えた襲撃者
遥香は本当にポンコツですね。
9月23日(月)
久神 遥香
千弦と和解したあと、両親に気づかれないよう自室に戻り、ベッドの上で一人思案に暮れる。
彼女に告げたとおり、教会の連中は琴音を魔女と断定し、襲撃を仕掛けた。
しかし、彼らはすでに自分たちの誤りに気づいたはずだ。
だが、何かがおかしい。
聖釘・・・それは教会にとって「絶対の証明」。
アレはそう言えるだけの材料でできている。
教会が信徒たちの亡骸で屍山血河を築いて作り出した結晶だ。
それを刺した状態で、もし魔女が魔法を使えたのなら?
教会の「権威」と「沽券」が崩れ去ることになる。
しかし、何か違和感がある。
のどに骨が刺さったような感覚に眠れないまま、朝を迎えた。
「遥香~。朝ご飯できてるわよ~。」
香織が階下から呼んでいる声が聞こえる。
「今すぐ行くよー。」
今日は文化祭二日目の予定であったが、教会の連中の襲撃のせいで中止になり、学校は休校となった。
夜通し現場検証が続いているらしく、明日以降も緊急連絡網や専用ホームページで授業再開を知らされるまでは登校できないらしい。
まあ、目撃者と現場にはしっかりと記憶干渉術式と痕跡除去術式は使わせてもらったけどな。
食卓につくと、すでに食べ始めている遙一郎と目が合う。
「おはよう。パパ。」
あ、今露骨に目をそらした!?
隣の席に着き、遙一郎の脛を軽く足で蹴飛ばすと、遙一郎は無言でテレビの電源をつけた。
「・・・こちら私立開明高校校門前から中継です。」
映し出されたのは見慣れ始めた校門。
「原因不明の体育館爆発から一夜明けましたが、現場はいまだ煙がくすぶっており、あたりには建物の破片が散乱しております。爆発に巻き込まれた女生徒が一人、破片で重傷を負ったという情報がありますが、警察からの発表はまだありません。また、爆発前に現場で不審者を目撃したとの情報が寄せられており・・・」
毎朝見ている校門前で、リポーターらしき女性がマイクを片手に手にテレビカメラに向かっている。
「遥香・・・これはどういうことかな?」
遙一郎がジト目で見ながら、小さな声で聞いてくる。
香織はまだキッチンにいるようだ。
「後で説明する。今日仕事は休みだったよな?」
「ああ、振替休日だ。メシ食ったら煙草を買いに行くからお前も付き合え。」
二人でひそひそと話していると、キッチンから暖簾をくぐり、香織がこちらに歩いてきた。
「二人で内緒話?私もまぜてくれないのかしら?」
「おはよう。ママ。パパがね、禁煙一か月でギブアップしたいんだって!」
「ちょっ!おま!いきなり母さんに言うなよ!」
ははは。でも煙草を買いに行くって言ったのは事実だ。
「あなた!会社の禁煙手当、支給されなくなったらお小遣い一万円減らすわよ!」
あれ、遙一郎って、結構な重役じゃなかったっけ?
「パパ。コンビニに飴でも買いに行こうよ。ついでに私にも何かスイーツ買って?」
「ぐ。分かったよ。後で公園前のコンビニまで付き合え。ったく現金なやつめ。」
「遥香。パパがこっそり煙草買わないように見張っててね!」
「ふふふ。まかせて。」
朝食を済ませ、遙一郎と連れ立ってコンビニへと歩いている途中、遙一郎が切り出した。
「おまえ、危ないこととかしてないよな?」
「体育館の事件は、原因は私ではないし、狙われたのも私ではないよ。」
「・・・今、事件といったな。犯人がいるということか?」
「ああ。教会の連中だ。私の敵とその対応については契約する前に話したよな?あと、奴らのターゲットになったのは同じクラスの琴音という少女だ。」
「そうか、お前とは関係ないならそれでいい。琴音っていうと文化祭で紹介された同じクラスの友達の子か・・・。ん?隣のクラスだったか?」
「どっちって・・・同じクラスの妹のほうだが・・・。全然違うだろ。分からないか?」
「いや、同じ顔してたじゃないか。双子だろ?」
遙一郎の言葉に、朝方まで感じていた違和感の原因がはっきりと分かった。
アチェリとか言った女児が口にした言葉・・・ナグモセンゲンとは、南雲千弦のことだったのか!
「しまった!狙われているのは千弦のほうだ!」
あわてて今来た道を戻ろうとすると、遙一郎に腕をつかまれた。
「おい!どこへ行く!自分から頭突っ込むつもりか!」
「悪い!香織にはうまいこと言っといてくれ!」
「くそっ。そういう契約だから仕方がないが、香織だけは巻き込むなよ!」
「術式束53,157発動!」
遙一郎の手を振り払い、複数の強化術式と認識阻害術式の出力を限界まで高めた後、長距離跳躍魔法の詠唱を開始する。
「勇壮たる風よ!汝が翼を今ひと時我に貸し与え給え!」
この時間なら、千弦は琴音の入院している病院にいるはずだ。
私は縋る神などいないにもかかわらず、何事もないことを祈りながら、全速力で彼女たちがいるはずの大学病院に向かって風を切った。
通常、術式は紙や石、または木の板に刻んで魔力を流し込み、魔法の呪文を詠唱したのと同じ効果を得ることを目的として作られており、ちょうどマニ車のような原理で動いています。
この世界では、魔力を全く持たない人のために魔力バッテリーや電気から魔力に変換する装置などを含めることもあります。
しかし、術式を刻むのは、実は人体や霊体でも良く、魔女は霊体に直接刻んでいます。
また、魔女が使う術式束とは、一度に複数の術式を起動するために術式を自分の霊体に直接刻んで、同時に起動するときにパッケージ化し、魔力を流すという非常識なやり方をしています。
複数の術式にそれぞれ素数を割り振り、起動ワードはその積を用いています。ですので、2と3と5の番号を割り振られた術式を起動するときは、2×3×5=30、つまり「術式束30発動!」となるわけですね。
大変効率的で便利な方法ですが、普通の人がそれをしないのは、一度刻んだ術式は外せないのと、霊体の容量を超えるほど刻むと廃人になってしまうからですけどね。