198 母の想い/千弦の策略
すでにお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、開明高校は実在する中高一貫校をモデルにしています。
その高校は男子校ですが、筆者としては男女共学だったらよかったな、なんて思います。
まあ、あの高校の運動会は結構有名ですが、女子生徒を参加させるのは無理かも知れませんが。
南雲 琴音
5月11日(日)
私立開明高校 第2グラウンド
開会式は午前7時10分という、やたらと早い時間に始まり、恒例の短い講話を校長が述べる。
なんやかんやで来賓の挨拶が終わり、8時10分から中学3年の俵取り、9時から中学1年の馬上鉢巻き取りが行われた。
10時55分から高校2年の棒倒しが始まる直前で、早速大ケガをした生徒が出たという報告を受け、救護所のテントに走る。
なんというか・・・
我が校の運動会は完全にお祭り騒ぎだ。
優勝した組は歓喜の声を上げ、ドッカンドッカンという擬音がふさわしいほどの足踏みをして鬨の声を上げる。
敗退した組は、まるで本当の戦争に負けたかのように泣き、応援団長が土下座する。
そんな熱気の中、私は救護所のベッドの上に横たわる生徒たちに、消毒やら包帯やらに隠れて片っ端から回復治癒魔法をかけ続けていた。
「・・・ふう。これで応急処置はおしまい。このまま病院に搬送して。次!」
ウチの高校でケガをした生徒は巣鴨にある帝国医大病院に搬送されることになっているが、毎年結構な人数が出ることから、専用車を学校側が用意している。
「コトねん、そろそろ紫組の出番だよ。あたし、先に行って準備してるから。」
一緒に保健委員で対応してくれている咲間さんが、紫の鉢巻きを巻いて席を立つ。
「うん、ここの片付けを済ませたらすぐ向かうよ。」
そういえば、先ほどお父さんとお母さんが紫組の桟敷の横に二号さんを連れてきてたっけ。
咲間さんは遥香の姿をした二号さんを見て、感極まって抱き着いていたっけな。
なんで姉さんは二号さんを呼んだのか分からなかったけど、咲間さんに会わせるためだったのか。
・・・じゃあ、代休なんだから明日でもよかったんじゃ?
二号さんは高2の棒倒しを見てから、お母さんが作ってくれた二号さん専用のお弁当を食べてから帰るって言ってたっけ。
二号さん専用のお弁当・・・何が入っているのかちょっと気になるところだけど、まあ、喜んでくれるなら良しとしよう。
片付けを終えて救護所のテントから出ようとしたとき、すれ違いざまに養護教諭の脇坂先生が2組の担任の三先生と一緒に入ってきた。
「あ、南雲さん。松橋重工開明会の来賓が見学に来てるんだけど・・・案内を任せられるかな?」
「え?私は今から担当する学年が出場するので応援に行かなきゃならないんですが・・・姉さんなら中2係で午後が担当だから呼んできましょうか?」
っていうか来賓の対応なんて生徒がやるもんじゃないでしょう?
「助かるよ。じゃあ、救護所のベンチで待っていてもらおうか。どうぞ、久神さん。こちらでお待ちください。」
「ああ。それにしても、卒業してからずいぶん経つのにこの熱気は変わらないね。娘が生きていたらぜひともこの高校に入学させたかったんだが・・・遥香はそれほど勉強ができなかったからな。無理な話か。」
「あら・・・あなた、この間の・・・遥香の元同級生の・・・じゃあ、大谷南中から開明高校に合格したの?それとも・・・舎人南小かしら?すごく頑張ったのね。」
・・・うおぉぉぉい!?
遙一郎さん!?
なんでこんなところにいるのよ!?
それに香織さんまで!
「ようい・・・久神さん、でしたっけ。開明高校の卒業生・・・なんですね。」
「ん?君は・・・どこかで会ったことがあったかな?香織、知り合いかい?」
「いえ・・・案内できる人間を探してきます。このままお待ちください。」
大変なことになった。
二号さんはまだ第2グラウンドにいるはず。
この時間なら白組の桟敷の横あたりだろうか。
久神さんと二号さんが鉢合わせしたら大変なことになる。
二号さんには同じくらいの体格の、別の女の子にでも変身してもらわなければ!
