188 杖とリヴェラとホムンクルス/人工ダンジョンにて
仄香
4月20日(日)
スイス南西部ヴォー州 州都ローザンヌ
日本からは長距離跳躍魔法でフランス東部・・・アルプス山脈の麓の街に降り立ち、定期航路を利用して移動することにした。
ジェーン・ドゥの身体で、黒い杖を持った遥香、落ち着いた格好をしたオリビアとともにフランス・エヴィアン=レ=ヴァンからの定期船からレマン湖畔のウシーに降り立つ。
ちなみに念のためだが、ヨーロッパは教会関係者がいる可能性が高いので、左目には右目と同じバイオレットのカラーコンタクトを入れてある。
この町・・・ローザンヌには魔術結社の本部がある。
結社の代表であるフィリップスに会いに来たのだが・・・もうあれから140年も経つが・・・あいつ、まだ生きてるのかね?
ま、エルリックでさえ生きてるんだ。きっと頑張って現世にしがみついているだろう。
魔法協会と同じく、魔術師同士の緩い繋がりでできている結社ではあるが、教会とは同じように繋がりがあるといわれている。
何かしらの情報が手に入るとよいのだが。
フランス語の看板が並ぶ商店街の前を通り過ぎたあたりで、それまでキョロキョロと観光客状態だった遥香が話しかけてきた。
「ねえ、仄香さん。私、ペットボトルのエビアンの名前は町の名前だったって初めて知ったよ。きれいな場所だったね。」
フランス語については玉山の隠れ家で少し教えたが、魔女のライブラリにアクセスできるおかげか習得が早くて驚いたよ。
「そうですね。私もヨーロッパの風景を見ると懐かしい気分になります。」
「たしかに分かるような気がする。でも・・・水は日本のほうが美味しいかな?」
そうか。オリビアは日本の水に慣れてしまったか。
遥香を連れて日常から離れてそろそろ2週間が経過した。
琴音と千弦は元気だろうか。
遙一郎と香織は遥香がいないことに耐えられるだろうか。
超広範囲の洗脳魔法を発動するにあたり、琴音の抗魔力が極端に高いことを踏まえて、琴音にだけ効果の強度と密度を限界まで上げて行使したが・・・。
私の抗魔力を上回りでもしない限り、洗脳から逃れるすべはないだろう。
それに、早く紫雨の顔を見たい。
数千年に亘って会えなかったというのに、たった半月会えないだけで心が揺らぐとは、思ってもみなかった。
一日も早く教会を滅ぼしてみんなのもとに戻ろう。
ローザンヌ大聖堂が見えるサントラル通りに面した雑居ビルに、魔術結社の入り口の一つがある。
結社は安定した岩盤を利用して作られた地下迷宮を人工的な魔力溜まりと化し、その最奥に本部を構えているのだ。
入口の警備員の女性に声をかける。
「フィリップス・ド・オベールに、アナスタシア・マクシミリアノヴナ・レイフテンベルクスカヤから届け物よ。プトレマイオスの鍵と、大ペンタクル。・・・まだこの符牒は通じるかしら?」
事前に手紙は送っておいたが・・・すでに死んでいたら何の意味もない。
というか、この名前を名乗るのは久しぶりだな。
「・・・!お待ちしておりました。アナスタシア様。いえ、ジェーン・ドゥ様とお呼びしたほうがよろしいですかな?」
「あら?あなた・・・もしかして、人工魔導生命体?」
「はい。マスター・フィリップスによって作り出された7体目のホムンクルスです。セプト、とお呼びください。・・・ユイット。ここをお願いします。」
セプトは近くにいた同じ顔をした女性に警備を任せ、雑居ビルの奥の応接室に私たちを案内する。
「ふうん・・・ユイット、つまりは8番目ね・・・あなたは量産モデルなの?」
「いいえ、私とユイットはマスター・フィリップスの娘を模して造られたテストモデルです。量産モデルはオーンズ以降です。」
完全自律型のホムンクルスが完成しているとは知らなかった。
だが・・・体内に魔力の流れはあるものの、魔力回路がない。
私の身体の代用品とすることは難しいようだな。
応接室のソファーに座ると、セプトは飲み物が入ったグラスを私たちの前にそっと置いた。
「え?お酒?炭酸?」
「アルコール?まあ、好きだけど・・・。」
「・・・遥香さん、オリビアさん。これはリヴェラと言って、スイスの国民的な飲料です。乳清とハーブ、フルーツからできている微炭酸飲料で・・・とりあえず飲んでみてください。おいしいですよ。」
「へぇ〜・・・美味しいね。ジンジャーエールみたいな味がする。うわっ!地震?」
「エレベーターです。こういう趣味は変わっていませんね。」
2人の驚きをよそに細かな振動を伴いながら、応接室の形をしたエレベーターは地下深く降りて行った。
◇ ◇ ◇
しばらく続いていた細かな振動が少し大きい振動を最後に止み、応接室の扉が再び開く。
そこには雑居ビルの地下とは思えないほどの広大な空間が広がっていた。
「うわ・・・広い・・・。」
遥香は周囲を見回しながら、感嘆の声を上げている。
琴音や千弦、遙一郎や香織と会えなくなってかなり落ち込んでいたが、最近は笑うことが多くなったようだ。
杖に入れたままで移動しても構わなかったんだが、気分転換になると思ってその足で歩かせて正解だったようだ。
「こちらです。足元にお気を付けください。また、ご存じかもしれませんが一度迷うと人の身では迷宮から出ることは難しいと思います。・・・いえ、お連れ様のことですよ。」
セプトがやんわりと2人に注意する。
・・・まあ、私はこの迷宮なら、端から端まで踏破済みだしな。
でもオリビアなら何とかなるんじゃないか?
