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18 襲撃後1/消えた友人

 遥香(魔女)は、すでに逃走した後です。首の骨やら内臓やらが損傷していても、十数秒で全快させられるのはうらやましいですね。ところで、その場合はせっかく抜歯した親不知はどうなるのでしょうか。

 どんなケガもたちどころに治るという不死身のキャラ、例えば亜人の永井や佐藤、サザンアイズの藤井八雲は、もし、親不知が横向きに生えたりしていたら大変だろうな。と思っていました。

 9月22日(日)夜


 南雲琴音


 私はあの襲撃の後、もしかしたらまだ遥香を助けられるんじゃないかと、未練がましく回復治癒魔法一回分の魔力は残しておいた。


 でも、血を流しすぎたせいかそのまま倒れてしまい、気づいた時にはストレッチャーの上だった。


 最後に聞こえた遥香の声は幻聴だったのだろうか。


 そのまま、警察やマスコミまで来て大騒ぎの中、救急車で病院に運ばれることになったらしい。


 幸い、姉さんが現場に駆けつけてくれて、救急隊員に大叔母の和香(のどか)先生が外科部長を務めている大学病院が都内にあり、救急外来もやっていることを伝えてくれたらしく、その病院に搬送してくれることになったそうだ。


「姉さん、遥香は・・・どうなった?」


 搬送中には意識ははっきりしていたので、姉さんに恐る恐る遥香のことを聞くと、普段から目つきの悪い目がさらに鋭くなり、短く、冷たく、突き放すように言い放った。


「しらない。」


 その言葉に、一瞬言葉が詰まる。


 姉さんには、遥香が壮絶な闘病生活の末、やっと学校に通えるようになったこと、そしてそれを遥香のお母さんがどれだけ喜んでいたかを話したはずだ。

 あの場を見たということは、遥香の遺体も見たはずだ。


 いつも優しい姉さんが、あの子があんな死に方をしていいと思うはずがない。


「姉さん、何があったか教えて。」


 しばらく沈黙が続き、大学病院についたころ、やっと姉さんが口を開いた。


「彼女は多分、生きているよ。」


 その言葉の意味を問いただす間もなく、私は救急隊員たちにストレッチャーごと緊急処置室で待っている和香先生のもとへ運ばれていった。


 ◇  ◇  ◇


  南雲千弦


 あの後、文化祭準備委員会から正式に文化祭の中止が告げられた。


 警察の事情聴取やマスコミの取材がうるさい中、私は「重傷者の家族」という立場から、後日の事情聴取を条件に解放された。

 そして、琴音を搬送する救急車に同乗することになった。


 救急車の中。


「う・・・。」


 琴音の小さなうめき声が続いている。


 その白いセーラー服と紺色のスカートは赤茶に汚れており、大量の出血を物語っていた。


 また、救急隊員が到着する前に確認した傷口は、杭のようなもので大きくえぐられて、深さはおそらく内臓にまで達していた。

 回復治癒魔法を使った形跡はあったものの、琴音にしては珍しく、止血と消毒をおこなった程度の効果しか発揮していないようだった。


「・・・姉さん?」


 その右手を両手で握り、声をかける。


「琴音・・・私はここにいるよ。」


 琴音の意識が戻ったようだ。


 救急車内で人工呼吸器のマスクを口に当てられ、ストレッチャーに固定された琴音は、力なくこちらを見ている。


「救急隊員さんに大叔母様のいる大学病院を伝えたよ。受付の人がすぐに受け入れてくれるって言ってたから、あとちょっとの辛抱だよ。」


「そう・・・。ずっと自分のケガも自力で治療してきたけど、あんまり痛いと集中できないのね・・・。詠唱が中途半端になっちゃった。」


 琴音は切断された私の左腕の骨と血管と筋肉と神経をつなぎ、皮膚には傷一つ残さないほどの練度と集中力を持っている。


 だが、親しい友人の死を見て回復治癒魔法の精度があそこまで下がるほど精神的に追い込まれていたと思うと、自分のことのように痛くなってくる。


「姉さん、遥香は・・・どうなった?」


 今一番聞きたくない名前を琴音が口にした途端、比喩ではなく胃に熱いものが溢れたような感覚を覚えた。


 なんて説明をしたらよいのか。

 琴音が命懸けで守ろうとしたあいつは、きっと私の左手を切り落とした女だったんだよと。

 ・・・多分、魔女だったんだよと、言ったらどんな顔をするだろうか。


 助からなかったよと言って、琴音が退院して学校で鉢合わせしたらどうする?


