182 南海の即席リゾート/去り行く日常
3月20日(木)
南雲 千弦
調布の飛行場からチャーター機に乗り、南に向かって数時間飛んだところにその島・・・いや、アスピドケロンは待っていた。
チャーター機から見えたのは直径10キロ程度の緑豊かな小島・・・サンゴ礁のような、澄んだ海に遠浅のビーチ。
アスピドケロンの背に急ごしらえで作られた飛行場に降り立ち、マイクロバスで白い外壁に極彩色の花が美しい南国のリゾートホテルに移動した。
うわ・・・ホテル・マヨヒガって看板がデカデカと立っている。
・・・マヨヒガって、日本の妖怪だよね?
ウチの高校の卒業生の、柳田国男が書いた遠野物語の中に登場する日本家屋型の妖怪よね?
それが、どうしてこんなリゾートホテルになっちゃうのよ・・・。
飛行機の中で仄香は「マヨヒガにはリゾートホテルの何たるかを一日かけて仕込みました」とか自慢げに言ってたけどさ。
あ、オーシャンビューのプライベートプールもついてる。
トイレは当然のようにウォシュレット。
大きめのバスルームにはジャグジーまで完備してるし、ロビーにはなぜかプレイコーナーや自動販売機コーナーまであるし。
うん、リゾート感マシマシ。
・・・妖怪の風情も何もあったもんじゃないわよ!
・・・インターネット、つながるじゃん。
うわ・・・Wi-Fiまで完備してるよ。
よし、仄香に頼まれてた作業もやってしまおう。
ノートパソコンだけじゃなく電子部品やら工具やらをもってきて正解だったぜ。
ぬふふ。紫雨君のおかげで3Dプリンターいらずだ。
まあ、消費する魔力量の関係で普段は普通に使うけどね。
気を取り直して荷物を置いて、着替えてからビーチに向かう。
ビーチまでの道もきれいに舗装されていて、街路樹やら花壇やらの植栽が豊かで完全に南国のリゾートのようだ。
そして、きれいに整備された白い砂浜に、波が打ち寄せている。
燦燦と降り注ぐ太陽に、今はまだ3月であるということを忘れてしまいそうだ。
◇ ◇ ◇
それぞれ海の家に備え付けられた更衣室で水着に着替え、割り当てられたビーチに到着するとすでにパラソルやビーチベッドなどがすでに用意されていた。
ふと横を見るとサングラスをかけてビーチベッドに横たわった琴音がアレクさんにサンオイルを塗るように迫っている。
「背中だけじゃなくて前も塗ってよ~。あ、なんで途中でやめちゃうの!?も~。」
「あ、いや、人前でそれはちょっと・・・ほら、千弦さんも見てるし・・・。」
人前でなければ何をするつもりだ?
まさかこの後、マヨヒガの中でいかがわしいことをする気ではないだろうな?
・・・あ、いや、そういうことなら私も真似すればいいだけのことか。
でも仄香が喚んだ眷属だから見られているかもしれないな?
「ねえ。理君?私も背中にサンオイル、塗ってくれないかしら?」
「・・・千弦。そう思うんならせめてサンオイルを塗れるような恰好をしてくれるとありがたいんだけど・・・?」
ぐ・・・。やはりこの格好はまずかったか。
「・・・仕方がないじゃない。まさか琴音が私と全く同じデザインの水着を買ってくるとは思わなかったのよ。おかげで着れなくなっちゃったじゃない。」
「だからって軍用の潜水装備なんて着る?区別がつかないのが嫌なら、髪の結び方とか、イヤーカフをつける耳を変えるとか・・・その程度でいいと思うんだけど。」
「それって、琴音に何か負けたような気がする。」
「すでに女性としていろいろ失った後だと思うよ。」
ぐぅぅ・・・。
仕方がない。潜水装備は脱ぐしかないか。いい値段したのに。
今回の旅行がこの日程になったのは、仄香の話によれば、3月21日の金曜日は遙一郎さんが有給休暇を取って家にいてくれるそうなので、春分の日である今日から3月23日の日曜までは香織さんの代わりに家事をする必要もないからだそうだ。
それに咲間さんも、実家のコンビニについては春休みということでシフトに入りたがるアルバイトも多いらしく、まとまった休みが取れたそうだ。
私たちはといえば、父さんと母さんは沖縄に遺跡調査に行っちゃったし、アレクさんと理君の予定も上手く合ったということもあってダブルデート状態でバカンスを楽しむことができている。
・・・まあ、男女別部屋なんだけどさ。
「南の島・・・いや、アスピドケロンだからって羽目を外すなよ。砂浜から少し離れれば水深が恐ろしいことになっているからな。」
・・・そして、なぜか宗一郎伯父さんが引率になっている。
仄香・・・なぜ呼んだのよ。
さすがに伯父さんの前で理君とイチャイチャする度胸はないわよ!