慌てて私の手につかまる遥香を連れて、セプトの後に続く。
っていうか、道中長すぎだろう。
セグウェイくらい置いとけよ。
それと、気持ちはわかるがモンスターを配置するな。
オリビアのやつが殴りたくてうずうずしてるぞ。
・・・おい、身体強化魔法を発動するなよ。
せっかくのモンスターが逃げちゃったじゃないか。
まるでRPGのダンジョンだな。
ああ、そういえばここは人工魔力溜まりだったよ。
30分ほど歩くと、大魔王が待ち構えている玉座の間のような空間に出る。
遥香は歩き疲れたのか、杖の中に引っ込んでしまった。
なので、すでにジェーン・ドゥの身体にはリリスを憑かせてある。
【おお、久しぶりであるな。魔女アナスタシア殿。いや、魔女ジェーン・ドゥ殿。・・・ん?それは・・・面白いことをしておられるな。身体を二つ用意して動かしているとは。】
玉座のあるべきあたりから機械音声が聞こえてきたので近づくと、そこには特大の円柱状水槽が立っていた。
「お久しぶりね。フィリップス。あなたこそずいぶんと変わった姿じゃない。」
「うわ・・・あれ、倒したほうがいいのか?」
中には薄水色の溶液が満たされており、脳と複数の臓器がいくつものケーブルにつながれた状態で浮いている。
とりあえずオリビアが戦闘モードに入りそうだったので静止して、会話を続ける。
「オリビア。倒しちゃダメよ。・・・およそ140年ぶりね。さすがにあの身体は持たなかったのかしら?人間は不便ね。」
【うむ。じつに141年ぶりであるな。・・・魔女殿とは違って我らは身体を乗り換えることなどできぬからな。ま、何とかやっておるよ。娘たちが世話をしてくれるし、ネットワークがこの星の隅々まで張り巡らされたおかげで退屈とは程遠い。】
「そう。よかったわ。」
フィリップスは魔術と科学を駆使して延命を図っていたようだ。
だが、かつて大錬金術師にして大魔導士と呼ばれた彼も、科学と魔術の融合には苦心しているようで、機材に洗練さのかけらもない。
思わず左手首の全自動詠唱機構をなでる。
・・・こうしてみると千弦の才能の異様さが際立つな。
あいつ、魔導士っていうか、『大魔導師』って名乗ってもいいんじゃないか?
《うわ・・・仄香さん、あれ・・・生きてるの?それともさっき言ってたホムンクルスってやつ?》
《いえ、彼は人間です。・・・今はまだ。外法や禁呪、聖遺物に手を出した時点で人間とは言えなくなりますけど。》
《ふう〜ん。》
遥香・・・何を考えてるかわかるけど、私は生まれも育ちもホモサピエンスだぞ?
