196 聖女の戦術/戦いは終わらず
三条 満里奈
まさに一瞬のことだった。
魔女「ジェーン・ドゥ」の全身に聖釘の銃弾を撃ち込み、最後にその頭に撃ち込んで封印を完成させる寸前だというのに、オリビアの放った砲弾がすべてを台無しにした。
「魔女は!まだ身体の中に!・・・駄目ですね。完全に死んでいる。魔力の波動もない。」
大口径の砲弾によって胸を撃ち抜かれ、首と胴体が完全に断裂した状態の魔女を見て、私は大きくため息をついた。
魂、というものが体のどこに宿るかは知らないが、どうやら首から上に宿っているらしい。
初めて知った。
それよりもまずは瑞宝を労わなければ。
一切の魔力検知なしで迫撃砲弾の雨をかいくぐり、悟られずに魔女に近づき、虚を突いて一瞬で5発もの銃弾を命中させたのだ。
その疲労たるや半端なものではないだろう。
両手両足、そして腹。
それも肘と膝の裏、そして脊椎で完全に38口径を停弾させた彼の腕は素晴らしかった。
「瑞宝。ご苦労様でした。あなたのおかげで、まずは魔女に勝利できたことを喜びましょう。」
「いえ・・・申し訳ありません。オリビアさえ裏切っていなければ今頃は魔女を封殺できていたでしょうに。」
瑞宝はそう言うと心底憎らしそうにオリビアを見下ろす。
すでに彼女はボロボロで身体強化魔法を解除すればすぐにでも死にそうな状況だ。
「とにかく、魔女の身体はこの有様です。新しい身体を手に入れて復活するためには相当の時間がかかるのは間違いありません。・・・それに、魔女の身体の・・・部品が手に入りました。これで新たな遺物を作ることができます。」
今回のことで魔女の心臓や聖釘弾をはじめとする聖遺物や遺物をかなり消耗したが、目の前には肺と心臓を除く大部分の臓器が無事な材料としてして転がっている。
赤字にはなるまい。
「聖女様。オリビアに回復治癒魔法を使う許可をいただけますか。・・・こいつ、まだ何か知っているかもしれません。」
「いいでしょう。ただし、生命を維持できる最小限度でお願いします。」
瑞宝はうなずくと、腹に鉄骨が刺さり、すでに虫の息だったオリビアを引き起こし、最小限の回復治癒魔法をかける。
「慈しみの女神ギュルラよ。汝の掌より滴る清き命の流れよ。傷をなぞりて、痛みを拭い給え。彼の者に安らぎと癒しの息吹を与え給え。」
「ぐぅっ!・・・瑞宝、てめぇ・・・鉄骨が刺さったままで治しやがったな。」
「もとより生かして返すつもりはない。・・・ああ、死体を持って帰ればマフディあたりがアンデッドにするかもな。・・・さて、知っていることを全部吐いてもらうぞ。」
「ふん。優男が。やれるもんならやってみな。」
オリビアの強がりに対し、瑞宝は腰から短剣を抜き、ゆっくりと近づく。
だが・・・オリビアは瑞宝の拷問を欠片も恐れていないようだった。
◇ ◇ ◇
戦いが終わってから、時間にして30分くらい経過しただろうか。
瑞宝はいまだにオリビアを拷問しているようだ。
引きずっていった物陰から時々唸るような女の声が聞こえる。
私はクラリッサと合流し、彼女にゴーレムを使わせて魔女「ジェーン・ドゥ」の死体をかき集めていた。
「聖女様。大体かき集めたよ。・・・それで、銃弾、いや聖釘弾か。ほじくり出していーの?魔女、いきなり復活とかしない?」
出来ることなら聖釘を刺したままにしたいが、バシリウスが言うには魔女の肉体が初期化されてしまうと、遺物の材料にならなくなるそうだ。
「その心配はないでしょう。いかな魔女といえども、そこまで損傷が激しい死体を一瞬で動く状態に持っていくことはできないはずです。魔女に屍霊術は使えないことは確認済みですし。」
また、同じ時にバシリウスに確認したところ、魔女が屍霊術を使えないのは彼女が死に嫌われているからだというが、いまいちよくわからなかった。
クラリッサのゴーレムが1つの遺体袋に遺体を乱雑に納め、最後にその首を放り込む。
うつろに開いた瞳は光陰を象徴するバイオレットとエメラルドグリーンが、夕日にキラリと光ったように見えた。
・・・バイオレット?うわさに聞いた、エーゲ海のようなサファイアブルーではなく?