「・・・ねえ、私たち、ここにいてもいいのかな?」
「さ、さあ?魔女の好意なんて受けるとは思ってもみなかったし。」
そしてなぜか、オリビアさんとその友達のルイーズさんまで来ている。
・・・相変わらずすごい腹筋だな!?二の腕なんかも女性の太さじゃないよ。
ま、さすがにビキニアーマーではなく普通のビキニを着ているけどさ。
つまりは、私と琴音、咲間さん、仄香(遥香)、エルの5人+1人に加えて、アレクさん、理君、宗一郎伯父さん、そしてなぜかオリビアさんにルイーズさんの10人+1人という大所帯だ。
あ、ジェーン・ドゥ(リリス)もカウントするべきなのか?
それどころか、ビーチには北陸で出会ったスキュラさんに蛟さん、さらには吉備津彦さんやそのお供の人たちもいる。
離れたところではバーベキューを楽しんでいるグループもいる。
みんなバカンスを楽しんでいるようだ。
・・・人型を使っているとほとんど人間と区別がつかないね。
もしかしたら仄香の知り合いの人間もいるかもしれないけどさ。
マヨヒガはこんな大人数も収容できるのかと感心していると、仄香がエルと一緒にドリンクの入ったクーラーボックスを持って歩いてきた。
「あ、暑い。溶けそう。もうダメ。」
「エルフは寒さには強いですが、暑さには極端に弱いですからね。マヨヒガの中に戻っていますか?」
「ん。お昼ご飯の支度をして待ってる。宗一郎。何食べたい?」
エルは宗一郎伯父さんの左腕に絡みつき、そのまま引きずって行ってしまった。
グッジョブ、エル。これでイチャイチャできる。
そう思って振り向くと、すでに理君は咲間さんやルイーズさんに引きずられて泳ぎに行った後だった。
ヲイ!彼女を放置して浮気してるんじゃねぇよ!
◇ ◇ ◇
仄香
昨日、オリビアとルイーズに一通りの話を聞いた後、二人が教会から追われているということがわかり、同時にいつまでも家に置いておくわけにもいかなかったことから、話の詳細はここで聞くことにした。
すぐにみんなと一緒に泳げない遥香には悪いが、どうやら久神家にも影響がある話なのであと少し我慢してもらおうか。
マヨヒガの一部を分離・改装して作った海の家の縁側で、オリビアとルイーズを呼び、座らせる。
・・・オリビアのやつ、せっかく南の海に来たんだからそんなに小さくなってないでもっと楽しめばいいだろうに。
フルーツパフェにウキウキしてるルイーズみたいにさ。
「で?昨日はルイーズを生体兵器にされそうなところを助けたのと、教会の内部情報を抜いてきたところまでは聞いたけど・・・。オリビア・・・これからどうするの?」
「ガドガン卿に世話になる約束です。ルイーズの身柄を含めて、魔法協会でかくまってもらえるという約束になっていますが・・・もっと大事な話は別にありまして。」
「ふぅん?自分や友人の身の安全よりも大事な話があるのね。何かしら?」
「あなたと、あなたの家族に関する話です。教会では今、三聖者の一人、サン・エドアルドが行方不明になったことをきっかけに、魔女に対する強硬策に打って出ようとする動きがあります。」
「・・・ああ、あの青髪のガキか。今頃は海王星軌道を通過した頃だと思うけど・・・。続けてくれるかしら?」
エドアルドについては、ほとんど不死身のような再生力を誇っていたと後から聞いて驚いたよ。
期せずして不死者殺しのコンボを決めていたとはね。
・・・うん。死ぬまで下ろし金で摺り下ろしてもよかったんだけどさ。
「か、海王星?とにかく、教皇猊下の命令により厳禁されてきた魔女の子孫への攻撃が行われる可能性が増してきています。念のため極東管区のデータバンクは破壊してきましたが、バックアップがないはずはありません。」
「魔女の子孫への攻撃?そういえば私が憑依できるのは私の子孫だけってことは教会の信徒は知ってるはずなのに、先んじて殺そうとはしなかったわね?なぜかしら?」
「さあ・・・?その理由までは知りませんが、今後、その命令が解禁、あるいは無視される可能性があるということです。」
なるほど・・・確かに、これは大事な話だ。
