189 オタク黒エルフとゴスロリ魔族
仄香
4月26日(土)
ノルウェー南部 ハルダンゲルヴィッダ国立公園上空
ここはノルウェー最大の国立公園であり、同時に高原型の魔力溜まりだ。
目的となる場所は、ヴァルス・ニヴェル・・・古ノルド語で「霧の下の王国」という、ファウンロド氏族が隠れ住む都市・・・いや、町だ。
環境が厳しく、食料も多くないこの場所で純血主義なんぞを貫くものだから、人口が増えることはないようだ。
ん?ダークエルフの主義は人類みな平等に価値がない、だっけか?
友人といえるダークエルフは長い人生の中で1人しかいなかったからな。
他の連中とは戦ったことしかないから、その性質まではよくわからないのだ。
気位だけが高いカフカスのフェアラスと違ってまだ話は通じるんだが・・・戦うにしても個体差がありすぎて疲れるんだよな。
もしかしてダークエルフって、人間を見下しているんじゃなくてコミュ障なだけなのか?
そんなことを考えながら飛翔魔法と浮遊術式を併用してオリビアと遥香を運んでいると、目当ての場所は随分と早く見つけることができた。
これ以上飛び続けると、遥香が体調を崩すところだったよ。
・・・あそこだな。
巧妙に隠しているつもりだろうが、この時期にあの地形で霧が滞留するのはおかしいんだよ。
電磁熱光学迷彩術式を作動させたまま、ゆっくりと町の中に降りる。
ヴァルス・ニヴェル・・・ダークエルフの町は思いのほか近代的で舗装された道路を少し型遅れのドイツ車が走っていた。
新しい物好きとは聞いていたが、町の構造が・・・なんといえばいいかな、まるでオタクの町なんだよな。
電磁熱光学迷彩術式を解除し、近くの商店へと向かう。
まずは情報収集だ。
「ねえ、仄香さん。ここ、本当にダークエルフの町なのか?どちらかというと・・・池袋乙女ロードと中野ブロードウェイを足して平面に配置したようなイメージなんだけど?」
オリビアの言う通り、町のいたるところに萌えキャラやロボットアニメの看板があり、ものによっては日本語の看板が立っている。
「仄香さん。ダークエルフの町っていうからもっと神秘的なのをイメージしてたよ。」
遥香がげんなりしている。
対照的にオリビアはさっさと店の中に入り、ダークエルフの店員にノルウェー・クローネが使えるかを確認している。
「仄香さん、大変だ。クローネが使えない。支払いは全部米ドルか日本円だって・・・!」
米ドルは分かるがなぜ日本円?
店員にその理由を聞いてみたところ、店の商品は直接日本から仕入れているため、日本円だと両替の手間が省けてありがたい、とのことだ。
それと、米ドルを通貨として採用しているのは、この町の最大の取引相手がアメリカだからとのこと。
アニメキャラがプリントされたエプロンを着た店員が遥香を見つけ、にじり寄って来る。
「むふー。お客さん、日本人ですね~。日本はいいですよね。コレなんかこの町でも流行ってるんですよ。『コギャル転生ダークエルフでいいんじゃね?』。他にも『ダークエルフと色白な僕』。作者は神ですよね!?げへへ。」
遥香に話しかけたエルフを放置して店内を見回すと、男女問わずどう見てもオタクのような姿をしているダークエルフしかいないことに気付いた。
こいつら、本当にダークエルフか?
前に会ったことがあるダークエルフは、質実剛健を絵にかいたような男だったぞ?
それと、その流暢な日本語はどこで習ったんだ?
・・・む?濃厚な魔石の気配が・・・。
カランコロンとドアベルを鳴らしながら入ってきたのは、黒髪でゴスロリを着た少女・・・に見える女だった。
「店主。新刊を買いに来ましたぞ。いよいよ『武装魔法少女ミスティ』のフィギュアが入荷されたと・・・やや!ミスティちゃんのコス!おぬし、やりますな!おお!こちらはメルティちゃんではありませぬか!」
ゴスロリ少女は赤い縦長の瞳で、私と遥香を嘗め回すように見た後、ゲヘヘと笑いながらスマホを取り出す。
あ。左目にカラコン入れるの忘れてた。
・・・おいおい。こいつ、魔族じゃないか!?
魔族に会って襲われなかったのって、初めてだぞ!?