【魔女殿。貴殿がここに来たのは、吾輩の顔・・・失礼、顔はもうなかったでござるな。ただ会いに来たのではなかろう?まだ探し物は終わっておらぬのか?】
「いいえ。一番大事なものはもう見つけたわ。今回ここに来たのはその逆、一番ムカつくものを探して潰すために来たのよ。」
【ふむ・・・。何十年か前、似たようなことを米軍の連中と一緒にやっておったと思ったが・・・。まだあきらめておらぬのか。】
フィリップスの言う通り、本当なら国防総省の連中の協力が得られているうちにカタをつけたかったんだよ。
だけどあの後、シューメーカー・レビー第九彗星の迎撃で忙しくなった挙句、私の力を恐れた東側諸国が連帯してアメリカに圧力をかけたからな。
おかげで大手を振って国防総省に出入りできなくなったよ。
誰かの戦争をひっくり返すのは大好きだが、戦争の火種になるのは利用されているみたいで面白くない。
それに、ドナルド・トランプにしても、ジョー・バイデンにしても、あいつらとは仲良くできそうにないしな。
・・・なんで右も左も両極端なんだ!?
「SL9迎撃のせいで列強上層部からは総スカンね。偉そうな連中はよほどあの魔法が怖かったのね。おかげでまだ見つけられてないわ。まあ、サン・エドアルドだけならこの前、倒したけどね。」
【く、くくく。そうか、あのいけ好かない化け物を倒したか。さすがは魔女殿であるな。よかろう、吾輩の知るすべてを貴殿に明かそうではないか。】
「それは助かるわ。」
まあ、最悪の場合は強制自白魔法で聞き出そうかとも思っていたが・・・全自動詠唱機構があればタイムラグなしでいきなり自白させられるしな。
◇ ◇ ◇
フィリップスの話は140年分の教会と魔族の話ということもあり、一昼夜かかってしまったが、かなり有益な情報を得ることができた。
話を聞いている間にセプトをはじめとする人工魔導生命体についての知見も得ることができたし、何より夕食に出されたワインは絶品だった。
大浴場で遥香もさっぱりしたようだし、オリビアも地下迷宮内をセプトに案内されて楽しんでいたようだ。
フィリップスの話をまとめると、教会の本拠地はかつてセイラムに置かれていたが、教皇と呼ばれているサン・ジェルマンは、そこには寄り付かなかったらしい。
実際に大した施設はなかったしな。
残念ながらヤツの足取りはつかめないが、代わりに気になる情報を得ることができた。
教会の十二使徒と呼ばれる者たちと、サン・ワレンシュタイン、そしてサン・マーリーの顔写真付きの名簿だ。
「ふう〜ん・・・。この2人は千弦が倒したわね。第五席『神罰の雷ミカエラ・アルトゥール』と第八席『石雲ペドロ・クライン』か。・・・まあ、あの攻撃を受けたらね。」
後で分かったことだが、ミカエラとペドロは琴音の攻撃には命の対貨を使って耐えたものの、千弦の攻撃にはそれを使う暇さえなかったようだ。
アイツ、ヤバいな。
気を取り直して資料を丸暗記していく。
それにしても、三聖者の能力まで調べてあるのか。
エドアルドはやはり精神感応か。それと、ワレンシュタインは念動力?あいつ、そんなもん使ってたか?
マーリーは・・・瞬間移動だと?
・・・まずいな。
どの程度熟達しているかによっては、私との相性は最悪かもしれん。
遭遇する前に知ることができてよかった。
よし、今から対策を練らなければ。
さらに時間をかけて資料を読み込み、重要な情報をピックアップしていく。
フィリップスのおかげでおよその方針は決まった。
まずは、ノルウェー南部の黒エルフ、次にアゼルバイジャンのエルフもどきのところに行ってみようか。
魔族そのものと交流がある以上、その本拠地に足を運んでいる者が必ずいるはずだ。
あ、ついでにグローリエルのふるさとにも顔を出してみようか。
◇ ◇ ◇
4月24日(木)
南雲 千弦
ゴールデンウィークも間近となり、学校の中は非常にざわざわとしている。
それもそのはず、この学校はゴールデンウィーク明けに日本一過激な運動会を行うことで有名なのだ。
中高一貫校であるこの学校の一学年当たりのクラス数は、中学は6組、高校は8組。
中学は各組の中で6人ないし7人が抽出され、高校は1つのクラス、すなわち50人が一つの組になる。
琴音は1組で紫組、私は2組で白組。その他、青、緑、橙、黄、赤、黒と8組まで続く。
中1は馬上鉢巻き取り。
中2は綱取り。ちなみに綱引きではない。
中3は俵取り。米俵ではない。砂が詰まったクソ重い砂俵だ。
高1は騎馬戦。鉢巻きをとるのではなく、相手の騎馬をつぶして勝利だ。
高2、高3は棒倒し。防衛大学校と違ってプロテクターはない。
毎年ケガ人が続出で、一昨年は咲間さんが騎馬戦で肋骨を折って保健室に運ばれた。
琴音が回復治癒魔法で治しちゃったけどね。
っていうかさ、男女混合でやるなよ!
