197 魔女の辛勝/戦い終わって
三条 満里奈
確かに魔女を殺した。
オリビアのせいで封殺できなかったのは痛恨に極みだが、首と胴体がちぎれて・・・いや、胸そのものを失った状態で生きていられるはずがない。
先ほどクラリッサのゴーレムが遺体袋に収めた死体は、首と両腕、そして腹から下しか残っていなかった。
魔女は自分の子孫のうち、同年代の少女に憑依する。
それも、必ず亡くなったばかりの少女の新鮮な遺体に限定されるはずだ。
では、あの光の柱とともに現れた、この少女はなんだ。
やや低い身長に、長く輝くように艶やかな黒髪と、透きとおるような白い肌、形の整った鼻、揃ったまつ毛と切れ長の目。
ふっくらとした唇は紅を引いたように鮮やかで、頬は薄く朱が差している。
同性、いや、魔族でも庇護欲をそそられるような容姿に、背筋が凍りつくような莫大な魔力と、射貫かれるような殺意を秘めている!
これぞ、まさしく魔女と呼ぶにふさわしい存在だ。
先ほどの少女など、贋い物と言っても過言ではない。
「まさか、魔女が影武者を?・・・そんな馬鹿な。」
今はそんなことを考えている暇などない。
準備に準備を重ねて行った対策は、オリビアが、そしてあの8本足の馬が、台無しにした。
耳につけていたインカムは、一度耳障りな音を立てたきり、一切の反応がない。
マイタロステには、ダゲスタン陸軍とソ連地上軍の中隊がいるというのに、無線で支援射撃を要請することもできない。
・・・電磁パルス攻撃?
そういえば、腕時計も、スマホも反応がない。
瑞宝とクラリッサは?
あの鎧武者、なにか、非常にまずい予感がする。
だが・・・敵4体のうち3体がこちらに集中している。
助けに行く余裕などない。
私に、彼らを倒せるか?
素早く護身用の細剣を抜き放つ。
かつてゴルドに作らせた鋼と魔導銀合金の折り返し鍛造の逸品だが、気休めにしかならない。
向こうでは瑞宝とクラリッサが、鬼神のような強さの鎧武者に追い詰められている。
ポケットの中の命の対貨を握りしめ、起動信号を送るも、緊急離脱の機能が完全に無効化されている。
これでは長距離の転移による脱出ができない。
コインの持つ防壁機能は、馬と槍男のせいでガリガリと削られている。
このままでは、マズい。
「自称聖女。おとなしく・・・しなくてもいいわね。せいぜいあがきなさい。・・・四百連唱、風よ、歌え!そして押し砕け!千連唱!闇よ!暗きより這い寄りて影を食め!二千連唱!雷よ!天降りて千丈の彼方を打ち砕け!」
刹那、殺到する風の刃、大地を埋め尽くす闇、そして視界を埋め尽くす青白い雷光のビジョンが頭に浮かぶ。
この女!味方がいるところ以外、すべて攻撃魔法で埋め尽くしてきやがった!
「くぅっ!魔法で飽和攻撃なんて!」
反射的に転移する。それも、上空にしか逃げ場がない!
連続で転移を行い、攻撃魔法の効果範囲外へ向かうが間に合わない!
「風よ!万里を駆ける強き翼よ!汝が叫びで悪しき砦を打ち砕け!」
大地からは闇が噴き出し、その上を雷光と豪風が荒れ狂う。
まるで出来の悪い映画の中の地獄のようだ。
風の刃を打ち出す反動で、何とか攻撃魔法の射程外にぎりぎり降り立つ。
だが、次の瞬間、槍男が頭の上から槍を振り下ろすビジョンが浮かぶ。
そして正面にいるのは八足馬。
「ちぃっ!全能の空の王よ!単眼の巨人が鍛えし雷槍を振るう雷神よ!願わくば汝の雷で彼の者を打ち据え給え!」
掌から出た雷撃が八足馬を打ち据える。
その影から槍男が躍り出て、穂先をこちらに向けて突っ込んでくる。
くそ!息継ぎをしている暇がない!