嫌な予感がする。
「クラリッサ。収容作業を急いでください。瑞宝。聞き出せるだけで結構です。」
何か、非常にまずいような気がする。
次の瞬間、脳裏にひらめいたのはあたり一面に大きな雷のようなものが落ちる、そんなビジョンだった。
反射的に手に提げた破魔の角灯を取り出し、そのつまみを右いっぱいにひねる。
だが・・・。
最大半径が5キロに及ぶはずのランタンは、降り注ぐ雷に似た何かを無効化することはできなかった。
◇ ◇ ◇
仄香
30分ほど前
危ないところだった。
オリビアがギリギリで私の首を吹き飛ばしてくれなければ、ジェーン・ドゥの身体のまま、封殺されてしまうところだった。
《仄香さん!?どうしたの?戻ってきたの?あれ・・・オリビアさんは?》
遥香の身体でベッドに身体を起こし、周囲を確認する。
・・・停滞空間魔法がかかっている。
すぐに解除をしなければ。
「マイタロステで教会の襲撃を受けました。オリビアが危険です。・・・今すぐにいかないと。」
素早くブラウスに着替え、壁に掛けてあったデニムのジャンパースカートにそでを通す。
「お。遥香殿。もう起き上がってもよろしいのでござるか。熱でふらつくと危ないから気を付けるでござるよ。」
靴を履き、身の回りの物をまとめていると、ドアが開き、アマリナが洗面器とタオルを持って部屋に入ってくるところだった。
「アマリナ。非常事態です。マイタロステで聖女の奇襲を受けました。オリビアが危険です。」
準備をしながら答える。
だがほとんどの装備をマイタロステにおいて来てしまった。
今は杖と、千弦が作ってくれた拵袋しかない。
「仄香殿であったか。・・・ジェーン・ドゥ殿は?」
「残念ながら破壊されました。・・・どうせ中身はないので首から上が残っていれば再生は可能です。それより、急がないと。アマリナはここで待機をお願いします。」
「心得た。ご武運を。」
アマリナに軽く頭を下げると、宿屋の窓を開いて宙に踊りだす。
「勇壮たる風よ!汝が翼を今ひと時我に貸し与え給え!」
長距離跳躍魔法を唱え、夕暮れの空へ一気に駆け上がる。
行先はマイタロステの手前、カルナッセだ。
私をあの一瞬で封じきれなかったこと、心底悔やむがいい!
◇ ◇ ◇
「勇壮たる風よ!我に天駆ける翼を与えたまえ!」
カルナッセ上空で着地する寸前に飛翔魔法で急ブレーキをかける。
マイタロステまで約7キロ、見たところ、ここなら破魔の角灯の影響はまだない。
ならば・・・まずは人手が必要だ。
「光神の子にして美しきクランの犬よ。百の宝糸、百の黄金で飾られし神槍の主よ。我は汝が誉れをたえず称えるものなり。来たれ。クー・フーリン!」
まずは対破魔の角灯戦の実績があるクー・フーリンを喚び出す。
「真金吹く吉備を平らぐ若人よ。桃より出でて温羅を斃せし者よ。我は犬飼健命・楽々森彦命・留玉臣命の名を借りて共に歩を刻むものなり。来たれ。吉備津彦命!」
次に、吉備津彦を喚び出す。
それと・・・
「スヴァジルファリの長子にしてロキの愛息子よ。千の戦場を駆けしオーディンが愛馬よ。汝が力強き蹄は怨敵を打ち潰す大槌なり。来たれ!スレイプニル!」
黄金と白銀で彩られた神槍を手にした短身痩躯の美丈夫、赤糸威大鎧を着て大太刀を携えた少年、そして筋骨隆々にして体高が3メートルに迫る八本足の黒い巨馬が現れる。
遥香の身体ではこれくらいが限界か。
これから使う魔法の負担も考えなければならないしな。
「お喚びいただき光栄です。マスター。角灯・・・ですね。」
「ええ。よろしく頼むわね。」
クー・フーリンはすでに状況を察しているようだ。
吉備津彦は兜の緒を締め、スレイプニルは嘶きを上げる。