こっそりと身体強化系の術式、使っちゃうぞ!
そして同級生たちは勉強そっちのけで毎日運動会のトレーニングを続けている。
・・・運動会が終わったら大学受験本番だからな。
最後の高校生活を楽しみたいんだろう。
私たちは仄香のおかげでそれどころではないんだけど。
「おーい、千弦。中2に差し入れ、持ってくぞ。・・・どうした。何か考え事か?」
「別に〜。もういっそのことドーピングしたくなるわよね。」
この学校では高校3年生が担当の学年の後輩にパンやら牛乳やらを差し入れする風習がある。
要するに、運動会当日までに少しでも体重を増えさせるためだ。
なぜかって?そりゃ、ケンカで勝つために一番手っ取り早い方法は体重を増やすことだからよ。だてにボクシングや柔道は体重で階級が分かれているわけではないのだ。
当然、中学2年の後輩たちがお昼休み時間になると一斉に群がってくる。
みんなお弁当は持ってきているようで、食後のデザート感覚なのか惣菜パンより菓子パンのほうが人気が高い。
「南雲先輩!俺、入る部活決めました!戦技研にします!」
「お前バカか?南雲先輩は手品部の部長だぞ?先輩!俺は手品部に入部します!」
パンを配っていると、何というか雛鳥に給餌しているような気分になるんだが、中学2年の可愛い後輩に囲まれるのも結構アリかもしれない。
「千弦。顔がキモい。」
う、理君に突っ込まれてしまった。
◇ ◇ ◇
放課後、3時間ほど運動会のトレーニングを行ってから琴音と咲間さんと待ち合わせをして校門を出ると、紫雨君が駅に向かう途中にある歩道橋から手を振りながら下りてくるところだった。
「あ、紫雨君!あの後、何か分かった?・・・さすがにこの短期間じゃ難しいかな。」
「・・・なんといえばいいか・・・昨日の夜、母さんから連絡があったよ。」
・・・は?今なんと?
思いもよらない言葉に、思わず頭がフリーズする。
「もしかして、仄香・・・私たちが『ああいう状態』になる可能性を全く考慮していなかった・・・とか?」
琴音もあっけにとられている。
そりゃそうだ。もう少しで私は自分の頭を自作の術弾でぶち抜くところだったんだぞ!?
「一応、母さんには全部話したんだけど・・・電話の向こうで平謝りだったよ。僕じゃなくて二人に謝れとは言っておいたんだけどね。」
そのまま紫雨君を囲んで4人で西日暮里駅の真横にある道灌山公園に行き、ベンチに腰掛ける。
ここは東京23区内の、それも山手線の駅のすぐそばでありながら緑が多くほとんど人が来ない絶好の内緒話スポットなのだ。
「それで、私が暴走したことについて仄香はなんて言ってた?」
「母さんの話によれば、暴走する可能性が一番高かったのは琴音さんだそうだよ。前に暴走したことがあるから、琴音さんにだけは念には念を入れて洗脳魔法を施したらしいけど・・・千弦さんはそこまで抗魔力が高くなかったから、危険性は少なかったはずだって。」
「つまり、姉さんの抗魔力も仄香が失踪する直前の私と同じレベルまで上がっているということね。・・・すごいわね?魔力結晶って。」
そういえば琴音のやつ、魔力結晶の一番大きな塊をジンベイザメの抱き枕に入れて寝てるって言ってたっけ。
そうすると・・・枕の下に隠して寝てる私も同じってことか?
・・・盲点だったな。
「魔力・・・結晶?・・・2人とも。天然・未加工の魔力結晶を身に着けて暮らしてる、なんてことはないだろうね?」
急に紫雨君が私たちの顔を覗き込んできた。
「え?ダメなの?咲間さんのチョーカーも魔力結晶だけど・・・?」
思わず琴音の顔を見ると、いけないことをして親にバレた時のような顔をしていた。
「はぁ・・・。彼女のは人工魔力結晶。最近君たちの力が急激に上がったからどうしたのかと思えば、まさかそんな危ないことをしていたとは。・・・いいかい?魔力溜まりで魔物や幻想種が生まれる理由は母さんから聞いていただろう?」
「え・・・うん。たしか、魔力溜まりは星の魔力が強く噴き出るところで、その魔力でいろいろな生物が変異する、みたいな話だと思ったけど・・・?」
・・・おいおい、咲間さんが人工魔力結晶のチョーカーをいつも身に着けているから問題ないと思ってたよ。
「そう。そして魔力溜まりの中で発散しきれなかった純魔力が結晶化したものが魔力結晶。さらに言ってしまえば、一つの魔力溜まりが生み出す魔力結晶は、大規模なものでもせいぜい数gから十数g。」
一つの魔力溜まりで、数gだって?
