192 シェイプシフターの日常/遥香の望郷
南雲 琴音
5月1日(木)
東京都荒川区
私立開明高校 保健室
ゴールデンウィークの前半も終わり、校内は週明けに開催される運動会の準備で持ち切りだ。
各組ともに放課後の練習に熱が入り、おかげで保健委員の私はケガ人の手当てを延々とさせられている。
担架に乗せられて男子生徒がまた一人、保健室に入ってきた。
「南雲さ~ん。こっちの彼もお願いね。う~ん、もしかしたら肋骨が逝っちゃってるかもしれないわね。」
「え?そんな怖いこと言わないでくださいよ。あ、いたたた・・・。」
一人の手当てが終わればすぐ次のケガ人が回されてくる。
養護教諭の脇坂先生は、私が回復治癒魔法を使えることを知っているから、かまわずケガ人をこちらに回してくるのだ。
姉さんの自動詠唱機構のおかげでかなり楽してるけどさ。
「そろそろ疲れてきたんですけど・・・ってか、毎年ケガ人多すぎでしょう!?」
「あ、琴音さん。さっき棒倒しで何人かの下敷きになっちゃって。胸のところがすごく痛いんだけど・・・。」
「うげ・・・館川君じゃない。」
よりによって私がいるときに来なくてもいいじゃない。
あの時のこと、忘れてないんだからね。
「・・・?どうしたの?琴音さん?僕の顔に何かついてる?」
このクソ野郎。お前の仲間が私と遥香にしたことは忘れていないからな。
金髪半分頭と合わせて、お前の顔は見るだけでトラウマがよみがえるのよ。
・・・とはいえ、本人の記憶は仄香が強制忘却魔法で完全に吹き飛ばしてるんだよな。
ま、仕方がない。
診てやるか。
「・・・で?とりあえず患部を見せてくれるかしら?」
ケガの具合は・・・ぶふっ。左第六、七肋骨が折れてるじゃん。
ここ、一番外側に出てる割に衝撃に弱いから折れやすいんだよな。
う~ん。
治そうと思えば10秒くらいで治せるんだけど・・・。
よし。次の患者もいないみたいだし・・・。
帰るか。
「ちょっと待ってて。・・・脇坂先生。そろそろ魔力が限界です。館川君を治しきるだけの余裕がありません。彼は、このまま病院送りでいいですか?」
脇坂先生に耳打ちするように伝える。
「あら、じゃあ、今日はおしまいね。お疲れさまでした。館川君、あとは先生に任せなさい。」
ふふん。私は医者じゃないし、看護師でもない。
助けられるのになぜ助けなかったといわれる筋合いもない。
もしそう聞かれても、じゃあ、どうやって助ければいいのかと逆に聞いてやる。
そしたら大声で「魔法で助けろ」と言えるもんなら言ってみろ。
肋骨を自己消化させられないだけありがたいと思え。
半月くらいは確実に痛みが続くだろうね。
館川君を放置して保健室から出て教室に戻ろうとすると、再び誰かが担架に乗せられて運ばれてきた。
「大変だ!南雲が頭を打って・・・青いペンキ?を頭から被った!」
「え?姉さん?なんで青いペンキ?とにかく診なきゃ!」
慌てて担架に縋りつくと、頭から青い液体を流して担架の上でぐったりとしている姉さんと目が合った。
「グ、グゥゥ・・・ナンデ運動会でこんなに危ないコトするんデスカ。イテテテ。頭の鉢が割れチャッタじゃナイデスカ。」
「姉さ・・・あなた、二号さん?またあの人はサボったの・・・。」
割れた額からドバドバと青い血液を流す二号さんに肩を貸し、担架を運んできた男子には担架を洗浄するように頼んでこの場から離れてもらう。