最悪、姉さんに言って送還しなければならない。
◇ ◇ ◇
あわててテントを飛び出し、白組の桟敷の横に向かって走ると、ちょっと手前で姉さんの姿を見つけることができた。
「姉さん!た、大変なことになったの!久神さんが、遙一郎さんと香織さんが!」
「あ、琴音。父さんたち見なかった?母さんが桟敷の木材のトゲでケガしちゃってさ。救護所に絆創膏をもらいに行ったと思うんだけど。せっかくだから回復治癒魔法で治しちゃってよ。」
姉さんは応援団の学ランにタスキを付けた恰好をしている。
その隣には、チアダンス用のポンポンを手に、セーラー服を着せられ、きれいに化粧までされた理君の姿が・・・。
うわ、結構かわいいな。
いや、そんなことはどうでもいい。
「まさか!二号さんも一緒だったりしないよね!?」
「え?・・・そりゃあ、一緒に決まってるじゃない。遥香の恰好なんだからこんな野獣どもの中には置いとけないわよ。・・・どしたの?」
・・・おわった。
「遙一郎さんと香織さんが来賓できてるのよ!今、救護所のベンチで案内できる生徒を待って座ってるのよ!そんなところに遥香の姿をした二号さんなんかが現れたりしたら!香織さんが、死んだはずの娘の姿なんて見たりしたら・・・。」
「行くよ!理君は応援続けて!琴音は遥香のスマホにその内容を送信!無理でも仄香を呼び出して!タルタロスの深淵に・・・」
姉さんは一瞬で状況を判断し、走りながら何かをつぶやいている。
これは・・・強制睡眠魔法?
すごく思い切りが早いな!?
それに、タスキの中に魔力貯蔵装置?
なんでそんな準備がいいの?
「ちょ、ちょっと待って!走ってきたばかりで、足が・・・。」
慌てて姉さんの後を追い、足をもつれさせながら救護所のテントへ駆け込む。
その瞬間、かなり強めの魔力波動がテントからあふれ出す。
そこには泣きながら二号さんに抱き着いたままで意識を失った香織さんと、イスに座ったまま眠っている脇坂先生、ベンチの横に崩れ落ちるようにして眠っている遙一郎さん、そして何が何だか分からないという顔をしているお父さんとお母さんがいた。
「エェ・・・なんでこんな事に・・・ボク、何か悪いことシマシタカネ・・・?」
眠ったままでもその手を放そうとしない香織さんに、二号さんは遥香の顔で心底困ったように情けない声を上げていた。
ああ、抗魔力増幅機構があるからお父さんとお母さんは大丈夫だったのね。
そして、なぜか姉さんは会心の笑みを浮かべてガッツポーズをしていたよ。
◇ ◇ ◇
結局、高校2年の棒倒しの応援には参加できなかった。
電磁熱光学迷彩術式をかけ、お父さんとお母さんに協力してもらって遙一郎さんと香織さんを救護所から運び出し、運動会の最中は使われていない手品部の部室に運んでもらう。
脇坂先生には解呪をかけておいたからいいとして、これからどうしようか。
「琴音。遥香と仄香には連絡できた?」
「あ、うん。今LINE送ったところ。でも何か忙しいみたいで、すぐには来れないって。なんか、オリビアさんとジェーン・ドゥが大ケガしたみたいで、それとマーリーとかいう人の移送?にかなりの手間がかかってるとかで・・・。」
「全ての元凶が説明をしてくれなきゃ、誰も納得できないっつうの。無理にでも呼び出して。さて・・・どうしようか。私も昼休み明けにはすぐに中2の綱取りがあるし・・・。」
私は自分の担当の高2の応援ができなかったんですけどね。
でもまあ、無理にでも呼び出すっていうのには賛成だ。
「アノ・・・ボクはどうすればいいんデショウ?」
「二号さんは誰か他の女の子に変身して。それとも送還したほうがいい?」
私がそう言うと、二号さんはすぐに困ったような声を上げた。
「アノ・・・非常に申し上げニクイんデスガ・・・。強制睡眠魔法だけを解呪することは不可能デシテ・・・たぶん洗脳魔法も解けてしまうカト。もはや誤魔化しようがないとイウカ・・・ソレに香織サン、妊娠してるんで、ボクがいきなりいなくナルト、ショックで良くないとイウカ・・・。」
う~ん。
困った。
どうすればいいってのよ。
・・・姉さん?なんでそこで「計画通り!」みたいな顔をしてるのよ?
