195 オリビアの戦い
オリビア・・・はっきり言って化け物です。
もしかしたら、範〇勇次郎ともいい勝負をするかもしれません。(勝つとは言ってない)
でもまあ、宇宙戦艦〇マトといい勝負をしそうな魔女にはかないませんが。(勝つとは以下ry)
仄香
5月10日(土)
ティリオンディア
紫雨が佐世保に向かった後、改めて聖女の行動について調べると、マイタロステで何者かと合流するということが判明した。
マイタロステは、かつてはフェアラス氏族がソ連地上軍と戦うために様々な魔術道具を集積した場所であり、彼らが敗れた後はダゲスタン陸軍の駐屯地になっていると聞いている。
そのため、マイタロステの門前町ともいえるものがあり、ダゲスタン軍の兵士を相手にするための娼館などが立ち並んでいるらしい。
「マイタロステには私とオリビアで向かいます。遥香さんとアマリナはこの宿で待機を。」
「心得た。・・・それにしても遥香殿・・・なかなか熱が下がらぬでござるな。」
「少し無理をさせすぎました。半日以内に戻ります。・・・遥香さん。停滞空間魔法で時間を稼ぎますが、万が一の時は人工魔石を使ってください。それと、魔石の香りはアマリナに吸わせないように。命にかかわりますので。」
「うん、わかった。仄香さんも危ないことはしないでね。」
ここのところ遥香の体調がすぐれないのは、人工魔石なしで限界ぎりぎりまでその肉体で活動させていたのもあるかもしれない。
かといって遥香の身体を危険にさらし続けるのはもっとまずい。
だが、コモンエルフたちの真ん中で人工魔石のペンダントを使うだけならまだしも、アマリナの近くで使えば大変なことになる。
宿の主人に1週間分の宿代を前払いし、2人のことを頼んで宿から出る。
マイタロステは、ティリオンディアから東に約15キロの森の中だ。
幸い、かなり昔になるが訪れたことがある。
アマリナもいないことだし、長距離跳躍魔法で跳んでしまおう。
オリビアの腰に手をまわし、素早く電磁熱光学迷彩術式を発動し、何日ぶりかの長距離跳躍魔法の詠唱を行った。
◇ ◇ ◇
マイタロステ 門前町
数秒の加速感と浮遊感の後、古ぼけた砦と、雑多な露店の並ぶ集落に着地する。
市場はそれなりに賑わっているようで、イスラム系やエルフの商人がダゲスタン兵に様々なものを売りつけ、あるいは天幕の中に引き入れようとしていた。
「へぇ~。AK47の新品デッドストックが6000ルーブルか。うわ、フィンランド製モシン・ナガンM28-30小銃だって。骨董品じゃないか。」
「オリビア。ほしいものがあったら買いなさい。買いながら聞き込みをするわよ。」
「え、いや、別に欲しいわけじゃ・・・。」
腰が引けているオリビアを急かし、いくつかの商店で髪飾りや絹のスカーフなどを購入する。
同時に聞き込みを続けていった結果、聖女と思しき者が砦に入っていったことを聞き出すことができた。
「仄香さん、これ、どうしようか。」
オリビアはなぜか話の流れで買うことになってしまった旧日本軍の九七式自動砲と背嚢いっぱいの砲弾と弾倉を抱え、途方に暮れている。
まあ、結構な金額だったがそれなりに重要なことが聞けたと思うし、何ならオリビアが自分で使ってもいいだろう。
「好きにしていいわよ。というかあなた、もしかしてそれ、片手で撃てたりしない?」
「ん?まあ、この程度の重さなら・・・抱えてもいいなら、特に身体強化とかなしでも行けそうだけど。」
そう言いつつオリビアは、片手で2mはある九七式をくるりと回した。
・・・化け物め。
オリビアの非常識さにあきれながらも、大体の話が聞けたので、いざ、マイタロステに向かおうとしたときだった。
ふわっと黄金色の波が、私の周りを駆け抜けていく。
「ん?なんだこれ?金色・・・いや、赤い波?」
オリビアがソレに気付くと同時に、ひゅるるる・・・と何かが飛ぶような音が聞こえた。
これは・・・まさか!