よし、支援はこれくらいでいいだろう。
あとは・・・魔法が使えない可能性がある・・・ならばせっかくだ。
とっておきをぶち込んで機械物も一切使えなくしてやろう。
私が念話で助けを呼べないのに、無線で教会の信徒どもや魔族を呼ばれるのは間尺に合わないからな。
さっそく、複数の術式を起動し、反動制御と反作用に備える。
「万物の礎にして第一の力を伝えし影なきものよ。速き理を統べし第三階梯第二位の根源精霊よ!我は今、一筋の雷霆を以て汝を目覚めさせんとするものなり!」
この魔法は、陽電子加速衝撃魔法を除けば手持ちの中で最強の攻撃魔法だ。
オリビアがまだ生きている可能性もあるし、奴らには吐かせなければならないこともある。
だから、直接ぶち当てるつもりはない。
本来はどんな防御魔法も術式も、次元隔離系の障壁すら貫通する最強の対個人用攻撃魔法だが、こいつには思わぬ副次効果がある。
「輝きの根源精霊よ!今、我は大いなる言霊のもとに汝を束ね、無敵の槍と成さん!その鋭き穂先で、幽遠たる星海を穿ち抜け!」
仰角を取り、マイタロステの上をかすめるような角度で上空に向かって魔力を解き放つ。
刹那の閃光の後、鼓膜を叩き割る轟音と、一瞬で赤熱した空気を周囲にまき散らし、反動だけで地上にある草木や岩石、あるいはアスファルトを砕きながら巻き上げ、一条の閃光が空に消えていった。
夕日を受けて茜色に染まっていた薄曇りの空は、電離した空気と雲の水分がいくつもの雷を伴って揺れている。
いまだに沸騰している大地に降り立ち、横転した車を眺める。
まるで電子レンジに家電製品を放り込んだかのようにすべての電子部品から煙を上げているその様は、まさしく超広範囲で電磁パルスをばらまいたのと同じ様相を呈していた。
◇ ◇ ◇
スレイプニルの背にまたがり、亜音速でマイタロステの上空に差し掛かる。
各種術式と防御障壁は当然のように展開済みだが、いつ無効化されるかわからない。
電磁熱光学迷彩術式をかけたまま、注意深く下を見下ろすとそこには鉄骨が腹に刺さったままのオリビアの姿があった。
あたり一面が赤く染まり、身体のいたるところの皮膚がない。
おそらく、拷問を受けたのだろう。
早く助けてやらないと。
周囲には人の姿はみえないようだが・・・確実にいる。
それと・・・オリビアの近くに転がっているゴーレムの残骸と、黒い袋は・・・まあ、敵じゃなきゃなんでもいい。
「八連術式852,891,137,441。再発動852,891,137,441を対象に発動。」
16枚の防御障壁術式をオリビアに展開、魔法の余波に巻き込まれないようにしておく。
さて・・・これで・・・。
振り向いた瞬間、がれきの向こうから曲射するような軌道で光の矢が降り注ぐ。
多重展開した障壁を2枚打ち破り、さらに光の矢が殺到する。
「・・・乾坤弓?封神演義において黄飛虎が貫日鏃と合わせて所有したという神造の弓。さすが、大した威力だわ。」
だが舐めないでもらおう。
私の防御障壁は、枚数に応じて指数関数的にその強度を増していく。
1枚ではせいぜいライフル弾を止めるのが関の山だが、3枚ともなれば戦車砲を、6枚ともなれば戦艦の16インチ砲弾を、そして9枚で熱核魔法をも弾き返す。
ましてや今は24枚を展開中だ。
カビの生えた神代の弓など、お話にもならない。
本気でこの防御を抜くつもりなら、宇宙戦艦ヤ〇トの波〇砲でももってこい。
「お返しよ。二千連唱。光よ。三界を染めし形なき波よ。集いて万象を穿つ粒となれ。」
2000発の光弾魔法が発動し、精製された光の弾丸が乾坤弓の軌道をなぞるように誘導され、がれきの向こうへ殺到し、轟音とともに土や金属が蒸気爆発を引き起こす。