ならば・・・やりたくはなかったが仕方がない。
私の転移は、転移先に十分な空間がないと押し戻される。
だが、それでも魔法と併用して無理やり転移させると、そこにあるものを押しのけて転移する。
つまりは、攻撃の手段足りうる。
だが・・・恐ろしく消耗が大きい。
それこそ、数発撃っただけで数日は起き上がれなくなる。
しかしこのままでは・・・!
逡巡している間にも、槍男が迫る。
ならば!
素早く足元のガラス片を拾い、振りかざしながら詠唱を行う。
「夜の三叉を分かちし冥府の女神よ!汝が影を開き、虚ろをつなぐ門となせ!」
目の前に開いた黒い門に力いっぱいガラス片を叩き込む。
破片が刺さって、指から血がしたたり落ちる。
押し戻そうとする力、逆流する魔力の流れに耐えて、黒い門を閉じたとき、ドサリ、と槍男が倒れる音がした。
◇ ◇ ◇
仄香
自称聖女をクー・フーリンとスレイプニルに任せ、オリビアの応急処置を行う。
・・・ひどいものだ。両膝の皿が砕かれ、引き抜かれている。
片側の乳房は炭化するほど燃やされ、右頬は剥ぎ取られて奥歯までもが丸見えだ。
背中は・・・背骨が叩き潰されている。
医学的な手法はおろか、通常の回復治癒魔法や回復治癒呪では絶対に完治は望めない。
蛹化術式で治すしかない。・・・だが、残念ながら質量が足りない。
いっそのこと、ジェーン・ドゥの身体をあきらめてオリビアの血肉にしてしまおうか。
「・・・ほのははん。ふしはっはんは。ひゃんのははひ、うへなはっはよ。」
・・・驚いた。
どれほどの精神力をしているのか。
この状態でなお、意識を取り戻すとは。
「オリビア。少し待っていなさい。幸い、ここには人間1人分の材料がある。すぐに蛹化術式で元通りにしてあげるから。痛いでしょう?今麻酔をかけるわ。」
「はめは!あんは、はさはふぇーんはんのにふほふはいひひゃ?」
「だって、ほかには肉がないでしょう?大丈夫、魂はないから混ざったりしないわ。」
「ほうひゃない!はるははんほひょうはいのまへにははへるのは!?」
遥香を、教会の前に立たせる・・・。
オリビアにそう言われ、はっと気付く。
そうだ。遥香を、日常に戻せなくなる。
ならばなおさら、こいつらを殺さないと。
「オリビア、少し体重が減るけど我慢して。応急処置と・・・胸から上だけ治しておくわ。」
「ん・・・くぅぅぅぅ!はあぁぁ、生き返った。私のことは放っておいていい。最悪、見殺しにしても構わない。仄香さん、自分の目的を見失わないで。」
応急処置的に全身の状態を整え、自称聖女のほうを振り返った時だった。
吉備津彦が瑞宝の首を手に大太刀を振るって血を振り落としているのと、スレイプニル、クー・フーリンの2体が崩れ落ちるのが同時に見えた。
◇ ◇ ◇
驚いた。
クー・フーリンとスレイプニルを倒した、だと?