◇ ◇ ◇
久神 香織
今日は遙一郎さんと2人で彼の母校である開明高校の運動会を見学することになった。
松橋重工では開明高校の卒業生たちが松橋重工開明会という高校のОB会を作り、時々飲み会やゴルフコンペなどを開催しているらしい。
「香織、身体の調子は大丈夫かい?あまり無理をしてはいけないよ。・・・そうだ。案内をしてもらう前に救護所の様子だけ確認しておこうか。」
来賓席を立ち、遙一郎さんがかつて所属していた紫組・・・1組を見学する前に、救護所へと足を運ぶと、そこには1か月ほど前に遥香にお線香をあげに来てくれた琴音さんが、紫色の鉢巻きをして医薬品などの片付けをしていた。
「あら・・・あなた、この間の・・・遥香の元同級生の・・・じゃあ、大谷南中から開明高校に合格したの?それとも・・・舎人南小かしら?すごく頑張ったのね。」
彼女は遥香の同級生だと言っていた。
遥香がアメリカで通っていたハイスクールには、遥香と同時に日本に戻った生徒はいなかった。
ということは、中学か小学校で同級生だったのだろうか。
だけど、彼女は遥香の姿をまるで写真のように描いたのだ。
きっと親友だったに違いない。
琴音さんは二言三言、遙一郎さんと言葉を交わした後、誰か案内ができる生徒を探しに出て行ってしまった。
彼女は保健委員の腕章をつけていた。
忙しいのに申し訳ないことをしてしまった。
養護教諭の脇坂という年配の女性教諭に促され、ベンチに腰掛けて待っていると、救護所のテントの入り口から生徒の保護者と思われる男性の声が聞こえた。
「すみません、妻が桟敷の木材で手を切ってしまって。絆創膏か何か頂けたらと・・・。」
桟敷・・・ああ、各組の生徒たちが乗って応援する傾斜状の足場の事か。
グラウンドを取り囲むように8つ設置されたそれは、各組を象徴する手書きのイラストが掲げられていて見事なものではあったけど、仮設で作られたものだから木材の端の処理などされていなかったのか。
「もしよろしければお手伝いいたしましょうか?」
ケガ人がいるのに来賓の私たちがベンチを占領しているのは気が引けると思い、そう言って席を立った、その瞬間だった。
「ママさん。ボク、琴音サンを探してきマショウカ?」
少し舌足らずだけど、鈴が鳴るような声。
遙一郎さんの母親、叶多さんによく似た目の形。
去年のホワイトデーに、永遠に失ったと思っていたあの子が、遥香があの時と変わらない姿で・・・いや、ほんの少しだけ成長した姿でそこに立っていた。
「あ、あ・・・遥香・・・遥香!会いたかった!」
思わずその身体に縋りついてしまう。
「ゲッ。ナンデこんなところニ!」
遥香が何かを言っているが、何て言っているのかわからない。
反射的にさらに強く抱きしめてしまうが、あの子のにおいが鼻腔を満たしていく。
「・・・二号ちゃん?お知り合い?・・・ええと・・・どちら様?」
にごう?二郷?・・・とにかく、他人の空似なんて、ありえない。
私の娘は、どこかにそっくりな子がいるはずがないほど、可愛いの。
遥香は子供のころから、芸能関係の人間に毎年10回以上スカウトされるほど、可愛いのよ!
「・・・エエト、これは話すと長くナルというか、非常に説明が難しいとイウカ・・・。」
胸の中に抱きしめた私の娘は、自分が遥香ではないとも否定しない。
もう、この手を放さない。
そう決めた瞬間。
視界の端に琴音さん・・・が2人いる?