「へぇ?どうやって耐えたのかしら?・・・ゴーレムか。便利なものね。」
土煙が晴れた時には、金銀で装飾された弓を構える青年と、汚れた白いワンピースを着た女、そしてクレメンスによく似た女が、焼き切れたゴーレムを盾にこちらをにらみつけていた。
「魔法使い・・・?召喚師・・・?あなたは一体・・・?」
その声を完全に無視し、周囲の警戒は吉備津彦とクー・フーリンに任せて足元の遺体袋を開く。
・・・やはりジェーン・ドゥの死体だったか。
その左手から、琴音からもらったブレスレットと、千弦からもらった全自動詠唱機構を取り出す。
「おい!聖女様が質問してらっしゃるんだ!返事くらいしたらどうだ!」
「うるさい。」
瑞宝とかいう男に向かい、全自動詠唱機構をつけた左手をかざし、蒼い炎を念じる。
ぶっちゃけ、こんな雑魚などどうでもいい。
「ぐぅぁぁぁ!」
全自動詠唱機構は即座に反応して蒼炎魔法を形成し、彼の身体を包み込んだ。
「お、壊れてない。さすが千弦。電磁パルス対策もばっちりね。大したものだわ。」
ゴーレムの向こうでは瑞宝がのたうち回っているが知ったことではない。
クラリッサが慌てて火を消そうと土魔法で生成した砂をかけているが、すぐには消えないだろう。
私は、この魔族の自称聖女に用がある。
「む、無詠唱・・・?魔女は倒した、はず・・・それに今の魔法には聖釘が反応しなかった・・・あなた、何者・・・?」
聖釘が反応しない?
ああ、この杖の拵袋の干渉隔離術式と干渉妨害術式がさっそく効果を発揮しているのか。
さすがだな。
「マーリー、だったか。今はそんなことはどうでもいい。ジェーン・ドゥとオリビアが世話になったわね。・・・死ね。」
マーリーに左手をかざす直前、マーリーは大きく右に飛びのく。
直後、空間に大きな振動が起き、マーリーが立っていた地面を粉微塵にする。
全自動詠唱機構で空間衝撃魔法をぶち込んだんだが・・・こいつ、今私が左手をうごかす前に動いてなかったか?
全自動詠唱機構は連唱ができないからな。
今度千弦に相談する必要があるかもな。
「この魔力!魔女を上回る力?あなた、何者です?」
私が何者だっていいだろう。問答をするのは後でいい。首くらいは残してやる。
だがその前に・・・
「"O dea momenti,Verdandi invisibilis!Ego vitam meam prehendo crinem tuum.Appareas, precor."(おお、刹那を司る女神よ。姿なきヴェルダンディよ!我は命を賭して汝の後ろ髪を掴まん。願わくばその御身を顕し給え。)・・・どうせ命の対貨を持ってるんでしょうから、まずはそれを封じさせてもらうわね。」
同じ轍は踏まない。
オリビアに確認したが、十二使徒は全員命の対貨を1枚ずつ支給されているという。
ならば、瑞宝もクラリッサも持っているだろう。
それに、有線無線問わずすべての通信手段は破壊したが、邪魔が入るのはいただけない。
紫雨の次元隔離魔法で、マイタロステ全体を包み込む。
2人とも先に殺して・・・いや、クラリッサを殺すのはまずいか。
アマリナに怒られてしまう。
「吉備津彦。弓を持った男とゴーレム使いの女。無力化して。男は殺せ。首を刎ねろ。女は殺すな。だが両手両足と顎を切り落とせ。」
「承知!いざ、参る!」
吉備津彦は大太刀を抜き放ち、瑞宝とクラリッサの前に躍り出た。
◇ ◇ ◇
クラリッサは手持ちのファイルを開き、次から次へとゴーレムを作成する。
そのゴーレムの間隙を縫って、光の矢が吉備津彦に殺到する。
だが・・・。
「喝!」
吉備津彦は胸一杯に吸い込んだ息を、裂帛の気合とともにたたき出す。