「・・・琴音サン。この学校、ちょっとおかしいデス。なんで運動会の練習で救急車が来るんデスカ。それも今日だけで3台デスヨ?ウ、イテテテ。」
二号さんが文句を言ってる間に、自動詠唱機構で回復治癒魔法を発動するも、全く効果がない。
「・・・困ったわね。やっぱり人間とは根本的に身体の構造が違うからかしら。仕方がない、いったん送還して再召喚するしかないか。」
「ウゥ。ソウしてもらえると助かりマス。」
・・・結果、近くの女子トイレで彼を送還し、青い血液で汚れた体操服を洗面所で洗って持って帰ることにしたよ。
実際、残りの魔力も少なくなってきたし、再召喚は姉さんに任せようか。
急がないし、LINEでもいいか。
ってか、二号さんの血液って、ものすごく強い蛍光性があるのね。
まるで蛍光塗料をぶちまけたかのように洗面所が光ってたわよ。
◇ ◇ ◇
運動会の練習が終わり、家に帰ると姉さんと遥香の姿をした二号さんの2人がリビングで何かの動画に見入っていた。
この人は・・・YouTubeなんて見るために学校をさぼったのか。
「お、琴音、お帰り。・・・ねえ、二号さん、次はこれ。・・・どう?」
「ン、ンン?ウ~ン。ここ、あやしいデスネ。多分、オリビアさんに見えなくもナイ・・・?」
「じゃあ、こっちのゴスロリ少女は?東側諸国でこの格好っておかしくない?」
2人とも全くこちらも見ずにモニターに見入っている。
「・・・姉さん、学校、さぼったでしょ。」
「え?いや、授業にはちゃんと出てたよ。さぼったのは運動会の練習だけで・・・。」
まあ、授業に出ていたならいいけど・・・。
「あら、琴音、お帰りなさい。おやつは台所にあるわ。着替えて手を洗ったら、自分で持ってきて食べていいわよ。・・・二号ちゃ~ん。今日のおやつはカリカリと猫ちゅーるですよ~。」
お母さん・・・いくら二号さんが喜ぶからってそれはないんじゃ・・・?
「ワ~イ!カリカリちゅ~る!カリカリちゅ~る!」
う、遥香のかわいい顔で猫の餌を食べないでよ。
姉さん、猫ちゅーるを猫にあげるみたいに・・・。
あ、お母さんまで・・・。
業魔の杖の解呪と姉さんが作った抗魔力増幅機構のおかげで、お母さんもお父さんも遥香のことを思い出してくれたし、魔女のことや二号さん・・・シェイプシフターの召喚に成功したことを伝えたら、仄香が帰ってくるまでは我が家で面倒を見てくれることになったんだけど・・・。
まるでペット扱いだ。
遥香の姿を真似させているから、非常にかわいらしい姿なんだが・・・その扱いは性癖がゆがむ。
「ン~。ウマウマ。止められない味デスネ~。カリカリ。ちゅるちゅる。」
「ん゛っ。ん゛ん゛!・・・で?姉さん。何かわかったの?」
「ん?あ、ごめんごめん、つい楽しくて。仄香の行先なんだけどね。多分、アゼルバイジャンのバクー、そしてカフカスの森、かな。」
「・・・よくわかったわね。まさか、世界中のインターネットを漁ったの?」
「そんなことするわけないじゃん。ヒントは仄香に頼まれて作った全自動詠唱機構だよ。」
「どういうこと?」
「自動詠唱機構も全自動詠唱機構も、基本的にスタンドアローンで動いているから気付かなかったかもしれないけど、あれ、BluetoothとWi-FiでスマホやPCとやり取りしてるんだよ。」
「・・・っ!まさかっ!?」
あわてて自分の左手を確認する。
え?もしかして盗聴とかされてる?