 助かったよと言って、あいつが二度と現れなかったらどうする。


「しらない。」


 その言葉に、琴音は大きく目を見開く。


「姉さん、何があったか教えて。」


 琴音の射るような視線に耐えられなくなった私は、不意に琴音に治してもらった左手に痛みを感じる。


「彼女は多分、生きているよ。」


 目をそらしながらそう答えた時には、救急車は大学病院の救急搬入口の前に到着し、琴音はストレッチャーに乗せられたまま、運び込まれていった。


 ◇  ◇  ◇


 同日 深夜 


美琴(みこと)、千弦。ちょっといいかい?」


 琴音が緊急処置室に運び込まれてから4時間ほど経ったころ、処置中を示すランプが消える。

 すぐに九重(ここのえ)の大叔母様が、病院待合室で琴音の緊急手術が終わるのを待っていた母さんと私を呼び、診察室へ通した。


 母さんが心配そうに尋ねる。


「叔母様、琴音の容態はどうなんですか?無事助かりそうですか?」


「ああ、全く心配いらない。内臓もかすっただけのようだし、刺された杭を抜く前に回復治癒魔法を使ったおかげか、それほどひどく出血していないようだ。今は高度治療室で麻酔がよく効いて眠っているよ。」


「大叔母様。感染症とか敗血症とかの危険性は大丈夫ですか?」


「うん、担当医師から報告は受けているが、抗生剤は投与しているはずだ。血液検査の結果次第だが、容態が安定しているところを見ると今のところは心配ないと思う。」


 九重の大叔母様は、この大学病院の外科部長をしている。

 

 母方の祖父の妹にあたる人だが、どちらかと年齢的には母に近いそうだ。


 外見については若作りという言葉どおりだが、それにしたってどう見ても母より年下にしか見えない。


 また、世界でも五本の指で数えられるレベルで腕の良い外科医であり、加えて熟練の回復治癒系の魔法使いでもある。


 琴音は、将来医者になるつもりはないと言っていたので医学方面は一切勉強していないらしいが、回復治癒魔法については九重の大叔母様に師事しているらしく、彼女を「先生」と呼び、小さなころから彼女の家に入り浸っていた。


「ところで、千弦。これなんだが、何か知っているかい?」


 診察室の机の上に、ゴトリと置かれたそれは、幾何学的で複雑な、一目で見て術式とわかる彫刻が施され、金と宝石で装飾がされた全長40センチほどの白い杭のようなものだった。


「大叔母様・・・。これは?」


「琴音が搬送されたとき、ずっと握って離さなかったものだ。刻まれている術式の複雑さもさることながら、込められている魔力の量が尋常ではない。おそらく、これで左脇腹を刺されていたようだ。」


「触ってもいいですか?」


 念のため確認し、大叔母様が首を縦に振るのを確認してから、その杭のようなものに触れてみる。


 それを手に取ってみると、まるで金属のような光沢と質感に反して、象牙のような、硬質の合成樹脂のような手触りに驚いた。


「これは・・・?象牙?いや、プラスチック?それと術式が暗号化されていない。使われている言語は何語だろう?」


「・・・砕いた動物の骨を樹脂で固めたもののようだ。魔力との親和性を考えると、もしかしたら人骨かもしれない。」


「ひぇっ!」


 指でその文様をなぞりながら術式を解読していると、大叔母様がぞっとするようなことを言ったので、反射的に取り落としそうになった。


「悪い悪い。まあ、人骨だとしても強度が高すぎるんだ。比重からすると、炭酸アパタイトとコラーゲンの人口骨に近いんだが、タングステンカーバイドのドリルを使ってもダイヤモンドドリルを使っても、傷一つ付けられない。試料をとることさえ出来ないんだ。」