うわ、マジですか。
いやな汗が流れ始めた私たちに紫雨君は追い打ちをかける。
「・・・で?君らの家には何gの天然魔力結晶があるんだい?・・・まさか、その上で家に結界なんて張ってないだろうね?」
いやな汗が滝のように流れる。
「・・・合計、約1kgちょっと・・・結界はお母さんが張ってる。」
「・・・はあぁぁぁぁ・・・。君たち、気付いてないかもしれないけど、幻想種化し始めてるよ。まだ体内に魔石は生まれてないみたいだけど。」
思わず琴音と顔を見合わせる。
慌ててセーラー服の前や後ろをめくりあげて体中を確認するが、これと言って人間ではなくなってしまったところは・・・。
「ねえ、コトねん。千弦っち。その・・・牙?昨日あたりから気になってたんだけど・・・?」
・・・あったよ。人間ぽくないところが。
「なにこれ?犬歯が・・・長い?こんなに長かったっけ?」
琴音と向かい合わせになって口を開けたり食いしばったりしてみるが、明らかに犬歯が長い。
「・・・初めて見る種族だね。太陽光に弱いこともないし、銀製品にも触れているようだから・・・ヴァンパイアでもライカンスロープでもない。毛深くなっている様子もないし、身長に変化もないから獣人、ドワーフ、ホビットでもない。鱗もないから魚人でも竜人でもない。・・・とにかく、今のうちならまだ間に合うから魔力結晶を処分したほうがいい。それとも、僕が加工して身に着けられるようにしようか?」
紫雨君の言葉に慌ててポケットから魔力結晶を取り出す。
見れば、琴音も同じくらいの大きさの魔力結晶をポケットから取り出していた。
「と、とりあえず今持ってるのはこれだけ。あとは家においてあるから・・・。」
「し、紫雨君・・・この後ウチにきて、全部加工してくれない?・・・ね、お願い。」
紫雨君は私たちが差し出した魔力結晶を手に取って、さらに深い溜息を吐いた。
「・・・これ・・・僕が作った高圧縮魔力結晶じゃないか。レギウム・ノクティスの地下倉庫にないからだれが持って行ったかと思えば・・・しかも1kgって、保管しておいたほとんどじゃないか。一緒においてあった保管容器は・・・ないよな。あそこに残してあったし。」
そういえば紫雨君は古代魔法帝国の初代皇帝だって言ってたっけ。
あの話、ほんとだったのか。
「え゛。保管容器、無いとマズいの?」
「すごくマズい。君たちにもわかるように言うと、放射線源をむき出しで持って歩くようなものだ。・・・いや、エネルギー量はその比ではない。なにしろ、その欠片1つでこの国が今後1000年間発電するエネルギーを取り出すことができるようなシロモノだからね。・・・千弦さん、なぜその手を引っ込めているのかな?」
お!?おおう・・・。つい。
だってプルトニウムとかトリチウムって、男のロマンじゃない?
私の中の中学2年生男子がさっきから狂喜乱舞してるのよ。
「・・・完全に話がそれてしまったね。まいいや。ほら。こっちに渡して。術式で応急的に保管容器を作るから。・・・それと。手持ちにできる量以上については、返してもらうよ。危ないからね。」
ぐ、・・・まさか、元の持ち主が現れるとか思わないじゃない!?
・・・あ、そんなことより仄香の話だったよ。
◇ ◇ ◇
その後、紫雨君は私たちの家まで来て、ポケットから取り出した数枚の金貨を立体造形術式で加工して高圧縮魔力結晶の保管容器を作ってくれたよ。
魔力結晶については、私たちそれぞれ100gずつ残して、残りは持って帰るんだって。
それと、我が家の2階は完全に魔力溜まり化していたそうな。
あまりに安定しすぎていて、逆に紫雨君がこの家の屋根を直したときにも気づかないレベルだったってさ。
おかげで、 仄香の話は後日になってしまったよ。