「いや、さすがに盗聴はそのサイズじゃ無理だって。ていうか、今回の場合は遥香のスマホにインストールしておいた制御アプリがウチのサーバと定期アップデートのやり取りをしたからわかったんだけどね。」
「ごめん、やっぱり姉さんが何言ってるんだか分からないんだけど?」
「まあ、今この瞬間の正確な場所まではわからないのよね。分かったのは今朝9時、つまり世界標準時0時にアゼルバイジャンのフォーシーズンホテル館内の縦横約30メートルの範囲にいたってことだけなんだよ。街中にネットに繋がった定点カメラがあるから、今はそれを見てただけね。」
・・・すごいな!?全世界規模で追尾して、わずか30メートル四方にいることまでわかってしまうなんて。
「・・・で、これからどうするの?アゼルバイジャンのバクーまで行くの?」
「ま、無理だね。社会人ならいざ知らず、高校生の私たちじゃそんなことできるわけがない。だから、あとは紫雨君に任せようかな、と。」
・・まあ、それが妥当な判断だろう。
それに、紫雨君はあの仄香の最初の子にして古代魔法帝国「レギウム・ノクティス」を建国するほどの魔術師だ。
よほどの相手でもない限り負けることはないだろう。
「そうね、姉さんの案に私も賛成だわ。・・・二号さんは仄香の場所を教えてくれなかったしね。」
遥香の姿でカリカリと猫ちゅーるのお代わりをお母さんにせがんでいる二号さんを見て、軽くため息をつく。
すると、二号さんはバツが悪いような顔で小さく返事をした。
「ウ・・・。ボクたち召喚獣は、前のマスターのコトは話せない決まりになっているノデス。ボクの意志ではないノデス。」
まあ、そういうことなら仕方がないかな。
でも、姉さんのおかげで仄香の足取りはつかめそうだし、紫雨君は高圧縮魔力結晶で当時の力のほとんどを取り戻したって言ってたし。
果報は寝て待つとしましょうか。
◇ ◇ ◇
水無月紫雨(ノクス・プルビア)
5月2日(金)
夕食時を過ぎたころ、千弦さんに呼び出されて南雲教授のお宅に行ってみると、母さんが憑依している遥香さんにそっくりなシェイプシフターが猫缶を食べているところに出くわし、面食らってしまった。
・・・彼にとっては南雲家のおいしそうな夕食よりも口に合うらしい。
僕が封印されている間に精神世界に結像した存在なので、その生態はほとんど知らなかったけど・・・。
食後、千弦さんが差し出した手から遥香さんの姿をしたシェイプシフターが猫ちゅーるを目を細めながら舐めているところを、琴音さんがスマホで撮影している。
「それ、録画しておいてどうするんだい?・・・まさか。メールで送るつもりなんじゃ?」
「ふふん。そのまさかよ。遥香のスマホが生きていることはわかったからね。それにメアドも変えていないことも。気付いた遥香が慌てて連絡してきたらこっちのもんよ。」
琴音さんがいたずらっぽく笑いながらスマホで録画を続ける。
・・・これ、考えようによってはかなり悪質な脅迫になるんじゃないだろうか。
「あ、紫雨サン。お久しぶりデス。その後、マスター・・・じゃなかった、仄香サンと連絡は取りあってマスカ?もし連絡を取りあっているのでアレバ、ボクは結構快適に過ごしてマスとお伝えクダサイ。」
「あ、ああ。後でメールしておくよ。」
彼は猫ちゅーるを舐めきり、美琴さんに喉の下を撫でてもらい、ゴロゴロという音を立てながら千弦さんに髪を梳いてもらった後、リビングの片隅に置かれた1m四方ほどのクッションの上で丸くなる。
・・・すべて、遥香さんの姿で。
南雲教授がまるで彼を見ないように手元のスマホをずっと凝視しているのは・・・。
ああ、彼、下着をつけてないんだ。
丸くなった拍子に身体のラインがはっきり浮かび上がり、さらにはめくれ上がったパジャマの胸元から白い肌が見えている。
琴音さんはスマホでずっと撮影しっぱなしだ。
・・・これは、遥香さんから絶対にクレームの電話がかかってくるだろうな。
「と、とりあえず、本題について聞いてもいいかい?メールでは母さんの場所が分かったって言ってたけど・・・?」