吉備津彦が瑞宝の首を放り出し、大太刀を脇構えにして自称聖女と相対している。
「マスター。その女、転移を攻撃に使うようです。・・・あの3人を喚んでもらえますか。」
「ええ。来たれ!犬飼健!楽々森彦!豊玉臣!」
全自動詠唱機構の力を使い、一気に3人を喚びだす。
通常であれば長々と召喚魔法の詠唱を行わなければならないが、召喚魔法は連唱する必要がないから全自動詠唱機構だけで用が済んでしまう。
光の粒子とともに3人は完全武装で現れ、それぞれの得物を抜き放つ。
「瑞宝・・・クラリッサ。おのれ!私の友人をよくも!」
「それがどうした!お前は他人の友人を何人奪ってきた!」
自称聖女が吠え、私は間髪入れず吠え返す。
目にもとまらぬ速さで楽々森彦が襲い掛かり、自称聖女はすぐさま転移する。
犬飼健は人間をはるかに上回る速度で自称聖女が現れるであろう位置に向かって斧槍を振るうが当たらない。
「犬飼!楽々森!転移直後を狙え!豊玉は転移先をつぶせ!全員立ち止まるな!転移の攻撃が来るぞ!」
吉備津彦は素早く状況を理解し、3人に指示を飛ばす。
「「応!」」
私は4人に息を合わせ、魔法で大地を耕して片っ端から足場を奪っていく。
豊玉臣は自称聖女が転移してくることができる足場のあるところに矢の雨を降らせるが、奴が未来予知に瞬間移動を重ねているため、矢を当てることができない。
しかし、転移先の選択肢を狭め、残りの2か所は犬飼健、楽々森彦が、そして残りの3割を吉備津彦が、5割を私が攻撃する。
楽々森は、自称聖女の姿が現れた瞬間、一瞬でその眼前に迫り、2本の刃を振るう。
結果、転移を休む暇を一切与えない。
犬飼健は斧槍を振るい、転移してきた空間ごと撫で斬りにする。
結果、転移後すぐに防御を行わなければならず、自称聖女の攻撃の手が止まる。
吉備津彦については、そもそもその間合いに入れない。
大太刀は衝撃波を伴い、間合いに入ろうものなら刃が当たらなくても肺がつぶれる。
そして私は残りの空間に対し、致死レベルの攻撃魔法をばらまき続ける。
「ええい!ちょこまかと!」
・・・たいしたものだ。
数回、細剣で楽々森彦と打ち合い、犬飼健の斧槍をいなしていたが、剣術の腕もそれなりのようだ。
「もう!転移攻撃が定まらない!この猪武者ども!」
自称聖女が毒づく。
「クソ!当たらん!この女、相当ヤるぞ!」
楽々森彦が驚嘆の声を上げる。
「・・・そのまま続けてください!発動遅延、セット・ワン。万物の礎にして万象を遡るものよ。速き理に縛られぬ第四階梯第一逆位の根源精霊よ。我は虚ろなる歌声を以て大いなる流れに逆らい明日より汝を誘う者なり。立ち止まることを知らぬ根源精霊よ。我が過ぎ去りし日は汝が未来なり。なれば、汝の道を我が示さん。その遥かなる未知の力を振るい、我が悔恨の敵を討ち砕け!・・・ぐっ!?」
・・・発動遅延詠唱で根源精霊魔法をストックするのは初めてだが、これほど負担がかかるものなのか!
だが、この魔法だけでは不意を打ち切れない。
自称聖女が持っているのは、おそらくは瞬間移動と予知能力だろう。
・・・ならば!
「く・・・発動遅延、セット、ツー!百連唱!永劫を流れる金色の砂時計よ。我は奇跡の御手を持ちてそのオリフィスを堰き止めんとするものなり!発動遅延、セット、スリー!二百連唱!古き堅雪の途に残されし懐旧の足跡よ!我は神秘の吐息を以て汝を覆う泡雪を払う者なり!清き月桂のもと、在りし影を我が光に示せ!」
例の、新開発の根源精霊魔法と、停滞空間魔法、そしてもう一つ、魔法をストックする。
「この魔力!魔女め!味方ごと吹き飛ばすつもり!?」
・・・その手もあったか。
だが、お前なんかを倒すためにオリビアと遥香、そして私に付き従ってくれる眷属たちを道連れにするだなんて、黄金の山で笊一杯の鶏糞を買うようなものだ。
「全員私の周りに!行きます!セット・スリー!解放!」
「「「「応!」」」」
合図とともに、一斉に私の周囲に後退する。
「やはり無差別攻撃魔法か!・・・!?何を!?」
発動した魔法は、幻灯魔法。
すなわち、千弦や琴音にみせた、あの術式のもとになった魔法だ。
戦場いっぱいに私や吉備津彦達、そして瑞宝やクラリッサ、さらには自称聖女自身の姿も投影される。
「幻!?こんなもので!味方がいないならすべて敵!無駄なことを!風よ!万里を駆ける強き翼よ!汝が叫びで悪しき砦を打ち砕け!」
自称聖女は、視界に入るすべての人間に攻撃魔法を解き放つ。
・・・かかった。
「・・・セット、ツー!解放!」
私とその周囲を除く、戦場のすべての空間に対し、停滞空間魔法をかける。それも、停滞率をバラバラに。
「何を!?く、くそ、未来が!何秒先か分からない!?」
まだらになった時間の流れの中で、混乱した自称聖女はランダムに転移を繰り返す。
・・・1,2,3・・・今!