「オリビア!頭を下げて!迫撃砲よ!」
信じられないことにマイタロステの中からいくつもの白い煙が上がり、それらによって飛ばされた砲弾は、その門前町で商いをする人間たちの上に容赦なく降り注いだ。
◇ ◇ ◇
悲鳴を上げて逃げ惑う者たち、爆発で吹き飛ぶ天幕や商店。
あたりは一瞬で戦場の様相を呈していた。
「オリビア。こっちへ。術式束、301,223を発動。続けて術式束・・・!術式が起動しない!まさか!」
受動系の術式を起動しようとしたが、一切の反応がない。
「仄香さん?・・・強さ、勝利、暴力、鼓舞。ステュクスとパラースの子らよ!鍛冶神とともに勇者を磔にせし神々よ!我が腕、我が拳に宿りて神敵を滅する力を授けたまえ!・・・あれ?」
続けてオリビアも身体強化魔法を発動しようとしたが、同じように何も起きなかった。
そうしているうちにも、あたりは迫撃砲で耕され、建物と人間がミキサーにかけられているかのように砕け散っていく。
「仄香さん!とりあえずこっちだ!」
オリビアは私を九七式を持っていないほうの手で持ち上げ、そのまま擱座して放置された古い戦車の影に引きずり込んだ。
「魔法が・・・身体強化魔法が使えない。どういうことだ?・・・まさか!仄香さんも!?」
「ええ。術式も、魔法も、全自動詠唱機構すら発動しないわ。人工魔力結晶もうんともすんとも言わないわね。」
千弦がくれた全自動詠唱機構も、グローリエルがその45年分の魔力を込めた人工魔力結晶も、すべが沈黙している。
かろうじて人工魔石だけが魔力を発しているが・・・この程度では何の役にも立たない。
オリビアの額から一筋の血が垂れているが、回復治癒呪すら発動しない。
私はこれによく似た現象を知っている。
だが・・・米軍の仁川上陸作戦時に感じた波長は、これほどのものではなかった。
今回のこれは、まるで世界そのものから魔法を排除するかのような意思すら感じる。
「・・・破魔の角灯・・・まさか、2つ目が存在したなんて・・・。」
あの時とは違い、今回は最悪なことに眷属を呼び出していない。
物は試しで全自動詠唱機構で複数の眷属に呼びかけを行ったが、一切の返答がない。
「こんなことは初めてだよ。とにかく、この場を離れよう。仄香さん、歩けるかい?」
「ええ。まずはこの場を離れましょう。」
オリビアとともに迫撃砲の音が途切れたのを見計らい、擱座した戦車から飛び出した瞬間だった。
パン、パンと乾いた音が7回。
そして私の身体・・・頭、胸、腹、右手、左手、右足、左足に、何か・・・おそらくは銃弾のようなものがきわめて正確に撃ち込まれた。
◇ ◇ ◇
頭と胸に撃ち込まれた弾丸は、おそらくは38口径程度の威力だったことと、角度が浅く、頭蓋骨や胸骨で弾いたことから致命傷にはならなかった。
だが・・・腹と手足から何かが身体の中をはい回る感触にさいなまれる。
「う・・・これは・・・まさか!聖釘か!くそ、身体が自由に動かない!」
完全に虚を突かれた。
追いかけているつもりが誘い込まれていたとは!