「ええ。アゼルバイジャンのバクーね。ウチの父さんがカフカスの森の遺跡の調査で行ったことがあるから地理について詳しくて助かったわ。ええと、地図でいうと昨日はここ、それから今日はここね。向かっている方角がカフカスの森の遺跡とほぼ一致するんだけど、何かわかるかしら?」
「カフカスの森・・・ああ、フェアラス氏族の隠れ里か。なるほど、あそこなら魔族の情報を得るのも難しくはない。だけど・・・バクーを経由したということは空路・・・航空機を使った?それに、この移動速度・・・自動車か?母さんはカフカスの森に行ったことがないのか?」
母さんほど世界中を旅しているのであれば、目的地まで長距離跳躍魔法で行ってしまえばいいのだ。
たとえ行ったことがなくても、近くまで跳んで移動するとか、緯度経度を厳密に指定して跳ぶとか・・・やりようはいくらでもある。
それこそ、魔族を同行させているのでもない限りは、あの魔法ならば一瞬で移動できるというのに。
「とりあえず任せていいかしら?それと装備、軍資金は足りてる?それと、コレ。ごめんなさいね、紫雨君の自動詠唱機構は専用設計じゃなくて、私たちと同じ仕様になってるわ。」
千弦さんは、自動詠唱機構とあわせて彼女がこれまで調査して判明した事実をまとめたレポートを差し出してきた。
結構な量だな。
軍資金については、宗一郎さんに相談したら適当に作った炭素の結晶を高く買い取ってくれたので問題はない。
・・・不純物や傷が入っていないだけの炭素の塊が何の役に立つんだろう?
なにか、硬いものを研磨でもするんだろうか。
それにしてはやたらと色付きのものを喜んでいたけど・・・。
おかげで近くのホームセンターまで備長炭とホウ酸団子を買いに行ったよ。
黄色やピンク、赤は空気中の窒素を少量混ぜると色がつくんだけど、青くするためにホウ素が必要なんだよな。
調子に乗って炭素塊に放射線を当てて、赤と黄色、白と緑のスイカみたいなダイヤを作ったら驚いてたな。
ま、あんなふざけた色の石なんて二束三文だろう。
そんなものにあれほどの金額を出してくれた宗一郎さんには頭が上がらないかもな。
「全て宗一郎さんが用立ててくれたからね。とりあえず足りないことはないと思うよ。」
僕の言葉に千弦さんは納得したかのように頷く。
ちょうどその時、シェイプシフターの横にあるテレビに見覚えのあるものが映し出された。
「あ、姉さん。サクラテレビでお宝発見探偵団が始まるよ。へぇ~。世界で唯一のウォーターメロンダイヤモンドだって!すごい!カット済みで472カラット?クラリティVVS1?え?九重財閥所有なの?宗一郎伯父さん、こんなもの持ってたの!?うわ~。いいな~。私も欲しいな~。」
あ・・・僕が作った炭素結晶じゃないか。
「琴音・・・どこにそんなお金があるのよ。ったく、たった4㎝ちょっとの炭素の塊の何がそんなにいいのよ。」
そうは言いつつも2人とも・・・いや、美琴さんまで画面内の奇抜な炭素塊に夢中になっている。
へぇ。あの塊をこんな風にカットしたのか。
それなりに見栄えはいいじゃないか。
きっとアイデアやデザインをほめる番組なんだろうな。
「南雲教授、ちょっと冷蔵庫の中を拝見してもよろしいでしょうか。」
「ん?ああ、おなかでも減ったのかい?・・・・・・ん?脱臭炭がどうかしたのかね?炭が欲しいなら玄関にあるキャンプセットの中にいくらでも入っているぞ?」
「ではそちらを・・・何キロかお借りします。ああ、燃料として火付きが少し悪くなると思いますが・・・。」
玄関を見ると、教授がいつも使ってるキャンプセットに、燃料の炭がいくつも積んである。
南雲教授は、美琴さんからアクセサリを買ってくれと強請られているのでそれどころではなさそうだ。
よし、じゃあ、帰る前にちょっとお土産を作っていこうか。
「常温常圧・超高速結晶化術式を発動。よしよし、元素鉱物は組成が簡単でいいね。結晶格子の軸角は直角、単位格子は3.57×10のマイナス10乗m・・・っと。」