「・・・つまり、素材から解析ができないなら、術式から解析しようと。これ、健治郎おじさんに渡せばいいですか?」


 この人はいつも言葉が足らない。察しが悪い人が部下になると大変だろうな、と思いつつ、大叔母様の目を見る。


「うん、千弦は琴音と違って察しがいいから助かるよ。そういうわけでよろしくね。」


「大叔母様、術式の解析次第では破壊する必要があるかもしれません。現物は返却しなくてもよろしいですか?」


「ああ、かまわないよ。毒も呪いも細菌も検出されなかった。琴音の治療方針に影響が出ないなら、そこまで重要なものでもないしね。」


「わかりました。お預かりします。」


 受け取った杭を学生カバンの中にしまうと、母さんが続けて琴音の状態について質問する。


「ところで、琴音のケガの話に戻りますが、傷跡は残りそうですか?」


「私を誰だと思ってるんだい。形成外科でダメなら回復治癒魔法で綺麗さっぱり治しちまうよ。まあ、個室の準備もできてるし、明日の朝には麻酔から覚めて話もできるだろうから今夜は泊っていきな。」


「お言葉に甘えて、泊まらせていただきます。千弦。明日の朝、琴音の着替えを持ってきてくれる?」


 母さんの言葉に、傍らにあったボストンバッグをひょいと差し出す。


「着替え。私のだけどサイズは完全に同じだから。部屋着上下2セットと下着3日分。下着は一応新品ね。手品部の部室にあったお泊り用セットだけど。」


「準備がいいわね。あら?これは?」

「ああ、念のためのフレキシブルソードと私のリングシールド。」


 フレキシブルソードは、第一体育館跡地で回収しておいた。残念ながら琴音のリングシールドは壊れていたので、私のものを置いていく。


「リングシールドは私が泊まるんだから安心して持っていきなさい。」


 そう言って母さんがリングシールドだけ取り出して渡してくれた。


 まあ、本気で守りに入った母さんをどうにかできるヤツなんてそう多くはないだろう。


 母さんの結界魔術を突破したけりゃ、陽電子砲でも持ってこい。なんてね。


 安心して指に嵌めながらスマホを取り出し、席を立つ。


「健治郎おじさんに電話してくるね。」

 そう言い残し、診察室を後にする。


 待合室に戻り、通話履歴から師匠の番号を探そうとしたとき、ふと、遥香のLINEの連絡先を登録したままであることに気づき、それを起動してみた。


「・・・まだ連絡つくのかな・・・?」

 友達のグループを開いてみると、遥香の名前が残っていた。


「『会って話がしたいです』っと。返事なんか来るわけないか・・・。」


 スマホの画面を見ていても既読にはならない。もう、足跡も残さず消えてしまったのだろうか。


「・・・!」

 あきらめて師匠の電話番号を探そうか、とLINE画面を閉じようとしたとき、既読になってすぐに返事が来た。


『話を聞いてくれますか』

 たった一言だったが、クモの糸がつながった気がした。素早く折り返す。


『今すぐにでも』

 すぐに既読になり、数秒後、返事が来た。


『そちらへ行きます 病院の裏手の職員駐車場の南東ベンチで』


 こちらの場所まで知っているなんて、どこかで監視でもしているのだろうか。


 急いで職員駐車場へ向かう途中、スマホの画面の時刻表示に0が並び、日付が変わったことを知った。

 夜空に浮かぶ満月から4分の一くらい欠けた月には雲がかかり、寂しく道を照らしていた。



 千弦は自分の左手を切り落とされたことについて、それなりに痛かったと思ってはいますが、琴音を失うことへの恐怖心のほうが勝っており、またそれ以上に琴音を傷つけられたことを怒っています。

 また、遥香(魔女)は仮初でも母親を捨てて行方をくらますことは考えていなかったようです。

 また、自分を捨ててすぐに逃げだすと思っていた琴音の行動に、驚きつつ罪悪感を感じています。長く生きた割にはかなり甘い考え方をするのは、人間性を捨てたくないと思っているのか、あるいは憑依された人間の人格に多少なりとも引きずられてしまうからでしょうか。

 ちなみに、魔女の趣味は漫画とアニメだそうです。

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