それにしても、以前から謎だった「私の子孫を教会の連中が意味なく殺さない」という現象は、教皇の指示によるものだったのか。
・・・まあ、人工魔力結晶のプラントやら、やつらが起こしたテロやらで結構な人数の子孫が巻き込まれているから自信はなかったが。
ただ、いずれの場合も私の子孫だからということで狙ったようには見えなかったし、リザのように魔女の子孫だということが知れ渡っているのに狙われないのは不自然ではあったんだよな。
しかし・・・なんでだ?
もしかして、サン・ジェルマンって、私の知っている男か?
張学良の軟禁場所に出来損ないの魔導書を持ってきていた男なら、特に付き合いなどなかったはずだが?
「つまり・・・あなたたちは遥香・・・この身体の本来の持ち主が、魔女の子孫だということが教会に知られたら危険だということでわざわざ知らせに来てくれたというわけね?」
「ええ。そういうことになります。思っていたのとはかなり違う結果になりましたけど。」
ふむ。このオリビアという女、教会の中にあって随分と人が良いな。
それに、コイツは身体制御魔法の熟練度を見る限りでは、かつて同じ魔法を使っていた饕良よりはるかに上の使い手だ。
・・・何かの役に立つかもしれん。
生かしておいて正解だったな
「状況は理解したわ。少し考えさせてちょうだい。・・・ああ、せっかく南の海のリゾートに来たんだから泳いで来たら?場が暗くなるから目いっぱい楽しみなさい。」
「え、ええ。じゃあ、お言葉に甘えて。」
さて・・・これは放置できる問題ではなくなったな。
今は身重な香織の身体のこともあるし、何より家族や友人を巻き込みたくはない。
・・・家族?
友人は分かるが香織と遙一郎は遥香の家族であって私の家族ではない。
・・・いや、すでに私は、あの3人のことを家族だと思っていたのか。
「おーい!仄香~!そろそろ水着に着替えて泳ごうよ!遥香も杖のままだと面白くなさそうだよ~!」
咲間さんが手を振りながら呼んでいる。
健康そうな長身が海水に濡れてキラキラと光っている。
《あ、私も泳ぎたいかな。仄香さん、そろそろ身体、使ってもいい?》
・・・友人と家族を守るため、か。
この問題を解決する方法は、ないわけではない。
というより、一つしかない。
だが・・・遥香が納得してくれるかどうか。
即断即決を旨とする私だが・・・この判断には少し時間がかかりそうだ。
胸がチクリと痛むのを自分で誤魔化しながら、水着に着替えるために海の家の更衣室の扉に手をかけた。
◇ ◇ ◇
午前中は遥香に身体を返してからジェーン・ドゥの身体に憑依し、たっぷりと泳いだ後、グローリエルが腕によりをかけたランチを食べる。
グローリエルは加速空間魔法の術札を使っているとはいえ、11人分もの食事を1人で用意できるとは流石としか言いようがない。
「ん~!海の家でこんなおいしものを食べたの初めてよ!」
「海の家でお寿司が食べられるなんて思ってもみなかったわ!それに、この茶わん蒸し!海の幸がたくさん入ってて贅沢だわ!」
食卓を囲む全員がグローリエルの料理を食べて大絶賛している。
それに、腰が引けていたオリビアとルイーズもしっかりと楽しんでいるようだ。
「それにしても、遥香の水着姿って初めて見たわ。・・・裸は宗一郎伯父さんの別荘の温泉で見たから知ってはいたけど・・・いいスタイルしてるのよね。ちょっと胸が小さいけど。」
「千弦ちゃん。胸が小さいは余計だよぉ。っていうかみんな見過ぎだよ。」
「姉さん、理君が遥香に見蕩れてるのに気づいて、すごく怒ってたよね?もう怒りは収まったの?」
「・・・なんというか、少し馬鹿らしくなったわ。こんなのが身近にいたら私でも見蕩れちゃうわよ。結局フルカラー3Dポラロイドカメラで、レジン溶液がなくなるまで撮影しちゃったわよ。」
ゲラゲラと笑う女性陣を前に、なぜか宗一郎殿と理殿、アレクは小さくなっている。
・・・ま、男なんてそんなもんだ。
というかヲイ。
前屈みになっているのはまさか、そういうことか!?