・・・血が止まらない。
回復治癒呪が一切作動しない。
特に、腹の傷が深い。
脊椎の一部と、腎臓近くの大動脈を損傷した可能性がある。
5発全ての弾丸が身体の中で停弾し、内1発は消化器官を抉って止まったようだ。
「仄香さん!・・・っ!貴様!瑞宝ぉぉ・・・!」
出血と痛みで朦朧とする頭を振ると、そこには白銀の弓を携えたアジア系の男が、あの時と同じ形式の銃を構えて立っていた。
「・・・くそ・・・せめて、私を殺すなら・・・PTRS1941くらい持ってきなさいよ・・・ゲフッ・・・。」
発砲した男は、無線機で誰かと連絡を取っている。
「聖女様。7発中5発の命中を確認しました。角灯の解除をお願いします。・・・オリビア。お前はどうしてここにいる。教会を裏切ったのか。」
瑞宝・・・十二使徒第一席の・・・神の弓か。
オリビアはその長身で瑞宝を上からにらみつけている。
「・・・ジャン・コレット。ルイーズ・ティエリ。この名前に聞き覚えは?」
「質問に質問で返すとは・・・まあいい。俺はそんなガキなど知らん。興味もない。」
「そうかい。ありがとよ。せいやぁ!」
オリビアは先ほど購入した九七式自動砲を一瞬で振り上げ、そのまま引き金を引いた。
轟音とともに砲弾がたたき出される。
だが瞬時に瑞宝は弓を引き抜き、あろうことか砲口付近で20mm砲弾を弾き飛ばした。
弾き飛ばされた砲弾が近くの建物の柱にあたり、貫通してさらに隣のビルまで吹き飛ばす。
「強さ、勝利、暴力、鼓舞!ステュクスとパラースの子らよ!鍛冶神とともに勇者を磔にせし神々よ!我が腕、我が拳に宿りて神敵を滅する力を授けたまえ!・・・よし!動いた!」
だがオリビアは舞い上がった砂塵と崩れ落ちる建物の影で、一瞬で身体強化魔法を完成させた。
「ふん!十二使徒末席風情が!俺に勝とうなど100年早い!」
オリビアは背嚢を背に片手で九七式を振り回し、時にこん棒のように壁をなぎ倒しながら瑞宝に迫る。
だが瑞宝は一呼吸の間に十数本の光の矢をオリビアに浴びせかける。
「席次なんか関係ねぇ!私はジャンとルイーズの名前だけ言ったんだ!それをガキって・・・!てめぇ!知ってやがったな!」
オリビアは装弾されたままの九七式をバットのように振り回し、迫りくる光の矢をはじき落とす。
さらには散乱した瓦礫や、横転した車両を巧みに蹴り上げ、あるいはその手で押しのけ、即席のバリケードやカーテンのように動かし、瑞宝との距離を詰めていく。
だが・・・肩や背中には、光の矢が貫通し、レーザーで焼き切られたような跡が無数に残っている。
「く!蛮族め!ここまでとは!」
さらに続けて2発を発砲、砲弾は近くの商店の壁を叩き破り、立ち木を粉微塵にしながら瑞宝を襲う。
主柱がへし折れたタンクが倒れ、中の水があたりにぶちまけられる。
その水のカーテンを打ち抜き、光の矢がオリビアに襲い来る。
だが・・・オリビアはさらに踏み込み九七式自動砲の防盾で光の矢をはじき返す。
さらに光の矢を放とうと弦を引き絞った瑞宝の一瞬のスキをついて間合い・・・3m程度の間合いに入ったオリビアが、九七式を振り回し、その銃床で瑞宝の弓をはじき落とす。
そのまま持ち替え、強く踏み込み、砲口を瑞宝の腹に押し込み、引き金を強く握りこんだ。
「ぐぅっ!」
瑞宝の顔が恐怖にゆがみ、オリビアが20×124mm砲弾をその腹に叩き込み、勝負が決するかと思われた瞬間だった。
「まだまだ甘いですね。・・・瑞宝、一つ貸しです。」
オリビアが発砲した一瞬。
決して目を離していない、瞬きすらしていない一瞬の間に、瑞宝は横に10m以上ずれていた。
◇ ◇ ◇
全身を赤く染め、肩や二の腕に貫通痕すらある状態で、オリビアはすぐさま次の弾倉を装填する。
「・・・オリビア。あなたには目をかけていたつもりですが、残念です。なぜこのようなことを?なぜ魔女に魂を売ったのですか?」
「・・・繰り返すけど・・・ジャン・コレット。ルイーズ・ティエリ。この名前に聞き覚えは?」
オリビアは臆することもなく、ボルトを引いて次の砲弾を装填する。
「知りません。人間の名など。私が覚えているとでも?」
「そうかい。人間とも言ってねぇんだがな。聖女サマよ。あんた、記念艦三笠の見える孤児院の地下から出るとき、床にコンクリートの破片が落ちてただろ?酒々井とかいう男に『取り壊しはいつになります』って聞いてただろう?」
「・・・なぜ、それを?」
「天井に張り付いて聞いてたのさ!お前たちが魔力結晶欲しさに、私の友達を殺す算段を全部聞いてたんだよ!」
オリビアは目にも止まらぬ速さで砲身を聖女にむけ、何のためらいもなく引き金を引き絞った。
だが・・・一瞬で聖女はオリビアの懐に入り込み、オリビアを空高く放り上げ・・・いや、転移させた。
間違いない、聖女の力は瞬間移動だ。
だが・・・今のオリビアの攻撃、よく躱せたな?