「セット・ワン!解放!」
私は停滞率が周囲より高かった、自称聖女が一瞬前にいたところへ渾身の根源精霊魔法を叩きこむ!
「っ!?どこを狙っている!そんなもの当たるはずがない!」
根源精霊魔法は、自称聖女が1秒ほど前にいたところに着弾し、外れたかに見えた。
過大すぎる魔力消費のせいで、腰が抜けて崩れ落ちそうになる。
慌てた吉備津彦が私を支え、それを隙と見た自称聖女が細剣を構え、目前に転移する。
しかし・・・。
「グフッ!?・・・カハッ・・・なぜ・・・私は、確かに・・・よけた・・・見て、から、余裕が・・・。」
眼前に鮮血が舞う。
魔法で耕され、周囲の建物や車はおろか、草も木も、アスファルトさえも粉みじんになったマイタロステの跡地で、自称聖女は胸を押さえ、倒れこむ。
時間にして、おそらくはわずか10分にも満たない、だが恐ろしく長い戦闘は、やっと終わりを迎えた。
◇ ◇ ◇
倒れ伏した自称聖女に近づき、白い・・・いや、赤く染まったワンピースの袖をつかんで引きずり起こす。
胸の中央に空いた穴からは、あれほど濃厚だった魔石のにおいは、もうしない。赤黒い穴だけが空き、濁流のように血が流れだしていた。
「・・・ふう、うまくハマってくれましたね。胸の魔石は砕きました。これで、転移も予知もできませんね。・・・いえ、魔族はソレが本体なんでしたっけ?」
「貴様・・・一体・・・何を・・・した?」
「・・・超光速逆行攻撃魔法。タキオン素粒子による、過去への攻撃。たとえ未来が見えようが、瞬間移動で転移しようが、過去においてあなたがそこにいた事実は変わらない。もちろん、幻灯魔法で目で見えてるものが幻影なのか、自分の未来なのか分からないようにしましたけどね。それと、停滞空間魔法で時間の流れをぐちゃぐちゃにもしましたけど。」
「・・・化け物め。」
「化け物で結構。さて・・・死ぬのはまだ早い。その身体、ちょっと使わせてもらいます。」
懐から取り出した人工魔石を、自称聖女の胸元に放り込み、「魔族専用」の回復魔法を唱える。
「聴け、優しき癒しの君よ。血潮と魂の座の旋律を織りなす者よ。裂けし肉を撫で、砕けし精を包み込め。安らかな微睡をもたらし、彼の者を救い給え・・・ふふ・・・あははっ。」
「う、あああぁぁ・・・。」
人工魔石の中身は、当然カラだ。
人格情報と記憶情報を魔石にバックアップする幻想種と違い、魔族は魔石側が本体だ。
そんな連中がオリジナルの魔石を砕かれ、まっさらな人工魔石を放り込まれたらどうなるか。
あっという間に操り人形の出来上がりだ。
「おおっと、魔石が定着して脳みそ側がフォーマットされる前に重要な情報は抜いときましょう。天空にありしアグニの瞳、天上から我らの営みを見守りしミトラに伏して願い奉る。日輪の馬車を駆り、彼の者の真実を曝け出し給え。」
自称聖女の記憶情報を亜空間上のライブラリにコピーしていく。
ライブラリの容量は無限だが、同時に精神汚染防御のプログラムを走らせる必要があるから結構な容量を必要とする。
・・・むう。腐っても魔族。こいつ、こんなナリで400歳を超えてるのか。人間の年齢にすると・・・50歳か。
結構なデータ量だな。
それと・・・エドアルドについてはコイツも年齢を知らないのか。ワレンシュタインは・・・「今の身体は1000歳」だと?