ははは。子孫繁栄、良きかな良きかな。
午後もしっかり泳がせてもらおう。
もしかしたらこんな日常は、これが最後かもしれないのだから。
◇ ◇ ◇
午後、日が傾き始めるまで泳いだ後、マヨヒガのリゾートホテルに戻り、それぞれの部屋で疲れを癒す。
それにしても・・・グローリエルのやつ、マヨヒガの中から出てこないと思ったら、クーラーがよく効いた部屋で寝てやがった。
しっかりと夕食の支度はできていたから大したものだが。
部屋割りは男性陣が2部屋、女性陣が4部屋だ。
アレクと理殿、宗一郎殿がそれぞれ一部屋ずつ。
琴音と千弦、グローリエルと咲間さん、オリビアとルイーズ、そして遥香と私とジェーン・ドゥがそれぞれ一部屋ずつ。
・・・ん?廊下から千弦とグローリエルの声が聞こえる?
「こら~!エル!堂々と宗一郎伯父さんの部屋に入ろうとしてるんじゃないわよ!一升瓶両手にいかがわしい事でもするつもり?」
「む~!私と宗一郎は恋人同士だからいいの!千弦も理がいるんだからそっちに行けばいい!」
廊下で騒ぐなよ。
これから大事な話を遥香としようと思ってたのに。
「お~い。グローリエル。もし出来ちゃったらしっかり認知してもらえよー。それと、妊娠中はアルコールは飲めないぞ~。」
「仄香!なんてことを言ってるのよ!」
「マスター。それはお下劣過ぎ。」
「仄香さん・・・その授かりモノは拒まない姿勢にはちょっとついてけないかも。」
うわ・・・集中砲火だよ。ただの冗談なんだから、そんなに真っ赤になって反論しなくても・・・。
ってか、グローリエル。お前はもう120歳越えだろうが。
◇ ◇ ◇
久神 遥香
みんなと一緒に南の海を満喫して、たくさん泳いでたくさん食べて、そしてたくさんおしゃべりして最初の一日が終わった。
今は部屋に戻って備え付けのテーブルで、ジェーン・ドゥの身体に入った仄香さんと向かい合っておいしいコーヒーを飲みながらゆったりしているところだ。
・・・エルちゃんは結局、一升瓶を両脇に抱えて宗一郎さんの部屋に入って行ってしまった。
千弦ちゃんと琴音ちゃんは、宗一郎さんからきつく言われていたみたいで、男子部屋にも女子部屋にも集まることができず、ロビーのようなところに設置されたカラオケやボーリングの施設を使って楽しむことにしたみたい。
咲間さんやオリビアさん、ルイーズさんも一緒みたいだ。
アレクさんと理君はこのホテル・・・マヨヒガを見てびっくりしてたっけ。一泊何万円!?って大騒ぎをしていたね。
結局、宗一郎さんの別荘ってことにして誤魔化したらしいけど。
理君には仄香さんのことを魔女だと知らせていないからこの島?・・・までみんなでチャーター機で来たけど、アスピドケロンさんは背中に滑走路を造られてうんざりしてたみたい。
ふふっ。
マヨヒガでびっくりしてる2人に、実はこの島自体が大きな亀の甲羅の上なんだよって話したらどんな顔をするんだろ。
それにしても、仄香さんがものすごくまじめな顔をしている。何の話をするんだろう?