とりあえず、ケンカしないように各自各色1個ずつ、スイカ模様は4つあれば足りるかな。
あ、せっかくだ。千弦さんには立体造形術式を教えたんだし、1個だけ特大の色付きの塊を置いていこう。これは4kgもあれば足りるか。
自動詠唱機構を作ってくれたお礼になるかはわからないけど、砕いて研磨剤に使っても、立体造形術式で変形させてコップを作っても、アイデア次第で結構楽しめるんじゃないかな。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
「姉さん、紫雨君、帰っちゃったね。いつごろ出かけるって言ってた?」
「ん~。今夜すぐ出発するって言ってたよ。そういえばお土産の紙袋をもらってたんだっけ。・・・重いな。なんだこれ?」
そういいつつ、紙袋の中から古新聞に包まれた色とりどりのガラス細工と、恐ろしく透明なガラス塊を取り出す。
・・・ガラスにしては妙に重いな。それに、妙に冷たい。
「千弦。水無月さん、もう帰ったの?お茶しか出してないのに・・・。」
「ん~?急いでるんじゃない?・・・ん~?・・・んん゛!?」
母さんが何かを言っているけど、こちらはそれどころではないかもしれない。
古新聞の中に1枚のメモを見つけたんだけど・・・。
【千弦さんへ。南雲先生のキャンプ用の炭から作りました。小さなものは家族みんなで均等に分けてください。一番大きな塊は自動詠唱機構のお礼です。色以外の組成は炭素のみの簡単な結晶なので、立体造形術式でコップなどを作るといいかもしれません。一般的な湯飲みサイズなら4つ作れると思います。では、行ってきます。】
組成が・・・炭素のみ?
そういえば、父さんのキャンプ用品の炭がどうとか・・・。
結晶?
この重さ、熱電率の高さ・・・。
そして、屈折率の高さ・・・
「ん?姉さん、何それ?あ、今テレビでやってたダイヤモンドと同じ色だね。ガラス?水晶?きれいだね~。うわ、痛いよ!いきなり何するのよ!」
横で琴音が何か言ってるけど、そんなのどうでもいい。
琴音の顔から眼鏡をひったくり、解析術式を発動させる。
「おいおいおいおい!何やってくれてんのよ!紫雨君、世界中のダイヤモンドシンジケートを敵に回すつもり!?ってか、これ、税務署にバレたら大変なことになるよ!」
思わず、最大サイズの塊を取り落としそうになる。
慌てて受け止めるが、こんなもの、足の上に落としたら琴音の回復治癒魔法が必要になってしまう!
「まったく!いきなり何なのよ!・・・で?これがなんだって?・・・うひゅっ!」
私の手から眼鏡を奪い返した琴音が、解析術式を作動させたままでダイヤモンドをみたとたんに、変な声を上げたまま動かなくなった。
どうすんだよこれ。
絶対に世に出せないじゃないか。
いっそ燃やすか?どうやら元は燃料みたいだし・・・。
ほんと、どうするんだよ。
◇ ◇ ◇
仄香
長距離跳躍魔法でオーストラリアからアゼルバイジャンへ戻り、遥香の体の制御を彼女に戻し、レストランで料理が運ばれてくるのを待っているタイミングで遥香のスマホが軽快なメロディを鳴らした。
「ん?なんだろ。・・・え!?琴音ちゃん!?・・・うそ。私のこと、覚えてくれていたんだ。仄香さんの魔法でも、忘れなかったんだ。」
スマホに届いたメールを見て、遥香が涙ぐんでいる。
とうとうバレたか。黙っていようと思っていたけど、メールや電話を着信拒否することまではできなかったんだよな。
・・・この前、紫雨のことが気になって、つい国際電話をかけたら、千弦が琴音を殺しかけた上で自殺しかけたという話を聞いて思わず椅子から転げ落ちてしまった。
なんでそんなことになったのか。
暴走したのが琴音ならまだ分かる。
以前、琴音に記憶干渉術式を使ったとき、その抗魔力の高さから随分と派手に暴走していたからな。
だから今回は琴音にだけはかなり強めに洗脳魔法をかけたのだが・・・紫雨の話だと、そもそも全く効果がなかったって・・・もしかしてアイツ、私より抗魔力が高いのか?