不思議に感じる暇もなく、私の意識は暗転した。
◇ ◇ ◇
私は、ほんの少しの時間だけ眠っていたらしい。
手品の道具が置かれた部室のようなところで目を覚まし、あわてて腕時計を確認したが、あれから1時間は経過していないようだった。
「大丈夫ですか?貧血で倒れたみたいですよ。・・・救護所がいっぱいになりそうだったので、移動させていただきました。まだ起き上がらなくていいですよ。」
遥香の似顔絵を描いてくれた、南雲琴音という少女が心配そうに覗き込んでいる。
同じように遙一郎さんが私の顔を覗き込んでいる。
「遥香は・・・遥香はどこに?あの子が生きていたのよ。お葬式も、火葬も、お墓も、みんな嘘だったのよ。どこ!?遥香はどこ!?」
「香織。今すべてを説明できる人間がこちらに向かっているそうだ。・・・仄香め。勝手なことを。一言くらい相談してくれてもいいだろうに。」
遙一郎さんは何かをつぶやいているが、関係なく誰かに蓋をされていたような記憶が押し寄せてくる。
「言わんこっちゃナイデス。マスター・・・じゃナカッタ、すぐに仄香サンを呼び出せたのが不幸中の幸いデシタネ。というか、なんでボク、千弦さんに褒められたんデショウ?」
琴音さんと同じ顔をした少女が舌足らずな声で答える。
胸のゼッケンには、南雲千弦とその名がある。
双子・・・だったのだろうか。
「遥香は・・・どこにいるの?あの子を・・・失いたくはなかった。あの子は・・・私のすべてだった・・・。」
この記憶はすべて幻、だったのだろうか。
もし神がいるとするならば、それはこれほど残酷な幻を見せても許される存在なのだろうか。
あまりにも酷薄な現実が押し寄せてきて、胸が張り裂けそうになったその瞬間・・・部室のドアが勢いよく開いて、誰かが飛び込んできた。
「ママ!私は生きてるよ!ママ!ごめんなさい!全部、全部話すから!」
私の胸元に飛び込んできたのは幻でも何でもない、遥香・・・命より大事な私の愛娘だった。
◇ ◇ ◇
仄香
10分ほど前
玉山でオリビアとジェーン・ドゥの身体の修復が終わり、吉備津彦とアマリナの協力で自称聖女の身体を玉山に移送している最中の事だった。
《あれ?琴音ちゃんから電話だ。仄香さん、ちょっと出てくれる?》
「ええ。・・・はい、仄香です。」
『もしもし、大変なことになったわよ!今、二号さんが遥香の姿で運動会に来てるんだけど。遙一郎さんが香織さんと来賓として見学に来てて。二号さんと鉢合わせしちゃった!姉さんが強制睡眠魔法で眠らせたけど、これから解呪するから今すぐ来て何とかして!』
突然何を言っているんだ?
確かにあの高校は遙一郎の母校だし、私の知識に目を付けた彼が転入させたのだからよく知っているが・・・わざわざシェイプシフターが遥香の姿になって?2100人も生徒がいる中で鉢合わせした?
それ、絶対にわざとじゃないか?
「今すぐって・・・何のために遥香さんの身辺を整理したと思ってるんですか。教会に遥香さんと私のことが知られたら、遙一郎さんや香織さんだけでなくあなたたちも危ないんですよ?」
『姉さんが使った強制睡眠魔法を解呪すると、仄香の洗脳魔法まで解呪しちゃうのよ。もはや言い逃れはできないわ!再洗脳をするにしても、言い訳をするにしても、こっちに来ないと始まらないんじゃない?』
解呪は、その対象にかかっている魔法・魔術的効果をすべて消失させることはできるが、選択して消失させることはできない。
というか、琴音のやつ、いつの間に解呪ができるようになったんだ?
それに、私の洗脳魔法を解呪するためには私の抗魔力を上回るのが絶対条件のはずなんだが・・・?