ああ、もしかして・・・。
「遥香。あなたに大事な話があります。つらい判断を迫ることになると思いますが、落ち着いて聞いてください。」
そうか。この楽しい生活もそろそろお開きになるのか。
不思議と未練らしきものはない。
十分以上に幸せだったもの。
「うん。もしかして、私の中に仄香さんがいるって教会にバレたの?パパやママ、叶多お祖母ちゃんに危険が迫ってるの?」
「・・・っ!いえ、まだ教会に知られたわけではありませんが、その危険性があるから対処しなくてはならない、ということです。」
なんだ、じゃあ全く問題ないじゃないか。
私は死んだ身で、今は完全にオマケの人生だ。
私の生活さえ考えなければ、仄香さんならどうにかしてくれる。
「いつ、パパやママ、それからみんなとお別れになるの?旅行中?それとも帰ってから?」
「・・・始業式には、出られません。高校生活はここで・・・あきらめてもらうと・・・思います。」
「そっか。・・・うん。楽しかったよ。それにすごく幸せだった。でも、できたらパパやママ、それからみんなが悲しまないようにしてほしいかな。・・・ごめんなさい、ちょっとわがまま言っちゃった。」
しばらく沈黙が続く。
気づけば、手に持ったコーヒーカップに、水滴がポチャンと落ちている。
ああ、だめだ。
泣いちゃだめだ。
いつの間にか意地汚い未練が、魔物みたいに鎌首をもたげる。
そんな贅沢なこと、考えちゃいけない。
「遙一郎さんも、香織さんも、千弦さんや琴音さん、その他すべてのご家族、ご友人が悲しむことがないように魔術的に処理します。」
「・・・ねえ。もう二度と、みんなと、会えないのかな。」
「・・・ええ。残念ながらその可能性はあります。・・・。ですが・・・いつか必ずあなたを元の生活に戻すと誓います。魔女・・・いいえ、私のすべての名にかけて。」
旅行初日に言われるとは思わなかったな。
でも・・・ああ、これは仄香さんの優しさなんだ。
幸い、千弦ちゃんがくれたペンダントがある。
だから、後悔しないように、旅行が終わった後は身体を動かせなくてもいいくらい楽しめってことなんだ。
昨日はオリビアさんが帰った後、晩御飯の支度やお風呂の掃除を全部仄香さんがやってくれたのも、今日のために余力を残すためだったのかもしれない。
でも・・・ウチに帰ってからもパパやママと言葉を交わしたい。
誰と最後の時間を楽しむか、しっかり見極めないといけない、ってことだね。
「遥香さん・・・私の戦いに巻き込んでしまってごめんなさい。申し訳なくて言葉にできません。」
「大丈夫、大丈夫だよ。・・・でも、ごめん、しばらく一人にしてほしい。」
涙を我慢しているつもりなのに、全然止まらない。
本当ならこの5か月は、なかったはずなんだ。
悲しんじゃダメなんだ、感謝しなきゃいけないんだ。
でも、後ろでバタンと部屋のドアを閉める音が聞こえた瞬間、堰を切ったように涙があふれてくる。
「う゛っ・・・うくっ・・・う゛ぅっ・・・ぐすっ・・・。」
頑張って、泣き止まないと。
まだ旅行は2日半もあるんだ。
泣きはらした顔なんて見せたら、みんなが楽しめない。
最高の旅行にして、終わりにするんだ。
最高の思い出を、持っていくんだ。
開け放たれたバルコニーからきれいな夜空が見える。
日本では見えないはずの南十字星が水平線より少し上に・・・涙で滲んだ目にぼやけて映っていた。