それに千弦が暴走したということは、以前の琴音と同程度の抗魔力を持っているということか?
魔力総量はともかく、魔力容量も抗魔力も、基本的には生まれつきのものだ。
私や紫雨は例外だが・・・琴音と千弦まで例外ってことはないだろう。
紫雨には今回の件は遥香とその家族を守るために何としても教会の目をそらす必要があったということを伝えておいたが、それで納得しては・・・もらえんよなぁ。
「仄香さん、どうした?何か問題でもあったか?」
オリビアがテーブルに着席しながら遥香の顔を覗き込んでる。
残念、今私はジェーン・ドゥの中だ。
今までにない魔力消費量の魔法を使ってしまったから、しばらく遥香の身体で魔法は使えないんだよな。
「オリビアさん。私は遥香だよ。・・・みて。琴音ちゃんからメールが来たの。うふふっ。私のこと、忘れないでいてくれたんだって。」
「あ、ごめん、遥香さんだったか。琴音さん・・・ああ、千弦さんの双子の妹さんだっけ。ん?ムービーファイルがついてるね。・・・わ、すごいね。本当にそっくりだ。・・・うん?これは・・・。」
遥香のスマホを受け取ってメールを読んでいたオリビアの顔が急に曇る。
それも、何かをこらえているような顔だ。
「え?オリビアさん!何があったの!?もしかして、千弦ちゃんに何かあったの!?」
「ん゛・・・ん゛ん゛・・・。私の口からはちょっと・・・。」
そういいながら、オリビアは遥香のスマホを私に差し出してきた。
そして、顔を真っ赤にして笑いをこらえている。
「何か良くないことでも・・・え?何・・・コレ。え?なんで・・・まさか!」
慌てて念話でシェイプシフターを呼び出すが、返事がない。
というより、召喚契約が完全に破棄されている。
それもそのはず、シェイプシフターはスマホの中で千弦の手から猫ちゅーるを食べ、美琴と琴音に撫でまわされ、満足そうな顔をしたあと、クッションの上で猫のように丸くなっている。
・・・すべて遥香の姿でだ。
一体、いつ召喚契約が破棄されたんだ?
次の契約更新まで100年近くあったはずなのに・・・?
魔女のライブラリを確認するが、やはり契約は破棄されている。
契約期間は・・・98年も残っているのに。
「拙者も拝見してよろしいですかな。・・・ぶふぅ。遥香殿、こんな趣味がござったか。はははっ。美少女は何を着ても似合うでござるな。」
「え!?何?え?・・・きゃあぁぁぁ!なにこれ!私が千弦ちゃんの家で・・・え?猫ちゅーる!?きゃあぁぁぁ!やめてぇ!」
遥香はアマリナの手からスマホを奪い取り、慌てて電話をかけようとする。
「遥香さん、アゼルバイジャンは日本より5時間遅いから、東京は今深夜・・・ああ、遅かったですか。」
「もしもし琴音ちゃん!さっきのメール!ひどいよ!私に猫ちゅーるなんて食べさせて!え・・・?なんで泣いてるの?え?う、うん。元気だよ。おなかも丈夫だし、熱も出てないってば。・・・そう、パパとママが・・・うん。ごめんね。・・・そうだね。次からはちゃんと相談するから。ね、泣かないで。私まで泣いちゃうから・・・ね。」
すでに料理が並んでいるテーブルから離れ、柱の陰でしばらく通話する。
たっぷり20分くらい話しただろうか。
目を真っ赤にはらした遥香が席に着くころには、スープが冷めてしまっていたので、ウェイターに交換をお願いした。
しばらく無言が続いたが、遥香はとてもうれしそうな顔をして食事を続けていた。