「ぐ、うおぉぉ!」
高層ビルに匹敵するほど高く放り上げられたオリビアは、そのまま地面に激突する。
一緒に飛ばされた九七式は、垂直に地面に深く突き刺さるが、オリビアは一瞬で起き上がり、聖女に肉薄する。
オリビアは一瞬で聖女の間合いを侵し、剛腕を振るうが一瞬で転移されてしまう。
だがオリビアも大したもので、聖女が常に瑞宝から見て射線に重なるように、身体を置く位置を考えながら立ち回る。
だが・・・瑞宝は聖女の背中に向けて光の矢を放ち、聖女はそれが分かっているかのように転移し、結果、オリビアは光の矢を被弾してしまう。
違和感がある。
聖女の持っている能力は、本当に瞬間移動だけか?
オリビアはすでに10本以上喰らっている。
1本たりとも急所に入ってないのは彼女の身体能力のなせる業か、それとも執念か。
しかし、長くは持たなかった。
「大した頑丈さです。ですが・・・瑞宝。そろそろ決着をつけましょう。」
瑞宝1人相手でさえ苦戦していたというのに、ポンポンと転移する聖女をとらえきれず、オリビアは雨のように降り注ぐ光の矢に体中を貫かれ、ついに九七式に寄り掛かるような姿勢で動かなくなった。
さらには吹き飛ばされた拍子に、崩れたビルの鉄骨が腹に刺さっている。
「さて・・・裏切者はもう虫の息です。放っておけば死ぬでしょう。うふ、うふふ・・・ふふふ!魔女『ジェーン・ドゥ』!いよいよです!いよいよ、貴女を封じる時が来ました!瑞宝。銃を。」
聖女は瑞宝から銃を受け取り、私の頭にその銃口を押し当てた。
・・・身体が全く動かない。
かろうじて眼球は動かせるが、視界は霞み、呼吸すらままならず、失血と酸欠ですでに脳神経に影響が出始めている。
だが・・・この身体から抜けることができない!
この銃弾・・・間違いなく聖釘だ。
これは・・・まずい!
このままだと、オリビアも、遥香も助からない!
「ふふふ・・・無明の闇の中でその魂をすり減らし果てなさい。」
聖女が、私の頭に突き付けた銃の引き金を握る指に力をかけた瞬間。
視界の片隅でオリビアがこちらに九七式を向けていることに気付いた。
オリビアと目線が交差する。
一瞬、目をつむり、もう一度開く。
オリビアは腹に鉄骨が刺さったまま、力強くうなずき、そしてその引き金を引き絞った。
「ちっ!この死にぞこないが!」
聖女は毒づきながら一瞬で数メートル離れたところに転移した。
やはり、後ろからの攻撃を見ずに躱している。
だが・・・20×124mm砲弾は私の胸にあたり、その驚異的な威力をもって、首と身体を完全に分断する。
・・・最後に見えた景色は・・・
「どうだ!してやったぜ!」
オリビアが雄たけびを上げながら天高く中指を立てている姿だった。
オリビアが買った(押し付けられた)旧日本軍の九七式自動砲とは、昭和10年から13年にかけて大日本帝国陸軍によって開発された20×124mm砲弾を使用する対戦車ライフル(砲)です。
筆者は基本的に日本が開発した銃はクソと評価しています。
六四式は部品点数が多いくせに部品が脱落し、減装弾しか使えないし、9mm機関けん銃は銃の右側に銃把がついていない上、マズルブレーキとフォアグリップのせいでサイレンサーもつけることもできない。
六二式機関銃に至っては、「62式言うこと聞かん銃」、「62式単発機関銃」、「キング・オブ・バカ銃」、「無い方がマシンガン」、「分隊自滅火器」・・・とまあ、素晴らしい評価を受けています。
ですが・・・九七式自動砲は、なんと重量59kg、全長2m(銃身長1.2m)、350mで30mm、700mでも20mmの装甲板を貫通するという気違い染みた威力の砲弾を毎分20発の勢いでぶっ放せる。
そして、装弾数は箱型弾倉で7発。
同じ20mm(弾薬は違う)を使うダネルNTW-20の装弾数が3発で、しかもボルトアクションであることを考えると、多少(笑)重いですがオリビアに持たせるにはふさわしいシロモノだと思い、登場させました。
・・・ちなみに、九七式自動砲は1門あたり10名の歩兵によって運用されていました。
こんなものを身体強化なしで持ち歩くわ、挙句の果てには片手でぶっ放すわ、オリビアってマジで化け物ですね。