「・・・分かりました。そちらに向かいます。香織さんは今、どこにいますか?」
『手品部の部室に運んであるわ。遙一郎さんと一緒よ。』
「では、今すぐに向かいます。・・・遥香さん。今から開明高校に戻ります。」
《え・・・本当に?ママやパパ、琴音ちゃんや千弦ちゃんに会えるの?》
受話器から一瞬耳を離し、遥香にそう伝えると花のような気配が広がった。
やはり、そろそろ限界だったのだろうか。
「・・・では手品部の部室で。」
通話を終了し、制服に手早く着替える。
完全に予定が狂ってしまった。
何のことはない。
あの双子にあった時から私の運勢はその流れを大きく変えてしまったのだ。
自分一人ですべてを決められる状況ではなくなっているのだな。
だが・・・不思議と悪い気分ではない。
杖の中では遥香が感極まって涙を流している。
もう、潮時なのかもしれないな。
「オリビア。ちょっと出かけてきます。病み上がりなんだからトレーニングはほどほどに。・・・リリス。修復したてで悪いけど、ついてきてください。説明にはジェーン・ドゥの身体もあったほうがいいでしょう。」
「え?こんなのトレーニングじゃないよ。私もついていこうか?」
オリビア。さっきから見ていたけど、負荷スクワットを始めてからもう2時間になるぞ。
それとバーベルをダンベルみたいに持つな。
息が切れるどころか、汗もかいてないし。
さて・・・どこまで洗脳を解くか。
すでに解けてしまった部分は仕方がないとして、教会には絶対にバレないようにしなければなるまい。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
手品部 部室前廊下
すべては、計画通りに事が運んだ。
この計画を最初に思い付いたのは、図書室に併設された資料保管庫で、遙一郎さんが第121代紫組応援団長であることを知った瞬間だ。
運動会準備委員会の時岡君が、図書委員である理君に今年の来賓を招待するために各組の過去の運動会パンフレットの確認を依頼していたらしいのだが・・・。
運がよかったとしか言いようがない。
たまたまその日、久しぶりのデートの約束をしていたのだ。
それなのに時岡君のせいで図書室デートになっちゃって、私がブーブー言いながらも手伝う羽目になっちゃったんだよね。
遙一郎さんの名前と写真を見つけたときは驚いたよ。
でも、妙に納得もしたんだよね。
遙一郎さんを来賓として招待する手筈は、運動会準備委員会の時岡君がうまいことやってくれた。
去年は第120代黒組応援団長を招待したから、今年は第121代紫組応援団長を招待しても何ら不自然さはない。
ふふん。友人の伝手はこうやって使うべきだね。
みごと、私の目論見にハマった香織さんと遥香の声が部室の中から聞こえる。
「ママ!私は生きてるよ!ママ!ごめんなさい!全部、全部話すから!」
「ああ、遥香!やっぱり生きていてくれた!夢じゃない、幻じゃないのね!」
まさに、感動の再会というやつだ。
この感動が私によって仕組まれたものだとバレたら・・・うん。開き直ってやろう。
でも自分から言うつもりもないけどね。
「さて・・・仄香。いや、その姿だとジェーン・ドゥと呼んだほうがいいかな?どういうことか、説明してもらおうか。・・・あの時、魔力に還元したはずのその身体のことも含めてな。」
「・・・ふう。まったく予期しないことが次から次へと起きるものね。まあ、遥香自身の精神状態もそろそろ限界だったから仕方がないかしら。香織さんにどこまで話すか、まずはそこからね。遙一郎。とりあえず廊下に出ましょうか。」
部室の中からジェーン・ドゥの身体に入った仄香が遙一郎さんを連れて出てきた。
・・・うわ、遙一郎さん、無茶苦茶怒ってるし。
ま、私たちに何も説明しなかった仄香が一番悪い。
ついでに私も文句を言っておこう。
もう少しで自分の頭を銃で撃ち抜くところだったんだから、それくらい許されるよね。
あ。中2の応援は二号さんに任せておけばいいか。
◇ ◇ ◇
香織さんと遥香は手品部の部室の中で随分と長い間、話し続けていたけど、廊下では比較的早い段階で話がまとまったようだ。