「あ・・・写真はちょっと・・・別にコスプレしているわけではないので。」
遥香が慌てて制止すると、思いのほか簡単にあきらめてくれた。
「これは失礼をば。拙者、『武装魔法少女ミスティ』の大ファンでしてな。つい興奮してしまったでござる。日本の方ですな?拙者の日本語は正しく通じておりますかな?」
そういえばコイツ、さっきから日本語で話しているな。
どういうことだ?
「え、ええ。日本語がお上手ですね。まるで、昔から日本に住んでらっしゃるみたいです。」
遥香。褒めると面倒なことになるから・・・。
「そうでござるか!拙者、日本のアニメで日本語を勉強したでござるが、この店の店主としか会話で使わないのでな。日本の方に通じるか心配しておったのでござるよ!」
ああ。完全に調子に乗って話し始めた。
遥香を捕まえてアニメ談義を始めたゴスロリ魔族は放置しておくとして、店主と呼ばれたダークエルフに話を聞くことにした。
ついでに、何か買って行こう。
なかなかの品揃えだしな。
店内を物色すると、日本でもお目にかかれない限定品や神絵師の二次創作ものが並んでいることに気付いた。
一つ一つの値段はかなり高く設定されているが、日本円と米ドルは十分なたくわえがあるから気にすることはない。
遙一郎と香織の記憶を洗脳魔法で弄るときに、部屋にあったものは処分しないように設定したが、念のため私の私物は回収したんだよな。
「遥香の物」と識別されない恐れがあるから・・・。
おかげで玉山の隠れ家にアニメグッズの類いはすべて放り込んであるが・・・。
それにしてもこの店の品ぞろえは素晴らしいな。
「・・・ねえ、仄香さん。そんなに買っていくのかい?荷物が増えるからそれくらいにしたほうがいいんじゃ・・・。」
オリビアの声に我を取り戻し、手に持っていた重装魔法少女メルティの変身前フィギュアを買い物かごに入れ、レジに向かう。
「すみません、お会計をお願いします。・・・それと、ちょっと伺いたいことがあるんですが。」
ゴスロリ魔族と一緒に遥香とアニメ談義をしていた店員のダークエルフに声をかけると、慌ててレジに飛んできてバーコードをスキャンし始めた。
・・・霧の古都ヴァルス・ニヴェルって・・・ちょっとした現代の地方都市になってしまっているじゃないか。
風情も情緒もあったもんじゃないな。
「はーい、合計、846ドル60セントですね~。お支払いは米ドル?それとも日本円?日本円だと・・・12万6778円ですね~。」
「仄香さん、あんた・・・気持ちはわかるけど買いすぎなんじゃ・・・?」
オリビアがあきれ返っているけど、欲しいものがあったから・・・ゲフンゲフン。聞き込みをするためだから仕方がないじゃないか。
「支払いは日本円でお願いするわ。」
財布から万札を13枚取り出し、店員に手渡す。
「むふー。今日一日の売り上げが一瞬で完了ですー。・・・あ、それで聞きたいことって何ですか?もしかして私のメアドとか?」
店員のダークエルフはそう言いながらエプロンのポケットからスマホを取り出す。
iPhoneの最新型だ。
・・・本当に風情も情緒もあったものではない。
「いえ・・・ファウンロド氏族はもっと閉鎖的だって聞いてたんだけど・・・それに、街の中を普通に車とか走ってるじゃない?聞いてた話とずいぶん違うな、って思って。」
一瞬店員は考えるようなそぶりをした後、ハッと何かに思い当たったかのようにケラケラと笑い出した。
「ああ、それは私の前の世代ですね~。この町も昔はかなり閉鎖的だったんですよ~。チョビ髭や自称鉄の男がダークエルフを躍起になって狩ってましたしねー。」
ああ、そういえばアイツ等、筋金入りの人種差別主義者で独裁者だったからな。
自分たちと生態まで違う相手を受け入れられるはずなんてないだろうな。
「町の中はしっかり舗装されてて、車まで走っているということは・・・。もしかして?」
「はい~。一昨年、地下トンネルで高速道路が開通しましたからね。・・・あれ?お客さんたち、もしかして鉄道で来たんですか?高速バスのほうが便利ですよ~。」
・・・驚いた。高速道路だけではなく、鉄道まで通っているだと?
もしかしてファウンロド氏族って、フェアラスやルィンヘンよりも開明的なんじゃないか!?