ただそれだけで光の矢は弾かれ、迫るゴーレムは打ち砕かれる。
「何コイツ!サムライ!?化け物じゃん!」
「小日本の蛮族が!この神の弓で針山にしてくれようぞ!」
吉備津彦は一瞬で残るゴーレムに迫り、一太刀のもとにそれらを微塵にする。
砂のような細かさで砕かれたゴーレムは、אמתの文字がどこにあったかなど、もはや関係ない。
・・・あれ、一振りで何回切ってるんだろうね。
というか、あいつ、光の矢を瑞宝に向かって打ち返してるよ。
向こうは心配などないだろう。
こちらは・・・自称聖女は私をにらみつけている。
「やはり、魔女。ならばこの手で・・・!」
自称聖女は、後ろ手に隠し持っていた破魔の角灯をかざし、そのつまみをひねる。
角灯から金に朱を混ぜたかのような波が広がり、一瞬で体が重くなる。
しかし、召喚された存在にはまるで影響がない。
それに念のため、物理が強い連中を召喚しておいたからな。
「クー・フーリン!角灯を破壊しろ!」
「応!」
クー・フーリンは瞬きよりも早く自称聖女に迫り、その神槍を振り下ろした・・・はずだった。
だが、恐ろしいほどの先読みで、自称聖女は転移する。
だが距離にして、せいぜい10メートル。
それに、転移する距離が長くなればなるほど、クールタイムが必要なようだ。
「く!ちょこまかと!」
「スレイプニル!踏みつぶせ!」
何度か転移を繰り返しただろうか。クールタイムから逆算して自称聖女が現れるはずだったところを、ハンマーのような蹄でスレイプニルが踏みつぶす。
だが、そこには自称聖女はいない。
見上げれば、上空10メートルくらいの高さにその影があった。
「来るとわかっていればお前たちなど・・・!北方を統べし風、翼持つ老爺よ!トラーキアに住まいしボレアスよ!汝が風の刃で彼の者を刻み貪りつくせ!」
自称聖女は上空からいくつもの風の刃を降らせる。
クー・フーリンはその槍で、スレイプニルはその足で飛び去り、風の刃を悉く弾き返し、あるいは躱していく。
・・・やはり、おかしい。
なぜクー・フーリンの死角から狙わない?
なぜ初めからスレイプニルの移動先も狙わない?
いま、確かに聞こえた。「来るとわかっていれば」と。
天才的な先読みにより、こちらの攻撃をかわしているのだと思っていたが、これは能力によるものか?
かなり昔・・・千年以上前になるが、似たような相手と戦ったことがある。
ただ・・・饕良は瞬間移動まではしなかったが。
これは、予知能力の特徴だ。
極めて近い未来、それもほぼ確定しかけた未来を読むという能力で、分岐の可能性がある未来や、完全に確定した未来を読むことはできないのだ。
魔族の一部、そして極めてまれに人間にも発生する超能力で、私自身も予知呪として使ったことがある。
・・・はっきり言って役立たずで完全な外れ能力だが・・・。
「ナルテークスに灯されしヘパイストスが原初の炎よ。プロメテウスの御手により我らにその力を!」
ゴウッという音ともに目前に炎の塊が迫り、私の前に割り込んだクー・フーリンが叩き落す。
おおっと、こっちにまで炎が飛んできたよ。
ん?炎?
あいつ、角灯はどこにやった?
「・・・光よ、集え。そして薙ぎ払え。・・・やはり発動しない。なぜ?奴だけ魔法が使えている?いや・・・瑞宝の乾坤弓も、クラリッサのゴーレムも動いている。」
まさか!
「スレイプニル!私の足元を叩き割れ!今すぐ!」
「しまった!気づかれた!」
スレイプニルはすぐさま反応し、それを止めようと自称聖女が割り込むが、その巨体に弾き飛ばされる。
轟音とともに振り下ろされた蹄は、半径3メートルほどのクレーターを作り、私の足元の瓦礫の、ほんの少しの隙間に収まった何かを確かに砕いていた。