生きたまま魔石を取り出し、生きている他の魔族に移植することで数回だが寿命を延ばすことができる、か。
えげつない。
・・・ま、人のことは言えないな。
子孫の遺体を使う私が言えたことじゃない。
サン・ジェルマンのツラは・・・。
・・・っ゛!!!!??
うそ・・・だろ・・・。
なんで、アイツが・・・。
・・・うそだ。
じゃあ、アイツは・・・分かっていて紫雨を、あんな目に合わせたのか!
「・・・ター!・・・マスター!しっかりしてください!マスター!マーリーの脳が焼き切れそうです!」
吉備津彦の声に我を取り戻し、慌てて両手の間を見ると、自称聖女の頭から煙が出ている。
・・・比喩でも何でもなく。
「しまった!・・・やってしまったわね。コピー済みの記憶情報は・・・残念。200歳くらいまでの記憶しかコピーできなかったわ。直近のデータこそ重要だっていうのに。」
見てしまったモノへの驚きと怒りで思わず魔法の制御がおろそかになってしまった。
慌てて自称聖女の脳を修復するが、揮発してしまった人格情報と記憶情報はもはや取り戻せない。
仕方がない。とりあえずリリスでも喚んで制御を・・・いや、もう1人喚ぶしかないか。
オリビアの回復治癒もしなきゃならんし、ジェーン・ドゥの身体も修復しなきゃならん。
質量が足りないから、ティリオンディアに戻って、肉屋と、その他の素材を・・・いや、むしろ玉山に戻るか?あそこならひととおり揃ってるし・・・。
あ、ダメじゃん。自称聖女はこんなんでも魔族扱いだから、持ってけないじゃん。
だれだよ、長距離跳躍魔法にそんな安全装置を組んだ奴は。
・・・私だった。
ひとしきり悩んだ後、リリスに自称聖女の身体を預け、吉備津彦にこの場を任せてオリビアを玉山に連れて戻れば良いということになり、話がまとまったよ。
・・・クラリッサ?
ああ、吉備津彦が私の言いつけ通り、両手両足、ご丁寧に顎まで斬り落としたうえで止血までしてあったよ。
頭に血が上っていたとはいえ、少しやらせすぎたかもしれない。
アマリナとクレメンスが切れそうだ。
・・・強制忘却魔法でクラリッサの記憶を飛ばしておくしかないな。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
5月11日(日)
ゴールデンウイークも終わり、3日だけ学校に行った後、いよいよ運命の日となった。
・・・そう、今日は開明高校の運動会当日だ。
ゴールデンウイーク中に、師匠と宗一郎伯父さんにお願いしておいたことが、今日いよいよ実を結ぶ。
まさか、あの人が我が校の卒業生だなんて思わなかった。
だから仄香はウチの高校に転入することを決めたのか。
それとも、ただの偶然か。
とにかく、おかげで昨日から大忙しだ。
今日なんてほとんど始発に乗って学校に行かなきゃならない。
それだけじゃない。私は中2係だから、中2の教室まで行って各自の体調の確認とか、体操服とかプロテクターの確認とか、やることがいっぱいなのだ。
それに、ウチの組は去年、一昨年と優勝しているから、先輩方から三連覇を強く要求されている。
うーん。
前評判的にはウチの組が普通に勝ちそうなんだけど・・・
・・・琴音のやつ、身体強化魔法とか使わないだろうな?