「むふぅん~?もしかしてお客さん、その魔力量・・・魔族・・・ではないですね。私の知らない幻想種かなぁ?でも大丈夫。この町は人種の坩堝ですからね。あ、むしろ人間のほうが少ないんだっけ。あははは。」
私が知らない間にとんでもないパラダイムシフトが起きている。
軽いめまいを覚えながら、次は遥香を捕まえて離さないゴスロリ魔族少女のところへ行ってみる。
「遥香さん。そちらの方と仲良くなったみたいですが・・・紹介してもらえますか?」
「あ、仄香さん。ええと、こちらはアマリナ・ダールさん。この町の市役所の財務課で働く公務員さんなんだって。アマリナさん。こちらは南雲仄香さん。私の友達だよ。」
「お初にお目にかかる。拙者、アマリナ・ダールと申す。いやはや、いつもの行きつけの店でミスティちゃんとメルティちゃんにそっくりなお二人に会えるとは・・・おお、そちらの方は赫殿のコスが似合いそうでござるな。・・・じゅるり。」
うわ・・・ド級のオタクだ。
オリビアは・・・おまえ、何を感心したような顔をしているんだよ。
「は、初めまして・・・南雲仄香です。とりあえず場所を移しましょうか。お店にも迷惑になるかもしれないし。どこか、いいお店を知ってるかしら?」
いかん、ジェーン・ドゥと名乗った方が良かったか?
まあ、「私は」とは言ってないから問題ないか。
「おお。では拙者の行きつけの喫茶店でよろしければご案内しましょうぞ。」
ゴスロリ魔族少女・・・アマリナに連れられて、ぞろぞろと歩いていくと少し開けた場所・・・バスロータリーのようなところに出る。
・・・ほんとだ。駅があるよ。
アマリナの案内で入った喫茶店は、上品なコーヒーの香りが漂う、レトロな感じの店だった。
「マスター。私にはコーヒーを。そちらの皆さんには・・・とりあえずメニューを。」
・・・ノルウェー語は普通の話し方をするんだな。
いったい、何のアニメで日本語の勉強をしたんだか。
メニューを受け取り、ノルウェー語が分からない二人に代わってまとめてコーヒーを注文する。
さて・・・何から聞き出すか。強制自白魔法を使う必要は・・・なさそうだな。
「その・・・アマリナさんは魔族、よね?この町は人種の坩堝ってさっきの店員さんも言っていたけど、魔族の人とこうして話したのははじめてだわ。」
「あ、拙者は魔族ではありませぬぞ。母は人間でありますからな。父は・・・100年位前に母をおいて出て行ったそうですが。ま、顔も知らぬ父の血を引いてるおかげで母と早く・・・いえ、寿命ですが。別れなければならなかったのと、この変な形の瞳になってしまったのは腹立たしい限りでござるな。」
ああ、なるほど。
魔族の男は必ず人間など別の種族との間に子供を作るから、子供側が自分を魔族と認めないパターンもあるということか。
・・・エドアルドが言っていたじゃないか。
魔族のくせに自分のことを人間だと思っている奴がいる、と。
しかし・・・やはりこの少女、貴重な情報源になりうるかもしれない。
「アマリナさんのその瞳、私はチャームポイントだと思うんだけどな。ミスティの仇敵、夜の女王エストリエにそっくりじゃない?」
「おお!やはりご理解いただけるか!このドレスは第13話の初登場のシーンでエストリエが着ていたものを、普段使いできるように拙者がアレンジしたものでござってな。いや~。職場の男どもには理解がなくてな。」
おい。まさかその格好で働いているんじゃなかろうな?
それに・・・魔族が受け入れられているとはいえ、人種の坩堝ということは・・・。こいつの年齢からすると・・・結構な役職なんじゃないか?
「そういえばアマリナさんってこの町の役所で働いてるんでしょ?どんな仕事をしてるの?」
遥香がアニメの話をそらそうとするが・・・。多分地雷だ。
「拙者、財務会計課の課長と総務副部長を兼任しているでござるよ。今月いっぱいで定年退職する予定でござるが。」
ぶふぅ!