私もしっかりと洗脳魔法のせいで死にそうだったことについての文句を言っておいたよ。
遙一郎さんは最初のうちはかなり怒っていたみたいだけど、仄香の判断が遙一郎さんや香織さん、そして遥香を守るためにやむを得ない判断だったということ、そして教会という存在が非常に危険であることについて、理解してくれたみたいだ。
「大体のことは分かった。その教会とやらについてもな。だが・・・娘の大事な高校生活を犠牲にすることはできる限り避けたい。・・・お前の魔法で何とかならんのか。」
「私の力は万能ではないわ。これまで通り遥香は死んでいたことにしておいて、教会を殲滅した後、洗脳を解いて高校に戻すのが関の山ね。遥香とも話し合ったんだけど。学生生活に両親と弟の命は代えられないって言っていたわ。」
「そうか・・・遥香の判断でもあるのか。」
まあ、常識的に考えればそうなるよね。
キリスト教やイスラム教ほどしっかりした宗教でなくとも、一つの宗教を敵に回して犠牲なしで勝てるほど仄香は万能ではないということか。
でも、仄香は大事なことを忘れている。
・・・そろそろ来る頃だ。
せいぜい驚いてもらおうか。
「仄香。もしかして自分の力だけですべてを守ろうとしてない?誰かに頼ることって、選択肢に入ってないの?」
「千弦さん。それはどういう・・・。」
仄香の言葉を遮るように、廊下の角から老齢の男性の声が聞こえた。
「お、いたいた!何年ぶりかな?身体を乗り換えたって聞いてたけど、前のままじゃないか。久しぶりだね、ジェーン。」
仄香が振り向くと、そこには白髪になったロシア系の男性が、同じく白髪になったアメリカ系の女性と一緒に立っていた。
その後ろには宗一郎伯父さん、そして師匠・・・健治郎叔父さんが立っている。
「ジェーンったら私たちに洗脳魔法をかけるのを忘れていたでしょ?それとも初めからかけるつもりがなかったのかしら?おかげで日本旅行を楽しむ羽目になっちゃったわ。」
「・・・ボリス。それからリザも。それと・・・宗一郎さん?健治郎さんも!」
「久神先輩、お久しぶりです。娘さんのことは年末年始のスキー旅行の時に聞いていました。弟の健治郎と2人、お力になりますよ。」
「兄貴。俺は遥香さんが魔女であることは知っていたけど、依り代側の魂が残っているなんて知らなかったよ。・・・なるほど、俺たちの力が必要になるわけだ。クソ親父にも気合を入れさせようって兄貴が言うわけだな。」
素晴らしいタイミングだ。
こんなこともあろうかと、みんなにも声をかけておいたのだ。
私がニンマリとしていると、ボリスさんはカバンから封筒を一つ取り出す。
・・・ハクトウワシに紅白のストライプス・・・。
うひゃっ!?
アメリカ合衆国の国章じゃん!?
「ジェーン。ほらよ。昨日のうちに大使館に寄っておいたのさ。国防総省と国務省からだよ。日本国内については日本政府と日本軍に任せるけど、国外、特に東側国家についての対応は合衆国陸・海・空軍、そして海兵隊が全面的にバックアップするって。今、各所から特別機がこっちに向かってるってさ。」
・・・うわぁ。
いつの間にかとんでもなく話が大きくなってる。
「あら?NASAも情報収集衛星をハルカの家にフォーカスするって言ってわよ。これでも彼女がハイスクールに通うのに反対なのかしら?」
うわ・・・情報収集ってか、偵察衛星を使ってまで護衛するって・・・。
「全部、そこにいる千弦さんが声をかけてくれたんだ。ハハハッ。将来は大物政治家かな?こりゃ、日本は安泰だな。」
ボリスさん!もうこれ以上ハードルを上げないで!
「そういうことだ。すでに親父に声をかけてある。その気になればいくらでも協力してくれる人間なんて集まるさ。」
師匠!そのカバンから出した封筒、なんで国防省の名前が入ってるの!?
五七桐花紋って!日本の国章じゃない!?
え?え!?
「みんなありがとう。・・・そうね。いつまでも私一人の力だけで何とかしようとするのは間違えていたのね。千弦さん。ありがとう。感謝するわ。」
涙ぐむ仄香を囲み、錚々たる面々が協力を誓う中で、私は一人、途方に暮れていた。
・・・恐ろしい勢いで大風呂敷が勝手に広がっていくことに。