「ア、千弦サン。おはようゴザイマス。琴音サンはまだ寝てるみたいデスネ。起こしてきマショウカ?」
「おはよう、二号さん。あれ?その恰好・・・まさかその恰好で学校に行くつもりなの?」
二号さんは遥香の姿でかわいらしいリボンのついた薄桜色のシアーニットに、白のプリーツミニスカショーパン、そしてフリルのついたショートソックスを履いている。
運動会に来いとは言ったけど、またずいぶんと可愛い格好にしたな。
制服が使えない以上は、ヨソ行きの服は必要だと思うけどさ。
センスの良い革のショルダーポーチに、よく見ると遥香の長く艶やかな髪をハーフアップにして金のヘアクリップでまとめている。
・・・すべて初めて見るものだ。
「ねえ、その恰好、まさか全部新品?」
「ハイ。ママさんとパパさんが時々買いに連れて行ってくれるノデ。」
「あの2人・・・いくら遥香の姿が可愛いからって・・・まあ、遥香の姿を知っているのはウチの高校では咲間さんしかいないか。でも絶対目立つ行動はしちゃだめだよ。半年でラブレターを700通も集めるような美少女なんだから。」
「ヤダナア。ボクはオスデスヨ。男に言い寄られても、うれしくありマセン。じゃあ、琴音サンを起こしに行ってキマス。」
・・・はあ・・・これから大事な作戦が始まるというのに。
遥香の色香に狂った連中の邪魔が入らないといいのだが。
◇ ◇ ◇
普段よりかなり早い朝ご飯を食べて、琴音と2人で家を飛び出す。
「姉さん。ふと思ったんだけど、電磁熱光学迷彩術式と長距離跳躍魔法を使えばこんなに早く起きなくても済んだんじゃない?」
「・・・今日はあまり魔力を使いたくないのよ。私は誰かさんと違って抗魔力がそこまで高くないからね。競技中は抗魔力増幅機構を外さなきゃならないのよ。今から頭が痛いわ。」
実際には、ほかにも魔法を使う必要があるのだ。
・・・琴音には全力の解呪を使ってもらう必要があるから、今からネタバレができないのが不安ではあるが・・・。
「え・・・それって結構辛くない?」
紫雨君曰く、抗魔力が仄香を上回る琴音は、洗脳や魅了、幻惑や混乱といった魔法や魔術による精神系の状態異常についてはほとんど無敵なんだそうだ。
さらには呪殺や封印、そして威圧に対してもほぼ鉄壁の耐性を持つ・・・らしい。
幽体や霊体による攻撃に対しても有効で、琴音がいればそういったものは近づくことすらできないんだそうな。
・・・うらやましすぎるでしょ。
「まあね。でも、咲間さんはどうするんだろ?チョーカーと抗魔力増幅機構の両方が必要なんでしょ?それに、解呪は業魔の杖が必要だろうし。」
仄香の洗脳魔法は、一度解呪されると、再洗脳の際にかなりの頭痛を伴うらしい。
咲間さんのように魔力をほとんど持たない人間は、基本的に抵抗が全くできないのだ。
「ああ、解呪なら杖なしでももうできるようになったよ。競技前と後で姉さんも解呪してあげよっか?」
「マジか。くそ、魔法に関しては本当に天才ね。勝てる気がしないわ。」
「・・・この人は自分の才能には興味がないのかしらね。」
「何か言った?」
ヒューヒューと鳴らない口笛を吹きながらごまかす琴音にあきれながらも、高田馬場で山手線に乗り換えて、高校のある西日暮里へと向かう。
せっかくの運動会、仄香は一度も参加できずに終わるんだな、なんて少し残念な気持ちになりながらも、運動会とは別の大事な作戦が始まったことに、ちょっとの緊張と大きな期待が胸を満たしていた。
これにて対聖女戦は終わりです。
次回、千弦と琴音は別の大問題に直面します。
・・・それこそ仄香を大慌てで迎えに行くレベルの。
それと、今回の戦闘ではかなりの種類の魔法が使われました。
それぞれの詠唱は、作者である私が考えていますが、中二病の熱が出てたまらない。
気を取り直して、教会側の戦力もかなり失われました。
いよいよ大御所が出てきます。
次回もお楽しみに。