・・・遥香。思い切り地雷を踏みぬいたよ。
踏みつぶす勢いで。
「へ、へぇ~。じゃあ、この町のことについて詳しいんじゃない?ねえ、仄香さん。色々聞いてみたら?」
オリビアが苦笑いをしているが、総務副部長というからにはこの町について相当詳しいはずだ。
私はといえば・・・ゴスロリ魔族少女が予算だの調達・契約だの、会計業務だのを統括している場面を想像して腹がよじれる笑いをこらえていたよ。
◇ ◇ ◇
アマリナには3時間ほど拘束され、次回来るときには必ず連絡するように、また定年退職後は日本に遊びに来るので案内をするようにと約束をさせられて、つい先ほどやっと解放された。
だが、予約なしで宿泊できるホテルを紹介してもらえたのは非常にありがたかった。
紹介されたホテルの3人部屋を借り、その個室内のソファーセットに腰掛け、オリビアと情報を整理することにした。
遥香は・・・すでに杖の中でくつろいでいるようだ。代わりにリリスがジェーン・ドゥの制御を代わっている。
《仄香さん。魔族っていっても色々いるんだねぇ。・・・。てっきり私の右手を切り落とした青髪みたいな人ばかりだと思ってたよ。》
そういえば紫雨と一緒に遥香の家に帰宅するとき、スカートの裾に血がついていることに気付かれてエドアルドのことを話したけど・・・私自身の魔族についての見解は大して変わらなかったからな。
「とりあえず、アマリナさんから聞きだしたことをまとめましょうか。それにしても、フェアラス氏族って・・・思っていたのと全然違うわね?」
カルチャーショックというべきか、ジェネレーションギャップというべきか、よくわからないが、聞き出した内容を整理していく。
まず、この町、ヴァルス・ニヴェルは80年ほど前までは霧の結界で閉ざされ、ダークエルフ以外の出入りはなかった。
第二次大戦が終わり、ノルウェーが北大西洋条約機構の原加盟国として1949年に北大西洋条約に調印したあたりで、ヴァルス・ニヴェルに大寒波が襲い、住人の4分の1が死傷するという事態に陥る。
その際、それまでの町を治めていた長老たちが相次いで病死したことから、若い世代への交代が一気に加速されることとなった。
・・・若いって言っても250歳越えだけどな。
不足する食糧問題や悪化する衛生状況に、1967年の冬、ついにフェアラス氏族はノルウェー政府に対して公式に支援要請を行う。
1960年から1973年にかけて、経済は好況であり、国庫にも余裕があったため、ノルウェー政府はこれを快諾、ただし、フェアラス氏族が魔族との交流があったため、大々的な広報は行わなかった。
1988年、交流のあった魔族が持ち込んだ日本のライトノベルにダークエルフが登場していたことから空前のヒットとなり、日本文化を学ぶものが激増する。
・・・同時に、幻想種の中で比較的若い者たちがそれぞれの出身地である魔力溜まりを飛びだし、ハルダンゲルヴィッダ・・・ヴァルス・ニヴェルに移住した、と。
「仄香さん。この町のことはわかったけど、魔族と教会についてはそれほどよくわからないんだよね。あーあ。私も十二使徒になったばかりだったからなぁ。もう少し教会に長居して、本拠地を調べてから抜けるべきだったかな・・・。」
《教会の信徒はセイラムを本部だと思っているんだよね?西側諸国は教会のことをカルト宗教として危険視してるのに、なんでアメリカに堂々と本部を置いていられたんだろう?》
「それは、西側諸国は信教の自由があるからですね。東側にはそんなものはありませんから。でも・・・そうするとおかしいんですよね。教会の信徒たちはいつも東側勢力と行動を共にしていましたから・・・。」
白頭山を吹き飛ばした時も、シューメーカー・レビー第九彗星迎撃の時に邪魔された時も、教会は東側諸国と行動を共にしているようだが・・・。
「ああ、それなら聞いたことがあるよ。東側、特にソ連と中国、あとはイスラム諸国は魔法協会と魔術結社に嫌われてるからね。第二次朝鮮戦争以降だったかな。教会と結社が連名ですべての魔法使い、魔術師に通達を出したじゃない?共産主義国家と政教分離が出来ていない国家に対する一切の協力を禁ずるって。」
「ああ、なるほど。だからいずれにも属していない魔法使いや魔術師を抱える教会の力をあてにしているってことですね。」
・・・となると、比較的自由なファウンロド氏族よりもソ連に制圧されているフェアラス氏族に聞き込みをするべきだったか?
だが・・・あいつら、本格的に人間嫌いだからな。
なかなか情報が整理できずに一日が終わり、翌朝ホテルの朝食を終えたころ、スマホにアマリナから一通のメールが届いた。
それは魔族と教会について情報を持つハーフエルフがいるので是非合わせたい、との内容だった。